転生時の要望が違う形で受け取られた件   作:篠白 春夏秋冬

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多忙と元々考えていたシナリオへのフラストレーションを原動力にBluetoothキーボードを叩いた結果、少々長くなりました。
後半はちょっとやりすぎたかもしれません


38話:悪魔と悪意

 皆が酔いつぶれ、寝静まった頃。

 

 テクトとリムルは顔を突き合わせ、今後の対策を考えていた。

 

「さて、西方聖教会にファルムス王国、クレイマン……どこから対処するべきか……」

 

「まずは西方聖教会じゃない? 俺達が引き付けられている間にヒナタみたいなのが複数来たらやばいし」

 

「でも、どうするよ」

 

 二人して唸っていると、二体の悪魔が近づいてきた。

 

「「お目覚めになられたようで何よりです、我が君。無事に魔王へと成られました事を、心よりお祝い申し上げます」」

 

「誰だ? お前ら」

 

「そういえば召喚してたっけ……」

 

 白と黒、じつに対象的な悪魔を前に、リムルはなにも知らないかのように首を傾げ、テクトが気まずそうに目線をそらす。

 

 完全に忘れ去られてい()ことに悪魔達は愕然としていた。

 

 と、そこでリムルの影からランガが顔を出し、黒い悪魔はリムルが召喚した内の一体だと説明する。それを聞き、まるで救世主でも見たかのような表情になる黒い悪魔を尻目に、テクトは白い悪魔に無言で謝辞を示していると、白い悪魔は慌てたようにそれを諌めていた。

 

「ああ、まだいたんだ」

 

「―ッ、まだッ……」

 

 リムルから思わず漏れた声に黒い悪魔が絶句する。

 

 白い悪魔が自分はこのような目に合わなくて良かったと胸をなでおろすのを見て、テクトが苦笑いを浮かべていると、リムルは無自覚に追撃を始めた。

 

「色々と手伝ってくれたようで助かったよ。聞いたよ、生き残りを捕獲してくれたんだって? お陰で俺とランガも無事に帰れたようだし」

 

「いいえ、とんでも御座いません。つきましては」

 

「長々と引き止めてしまって悪かったね。もう帰っていいよ」

 

「えッ」

 

 リムルの言葉に黒い悪魔が泣きそうな顔で胸を抑えてうずくまる。白い悪魔にとって、黒い悪魔はさほど好感の持てる相手ではなかったが、あまりの事態に同情が勝ち始めた。

 

「あ、もしかして報酬が足りなかったとか」

 

「いえ、そのようなことはありません! 先立ってお願いしておりました通り、配下の末席に加えて頂きたいのです! どうでしょう、検討していただけないでしょうか?」

 

 リムルの言葉に黒い悪魔は食い気味に反論すると、再び頭を垂れる。

 

 リムルはその姿を見ながら、暴れた際には止めるのにベニマルでも苦労しそうな力を感じる悪魔を本当に自分が召喚したのか疑うが、ランガが断言したことで自分が召喚したことを信じることにした。

 

 受肉できた恩を返したいという黒い悪魔にどうしたものかと首を捻っていると、悪魔の数が足りないことに気づいた。

 

 その事を不思議に思っていると、「智慧之王(ラファエル)」から返答があった。「反魂の儀」の実行に足りない魔素を補充するのに「捕食」したと聞き、その容赦の無さにリムルが戦慄していると、テクトが口を開いた。

 

「そっちの黒い方の事情はわかったけど、白い方も同じ話ってことでいいのか?」

 

 テクトが水を向けたのは白い悪魔だった。それを受け、黒い悪魔を憐れんでいた白い悪魔も頭を垂れる。

 

「はい、召喚主様(マスター)。此度の召喚で私はなにも為しておりません。そのような役立たずではありますが、汚名返上と受肉させていただいた恩を返す機会をいただけないかと愚考させていただいた次第です」

 

 ひざまずき、黒い悪魔同様配下になることを望む白い悪魔を一瞥し、テクトはリムルへと視線をよこす。

 

 その視線から黒い悪魔の処遇を決めることを求められている事を察したリムルは、少し考えると口を開いた。

 

「報酬とかないけどいいのか?」

 

「そんなもの、御仕えできるだけで幸福です」

 

「君は?」

 

「報酬など、いただこうと考えることすら烏滸がましいですわ」

 

 それぞれの召喚主の言葉に悪魔たちは諾と応じる。それを聞き、リムルは頷いた。

 

「わかった。それじゃあ、お前達も今日から仲間だ」

 

「「感謝致します。我が君」」

 

「我が君はやめろ。なんかむず痒い」

 

「そうだね。名前で呼んでほしいな」

 

「では、今後はリムル様、テクト様と呼ばせて頂きます」

 

「うむ。で、お前ら、名前は?」

 

「私共など名もなき悪魔で十分で御座います」

 

「よし、報酬代わりにお前らに名前をつけてやろう。なにか問題はあるか?」

 

「ちょ、リム―」

 

「問題など、なにも御座いません! 最上の報酬で御座います」

 

 「我が君」という呼ばれ慣れない呼び名を改めさせたところでリムルがいつものように名付けをしようとする。明らかに高位の悪魔である彼らに名付けを行うのをテクトは諌めようとするが、黒い悪魔の喜色満面という表情と声音に押し流された。

 

 白い悪魔はそのことに気づいており、黒い悪魔を見ていたが、なにも言わないあたり名付けには賛成であり、単に言葉を遮った事を咎めているだけだと察すると、テクトは頭をかき、小さくため息をついた。

 

 以前と同じようにそれぞれが召喚した悪魔に名付けをすることにして、思考に移る。

 

「よし、お前の名は「ディアブロ」だ。その名にふさわしく、俺達の役に立ってくれ」

 

 その言葉と同時にリムルから黒い悪魔―ディアブロへと魔素が移り、進化が始まった。ここに来てテクトが口を挟んだ理由を察し、しまったという顔になるリムルに、テクトは額に手を当て頭を振ると、期待に満ちた目をする白い悪魔に向き直った。

 

「君に「テスタロッサ」の名を与えよう。先のことを失態とは思っていないが、気にならない程の活躍を期待するよ」

 

 テクトの言葉に従い、白い悪魔―テスタロッサへと魔素が移る。

 

 進化を始めた二体を見ながらリムルが消耗した魔素を気にしていると、進化前の魔素量で三割ほど消費したベレッタに対し、進化後で十倍以上に増えた魔素量から五割という事実が知らされた。

 

 単純計算で十六倍以上*1の魔素を消費したという事実にリムルが慄き、軽々しい名付けを改めて反省していると二体の進化が完了した。

 

 ディアブロの服装は貴族服のようなものから執事を思わせる服ヘ変わる。

 

 テスタロッサも一度は使用人のような服ヘと変わるも最終的には軍服のような姿で落ち着いた。使用人姿も外見だけを見れば似合ってはいたのだが、本人の放つ雰囲気とあまりにも合わず不採用となった。

 

 服装の変化は仕えるという意思表示らしい。悪魔は固有能力として持つ「物質創造」で自在に服を生み出せるとのことで、着替えが便利そうだというのがリムルの感想だった。

 

「ディアブロ、それが私の名。感激で胸がいっぱいです。今日この日より、誠心誠意御仕えさせて頂きます」

 

「このテスタロッサ、頂いた名に恥じぬ活躍をさせて頂きますわ」

 

 恭しく一礼する二体の悪魔に二人の主が鷹揚に頷いた。

 

 

 

「して、お二人で何やら思案していらしたようですが、なにか御座いましたか?」

 

 名付けも終わり、再び今後のことを考えていると、ディアブロが口を挟んだ。

 

 先ほど二人に歩み寄ったのも考え事をしている内容の解決の一助になれればと思ってのことらしく、それを汲んだリムルが整理も兼ねて話すことにした。

 

「大したことじゃない―と言いたいところだけど、今後について色々あってな」

 

「と言いますと?」

 

「問題が重なりすぎているんだ。一度に対処するには既に魔国連邦(ウチ)の作戦遂行能力を超過していると思うんだ」

 

 現在抱えている問題は三つ。

 

 ミリムも関わっている魔王カリオンについて

 

 ヒナタを筆頭に魔王級の戦力を抱え、魔物を敵視する西方聖教会

 

 そして、戦争を仕掛けてきたファルムス王国の後始末

 

 特に重要なのは西方聖教会への牽制であり、これが失敗すれば魔国連邦は人類の敵となり、リムルの目指す共生への道が断たれてしまう。

 

 それだけは避けたいと考えているのだが、多正面作戦を実行できるほど余裕はないのだ。

 

「なるほど、事情は把握しました。では、私とテスタロッサで一方面づつ受け持ちましょう。事が生じるタイミングを操り、同時に問題が起きないように調整して御覧に入れます。是非とも御命令を!」

 

 事情を把握したディアブロがすぐに解決策の提案をする。

 

 テスタロッサも苦々しい顔をしているが、なにも言わないことからディアブロの言葉に反論するつもりはないようだった。ディアブロの得意げな顔を見て口の端が歪んだため、出遅れた事を悔やんでいるらしい。

 

 その雰囲気を見て、功を焦らないよう諌め、翌日の会議で改めて紹介と方針設定を行うことを告げ、草案を練っていると、「智慧之王」から報告が入った。

 

《告。西方聖教会に関しては、心配不要かと。個体名:ヴェルドラを封じる「無限牢獄」の「解析鑑定」が間もなく終了します。この開放を行えば、西側諸国の動きへの牽制効果としては十分であると推測します》

 

 それを聞き、テクトとリムルが僅かに目を見開く。百年以上かかるはずであった友人の開放がもうすぐということに加え、問題の解決も見えてくるとあって、暗い雰囲気が明るくなる。

 

(ようやくだな)

 

(うん、ようやくだ。というか、「智慧之王」に進化して流暢になった?)

 

(テクトもそう思うだろ? やっぱ流暢になってるよな!)

 

《否。気のせいです》

 

 頑なに変化したと認めない「智慧之王」にリムルが憮然とし、テクトが苦笑いする。

 

 気を取り直して解析状況を確認すると、翌日の昼には完了する予定らしい。

 

 ともあれ、問題解決の道筋が整い始めた。

 

 西方聖教会の動きさえ押し止められれば、西側諸国との交渉は後からでもできる。事前に魔国連邦を悪とする扇動さえなければ、国交を結ぶ国家があるという前例があるため希望がある。

 

 ファルムス王国に関しては既に問題ではない。

 

 軍はテクトとリムルが壊滅させたうえ、国王を確保しているので人質にもなる。

 

 ヨウムが新しく国を興すための作戦が始まればそちらに注意が集まり、魔国連邦ヘ構う暇はなくなると推測できるからだ。

 

「よし! なんとかなりそうだ!」

 

「おお、何か名案が閃きましたか?」

 

「ああ、俺達は名実共に、魔王になることにする」

 

「まぁ、魔王への進化をしたわけだし、遅かれ早かれ他の魔王との関係の調整は必要だしね。こっちから出て行くのも悪くない」

 

 リムルの言葉にテクとも笑顔で応じ、それを見たディアブロが感銘を受けたように改めて忠誠を誓い、テスタロッサ、ランガ、フェルの順に続く。

 

 影に完全に潜っていたため出遅れたフェルを慰めるように撫でるテクトを見ながら、リムルもランガを撫で回す。

 

 翌日以降の方針を考えつつ、アニマルセラピーに興じるのだった。

 

 

 

 そして翌朝。

 

 会議室に幹部が集まっていた。

 

 リムルとテクトの正式な秘書であるシオン、コウカに、臨時秘書としてシュナ。

 

 政治部門から、リグルドとその他人鬼族(ホブゴブリン)の長老達

 

 警備部門から、リグル、ゴブタ

 

 軍事部門から、ベニマル、ハクロウ

 

 生産部門から、カイジン、クロベエ、ガルム、ドルド

 

 建設部門から、ゲルド、ミルド

 

 管理部門から、リリナ

 

 諜報部門から、ソウエイ、ソーカ達五名

 

 リムルとテクトの影にそれぞれ、ランガとフェル

 

 更にガビルが呼ばれており、皆に紹介するためディアブロとテスタロッサも参加していた。

 

 魔国連邦以外の面々ではヨウムとその副官であるカジル、参謀であるロンメルに加え、ミュウランとグルーシス。

 

 最後にユーラザニアの三獣士が参加している。

 

「諸君、よく集まってくれた!」

 

「急にどうしたんです、リムル様?」

 

(なんか、リムルがそういうことしている時って大体失敗してない?)

 

(うるせぇ!)

 

 魔王になると宣言すべく格好つけるも、ベニマルに軽く流され憮然とする。ついでにテクトに突っ込まれ、一息つくと改めて話しだした。

 

「先に皆に紹介しておこう。今回、俺達を窮地から救ってくれたディアブロとテスタロッサだ。かなり強くて頼もしい仲間だから、皆も仲良くするように!」

 

 リムルの紹介に悪魔達が一礼する。彼らの実力の高さにハクロウが太鼓判を押したことで、悪魔たちの実力を認め、すんなりと仲間として認められた。

 

 彼らの紹介に続き、テクトがガビルに声を掛ける。

 

 幹部が揃う場に出席していたことで落ち着かない様子だったガビルだったが、名を呼ばれたことで緊張しつつ起立した。

 

「お前に開発部門を任せることにした。役職は暫定的だが、名実ともに今日から幹部になる。よろしく頼むぞ」

 

「は、ハハ──ッ! このガビル、身を粉にして働きまする!」

 

 ガビルが感涙に咽びながら引き受けるのを見てリムルも満足そうに頷く。そのまま本題に入りたかったが、ガビルが泣き止むまで待つことになるのだった。

 

「さて、今後の方針を決めたから、その宣言をしようと思ってね。ヨウムや三獣士の皆さんにも関係あるから、一緒に聞いてもらいたい」

 

 リムルの言葉に視線が集まる。全員が聞く姿勢になったことを確認してリムルが口を開いた。

 

「俺達、魔王になることにしたよ」

 

「はい」

 

 返ってきたのはあまりにも淡白な返事。

 

 リムルが首を捻っていると、テクトが苦笑とともに補足を始めた。

 

「確かに魔王にはなったけど、そうじゃなくて。世界に対し、俺達も魔王だと宣言することにしたってことさ」

 

「ほほう? つまりお二人は、他の魔王方に喧嘩を売る、そう言っているのですかな?」

 

「その通り。でも、他の魔王に手当たり次第喧嘩を売るってわけじゃない」

 

「「相手は魔王クレイマンだ」」

 

 テクトの補足にハクロウが反応し、続く言葉を聞いた者たちが魔国連邦以外の者も含め、一斉にうなずき賛意を示す。

 

「なるほどな。自分から魔王の席を奪うってわけですね。面白い」

 

 ベニマルが不敵な笑みを浮かべて同意するのに誰からも反対意見は出ず、沈黙を保つ。

 

 それを見て一つ頷くと、再びリムルが口を開いた。

 

「そうだ。今回、戦争を仕掛けてきたファルムス王国の影で、ミュウラン達を操っていたのが魔王クレイマンだった。俺達はこいつを許せない。その上、獣王国ユーラザニアへ魔王ミリムや魔王フレイをけしかけた裏にもこのクレイマンとやらがいる可能性がある。叩くには十分な理由だろう?」

 

 リムルの言葉に全員が頷く。同意が得られたのを見て、これからの方針を話しだした。

 

 西側諸国との国交について

 

 ファルムス王国との戦争の後始末

 

 西方聖教会の動きへの牽制の必要性

 

 魔王カリオンの救出について

 

 そして、その上でテクトが指示を出していく。

 

「リグルドには西側諸国との交渉を任せる。商人たちをブルムンド王国まで避難させたことで、心象は良いはずだ。少しは有利な交渉ができるだろう。今までの信頼関係を大事に、慎重に事を進めろ」

 

 リグルドが気合十分に返事をする。その他の人鬼族の長老達も自信をもって頷くのを見て、テクトも頷いた。

 

「ベニマルは全員の進化結果をまとめて報告を。全戦力をもって、クレイマンを叩き潰す。そのためにも自分たちがどれだけ力を持つのか把握するべきだ。敵を知り己を知れば百戦危うからずだ」

 

 ベニマルも自信に満ちた顔をしていた。テクトの笑みに何か引っかかったのかわずかに不思議そうな顔をしたが、すぐに気を取り直したようだった。

 

「シオンには捕虜の尋問を任せる。ヨウムとミュウランも手伝ってくれ。国取りのためにもできうる限りファルムス王国の内情を吐き出させろ。戦後処理をしっかりと終わらせて、ヨウムを新たな王とする新国家樹立を確実に行うためには情報がいる。だが、決して殺すな。仮にも王だからな、何か利用価値がでてくるかもしれない」

 

 シオンたちもやる気は十分なのだが、シオンの目に何処か不穏なものを感じたため、采配を若干後悔した。

 

 事前に決めていたことでもあることに加え、一人ではないため念押しは機能するだろうと思考は打ち切る。念の為暴走の予感がしたら速やかに連絡するようにヨウムとミュウランには伝えておいた。

 

「ソウエイ」

 

「速やかに、クレイマンの情報を集めてまいります」

 

「慎重にな」

 

「はっ」

 

 ソウエイはテクトの指示を最後まで聞くことなく役目を理解し行動を始める。一応の注意に礼で返し、その場から消えていった。

 

「三獣士及び獣王戦士団は魔王カリオンの救出に際し、クレイマン軍とぶつかる可能性が高い。確実な勝利のため一時ではあるが俺達の麾下に入ってもらう。異論はあるか?」

 

「カリオン様救出に手を貸していただけるというのであれば、願ってもないことですわ」

 

「ああ、異論はない。オレ達はあんた達の命令に従うぜ」

 

「俺達は皆、心は一つ。獣人は信頼には信頼で、恩には命をもって報いる。俺達はいま、貴方がたを信頼し返しきれぬ恩を得た。次はこの命をもって、報いる番です」

 

「ならば良し。環境は整える。存分に英気を養い、来たるべき決戦に備えろ!」

 

 テクトの言葉に三獣士が跪き、指揮下に入る事を了承する。戦力の増強ができたことに満足そうに頷くと残りの者にも指示を出す。

 

「後のものは被害を受けた建物等の補修の続きと獣人たちの生活基盤の整備だ。トラブルの発生防止と早期解決のためにも警備・見回りを徹底しろ」

 

 その指示に全員がうなずきを返し、一通りの指示が終わる。

 

「よし。あとはソウエイの調査報告が届き次第会議を行う。それまで各自、与えられた仕事の問題点をまとめ、実行可能な計画を立てておくように」

 

「「「御意!」」」

 

「解散!」

 

 テクトの号令で仕事を与えられた配下のものたちが退出していく。

 

 彼らを見送ると、テクトも立ち上がった。

 

「さて、俺もやることがあるから席を外す。捕虜の扱い方に関しては後で聞かせてくれ。テスタロッサ、ついてこい」

 

「何かあったっけ?」

 

 不思議そうにするリムルに対し、テクトはちらりとシュナを見ると口を開く。

 

「スイレンに頼んでいた件があっただろ? アレばっかりは俺がやらなくちゃならない。そうでないと後に響くからな」

 

「よくわかんないけど、遅れるなよ」

 

「わかってるよ。竜を拗ねさせたらあとが怖いからね」

 

 ヴェルドラの開放を行う予定の時間まで余裕があるとはいえ、念の為にリムルは釘を刺す。

 

 それに答えつつテクトは肩を竦め、テスタロッサを伴って部屋を出て行った。その表情を見たのは誰もいない。

 

 

 

 

 

 テクトの庵には掛け軸がある。和風の建物だからと何処かで見たような絵柄をテクトが編み上げたものだった。

 

 その裏からつながった通路を進み、数分程かかる場所にそれはあった。

 

 その場所は「狡知之神(ロキ)」による隠蔽、魔法不能領域と物理干渉を防ぐ結界、更には岩盤の奥が魔鋼で覆われており、物理的にも魔術的にも察知と出入りが不可能となっていた。

 

 そんな部屋の前に立つのはスイレン。

 

 その身体は裂傷が幾つもあり、服はボロボロだった。

 

「様子は?」

 

「持てる手段は尽きたのか、静かになっています」

 

 端的なテクトの言葉にスイレンも簡素に返す。

 

 その返答に頷くとテクトは扉を開けて中へと入っていく。

 

 テスタロッサとスイレンが後に続くと部屋の奥には一人の青年が鎖と錠で繋がれていた。

 

 青年の名は笹沢修利(シュウト・ササザワ)。この青年がファルムス王国が今回の戦争につれてきた異世界人の一人であり、シュナを含めた原作以上の犠牲者を出した張本人である。

 

 その身に宿す権能の名は銃撃者(ネライウツモノ)。不可視の弾丸を放つ力があり、突然シュナが倒れたように見えたのはこの能力による狙撃を受けたためだった。

 

 そして、シュナの倒れた状況と周囲の地面や屋台の残骸に残る弾痕に似た形状の穴を確認したテクトが能力を予測し、スイレンとその影に潜ませていたフェルによって捕縛させたのだった。

 

 テクトが歩み寄ってもシュウトは身じろぎ一つしなかった。テクトは一瞬、既に覚悟を決めているのかと考えたが実際には気を失っているだけだと気づき、魔法で水を浮かべるとその顔面へと叩きつけた。

 

「ゴホッ、ガハッ、何なんだ!」

 

「はじめまして、だな。一応名乗っておいてやる。俺の名はテクト、ただの「テクト」だ。なぜお前がここにいるかは教えなくともわかっているよな?」

 

「ーっ! し、知るかよ、そんなことっ。早くここから出しやがれ! 俺は森にいただけだ。急に襲われていい迷惑だ―あぁぁあぁぁ!」

 

 悪態をついていたのが急に悲鳴へと変わる。左手首から先が切り落とされており、手錠から抜けていた。落ちた左手は目の前で塵と化し、激痛と起きた事実を理解しきれないがゆえの悲鳴だった。

 

「こういう時、普通なら「賭けの対象が減ってしまった」とでも言うんだろうが、残念ながら俺は普通じゃなくてな」

 

 未だに悲鳴を上げるシュウトを、テクトは冷徹な目で見下ろしながら懐から取り出した瓶を開け、そのままシュウトへぶちまける。

 

 瓶の中身は「完全回復薬」だった。手が元通りになり、絶句するシュウトにテクトは冷たい目のまま語りかけた。

 

「十六世紀に貴族の間で行われていた面白いゲームがあってね。奴隷の骨を身体の端から一本ずつ、順番に、ハンマーで砕いていくんだ。骨を砕かれる奴隷は「助けてくれ」と涙ながらに頼むんだけど、最後には「殺してくれ」と言い出す。果たして何本目の骨でそう言うかを、みんなで仲良く賭けるというものさ。どうだい? 面白そうだろう?」

 

 ニッコリと笑いながら語るテクトにシュウトは答えられない。この場における「奴隷」が誰を指すのかは明確だからだった。

 

「まぁ、とはいえ、人間の骨はおおよそ二百本。そんな数を一本一本丁寧に折っていくほどの時間の余裕は、こちらにはなくてね。もっと簡易なものにしよう。今から君の指をへし折る。もちろん、一本ずつね。全ての指がへし折れるまでに君が俺を止めなければ、傷を直してここから開放しよう。もちろん、ここから出しただけではこの国の魔物達に殺されてしまうから、護衛もつけるさ。魔国連邦に近づかなければ安全に過ごせるだろう。あとは君の心次第だ……さぁ、どうする?」

 

「や、やる! ……やります! やらせてください!」

 

 テクトの提案にシュウトは一も二もなく飛びついた。

 

 参加しなければ、嬲り殺しになるだけだったのが生き残る希望が生まれたのである。頷いてしまうのは理解できる話かもしれない。

 

 それが地獄の入口とは気づかなければ

 

「さて、始めよう。まず一本目だ」

 

 言うが早いか、テクトは枷の嵌ったままの右手の人差し指を無造作に掴むと、小枝でも折るかのようにあらぬ方向へ曲げる。

 

 視界に入った、曲がってはいけない方向に曲がった指とそこから走る激痛に悲鳴が上がった。

 

「そんなに叫ぶなよ。ほら、二本目だ」

 

 悲鳴を上げ続けるシュウトに構うことなく中指がへし折られ、悲鳴が大きくなった。

 

「これじゃぁ先が思いやられるな」

 

 やれやれといった様子テクトの事を気に留めることもできず、シュウトは地獄を味わい始めた。

 

 

 

「さて、これで十九本目」

 

 手の指は全て折られ、足の指に入り、残すは左足の小指一本。

 

 足へと移ろうとした時には静止しかけたが、それはギリギリで押し止められ、なんとかゲームは続いていた。

 

 あと少しで開放されると涙や鼻水などでぐちゃぐちゃの顔でわずかに安堵しているシュウトに、液体がぶちまけられ、急速に痛みが引いていく。

 

 まだゲームの途中のはずだが引いていく痛みに、事態を理解しきれない様子だったが、テクトの言葉に顔面蒼白となった。

 

「ゲームの前に落ちた手首が治ったのを忘れたのか? さぁ、また一本目からだ。今度は逆の手の指からにしようか」

 

「そんな……おかしいだろ……だって……」

 

 テクトの言葉に呆然としながらシュウトがこぼす。それに対する返答は冷淡なものだった。

 

「何もおかしくないな。ゲームの内容は「全ての指がへし折れるまで俺を止めなければ、治療と安全な出国を保証する」ということだけだ。ゲーム中の治療は何の取り決めにも抵触しない」

 

「あ、あぁぁ……」

 

「とはいえ、永遠に続くというわけでもない。切り落とした手を治す事もできる「完全回復薬(フルポーション)」は貴重でね。俺が自由に使えるのはそう多くないんだ」

 

 条件をきちんと確認しなかったことに対する後悔か失意に沈んでいた気持ちがテクトの言葉に表情が僅かに明るくなる。多少長引くが、そう遠くない内に開放されると考え、それまで耐えきろうと気を引き締める。

 

 すぐに激痛が襲いかかり、再び悲鳴が上がり始めた。

 

 

 

「も、もう嫌だ、やめてくれぇぇぇ!」

 

 ゲーム開始から十五回目の治療が済み、テクトの手が左手の人差し指にかかったところで、その手を振り払い、シュウトが叫ぶ。

 

 テクトはゲームの終了を告げる言葉にわずかに目を伏せると、シュウトへ背を向けてひとしきり笑い、顔を見せないまま明るい声で語り始めた。

 

「あ~あ、残念。ゲームオーバーだ。惜しかったな。あとこれだけだったのに」

 

「え……あ……そんな……」

 

 指を二本立てて振るテクトの言葉に、回復薬はあと少しだったのかと、耐えきれなかった自身への怒りともう助からないという絶望で心の中がごちゃまぜになる。

 

 心が音を立てて崩れていくような感覚に陥るシュウトに対し、テクトの心は凪いでいた。

 

 テクトの立てた指二本とは、折れた指を癒やしていた「上級回復薬(ハイポーション)」にして二百本分であり、それが終わるまでシュウトが耐えられるとは考えていなかったため、最初から開放してやるつもりはなかったのである。

 

「さて、お別れだ」

 

「ひぃッ!」

 

 くるりと向き直り、冷たい目で見下ろすテクトをみて、シュウトが小さく悲鳴を上げる。

 

 心が恐怖と絶望で染まり、目をそらしたくとも震えて身体がうまく動かずそれも叶わなかった。

 

 テクトはそんなシュウトの頭を抑え、しっかりと目を合わせると底冷えするような声で語りかけた。

 

「安心しろよ。お前が最後に願うことはきっと叶うさ」

 

「へ? ……は?」

 

 シュウトにはテクトの言っている意味が理解できなかった。

 

 というよりも、聞き取れなかったという方が正しいだろう。

 

 テクトの手が頭に触れた直後から、周囲の動きがゆっくりと感じ始めたのだ。

 

 最初は震えを強制的に止められたのかと考えた。しかし、テクトの口の動きがゆっくりと動き始めたことで異変に気付く。言い聞かせるためにゆっくりと話すのとは違うスローモーションにしか見えない動きと間延びした声を正しく認識する事ができなかった。

 

「さて、もはや聞こえていないだろうが、一応解説しておいてやるよ。「超人薬」というものを知っているか? ある漫画に出てくるアイテム何だがな。達人の戦いにおける、時が止まったような感覚を、誰にでも感じる事ができるというものだ。適量ならね。実際に作中で使われた際には適量から二十五万倍の濃度だったわけだが、今回はそれを再現したわけだ。君の頭に触れた瞬間に「思考加速」を付与した。今の君には一秒が百年以上に感じているはずだ。本当は一秒あたりの感覚は百年ぴったりにしたかったんだが、何分初めての試みでね。調整に失敗したらしい。お陰で次からは失敗しなくて済みそうだよ。さて、これからこの鎌で君を切り裂くわけだが、君はそれを百年かけて味わうことになる。でだ、せっかくだからこういっておくよ「百年後までごきげんよう」」

 

 その言葉を最後に鎌が振るわれ、シュウトの身体を唐竹割りにする。最後に死体を塵に変え、テクトはスイレンへと向き直った。

 

「ご苦労だったね、スイレン。これで君の仕事は終わりだ」

 

「いえ……」

 

 幾分かスッキリした様子のテクトに対し、スイレンの表情は暗い。

 

 何も言わないテクトを前に、スイレンはこれから自分のたどる運命を想起する。

 

(多数の犠牲者を出す原因となった魔人を庇いたてたうえ、主に対し助命嘆願。しかも、それを警備の一翼を任されていた自分が行うという役務放棄としか取れない行動。死罪を免れることはできないだろう。死を免れることはできないのなら、せめてそれを堂々と受け入れ、無様などさらさぬのがせめてもの礼儀というもの。ならば、このようなくらい顔をせず、正面から受け止める姿勢を見せなければ)

 

 死の恐怖を抱えつつ、それを表に出さぬようこらえてテクトに正面から視線を合わせる。

 

 テクトはスイレンの様子にわずかに瞑目すると、ミュウランへとそうしたように、手を前へとかざした。

 

「何か、言っておくことはあるか?」

 

「今まで、お世話になりました。このような形での別れとなること申し訳御座いません」

 

「……そうか」

 

 テクトが目を伏せ、その手に魔素が収束していく。それがはじけようかと言う時、横から声がかけられた。

 

「テクト様、お時間です」

 

 声の主はテスタロッサ。その手には時計が握られており、視線は盤面へと注がれていた。スイレンの生死には微塵も興味はなく、役目を果たすだけというその行動に気勢を削がれたように魔素が霧散し、テクトが手をおろした。

 

「そうか、なら、早く戻らないといけないな」

 

「テクト様!」

 

 その言葉を最後にスイレンへの興味をなくしたかのように横を素通りし、テスタロッサを伴って部屋を去ろうとする。慌てて声を上げるスイレンに背を向けたまま扉の前で止まり、振り返ることなく話しだした。

 

「これから大事な用がある。お前にかかずらっている時間はない。が、何も罰がないというのも示しがつかないか……「見廻」の任を解き、出国後の魔国連邦への再入国を禁止する。以降お前がどのような末路を辿ろうと俺は何も関知しない。以上だ。わかったらさっさとここを出て、今後の職探しでもするんだな」

 

 テクトはそれだけいうと今度こそ部屋を後にし、扉が閉まると同時に転移する。薄暗い、血の匂いが立ち込める部屋には一人の男だけが残された。

 


 

 次回「解き放たれし者」

*1
進化前を100として、ベレッタでの消費量が30

 

 進化後を10倍の1000とすると、ディアブロでの消費量は500

 

 500÷30=16.66666……となるため少なくとも16倍と推定できる




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紅蓮の絆編は書いた方がいいのか

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