火急の要件だけ済ませ、転移した先は六十階層。
アダルマンの待つ部屋の前でシュナを伴ったリムルが待っていた。
「仕事中にゴメンね、シュナ」
「問題ありません。ゴブイチを始め、任せることができる者がいますので」
テクトは謝りながらも自然にシュナを抱きしめ、髪をすく。
放っておけばそのままいちゃつこうとするテクトをリムルが咳払いで押し留める。
「ンンッ、さっさと行くぞ」
「わかったよ」
不承不承という感じでシュナを離すとテクトは扉へと手をかけ押し開ける。
その先の殺風景な広間には一人の骸骨が佇んでいた。
「アダルマン、少し良いか?」
「おお、これはこれはテクト様にリムル様!! 今回の件、心より痛痒を感じております。如何なる処罰も、甘んじて受ける所存で御座いますれば」
「いや、今回は俺達の認識が甘すぎた。お前の弱体化を勘定に入れきれていなかったな」
今のアダルマンはただの死霊である。
高度な魔法知識と戦闘経験を有していても、低級の魔物の肉体ではできることに大きな制限がつくのだ。魔素を吸収すれば進化していくことも可能だが、それにはまだ時間がかかる。
だが、今回テクトとリムルが取ろうとしている方法は即効性があった。
強化方法とは“信仰と恩寵の秘奥”を授けること。
元とはいえルミナス教の高位の司祭であったアダルマンに再び神聖魔法を発動する術を与えるのである。
シュナがジスターヴで戦ったときには司祭としての執着が遺っていたアダルマンだったが、テクトを新たに神と定めたためにルミナスへの信仰がなくなり、神聖魔法の発動ができなくなっていた。
ちなみにシュナの場合はテクトが結界の解析で得た情報を活用した「解析者」による模倣とテクトを信じることによって不完全ではあるが契約がなされ、似たような結果を生むことができていたのだった。
要するにシュナがアダルマンと相対した際に語ったのはハッタリであり、それを聞いてアダルマンが呆然とする一幕はあったが、“信仰と恩寵の秘奥”がシュナとアダルマンに伝えられ、無事にアダルマンは神聖魔法を行使できるようになった。
興奮したアダルマンは
「おお、神よ。我が神、テクト様」
「成功したようだな。高位の魔法も打てるよう修練に励め。何かあれば俺やシュナに相談するように」
「テクト様、きっと御期待に応えて御覧に入れましょうッ!!」
骨を震わせ熱意を露わにするアダルマンに頷くと、神聖魔法について追加で情報を与える。
神聖魔法には無属性で霊子を操作するものと聖属性で魔素を打ち消すものが存在する。無論、魔物の身で聖属性を扱うとダメージが入ってしまうのだ。
司祭として扱う神聖魔法は聖属性のものであるため行使者であるアダルマンにもダメージが入る。それを避けるための魔法が開発されており、それが神聖魔法:
小さく凝縮された霊子を回転射出するこの魔法は無属性の貫通攻撃で、これを知らされたアダルマンは狂喜乱舞した。
また、基本的に後衛であるアダルマンを補助する前衛として、生前から関わりのあるアルベルトへと装備が与えられることになった。
与えられるのは盾を使わない戦い方ができるということで装備者を含めて周囲の精気を吸収する代わりに性能の高い
開発時にガルムが倒れることにもなった曰く付きの品だが、すでに死んでいる不死系魔物が使うのであれば一方的にデバフを撒く事のできる優秀な武具となるのである。
ついでにテクト制作のサーコートと漆黒の聖職衣も与えられ、主上からの下賜といった様子でアダルマンが受け取った。
最後にアダルマンが要望したペットの召喚を許可し、装飾等の改装を通達して六十階層の改革は一区切りついたのだった。
翌日。
ゴブタの修行を終えたミリムがヒナタのドラゴン部屋突破を聞きつけて、怒り心頭といった様子で会議室へと乗り込んできた。
その手に引きずられて来たゴブタ曰く、修行では延々と実践訓練が続いたらしく、エクストラスキル「賢者」の獲得までできたそうだ。ミリムの見立てではゴブタの魔素量の増加は期待できないらしく、ひたすら感覚を磨く訓練となったらしい。
報告聞いて感心した様子のテクトへと「さあ、褒めろ!」とでも言いたげにミリムが頭を差し出し、テクトが苦笑とともに撫でている間にリムルがアイテムの配布を始めた。
配られたのは“
これらは魂の器を擬似的に作ったものと望んだ魔物を作り出すためのものであり、“魔精核”で作った魔物へ“疑似魂”で憑依し、迷宮への挑戦者を撃退するというのがリムルの考えていた対抗策となっていた。
説明を聞き、それぞれ望んだ魔物を作り出していった。
リムルは
実体がなく「物理無効」を有する人魂で、物理攻撃はできない魔法特化の魔物である。
ヴェルドラは
今のアルベルトと同じ種族で、成長によっては魔法も習得できる。
ラミリスは
ややみすぼらしい全身鎧で、小さい事によるコンプレックスが反映されたのか、今回生み出された五体の中で最も大柄だった。
ミリムは小さめの蜘蛛。
小さめといっても魔物基準であり、小型犬ぐらいのサイズはある。そして、何故か全身真っ赤だった。
最後にテクトの魔物だが
「
リムルのような流線型というわけではなく、形の崩れたゲル状の物体だった。だが、粘性生物といって差し支えない姿にリムルが瞠目する。
「やっぱり魔物って言ったらこれでしょ。あんまりそのままだと変な評価がつくかもしれないから形は崩したけど、迷宮を守るならスライムがいなきゃ始まらないよ」
「ま、まあ、好きに決めろって言ったしな」
テクトの言葉にリムルは追求を止め、説明を再開する。
「さっきも言ったように俺達がこいつらに憑依して動かすことになる。椅子にでも座って寛ぐ姿勢になったら“疑似魂”を向けて「憑依」と唱えてくれ」
リムルが椅子にもたれたのに習うように各々手近な椅子へと座る。ミリムがテクトの膝へ収まると一斉に「憑依」と唱える。
それぞれが手に持っていた“疑似魂”が光り、魔物へと吸い込まれると“魔精核”と融合する。魔物の中で生み出した魔物―“
それと同時に全員の身体から力が抜け、魔物たちが動き始めた。
しばらく自由に動かして憑依した魔物の身体を慣らし終わると、ミリム、ヴェルドラ、ラミリスが興奮した様子で叫ぶ。
「「「凄いな、これッ!!」」」
三者三様にリムルを称賛するのが落ち着いたのを見計らい、テクトが声をあげる。
「なるほど、これで“緑乱”のような挑戦者―いや、魔物として迷宮を守るのだから侵入者というべきか。とかく、奴等を撃退するわけだな」
「その通りだ。本当はこの姿で迷宮を攻略するつもりだったんだけどな」
「まぁ、その辺は落ち着いてから改めて楽しもうよ。今は我らが安寧を邪魔するバカどもを撃滅するのだ!」
いつになくテンションの高いテクトの音頭に全員が声を上げて賛同を示し、早速行動を開始した。
最終的には“仮魔体”を成長させていくのが目標だが、今回は決戦まで時間がないため装備による底上げを狙う。
そのためまずはクロベエの工房で装備の発注を行うことにした。
「このままだと不便だし、憑依を解除するぞ。元に戻るには、「離脱」と念じてくれ」
リムルの声に応じ、ヴェルドラとラミリスが元の姿に戻って立ち上がる。テクトも戻ったのだが、ミリムは寄りかかったまま動かなかった。
「ミリム?」
「ワタシはこのままで行くのだ!」
ミリムはそう宣言するとテクトの頭上へと飛び乗る。
テクトは苦笑するとミリムの身体を椅子へと座らせ、布団をかけると赤い蜘蛛を抱いて移動を開始するのだった。
それから数日。
クロベエに魔物用の装備を発注し、テクト達は“仮魔体”に慣れるため訓練に明け暮れていた。
最初は初心者パーティーにも負けるような拙いものだったが、徐々に役割分担も決まっていった。後衛のリムルを司令塔として前衛のタンクをラミリス、アタッカーをヴェルドラ、隙を見せたものを刈り取るアサシンのミリム、デバフを撒き散らすテクトと連携も形になっていく。
そんな中、四十階層を“緑乱”が突破したという報告が入る。
三十階層と同じく連戦によって情報収集、ダメージの蓄積、本命の突破とこなされたことで、ボスの連戦時には迷宮管理者による回復を行う事が決定された。
装備はまだだが、“緑乱”が四十九階層を目前としたことで強引に出撃を決める直前に発注していた装備が間に合ったのである。
リムルは
ヴェルドラは
ラミリスは
ミリムは前足に
最後にテクトだが、装備らしい装備はなかった。基本的には
装備を整え、とうとう“緑乱”との対決―と意気込んだまではよかったのだが、結果はあっけなく撃退に成功することに終わった。
改めて確認すると、装備込みとはいえ全員がAランクに届きうる力になっており、何より技量や「思考加速」などのスキルが一部使えるのだった。
リムルとテクトは無詠唱で魔法を連続発動し、ヴェルドラは人型での戦闘経験を積んだことで動きは達人のそれとなり、漫画の技を模倣して切り込んでいく。
ミリムは自分から速度特化というだけあって“緑乱”の面々でも捉えられないほどに早く、音もなく背後に回り首を一突き。テクトからも動き方を指導され、上がりきったテンションのままに縦横無尽に動き回って敵を蹂躙していった。
ラミリスは真っ正面から突撃し、防御を考えずに大斧を振り回す。
魔鋼をふんだんに使った鎧はそう簡単には傷つかず、自己修復もされるので、ラミリスはダメージを無視して突っ込んでいく。重量は普通の人間が装備すれば動けなくなるほどなので、突進だけでも相当な破壊力を生むのである。
さらにリムルとテクトから神聖魔法による回復魔法を受けるため、大威力の一撃を与えてもすぐに復帰してくるという敵対者からすればたまったものではなかった。
ちなみに神聖魔法だが、自分を信仰するというわけではなく、本体の権限を借りて魔法を行使するという形式となる。
霊子の操作のための演算は個々人で行われ、それに沿って霊子が操作される。
これにより繋がりができるので、自信を信仰する者達の脳を通じて魔力と演算領域を少しではあるが代用させる事ができ、信者を増やすことで大規模な魔法を一瞬で行使することも可能となるのだ。
そんな“信仰と恩寵の秘奥”の裏技に気づきつつ、罠による武器破壊と連携で“緑乱”を全滅させたのだった。
リーダーの残した本国から呼び出しがかかっているという言葉を気にしつつ、テクト達は勝鬨をあげるのだった。
チーム“緑乱”壊滅から数日後。
オーガシリーズを揃えたマサユキによって四十階層が突破された。
挑戦者達も勢いづき、迷宮への挑戦も増えている。
また、試験的にボス戦の様子を公開したのも反響を呼び、映像の商売も視野に入れてミョルマイルが調整を始めていた。
映像記録は迷宮内での情報収集で大量に記録されたものから冒険者の活躍シーンを編集したものも販売され、これもまた好評だった。
そういた刺激を受け活気づく冒険者を、リムル達は“仮魔体”を使って妨害をしていた。
その結果、“仮魔体”によるパーティーは“
ミリムの蜘蛛は変わらないが、リムルの幽霊は青白い炎のような妖気―
特に変化したのはヴェルドラの骸骨騎士であり、本人の要望で金色の骸骨へと変貌を遂げていた。
この金属は
金の持つ「不変」性を魔鋼にも付与することを期待して作成されたこの金属はあらゆる面で魔鋼を超える金属として誕生した。
金が貴重であるため量産はできていないため、ヴェルドラの骸骨騎士を観察してその耐久性や特性の見極めを行う予定になっている。
戦法としてはミリムの不意打ちやリムルの魔法で斥候や後衛を削り、その上で戦闘に移行するのが基本である。
正面から正々堂々戦った場合、ゴズールに歯が立たず、彼を超えるべく最初の目的である“緑乱”の撃退後も戦闘を続けていたのである。
ちなみにテクトは基本的に執務室で政務をしており、粘性生物は自動操縦で同行している。本人が操作しない分技量の反映がされず能力が下がるが、くっついている方がミリムの機嫌がいいのである。
また、リムルは分身体で誤魔化していて執務の進みは悪いのだが、普段から実務はテクトがメインであるためそれほど問題にはなっていなかった。
今も冒険者パーティーを全滅させ次の獲物を探して移動を開始しようとしたところだったのだが、テクトから「思念伝達」がされた。
『ごめんなさい、誤魔化しきれませんでした……即時の帰還をお願いします……』
何やら憔悴した様子と普段は使わない敬語に異常を認識したリムル達は急いで帰還するのだった。
執務室でリムル達を待っていたのはテクトとシュナ、リグルドに加え、もう一人。
「あら、ミリム。こんなところにいたのね? ところで、私が出しておいた
元魔王のフレイが笑顔で待っていた。
ミリムがテクトへと視線を向けると、手を合わせて頭を下げており、様々な抵抗があったことが伺えた。
「ミリム? どこを見ているのかしら?」
「ふ、フレイ、違うのだ。これには深い理由が」
優しく問いかけるフレイに明らかに狼狽した様子でミリムが答える。
ミリムは色々と言い訳をしようとするが、当初テクトが誤魔化していたことで確信を持っていたフレイの鉄の笑顔の前に敗北し、連行されていった。
その間にリムルはこっそりとテクトに触れて防諜しながら確認を始める。
『バレたのはミリムだけか?』
『一応は。重大な研究をしているとは伝わっているけど内容は誤魔化してる。ミリムはほら、抜け出してきているから』
どうやら自分には火の粉は及びそうにないと知り、リムルが胸を撫で下ろす。それを見てヴェルドラとラミリスも平静を取り戻した。
誰一人庇わなかったことで恨めしそうな顔をして引きずられるミリムへは見てみぬふりをするのだった。
その後、留守の間の報告が始まり、真面目な話になったことでヴェルドラとラミリスは迷宮へと帰っていった。
入れ替わりにミョルマイルが入室した。
西方評議会からの封書を携えており、内容は評議会への加盟に関する会議についてだった。
加盟を目指しているテクト達にこれを無視する選択肢はなく、内容を確認しイングラシアへと向かうことになったのである。
次回「ここからここまで全部下さい」
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