西方諸国評議会から書状が届いて数日後。
テクト達はイングラシアへとたどり着いた。
テクトとリムルに加え、護衛としてベニマル、秘書役としてシュナというメンバーで入国しており、情報収集を済ませたソウエイが合流している。
テクトの影にはフェルがいるが、ランガはゴブタの訓練のために迷宮に残っている。また、暴走の可能性があるためシオンには留守番をさせていた。
まず訪れたのは服飾関係の店。
これはシュナの希望であり、現代知識による魔国連邦のデザインとは違うこの世界の職人独自のデザインを見てみたいとのことだった。
普段扱う衣装とは一風変わったデザインに意欲が煽られたのかシュナは熱心に服を観察していた。
その様子にテクトは頬を緩めながら、手近な服を手に取りリムル達へ振り返った。
「とりあえず、何着か買っていこう。ベニマル達も好きに選んでいいぞ。俺が出す」
「いいんですか?」
「……自分は、そのままで」
「俺達だけ小洒落た服着てたらお前らが浮くだろ? それに給金も受け取ってないんだから、こういうときぐらい何かさせろ」
テクトは遠慮するベニマルとソウエイを押し切り、服を選ばせていく。やろうと思えば売り物を複製することも可能だが、流石にそれは良心が咎めた。
ちなみにリムルはさっさと店員へ話しかけてコーディネートしてもらっており、遠慮など一切なかった。
リムルは店員に勧められたポンチョ風の服、シュナはワンピースにカーディガン、テクトはスラックスにカーディガン、ベニマルとソウエイはテラードジャケットとシャツにスキニージーンズをそれぞれ選択した。
その他にもシオンへの土産も兼ねて興味の向くままに結構な額を購入し、大量の衣類を宿に送る手配をして店を後にすることになった。
それぞれ服を着替え、ヒナタとの待ち合わせ場所である吉田シェフが経営していた店へと入る。
今は弟子が引き継いでおり、繁盛していた。
この店を選んだのは魔国連邦から材料の納入している関係で割引価格での利用ができるためだった。
ひとまず時間ができたため、ソウエイからここ最近の西方諸国の動向を聞く。
開国祭の評価は各国で話題となっており、地下迷宮も同様に噂になっているという。
商人の身辺調査は取引先どころか家族構成まで網羅できたらしく、商業許可を取る際の役人を洗っていけばミューゼまでたどり着く可能性が高いとのこと。
そして、肝心のミューゼだが、殺されたらしい。
「尻尾切りは案外早かったな。嗅ぎ回っていることには気づかれたか」
「申し訳ありません」
「単に粛清という可能性もある。謝ることじゃないさ。それで、手段は?」
「おそらく狙撃と思われます」
「ああ、あれですか。確か銃とかいう武器を使うんでしたっけ?」
ソウエイの報告に反応したのはベニマル。
その苦々しい表情に心当たりがあるのかと考えたリムルだったが、違和感に気づく。しかし、それを口にする前に後ろから声が掛かった。
「銃、ですって? ユウキなら確か、拳銃を持っていたわよ」
「うわっ!?」
警戒の外からの声にリムルが驚き、カップを落としかける。
それをフォローしつつ、テクトは背後に振り返った。
「ヒナタ、からかいたくなるのはわかるけど、タイミングを調整してくれよ。カップが割れたら店に悪いだろ?」
「こんなに驚くとは思わなかったのよ」
声の主はヒナタ。
テクトは肩をすくめるヒナタを睨むリムルを抑えつつ、まずは食事にするため店員を呼ぶのだった。
食事も終え、それぞれ飲み物を注文する。
「やはり大人にはコーヒーの苦みが似合うものなんだよな」
得意げにするリムルのコーヒーに砂糖とミルクをたっぷりと注いであるのを見て、ヒナタは呆れた顔をした。
「それはもう、カフェオレじゃないかしら。テクトみたくブラックで飲んでから大人を語ってほしいわね」
「うるさいな! 大体何でも似合うテクトがおかしいんだよ!」
「急に飛び火した……」
視線を向けられたテクトだが、とても様になっていた。
コーヒーを飲み干して息を吐くのにも妙な色気があり、無駄に視線が吸い寄せられる。
そんなテクトから視線を剥がし、ヒナタはリムルへと向き直った。
「その格好もそうだけど、大人の雰囲気なんて全然ないわよ」
「くっそ、やはりこれは子供服だったのか!?」
「いえいえ、お似合いですよリムル様!」
「そ、そうです。いい感じですって」
「というか、その服が気に入ったのかと思ってました」
「何の問題もないって。かわいいと思うよ」
店員のコーディネートによる評価に悔しがるリムルだったが、肯定的な言葉に複雑そうな表情を浮かべるとカップの中身を飲み干すのだった。
話を戻してミューゼの殺害方法へ。
ようやくリムルは違和感の元を口にすることができた。
「そういえば、ベニマル。なんで銃についてがあやふやなのに、狙撃って言葉がわかるんだ?」
「へ? ああ、例の襲撃の際、色々とありまして」
「犠牲者の何割かは
リムルの質問に言葉を濁したベニマルだったが、テクトが険しい表情で補足する。周囲への影響は抑えているが、手に持っていたカップは溢れた妖気に耐えきれず、小さく音を立ててヒビが入った。
「店に悪いとか言ったのは誰だったかしら? 少しは抑えなさい」
ヒナタの言葉にテクトはバツの悪そうな顔でカップをソーサーに戻し、深呼吸する。改めて残っていたカップの中身を飲み干すとシュナへと手を差し出した。
無言だがその意図を察したシュナがテクトに手渡したものはテーブルの上で鈍い音を立てる。
「この際だから詳しい話をすると、銃っていうのはこういうやつだ」
置かれたのは拳銃。
ルガーP08を模したそれは黒い金属光沢を放っており、おしゃれカフェには似合わない物々しさを感じさせる。
同時に「思念伝達」で詳しい機構を伝えられたベニマルとソウエイは興味深そうに眺めていたが、リムルは焦ったように隣へと顔を向ける。
「なんでこんなモノがあるんだよ!?」
「そりゃあ、作ったし」
「いつの間に!?」
「完成したのは最近なんだよ。量産体制は整ってないワンオフだけどね。護身用にちょうどいいかなって」
拳銃に関しては現状はシュナが持っているものだけであり、量産の計画はない。
というのも、個々のパーツは新しく作成した黒い合金を削り出して組み合わせたものであり、型取りもしていない。
ちなみに、銃弾は発射に刻印魔法による小爆発を利用しており、弾頭部分だけを補給する形式となっている。
金属の衝撃耐性とシュナの制動力を確認しながら威力と制度を突き詰め、有効射程内であれば弾はほとんどブレなく飛び、人体を容易に破壊する強烈な兵器である。
普段の巫女服では袖に隠しており、重量を刻印魔法で中和することで負荷なく持ち歩ける。取り出すと本来の重量を取り戻し射撃の安定を担うわけである。
訓練をくりかえし、シュナの
あくまでシュナの護身用ということを強調するテクトに頭の痛そうな表情をしていたリムルだったが、ふと顔を上げた。
「他にないってことなら一旦置いておくとして、敵が狙撃をしてくる可能性があるなら、明日の会議は注意していた方がいいかもな」
「会議の最中に誰か撃たれれば、未知の攻撃手段として疑うのは俺達だからな。狙撃スポットになりそうな場所はピックアップするから警戒は頼むぞ、ソウエイ」
「ハッ」
当日の注意事項を確認して、話題は会議の内容へと移る。
ヒナタの話では魔国連邦の評議会入りの承認はすでにされており、明日の本会議での質疑応答を経て正式な決定がされるということだった。
予想の範疇をでないことだったのですぐに話は終わるかと思われたが、ソウエイは確認したいことがあるという。
それは東の帝国への防衛戦に魔国連邦を利用しようとしている者達についてであったのだが、これに関しては心配するだけ杞憂―というか、不要なものだった。
何故なら東の帝国の侵攻には魔国連邦が絡む可能性が高いからである。
東の帝国が西側諸国に侵攻するに当たり取れるルートは三パターン。
ジュラの大森林を通るルート
カナート山脈を越える登山道
南側の海路
まず、海路は沿岸部はともかく近海程度でも海獣が多く、船団での行軍は不可能といえる。
また、カナート山脈は険しい山脈であり、そもそも行軍が難しく、しかも竜の巣まで存在する。商人の一行程度であればお目溢しもされるが、行軍などすれば領域を侵されたと誤認されて逆鱗に触れることになり、竜王に率いられた竜族との戦闘になる。
撃退に成功してもそこからが本番の侵攻となるため、行軍におけるリスク・リターンが合わないと考えられる。
最終的にジュラの大森林を通るルートしか残らないが、一度ヴェルドラに壊滅させられ消極的になっていた東の帝国は邪竜の復活に侵攻はしないと予測されていた。
「要するに、ヴェルドラがいる以上、東の帝国の動向はさほど重視されていないだろう。今回は魔国連邦を取り込むのが第一目的でそれ以外に気を回す必要はないからな。西側諸国の調査が終わってから調べるのでも問題はないだろう」
「手が足りないのなら、私の方でも調べてみましょうか? そちらの調査が終わるまでゆっくり待つわけにもいかないし」
「ありがたいよ。ついでに、ドワルゴンの構造の調査も頼めないか? 山越えを嫌っている可能性もあるしな」
「なるほど。任せてちょうだい」
諜報の話など往来でするような内容ではないのだが、防諜に権能を駆使しているためありふれた男女が談笑しているだけにみえていたりする。
それを理解しているため、遠慮なく話ができているのだ。
ヒナタの説明は続き、軍事以外にも魔国連邦を利用しようとする者は多いという。
とはいえ、軍事面で利用されるのはテクトにとっては望むところであり、軍事力を背景に超法規的措置の行使による介入さえ視野に入れている。
悪い顔で行われたテクトの説明にもヒナタは表情を崩したことに軽く注意するだけで特に何も反対はしなかった。
最後に馬鹿なことを企む輩の存在を匂わせつつ暴れないように念押ししてヒナタは去っていった。
そして、会議前夜。
テクト達の逗留する宿に書簡が届いた。
会議への参加要請同様に評議会からの手紙であり、内容は参加要項だった。
テクトが内容を確認すると当日のスケジュールや主な議題の他に条件づけがされていた。
「議員の安全を考慮し、魔国連邦からの参加可能人数は三名までとする、か」
「安全ってなんだよ。街の住民にも何の影響もないってのに」
「まぁ、魔国連邦も結界がなければ人間は足を踏み入れる事ができなくなるからな。大義名分としては合格点だ」
憤るリムルに対し、テクトは感心した様子で手紙を机に放る。
ベニマル達も内容を確認して話を始める。
「しかし、こうなると決まりですかね。テクト様とリムル様には参加して頂く必要がありますし、もう一人となると護衛として俺が」
「いや、シュナについてきてもらう」
ベニマルの言葉にテクトが割り込む。
困惑する様子に微笑みながらテクトは説明を始めた。
今回の采配は私情によるものではなく、話し合いというスタンスを貫くためである。
表面上は護衛を連れて行かないことで、武力を背景にするつもりがないことを示すのだが、影にはソウエイとフェルを忍ばせ備えはする。
ベニマルにはソウエイの分身体と部屋に残り、大人しくしていることをアピールするのだ。
また、シュナを連れて行くことで万が一もないはずだが、宿に残した仲間を人質にする可能性を排除できる。
「というわけで、時々ルームサービスでも頼んでここにいることをアピールしてくれ」
「了解です。しかし、気を付けて下さいね。……リムル様、どうかしたですか?」
一応理にかなった説明に納得を示すベニマル達だったが、リムルの視線が冷えていることに疑問を抱く。
「なんでもない」
口を尖らせ明らかに何かありそうな表情だがリムルは答えることはなく夜は更けていくのだった。
次回「
おまけ「衣装部屋」
地下迷宮九十五階層―「Tekstur」迷宮支店にて。
耳長族が務める店と同様に会員制の店だが、この日は特別な日であるため客は来店不可となっていた。
部屋の中央にいるのはゴブタ。
ミリムとの修行中ではあるのだが、今回は四天王としての衣装作りということで特別に中断されていた。
「本当に助かったっすよ……ここ最近は魔物との戦いにも慣れてきたっすけど、『そろそろもっと強いヤツを用意してやるのだ!』ってミリム様が言ってたんすよね……」
採寸を終え、ぐったりとソファに沈み込みながら独りごちるゴブタにテクトは苦笑する。
話に出たミリムは奥の部屋で着替えの最中であり、テクトによって双方の音が遮断されているからこそゴブタも愚痴をこぼせるのだ。
ちなみにランガは採寸の傍らでテクトによるブラッシングを受けている。流石に連日の修行の結果、体毛にも土や埃で汚れており、それらが掻き出されながら取り除かれていく感覚にくつろいでいた。
おおよその汚れを落とし切ると足元のゴミを取り除き、テクトは手をはたいて立ち上がった。
「疲れているところ悪いけど、ランガとの同一化した状態の採寸もしたいんだよね」
「了解っす。
以前と比べてスムーズに同一化が完了し、ゴブタの身体がランガを纏う。
力の制御もできており、修行の成果が現れていることに感心しつつさっと採寸を終え、ゴブタに戻るように指示すると、テクトは仮縫いをしながらグルーミングを始める。
尻尾を振るランガに微笑みつつ、影から嫉妬の視線を向けるフェルも後で構ってやろうと考えていると、奥のカーテンからミリムが顔を出した。
「テクト、これで正しいのか?」
テクトはランガから離れると、試着室へと頭を突っ込む。
ミリムの選んだのはシュナに対抗したのか和服だった。
着付けに関しては簡略化がされたものを用意しており、慣れない者でも簡単に着られるようにされている。説明書きも添えられていたためミリム一人でも不足なく着付けられていた。
「ん? ふむ……問題なし。かわいいよ」
「そ、そうか……」
テクトの手放しの賛辞にミリムは少々気恥ずかしかったのか頬を赤らめつつも微笑む。
「〜〜ッ!! とりあえず、髪型も変えよっか」
「うむ! そのあたりは任せるのだ!」
様々な感情を飲み込んだテクトの提案にミリムは快活に答える。着付けのため複数人で入ることを前提にして広く作られた試着室に椅子や机が用意され、その上に様々な道具が並んでいく。
テクトが息を落ち着けながらどのようにセットするかを考えるのをミリムは鏡越しに眺める。
色々と試す内に忘れられたゴブタとランガはこれ幸いと羽を伸ばすのだった。
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