牙狼族が攻めてくる。
牙狼族の遠吠えが響き、ゴブリンたちが委縮するのを、柵の後ろに残ったテクトと柵の前に出ていったリムルがそれぞれ声をかけて落ち着かせていく。
『恐れるな。前を向き、迎撃に徹しなさい』
「各々最善を尽くせ。何かあれば、俺たちが引き受ける」
自身と比べ、圧倒的な強者であるテクトとリムルの余裕を含んだ声に落ち着いたゴブリンたちが弓を使い迫ってくる牙狼族を射抜いていく。うまく避けて進んできたものも、張り巡らせた鋼糸によって傷を負い、倒れていった。
そうして戦力差を覆す様な戦いをしていると、予想外の迎撃に焦れてきた牙狼族の族長が走り出し、鋼糸を牙で切り裂きながら接近してきた。
『矮小なるスライムが!! この牙の一撃を食らうがいい!! な、なんだ⁉』
リムルに攻撃を仕掛けようと飛び上がった牙狼族の族長は空中で停止した。その体には糸が絡みついており、いくら暴れようともほどけることも、千切れることもなかった。
牙狼族の族長は格下のはずのスライムが相手といえど、油断はしていなかった。進路上に糸が張られていないことを確認したうえでの跳躍だった。にもかかわらず捕らえられたのは、テクトがいたためだ。
『「
『こ、この程度の糸ぐらい、すぐに引きちぎってくれる!!』
「いいや、終わりだよ。「水刃」!!」
リムルのスキルが空中で身動きの取れない牙狼族の族長の首を刈り取り、絶命させた。リムルが牙狼族に対して宣言する。
「聞け!! 牙狼族よ!! お前たちの族長は死んだ!! 選ばせてやろう!! 服従か⁉ 死か⁉」
『ちょ⁉ バカ、リムル!! 「お前ごときに従うぐらいならば、死なばもろともだ」とか言いながら向かってきたらどうするんだよ!!』
『あ、やっべ⁉ えっと、そうだな…………』
テクトの声に焦ったリムルが牙狼族の族長の死体を捕食し、その姿に擬態する。新たに手に入れた「威圧」を乗せて、改めて牙狼族に宣言する。
「くっくっく、聞け!! 一度だけ、見逃してやろう。従えぬというのなら、この場から立ち去ることを許してやる! (というか、さっさと逃げてくれ! 頼むから!)」
「威圧」の余波を受け、ゴブリンたちがひるむが、テクトは声をかけない。ここでリムルを止め、牙狼族が向かってくるようなことがあれば、殲滅するしかないのだ。ゴブリンたちを助けるためとはいえ、それは避けたかった。
(まずいな。じりじりとだが、威圧に負けずに近づいてきてる。やるしかないのか?)
覚悟を決めて身構えるテクトだったが、牙狼族はある程度近づいたところで平伏した。リムルが最初に出した選択肢に従い「服従」を選択したようだ。
(帰ってくれてよかったんだけどなぁ)
そんなリムルの心の声を放置して、牙狼族との戦いは終結した。
(しかし、どうする? こんなにたくさんの狼たちまでどうやって面倒見ればいいんだ?)
守護すると約束したゴブリンに加え、多くの牙狼族を抱えることとなったリムルたちは管理方法に困っていた。演算や情報処理に特化したユニークスキルがあるとは言え、直接管理するのは苦労が大きすぎた。
「(どっちも同じくらいの数みたいだな…………よし)はい、聞いてください。今から近くにいる牙狼族とゴブリンでペアになって過ごしてもらうことにします」
リムルの言葉に皆が疑問符を頭に浮かべる。どうやら、「ペア」という言葉の意味がうまく伝わらなかったらしい。説明をしつつ組ませていき、牙狼族が少し余ったが、ペアを組み終わった。
「昨日の敵は今日の友だ。みんな仲良くするようにな」
リムルの言葉に全員がうなずく。
そして、衣、食、住や村の防備を担当する班として振り分けを行おうとしてふと気づく。
彼らには名前がなかった。村長曰く、通常魔物は名前を持たない。それでも個体の識別は可能であり、意思の疎通はできるという。
テクトやリムルからすると名前を持たない者たちの管理などできようはずもないので、全員に名前を付けていくことにした。
これを聞き、ゴブリン、牙狼族全員が大興奮となった。踊るもの、歓声を上げるものなど多少の変化はあるものの、皆一様に喜んでいた。
テクトとリムルはその喜びように困惑していたが。
「どうする。分担していくか?」
『どこかで付けた名前がかぶっても悪いし、今回はどっちか片方が、でいいんじゃない? また名付けをすることもあるだろうし、次は今回しなかったほうがするとか』
相談の結果、一人で名付けを行うこととなり、
『じゃあ、ゴブリンと牙狼族の名付けは任せるね』
「おう、任せろ」
リムルによる名付けが始まった。
村長には先の戦いで戦死した名持の戦士「リグル」からとって「リグルド」、その息子であるゴブリンにはそのまま「リグル」と名付け、そのほかにも「ゴブタ」、「ゴブチ」、「ゴブツ」、「ゴブゾウ」とだんだん適当になりつつも名付けを行っていき、ゴブリンへの名付けは終了。涙を流しながら礼を述べるリグルド達に困惑しながら、牙狼族への名付けに移る。牙狼族の長の息子に自分たちの共通名のテンペストからとった「嵐牙」の名を付けたところで、急にリムルが崩れ落ち、沈黙する。
『リムル? リムル⁉』
テクトがリムルの近くにより、状態を確認する。完全に気を失っていた。
『いったい何が起きたんだ?』
≪告。個体名「リムル・テンペスト」の体内魔素残量が一定値を割り込んだため、
『魔素残量? なんで減ったんだ?』
名付けには魔素を使うらしく、それを一度にし続けたため、危険な状態まで魔素を消費し、回復のための状態に移行したらしい。
(ゴブリンの名付けの最中にリグルドが心配していたのはこういうことだったのか)
「テクト様、リムル様は大丈夫なのですか?」
『ああ、問題ないよ。三日もすれば目覚めるみたいだ。その間の暫定的な班決めを行うから、まずは並んで…………ってぇ⁉』
現状を理解し、気絶したリムルを心配するみんなに回復することを伝え、リムルが目覚めるまでの一時的な人員の振り分けを行おうと振り返り、テクトは目をむいた。
『誰だよ!!??』
そこにいたのは杖をついたよぼよぼのゴブリンではなく、ボディビルダーもかくやというほどに引き締まった筋肉を持った大男が立っていたからだ。
「リグルドです」
『えぇ…………』
リグルド曰く、名前のない魔物が名前を得るということは魔物としての格が上がることにつながり、進化をもたらすということだった。
(それで名付けをしてもらえると狂喜乱舞していたわけか。それにしても、面影がかけらもないな。ここまでくると進化というより、突然変異っポイ感じがするけど)
そして、リムルが最初に名付けた牙狼曰く、牙狼族は個体ごとに名前がついたわけではなく、全体の共通名として「嵐牙」の名が定着し、群れ全体が進化したのだという。
名付けによって、雄のゴブリンはホブゴブリンに、雌のゴブリンはゴブリナに、牙狼族は嵐牙狼族へと進化した。
その後、テクトによって食糧確保班、服飾班、住居班、警備班へと均等に分けられ、村全体が行動を開始した。
そしてテクトは
(暇だ…………)
時間を持て余していた。
当初はテクトも手伝おうとしていたのだ。しかし、リムルに何かあった時、対応できそうな魔物がテクトだけであること。そもそも、主を働かせるなどとんでもない。と、なだめすかされ、結局仕事を得ることができなかった。
(仕方ない、今のうちに情報の整理をしておこう)
***
現在の状況を整理していく。
まず、この世界は「蜘蛛ですが」ではないことは確定的である。最初から可能性が低いとは思っていたが。レベルの概念の欠如、スキルの名称の傾向、進化の条件すべてが違う。
であれば、この世界は何なのか。自身がいわゆるオリ主―すなわち、本来の世界における異物とみなして周囲を確認し、明らかなイレギュラーを探す。それが本来の主人公なのだろう。
そしてそれは探すまでもない。リムルだ。リムルというスライムを主人公とし、その周囲の出来事を描写していく。
では、スライムを題材とした作品とは。
「転生したらスライムだった件」。これしかない。
リムル・テンペストという名前にも何となく憶えがある。通販サイトで円盤を見たときに関連商品の名称の中に載っていたはずだ。
やはり、迷うぐらいならしっかり見ておけばよかったか…………まぁ、原作知識を使ってどうこうしたいわけでもないのだが。というか、テンペストにしてほんとによかった。さすがに主人公の名前が全く違うのは問題が起こりそうだし。
結果として「D」からの干渉を受ける心配がなくなったことはいいことだ。どうせ原作など知らないのだし、好きに生きていくことにしよう。まぁ、「蜘蛛ですが」のほうもアニメぐらいしか見てないから、人型になる進化については分かっていないのだけれども。ポータルサイトは見ていたから、スキルについての知識があったのはよかったのか。
後はスキルについての情報だが、情報量が多すぎて整理しきるのに時間がかかりそうだ。
こっちに関しては別にまとめることにしよう。
***
そうして、三日が経ち、リムルが目覚めた。
「完っ全っふっか~つ!」
「おはよう、リムル。体には問題ない?」
「おう、もうばっちり。大賢者のお墨付きだ」
目覚めたリムルが「大賢者」に確認をとり、自身の無事をテクトに伝え、ふと気づく。
「なんで、「アラクネ」になってるんだ?」
「ふっふっふ。気づいてしまったか、リムル君」
時は少しさかのぼり、進化が終わり、班分け後に行動を開始してしばらく経った頃。
テクトとリグルドがリムルを安置している天幕で話していた。
『思いのほか順調だな…………住居班と服飾班以外は』
「申し訳ございません。これまであまり必要としていなかったため、ノウハウがなく」
『謝らなくていいよ。できないものはしょうがない。ひとまず、食糧確保と警備に重点を置いて班の再編を行おう。今後どうするかはリムルが起きてからかな』
結論をだし、再編について考え始めるテクト。その様子を見守っていたリグルドがふと口を開いた。
「そういえば、テクト様は魔人ではないのですか?」
『魔人?』
リグルド曰く、魔人とは魔物の中でも上位の存在であり知恵のあるものを指すらしい、戦死した「リグル」に名付けをしたゲルミュッドのように魔王に使えるものもいるという。
(魔王とかいるのか。それにしても、魔人ね…………「アラクネ」は人間の体の部分もあるけど魔人の扱いでいいのかな?)
≪解。「アラクネ」は現在マスター以外にその姿をとれる存在が確認できません。よって魔人として定義できるかどうかは不明です≫
『魔人と呼べるのかはわからないけど、近しい姿をとることは可能みたい』
「なるほど。テクト様、その御姿を見せてはくださいませんか? その際の高さに合わせて入り口を作りますので」
テクトが答えると、リグルドは質問を重ねてくる。どうやら家屋の入り口の大きさを気にしていたらしい。しかし、テクトは答えに詰まる。
「アラクネ」になることは簡単だ。だが、「アラクネ」の姿では「畏怖」が強制発動してしまう。その結果、住民たちに恐怖を与えてしまっては、まとまり始めた村が台無しになる。よしんば台無しにならなかったとしても、不和が生まれることは避けられない。対応を間違えれば、最終的に崩壊してしまうことだろう。
そう考えたテクトは変身を渋るが、リグルドも譲らない。主に不自由をさせたくないという心がそうさせなかった。変身による「畏怖」の発動で生じる事象についても説明したが、リグルドは折れない。
最終的にテクトが折れ、一度リグルドで試し、問題がなければその姿をもとにして建築するという話で落ち着いた。
『じゃあ、姿を変えるから気を確かにね』
「はっ! しかとその御姿を目に移させていただきます」
気が重そうなテクトに対し、リグルドは嬉しそうに返答する。黒い霧がテクトを覆い、「アラクネ」へと姿を変えた。
(どうだ? できればあんまり派手にリアクションしてくれないと助かるんだが)
恐る恐るリグルドのほうを見やると、リグルドは跪いていた。
(ダメか…………)
あきらめていたテクトだったがリグルドの言葉に驚いた。
「このような素晴らしい御姿を目にさせていただき恐悦でございます。より一層の忠誠をテクト様に!」
肯定である。
(え…………? 「畏怖」の効果発揮していないのか?)
≪否。固有スキル「畏怖」は正常に発動しています。「畏怖」の効果の影響を個体名「リグルド」の精神を侵せなかった模様です≫
改めて「畏怖」についての説明を受けると、根源的な恐怖といっても意識的に使わなければさほど大きな影響はないらしい。人間でいえば明らかにそういうお仕事をしている人が避けられるようなもので、味方に対してはさほど影響は出ないようだ。リムルが最初に反応していたのは、本人の苦手意識と「畏怖」の効果がかみ合ってしまった結果だった。
「(先に聞いておけばよかった…………)えっと、大丈夫なのか?」
「はっ! 拝見した直後は何やら妙な感覚はしましたが問題ございません」
リグルドが問題なかったことで安心し、彼に促されるままに天幕から出る。集まっていた全員が先ほどのリグルドのように忠誠を言葉にし、テクトの姿を肯定した。
「そんなわけで、「アラクネ」の状態で過ごすことも多くなったってわけさ」
「そっか。よかったな」
テクトの説明を聞きリムルも嬉しそうにする。リムルも現在は「畏怖」の効果を受けていない。洞窟内でともに行動したことやその期間でテクトの存在に慣れたことで、影響は薄まっていた。
「リムル様! お目覚めになられて何よりでございます!」
「…………誰だよ!」
「リグルドだよ」
驚くリムルにテクトが進化のことを話す。
「突然変異みたいだな…………」
「私もそう思った」
納得していると、入り口が吹き飛びランガが入ってきた。
「わが主! 御回復、心よりお喜び申し上げます」
「こいつは?」
「ランガだね。種族丸ごと進化したんだって」
ランガは認識してもらえたのがうれしかったのか尻尾を振り回す。その結果風が吹き荒れ、天幕は吹き飛び、リムルは放り出された。
誰の目のも留まるように打ち上げられたことで、リムルの回復が知れ渡り、村中が活気づいていった。
次回「大変身」
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紅蓮の絆編は書いた方がいいのか
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