リムルがヒナタと激突していた頃。
ディアブロは上空から状況を観察していた。
レイヒムとの接触はできぬまま戦端は開かれ、一体どのような理由付けで悪魔討伐を正当化しようとしているのかは不明だが、それでも敬愛する主達の命令通り、無用な被害を出さずに任務を終えるため様々なパターンを考えていた。
そうしていると眼下の陣から大半が出陣する。
その中に視界に収めてやってもいいと考えられる程度には力を持つものを見つけ、ハクロウに連絡する。
其の者は出撃したものの中では突出した力を持つためランガとフェルに任せることとなり、後顧の憂いのなくなったディアブロはエドワルドの前へと降り立った。
「初めまして皆様。エドワルド王にはお久しぶり、ですかね。私の名はディアブロと申します」
「散開! 警戒態勢を取れ! エドワルド王をお守りしろ!!」
ディアブロの挨拶に対する返答は武器を突きつけた警戒だった。
しかし、十重二十重に囲まれたというのにディアブロは笑みを絶やさない。
「あなた方に危害を加えるつもりはありません。そこで大人しくしていることです」
ディアブロはそう言って指を弾くと兵士たちとその後ろで様子を伺い始めた報道陣の間に結界が現れる。
そうこうしている間にエドワルド達の準備が終わり、自分の安全が確保されたと感じたエドワルドは突如ディアブロが現れた事による緊張から開放された。
「これはこれは、魔王リムルの使者殿でしたか。本日はどのような要件なのですかな?」
「クフフフフフ、何、用件は一つ。警告ですよ」
「警告? それはどのような?」
「今直ぐ兵を退き、ヨウム殿と和解しなさい。そうすれば、知らずに済む恐怖を味わうこともないでしょう」
ディアブロはひとまず交渉から入る。
だが、それは本音ではない。応じられれば作戦が長引くことになるからだ。
それに対する返答は否。
むしろこれはエドマリスとヨウムが賠償金を着服した事を原因とした戦であり、やましいことはない言い切る。
そのうえで、ディアブロの言葉から二重に賠償金をせしめようと姑息な考えを巡らせたと主張し、そのような浅はかな計画を立てる魔王など底の知れる小物と言い放った。
その言葉を聞き、ディアブロの頬が引き攣る。
だが、今ここで暴れればエドワルドの言葉に正当性を与えかねないと我慢していると、エドワルドは得意げに語りだした。
「先ほど報告があったのだよ。余のために援軍を手配してくれたレイヒム殿が口封じにあったとな。内情を知るレイヒム殿を脅して安心しておったようだが、彼が信心深さを侮ったようだな! うまく欺かれ、援軍を用意された腹いせに彼を害したのだろうが、もう遅い! やってしまえ!」
ディアブロは自分が動く前にレイヒムが襲われたと聞き、わずかに目を瞬かせる。それを策がバレたゆえの動揺と見て取り、エドワルドが命令を下す。
それに呼応した護衛に紛れていた
彼らは東の商人がエドワルドへと送った者達であり、これがディアブロを前にして動揺から抜け出せた理由でもあった。
悪魔討伐者達はよく錬られた連携と聖属性に染め上げられた特殊合金の鎖でディアブロを拘束する。
「名持ちとはいえ所詮は
「貴様如き、我が祖国では珍しくもない! 対悪魔の戦術は研究され尽くしているんだ! 人間を舐めるなよ!」
ディアブロが名乗ったことでいつも以上に警戒していた悪魔討伐者達だったが、あっさりと拘束できたことでその警戒が僅かに緩む。
だが、拘束された当のディアブロは鎖を意に介した様子も見せなかった。
「なるほど、実力行使というわけですか。相手をしてあげてもいいのですが、私はそれほど暇ではありません。せっかくですので先制攻撃は譲って差し上げますが、それ以降は選別させて頂きましょうか」
「舐めるなよ、悪魔め。その傲慢が身を滅ぼすと知れ!」
ディアブロの言葉に悪魔討伐者のリーダーはわずかに鼻白むが、直ぐに気を取り直してアイコンタクトを送ると直ぐに攻撃の準備を整えた。
「その慢心と傲慢をあの世で悔いるがいい! 滅せよ、
目を灼く雷光にディアブロが包まれる。
魔素によって発動する力では結界によって阻まれるため開発された、魔素を介在しない雷を起こす兵器でもっての攻撃が決まり、悪魔討伐者達は勝負は決まったと確信する。
肉体さえ破壊すればどのような悪魔であっても存在を維持することはできないため、後は待つばかりだと思われた。
「貧弱。余りにも、貧弱すぎますね。せっかく頑張ってくれているのだからと期待しましたが、いささか過剰評価だったようです」
しかし、自然影響への耐性を獲得しているディアブロに、自然の放電現象は大した効果を及ぼすことはなかった。
ディアブロは拘束を壊ると何事もなかったかのように言い放つ。
「さて。それでは、選別の
次の瞬間、悪魔討伐者のリーダーとサーレ、グレンダ以外の全員が失神する。
その過程に違いはあれど、ディアブロは立っていただけであるのにたった三名を残して全滅した光景は、なんの影響も及ぼされなかった報道陣には意味不明な光景だった。
「おやおや? 試験に合格したのはたったの三名ですか? ですがまあ、一応は褒めて差し上げましょう。手を抜いているとはいえ、私の「魔王覇気」に耐えたのだから。直接相手をする事を許可しましょう」
ディアブロの言葉をリーダーはハッタリだと切り捨てる。
彼の知識では悪魔の最終進化は上位魔将であり、その魔素量の上限は決まっている。上限値でも魔王種へと成れないため、ディアブロが魔王種であるはずがないといい切れたのだった。
それを聞き、ディアブロは薄く笑んだ。
「なるほど。それは正しくもあり、間違ってもいます。確かに我々悪魔族は、その魔素量の上限が定められています。ですが、上位への進化は可能なのですよ。ある条件を満たせば、ね」
「はあ?」
「例えば、赤―いえ、貴方々にとっては白の方が身近ですね。こう呼ぶと彼女は怒るでしょうが、この方が伝わりやすいので仕方ないのですよ。先日もテスタロッサの「魔王覇気」を確認したのも東でしたしね。そして、魔王になる資格を得るだけなら簡単なことなのです。限界まで力を高めて二千年以上生きればいい。なんの苦労も必要としません」
ディアブロの言葉を聞くにつれ、リーダーの顔が青ざめていく。
ディアブロは簡単そうに語ったが、悪魔族は非常に好戦的な種族であり、戦いに身を置くのを常とする者もいるほどだ。
一度でも負ければ力が削られるため、ディアブロの言う条件を満たすには、二千年以上無敗で生きなければならず、困難を極めることは想像に難くない。
何より、赤―
それらの事実がディアブロの正体をリーダーに理解させたのだ。
「助けて下さい! 命だけはどうか! 何卒、何卒、お助け下さい!」
状況を理解したリーダーの取った行動は命乞いだった。
平伏し、ディアブロが命じるならエドワルドすら殺してみせる、決して逆らわないと必死に助命を嘆願する。
その様子に興味をなくしたディアブロに気絶した者達を片付けるように命じられ、直ぐに部下を叩き起こして気絶したままの者達を含めて結界の外へと逃げていった。
残されたのはディアブロ、サーレ、グレンダの三名。
魔王にも対抗できるとされる十大聖人たる誇りをもってディアブロを滅ぼそうとしたサーレだったが、その選択は間違いだったと思い知らされることになる。
戦闘開始から数分。
既にサーレの心中は絶望に包まれていた。
悪魔討伐者との会話を理解しきれなかったサーレの問にディアブロが改めて名乗り、種族を明かした。
ディアブロにとって重要なのは主より賜った名前であり、種族はさして重要なものではなかったのだが、サーレからすれば大問題だった。
下手な魔王を軽く凌駕する力を持つ
仕方なく戦い始めたサーレにすべてを押し付け早々に逃げたグレンダへ悪態を吐きつつ、出立したグレゴリーが戻ることを願ってディアブロへと相対する。
悪魔をヨウムから引き離す事を目的として出発したグレゴリーなら、その標的がここにいると知って戻って来る可能性もあるのだ。
だが、そのグレゴリーは既にフェルとランガの玩具となって瀕死の重体となっていた。
サイズ感を考えないのであれば、二匹の犬が人形を引っ張りあって遊ぶ光景に見えなくもないが、グレゴリーを戦力として頼っていた者達からすれば悪夢にほかならなかった。
撤退するなら追撃しないというガビルの言葉に出撃した全軍は身を翻し、三々五々に敗走する。
その事実を知らないサーレには限界が近づきつつあった。
まるで赤子を相手にするかのように圧倒な実力を見せるディアブロに、サーレはディアブロがわざわざレイヒムを害した理由を考え始める。
実際にはさっさとファルムス王国を攻略を完了させたかったディアブロのため、どうせ邪魔をしようと企てるであろう黒幕の存在を利用しようしたテクトの策なのだが、それを知らぬサーレはディアブロを犯人ではないとして推論を組み立てていく。
これまでの戦いから、ディアブロの実力が隔絶しており、殺そうと思えばいつでもサーレを殺すことができる。
その前の試験もうっかり殺さぬようにするためのふるい落としだったのだ。
そのことに気づいたサーレは事態が動き出した時期を元に考え始める。
思えば、援軍が本決まりになったのはファルムスへの干渉に難色を示していたヒナタが出立した以降。
そして、先程のレイヒムが襲撃されたという情報もディアブロを貶めるための工作と考えれば辻褄があってしまう。
援軍に関して最終的な決定を伝えた者達のことを考え、サーレの中で誰が真犯人なのかが定まっていく。
とそこに、ディアブロの背後の空間が歪み、テスタロッサが現れた。
「全く、この私にこんな雑用をさせるだなんて、テクト様の指示でなければ実力行使にでているところだわ」
「クフフフフフ、いいタイミングです、テスタロッサ。それで、首尾はどうです?」
不機嫌を隠そうともしないテスタロッサにディアブロが笑っていると、一つ鼻を鳴らして引きずっていたそれを投げ出した。
突然現れた美女が不機嫌そうに投げ出した者に視線が集まる。
それは、血に塗れたレイヒムだった。
そこにディアブロが回復薬を振りかけると、レイヒムは回復し、貧血故か苦しそうにしながらも身体を起こした。
悪魔に襲撃されたはずのレイヒムが悪魔の手のものに連れられ、悪魔によって回復された。
この光景を見てディアブロ、ひいては魔国連邦が人類に敵対的であるとは考えきれず、報道陣も誰が裏で糸を引いているのかと訝しみ始める。
そして、今度はサーレの後ろの空間が歪み始めると、そこから三人の老人が現れる。
『サーレよ、応援に来てやったぞ』
『感謝せよ。共に悪魔共を滅ぼそうぞ!』
『そのまま悪魔共を抑えよ。我等の魔法で始末しよう』
「七曜の老師⁉」
七曜の老師と呼ばれた三人はディアブロとテスタロッサを標的とするかのような言葉とは裏腹に、周囲を巻き込んで吹き飛ばしかねない魔法の準備を始める。
その魔法を見てサーレは今回の黒幕が七曜であると気づく。
記者の中にも事情を理解した者もおり、それらを纏めて始末するためのものだと気づいた。
かと言って逃げることも抵抗することもできず、その場が巨大な火球で包まれた。
しかして、火球による犠牲者はゼロだった。
ディアブロによる結界はその後方にいた報道陣や悪魔討伐者達を完全に守り、傷一つとして負わせなかった。
誰から見ても多くの人間を害そうとした七曜の老師達とそれを阻んだディアブロという構図に交渉の準備は充分だと認識したディアブロはリムルと連絡を取ることにした。
『リムル様、緊急でご報告が』
『なんだ? こっちは取り込み中だから、手短に言え』
『それは失礼を。我々とヒナタ・サカグチを争わせようとした犯人が特定できました。七曜の老師とかいう者共が、裏で絵を描いていたようです』
『ほぅ……』
『それで、目の前に三匹ほどいるのですが、生かしておくのは害悪かと』
『そいつらが悪だという証拠は用意できるのか?』
『各国の記者が多数』
『許す。駆逐しろ。コイツラのせいで、テクトが重傷だ。徹底的にやれ!』
『ッ! 直ちに!』
リムルの言葉を受け、ディアブロの殺気が七曜へと向けられる。
唐突に殺気を膨れ上がらせたディアブロに、テスタロッサが訝しんだ。
「急にどうしたというの、ディアブロ?」
「ちょうどいい。テスタロッサ、貴女も手伝いなさい。この糞虫共のせいで、テクト様が傷を負われたそうです」
「へぇ……」
ディアブロの言葉にテスタロッサの殺気も膨れ上がり、七曜へと向けられる。
だが、悪魔たちは冷静に、敬愛する主を傷つけた害虫を駆除する準備をしつつも役目を果たすべく報道陣へと向き直った。
「今の攻撃を見たでしょう? 彼らがあなた方を殺そうとしたのは明白、そうは思いませんか?」
ディアブロの問いかけを、誰も否定できなかった。
朗らかに過剰な範囲を灼く火球に加え、それを防がれたことに悪態をつき、更に強力な術の準備をしている彼らの思考は利に聡い記者たちには明白だった。
この場にいる全てを殺し、罪をディアブロに着せ、功績を得ようとしている―と。
「ですが、安心するといい。私達がお前たちを守ってやろう」
ディアブロの言葉はまさに福音だった。
三武仙のサーレを軽くあしらうディアブロであれば、伝説的存在である七曜の老師にも勝てるのではと記者達に考えさせる。
そして、それに対する要求はシンプル。
この場における事実を喧伝すること。
七曜が暗躍し、ディアブロを悪として、神聖法皇国ルベリオスの最高幹部すら使い捨てにして名声を高めようとしたこの光景を正確に伝えることだ。
もともとはマッチポンプで行おうとしていたことだが、黒幕に名乗りをあげた連中がいたのでそのまま容疑を着せた形になる。
尤も、その事を知るのは魔国連邦の幹部達だけなので報道陣には関係のないことである。
故に、交渉はスムーズに受け入れられた。
ディアブロの提案に恭順を約束したことで記者達は「
「いいでしょう。皆様をお助けすると、この私が約束します。ただし、お前だけは駄目だ」
そう言ってディアブロが指したのはエドワルド。
「な、なぜ⁉ 余が一体何をしたと」
「黙れ! 貴様は偉大なるリムル様を愚弄した。その罪は、万死に値する。貴様など、助ける価値もないと知れ」
突然の指名にエドワルドが驚愕するが、それに対する返答は恐怖を感じていられるように加減された殺気と侮蔑に満ちた声だった。
それを聞き、エドワルドは必死に命乞いをする。
騎士も記者もエドワルドを助けない。
原因はエドワルドの言動にあり、下手に仲裁などしようものなら、とばっちりで自分もエドワルドと同じ目にあいかねないのだ。
そのことに気付き、エドワルドは泣きながら懇願する。
「全て差し上げます。金も、地位も。王、王位も譲ります。私は退位して全て譲るから」
そこまで聞いたことで、ディアブロはしばし熟考すると少しだけ口調を和らげた。
「そういえば、英雄ヨウムがエドマリス殿の後見人になっていましたね。彼こそ、このファルムスの地を導くに相応しい男だと思うのですが、貴方はどう考えますか?」
口調こそ問いかけるような物言いだが、これは脅しである。
意にそぐわぬ回答であれば今度こそ命運尽きると理解したエドワルドは全力で頭を回した。
「わ、私もそう考えます! 彼は見どころがある。是非とも私の後継者として、公に発表したく思います!」
エドワルドの回答にディアブロは満足そうに頷く。
これで仕事も終わり、第二秘書としてリムルのそばにいられる事を喜びつつ、上空のゴミを始末する用意を着々整えていく。
そして、それは先んじて準備を進めていたテスタロッサのお陰で直ぐに整った。
『ふん、覚悟はいいか?』
『もう間もなく、邪悪を滅ぼす光をくれてやる』
『それまでの命、せいぜい楽しんで』
「「覚悟? 笑わせ
ディアブロとテスタロッサが意図せずに声を揃えると共にディアブロが指を弾く。
「緩やかに滅び行く世界の中で、何もできぬ絶望を知れ! 発動―
それは絶望の始まり。
ディアブロのユニークスキル「誘惑者」の権能の一つ「誘惑世界」を利用した攻撃だった。
本来は対象者の意識に直接作用し、相手の精神に影響を与えるという効果である。
ディアブロはこれを発展させ、具現化した仮想世界の中で絶対権力を発動させるに至っていた。
その世界では対象者の生死さえディアブロが司り、その世界で起きたことは「虚実変転」により、現実へと転換できるのだ。
ディアブロによって与えられた幻覚が、物質世界での現実となるという、理不尽極まる恐るべき技である。
これを壊るには精神体を鍛えて意思の力で打ち破る他なく、精神生命体であるディアブロに意思の力で勝るものはほとんどいない。
その上、今はテスタロッサによる補助もあり、これを退けられる者はごく僅かであろう。
無論、七曜の老師に破れる道理はない。
七曜達が驚愕し騒ぐも、何の意味もなさず、絶望が広がるばかり。
抵抗もできず世界が崩壊していく中、ディアブロの許可を得て干渉したテスタロッサによる死を想起させる幻覚と魂を侵蝕する恐怖が悪意によって補強された七曜の精神を犯していく。
「その愚かさを、深淵の底で反省するがいい」
ディアブロの言葉と共に「誘惑世界」が崩壊する。
仮想世界の崩壊はそこに取り込まれた者達を巻き込み、完全に消滅させた。
次回「和解と宴」
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紅蓮の絆編は書いた方がいいのか
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書かなくてもいい