-86-外伝 最後の騎兵は白銀の棺に眠る   作:ジェイソン13

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とんでもない馬鹿を戦隊長にしてしまった。

 とんでもない馬鹿を戦隊長にしてしまった。

 

 ――タジク・ロウニ

 自叙伝『戦場で騎兵隊ごっこを』

 

 

 燦々と降り注ぐ陽光の下、広大な河川敷で(タジク・ロウニ)はジャガーノートを走らせる。レーダーで僚機の動きに注意を払いつつ、打ち棄てられた公園の遊具を横跳びで回避、崩落した橋を跳躍し、折れた電波塔の前で急停止する。

 機体を回頭させ、メインカメラで僚機がちゃんと付いて来ているか確認する。彼は3秒遅れてスタートしたが、もう15秒近く差が開いてしまっている。分かってはいたが、走りもぎこちない。中身のプロセッサーが壊れていないか不安になる。

 僚機がゴールに到達したところでタイマーを止める。

 

 

 

 分かってはいたが、想像以上だ。

 

 想像以上に酷い。

 

 俺は肩を落とし大きく溜息を吐いた。勿論、その瞬間だけ知覚同調はオフにした。こんなのを聞かされたら()が可哀想だからだ。

 ボタンを押してジャガーノートキャノピーを開ける。真夏の熱気と乾いた風が心地よい。

 

「前回よりマシになったぞ。ウルシ」

 

 落胆を隠すため、心にも無い励ましの言葉を贈る。

 僚機のキャノピーが開き、疲労困憊した黒鉄種(アイゼン)の少年――ウルシが顔を見せる。彼は大きく肩で息をし、必死に口と喉を開いて酸素を取り込む。瞳孔が開き切った目は何を見ているのか、そもそも見えているのか分からないくらい揺らぎ、滝のように流れる汗が長い黒髪を頬にベッタリとつける。

 

「今日の()()はここまでだ。アサギが戻ってきたら帰るぞ」

「はっ、はい……」

 

 バルディッシュ戦隊――改めジョスラン騎兵隊、そこの第一突撃小隊長となった俺の仕事は、小隊に宛がわれた新入りウルシ・モクレンの()()()だった。

 

 

 

 *

 

 

 

「デブリーフィングを始めるわ」

 

 初戦を終えて帰投した俺達は隊舎の食堂で集まった。黒板の前に立つミレイユに視線が集まる。その色は物理的にも心理的にも多様だった。戦隊長として、強力なプロセッサーとして向ける敬意、同じエイティシックスだという仲間意識、同時に白系種(アルバ)でもあるという葛藤が伺える。

 そして戦闘前と変わったことが一つだけある。彼女を白豚と呼ぶ者は、そう見なす者はいなくなったということだ。不本意ながらも絶体絶命のピンチに駆け付けたというシチュエーションが効いたのだろう。

 ミレイユが黙る。それに倣って戦隊員達も黙り、彼女の開口を待つ。異様な雰囲気に呑まれ、俺の額から冷や汗が流れる。たった数時間で白豚呼ばわりしていた野良犬たちが忠犬になってしまったのだ。普段はうるさいアサギですら黙っている。身体は左右に揺れているので落ち着いてはいないが。

 

「戦隊各位。よく生き残ったわ。部隊編成もままならないままレギオン部隊を撃退し、唯一の侵攻ルートである大橋に牽制をかけることが出来た。初実戦としては上出来よ」

 

 真っ直ぐ俺達を見据えていた銀色の双眸が瞑目、数刻して再び開かれる。

 

「そして、()()()()()()()()五人の(みち)に陽が射さんことを」

 

 五人という数字で俺達はそれが弔いの言葉だと悟った。彼らはアルミの棺桶で死んだのではない。一足先に旅立ったのだと――俺達エイティシックスに手向ける為に考えたことなのか、それとも彼女の家系の宗教なのかは分からない。

 どちらにせよ、俺は()()()という言葉が少し好きになった。

 ジュンナが「へっ」と鼻で嗤う。ここが隊舎内でなければ唾を吐いていたかもしれない。

 

「旅立ったって、どこにだよ」

「ここじゃないどこかよ」

 

 ミレイユは眉一つ動かさず、不快な気持ちも示さず、それどころか娘を諭す母のように細やかな笑みを浮かべる。

 

「それにしても初戦で五人は痛いですね」

「そうだな。これ以上、旅立たれたら堪ったもんじゃねえ」

 

 カッキの眼鏡越しの視線、ライオの睨みが一つの方向に向けられる。それはミレイユに……ではなく、部屋の端っこで小動物のように固まっていた新入り達に向けられていた。彼らの言葉が誰に宛てられたものなのか、わざわざ口に出さなくても皆が理解していた。新入り達も怯えて震えあがっている。

 さすがの俺もこればかりは擁護できず、肩をすくめる。新入りとはいえ貴重な戦隊員だ。頭数に入っている以上、損耗であることに変わりはない。

 

「そう、だから新人の()()()を行うわ」

「「「はあ!?」」」

 

 号持ち達が一斉に声を荒げた。

 

「無茶言うな!! そんな余裕ないだろ!!」「そうだよ。一日は二十四時間しかないんだよ?」「走っただけで吐くような連中だぞ」「やっぱチビ共、囮にして使い潰すか」「ジュンナ言い過ぎ」「おなかすいた」「アサギは黙ってろ」

 

 その反応も無理はない。エイティシックスの生活は多忙を極める。起床、補給、哨戒、戦闘、補給、哨戒、戦闘、補給、睡眠で終わるからだ。日の出から日没までジャガーノートに乗りっぱなしなんてことも珍しくない。そんな中で新人に再訓練を施す余裕などどこにも無かった。強い奴が生き残り、弱い奴が死ぬ。新人だろうが歳下だろうが女だろうが、蝶よ花よと愛でられることはない。そこが八十六区だ。

 白豚が俺達を人の形をした豚(エイティシックス)と呼ぶように俺達の世界は弱肉強食という()の摂理で成り立っている。なんとも皮肉な話だ。

 

「一週間後、哨戒エリアを既定の20%まで削減するわ」

 

 それは鶴の一声だった。ブーイングが一斉に止み、振り上げられた拳が次第に下りていく。

 ミレイユはそれを確認すると黒板に円を描いていく。円の中心にはBase(基地)と補足した四角、円の外縁付近にはV字や三角形を多数描いていく。

 

「これが基地周辺の地形よ。出撃の時にざっと見たけど、昔とそう変わっていなかったわ」

「よくそんなの見る余裕があったな」

「言ったでしょ。『小さい時にバカンスで来た』って」

 

 チョークで黒板の端にレギオンが描かれる。短い画数で記号的に表された斥候型(アーマイゼ)はよく特徴を捉えていた。

 

「まずレギオンは地形を変えるような大量破壊兵器を持っていない。トンネルを掘るような機種も確認されていない。飛行できるのも阻電攪乱型(アインタークスフリーゲ)だけ。現在のところ、山と谷が天然の防壁として機能しているわ」

 

 全員がそれには頷く。レギオンに四方を囲まれた共和国は東西南北に戦線を敷いている。いずれも絶死の戦場であることに変わりはないが、ミレイユの言うとおり、南部戦線は天然の防壁のおかげでレギオンの侵攻は緩やか、エイティシックスの生存率も比較的高かった。

 

 ――まぁ、生き残っても特別偵察任務で一人残らず死ぬけど。

 

 俺の冷笑も知らないままミレイユは黒板の地図に大きな円を描く。

 

「で、これが共和国軍の設定した防衛ライン。私達の哨戒エリアでもあるのだけれど、ハッキリ言って古いわ」

 

「古い?」と号持ち達が首をかしげる。

 

「この哨戒エリアはレギオン大戦前に共和国軍が設定したものよ。敵が航空機を利用して侵攻してくる時代のね。スピードは陸戦兵器の比じゃないわ。山も谷も関係なくやってくる。そういう敵を想定したエリアなの」

「要は地上戦縛りの今、そこまでやる必要はないってことですね」

 

 カッキが人差し指で眼鏡をくいっと上げる。自分を知的に見せたくてやっているみたいだが、伊達眼鏡を付けてそれをやるのは正直馬鹿だと思っている。たぶん全員そう思っている。

 

「そこで我が隊は第一から第三までの防衛ラインを()()。最終防衛ラインを基準に哨戒ルートを設定。迎撃は()()()()()()()()()で行うわ」

 

 号持ち達は口をぽかんと開けたまま絶句、組んでいた腕もだらりと椅子の下に伸びる。『哨戒エリアを現在の20%に削減』という文言からそういうことだろうと思っていたが、ハッキリと現実を突きつけられる。現実を受け止めきれず天井に向かって乾いた笑みを浮かべる。

 

「基地の鼻先で迎撃かよ……」

「まぁ、でも……撤退して防衛ラインを再構築する余裕なんざ今の俺達にはねぇわな」

 

 戦隊員たちの反応を悟らないか、悟った上で無視しているのか、ミレイユは得意気にふふんと大きく鼻息を吐く。無駄にでかいおっぱいが組んだ腕の上で揺れる。

 

「戦隊各位、返事は?」

「「「ういーっす」」」

 

 戦闘時の賞賛などどこかへ吹っ飛んでしまったのか、号持ちたちは椅子から滑り落ちそうな体たらくのまま気だるげに挙手した。

 

()()()()()が短くなったけど、空いた時間何するの? 遊ぶの? 」

「お前、話聞いてた? 」

 

 

 

 

 

 

 とんでもない馬鹿を戦隊長にしてしまった。

 あいつらもそう思っただろう。

 おバカのアサギを除いて。

 

 ――タジク・ロウニ

 自叙伝『戦場で騎兵隊ごっこを』




ぶつ切りになってしまって申し訳ないですが、今回はここまで。
次回も近日中に更新します。
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