-86-外伝 最後の騎兵は白銀の棺に眠る   作:ジェイソン13

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味蕾刺激剤をかけた粘土で腹を満たす行政八十五区の皆様

 味蕾刺激剤をかけた粘土で腹を満たす行政八十五区の皆様

 

 ――ミレイユ・ジョスラン

『共和国南部戦線第二線区第一防衛戦隊“バルディッシュ”

 戦闘報告書№102649-3』

 

 最終防衛ライン以外を放棄、余った時間を新人の再教育に利用するというメチャクチャな指令が下った後、ジョスラン騎兵隊の編成が決められた。

 

 白豚共は俺達の序列や区分にはとことん興味が無いようで俺達のことも戦隊長とそれ以外にしかカテゴライズしていない。そのため、戦隊長以外の区分や序列についてはエイティシックスで好き勝手に決めている。軍隊よろしく合理的にチーム分けする戦隊もあれば、小隊を作らず「好き勝手に暴れろ」という方針の戦隊あり、小隊の名前も第一小隊・第二小隊という真面目なものからアルファチーム・ブラボーチームとかっこつけたもの、ひまわり組・たんぽぽ組・あさがお組とふざけたものまであった。

 

 その中でミレイユ・ジョスランの人事はかなりまともなものだった。

 

 

 

 副隊長が空席という点を除いては。

 

 

 

 第一突撃小隊長となった(タジク・ロウニ)は酷暑で項垂れる新人を後目に初戦の夜を思い出していた。

 かつて誰かが言っていた。弾丸は人種、性別、階級を選ばないと。エイティシックスは皆が一兵卒だ。戦隊長になっても後方で羽扇を仰ぐようなことは出来ず、戦死するリスクは戦隊員と変わらない。脳のリソースを隊の管理に使うことも考えれば、隊員以上とも言える。

 

 ゆえに副長の任命は重要だった。

 しかし、ミレイユはそれを空席のままにした。

 

 戦隊長の死亡リスクを理解していないとは考えにくい。自分は絶対に死なないと驕り高ぶる馬鹿でもないだろう。

「しばらく様子を見て決めるのか?」と俺が尋ねてみたが、彼女はかぶりを振った。

 

『……その席は、もう埋まっているわ』

 

 何事も迷うことなく堂々と言い切った彼女が言葉を濁した。口を開く前、唇を噛む()こそが答えなのかもしれない。切なそうに微笑むミレイユの異様さを前にして、それ以上の追求をする者はいなかった。

 

 

 

 *

 

 

 

「隊長。ロウニ隊長」

 

 ウルシに袖を引っ張られ、俺の意識も目の前の現実に引き戻される。新入りの再訓練を終え、休憩にと古い鉄塔に腰を落ち着かせた酷暑の昼にだ。

 

「どうした?」

「いや……あれ……」

 

 ウルシが前を指さすと同時に女子のように頬を赤く染め、()()から目を背ける。

 なんとなく察した俺は顔を上げる。地面に映る人型の影、それを目で追いかける。水が下たる足、右手には川魚数匹を包んだジャケット、左手にはズボンを結んで作った簡易リュックサック、そして一糸纏わず何も隠そうとしない成長途中の少女の肢体が視界に入った。

 端的に言おう。アサギが全裸だった。

 

「おさかな、とれたよー」

 

 彼女の辞書に「恥」という文字はない。男二人に見られていることを一切気にせず、ジャケットで包んだ魚を見せつける。魚はまだ生きているようで服の中でビチビチと跳ねている。

 

「あ……うん。良かったな」

 

 ウルシほどじゃないが、俺もさりげなく目を逸らす。以前、同じ戦隊だった時に彼女の全裸など何度も見てきたが、あの時はまだ子供体型だったので何とも思わなかった。今は少し目のやり場に困る。

 

「お前、下着はどうした?」

「いしをつめてふりまわしてたら、ゴムがきれちゃった」

「は?」

「でも、トリさんとれたよ」

 

 アサギは左手に持っていた簡易リュックサック(元ズボン)を俺達の前に下ろす。中では頭部から出血した鳩が数羽、息絶えていた。

 彼女の話を要約すると、自分のパンツを投石ひも(スリング)として使い、鳩を仕留めたらしい。女児のパンツで殺されるとは可哀想に。

 ウルシが今にも吐き出しそうな青ざめた顔で鳩を指さす。アサギの全裸に恥ずかしがっている余裕などもう無いようだ。

 

「これ……どうするんですか?」

「勿論、食べる」

「え? 食べれるんですか?」

 

 魚や鳥は食べることができる――そんな当たり前のことをウルシは知らなかった。仕方ないと感じた。行政区外の収容所では配給された“栄養価のある粘土”しか食えるものがなかったからだ。俺たちぐらいの世代なら幼い頃、食文化に触れる機会があったし、こっそり雑草や虫も食えた。だが、収容所しか知らない世代になるとそれらも食い尽くされてしまい、食べ物は()()()()()()()()()()()()()しか知らずに育ってしまう。

 

「美味いぞ。少なくとも粘土と死体よりは」

 

 ウルシをはじめとした()()()()()()()の口に合うのか、そもそも味覚がちゃんと機能しているのか、懸念事項は多かったが俺は気にせず先輩風を吹かせた。

 

 

 

 *

 

 

 

 再訓練の時間を終えて格納庫に戻ると先客がいた。

 哨戒に出ていた第五突撃小隊のジャガーノート三機、隣にはミレイユのジャガーノート<ロシナンテ>もあった。彼らは格納庫でお利口に駐機し、メカニック達のメンテナンスを受けていたが、中身のプロセッサー達は入り口前で一悶着といったところだった。

 

『ふざけんじゃねえぞ!!てめぇ!!』

 

 ジャガーノートの集音マイクが怒号を拾う。何事かと思った俺がメインカメラを向けると胸倉を掴まれるミレイユと激高したマクサが映し出されたいた。マクサは興奮による血管の拡張か、燃え上がる炎のように緋鋼種(ルビス)の髪が逆立ち、少年らしく大きな手は破らんとする勢いで相手の戦隊服の襟を引く。

 対するミレイユは堂々とした出で立ちでマクサの赫怒を真正面から受け止める。怒れる瞳から決して目を逸らさない。そこに恐れはなく、それを隠そうとする強がりも見えない。八十六区で生き延びた白系種は伊達じゃないらしい。

 

『自分から死にに行くような戦いしやがって!! あんなセコい真似しなくたって俺はもう戦隊長って認めてるんだよ!! お前をまだ認めない奴が俺の隊にいるのか!? いるなら教えろ!! 俺がぶっ飛ばしてやる!! 』

 

 まさかの内容に俺は目を白黒させる。てっきりミレイユの采配に嫌気がさしたか、戦隊長決めデスマッチのリベンジかと思ったからだ。

 皆で彼女を白豚と蔑んだ一ヶ月前が遠い昔のように思える。

 

『あの戦い方の方が性に合ってるだけよ。言ったでしょ。突撃の一番槍は騎兵の誉れって』

『またそれかよ。家訓だか何だか知らねえけどよ。俺らだってテメェと同じ号持ちなんだ。後方支援なんて退屈すぎて欠伸が出そうだぜ』

『気に入らないかしら?』

『ああ。気に入らねえな。なんなら今すぐ下剋上してやるよ』

 

 マクサは突き飛ばすように襟から手を離すと拳を握り、数歩摺り足で下がって間合いを取る。戦隊長決めデスマッチにリベンジを今ここでやるようだ。ミレイユもその気のようでジャケットを脱ぎ捨て、ファイティングポーズを取る。

 

「面倒くせぇ……」

 

 高みの見物を決めていた俺だが、そろそろ格納庫に入りたくなってきた。ジャガーノートから降りてシャワー浴びたい。アサギが獲ってきた魚と鳥もそろそろ調理しないと痛んでしまう。色々と理由を並べ、俺は知覚同調(パラレイド)をミレイユとマクサに繋ぐ。

 

「お前ら、やるなら他所でやれ。踏み潰すぞ」

 

 二人はようやく俺達、第一突撃小隊の存在に気付いたようで視線が俺の<アルファウリス>に向けられる。

 気が逸れたことを機にカッキがマクサの肩を叩く。

 

「行きますよ。マクサ。勝っても負けても虚しい戦いだ」

「…………チッ。わーったよ」

 

 マクサはしかめ面のままミレイユの視界から外れていく。口では理解しつつも彼は納得していなかった。彼に蹴飛ばされた小石が<アルファウリス>に当たる。「邪魔しやがって」とコツンと軽々しい音がキャノピーの中で響いた。

 

『悪かったわね。邪魔して』

 

 ミレイユが格納庫の端に異動し、どうぞとハンドサインを送る。俺達は所定の場所にジャガーノートを駐機させる。キャノピーが開くと同時に生温い風が顔に当たる。夏のジャガーノートは本当に地獄だ。レギオンに殺される前に熱中症で死ぬプロセッサーもそう珍しくない。

 アサギは<ナイトノッカー>のキャノピーが開くや否や「ヒャッホー」と歓声を上げてどこかへ走り去っていく。俺のジャケットを貸したので全裸という訳ではないが、風や足の動きで見えてはいけないものが見えそうになる。楽しそうな彼女を見て、もしかして全裸で走り回ると想像を絶する解放感を得られるのか?と馬鹿な考えが脳裏を過る。

 

「あの……これ、どうするんですか?」

 

 ウルシが恐る恐る尋ねる。両手には本日の戦利品を包んだアサギのジャケットとズボンが握られている。マスもハトもとうに絶命しているが、ウルシはそれが信じきれないのか全身が震えている。

 

「ジュンナに渡しといてくれ。あいつ料理できるから」

「ええっ!?…………あ、はい」

 

 言葉とは裏腹にウルシはこの世の終わりのような顔をしていた。当然だ。自分達を囮にして使い潰すと言い放った冷酷女のところに向かうのだから。その後も冷たい態度を取り続けていることもあり、ジュンナは新入り達から恐怖の対象として見られている。

 

「おかえり。ウルシの訓練は順調かしら?」

 

 俺を待っていたのか、格納庫のゲート近くにある()()()()()()()でミレイユが声をかける。彼女はジャケットを枕代わりにして寝そべり、女性にしては大きな体躯で三人掛けのベンチを独占する。生家は貴族か何かだったらしいが、八十六区の生活ですっかり行儀が悪くなったようだ。

 

「全て順調であります。八十六区に舞い降りた銀灰色の戦乙女(ヴァルキリー)、我らが栄えある常勝無敗・蓋世不抜の騎兵隊長殿」

「良いわね。そういうのもっと頂戴」

「――チッ。ちょっとは恥ずかしがれよ」

 

 まさかの反応に興が削がれた俺は舌打ちする。そして()()をどう切り出したものかと思案しながら腕を組み、壁に背を預ける。地面に視線を向け、夕暮れで影が伸びる石ころを眺めて時間を潰す。

 

「まだ何か用があるみたいね」

「……さっきの話だけどよ。マクサほどじゃねえが、俺も同じこと思ってるぜ」

 

 俺だけじゃない。他の号持ちも、新入りの一部も同じようなことを考え始めている。

 ご存知の通りミレイユが得意とする交戦距離は近接戦闘(CQC)だ。貧弱な装甲ゆえの身軽さとモーターを改造したワイヤーアンカーで敵機に急接近し、確実に仕留められる距離(クロスレンジ)で零距離射撃。エース級の戦果を挙げているとはいえ、おおよそ機甲兵器でやって良いような戦い方ではない。

 

「言ったでしょ。あの戦い方で慣れたの。今更引き下がって豆鉄砲を撃つだけの仕事なんて御免よ」

「慣れた? 毎日死にかけといて、よく……言うぜ!!」

 

 俺はベンチを思い切り蹴飛ばした。その衝撃でミレイユが「あだっ!! 」と情けない声を上げながらベンチから転げ落ち、地面に顔面を打ち付ける。思った通りだ。

 彼女はまるで井戸から出てくる女の亡霊のように地を這い、ぎこちない動きで立ち上がる。西日に焼ける彼女の貌は汗を流し、全身に走る鈍痛を噛み殺していた。

 

「騎兵隊長になって張り切りたいのかどうか知らねえけどよ。ボロボロじゃねえか。お前も<ロシナンテ>も」

 

 ジャガーノートに人間は乗っていない。搭載されているのは人の形をしたプロセッサー(生体CPU)である。そのお題目通り、ジャガーノートにはショックアブソーバーや耐Gシステムなんて贅沢なものは装備されていない。機体にかかる加速度や慣性がそのまま俺達エイティシックスの肉体に響いてくる。そんな機体で()んだり()ねたりすれば、中のプロセッサーは全身を重力とアルミ板で殴られるのは当然のことだった。普通なら脳震盪や内臓破裂で死んでいる。

 そして乗機<ロシナンテ>のダメージも深刻だった。ただでさえ近接戦闘を想定していない機体で駆け回っているせいでパーツの消耗が激しく、メカニック達のメンテナンスが追い付いていないのが現状だ。初戦で死亡したプロセッサー用に宛がわれていた予備パーツや回収した機体からの抜き取りが無ければ、<ロシナンテ>は格納庫の飾りになっていた。

 俺達エイティシックスは特別偵察任務という最終処分が待ち受けている。どう足掻いたって長生きなんて出来ない。だが、その前に命も機体も削り尽くすのは愚の骨頂だ。処刑台を前にして自分で首を括る奴は馬鹿としか言いようがない。

 

「気付かれてたのね」

「半分以上は気付いてるぜ。テメェは隊長なんだ。もっと部下(おれたち)を使え。()()()()()()()みたいな戦い方すんじゃねえ」

 

 ミレイユが微かに顔を反らす。反抗の意志はまだ残っている。だが()()の言葉が届いていない訳じゃない。言いたいことは言い切って、やりたいこともやり切って、後ろ指を指す人も足を引っ張る人もまとめて巻き込んで前へ進む。そんな堂々たる騎兵隊長様が反論せず、開き直りもしないもしないのがその証だった。

 

「そう……ありがとう」

 

 返ってきたのは歯切れの悪い感謝の言葉だけだった。自分としてはちょっと不完全燃焼な感じがしたが、さっさと隊舎でシャワーを浴びたいので「今日はこれくらいにしておいてやろう」と一方的に話を終わらせた。

 

「あ、そうだ。アサギが鱒と鳩を獲って来たんだけど食う?」

「そうね。シェフ。鱒はベーコン風味のロースト、鳩は赤ワイン煮込みでお願いするわ」

 

 

 

 

 味蕾刺激剤をかけた粘土で腹を満たす行政八十五区の皆様、いかがお過ごしでしょうか。

 私は観光都市フィデリテ近郊の満天の星空を眺め、リースブランゼ通りの高級レストラン顔負けのディナーを楽しんでおります。

 ちなみに本日のディナーは「鱒のベーコン風味ロースト」「鳩肉の赤ワイン煮込み」

 合成食糧、味蕾刺激剤を一切使用していない本物の味。

 

 八十五区内では政府高官とその親族しか味わうことの出来ない超高級料理をお求めになる方は、是非とも八十六区へお越しください。

 

 ――ミレイユ・ジョスラン

『共和国南部戦線第二線区第一防衛戦隊“バルディッシュ”

 戦闘報告書№102649-3』

 

 




ジョスラン騎兵隊のゆかいな仲間たち

【名前】マクサ・シュウヒ
【性別】男性 【年齢】15歳
【人種】緋鋼種(ルビス)
【国籍】なし(エイティシックスは人ではない為)
【所属】共和国南部戦線第二線区第一防衛戦隊“バルディッシュ”
(通称:ジョスラン騎兵隊)
【経歴】
パーソナルネーム<ファイアブレイク>
自称“エース”の熱血漢。
初戦で死亡した顔も名前も知らない新人のために涙を流せるほど仲間想い。
エースを自称するだけあり実力もそこそこあるが、成果を欲するあまり深追いする傾向がある。
カッキとは幼馴染であり、これまで所属した戦隊の半分以上は彼と一緒だった。

【名前】カッキ・ユリシャ
【性別】男性 【年齢】15歳
【人種】青玉種(サフィール)
【国籍】なし(エイティシックスは人ではない為)
【所属】共和国南部戦線第二線区第一防衛戦隊“バルディッシュ”
(通称:ジョスラン騎兵隊)
【経歴】
パーソナルネーム<シュヴァリエ>
敬語口調で落ち着いた雰囲気の少年。
マクサとは幼馴染で共に行動することが多く、彼の制止役となっている。
眼鏡をかけて理知的な物言いをするが、眼鏡は伊達で頭も特別良い訳ではない。
プロセッサーとして可もなく不可もなくだが、周囲のサポートに定評がある。

【名前】ジュンナ・ヒマチ
【性別】女性 【年齢】16歳
【人種】朱緋種(スピネル)
【国籍】なし(エイティシックスは人ではない為)
【所属】共和国南部戦線第二線区第一防衛戦隊“バルディッシュ”
(通称:ジョスラン騎兵隊)
【経歴】
パーソナルネーム<ペルーダ>
口が悪く手も足も出るのが早い冷酷な心の持ち主。
白系種の兵士や同胞から虐待を受けていた過去があり、当時の傷や刺青を火傷で潰している。
料理、洗濯、裁縫などの家事全般が得意。
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