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今回はネタバレを含むかもしれません。念の為
ラーゼンは全力で息を殺し、隠れていた。
ハクロウ、ゲルドの前から連れ帰ったショウゴの心を殺し、その肉体に乗り移ったラーゼンはショウゴの肉体に宿っていた「
そしてその直後、無意識の身じろぎさえも抑え込み、死体になりきっていた。
盟友であり、騎士団長であったフォルゲンが何もできずに殺されたことで、魔法の使えない上攻撃の原理もわからない今出向いても犬死にするだけだと悟り、様子見に徹することにしたのだ。
そして、恐怖がやってきた。
リムルの「
それでも心が折れなかったのはエドマリスヘの忠誠心故である。
軍が潰走した以上、敗北は確定的である。そのような状況下で指揮官であるエドマリスが捕らえられれば、どのようなことになるかわからない。そのため確実に王を救うためにと息を潜めていた。
それでも、眼の前の光景には悲鳴がでそうになった。思わず口を抑え、それを押し殺すと、リムルが去るのを待つ。
唐突に人型からスライムへと変わり、悪魔を呼び出すと狼に運ばれて去っていくという行動の意図を、ラーゼンは大魔法を連発したことで尽きた魔力が回復するまでの護衛と自身のような生存者の始末と考え、まずは悪魔を片付けてからエドマリスと、ついでに連れ去られたレイヒムの救出にあたろうとしていた。長きを生き、老成した事による慎重さをもととする判断だった。
しかし、ラーゼンは特攻すべきだったのだ。死を覚悟した特攻であれば、運が良ければリムルを倒すことができたかもしれない。殺すまではいかずともエドマリスたちを拘束する余裕もなく撤退することになり、王を救い出すという目的は達成できていたかもしれないかった。
だが、現実にはラーゼンの生存は認識されており、対策は立てられた。
リムルが悪魔を召喚するにあたり、
「ほう? 「空間転移」かよ。お主等、上位悪魔にしてはかなりの古参のようじゃのう」
ラーゼンの言葉に二体の悪魔は返事もせず、動かない。
なぜなら、二体は足止めのみを命じられているからだ。
「クフフフフ。しっかり運動しましたか? では、貴方を拘束させて頂きます。抵抗したければ、お好きにどうぞ。ただし、殺しはしませんが、痛めつけることは禁止されておりませんから、ご注意を」
その悪魔は二体の奥から悠然と歩み寄り、一人でラーゼンの前に立つ。その表情は美しくも歪であり、男女の判断もつかなかった。
「ほ? ヌシが儂の相手をしてくれるのかのう?」
「相手? クフフ、これは面白い冗談ですね」
「何が冗談なものかよ。悪魔風情が!」
「クフフフフ。いいですね。これは楽しめそうです。食後の運動に、少し付き合って差し上げましょう」
悪魔が楽しげにつぶやき、表情を歪める。常人ならそれを見ただけで恐怖にうずくまりそうになるような笑顔を浮かべると、唐突に視線を上空へと向けた。
「舐めるでないわ! 核撃魔法:
ラーゼンはそれをフェイントと断じ、攻撃を放つ。
それは事前に準備をしておくことで簡単なキーワードによる発動を可能とした大規模魔術。
この手法は暴発の危険があり、魔導師以上の魔力の扱いに長けた者にしか扱えない奥の手である。しかし、その効力は絶大であり、詠唱時間を弱点とする魔法使いにとってこれ以上ないものだった。
その上、ラーゼンの放った魔法は元素魔法の奥義である核撃魔法―対個人用としては最強の魔法である。
悪魔がこの世界で活動するには肉体が必要であり、それを破壊されると、死なずとも元いた世界へと帰るほかなくなる。
収束された超高熱の熱線の前に肉体を保つすべはなく、魔法が発動した時点で勝利は約束されていた―というのがラーゼンの視点での出来事である。
しかして、必殺の熱量を秘めた熱線は悪魔の前で螺子曲げられ、収束したままに上空へ向かっていった。
「不発……じゃと? チィ、こんな時にッ⁉」
事前に準備する魔法であるため、極低確率ではあるが、威力が劣化する魔法失敗という現象が起きることがある。ラーゼンは偶然にも今、それがおきたのだと判断し、悪態をつくと距離を取った。
「おや、今の魔法はなかなか見事でしたが?」
「何をいうか! 効果が発揮されねば、意味はなかろう」
「ふむ、なるほど。もしも貴方のいう効果とやらが、私を倒したいという意味なのならば、魔法に頼っていては達成できないと忠告して差し上げます」
余裕綽々というような悪魔の様子に、ラーゼンは癇に障りつつも、何やら薄ら寒い嫌な予感を感じていた。
「ほほう、言いよるわ。ならば、これならどうじゃ! 精霊召喚:
拭いきれない予感を振り切るようにラーゼンは切り札を投じる。呼び出したのは、Aランクオーバーの上位精霊。上位悪魔どころか
魔法がしっかり発動していればと先程の結果を惜しみながら、この戦力をもってすれば三体の悪魔を蹴散らしてエドマリス王の救出もできると考えつつも、油断なく悪魔達を見やるラーゼンだったが―
「なるほど、なるほど。確かに、悪魔は天使に強く、天使は精霊に強く、精霊は悪魔に強い。この三竦みの関係から選択するならば、上位精霊を呼び出したのは正解です。ですが、若すぎます」
知覚速度を最大まで高めていたラーゼンの目では追えぬ速度で悪魔は動いていた。
頑強なはずの鉱石の鎧に大穴が空き、美しい手が精霊の核を奪い取る。それを咥え、パキリと噛み砕くと悪魔が笑いながら告げる。
「ほら、ね? 蓄積された経験が足りない。力だけの木偶の坊なんて、私の敵ではありませんよ」
「馬鹿な‼ 精霊じゃぞ⁉ 上位精霊じゃぞおぉ‼」
この状況における絶対の切り札であるはずの上位精霊を一瞬で倒され、ラーゼンは激しい混乱に襲われた。現状を理解するのを脳が拒み、現実逃避をする前で事態は更に動いていく。
「魔法はもう結構。召喚主様より頂いたこの身体をもっと試したいので、次は趣向を変えましょう」
そういうなり悪魔は指を鳴らし、魔法が発動する。その悪魔を中心に半径二キロほどの範囲に発動したのは魔法不能領域だった。
「さあ、これで魔法は使えなくなりました。今度は物理的に、好きな攻撃をしてみてください」
おきた事態はラーゼンの理解を越えていた。ラーゼンの見識では悪魔にとって最大の攻撃手段は魔法である。故にそれを封じることは悪魔にとっては自殺行為であるのだ。
その上、大魔法とも呼ばれる魔法不能領域を瞬時に行使したことも混乱の要因となったが、状況が有利となったことは変わりなく、意識を切り替える。
ショウゴの肉体を得たことで空手の技と「
気合の声とともに乱打が悪魔に襲いかかるが、その全てが約束組手が如くきれいに受け流された。それは、悪魔の技量がラーゼンを遥かに上回ることの証明。この事実により、ラーゼンは力の差を認めざるを得なくなった。
そして、目の前の強大な障害を改めて観察し、ふと気付く。
金の瞳に紅い瞳孔。白い肌。赤と金のメッシュの入った美しい黒い髪。後ろに控える二体の悪魔と比べて格段に人間に近い姿。
それは、ラーゼンの眼の前の悪魔が上位存在である証。
ラーゼンが不幸だったのは、強さを求め研鑽をしていた点だった。
この世界の裏を知り、魔法の深淵への探求を怠らず、自分の強さを冷静に見極める目をもっていた。Aランクと呼ばれるほんの一握りの超一流達の中でもラーゼンは頭一つ突き抜けた存在だった。
そうでなければ、その悪魔の放つ恐怖の波動を浴びただけで、戦意喪失していただろう。なんなら、そちらのほうが幸せであったかもしれない。
そして、蓄えた知識が、培った強さが、ラーゼンをより不幸にする。
これまでの攻防が、起きた事象が、悪魔の力がラーゼンを軽く上回っていることを証明する。
ラーゼンに知識や強さがなければ、その悪魔の強さが異常であることにも、その正体にも気づくこともなかったかもしれない。
だが、ラーゼンは気づいてしまった。
「ま、まさか……原初の……」
「おや、人間にしてはなかなか博識ですね」
思わず口に出た言葉に悪魔が感心したような表情になる。それは肯定にほかならず、ラーゼンの心を絶望で真っ黒に塗りつぶす。
しかも、絶望はここで終わらない。
「あら、魔法不能領域なんてあるからどれほど苦戦しているのかと思えば、遊んでいただけだったのね?」
絶望により立ち尽くすラーゼンと向かい合う悪魔に一人の女性が歩み寄る。
白髪に紅い目の美しい女性だったが、その女性もまた異常であることが容易に察せられた。
なにせ、戦闘には参加していなかった二体の悪魔が、彼女に対して頭を垂れていたのである。
圧倒的上位者に命じられたことを怠ってまで頭を垂れるということは彼女もまた、二体の悪魔にとっての上位者であり、彼女が悪魔であることの証明だった。
「に、二体……じゃと……」
「なぜここに?」
「貴方が遊んでいるから援軍として遣わされたのよ。念の為聞くけれど、手を貸しましょうか?」
「クフフ、貴女にそのようなことを言われる日が来るとは思いませんでした。残念ながら必要ありませんね。貴女の出番はお預けです」
黒と白、対照的な色を持つ二人が対等に話すのを見て、ラーゼンの足が震え、へたり込む。
「や、奴らは……なんという、なんという恐ろしいやつを受肉させ、この世に解き放ちよったんじゃぁぁぁッ!」
心中が絶望に染まったラーゼンが思わず叫ぶ。受肉していない悪魔ならば、時間が来ればこの世界に対する干渉力を失い、消滅するところなのだが、受肉した以上それは起こらない。
人類に未曾有の危機を起こす存在が、制限時間という楔もなく自由に行動できるようになったことで、これ以上ないほどに深く絶望したのだ。
「おや、抵抗はおしまいですか? では、そろそろ捕縛させて頂きましょうか」
その声を聞き、ラーゼンの心が折れ、奇声を上げながら失禁し、気絶する。
その様子に残念そうにしつつも役目を終えるため二体の悪魔にラーゼンを捕縛させ、目的地へと向かう。
初仕事を終え、褒めてもらおうと喜色満面の黒い悪魔と対象的に不完全燃焼な白い悪魔は複雑そうな表情だった。
ベニマルたちの前で、リムルの身体はスライム状から不定形の怪しい変化を繰り返し、テクトは繭でその身を包んでいた。
リムルの変化が落ち着き、もとの流線形で安定すると、今度は明滅を始める。隣に安置された繭も同様であり、糸の隙間から様々な色で明滅する。
どれほどの時間が経ったのか、時間の感覚がおかしくなるほどに心配する者たちの心に世界の声が響き渡る。
《告。個体名:リムル・テンペスト及び、個体名:テクト・D・F・テンペストの魔王への進化が完了しました。続いて、系譜の魔物への
その直後、魔物達に異変が起きる。
座所の周囲にいた者たちが次々に崩れ落ちていくのだ。
誰も予期していなかった眠気で、抵抗できなかったものから眠っていく。
そんな中、ベニマルはリムルとの約束を果たすため、必死に眠気に耐えていた。
その時、眼の前の座所から光があがる。
それが収まると、そこにはリムルとテクトが立っていた。
靡く長く艷やかな銀と白の髪がその美貌を演出するのを、相手が無性と同性にも関わらず見蕩れてるベニマルに、声がかかる。
《告。あとは任せて、眠りにつきなさい》
頭に直接響く柔らかい声がベニマルに安心感を与え、逆らうことを許さず深い眠りへと誘う。
それを見届けると、他に起きているものがいないかと周囲を見渡し、系譜には関係のないミュウランだけであることを確認すると、リムルの姿をとった何者かが行動を開始した。
《告。「
その言葉にて起動した「暴食之王」により、人間では耐え難いほどに濃度の高まっていた魔素が全て吸収されていく。さらには町を覆っていた結界さえもきれいに喰われ、町全体から魔素が消失する。
それが終わるとリムルの姿を借りたもの―意思なき主に代わり望みを果たすべく動く
共有した情報を基に目的を果たすための儀式を勧める二人のそばに、黒と白の悪魔が転移する。
彼らは互いを召喚した者を見てわずかに目を見開くと、恭しく一礼して跪いた。
「「只今戻りました、我が君」」
二人共悪魔を召喚した際と姿が違うが、魂の色を見ることができる悪魔にとって姿など関係はなく、正しく召喚主であると認識できていた。
悪魔たちの声に反応すること無く儀式を進める召喚主の姿をうっとりと眺めていた悪魔達だったが、一つ気にかかることがあり、黒い悪魔が儀式の邪魔をしないよう細心の注意払いながら声をかけた。
「失礼ながら申し上げます。どうも、魔素量が足らぬようですが」
悪魔の言うように、その儀式を行うにはリムルが集めた分量では足りなかった。テクトの魔素もあったが、溜め込んでいた魔素は
悪魔の知識では、今行われている儀式は「反魂の秘術」である。
死者蘇生の前段階で、魂の完全なる再生を試みる秘術。
これに失敗すると、生前とは似ても似つかぬ人格になったり、化け物になったりする。知識や記憶の欠落だけで済めば成功と言えるほどのとてつもない難易度の術式であった。
人間には理解することもできない英知を基に編み出された秘術こそが「反魂の秘術」なのだ。
当然ながら、その秘術の行使には莫大な魔素量が必要となり、それを制御する魔力は想像を絶するものとなる。
上位魔人では不可能。
魂の操作に長けた
その上、現在は百名以上の魔物に対して同時に秘術の行使が行われている。一人に対してでも膨大な魔素が必要なのに、それを百名以上である。
そんな状況ではいくら魔素があっても不足するのも当然であり、役に立てることはないかと悪魔は声をかけたのだった。
《是。規定に必要な魔素量を満たしておりません。生命力を消費し代用します》
シラヌイの返答に悪魔たちは慌て始める。僅かな思考の後、黒い悪魔が口を開いた。
「お待ち下さい、我が君! 良き考えが御座います。代用にご自身の生命を用いず、この者共をお使いくださいませ!」
その言葉を受け、二体の悪魔が立ち上がり、進み出ると再び跪いた。
「この者達も貴方様方のお役に立てるなら光栄です。それこそが、我らにとっての最大の喜びなのですから」
黒い悪魔の言葉に二体の悪魔が同意するように頷くのをみて、ラファエルが彼らを観察する。
少しの間を開けてラファエルがシラヌイへと振り返り、視線をあわせる。そして互いに頷くと静かに告げる。
《了。規定に必要な魔素量を補填可能。その案を承認します》
いうが早いか「暴食之王」による「捕食」が行われ、二体の悪魔の姿が掻き消える。周囲の空間に漏れ出た魔素さえも「捕食」され、純粋な魔素へと変換されるのを見て、黒い悪魔は満足そうに頷く。ついでになにもできなかった白い悪魔に自慢気に視線を送り、その表情が歪んだことに笑みを浮かべると、儀式の邪魔をせぬように下がる。
白い悪魔は黒い悪魔ヘ殺気を送っていたが、それが儀式を行う召喚主の邪魔にならぬよう感情を抑え、静かに控える。
《規定の魔素量に達した事を確認しました。これより「反魂の秘術」を再開します》
静かに気配を殺した悪魔達の前で、儀式は再開した。
そして始まるのは、この世の深奥たる神秘。
無色透明な美しい光の玉を、薄紫の膜が淀みなく覆い尽くす。
それが
続けて「死者蘇生の秘術」へと移行し、魔物たちの再生された魂が肉体へと戻される。
成功確率は三・一四%―しかしそれは、彼らが魔王へと進化する前に算出された確率である。
広場へ横たえられた魔物達の魂は祝福によりエクストラスキル「完全記憶」を獲得していた。このスキルは完璧な復活を望むリムルとテクトの希望に添う形で授けられたもので、脳が破損した状態からも記憶の完全再現が可能にするものである。
すなわち、魂が無事であれば、死亡状態からも肉体の再生によって復活することが可能となる力なのだ。
魂と肉体の繋がりが確立する。魔物たちの魔核が力を発揮し、心臓が再び鼓動を刻み始める。
死者の蘇生がなったことで、シラヌイが僅かに息を吐き、気の抜けた様子を尻目にラファエルは作業を続けていく。
全ての処置が終了すると同時にリムルはスライム状態に戻り、テクトも意識を失って崩れ落ちる。
黒い悪魔はリムルを恭しく抱き上げて座所へと戻し、白い悪魔がアラクネ状態のテクトにどう対応したものかと戸惑っているのを視界に収め、挑発も込めたドヤ顔を浮かべる。
それを視界の端で捉えた白い悪魔は殺気を放ちかけたが、召喚主が休む邪魔にならぬよう必死に抑え込んだ。
感情を必死に抑え歯ぎしりする白い悪魔に黒い悪魔が満足気にしていると、大気中の魔素濃度に耐えかね町の外れで待機していた者たちが駆けてくる。
そのすぐ後に眠っていた魔物たちが目覚め、蘇生に気づき喜びに湧く。
そのすぐ近くで奇跡の続きが起こっていた。
《告。上位存在による規定条件を達成しました。
《なお、上位存在からの警告に従い、
次回「テンペスト復活祭」
規定条件について
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8「虚飾者」 9
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放って置くとシエルさんが出てこれなくなりそうなので、原作知識を一旦封印。封切りは予定していますがどうなるかはわかりません。
紅蓮の絆編は書いた方がいいのか
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書くべき
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書かなくてもいい