-86-外伝 最後の騎兵は白銀の棺に眠る   作:ジェイソン13

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第一章 ギアーデ連邦 戦没者調査団
十年ぶりに戻った故郷は私のことを()と呼んだ。


 

十年ぶりに戻った故郷は私のことを()と呼んだ。

 

――リーン・ノイマン

『対レギオン戦没者調査団サンマグノリア支部 調査報告書№SM-97840』

 

 星暦二一四九年、無人兵器レギオンはギアーデ連邦、ロア=グレキア連合王国、ヴァルト盟約同盟、サンマグノリア共和国の四ヶ国に対し大規模な攻勢を仕掛けた。

 私の祖国ギアーデ連邦は連合王国、盟約同盟と連携し、多大な犠牲を払いながらもレギオンの大攻勢を退いたが、単独で相対したサンマグノリア共和国は壊滅した。大要塞は陥落し、軍隊はまともに機能すること無く、連邦軍の救援部隊が到着するまで共和国はレギオンの人間狩猟場と化していた。一部の抵抗勢力が築いた防衛陣地を除いては――

 

 救援作戦完了後、ギアーデ連邦は迫害されてきた民族――エイティシックス――の保護、共和国市民への()()()の支援、そして共和国が必死に隠そうとしていた迫害と虐殺の調査を開始した。

 二年前に保護したエイティシックス達の証言から数百万人は下らないであろう戦没者の調査、それには膨大な時間と労力がかかることが予想された。レギオンの大攻勢で多大な犠牲を払った連邦軍にそんな余裕は無く、戦死者調査団は官僚や志願した民間人によって構成された。

 

 書店のアルバイトだった私が調査団に採用されたのは親の仕事の都合で共和国に住んでいた経験を買われたからだった。

 

 連邦首都ザンクト・イェデルのアパートを出て、調査団に志願した民間人を送迎する軍用車両に乗り込んだ。乗り場には報道陣が詰め寄って私達にカメラを向ける。兵士たちがバリケードを設置して抑え込むが、報道陣と野次馬は我先へと身を押し出す。

 

 野次馬たちから「共和国の蛮行を白日の下に晒せ!!」「同胞の無念を晴らせ!!」とシュプレヒコールが響き、喧騒の隙間から「頑張れ!!」「頼んだぞ!!」「恋人を探してくれ!! 名前は――」と純粋な応援や切実な要望が耳に届く。

 

 サンマグノリア共和国の壊滅はニュースを通じて連邦市民に知れ渡ったが、私も含め連邦市民はさして驚かなかった。皆が二年前に保護されたエイティシックス達の証言を知っているのだから当然の話だ。

 共和国の蛮行を知る連邦市民たちの中にはレギオンの大攻勢を「これまでの行いに対する報いだ」「これは神罰だ」と甲高く叫ぶ者がいる。それどころか、防衛戦を繰り広げたエイティシックス達と白銀種(セレナ)指揮官(ハンドラー)に「余計なことをしやがって」と罵倒の声を上げる者もいる。

 でも私はその指揮官に感謝したい。彼か彼女か分からないその者のお陰で私は親友――ミレイユ・ジョスランと再会出来るかもしれないのだから。

 

 

 *

 

 

「起きろ。リーン・ノイマン」

「ふぁ……っ?」

 

 バインダーで頭を叩かれ、痛みで朧気だった私の意識が覚まされる。勤務中に居眠りしてしまったこと、軍から支給された高価な端末に涎を垂らしてしまったこと、注意したのが“鬼教官”ハンクシュタイン大佐だったこと、それらを瞬時に理解する。慌てて誤魔化そうと制服の袖で端末の涎を拭くが、もう何もかもが手遅れだ。

 声にならない悲鳴を上げ、これでもかと瞼を開き、青ざめ、どっと汗が噴き出た顔を後ろに向ける。戦没者調査団に志願した人全員に共通するトラウマ、それがこのハンクシュタイン大佐だ。

 

 共和国の戦没者調査に志願し、軍の輸送車に乗せられた私たちが最初に向かったのは連邦軍のキャンプだった。朝から晩まで鬼教官の下で座学とトレーニングを繰り返し、寝ても覚めても兵士の如く連邦軍の規律に則って生活することを求められた。

 私達は間違って士官候補生用の車両に乗ってしまったのだろうか、レギオンの大攻勢で損耗した兵士を補充するための国家規模の詐欺に遭ったのではないかと考えたが、実のところそうではない。行先は異国の()戦地。連邦軍が確保したとはいえ、まだ安全と呼べる場所ではない。これから働く先も連邦軍の規律で生活することを前提に設備や物資が準備されている。私達に民間人のお客様気分を捨てさせ、連邦軍の一員としての心構えを持たせるために必要なことだった。

 

「ノイマン……」とハンクシュタイン大佐に睨まれた私は心臓と共に身体が跳ね上がり、「はっ、はい!!」と起立。その勢いでオフィスチェアが倒れた。

 大佐は一枚の書類を目の前に目の前に翳した。しかし大佐の手と書類が陰になり、尚且つ顔に近すぎて文字が読めない。

 

「君の外出許可が下りた。明日の〇八〇〇より一八〇〇までだ。護衛を二名つける」

 

 大佐に掲げられた書類を手に取り、“外出許可”という文字を確認する。

 書類から顔を上げると“鬼”とはかけ離れた笑みを大佐が浮かべていた。

 

()()とやらを探して来い」

 

 

 *

 

 

 私の両親は宝石商だった。生まれも育ちもギアーデ帝国、生粋の帝国臣民だったが、どういう訳か共和国で仕事をしていた。主な顧客は第一区の白系種(アルバ)の貴族たち。両親の商売は上手くいっていたのだろう。生まれてから9歳まで住んでいた共和国の家は高級集合住宅の上層階だった。

 

 朝焼けで黄金色に輝き、

 昼間は青天と白い街のコントラストが映え、

 夕方には赤く染まるリベルテ・エト・エガリテ。

 

 その光景をベランダから眺めるのが幼い私の楽しみだった。

 

 

 *

 

 

 待ちに待った外出日、共和国首都は生憎の曇天。空気は湿気てどんよりとしている。今にも雨が降り、雷が落ちそうな雰囲気だった。

 灰色の空はリベルテ・エト・エガリテの姿を空に写したようだった。白亜の街並みは戦火に焼かれて黒く煤け、至る所に撃破されたレギオンや共和国製の兵器“ジャガーノート”の残骸が散らばっている。連邦市民の私が言うのもおかしな話だが、故郷と想っていた共和国首都の惨状はいつ見ても胸を打つものがある。

 

「リーン・ノイマンさんですね。お待ちしておりました」

 

 丁寧にフルネームで呼び、月白種(アデュラリア)の中年兵士と朱緋種(スピネル)の青年兵士が敬礼する。「よろしくお願いします」と私は頭を下げた。

 外出に護衛をつけるなんて何様のつもりだ――と誰かに文句を言われるかもしれないが、護衛をつけないと外を出歩けないのが今の共和国だ。エイティシックス達の奮戦、連邦軍の救援作戦で近辺にレギオンはいない。しかし、私達を脅かす存在がこの第一区にはいた。それは動物園から逃げ出した獣でもなければ、大要塞グランミュールの外に生息していた獣でもない。

 

 私達を襲う脅威は共和国市民だった。

 

 共和国市民は連邦軍を歓迎しなかった。最初は「迫害の罰を恐れている」「ギアーデ()()だと思われている」「異国の軍隊だから仕方ない」と思っていた。しかし、日数を経るにつれて連邦軍はその異常性を知ることとなった。

 

 共和国市民は連邦軍兵士たちを()()として見ていなかった。

 

 戦時特別治安維持法はまだ理解できた。戦前の共和国は先住民である白系種(アルバ)が多数派、移民として入って来た有色種(コロラータ)が少数派だった。そして多数派が少数派を迫害するのは人類の歴史の常だった。そして理由を突き詰めれば、大抵は自己防衛や自己保身といった動機が見えてくる。

 共和国のそれは自己防衛・自己保身から逸脱していた。「有色種(コロラータ)は人の形をした豚である」という文言は差別を正当化するキャッチコピーから、共和国市民が信じる宗教と化していたのだ。

 

 理由が何であれ街中に現れた獣は駆除される。一部の共和国市民はそれと同じ理屈を掲げ、有色種(コロラータ)を対象とした憎悪犯罪(ヘイトクライム)に奔った。相手がジャガーノートに乗ったエイティシックスだろうと武装した連邦軍兵士だろうと構わず攻撃するところから、その異常さは窺い知れる。

 

 極東黒種(オリエンタ)の肌と髪、翠緑種(ジェイド)の瞳を持つ混血――共和国風で言う“人の形をした豚”である私がその対象となるのは言うまでも無かった。

 

 

 

 十年ぶりに戻った故郷は私のことを()と呼んだ。

 私が豚なのだとしたら、ここは猿が人を支配する映画の如く、猿の――いや、“豚の共和国”だ。

 

――リーン・ノイマン

『対レギオン戦没者調査団サンマグノリア支部 調査報告書№SM-97840』

(報告書の裏にある殴り書きより抜粋)

 




登場人物紹介

【名前】リーン・ノイマン
【性別】女性 【年齢】十九歳
【人種】極東黒種(オリエンタ)翠緑種(ジェイド)の混血
【国籍】ギアーデ連邦
【所属】レギオン大戦戦没者調査団サンマグノリア支部
【経歴】
宝石商として働くギアーデ帝国人夫婦の下に生まれ、両親の仕事の都合から九歳までサンマグノリア共和国で過ごす。帝国による宣戦布告直前に両親と共に帝国へ帰るが、市民革命による騒乱で両親と死別。その後は連邦政府が運営する孤児院で過ごし、十六歳になってからは書店のアルバイトで生計を立てる。趣味は散歩。
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