地下迷宮百階層―新設された研究施設にテクトはいた。
「さて、揃ったな」
ともにいるのはシオンとディアブロ。
普段であればリムルのそばから離れようとしない二人ではあるが、今は一人になりたいと言われ泣く泣く暇をしていたのである。
「しかし、このような部屋、ありましたか?」
「ラミリスに言って作ってもらったんだ。まぁ、口止めは中々手間がかかったが」
そう、この部屋の存在はラミリスとここにいる三人、そしてトレイニーの五人しか知らない。
ヴェルドラはおろか、リムルですら把握していない空間なのだ。
そんな手間をかけてまで部屋を用意した理由、それは
「わかっていると思うが、俺達の料理に対する信用はないとい言っていい。それをなんとしても払拭するのだ!」
料理のためである。
シオンはこれまで劇物ばかり作っており、テクトは自分の肉を食わせたという前科がある。
そのためシオンは監督なしでの料理を禁じられており、テクトに至っては基本的に厨房へ立ち入れない。
心得の足りないシオンに対し、テクトは完全に自業自得なのだが、シオンの料理の改善という功を持って厨房への出入り禁止を解除させようという目論見だった。
シオンもリムルに料理を出したいと思っており、目的が一致したのだった。
ディアブロは毒物をテクトに摂取させるわけにはいかないと毒見を買ってでたのである。
テスタロッサがいないのは基本的には肯定的だが、テクトの料理には流石に難色を示すからである。むしろそこを受け入れているディアブロが異常とも言えるが、ともかくテスタロッサはヴェルドラやソウエイを誤魔化すためテクト達の行いを知らぬまま外部で工作を任されていた。
「というわけで、ここに包丁セットが有る。これらの食材の処理をするのに何を使うのがいいと思う?」
並べられているのは皮むきのされていない野菜達。
通常であれば三徳包丁等で皮を剥くのだが、シオンは得意げにいつもの獲物を指す。
「無論、この剛力丸・改で」
「アホか! 愚か者め! 復活祭で言ったことも覚えていないのか!」
テクトの携えたハリセンが快音とともにシオンを打ち据えた。
ふざけ半分で作られた、生と死の抱擁を参考に痛覚情報を直接魂に与える無駄に高性能な効果が付与されたハリセンにより、シオンが涙目になる。ちなみに今のところ魂に直接作用できる道具はこれ一つであり、再現には至っていない。
シオンの回答に完全に引いていたディアブロだったが、彼女の作る料理を口にしなければならないと悟り、珍しく後悔するような顔をした。
さっそく暗礁に乗り上げた訓練だったが、その後も幾度となく快音を響かせながら続いていくのだった。
訓練開始から数時間。
とうとう限界が訪れた。
「グッ……うぅ……」
「ディアブロ、大丈夫か? 無理はするなよ?」
ディアブロの体調に。
青い顔で膝をつき、嘔気をこらえるように口を手で覆う。
しばらくそうしている内に少し収まったのか安心させるかのように笑みを浮かべる。
「……問題ありません。過去に類のない状態ですが、これも何かの経験でしょう……」
そのまま立ち上がり無事をアピールするが、弱々しい笑みで震える足で立つ姿は明らかにダメそうだった。
「いや、無理だろ。今日はここまでだ。ディアブロ、お前はゆっくり休め。ここからは実践ではなく反省会に切り替えよう」
「申し訳ありません……」
「謝ることはない。お前は良くやったよ」
悪魔族―それも太古から生きる原初の一柱をここまで追い詰めるシオンの料理に恐怖し、これまで毒見を押し付けていたベニマルに少し優しくしてやろうと考えながら、ディアブロの身体を横たえ膝を貸してやる。
軽く「虚飾之王」で誘導をかけるだけで気絶したディアブロが安眠できるよう異臭を放つ蒸気を空間ごと隔離し、シオンへの説教を始めるのだった。
それから数日後。
数度のディアブロのダウンを挟みつつ、ようやく耐性のない者でも普通に食べられる程度の料理ができるようになってきた。出来栄えに満足し再び眠りについたディアブロをシオンに任せ、テクトはトウカの姿で訓練場へと赴いていた。
相変わらずゴブタはいないが、ハクロウにより厳しい訓練が課されており、そこにモミジも帯同していた。
その厳しさに救護班としてモミジからお呼びがかかり、トウカとして訪れることになったのだった。
「モミジ様、陣中見舞いに参りました」
「トウカさん! 様などつけなくていいと言ってるのに」
「いえいえ、これでも役割というものはわきまえております。如何に友人のように思っていただけているとしても、一兵卒がハクロウ様の御息女を気安く呼ぶなどできませんよ」
以前から伝えられていた不満を笑顔で躱され、モミジはハクロウへと振り返った。
「父様も何か言って下さい!」
「う~む、じゃが、ワシにも立場というものがあってじゃな……」
愛娘の請願にハクロウは渋面を作った。
モミジが何も知らぬがゆえの言葉ではあるが、
「まぁまぁ、いずれベニマル様を射止めた暁にはこの呼ばれ方が普通になるのですから、慣れたほうがいいですよ。それよりも、少し休憩にしませんか? 厨房で色々作ってもらったんです」
テクトの提案ということもあってハクロウも強く反対できず、一時の休憩となる。
ベニマルのことを言及されて照れるモミジを置いて、テクトは人鬼族達に料理を配り始めた。
「今回は厨房でも修行中の方々の試作も兼ねてます。なので感想を頂きたいのです」
カモフラージュのために作った目的を語りながらターゲットの評価に耳を傾ける。
今回のターゲットはゴブチ。
本来であればゴブタへ真っ先に渡すところだが、今のゴブタを実験体にするのは流石に気が引けたのである。
そこで、副官であるゴブチに白羽の矢を立てたのだった。
「こっちのはちっと焦げちゃいるが悪くはないぞ」
ざわめきの奥から聞こえた評価に得意げな顔で頷くと周囲の声を聞き分けながら次々にメモを取っていく。
「凄いですね。この数の声を同時に捉えているのですか」
「まぁ、これも訓練です。けが人の回復が役割ですから戦闘開始前は必然として暇になりますし、その間は索敵も行いますから。周囲の音を捉えるのは重要ですよ」
感心した様子のモミジに言葉を返しつつテクトはメモをまとめ、懐へしまう。
そこに一通り食べ終えたゴブチが胡乱な目で問いかけた。
「つかぬことを聞きますが、これには妙なもんは入ってないですよね?」
「大丈夫大丈夫。僕は横で見ていただけで作ったのはシオン様だから」
その一言に人鬼族達がざわつく。
その反応にテクトもしまったという顔をするが、モミジは何が起きているのか理解出来ずに困惑する。
ハクロウでさえ冷や汗を垂らす事態に震えながらゴブチが口を開いた。
「どれですか? どれがシオンさんの料理ですか!?」
「ゴブチのやつ」
「なんてことしてくれたんですかテクト様! 俺は隊長ほど毒耐性は高くないんですよ!」
「でもほら、まだ会話できてるじゃん。ちゃんと毒性のないものはできるようになってるんだよ」
改めて指摘され、ゴブチを確認すると、シオンの料理を口にした事実に青ざめてはいるものの、それ以外に体調不良の兆候はなく無事に見える。
そのことにシオンの成長を実感し、特に以前からシオンの料理に頭を抱えていたハクロウは感動もひとしおというものだった。
ゴブチも生を実感し、めでたし―とはならなかった。
この状況で改めて顔を青くしている者が一人。
「テクト……というのはまさか……」
「あ」
モミジである。
咄嗟のこととはいえゴブチがテクトの名を叫んだこと。
トウカがそれに普通に応じたこと。
トウカをハクロウを始め誰も注意しないこと。
そういった事実からトウカの正体に思い至り、対等に接していたことに対する様々な思いが駆け巡っていた。
どうフォローしたものかと迷うテクトよりも先にハクロウが動いた。
「気にすることはないぞ、モミジよ。元はと言えばテクト様がした悪ふざけが原因なのじゃ。それに、テクト様も楽しんでおったのじゃから問題はありますまい?」
「そうだな。俺としてもモミジに責任を問うつもりはない。あ、ゴブチはアウトな」
「アウトとは!?」
ハクロウに続いてテクトにも言い含められ、モミジの表情が落ち着いていく。
謎のアウト宣言にゴブチは動揺するが、当のテクトは取り合わなかった。
素性がバレたのでテクトもいつも通りの姿に戻り、テーブルセットを取り出すとモミジにも座るように勧める。
ハクロウとともにモミジが座ったのを確認すると腕を組んだ。
「黙っていたのは悪かったんだけどさ。実際に立ち位置を測りかねているっていうのはあるんだよね」
「といいますと?」
質問したのはハクロウ。
人鬼族達は訓練に戻っており、彼らの様子を伺う余裕のある者はいなかった。
「いや、将来的にみてベニマルと俺の関係って主と配下であると同時に義兄弟なわけだよ。そこら辺はベニマルとも話したけど今まで通りって感じで落ち着いたんだけど……モミジがベニマルと結ばれた場合って義兄嫁になるわけだけど、俺に前世含めて兄弟いないし、どう接するのが正しいのかな、と」
「そういったものは探り探りで試すしかないでしょうな。ワシもそういった相手に心当たりはありませんし、他の者も同様でしょう。幹部陣は独り身ばかりですからな」
肩をすくめるテクトにハクロウもひげを撫でながら難しい顔をする。
主であるテクトが淹れた茶をすすりながらの会話ということで緊張していたモミジへと視線を向けた。
「というわけで、ここは当人の意見を大事にしようと思うんだけど、モミジはどう思う?」
「ど、どうと言わ、申されましても」
突然話を振られ、やや慌てた様子で答えるモミジにテクトは微笑ましいものを見たような顔をする。
「敬語はいいよ。モミジは配下ってわけでもないし」
「は、はあ……」
「それで、どう思う?」
手をひらひらと振るテクトに戸惑うモミジだったが、改めて問われて少し考える。
「そう、ですね……あまり気を使って頂く必要はないかと。何にせよテクト様がこの国の国主の一人であることは確かですし」
「そんなもんかなぁ」
茶をすすり、空を仰ぐテクトにモミジも難しい顔になる。
遠くで聞こえる人鬼族の訓練の音を聞きながら、結局実際にそうなってから考えるという結論に落ち着くのだった。
そして、その夜。
食事と風呂を済ませ、自分の庵で酒を片手にゆったりと寛ぐテクトのもとにリムルがやってきた。
無言のまま部屋に入り、そのまま黙り込んだリムルにもテクトは飲み物を用意すると話すのを待ちながら「状態異常無効」を十全に稼働させて酔いを覚ましていく。
用意された杯の中身を少しづつ舐めるように口をつけていたリムルが口を開いたのは、実に三十分が経過したあとだった。
「あれから、色々考えた」
リムルが口を開いたことでテクトも居住まいを正すと杯を置く。
波打つ水面が落ち着く頃、テクトが問う。
「結論は出た?」
テクトの問いにリムルはわずかに俯くと首を横に振った。
「正直、テクトの言った通りだと思う。ユウキが敵だってわかっていても、許すチャンスがあれば許そうとしてしまう。でも、テクトの気持ちもわかる。一時とはいえ、仲間を大勢失うことになったし、そこには
俯いたリムルが話すのをテクトはじっと見ていた。
指を組み、親指をすり合わせていたリムルだったが、一つ域を吐くと同時に手を離し、顔を上げた。
「多分、今後も答えは出ないと思う。だから、俺はテクトを信じるよ。テクトは自分が最善だと思うことをやって欲しい。ユウキについては全部委ねるよ」
話しながらリムルは右手を左手で包み込み、テクトの答えを待つ。しばらく視線を合わせていたテクトだったが、置いていた杯を取り中身を一息に飲み干した。
「そうか。なら、俺の好きにさせてもらおう」
テクトは立ち上がり、縁側へと歩いていく。
障子を開けるとともに風が吹き込み、白く長い髪が光を反射しながらなびいていく。
それに浮かぶ月へと視線を向けるテクトの表情をリムルはうかがい知る事ができなかった。
次回「迷宮運営」
おまけ「テクトの特訓」
地下迷宮百階層―最奥の間。
「ぬがっ!?」
テクトが首を刎ねられたことで死亡判定となり、一度光の粒子となって再構成される。
「やっぱりだめか〜。視えるようにはなってきているんだけどな〜」
首を触り感触を確かめると、身体の力を抜きそのまま石畳へと背中から倒れ込む。
身体強度と「痛覚無効」でそのままでも問題はないのだが、身体が叩きつけられる前にふわりと抱きとめられた。
「十分な進歩だと思うわよ。少なくともあの時よりは良くなったわ」
「そりゃぁ、真なる魔王に進化してるし」
「そういうことではないのだけどね」
抱きとめたのはヴェルザード。
部屋の主であるヴェルドラはゼギオンへの訓練を理由に八十階層へと避難しており、この場には二人だけだった。
ヴェルザードはテクトの返答に嘆息しつつもゆっくりとテクトを横たえ膝枕をする。
最初は抵抗していたテクトも反応する気力もわかなくなるほどまで復活を繰り返された事により諦め、今では膝枕に移る間にクッションを作り、ヴェルザードの足元に差し入れるようになっていた。
半分ほど隠れた視界で捉えたまっさらな天井に彫刻を入れることを思いつき、模様を考えていると、視界がすべてヴェルザードで覆われる。
「まだ続ける?」
「もう無理。今日だけで何回死んだんだか……」
笑顔のヴェルザードにテクトは手をひらひらと振り憂鬱そうにため息を吐く。
そのまま頭を預けること数分。
テクトは立ち上がると身体を伸ばした。
「よし、ひとまず大丈夫だ。あとは……やっぱりやらなきゃだめか?」
首を僅かに気にしつつテクトが振り返ると、ヴェルザードは座ったまま両手を広げていた。
いわゆるテディベア座りのままじっと待つヴェルザードにテクトは口元を歪ませるとゆっくりと屈み、割れ物を扱うかのような慎重さで横抱きにする。
ご満悦といった様子のヴェルザードに対し、どことなく複雑な表情をするテクトだが、これには理由があった。
ことの発端は開国祭が終わった夜。
自分なりに判断を下し、何をするべきか検分する。
その結果として、まずは自身の力を高めることにしたのである。
ミリムには以前稽古をつけてもらったが、今はゴブタを鍛えると言って迷宮にこもっている。話せば応じてくれるかもしれないが、楽しんでいるミリムを自身のエゴに突き合わせる気分にはならなかった。
次に考えたのはヴェルドラ。
何やらヴェルドラ流闘殺法なる謎の流派をゼギオンに教えているそうでその内容を聞いたのだが、漫画の技を再現したものが主とのことで頼るのは最後の手段ということにした。
他に教導をしてくれる者はいないかと考えた末に思いついたのがヴェルザードを頼ることにしたのである。
一定周期で眠っているとはいえ、ヴェルドラを下せる力を持ち、その力は魔王への進化の前での手合わせで身にしみている。
当時は縛りと油断に加え虚を突くことで勝負に勝ったが、あれが戦闘であればなすすべなく敗北していたのは想像に難くない。
武器の扱いは未知数だが技量は永い経験に裏打ちされたものがあり、究極能力や魔素の扱い、テクトの思う奥の手も含め、学ぶべき点が多かった。
とはいえ、つい最近シュナによる宣戦布告があったばかりでものを頼むことにテクトは抵抗があったが、話を聞いたシュナはあっさりと承諾し、開国祭三日目の夜にヴェルザードへと頭を下げる事になったのである。
テクトが真っ先に頼ったことでヴェルザードはご機嫌で快諾し、早速特訓ということになったわけだが、それにシュナが待ったをかけた。
「ヴェルザードさんにも何かご褒美が必要では?」
「え?」「あら」
「ヴェルザードさんにご教授願うのはテクト様の事情ですし、せっかくでしたらおねだりしたらいかがですか?」
シュナは先の言葉をテクトに、後ろの言葉をヴェルザードに向けて話す。
したり顔で微笑むシュナにテクトが「こういう顔をしてもかわいい」などとアホな感想を抱いているうちにヴェルザードもニンマリと笑顔を浮かべる。
それを見てテクトは渋面を作るが、ヴェルザードは意に介することなくおねだりを始めた。
「なら、デートでもしましょうか。結局開国祭の間は忙しくてあまり一緒にいられなかったもの。丸一日、独占させてもらおうかしら」
「一日目、二日目と夜は一緒にいたのに……」
「では、日程の調整はしておきますので、決まり次第お伝えさせていただきます。テクト様のことは宜しくお願いしますね」
「ええ、任されたわ」
本人を置き去りにして話は進み、シュナは退出していく。
再生の手間と周囲への被害を出さないため、迷宮に移動して特訓が開始されるのだった。
そしてこの日はヴェルザードの待ちに待った当日であり、仕事の予定がなくテクトの限界までさっさと到達するために日付の変わる頃から特訓に当たっていた。
普段以上の頻度で殺されることになったことで現在は日が昇ってきた頃。
欲望に忠実な麗しき竜にため息を吐きながら、デートのプランを「思考加速」まで使って組み始めるのだった。
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前回でアニメ三期分が終わり、次回からアニメ化されていない範囲に入ります。
アニメをきっかけに制作を始めた本作ですが、気にせずどんどんいきます。一応、ネタバレ注意です。