「テクト様! 住居建設の資材についてですが」
「ああ、それなら──」
村の開発は順調に進んでいた。サラマンダーに燃やされてしまった家屋もすでに修繕されており、一度消失した部分があることなどわからないようになっていた。
テクトは村から長期に出ることがなく、住民に対する指示もよく行っていたため、いつの間にやら最終的な管理者のようになっていた。
一応はリムルがトップとなっているが、丸投げが基本の放任主義のためこの形に落ち着いた。もっとも、本人が元々ワーカホリックじみていたこともあり、苦にはしていなかったりする。
「そういえば、お食事についてですが…………本日もお二人は召し上がらないので?」
「そうだね。リムルは味覚がなくて食べる気しないって言ってるし、それを知ってて私だけしっかり食べてるっていうのも…………待てよ?」
テクトは食事をとらないわけではない。むしろ必須といっていい。ただ味覚を持たないリムルが食事を楽しめないことを知ったうえで自身が楽しむことに罪悪感を覚えてしまうため、一人で森に入りあまり食用として適さない魔物を狩って「過食」による限界ギリギリまで食べて数日を過ごし、「過食」による残量が減ってきたらまた補充にというサイクルを行っていた。今日もこれまで通りにと考えていたが、ふと気づく。
「(シズさんを取り込んで人間への「擬態」が可能になったリムルなら味覚が存在するんじゃないか?)リグルド、食事の用意を頼む。多分リムルも食べると思うから」
「なんと! では、今日は宴会ですな!」
張り切って食材調達班に指示を出しに行くリグルドを見送り、テクトも移動を開始した。ああ言っておいてリムルが食べないなどと言い出せば、皆ががっかりすること請け合いだからだ。
「リムル~今日の食事についてなんだけど…………何やってんの?」
リムルのいる天幕に入り、先ほど決めたことを伝えようとしたテクトの視界に入ったのは、全裸で人間体になっているリムルとリムルの姿をもとに大人の女性の姿を作ったような、やはり全裸の、分身体だった。リムルはすぐに分身体を魔素に戻し、回収。服を着なおして何をしていたのかを説明した。
自身の擬態の実験として、意識的に大人の状態にしたらどのような見た目になるのか試していたらしい。普段の意識せずに行う擬態とどれほど変化するのか確認したかったようだ。女性らしい体つきにしたのも男性らしい体つきに変化させた後の延長のようなもので他意はなかったとのことだった。
「なるほど。てっきり私はいろいろと持て余した挙句、シズさんに似てきれいな自分の姿によからぬことでも考えたんじゃないかと思ったよ」
「するか! で、何か用だったんだろ?」
テクトは今日の食事についてリムルに話した。これまで味覚がなかったことで最初は難色を示していたリムルだったが、擬態による味覚の獲得の可能性を示すと目が輝き、食事をとることに肯定的になっていた。
「というわけで、今日は宴会だ。何か食べたいものがあるならそろそろリグルたちが狩りに出るころだから伝えておくといいよ。私は「過食」の分を消費するために森で動き回ってくるから。残っていると食欲なくなるし、なんなら食べることは苦しいぐらいだからね」
「なるほどな。じゃあ俺はリグルにあってくるよ」
テクトは森を駆けていた。現在の姿はアラクネ。理由は単純に燃費が悪いからである。
「駆ける」といっても走り回っているのではなく、糸を駆使して木々の間を高速で進んでいた。
某対巨人兵器のように木に糸を結び付け、それを思い切り引くことで推進力を得る方式である。テクトはこの移動方法はいい修行になると感じていた。自身が通り抜けられる木々の間を見極める状況判断力。糸を木に結び付けるための操作精度。結んだ糸を引いた際に、木と糸がちぎれないようにするために「気力付与」を行うためのスキルの発動速度と正確性。これらの技能が「
そうしてすさまじい勢いでエネルギーを消費していくテクトの耳に声が届いた。声が聞こえてくる方向に進んでいくとそのうちはっきりと聞こえるようになった。
「お前は早くいけ!! 姫を若のもとまで送り届けろ!!」
「しかしそれでは」
「いいからいけ! 俺はもう走れん、このままでは、全員豚どもに殺される」
「見つけたゾ」
テクトが視認できるように木の上からのぞき込むと、三人の角の生えた魔物を二、三十人程度の鎧と武器で武装した豚の頭をした魔物が追い詰めていた。
(縄張り争い? いや、追い出すにとどまっているわけじゃない。そういえばログルドやリリナたちが来た時に覇権を争う魔物がいるって言ってたっけ。確か「
大鬼族の見分けは髪色のおかげでしやすく、緑、黄、桃だった。
緑色の髪の大鬼族は片腕が途中でなくなっており、足にも浅くないけがをしている様子だ。ほかの二人には目立った傷はないものの、装備に加え、人数に差がありすぎるため真っ向勝負になれば分が悪そうだ。このまま放っておけば豚頭族によって殺されてしまうことは明らかである。
「(こういうときって追い詰められてるほうに味方したくなるよね。「判官びいき」っていうんだっけ? こういうの。事情も聴いておきたいし、いきますか)そこまでにしてもらおうかな」
「なンだ? お前ハ?」
「通りすがりの化け物だ。覚える必要はない。今から死ぬんだからな。「死滅の邪眼」!」
行動を決めるが早いかその場から飛び出し、大鬼族と豚頭族の間に着地する。そのまま「
「(結果は知ってたけどえぐいな、やっぱり)さて、疲れてるところ悪いとは思うけどいくつか聞きたいことがあるんだ、いいかな?」
テクトが振り返り質問することを告げると、目の前で起きた事態を飲み込み切れていない大鬼族はうなずくことしかできなかった。
「質問をする前に、そのけがを治そうか」
≪告。ポーションではすでにふさがっている傷の治癒は不可能です≫
テクトがポーションを取り出し片腕を失っている大鬼族にかけようとするとシラヌイから忠告が入る。患部がすでにふさがっている場合、傷として認識できないため治せないようだ。
「(つまり、患部が切創状態なら問題ないのか)ふむ、ちょっと痛いだろうけど我慢してね」
「え? んぐ…………がっ、ぐっぅぅ…………ん、んぐう⁉(な、なんだ? 痛みが引いて…………腕が⁉)」
先ほどまで森を動き回り、エネルギーを過剰に消費して思考力の落ちたテクトは短絡的な行動に出た。
まず、驚愕や痛みから叫ぶことで、再び豚頭族を呼び寄せないように大鬼族全員に糸で作った猿ぐつわをかませ、有無を言わさず傷口の少し上を切断。リムルからもらっていたポーションをかけ、なくしていた腕を治療した。大鬼族は治らないと考えていた腕があっさりと治ったことに絶句し、身動きをとらなくなる。
『(ここで聞くより、街でリムルたちと話を聞くほうがいいかな)リムル、なんだか訳ありっぽい大鬼族を見つけたから街に連れていくよ。リグルドあたりにお客を迎える準備を』
『大鬼族⁉ 今お前「大鬼族」って言ったか⁉ 今すぐ連れてきてくれ!』
自身が切り飛ばした腕の痛みがないことを確認したテクトがリムルに大鬼族のことを念話で報告しつつ猿ぐつわを解こうとすると、すぐに返答があった。
リムルも、というよりリグルたちが大鬼族に接触したらしく、戦闘になったらしい。
リグルに同行していたランガからの救援要請を受けて急行したリムルだったが、シズからもらった仮面をつけたままだったリムルはどこぞの魔人の仲間と勘違いされて戦っていたようだ。はぐれた同胞を探す彼らの相手をしているその時テクトからの連絡を受けたようだった。
「重ね重ね悪いとは思うけれど、君たちの同胞と私の仲間が戦闘になってるみたいなんだ。君たちの姿を見たら落ち着くかもしれないし、一緒に来てもらう」
大鬼族にそう告げ、移動するために彼らを自身の体に乗せ、振り落とすことのないように糸を体に巻き付ける。そのまま木々の間を突っ切り、リムルのもとへと駆けていく。
テクトは自身のことをよく確認するべきだった。今の自分の状態を。
時間は少し巻き戻る。
洞窟内でシズから受け継いだスキル「変質者」の実験をしていたリムルはランガからの救援要請を受け、飛び出した。
その場にたどり着くと体を浅く切られ倒れたゴブリンと牙狼がおり、ちょうどゴブタが白髪の大鬼族に切られたところだった。
リムルは騒ぐゴブタにポーションをかけ、戦っていたリグルとランガを呼び戻し、話を聞く。進化をしている彼らを魔人の仲間と判断し、攻撃してきたそうだ。リムルはむっとしたが、ひとまず話し合いから始めていくことにした。しかし、かぶっていた抗魔の仮面によって里を襲った魔人の仲間と判断され、戦闘を避けることはかなわなかった。
(はぁ、リグルは何も問題ないとか言ってたけど、実際こうして問題起きてるし、確かドワルゴンの時もこんな感じじゃなかったっけ? フラグを立ててからの回収効率よすぎだろ。そのうち「
大鬼族とにらみ合いながらテクトに伝わっていれば呆れられそうなことを考えていたリムルにテクトから念話が届く。即座に助けた大鬼族を連れてくるように頼み、彼らとの和解の手がかりを得たと考えたリムルに大鬼族が仕掛けてきた。ランガにはリグルたちを守るように指示をだし、一人で大鬼族に相対する。
木槌を振り上げた黒髪の大鬼族に「麻痺吐息」を浴びせ地に伏せさせる。
足が止まったリムルに紫の髪の大鬼族がとげまみれの球体を先端に持つ金棒で殴り掛かってきたのをかわし、足を払って「粘鋼糸」で拘束する。青色の髪の大鬼族が突き出した短刀を「身体装甲」で受け止め、カウンターで殴り飛ばしKOした。
「なぁ、俺は戦いたい訳じゃないんだ。このまま負傷者を出し続ける前に話を聞いてくれないか?」
大鬼族達はリムルの提案を聞くことはなかった。白髪の大鬼族がリムルの使用したスキルが魔物由来であることを見抜き、残った赤色の髪の大鬼族に注意を促す。彼にリムルが警戒を強めていると、そこにテクトが飛び込んできた。
体を縛られ、口に縄状の糸をかまされ、ややぐったりとしている三人の大鬼族をのせて。
(何やってんだ、こいつ⁉)
事態を解決に導くはずの援軍が、事態を悪化させる厄介者へと変わった瞬間である。
『とりあえず急いできたけど、状況はどんな感じ?』
『ああ、おかげさまで最悪だよ。後ろ見てみろよ』
『後ろ? …………これは、まずいね』
テクトの背には三人の大鬼族がいる。彼らは急いだテクトによって揺さぶられ、三半規管にダメージを受け、ぐったりとしていた。
リムルはもともとテクトが助けた彼らに自分たちが敵ではないと証言をしてもらいたかったのだが、それもできそうにない。それどころか人質のためにこの場に連れてきたと捕らえられてもおかしくはないだろう。
「貴様、我らの里を襲ったばかりか今度は人質だと⁉ この外道が!!」
((やっぱりこうなったか))
テクトはひとまず戦闘に巻き込むまいと糸を操り、動けない三人を少し離した場所に移す。残った二人の大鬼族に意識を戻すと白髪の大鬼族が視界から消えていた。
(あれ? 一体どこに⁉ うわ⁉ 視界が⁉)
「テクト!!」
「テクト様!!」
「まずは一体」
白髪の大鬼族はすでにテクトの背に乗っていた。そのまま刀を振りぬき、テクトの人間側の首をはねた。「仕留めた」そう確信するのに十分な手ごたえと目の前の光景。しかし次の瞬間、その表情は凍り付くこととなる。
(びっくりした。「視えた」のに、そこからじゃ全く反応できなかった。おっかない爺さんだ)
「な⁉」
「ば、化け物め…………」
テクトの首は空中で止まっていた。「嘱目者」の未来視で首が飛ぶのを知ったテクトは躱せなかったものの、糸を操作し、落ちる前に受け止めたのである。
さらに糸を操作し、首をもとの位置に戻して切断面を合わせ、縫い留める。本体が蜘蛛であるため大事はなく、「超再生」のおかげもあってすぐにくっついた。
肉体的なダメージは残っていないが、化け物呼ばわりによって精神的にはダメージを負っていた。自称するのと他人から言われるのではやはり違うのである。
「テクト! 大丈夫なのか⁉」
「ああ、うん。問題ない。しかし、ちょっと甘く見てたのは確かみたいだ。ちょっとだけ、全力を出してみようか」
そういうとテクトは魔力弾を大量に作り出す。一つ一つは小さいが、強い輝きを放っており、高い威力を持っているように見える。さらに「畏怖」を強く発動し、大鬼族をたじろがせた。
「どうする? これでもまだ戦ってみる?」
「確かに力の差は圧倒的なようだ。しかし、俺も大鬼族の次期頭領として育てられた誇りがある。無念に散った同胞の恨みを晴らさずして何が頭領か! かなわぬまでも一矢報いてくれる!」
「若。そういうことなら儂もお供いたしましょう」
(ああ、そういう方向に決意固めちゃったか。勘弁してくれ。これ全部、威嚇用として光ることにリソースを割いた超低威力の魔力弾だから、戦闘継続は面倒なんだ…)
テクトの魔力弾は張りぼて同然だった。というのも、テクトの主な攻撃手段は「
「お待ちください。お兄様。この方々は敵ではありません」
「若! この異形の方は豚頭族に追われた我々を助けてくださったのです」
「俺の腕も直してくれた。やり方はあれだったが、治る見込みのなかった状態だったのに、貴重な薬を使ってくれたのだ」
口々にそういわれ赤色の髪の大鬼族がひるむ。否定しようとしても即座に反論され、最終的にリムルの仮面を確認し、自身の見た魔人の仮面とは似ても似つかない意匠であることに気づき頭を下げた。その後、テクト達は大鬼族の事情を聴くため、ともに街へ向かうこととなった。
「そういえば、お前たち名前は?」
「いや、俺たちの中に名持はいないよ」
「そうか…………」
リムルはわずかに口角を上げていた。
次回「格差」
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今回で名付けまで行きたかったのですが長すぎると思ったので一度区切りました。
オリキャラに関して気になる方もおられると思いますのでなるべく早く次話の投稿をしたいと思います。
紅蓮の絆編は書いた方がいいのか
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書くべき
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書かなくてもいい