転生時の要望が違う形で受け取られた件   作:篠白 春夏秋冬

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45話:開戦(プレリュード)

 テクトがシュナと共に戻って暫く二人きりで過ごしていると、リムルと何やら怯えた様子のラミリス、手術によって、本体である大霊樹(ドリュアス)に縛られることなく完全に自立した存在―霊樹人形妖精(ドリュアス・ドール・ドライアド)へと進化したトレイニーが戻って来た。

 

 触れ合っている場面を見られるのが気恥ずかしい二人はリムルの「空間支配」による移動の予兆を合図に離れ、三人を出迎えた。

 

 そのまま手術の準備で時間を使っていたテクトとリムルの衣装の最終調整に入る。

 

 テクトの衣装をシュナが、リムルの衣装をゴブリナの一人が仮縫いをしている最中、ふとリムルが口を開いた。

 

「そういえば、告白、うまくいったんだな。おめでとさん」

 

「のわぁ⁉」

 

「も、申し訳ありません!」

 

 リムルの唐突な祝福に、思わずテクトが振り向き、動揺で手元の狂ったシュナの持つ針がテクトへと突き刺さる。

 

 「痛覚無効」で痛みはないものの、それにより無痛のまま針が深々と体内へと侵入する感覚に襲われ、テクトが妙な悲鳴を上げる。

 

 思いもよらぬ事態にリムルが面食らっていると、シュナをなだめたテクトに、恨みがましそうな顔で睨まれた。

 

「覗いてたの?」

 

「まさか。そんな野暮じゃねえよ。けど、お前ら明らかに浮ついてるし、ちらちら視線があってるし、多分、俺以外でも気付くと思うぞ?」

 

 リムルの言葉にギョッとして周囲を見回すと、トレイニーとリムルの衣装合わせをしていたゴブリナが温かい目で見ており、ラミリスは何もわかってなさそうだった。

 

 頬を染めるシュナを視界に収めつつ、自身の顔にも血が集まっていくことを自覚していると、リムルがニヤつき始めた。

 

「いや~、ここまで長かったもんなぁ。ヘタれて告れないんじゃないかとも考えたが、杞憂で良かったよ。これで、俺達も大手を振って祝えるってもんだ」

 

 リムルの表情に苛ついていたテクトだったが、言葉の中に違和感を感じ、訝しんだ。

 

「リムル、今「俺達」って言った?」

 

「ん? ああ、言ったぞ?」

 

 テクトの質問にだからどうしたとでも言うかのように返したリムルだったが、直後に糸で絡め取られた。

 

「誰に、何人、言ったんだ⁉」

 

 動いたことでシュナ達の手を離れた針を抑えつつ、テクトがリムルへと詰め寄る。

 

 その表情に面食らいつつ、リムルが答える。

 

「別に大した人数には言ってないって、せいぜい幹部達と後はヨウムとかシズさんに報告したりとかぐらいで」

 

「めちゃくちゃ喋ってるじゃないか!」

 

 リムルの行動にテクトがうめきながら膝から崩れ落ちかけ、地に伏す直前に今の衣装が魔王達の宴(ワルプルギス)のためのものであったことを思い出して、逆再生の様に立ち上がる。

 

 いまだうめきつつ、しかし仮縫いの邪魔をしないように身体を動かすテクトに元凶ながらに感心していると、ベニマルから連絡が入った。

 

「どうした? なにか問題か?」

 

『いえ、問題はありません。強いていえば、テクト様から何の応答もありませんが』

 

「あ~、テクトは気にするな」

 

 いまだ平静になれていないテクトを放置し、ベニマルからの話を聞く。

 

 曰く、敵勢力との交戦が始まり、既に勝利が見えているとのことだった。

 

 その要因は、ベニマルが“魔王への進化(ハーベスト・フェスティバル)”の“祝福(ギフト)”を得て精神生命体の一種である妖鬼(オニ)へ進化し、同時に獲得したユニークスキル「大元帥(スベルモノ)」。

 

 このスキルは力を制御することに特化したものであり、特筆すべきものは権能の一つ「予測演算」である。

 

 本来の運用法は力の流れを完全に読み取り無駄を省くことで制御を容易にすることだが、これは個人の戦闘だけでなく、軍勢を率いた合戦にも応用出来る。

 

 兵の動きを力の流れに見立てることで、予見に近い精度で勝敗を読み解けるのである。

 

 情報伝達の正確さが何より重視される戦場において一分の狂いもなく全軍を指揮出来るという反則じみた権能により、魔国連邦と獣王国の連合軍三万が指揮されているのである。

 

 更に、「大元帥」には「軍勢鼓舞」という権能もあり、その内容は率いる軍に補正をかけるというものである。

 

 その割合は凡そ三割という大幅なものであり、指揮能力も相まって全軍がとてつもない強化が施された状態であると言える。

 

 そのような状況であるからこそ、ベニマルには開戦と同時に勝利が見え、一つ提案を持ちかけることにしたのだった。

 

 それは、クレイマンの城に対する襲撃。

 

 軍勢が出払い、主もいない城を落とそうという大胆不敵なものであった。

 

「確かにカリオンの無事は確認しておきたいけど、どうせ軍勢もクレイマンも城に戻ることはないんだし、そんなに勇み足にならなくてもいいんじゃない?」

 

『大丈夫ですよ。こっちには俺がいますし、話を持ちかけたソウエイとハクロウもやる気です。あの二人なら』

 

「お待ちを、お兄様‼」

 

 ベニマルの提案を受け、一旦自分の感情を脇においたテクトが反対するも、ベニマルは動じず作戦の決行を推す。

 

 そこに仮縫いを終えたシュナが割り込んだ。

 

『お、おお。どうしたシュナ?』

 

「どうした、ではありませんよお兄様! クレイマンという魔王は、人を操る危険な力を持つそうではありませんか。万が一、ソウエイやハクロウが操られでもしたら」

 

『いや、アイツ等なら大丈夫』

 

「駄目です‼ どうしてもと言うなら、私も参ります!」

 

 ベニマルの考えを止めようとするシュナに任せようとしていたテクトだったが、参加を表明したことに驚愕する。テクトの隣で同様に驚くリムルを他所に、ベニマルとシュナの言い合いは続いたが、強く言い切れないベニマルはやり込められ、タジタジになっていた。

 

「という訳ですのでテクト様、私に出撃許可をくださいませ!」

 

 最終的にはシュナがにこやかに言い放った。

 

 困ったのはテクトだった。

 

 今のシュナには「完全記憶」と「自己再生」があり、そうそう死ぬようなことはない上、操られる可能性はほぼないことに加え、「空間移動」で退避も出来る。

 

 「解析者(サトルモノ)」と豊富な魔法に対する知識があり、クレイマンの居城周辺に漂う霧になにか罠があっても察知することも出来るかもしれない。精神攻撃の対策も立てることも出来るため、安全性も増す。

 

 更に、テクトも先程は反対したが、カリオンを探す必要性も理解しているし、城を落とせれば、敵軍の士気は折れ、制しやすくなるとも考えられる。

 

 また、シュナがクレイマンの策謀により多くの者が命を落としたことに対する怒りを抱いていることも理解しているのだ。

 

 何がシュナの出撃に反対しているかといえば、単純にシュナに怪我をさせたくないというテクトの我儘だった。

 

 ソウエイとハクロウも説得にかかり、呻くテクトだったが、一度シュナと目を合わせ、小さくため息を吐いた。

 

「わかったよ。シュナの参加は認める。ただし、安全第一に行動すること。敵戦力が想定以上だった場合は撤退を優先すること。カリオンを発見しても、安全の確認が出来るまでは手を出さないように。後は、テスタロッサ!」

 

「こちらに」

 

 指示を出す最中にテクトが声を上げると、最初からいたかのようにテスタロッサが返事をする。

 

 リムルたちが驚く中、それを当然かのようにテクトが指示を出し始める。

 

「君も同行しろ。攻撃はなるべくしないで防御と撤退の補助に徹するように。特に、シュナの安全と転移のできないハクロウの撤退支援は重点的にな。それと、作戦開始は魔王達の宴開始直後、○時ちょうどだ。異論はないな?」

 

 テクトの指示に四人全員が諾と返し、作戦が決定した。

 

 

 

 そうして衣装の調整も終わり、準備のためにシュナが退出し、代わりにヴェルドラが入ってきた。

 

「やはり、我がクレイマンの軍を吹き飛ばしてやろうか」と問うヴェルドラを「秘密兵器は大人しくしているように」となだめていると、リムルが口を開いた。

 

「そういえば、今の十大魔王ってどんな奴らなんだ? ラミリスにミリム、クレイマン、魔王フレイ、魔王カリオン、レオン。後四人だろ」

 

 その問にヴェルドラが漫画を読みながらだったが答え、魔王の情報が集められた。

 

 まずは吸血鬼族(ヴァンパイア)の魔王。

 

 名前はヴェルドラがうろ覚えであったためわからなかったが、本気ではないとはいえヴェルドラが遊べる程度には強かったといい、ついでに国を灰にしたとも言ったことで、つながりを知られた場合に問題が起きるのではとテクト達は不安になった。

 

 吸血鬼族の魔王は千五百年程前に代替わりしたらしく、ヴェルドラへの恨みが立ち消えている事を祈るのだった。

 

 次は巨人族(ジャイアント)の魔王ダグリュール。

 

 ヴェルドラと何度か喧嘩して勝負がつかない程の強さを持つらしく、その強さが伺えた。

 

 そして悪魔族(デーモン)の魔王ギィ。

 

 悪魔族は肉体が滅びても時が経てば再生するらしく、遊び相手にしていたらしい。

 

 ギィ本人とヴェルドラは戦ったことがないらしく、話を向けるとごまかし、聞いても答えなかった。

 

 ヴェルザードの事を知っているテクトは、姉弟で折り合いが悪いのだろうと察して静観を決め込み、ヴェルドラからの聴取は終わった。

 

 最後の一人、魔王ディーノについてはヴェルドラは知らず、ラミリスから名前とサボり好きという情報がもたらされ、これで十人全員が判明した。

 

 

 

 そうして話していると空間が歪み、リムル達の前に禍々しい門が出現する。

 

 現れた門に迎えがきたことを察し、立ち上がった参加者の面々の前で門が開き、中からミザリーが現れた。

 

「お迎えに参りました、ラミリス様。そちらが例の方ですか? よろしければ、御一緒にどうぞ」

 

 そう言うとミザリーは門の横に控え、目を伏せる。

 

 己を徹底して殺し、訓練されたプロの雰囲気をかもす彼女にラミリスは気にもせず話しかける。

 

「お、ミザリーじゃん。久しぶり! ギィは元気?」

 

「私如きが主様の心配をするなど、畏れ多き事で御座いますゆえ……」

 

「あ、そう。相変わらずだね、アンタも。まあいいけど」

 

 そう言うと、ラミリスは門の中へと飛んでいき、ベレッタとトレイニーが後に続く。

 

「よし、俺達も行くぞ」

 

 リムルがシオンとテクトを振り返り、声をかけると門へと入っていく。リムルへとテクトが続いた事で、ミザリーがわずかに動揺を見せ、それにテクトが首をかしげながら門を通り、会場へと足を踏み入れた。

 

 

 

 そして〇時丁度。

 

 シュナ、ソウエイ、ハクロウ、テスタロッサの四人が湿地帯へと侵入していた。

 

 怪しげな沼が多数存在し、そこから湧き出るガスによって生まれた霧が視界を奪い「魔力感知」が妨害された。

 

 この霧がソウエイが調査を断念した理由であり、自分たちは視界を制限された五感のみでの情報に頼らざるを得ないのに対し、敵は霧を利用して情報を得ることが出来るらしい。

 

 ソウエイが「隠密」の技術で、ハクロウが隠形方の極意である「朧」で、シュナとテスタロッサが「幻覚魔法」を基にした魔法技術によって気配を断っていた。

 

 霧の中では「思念伝達」も出来ないため、ソウエイの「粘鋼糸」を使って連絡手段とし、進んでいく。

 

 歩くこと数分。

 

 ふとシュナが足を止めた。

 

「ぬかりました。私達は罠に嵌められたようです」

 

 シュナの言葉にソウエイとハクロウが周囲を見回す。

 

 しかし目に映るのは霧ばかりだった。

 

「罠ですと?」

 

「確かに俺も感覚が狂っているような気はしますが、敵の気配は周囲に―何ッ⁉」

 

 ソウエイが言い終わるよりも早く、多数の気配が周囲へ現れる。直前まで感じなかった気配にどこへ隠れていたのかと考えるハクロウだったが、誘導を受けていたのだと看破したシュナの言葉に納得した。

 

 さらなる説明をしようとするシュナだったが、霧の中から居列な存在感を放つものが現れ、口を閉ざした。

 

 それは、純白の聖職衣をまとった骸骨だった。

 

 骸骨が放つ膨大な魔力にシュナが冷や汗を垂らしつつ、正体を探る。

 

「そうか、貴方がアダルマンなのですね。この地の支配者、数多の不死系魔物(アンデッド)を従える死霊の王(ワイトキング)ですか……」

 

「如何にも、余がアダルマンである。偉大なる魔王クレイマン様に御仕えする、この地の守護を命じられた者だ。下賎なる侵入者よ、大人しくその命を差し出すが良い。さすれば、苦しまぬように殺してやろうぞ」

 

 アダルマンの宣言にシュナ達が気を引き締め、テスタロッサが不快感をあらわにする。

 

 そんな彼女たちの周囲にアダルマンの魔素に当てられたように万を超える不死系魔物が蠢き出した。

 

「やはり、完全に囲まれています。この霧が「方位結界」と連動しているので、「空間転移」による脱出も不可能です。あらゆる通信手段も妨害されていますし、この場を切り抜けるにはアダルマンを倒すしかありません」

 

「ならば速やかに、敵の首魁を倒すまで」

 

「異論はない。俺の一撃は、死者すらも殺す」

 

 迷いなく告げるシュナに呼応し、ソウエイとハクロウも攻撃に転じる。迫る二人に、アダルマンは不敵に笑った。

 

「フッフッフ、身の程を知らぬ者達よ。余が寛大にも慈悲を示したというのに、愚かな事だな。余の申し出を無下にした報いを、その身で後悔しながら受けるがいい」

 

 アダルマンへと迫るハクロウだったが、死霊騎士(デスナイト)によって防がれ、その技量の高さからハクロウも本気で相手にすると宣言する。

 

 それに対し、喋ることの出来ない死霊騎士はくぼんだ眼窩の蒼白い炎を揺らめかせ、達人同士の一騎打ちが始まった。

 

 一方、アダルマンに忍び寄っていたソウエイには死霊竜(デス・ドラゴン)が迫っていた。

 

 あくまで襲撃による雪辱を晴らすための戦いとしてテスタロッサに積極的な攻撃を封じたテクトの意を汲み、四方八方から押し寄せる不死系魔物を殲滅する覚悟でもって、ユニークスキル「隠密者(シノブモノ)」の「一撃必殺」を付与した「粘鋼糸」による一撃―操糸万妖斬を振るう。

 

 死霊のような半精神生命体であっても精神体を切り裂くこの技で滅ぼせるはずだったが、死霊竜は何事もなかったかのように復活した。

 

 ソウエイが驚愕とともに覚悟を決め、視線を鋭くする。

 

「ならば、その魂をも滅してみせよう」

 

 そこにシュナの冷静な声が響いた。

 

「ソウエイ、落ち着きなさい。冷静に戦力を分析出来る貴方なら、死霊竜には勝てないとわかっているでしょう? その竜の魂はアダルマンの中にあるようです。ですから、貴方はその竜の足止めに専念しなさい。私がアダルマンを倒します」

 

「それは危険です!」

 

「いいえ、ソウエイ。私はね、怒っているのです」

 

 シュナの宣言にソウエイが心配するが、それは一蹴された。

 

 シュナの瞳と言葉に宿る力にソウエイは引き下がった。

 

「御意。御武運を、シュナ様」

 

「貴方もね、ソウエイ。その竜は任せましたよ」

 

 微笑んで告げるシュナにソウエイは頷き、死霊竜へと集中する。信頼を胸にし、背負う戦いが幕を開けた。

 

 

 

 シュナはテスタロッサを手で制し、一人でアダルマンへと対峙した。

 

「ほう? どうするつもりだね、お嬢さん。護衛に頼らず、君に何が出来るというのだ? それに、どうやって万の兵を相手にするのかな?」

 

 アダルマンが楽しそうに笑う。

 

 侵入者との会話は魔王クレイマンによって自由意志は残されつつも、行動は侵入者を抹殺することだけに限定されたアダルマンにとっての唯一の趣味であったのだ。

 

「心配無用ですわ。対魔属性結界(アライメントフィールド)‼」

 

 シュナの声が響くと共に、彼女を中心とした半径百メートルが、邪悪なる者の侵入を妨げる聖地へと変貌する。

 

 魔法不能領域(アンチマジックエリア)聖浄化結界(ホーリーフィールド)を「解析鑑定」して融合させた、シュナが独自に開発した魔法にテスタロッサが感心したように眺めつつ、自身に近寄る不死系魔物を一瞥もくれずに破壊していく。

 

「これで邪魔は入りません。私が貴方を倒せば、貴方を核としているこの防御機構も破壊出来ますね」

 

「……ほう、見事だ。それに、余の秘密を見抜くとはな。娘よ、名は?」

 

 シュナの言う通り、アダルマンをこの地に縛り付け、膨大な魔素量を循環させる事で維持されている防衛機構はアダルマンを滅ぼせば瓦解する。

 

 それを見抜いたシュナに、アダルマンは敬意を抱くとともに、呪縛から開放してくれるのではないかと一縷の希望を持ったのだ。

 

「シュナ、と申しますわ」

 

「シュナ、シュナ殿か。では、尋常に勝負といこうか。もしも余に勝てたなら、貴女の望みに従おう」

 

「それはそれは、丁寧な申し出ですこと。ですが、私達はただ、魔王クレイマンの滅びを望むのみ。邪魔しないというならば、この地での生は認めて差し上げますが?」

 

「フフフ、それが敵わぬのは御存知だと思うが?」

 

「そうですか。貴方なら、その呪縛に打ち勝てると思いましたが、私の思い違いなのですね。それでは仕方ありません。予定通り、貴方を倒すと致しましょう」

 

「話は終わりだな。では、力の限り余に抗ってみるがいい!」

 

 問答が終わり、アダルマンが魔素を滾らせる。

 

 シュナもこれに応じ、激しい魔法合戦が始まった。

 

 アダルマンが魔法を構築し、放つ。

 

 不死に近いシュナといえど、まともに喰らえばただでは済まない魔法がシュナへと襲いかかるが、魔法戦闘に特化した「解析者」により、アダルマンが魔法を構築している段階から対処法を組み上げ、万全の対処をしていく。

 

 それをみて、アダルマンは手を変えた。

 

「これならばどうだ? 怨念の亡者共、生贄を授けよう「呪怨束縛(カースバインド)」!」

 

 放ったのは死霊魔法。

 

 それは精霊魔法の亜種にして、悪霊や亡霊と言った負の怨念を利用する魔法である。その中でも呪怨束縛は性質が悪く、人間であれ魔物であれ、生きている者に縋りつきその生気を吸い取る亡者を召喚する魔法だった。

 

 しかして―

 

聖なる福音(ホーリーベル)

 

 シュナの涼やかな声が響くと聖なる鐘の音が鳴り響き、亡者達が浄化されていった。

 

「馬鹿なッ! 何故だ、何故魔物が神聖魔法を操れるのだ⁉」

 

 目の前で展開された奇跡に、アダルマンがない目を瞠る。かつて研鑽し目指したような美しい構成と魔に属する少女が編み出したとは思えぬほどに神聖な魔法。過去の憧憬と現在の驚愕が思わずアダルマンを叫ばせた。

 

「不思議ですか? それは貴方の頭が固いだけです。「神聖魔法」は人間のみに許された魔法ではなく、奇跡を信じ願うものなら誰にでも、その思いの強さに応えてくれるのですよ?」

 

 世間一般では、「神聖魔法」は聖霊との契約でなされると言われているが、それはある意味で正しく、ある意味では間違っているのだ。

 

 大半の人や魔物が理解していないが、魔人でも回復魔法を使えるものがいるという事実が指し示すように、聖なる存在との契約以外でも「神聖魔法」を操れるのである。

 

 「神聖魔法」を習得するためのもっとも大事な条件は研鑽でも才能でもなく、信仰―すなわち奇跡を信じる心なのである。

 

 善も悪もなく、思いの強さこそが力へと変わる。

 

 それこそが「神聖魔法」なのだ。

 

 シュナの説明にアダルマンがよろめく。

 

 シュナは戦闘中でありながら、忘我といった様をさらし、隙だらけになったアダルマンへ、追撃を加えることはなく語りかける。

 

「ですから、貴方が「神聖魔法」を扱えぬというのであれば、私の敵ではないと確信したのです」

 

「な、何故だ? なぜ、私が「神聖魔法」の使い手だと思ったのだ?」

 

 思わずといった様子で問いかけるアダルマンに対し、シュナは冷淡に返した。

 

「その姿です。高位の司祭級以上の者しか羽織れぬ、純白の聖職衣。それを着る資格がある高位術者でありながら、この程度の呪縛にも打ち勝てぬと嘆く軟弱者。「神聖魔法」への未練だけでその衣を纏うなど、警戒する必要もなかったようですね」

 

「ぬぅ……言わせておけば、好き勝手なことを‼」

 

 アダルマンは激怒した。

 

 シュナに対してではなく、アダルマン自身に対してだ。言われるまで気付くことのなかった自分の本心を知り、その不甲斐なさに呆れると同時に激しい怒りを覚えたのだ。

 

 同時にアダルマンは、ここ千年の永きに渡って心を曇らせていた霧が晴れるような、そんな爽快極まりない心地よさを味わっていた。

 

「神へ祈りを捧げ給う。我は望み、聖霊の御力を欲する。我が願い、聞き届け給え」

 

 感情の高ぶりに身を任せ、アダルマンは魔法を詠唱し始める。複雑な印を結び、朗々と神へと祈りを捧げる。アダルマンの前方の空間に複雑な幾何学模様が浮かび上がっていく。

 

 アダルマンをこの地に縛り付けた魔王カザリームの呪縛により自殺さえも封じられている。だがしかし、敵への攻撃の余波に巻き込まれるのなら抜け道にはなる。

 

 これまでは余波で自身も滅ぼす程の攻撃は出来なかったが、今この時は話は別だった。

 

 アダルマンはシュナを道連れに自身を滅ぼし共に縛られた仲間を開放するために、二人を包み込むように積層型魔方陣を展開していった。

 

 シュナの守護を命じられているテスタロッサは完成しようとしている魔法が何かを察し、救出に向かおうとするが、魔方陣の中に立つシュナにちらりと目線をよこされ、動きを止める。

 

「万物よ尽きよ! 霊子崩壊(ディスインテグレーション)‼」

 

「それを待っていました! 霊子暴走(オーバードライブ)‼」

 

 アダルマンの魔法が完成する直前、シュナが「解析者」で「法則操作」を行う。

 

 その結果、集められた霊子はアダルマンの制御を外れ、暴走を始める。

 

「な、何ッ⁉ 私の十分の一にも満たぬ魔素量しかない貴女が、まさか、私の魔法を上書きしただと⁉」

 

 魔素や霊子の制御は魔力によって行われる。魔法を上書きされたということは即ち、シュナの魔力がアダルマンを上回っているということに他ならない。

 

「見事でした。その褒美として、この地から解き放って差し上げましょう!」

 

 シュナはアダルマンの魔法を利用したのだ。

 

 自分以上の聖なる魔法の使い手であるアダルマンならば、この地を浄化出来るほどのエネルギーを集めることが出来ると踏んでいた。その結果発動された魔法が神聖系最強魔法であるとは予想外だったが、幸いにもその魔法は知っていたのでシュナは上書きを行えたのである。

 

 書き換えられた魔法の光は広がっていき、その場にいる全ての不死系魔物を飲み込み、浄化していった。

 

 

 

 アダルマンが敗北し、一帯が浄化されたことで不死系魔物は沈黙した。

 

 戦闘が終了し冷静になったことで、アダルマンが手加減こそしていなかったが本気ではなかったことを悟り、自分たちが慢心していたことを自覚し、戒める。

 

 三人が改めて気を引き締め、城の制圧を行おうとしていると、霊子暴走によって広がっていった光の最後のひと粒が潰えるまで眺めていたテスタロッサが跪いた。

 

「シュナ様。貴女様の御力を軽んじ、愚行に走ろうとしたこと御容赦くださいませ。さすがは、テクト様が見初めたお方ですわ。このテスタロッサ、感服致しました」

 

 テスタロッサの言葉に唐突にテクトとの関係を暴露されたシュナの頬が染まる。

 

「テスタロッサ様、お立ちください。そのような事をされては」

 

「テスタロッサ、と呼び捨てにして下さいませ。主の伴侶に様と付けさせるなど、配下にあるまじき所業ですわ」

 

 ソウエイとハクロウが暖かい目になるのを感じ、慌てて諌めようとするが「伴侶」という言葉に状況が悪化する。

 

 このままでは行けないと考えわずかに息を整えると未だ跪いているテスタロッサへと声をかける。

 

「テ、テスタロッサ、お立ちなさい。まだ私達の仕事は終わっていないのですよ!」

 

「失礼致しました。この件に関しては後ほど改めて」

 

「止めて下さい!」

 

 シュナが真っ赤になりながら叫び、あまり困らせてテクトの不興を買うことを恐れたテスタロッサが引いた事で話は立ち消えとなる。

 

 罠への警戒のためにソウエイを先頭、ハクロウを殿に城へと進み制圧を開始した。

 

 とはいえ、城に残っていたのは非戦闘員が大半であり、クレイマンへ忠誠を誓っていたものは皆無だった。

 

 何等かの理由で束縛されたものはシュナが説得と解呪を行い、その他のものは抵抗の意思を見せずに降伏した。

 

 そのため、さほど時間をかけずに制圧が完了したのだった。

 

 

 

 場内の制圧が終わったことでシュナ達は探索に移った。

 

 カリオンが城内にいない事は確認出来ていたが、その行方についてや、クレイマンを追い詰めるための弱みを握れる何かがないかを探すためだ。

 

 重要なものがある場所には罠がある事を前提として慎重に探索するシュナたちに近づいてくるものがいた。

 

「お待ち下さい」

 

「あら、生き残っていたなんて。消化不良でしたし、ここは」

 

「待ちなさい、テスタロッサ。戦う意思はないようです。無闇な争いはテクト様の望まれることではありません」

 

 声をかけたのは一体の骸骨剣士(スケルトン)を伴い、力の大半を失って死霊(ワイト)となったアダルマンだった。

 

 逃げていくのであれば放っておこうと考えていたテスタロッサだったが、わざわざ出てきたのならと攻撃体勢に移る彼女にシュナが待ったをかける。

 

 城内の制圧中にも幾度となく似たようなやり取りをしたため、シュナもテスタロッサを呼び捨てにすることにも慣れていた。

 

 淀みなく止めに入られたことで満足そうなテスタロッサが直ぐに引き、アダルマンが進み出るとシュナへと跪いた。

 

「シュナ様、とお呼びさせて下さい。貴女様の魔法のお陰で、我等一同、この地からの束縛より開放されました。浄化されずに生き残ったのも何かの縁、是非ともお願いしたき儀が御座います」

 

「何でしょう?」

 

 アダルマンの言葉に訝しげにしながらシュナが答える。

 

 厄介事の気配を感じつつも、ひとまず話を聞くことにした。

 

「ハハッ。有難く存じます。実は私も、シュナ様の信仰する御方に会ってみたいのです。失われた信仰心では、全盛期の力に及びませんでした。私の神ルミナスへの信仰は死にました。ですので、新たなる神を得たく思うのです」

 

 アダルマンの言葉にシュナ達は無言になる。

 

 感心したような顔をするテスタロッサに対して、シュナ達の背には冷や汗が流れていた。

 

 リムルに関しては楽観的に考えれば問題ないと言える。

 

 素のリムルはスライムであり、魔国連邦も魔物たちは敬っているものの、外部のものから見れば威厳も何もない。

 

 だが、テクトは問題だ。

 

 サリオンとの国交樹立の話をする直前のように、ちょっとした動作でも周囲を惹きつけるようになった「畏怖」の効果は今のアダルマンには過ぎたる薬である。

 

 そんなシュナ達の内心を知ることなくアダルマンが続ける。

 

「シュナ様を守護する神々しき気配。貴女様が身に纏う衣から漂うその御力こそ、まさに神の御加護というもの。是非、私の新たなる神となって頂きたく」

 

 アダルマンの言う衣―即ち、シュナの纏っていた巫女服は、以前と見た目は同じだが、テクトが改めて作成したものである。

 

 燃えにくく、傷つき辛く、汚れづらい。

 

 仮にアダルマンとの戦闘中に魔法が直撃したとしても、さほどのダメージにならないレベルの防御力に、仮に沼を転げ回ってもシミ一つ残さない耐汚染性。

 

 皮膚のように動きを阻害せずに伸び縮みするが、並大抵の業物では()()()さえ生み出さない強靭な繊維。

 

 にも関わらず、重量はシュナの負担にならない程度という、等級にして伝説級に相当するような、究極能力の権能をフル活用したテクトの愛の籠もった(異常性極まる)一品である。

 

 性能の程を聞いたリムルの引きつった表情は記憶に新しく、対するテクトの表情は心配性ここに極まれりといったものだった。

 

 故に、どう応えたものかと応えに窮していたシュナ達だったが、悪魔が動いた。

 

「死に損ないかと思っていたけれど、かつて高位まで登りつめただけあって見る目はあるようね。テクト様のお作りになった聖職衣の存在に気付くことが出来たこと、誇るといいわ」

 

「テクト様、と仰るのですね。私の新たなる神に相応しい、素晴らしい御名前です。私共は脆弱な不死系魔物ではありますが、それでも何かお役に立てると愚行致します。テスタロッサ様でしたね。是非ともテクト様に、我等をお引き合わせ願えないでしょうか?」

 

「いいでしょう。テクト様は私如き役立たずでもお引き立てくださる慈悲深き御方。必ずや、お前達のような者達にもテクト様の慈悲に報いる機会を頂けることでしょう」

 

 テクトの作品を褒めそやす言葉に気を良くしたテスタロッサの言葉に、アダルマンが感激したかのように祈りを捧げる。

 

 思い込みの強そうなアダルマンの説得とこの場において最強のテスタロッサをうまく宥める術を思いつかず、心の中で謝罪しつつもアダルマンとその配下である数千の不死系魔物を指揮下に加え、クレイマン城攻略は幕を閉じたのだった。

 


 

 次回「開宴(オーバーチュア)




感想・評価・お気に入りありがとうございます。

前回投稿後、お気に入り件数がかなり増え、評価バーが赤くなりました。

有り難い限りです。

御期待に添えるよう頑張ります。

次回は前回少し書いた思いつきを実行予定です。

楽しんでいただけるといいのですが

紅蓮の絆編は書いた方がいいのか

  • 書くべき
  • 書かなくてもいい
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