転生時の要望が違う形で受け取られた件   作:篠白 春夏秋冬

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73話:前夜祭

 時間が許す限り竜種二人に付き合い、「置いていくな」とでも言いたげなヴェルドラを置き去りにしてテクトは準備のためリムルと合流していた。

 

「そっか、勇者マサユキが武闘大会に」

 

「ああ、一応考えはあるし、勇者の手の内を暴くことはできるだろうけど、警戒するに越したことはないと思う……っていうか、なんかお前疲れてないか?」

 

「大丈夫……それらしい素振りは見せないから」

 

「いや、それ大丈夫じゃないだろ」

 

 テクトは明らかに萎れていた。

 

 ヴェルザードへの苦手意識からうまく話せないヴェルドラを助け、納得がいかなそうに妖気を垂れ流すヴェルザードをなだめ、周囲に影響が及ばぬよう結界を貼り続けた。

 

 そうして精神的に消耗したテクトは忙しいシュナの邪魔をすることを避けて特に回復手段もないまま急ピッチで準備を進めていた。

 

 そんなわけで実際に大丈夫というわけではないのだが、主催者の一人であるテクトが欠席というわけにもいかないため気力を振り絞っているのである。

 

 そうして夜。

 

 豪華に飾り付けられた迎賓館の大広間に、各国の重鎮が一堂に会していた。

 

 男女比はやや男性が多いという程度であり、妻子連れの者もいるらしかった。

 

 今回は自由参加となっており、基本的には立食形式である。

 

 しかし、広間の半分は畳が敷き詰められている。そこは土足厳禁ということもあって人はまばらだったが、立ち入った人は思い思いにくつろいでいた。

 

 ガゼルも畳に立ち入った一人であり、初体験でないためか完全に馴染んでいた。

 

 まだ開始時間には時間があるのでテクトとリムルも畳に座り、細々とした話をする。

 

 ガゼルは開発中のレールに興味を持ったらしく、リムルの協力要請に即断で頷いていた。

 

 そこにヨウムも加わり、雑談に移行する。

 

 大国であるドワルゴンの王が気さくに話す姿によって、テクト達はドワーフ王ガゼルが一目置く人物と目され、利に聡い者はテクト達への評価は上げることになる。

 

 そういった細かい情報戦にテクトは感心しつつ、時間を確認して立ち上がる。わずかに遅れたリムルに手を差し伸べて立たせると、連れ立って上座へと向かう。

 

 向けられる好奇の視線をテクトが「畏怖」で吸い上げ、落ち着いたリムルが挨拶を始める。

 

「ええと、本日はよくぞ、おいで下さいました。ワタクシドモが、この度魔王となりましたリムルとテクトです。今日は難しい話を抜きにして、皆さんには是非とも、我が国の料理を堪能して頂きたく思います。長話は苦手ですので、それでは早速始めましょう!」

 

 リムルが杯を持つのに合わせ、客人にも飲み物が行き渡る。

 

 ベスターの教育を受けた給仕が完璧なタイミングで動くのにリムルは得意げに笑いつつ乾杯の音頭を取る。

 

 前夜祭の開幕とともに歓声が上がる。

 

 彼らの手に持っているのは麦酒やコーラであり、キンキンに冷やされた炭酸の刺激は客人に衝撃を与えたようだった。

 

 また耳長族(エルフ)の女性が酌をして回っているのも好評らしく、浴衣姿で三つ指ついての挨拶に酒が回ったわけでもなく顔を赤らめる者もいた。

 

 それを咎める女性や珍しい食材の料理への舌鼓など騒がしくなり始めた会場が突如として騒然とする。

 

 見れば扉を押し開けて巨大な魚が運ばれて来ており、その頭には鋭い槍のような角が生えていた。

 

 この魚の名は槍頭鎧魚(スピアトロ)といい、以前リムルがゴブタと釣り勝負をしていた際に釣り上げられた魚である。

 

 せっかくなので捌いて食べたところ、そのマグロのような赤みはとても美味であり、今回の宴のため捕獲してきたのだった。

 

 捌くのはハクロウ。

 

 クロベエの鍛えた長包丁での解体ショーが始まると、凶悪な魚の登場に驚いたり怯えたりしていた者達も、その見事な手際に感嘆の表情へと変わっていく。

 

 あっという間に巨大な魚が刺身となり並べられていくが、生食の経験がない者が大半の出席者たちは誰も手を付けようとしなかった。

 

 そんな客人を尻目にハクロウは祖父ビャクヤから聞いていたという寿司を握り始めた。

 

 だがやはり、魚の威容と経験のない生食に誰も動かない。

 

 一番最初に席についたのはテクトだった。

 

「一通り頼む」

 

「おお、それではこれをどうぞ」

 

 そう言うとハクロウは新しく寿司を握り、差し出した。

 

 すでに用意されたものではなく新しく握ってくれた気遣いを嬉しく思いつつ醤油に浸すと口に放り込んだ。

 

「あ゙ぁ゙〜、美味い。本当に疲れたときには美味いものが染みるよ」

 

「お前、何があったんだよ。あ、ハクロウ、俺も頼む」

 

「では、こちらを。それにしてもせっかくの美味なる肴が残らぬのではと心配しておりましたが、どうやら不評のようで残念です。ですが、この後の晩酌は楽しみですわい」

 

 テクトの隣に座ったリムルに寿司を提供しつつハクロウは表面上は残念そうに話す。不評が残念なのは本音だが、後半に付け加えた様に酒の肴にできるとあって僅かに口元は笑んでいた。

 

 その様子にテクトが苦笑していると、リムルとは反対側にヒナタが座った。

 

「その大トロを、ワサビ抜きで握ってもらえるかしら?」

 

「子供か?」

 

「うるさいわね、鼻にツンッとくるのが苦手なのよ。それにしてもあれね。もっと種類がほしいわね」

 

 ヒナタはリムルの煽りに不機嫌そうに返す。そのまま要求を増やすのにテクトは難しい顔になった。

 

「いや、一応他にも準備したんだよ? でも寿司ネタになりそうなのがタコとかイカぐらいでさ、今でもこんなに遠巻きにされてるのにあれはちょっとね」

 

「今更周りの評価なんて気にするの? 美味しければ見た目の評価なんてすぐに覆るわ」

 

「まぁ、そこまで言うなら、足だけね」

 

 ヒナタが「足」という単語に僅かに反応しつつ、テクトの手元からハクロウの元へと送られたタコ足が捌かれ寿司へと変わる。

 

 ちなみに海老も見つけているのだが、向かった海域では大きさが一般的な伊勢海老の倍程の個体しか見つけられず、寿司ネタには向かないサイズだったため他の料理の食材に回されている。

 

 更に言うとタコ足も本体からしてかなり細いものである。

 

 足の持ち主である悪逆大蛸(タイフィシュアトイナウ)という巨大な蛸は胴だけで槍頭鎧魚を凌ぐほどに大きく、無数にある足は丸太のように太いものもあった。それらは細切れにされてヴェルドラの屋台の食材とされており、中々の美味であった。

 

 眼の前で調理されたことで不審なものは入っていないことを確認し、ヒナタは安心して寿司を口に含む。

 

 目を閉じてゆっくりと味わったヒナタはうっとりとした表情で口を開く。

 

「本当に最高だわ。お刺身に、それにお寿司まで……少し腹が立つけど、貴方達を尊敬するわよ、リムル、テクト」

 

「ご満足頂けたようで何よりだよ。やっぱり淡水魚とは何か違うよね」

 

 得意げなテクトにヒナタは微笑むと次の寿司へと手を伸ばす。その横に今度はユウキが座った。

 

「それじゃあ、僕も一つ頼むよ。あ、僕は子供じゃないので、サビ有りで」

 

 そう言って厭味ったらしく笑うユウキにヒナタは眉根を寄せる。そんなことは気にせず寿司を頬張ると感動に声をあげた。

 

 そこに嫌味のお返しとばかりにヒナタが不満を口にする。

 

 何でもヒナタは以前、自由組合に魚介類の運搬を依頼したが断られたらしい。

 

 しかし、北方は大型種が多く採取どころではなく、南方からは距離の問題で鮮魚の運搬は困難。内海で釣った魚の運搬では生食の文化がないこの世界では販路開拓から始めねばならないため採算が合わず、引き受ける者はいなかったという。

 

 リムルとテクト以外にもヒナタとユウキが寿司を絶賛したことで、天翔騎士団(ペガサスナイツ)団長のドルフが寿司に興味を示す。

 

 そのままガゼルやヨウム達も寿司を口にしその味を絶賛する。それを見て一人の貴族が叫ぶ様に寿司を頼み、それを契機に大勢が寿司へと殺到した。

 

 火付け役となったヒナタとユウキは酒を手にディベートに発展しており、喧騒にも負けずに意見を戦わせていた。

 

 敬遠されていた魚の生食も受け入れられ料理が受け入れられれいることにリムルとテクトは笑い合い、軽く杯をあわせて酒を飲み干す。

 

 とそこに一人の兵士が駆け込んできた。

 

「た、大変です!!」

 

「どうした、何かあったのか?」

 

 慌てる兵士にテクトは落ち着きを払って問う。

 

 この会場の周辺には魔国連邦の警備だけでなく各国の要人の警護もいるため、外は人で溢れている。それらをまとめて吹き飛ばすような気配はないためまだ慌てる必要はないと考え、余計な混乱を招かぬようにゆっくりと質問したのだが、その質問に対する答えの前に各国の兵士が雪崩込んできた。

 

「大型の飛行物体が、町の外に飛来しました!!」

 

 そう報告した魔国連邦の兵士に続き、各国の護衛達が次々に報告を始める。

 

「報告します! ま、魔導王朝サリオンの守護竜王が、その姿を現しましたぁ!!」

 

「一大事です! エ、エルメシア・エル・リュ・サリオン陛下その人が、この地に降り立ちまして御座います!!」

 

「今、エルメシア陛下の御一行が、この場へ向けて歩き出されました──ッ!!」

 

 耳をすまさずとも聞こえてくる報告にテクト達は簡単に事態が把握できた。

 

 単に客人がやや遅れて到着しただけかと考えていると、ガゼルは表情から察したのか深い溜息を吐いた。

 

「相変わらず、能天気で世間知らずな奴らよな。あの天帝エルメシアが国を出たとなると、この騒ぎも当然よ。この俺に対してさえも、各国の連中は顔色を窺っておるようだったが、あの天帝が相手となると荷が重すぎる。この場におらぬ者共も、今頃大慌てで本国に向けて使いを飛ばしておるだろうよ」

 

「と言いますと?」

 

 テクトが説明を求めるとガゼルは得意げに説明を始める。

 

 で、曰く。

 

 魔導王朝サリオンは大国である。

 

 空中戦を行う魔王フレイの軍にも対応しきれる軍事力と武装国家ドワルゴンにも並ぶほどの国力を誇り、西方諸国評議会にも参加していない完全な独立国家であり、王朝という名が示す通り、十三の王家を束ねる連合国家である。

 

 その中でも皇帝エルメシアは絶大な権力を有しており、絶対王政に近い体制となっているという。

 

 皇帝は自らを神の末裔と称し、自らを天帝と定めている。

 

 その真贋はガゼルも知らないが、エルメシアという風精人(ハイエルフ)が国を興したのは間違いないらしく、国家の歴史よりも長命なのだそうだ。

 

 ちなみに魔導王朝サリオンの歴史は二千年以上の歴史を持つと言われている。

 

「だからな、あの大妖(オンナ)には、この俺でさえも頭が上がらんのだ。まして、寿命の短い人間達であれば、会おうと思っても叶うまいよ」

 

「あれだね。招待状には、ちゃんと名前を書かないとだめだったね」

 

「エラルド公爵を招いたつもりが、とんだ大物が着いてきちゃったのか」

 

「……お前達は本当に呑気なものよな」

 

 のほほんと反省を述べる二柱にガゼルがジト目を向ける。

 

 そんな会話をしていると入口が騒がしくなり始める。

 

「どうやら、到着したみたいね」

 

「油断するなよ。相手は海千山千の化け物だと思え」

 

 緊張した様子のガゼルに二柱は了承の意を込めて力強く頷くと入口へと向かう。

 

 普段は絶対に会えないどころか、その姿を見せるのも数十年ぶりという超大国の皇帝の到着に大騒ぎだった会場が自然と静まっていく。

 

 堂々とした歩みで会場に姿を現した天帝の姿に見惚れ、その覇気に飲まれたからだ。

 

 新雪のように真っ白な肌に、サラサラの銀髪。

 

 先端の尖った長耳と全てを見透かすような翡翠の瞳。

 

 完璧な美少女が纏う妖気から彼女も太古の化け物ということを理解する。

 

 その護衛も凄まじい力を持っており、纏う礼服も魔法武具だった。伝説級(レジェンド)と思しき品質の武具と身にまとう力に聖騎士以上の力を発揮できるかもしれないと二柱が考えていると、周囲の動きを制止して皇帝自身が二柱の前に立った。

 

「招待、ありがたく頂戴した。朕は嬉しく思う」

 

 その涼やかな声に招待客の多くがうっとりとした夢見心地になっていた。

 

 その声には何の効力も宿っておらず、単純にその響きだけで大勢を魅了したことに二柱が感心する。

 

「こちらこそ、お会い出来て光栄です」

 

「ささやかながら食事もご用意しておりますので、今夜の一時を楽しんで下されば幸いに思います」

 

 二柱はエルメシアに正面から向き合う様に返礼し言葉を交わす。彼女から「英雄覇気」が漏れ出ていたが、テクトの「畏怖」に巻き込まれることの多いリムルには影響なく、テクトもまた直前の三者面談のおかげで動じなかった。

 

 そんな二柱に歩み寄りながらエルメシアが微笑んだ。

 

「うむ。主等の心配り、朕は心地よく感じておる。明日からの祭りとやらも期待しておる故、せいぜい朕を楽しませてたもれ。それと」

 

 そこまで言うとエルメシアは声を潜め、周囲に聞こえぬように小さく話す。

 

「今日でなくてもいいので、時間を作ってほしいわ。堅苦しくない場で、本音で相談したい事があるのよ」

 

 砕けた口調に驚きつつも、テクトが不可視の糸で日時が決まり次第連絡する旨を記した布を織り、エルメシアの手に忍ばせる。

 

 手元で色づいたそれを受け取り満足そうに頷くと、エルメシアは守護者の輪に戻り、彼女と(よしみ)を通じようと手ぐすね引く者達に愛想笑いを振りまきつつ、料理の並ぶテーブルへ向かっていった。

 

 守護者の中にはエラルドの姿もあったが、目で挨拶するだけに留まったのだった。

 

 それから談笑することしばし。

 

 再び入口付近が騒然となり、大物の来訪を告げる。

 

「ようやくお出でなさいましたね」

 

「ああ、来たようだな。遅れてたから心配したけど……ほら、テクト。お前が立たないと始まらないだろ」

 

「そうだけどさぁ……大丈夫かなぁ」

 

 リムルはシオンに頷き返すと開幕の挨拶とは逆にテクトに手を差し伸べて立たせる。

 

 その視線の先にはミリム達がおり、その正体を看破した者達は緊張を滲ませていた。

 

 案内にベニマル、ディアブロ、テスタロッサ、ゲルド、ガビルが揃っており、彼らを伴ってミリムの一行が入場する。

 

 先頭にはミリム。

 

 その脇には神官服の男が二人並んでおり、事前の情報では禿頭の男がミッドレイ、飄々とした雰囲気の男がヘルメスである。

 

 その後ろに元魔王の二人―カリオンとフレイ。

 

 それぞれの後ろに三獣士と“双翼”という双子の女性を連れていた。

 

 総勢十人。ミリムを新王と戴く、超巨大勢力の支配者達の登場に誰も動けぬ中、テクトとリムルは気負う姿を見せることなく出迎えに行くのだった。

 

 ミリムは二柱を見て満面の笑みを見せると大きな声でいう。

 

「ふふふ、ようやくこの日が来たのだ! 今日はミッドレイを唸らせるような、素晴らしい料理を期待しているぞ!」

 

「任せといて。それより、大丈夫だった?」

 

 ミリムの要望を請け負い、テクトは小声で確認を取る。

 

 ミリムは以前から勉強をサボって抜け出したのに加え、ここ最近は地下迷宮に入り浸りろくに領地へ帰っていなかった。

 

 すでにバレた前科もあるため今日の遅刻もフレイによる説教が原因ではという心配による問いに対し、ミリムは目を泳がせた。

 

「だ、大丈夫だ。ワタシも支配者としての自覚が出来たので、領土を守っていたのだとフレイに力説して信じてもらったのだ」

 

 ミリムが守っていたのは割り当てられた地下迷宮の階層である。というより、侵入者がいない現状守るも何も無いので単純に遊んでいただけだ。

 

 テクトには勘の鋭いフレイにミリムの所業がバレていないよう祈ることしか出来なかった。

 

 ミリムとテクトの会話が終わるのを見計らい、フレイが挨拶を述べ始める。

 

「今日はお招き頂き、感謝しますわ。予定より遅れた事、深くお詫び致します」

 

「あぁ、いや、気にすることは」

 

「私共の主となったミリム様が、今朝方まで行方不明でしたの。礼服は揃っていたので問題ありませんでしたが、準備に時間がとられまして」

 

「そ、そうか。今日は自由参加だし、他にも途中参加はいるから気にしなくてもいいと思う。今日からの数日間、ゆっくりと楽しんでくれ」

 

「そうですわね。御二人には新たな都市の建造まで甘えてしまっていますのに、このような場に招待までして頂くなんて、私、とても感謝しておりますのよ?」

 

 微笑みながらそう言うフレイにテクトは権能をフル活用しながらこっそりと息をつく。一旦落ち着いてからフレイに目を合わせるとなんでもないことかのように話し始めた。

 

「今回の料理構成には俺も参加していてな。口に合えばいいのだが。そうだ、苦手な食材は無いか? 鳥料理もあるし忌避感のあるものがあれば避けさせてもらうが」

 

 その言葉に周辺が凍りつく。

 

「テクト様は、私が鳥風情と同じだと仰りたいのかしら?」

 

 笑顔のままのフレイと殺気立つ双翼の二人。

 

 冷や汗を流すテクトの後ろでリムルが慌てていると、カリオンが爆笑し始める。

 

「ぶふっ、ぶわっはっはっは! スゲー、スゲーなテクトは。やっぱりお前は凄いヤツだぜ。まさかフレイを鳥呼ばわりするとは、こりゃあ傑作だな」

 

「うむ。ワタシにも真似ができないのだ」

 

 爆笑するカリオンに続き、ミリムも感心したように頷く。

 

「何が可笑しいのかしら、カリオン? それに、ミリムも」

 

 そんな二人にフレイが笑顔のまま振り返ると二人はさっと目をそらした。

 

「失礼した。失言だったな。要らぬ気を回してしまったようだ」

 

 そう言うとテクトは人目を憚らず頭を下げる。

 

 魔王が頭を下げる様子に周囲がざわつく。それでもテクトが頭を上げることはなかった。

 

「フフッ、流石はテクト様。私の見込み通りの人物のようですわね。私を侮辱するつもりがないと気付いておりましたが、貴方の反応を少し試させてもらったのです。でも、これで良くわかりましたわ。ミリム様は、貴方を見て成長なされているのだ、と」

 

 そう言ってフレイは穏やかな笑みを見せる。

 

 それを確認して顔を上げたテクトは今度は隠すこともできずにホッと息を吐いた。

 

 現状最もミリムに影響を与えるのはテクトである。そのテクトがミリムへ悪影響を与えるようであれば、教育をしている立場であれば何かしら対策を講じるのは考えられることではあるので最悪を引かずに済んだことで気が緩んだのである。

 

 大人数の前で気の抜けた姿を晒し続けるわけにはいかないと深呼吸をしていると、メキッとなにかに圧力が加えられる音がする。テクトが視線を向けると、フレイがカリオンの頭部を鷲掴みにしていた

 

「カーリーオーンーッ? 何が可笑しいのかしら? 私にもわかるように、はっきりと説明してくださる?」

 

「ちょ、ちょっと待って! 痛ッ、イテテテテ、痛い、マジで!!」

 

 フレイは指先から肘まで硬質化させ、爪刃と化した指がカリオンの頭部に食い込んでいく。

 

「ヤバイ、これ以上はマジでヤバイって! 悪かった、俺様が悪かったから、許してくれってフレイッ!!」

 

 主であるカリオンが悲鳴を上げるが、三獣士は動こうとしなかった。フォビオは心配そうにしているが、アルビスとスフィアは呆れた様に眺めるだけである。

 

 まだカリオンに余裕がありそうだが、万が一大事に至りそうであれば止めようと考えつつテクトは隣のミリムに目を合わせた。

 

「わかるな、ミリム。悪い事をしたら謝る、これが正しい選択だ」

 

「うむ、わかったのだ。それ以前に、フレイを怒らせるのはほどほどにするとしよう」

 

 テクトの言葉にミリムも頷き、少しずつ悲鳴が小さくなっていくカリオンを眺める。

 

 助けを求める声を聞き流しつつ、なるべく早くフレイの怒りが冷めるのを待つのだった。

 

 

 

 来客が増えたのもあり追加で用意された料理をシュナ達が運んでくる。

 

 それを契機にフレイもカリオンを離し、席へと移動した。

 

 一見無事なカリオンだが、頭を掴まれた瞬間から能力(スキル)が使用不能となったらしく、案外ピンチだったらしい。カリオンはフレイが秘中の秘である能力を使ってきたことを愛だとのたまっていたが、眼の前の食事に気を取られて誰も相手にしなかった。

 

「感心しませんな、魔王テクト様。我等がミリム様に、このような冒涜的なことを教えてもらっては……」

 

 非難がましいセリフを口にしたのはミッドレイだった。

 

 ミッドレイこそミリムからの書状にあった世話を焼きたがる者達の代表なのだ。

 

 その後ろではヘルメスが祈るような謝るような仕草をしながらテクトを見ていた。ミッドレイの言葉にテクトが怒らないか心配しての行為と思われるが、祈りも虚しくテクトの目は細められ始めている。

 

 テクトが動かないのは腹も満ちて世間話に興じていた貴族達が遠巻きに観察しているからであり、それがなければ妖気と畏怖をダダ漏れにして力に訴えそうだとリムルは感じていた。

 

 噴火しそうなテクトに応対させるのは危険と感じ、リムルはミッドレイの考えを聞くことにする。

 

「冒涜的というと?」

 

「フンッ! 食材に感謝し、そのまま自然な味わいを楽しみつつ頂くのが、我等が古来より正しいと定めてきた作法なのです。それをこのような……」

 

 ミッドレイが侮辱的な視線を向けたサラダにはドレッシングがかかっている。その横のポテトサラダに至っては、調理過程ですり潰され原型など留めていなかった。

 

「それに、これは何の真似ですか? 肉を焼く、それはいいでしょう。しかしその後、訳の分からぬ液体で汚すとは。嘆かわしい。実に嘆かわしいではありませぬか!!」

 

 怒り故かミッドレイはその禿頭に血管を浮き上がらせテクトを睨むように言い放つ。

 

 これには料理を用意したシュナもムッとしたのか配膳の際の笑顔は消え、ミッドレイを睨み始める。それを感じたのかテクトの雰囲気は鋭くなり、さりとてそれを周囲に放っては問題があるため手元に何かしら取り出し塵へと変えて表面上は大人しく話を聞いている様に取り繕う。

 

 それを横目に確認したリムルは頬を引きつらせ、その表情を見たヘルメスは何かしらよくないことが起きていることを察して小さく悲鳴をあげた。

 

 そんな周囲の変化を気にもとめずミッドレイは続ける。

 

「自然の恵みに対して、何たる不遜! 貴方様方の領土ではお好きになさればよろしいかと存じますが、我等がミリム様までも巻き込むなど、言語道断ですぞ! このようなものは断じて認める訳にはいかんのです!!」

 

 ミッドレイは持論をひとしきり語り終え、眦を釣り上げてテクトを睨む。

 

 それに対するテクトの返答はシンプルだった。

 

「嘆かわしいのは貴様の方だ」

 

「なんですと?」

 

 テクトは心底呆れたという様子で大げさにため息を吐きながら額を抑える。リムルは実力行使にではしないかとハラハラしていたが、言葉を交え始めたことでひとまず安心していた。

 

「嘆かわしいといったのだ。貴様の行動一つ一つが主たるミリムの評価を貶めかねない行動だと知れ」

 

 テクトの言葉にミッドレイは訳がわからぬという表情になる。

 

「この場はこちらの饗する宴だ。我等の文化を発信し、それを体感する場である。貴様の言動は我等の文化など何の価値もないと切って捨てたに等しい。料理を実際に口にし、其の上で貴様の価値観にそぐわぬものであったならばそれは仕方のないことだ。どうしても受け入れられない事はあるだろう。しかし、貴様の行いはどうだ? 何もせず、ただ自分の主義に合わぬと喚き散らし、融和を求める場であるこの空間を徒に荒らしている。このような行いを許す主は狭量なのではないかと取られてもおかしくはないのだ」

 

「ぬ……ぐ……」

 

 ミッドレイはテクトの尊大な態度と物言いに禿頭に浮かぶ血管を増やすが、その妙な説得力に反論できず押し黙る。

 

 動かないミッドレイにテクトは鼻を鳴らすとスプーンを放り投げた。それが受け止められた事を確認して続ける。

 

「まずは一口食え。話はそれからだ」

 

 憮然としつつもミッドレイは目の前のスープをすくい口に運ぶ。テクトの言葉をそのまま受け取るのであれば食して自身に合わぬのならば、如何に腐そうとも文句はないということだ。

 

 故に今はテクトに従い、直後にボロクソに罵ろうと考えていたミッドレイだったが、スープをすすった直後目を見開いた。

 

「こ、これは―ッ!?」

 

「美味いだろう? 食材の長所を捉えつつ、その自己主張を抑え、全体として調和が取れるように仕立ててある。ミリムの作り出す新体制に貴様達龍人族(ドラゴニュート)獣人族(ライカンスロープ)有翼族(ハーピィ)、そしてクレイマンの配下だった魔人達、それぞれが存分に力を発揮し協力している様にな」

 

「う、美味いです。ワシが今まで食べたどのような野菜よりも……この一匙のほうが、味わい深い……」

 

 ミッドレイの弁は当然である。確かに新鮮な生野菜は美味かろうが、比較する料理にはテクトのおぼろげな技術情報をシラヌイが補完し、それを十全に取り入れたシュナによる調理がされているのだ。いくらなんでも相手が悪すぎるというものだろう。

 

 ちなみに新体制云々はシュナからの受け売りである。調理にあたり様々な技術を披露するテクトに何故これほどに気を遣うのかと質問したスタッフに語られた内容がもとである。

 

 テクト本人はそこまで考えておらず美味しいスープができる程度だったのだが、感銘を受けた様子の皆を前に否定することもできず、最初からそういう考えだったことになった。

 

 そのため語って聞かせるのは気恥ずかしいのかテクトの尊大そうな表情は崩れ、頬には僅かに朱が差していた。

 

 テクトはスープを飲み干そうとするミッドレイに言葉をかけようとして、そのまま口を閉じる。そうして一度シュナへと視線を向ける。シュナの続きを促す視線に顔の赤みを増しつつ気を落ち着ける様に息を吐くと口を開いた。

 

「わかれば良し。だが、これだけは覚えておけ。料理とは、この一品で完結していないのだ、と」

 

「どういう意味ですかな?」

 

「今回の料理もまた、スープの食材達と同じように互いを引き立てるように―調和できるように仕立てられている。そして、これらは国家も同じ。互いを尊重し繋がりを持つことで、より豊かな満足を得られるようになる。それこそが、我等の望む世界の形の一つなのだ」

 

 テクトの語りを聞いてミッドレイは無言で料理を見下ろし考え込む。周囲で様子を窺っていた者達も感じ入る部分があったのか興奮した様に語り合い始める。

 

 肯定的な反応に安心したように力を抜くテクトの姿に決着と見たのかシュナが食事を勧め、すぐにミリムが料理に食いついた。

 

 満面の笑みで食事をするミリムにミッドレイも自身の過ちに気づき、反省する。それをヘルメスが茶化し、ミッドレイが再び禿頭に血管を浮かべたものの、ミリムによる執り成しもあって笑いに変わり、そのやり取りに笑いがおこる。

 

 その後本来は十八時から二十一時までの予定だった前夜祭は予定以上の盛況ぶりから二時間程延長される事になった。

 

 突然の延長報告にも事前にテクトの主張が受け入れられたという話が伝えられていたためか笑顔で応じる配下に申し訳なく思いつつも、仕事を任せ、テクトは会場の応対に集中した。

 

 各国の重鎮への宣伝を兼ねた前夜祭は想定以上の成果を挙げて無事に終了するのだった。

 


 

 次回「不穏な気配」




感想・評価・お気に入りありがとうございます。

原作も二十二巻が発売されましたね。

色々と考えることが増えましたがそれもまた楽しいです。
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