転生時の要望が違う形で受け取られた件   作:篠白 春夏秋冬

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68話:長鼻族(テング)の里での一騒動

 謁見式最終日。

 

 ダグリュールの息子達をシオンが叩きのめしたことが十分に浸透したのか、力を誇る者達も問題を起こすことなく順調に日程が消化されていた。

 

 ゲルドも休暇が明けて参列し、ディアブロ、テスタロッサ、ハクロウの三人も前日の内に帰国していた。

 

 しかし、ファルムスについての報告は後回しにして此度の客への対応に集中していた。

 

 他の者達と違い、最高幹部とも言えるベニマルが出迎えに行ったその種族は長鼻族(テング)

 

 一人の少女を先頭に、烈火の如く激しい気配を保ったまま入ってきた武装集団は長鼻族という名の割に普通の鼻だった。

 

 というのもこの長鼻族という種族は、獣人の一種である大神(オオカミ)の中でも強力な個体が生み出した山狼族(オオカミ)の群れに天使族(エンジェル)が受肉した種族であり、長鼻というのは超常の嗅覚を持つものという暗喩だった。

 

 ここで言う強力な個体が今の長鼻族の長老であり、代表として武装集団の前に立つ少女の母である。

 

 長老は子を生したことで、急激に力を衰えさせているため少女が現在の長といっても過言ではない。

 

 彼等はジュラの大森林に住む者ではないので謁見というよりも会談と呼ぶべきなのだが、色々と問題があった。

 

 それはベニマルが名代としてアルビスと紅炎衆(クレナイ)を伴いテングの隠れ里へと赴いたときに遡る。

 

 ベニマル一人であれば転移で長距離を移動することもできるのだが、魔王の名代ともあろう者が共もなしで支配領域の外を訪ねるわけにもいかず、隠れ里付近の地理に詳しいアルビスと共に陸路を進んでいた。

 

 ベニマルが違和感を覚えたのはある日の野営のとき。

 

 ふと食事の用意をしていた鬼の面と頭巾を被った者の姿が以前目にした光景と被った。

 

 違和感を頼りにその者を観察すると、紅炎衆の中では覚えのない者だったのだ。

 

「おい、そこのお前。こちらへ来い」

 

 ベニマルの言葉に紅炎衆が表情を強張らせ、アルビスが錫杖を構える。

 

 呼ばれた者は一見おどおどしながら、しかしよく観察すれば何の緊張もなしにベニマルの前へと立った。

 

「面と頭巾を外せ」

 

 威圧を孕んだベニマルの言葉に従い、素直に面と頭巾が外される。その下から現れたのは白い肌に碧眼で短い桃髪の少年だった。

 

 全く見覚えの無い少年にアルビスが襲いかからんばかりの雰囲気になるが、ベニマルはそれを目で制すと、深い溜息を吐いた。

 

「……一体何をなさっているんですか、テクト様!!」

 

 ベニマルの叫びにアルビスは目を瞬かせる。

 

 驚愕するアルビスに対し、紅炎衆が気まずそうに顔を背けたことでベニマルの威圧が彼等に向いた。

 

「お前達、知っていたな!」

 

「申し訳ありません! しかし、陛下より直にお声掛け下さった以上、断ることもできず……」

 

 恐縮する紅炎衆にベニマルはため息を吐くと改めて少年へと視線を向ける。

 

 少年はクスリと笑うと身長を伸ばし始めた。髪は伸び、色が抜け落ち、瞳も紅く妖しい輝きを湛える。

 

 さほど時間もかけずにいつも通りの姿へ戻ると、テクトは関心したように頷いた。

 

「流石、よく見てるね。しばらく誤魔化せたのも偏に皆の協力あってこそだね」

 

「いや、そもそも何故いるんですか。魔王が直接出向くのはまずいから、俺が名代として来たんでしょうが」

 

「大丈夫、大丈夫。身内でもない限り妖気を感じない俺が魔王だなんて思わないだろうし、仕事はちゃんと分身体を派遣してこなしてるから」

 

「リムル様とシュナはそれを知っているんですか?」

 

「なんだかんだ二人共甘いとこあるよね」

 

 テクトの答えにベニマルは苦い顔をする。

 

 ちなみに分身体を派遣というのは、文字通りに毎朝魔国連邦へと分身体を遣わせており、そうしないと徹夜で分身体を使って仕事をしかねないとリムルから夜間の分身体の消去を厳命されているからである。

 

 本人が魔国連邦にいる間は「通う」を通り越して「同棲」に片足を突っ込み始めたシュナによってなんとかなるのだが、テクトのワーカホリックぶりにリムルも困っているのだった。

 

 実のところ、今回のベニマルへの同行も半ば休暇のような扱いだ。

 

 また、リムルとシュナが甘いのはテクトぐらいであり、ベニマルが似たようなことを言い出せば、得も言われぬ迫力でもって怒られることになる。

 

 そんな事情が透けて見えたベニマルは大きくため息を吐いた。

 

「……わかりました。とりあえず、俺が何も言わない限りは絶対に動かないで下さい。いいですね」

 

「任せなさい。武力を背景に脅したいわけじゃないからね」

 

 ベニマルの警告にテクトは得意げに頷くと元通りの桃髪の少年へと戻る。

 

「忘れるところでした。僕の名は桃華(トウカ)です。くれぐれも、我等が魔王陛下の名で呼ばれませぬよう、お願い申し上げます」

 

 ベニマルは面と頭巾を被り食事の用意に戻るテクトにあっけに取られるアルビスの肩を軽く叩くと鍋の監視をするために焚き火へとよって行った。

 

「ところで、これ()には変なものは入ってませんよね?」

 

「流石に入れてないって……入れようか?」

 

「「「結構です!!」」」

 

 

 

 そんなトラブルもありつつ、一行はクシャ山脈の山頂にたどり着くと、そこにある洞窟の山頂で若武者に呼び止められた。

 

「ここより先は我等長鼻族の里。何用か?」

 

 若武者は警備の者なのか白装束を纏って打刀を腰に差していた。

 

 それよりもテクトの目を引いたのはその特徴。彼の背負う一対の白い羽と犬のような耳、そして尻尾である。

 

 明らかに気を引かれているテクトをベニマルは視線で制すと里に入る理由を説明し始める。

 

「俺はジュラの大森林を統べる魔王―テクト様とリムル様の名代として里長との交渉に来た。大勢を里に入れることに抵抗があるのなら俺とトウカ、アルビスの三人だけでもいい」

 

 ベニマルの言葉に若武者は応諾し、三人が「結界」へと足を踏み入れた。

 

 洞窟を抜けた先は、花が咲き乱れる桃源郷。

 

 常に過ごしやすい快適な気温に保たれた美しい里だった。

 

 案内された先で待っていたのは一人の少女。

 

 他のテングと違い、羽を持たない少女の肩まで伸びた純白の髪は、こめかみ辺りから鮮やかな紅へとグラデーションしていた。

 

 美しい少女であるが、その切れ長の目から除く狼のような瞳孔が、テクトと次いでベニマルを捉え、獲物を見定めるように見据えた。

 

 僅かな時間とはいえテクトを視界に捉えたことでベニマルは警戒心を引き上げつつ話を始める。

 

「俺の名はベニマル。魔王テクト様と魔王リムル様の名代として来た」

 

「使者殿、よくぞ参った。私は長鼻族の長老の娘、紅葉(モミジ)という。それで、要件は何か? この地の支配でも企んだ?」

 

 ベニマルの挨拶にモミジと名乗った少女は艶やかな笑顔で、しかして相応の毒をもって応対する。

 

 明らかに歓迎されていない様子だが、ベニマルはすぐ後ろで揺れているテクトのせいで気が気でなかった。

 

「そのようなつもりはない。俺達が望むのは、ジュラの大森林との境界線上にあるクシャ山脈の通行許可だ。そして可能ならば、この山にトンネルを掘る許可を頂きたい」

 

「ふん。領土的野心はない、と言うのね。通行許可は勝手にすればいいけど……トンネルとは何?」

 

「それに関してはトウカの方が詳しいだろう。説明させよう(妙なこと言わないで下さいよ)」

 

(任せなさいって)

 

 ベニマルの言葉に興味なさそうにしていたモミジがトンネルという言葉に反応したことで、ベニマルは知識のない自分よりも正確に伝えられるだろうとテクトへと話を振ることにした。だが、自信満々という表情のテクトを見て、何だか失敗してしまったような気がしたのだった。

 

 そんなベニマルの不安をよそに、テクトは楚々と前に出ると平服して説明を始める。

 

「ご紹介に預かりました、トウカと申します。早速ですが説明を。トンネルとは、道程の短縮を目的として山を掘り抜き、道をつなぐもので御座います。とはいえ、必須のものではありません。可能であればというだけで」

 

「待って。山を掘り抜く? 本気で言っている?」

 

「然り。ですが、必須というわけではありません。許可できないと申されるのであれば棄却されるだけのこと。あくまで念の為の確認で御座います」

 

 テクトの説明が波風立てそうにないとベニマルは安心していたが、長鼻族には動揺が広がっていく。

 

 山を神聖視する彼等にとって山を掘り抜くという言葉は想像の埒外にある異常な言葉だったのだ。

 

「不味いわね、貴方達。どのような者が魔王になろうと、我等に干渉せぬならば好きにすればいいと思っていた。そこの獣臭い蛇を連れているのも、目を瞑ろうと思っていたわ。でも、私達の御山を軽く見られては、黙っている訳にはいかないわよ」

 

 そう言って席を立ったモミジを見て、ベニマルとテクトは失態を悟る。

 

 元より今回の計画ではサリオンとの境界付近の町まで道をつなぐだけなので、トンネルは必要なく、重要視していなかった事項なのだ。

 

 サリオンの首都と魔都リムルをつなぐならトンネルが最短というだけで今回の計画で引く道を利用しても問題なく、せっかくだからと話題に上げたのが長鼻族の逆鱗に触れたのだろう。

 

 話し合いを続行する空気ではなくなったものの、ここでテクト達が反応すれば長鼻族も退けなくなるためテクトとベニマルは動かなかったのだが、モミジの言葉に我慢できぬ者もいた。

 

「獣臭い蛇とは、私のことかしら?」

 

 アルビスである。

 

 静かに激怒しつつモミジを睨みつけ、モミジもそれに応じたことで空気が張り詰めていく。

 

 そんな空気の中、テクトが正体を隠したままどうやって場を収めようかと考えていると、誰かの生唾を飲み込む音を合図にアルビスが動いた。

 

 エクストラスキル「天蛇眼(ヘビノメ)」による麻痺、毒、発狂、等々の効果がモミジを蝕もうとするが、それらは何の影響も及ぼさなかった。

 

「つまらない技ね。長鼻族の長老の娘である私に、状態異常なんて通用しないわ」

 

 そういいつつ、モミジは扇子を両手に取り出す。

 

 種族の成り立ちに天使族(精神生命体)が関わっていることもあり、長鼻族は半精神生命体である。そのため長鼻族は状態異常に対する高い耐性を備えており、更にモミジはエクストラスキル「天狼覚」というスキルを常時発動させていた。

 

 これは五感以上に情報を読み解く力であり、幻覚や幻術を無効化し、魔力感知の上位互換と言えるほどの知覚効果を発揮する。これによりテクトの纏う違和感(偽装)に朧気ながら気付いたのだ。

 

 先制攻撃が無力化され瞠目するアルビスに、モミジは舞うように扇子を打ち下ろす。

 

 一撃目は錫杖で受け止めたアルビスだったが、続く二撃目に脇腹を打たれ、大きく吹き飛ばされる。

 

 無造作だが洗練された動きを見せたモミジはアルビスへの一撃で閉じた扇子を開き、優雅な仕草で口元を隠した。

 

「もうお仕舞い? 三獣士と言っても、大した事はないわね」

 

「舐めないで欲しいわね、田舎者の分際で。交渉相手だと思い手加減してあげたけど、その必要はないのかしら?」

 

「手加減? それはこちらのセリフだわ。使者を殺さぬように、これでも精一杯気をつけているのよ? それとも貴女、私を本気で怒らせたいの?」

 

 モミジの挑発にアルビスも乗り、二人の間で濃密な妖気が充満する。妖気に当てられ長鼻族の若武者達が表情を引きつらせる中、テクトとベニマルはゆっくり茶を啜りつつ密談していた。

 

(どうします?)

 

(アルビスが死にそうになったら割って入ってやって。俺が正体を隠したまま止めるのは余計に拗れそうだ。最悪、魂の牢獄(ソウルテイカー)はあるし蘇生もできるけど、無駄に死なせることもないしね)

 

(了解です)

 

 そうして念話を終えると同時に湯呑みを置き、息を吐く。

 

 傍から見れば場違いな二人を置いて、にらみ合いは激化していた。

 

「確かに貴女は強いわね。でも、戦闘経験に乏しい小娘が勝てるほど、この世は甘いものではなくてよ? 

 

「試してみる? 貴女の言うように、私も戦闘経験を積みたいと思っていたの。貴女はいい実験台になりそうね」

 

 睨み合う二人がテクトの飲み干した湯呑みを置く音を合図に動く。

 

 その刹那、剣閃が走り、モミジの手から扇子が弾かれた。

 

 テクト以外は反応を示せぬ速度で割り込んだベニマルがモミジから扇子を弾き、飛んだ扇子はテクトへと向かう。

 

 何の構えも取っていないテクトへ扇子が飛ぶのに若武者達が慌てるが、テクトはあっさりと扇子を受け止める。

 

 眼の前でおきた事態を飲み込めず、沈黙が下りる中、ベニマルが淡々と告げる。

 

「そこまでだ。俺達の言葉で不快にさせた事は詫びよう。だが、連れを殺されてはかなわん」

 

「ベ、ベニマル様!! 私が負けるとでも?」

 

「ああ。俺が止めなければ、お前は真っ二つだった」

 

「う、嘘よ! ちゃんと手加減して」

 

「いや。お前の妖気の制御は甘い。力が入りすぎていたぞ」

 

「そ、そんな……」

 

「わ、私が負けていた……?」

 

 ベニマルの言葉を聞き、モミジとアルビスが崩れ落ちる。

 

 それと同時にテクトの座る部屋の奥の扉が開き、大きな犬耳の美女が姿を現した。

 

「お、お母様!?」

 

 美女を見るやテング達が平伏し、モミジが動揺する。

 

 モミジの母―長鼻族の長老はニッコリと微笑んでモミジへと歩み寄ると

 

「この馬鹿娘が!!」

 

 大音量の雷を落とすのだった。

 

 場所を移し、床の間を隣に置いた和室。

 

 長鼻族の長老は病にふせっているらしく、容態が悪くなってもすぐに休めるためこの場に案内された。

 

 病床の者を話し合いの席に置くのを躊躇ったベニマルは案内を固辞しようとしたものの、それを長老本人が制した。テクトも長老の容態に気になる事があるとのことで一旦移動することになった。

 

 長老の名は(カエデ)

 

 三百年と少し前に大鬼族の里で荒木白夜(ビャクヤ・アラキ)から朧流を学んだのだという。

 

 彼女は自分の本来の力を隠して旅をしている中でビャクヤと出会い、剣を師事した。

 

 その時には兄弟子がおり、彼は天才としか表現できぬ剣の申し子だったそうだ。

 

 彼はビャクヤの孫であるが、人間であるビャクヤは彼に名をつけることはできず、それを惜しんでいたという。

 

 彼はビャクヤの死後、剣鬼となり、力はカエデに迫るほど、技量であれば完全に負けてしまうまでに成長していた。

 

 当時は名を持たなかったカエデはその剣の腕に惚れ込み、大きな楓の木の下で告白した。そして一夜の契りを経て里を後にしたのだという。

 

 剣鬼という呼び名とベニマルの記憶に残る里のシンボルでもあった楓の木が一つの仮説に信憑性をもたせ、それは思わず口から出た。

 

「ということは、つまり、ハクロウの……」

 

「ほう、ハクロウとな? そうか、我が兄弟子である剣鬼殿は名を得たのだな。いや、そもそも……まだ生きておったのが驚きじゃわ」

 

 ベニマルのつぶやきに反応したカエデは笑うが、ベニマルの動揺は深まっていく。

 

 振り返ってテクトを見るもテクトは首を横に振るだけで何も知らない様子だった。

 

 目だけで互いに疑問をぶつけ合う二人がひとまず気を落ち着けようと湯呑みを手にしていると、カエデが追撃する。

 

「だが、これで儂も安心じゃ。ハクロウ殿が育てた立派な男が、儂の娘の婿になるのじゃから」

 

 その言葉にベニマルは思わず茶を吹き出し、テクトはむせてひっくり返った。アルビスも唖然として湯呑みを取り落とし、モミジは顔を赤くする。

 

 慌ててカエデの口を塞ごうとするモミジを片手で抑えるとカエデはベニマルへ向き直った。

 

 未だに発作が収まらないテクトの咳をBGMにカエデは話を続ける。

 

「さて、ベニマル殿。先程のそちらの提案だが、全て呑もう。その上で、我等も魔国連邦へと属してもいいと考えておる。ただし、そなたが儂の娘の伴侶となることが条件じゃ。考えるまでもないと思うが、返答は如何に?」

 

 いろんな意味での重大事を急に振られ、ベニマルは答えに窮する。

 

 困るベニマルを救ったのはもう一方の当事者であるモミジだった。

 

「待ってよ! その方をお母様が認めたのはわかったわ。でも、私はまだ認めていません! 確かに、私よりも強そうだけど……それならそれで、お母様に言われて無理矢理にじゃなくて、私を好きになってもらいたいわ。惚れた男を振り向かせてこそ良い女、いつものお母様の口癖よね?」

 

 そう言うとモミジは顔を扇子で隠して逃げるように去っていった。それを見たカエデの大笑いする声にアルビスはハッと顔を上げた。

 

 ベニマルは恥ずかしがりつつも堂々と言い切ったモミジの姿に少しだけうろたえた己を恥じたが、そもそも話が唐突過ぎたのが原因である。

 

 結局モミジとの話は戻って検討する事になった。

 

 そもそもカエデの独断なので、本気でベニマルに強制するつもりなどなく、あくまでも希望を述べただけとのことで一旦は引き下がった。

 

 それ以外の魔国連邦側の希望は概ね問題なく検討され、トンネルを通す話は別にして、サリオンへの街道工事の許可は下りた。

 

 だが、それで話は終わらない。

 

 ベニマルとモミジが伴侶になるかはともかく、魔国連邦と長鼻族の関係は良好なものにしておきたいというのがカエデの考えである。

 

 先程も話に出たが、カエデは「病にふせっている」ということになっている。

 

 しかし、実情は異なっている。

 

 弱っているのは事実だが、その原因は病ではなく、モミジを出産したことだ。永くを胎内で育て、名を与えたことで山の神とも称されたカエデの魔素量はほとんどが失われ、死を待つ身となっていた。

 

 故にカエデは経験の乏しい愛娘に後ろ盾を作りたかったのである。

 

 ベニマル達がこの地を訪れたのは偶然である。

 

 しかしカエデにとって、これは希望となった。

 

 惚れた男(ハクロウ)が遣わしてくれた最後の希望、そう思えたのだ。

 

 魔王に断られてもそれはそれ。魔国連邦にハクロウがいるのであれば、彼の子であるモミジを見れば、昔を思い出し、庇護してくれるのではと考え、結論の先送りに同意した。

 

 そんな訳で、今度はモミジ本人が魔王二柱への挨拶に出向くことになったのだが、話はもう少しだけ続く。

 

 話は終わりかと気を緩めたベニマルの後ろからテクトが僅かに糸を伸ばす。

 

 糸を通じて送られた思念に一つ頷くとベニマルは口を開いた。

 

「カエデ殿。今回俺達がここに来た用向きは果たしたわけだが、もう一ついいだろうか?」

 

「何じゃ?」

 

「どうにも、うちのトウカが一度容態を見てみたいらしくてな。今回はトンネルの件の説明のために連れてきたんだが、元は猪人族(ハイオーク)の工兵隊麾下の医療班なんだ」

 

「ふむ。儂の身は治るようなものではないが……まあ良いか。ここで貸しを作るのも悪く無かろう」

 

 あけすけに語るカエデに頬を引きつらせつつもベニマルはテクトに場所を譲る。

 

 ベニマルの視線にテクトは微笑むと、一言断りを入れてカエデの手を取った。

 

 すでに解析はしていたため自身とカエデを包むように結界を張ると、小さく呟いた。

 

悪神の恩寵(カイザースティペンド)

 

 テクトが為したのは生と死の抱擁(エンプレスドレイン)の逆―相手(カエデ)に生命力を分け与えることだ。

 

 もたらされた恩寵にカエデが目を見開く。

 

 これまで散々魔素を流出させて周囲を騒がせてきた経験により当人以外には何が起こったのかわからない状況になっていたが、カエデの表情の変化から何かが起こったことは明らかであり、長鼻族達が気色ばむ。

 

 それを制したのはカエデだった。

 

「何をしたのかはわからんが、凄まじい技量じゃな。ベニマル殿、此奴は大事にすべきじゃぞ」

 

「あ、ああ。そうだな。奏上することも考えておこう」

 

 トウカ(テクト)魔王(本人)に推挙することを勧められるという珍妙な状況にベニマルは頬を引きつらせる。

 

 一定の成果を得られたのか頷くテクトと何かを考えるように項垂れたアルビスを連れ、里を後にする事になった。

 

 魔国連邦に帰ってからベニマルの婚姻も含んだ交渉も含め、色々と話したが、当事者の一人とも言えるハクロウの意見も聞くべきということで話は一時保留された。

 

 そして、昨夜。

 

 ファルムスから戻ったハクロウを交え、四人で話すことになる。

 

 テングからの申し出が不明なため、アルビスを一蹴したモミジの戦闘力も鑑みて謁見は最終日に予定されていた。

 

 そのため会談に間に合うようにハクロウを飛び戻す必要はなかったが、問題は何一つ片付いていない。

 

 伴侶云々の件は結局のところ本人同士の問題なので特に言うことはないという態度をテクトとリムルが取ろうとしていると、ベニマルが声をあげる。

 

「ちょっと待って下さいよ! 俺にだって、都合というか立場がですね」

 

「なんですと? 若は儂の娘が気に食わぬとでも?」

 

「そんな事は言ってないだろうが! そもそも、今まで会ったこともないどころか、生まれた事さえ知らなかったのに、何を父親面しているんだ!?」

 

「知ってしまったからには、ワシにも責任があるというものですじゃ!」

 

 困惑するベニマルにハクロウは仕込み刀の鯉口を鳴らして凄み、言い合いが騒がしくなっていく。

 

 このままでは結論はでないと判断したテクトはひとまず話題を変えることにした。

 

「そういえば、カエデさんの容態何だけど」

 

 テクトの言葉に二人の声がピタリと止まり、話を聞く姿勢になる。助かったというように息を吐くベニマルに苦笑しつつもテクトが再度口を開く。

 

「魔素と生命力を分けてみたんだけど、ある程度の高さに穴の空いた容器に水を注いでいるような感覚だった。しばらくは元気だろうけどまた臥せることになると思う。ガビルみたいに名前を上書きして補強できれば変わるかもしれないけど、まだ長鼻族と友好的とは言えないから、そこは要相談だね。俺等ってヴェルドラに助けられてたんだねぇ

 

 テクトの診断を元にハクロウは長鼻族との関係を良好にしたいと考え、それは三人も共通していた。

 

 その後も色々話したが結局結論が出ず、ぶっつけ本番で事に望むことになった。

 


 

次回「羨ましいか?」




感想・評価・お気に入りありがとうございます。

紅蓮の絆編については書くことにしました。

謁見式終了後に時系列を考え「謀略への考察(五十四話)」と「法皇両翼合同会議(五十五話)」の間に挟もうと思います。

アンケートへのご協力ありがとう御座いました。
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