-86-外伝 最後の騎兵は白銀の棺に眠る   作:ジェイソン13

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少年よ。殴り合え。

 少年よ。殴り合え。

 ――ハリデ・ロウニ

 小説『落陽の中で』

 

 

 灯火管制により月明かりだけが頼りの夜、(タジク・ロウニ)はふと目を覚ました。ナイトノッカー(アサギ)がクソどうでもいい話で寝室のドアをノックして来ない、安眠するにはうってつけの夜だというのにだ。

 むしろ、俺はアサギがノックしてくる夜に適応してしまったのではないかと馬鹿なことを考えながら、暑さと口寂しさから水を求めて食堂へ向かう。

 コンクリートの無機質な廊下の途中、談話室の鉄扉が少し開いていることに気付いた。奥からはスタンドライトかランプの類だろうか、微かな光が漏れ出している。こんなクソッタレの八十六区で夢の世界に逃げず、夜更かしする物好きが俺以外にもいるらしい。

 カタカタとキーボードを打つ音が聞こえ、それが止まったと思えば何かに悩む唸り声が聞こえる。俺は先客に気取られないよう扉の隙間から中を覗く。

 声の時点で分かっていたが、先客はミレイユだった。彼女は旧世代もいいところの通信端末とにらめっこし、腕を組んで悩んだかと思えば再びキーボードを指で弾き始める。かと思えばまた手を止めて悩み始める。

 端末の画面は見えていないが、俺はそれが戦闘報告書だと分かっていた。他のエイティシックスが見ても同じ答えに辿り着く。なぜなら、その通信端末は「戦闘報告書を作成し国軍本部に送付する機能」しか無いからだ。他の戦隊と連絡を取り合うことも出来ないし、マインスイーパーやソリティアも遊べない。もちろんエロ動画だって検索できない。

 

「夜更かしはお肌の大敵ですぜ。お嬢様」

 

 このまま眺めていても面白くないので俺は声をかけることにした。ミレイユは咄嗟に端末と書類を隠そうとするが手遅れだと悟り手を引っ込める。見られたくないものを見られたのか、彼女は俺を睨みつける。まるで俺が着替えを覗いたみたいな反応だ。

 

「迂闊だったわ」

 

 そう呟くと彼女はため息を吐いた。手を差し伸べ、向かいのソファーに座るよう促す。どうやら客人として認められたようだ。

 

「ったく、何を真面目に()()()()()()()()書いてんだよ」

 

 俺達エイティシックスには戦闘後、報告書を作成して国軍本部に提出する義務がある――()()()()()()()()()()()。軍隊としては別におかしくないし、それが対レギオン戦術の改善になるのであれば書く甲斐もあるのだが、共和国(白豚)が報告書を読んでいないことからその義務は形骸化している。

 最初は真面目に書いている奴もいたそうだが、指揮官(ハンドラー)が読んでいないことを知ると毎回同じ内容をコピペしたり、罵詈雑言を書き連ねたり、「火を吹く大怪獣と戦った」「レギオンの産卵を目撃した」「レギオンが滅びました。もう安全です」などとデタラメを書いたりして遊ぶようになった。そして、今となっては誰も書かなくなったし、報告書の存在自体を知る者も少なくなった。

 夜なべして書いた報告書だって今頃、クソ指揮官(ハンドラー)達が収集したポルノ動画の海の底に沈んでいることだろう。

 ミレイユは俺から視線を反らし、指で髪をいじっている。仁王立ちして横幅を取っている体勢も今では肩を狭めて小さく縮こまっている。堂々と気丈に振る舞っている普段の彼女からは想像も出来ないしおらしさであり、彼女が女性であることをふと思いださせる。

 

「気になってるんでしょ。早く読みなさいよ」

 

 俺は「へいへい」と軽く返事しながら通信端末に手を伸ばし、どんなデタラメを書いて指揮官(ハンドラー)をおちょくっているのかと期待しながら目を通す。

 

「………………」

 

 まずハッキリ言っておこう。これは報告書ではない。小説だ。

 戦闘は現地で本当に戦っている人間だからこそ書ける臨場感のある描写が目を引き、戦隊員達の活躍は英雄譚のように美麗で詩的な表現で綴られている。戦闘以外でも、カッキが洗濯をサボった、ライオとマクサがボルトをコマに加工して遊んでいた、アサギが<ロシナンテ>にクレヨンで落書きした等々、他愛のない日常が朗らかに書かれている。

 

「なるほどな。栄えあるジョスラン騎兵隊の活躍を綴った一大叙事詩ってやつか。でもこれって――」

「勿論、検閲されるわ。私達の名前は削除されるし、指揮官(ハンドラー)の元に届いた頃には文章だってつまらない公文書の文法に則ったものに変換される」

 

 共和国は俺達エイティシックスを徹底して人間ではない存在として扱っている。人に進化し損ねた動物やジャガーノートを動かす処理装置(プロセッサー)なんてものがそうだろう。墓なんて人間的なものを作るのは禁止されているし、人間としての名前を持つこと、それを遺すことも実を言うと禁止されている。

 ――まぁ、俺達は無視しているけどな。あいつら戦場に来ないし。

 そんな共和国が戦闘報告書に有色種(コロラータ)の名前を記載することなど許容するはずがなかった。俺達を非人間扱いすることには大真面目な連中だ。ミレイユが精魂注いで書いた傑作も大要塞壁群(グランミュール)の中で跡形もなく改竄されていることだろう。

 

「ここで問題よ。その検閲作業は誰がやってると思う?」

 

 ミレイユはしっかりこっちを見て勝ち誇ったかのように腕を組み、したり顔を見せる。どうやら俺の憐みは杞憂だったようだ。

 

「共和国軍じゃねえのか?」

 

 ミレイユは「ハズレ」と言わんばかりに溜息を吐く。

 

「“人の形をした豚”から届くデタラメな文章から名前を消して、公文書のルールに則って書き直すなんていう地味な仕事をやりたがる人がいると思う? やったところで誰も読まない無駄な仕事を」

 

 これまでの指揮官(ハンドラー)の体たらくを考えれば、今の共和国にそれをやる人間はいないだろう。俺だって御免だ。

 

「答えはAI(人工知能)よ」

 

 俺は硬直した。瞬きも忘れる。意味が分からない。「共和国はAIの開発に失敗した」という経緯があるからこそ俺達がアルミの棺桶に乗って戦わされているからだ。そういう話の筈だ。

 

「レギオンに匹敵するものは作れなかったけど、文章を自動で作成したり、編集したりするレベルのものは戦前から存在して実用化されているの。政府や軍もAIを活用していたわ」

 

 ――そういや、スカベンジャーもAIだったな。

 

 俺は困惑した頭を落ち着かせる。レギオンという超高性能AIを搭載した兵器と戦っているせいか、AIというものは全部がレギオンのようなものだと考えてしまう。そういう先入観が自分にあるのだとたった今気付かされる。

 

「それだったら尚のこと絶望的じゃねえか。AIは酒飲んで仕事サボったりしねえからな」

「逆よ。むしろ勤勉なAIだからこそ可能性があるの」

 

 俺は首を傾げる。俺達の()()は白豚が怠惰だからこそ維持できるものだからだ。真逆の存在、勤勉なAIが検閲を代行している状況で希望が見えるなど想像がつかない。

 

「AIの学習用データとして戦闘報告書の()()が保存されているかもしれない」

 

 俺は驚きのあまり硬直した。思考は止まり、口も開いたまま動かず、瞬きだけはしていた。ミレイユから見れば、その時の俺はさぞ滑稽だっただろう。

 

「さっきも言ったように共和国は<ブックワームモデル>という文書の生成や編集に特化したAIを使っていたわ。政府や省庁、軍がやりとりする数十万とも数百万とも言える文書を自動で取り込んで、学習して、添削や校正、時には機密情報のチェックを行っていた。そして、私達の戦闘報告書を検閲しているのも<ブックワームモデル>よ」

「ん? ちょっと待て。『文書を“自動”で取り込む』ってことは――」

「もちろん。戦闘報告書も例外ではないわ。<ブックワームモデル>は全ての()()深層学習(ディープラーニング)の教材として国軍本部のサーバーに保存するの」

「マジ……かよ」

 

 俺達は、エイティシックスは死んだら何も遺らない。生きていた痕跡は抹消され、血肉は獣や虫の餌となり、いずれは骨も砂へと変わる。だからこそ生きている今が全てで、最後まで戦って生きることしか出来ないから、それを誇り言って自分の魂を慰めている。

 その前提が崩れた時、俺の中の誇りが揺らぎかけた。信じていたものが嘘だったと知ったかのような悲痛が胸に刺さる。

 

 “エイティシックスである自分”が崩れそうになる。

 

 ――だから、こいつは隠していたのか。

 

「ただ、これはあくまで可能性の話よ」

 

 自分の心情を汲み取ったのか、いや――確実に汲み取って、ミレイユはこれまでの全てを否定する。

 

「もしかしたら、私が八十六区に行った後に違うモデルを使い始めたかもしれないし、失業対策として人力でやっているかもしれない。それに私の仮説が正しかったとしても原文のデータを握っているのは共和国。その気になれば一斉に削除することだって出来る」

 

 泡沫の希望だった。ミレイユが熱心に書いているものだから、俺は勝手に期待し過ぎてしまったのかもしれない。やはり世の中そんなうまい話はない。特に八十六区だと。

 

「ちっ……結局、白豚の手の中って訳か。気に入らねえ」

 

 俺は舌打ちし、端末が乗っかったテーブルを足で小突く。我ながらひどい八つ当たりだ。

 

「何で睡眠時間を削ってでも書くんだ? どうせ消されるなら意味ねえじゃねえか」

 

 きつい言い方だとは分かっていた。意味無意味を問うなら、エイティシックスの生き方こそが無意味だ。レギオンを素通りさせて共和国の肝でも冷やさせればまだ意味はあったのかもしれないが、誇りだの何だのと言い訳しながら白豚の思惑通りに戦っている。――俺はそれが気に入らない。

 

「残るか残らないかは問題じゃないわ。こうして書いていることに意味があるの」

 

 そうじゃない。それは俺が求めていた答えじゃない。

 もう分かってしまった。ミレイユは()()()()()()()()()を持っていない。

 

「…………アンタは違うと思っていた。『惨めだけど誇り高く生きようとする自分』でマスターベーションする奴じゃないと思っていた。けど蓋を開けてみればそれ以下だ。ジョスラン騎兵隊? 突撃小隊? 旅立ち? ガキのごっこ遊びじゃねえか。そんなもんに付き合わされる俺達の身にもなってみろよ」

 

 ああ、認めてやる。俺はこいつに期待していた。前はレギオン、後ろは白豚、仲間は全員死にたがりのクソと死に損ないのクソ。そんな状況を打ち破ってくれると思っていた。今まで会ったエイティシックスとは違うこいつなら、どうしようもなく俺の中で燻っているものを掃ってくれると信じていた。

 

 ミレイユがそう言った訳でもなく、そう約束した訳でもなく、俺が勝手に期待して、勝手に見損なっている。ミレイユも同じ人間だということを無視して、彼女の手が震えていることも知らずに。

 

 気が付くと彼女の拳が眼前に迫っていた。戦隊長決めのデスマッチで勝利を掴んだ右アッパーは俺の顎を打ち飛ばし、その勢いで俺はソファーごと倒れる。天井を仰ぎ見る余裕もなく、胸ぐらを掴まれ、ミレイユに引き寄せられる。

 

「貴方にとっては遊びでも私にとっては本気なのよ。私は死ぬまで……()()()()、ジョスラン騎兵隊長でなきゃいけない。()()()()()()()()()()()()()()

 

 俺の野戦服に雫が滴る。ミレイユの顔は垂れ下がる銀色の髪で見えない。

 

「野戦服を着ても、ジャガーノートに乗っても、自分の人生を『最後まで戦い抜くこと』だなんて割り切れない。八十六区は私の全てを()()()()()()()()

 

「ああ。そうかい……次は悲劇のヒロインごっこかよ!!」

 

 俺は両手でミレイユの肩を掴むと頭突きし、怯んだ隙に鳩尾を足蹴りして突き放す。手に取ったスタンドライトを投げつけて視界を奪い、再び間合いを詰めて顔面にアッパーの仕返しを叩き込む。

 

「テメエの気持ちなんか知るか!! ここは八十六区だ!! 死ぬか死ぬまで戦うかの二択しかない場所だ!! 割り切れよ!! 捨てちまえよ!! 家族のことも!! 先祖のことも!! さっさと欠陥兵器(ジャガーノート)制御装置(プロセッサー)になっちまえ!! 楽になるぜ!!」

 

「捨てられる訳ないでしょ!! ジョスランの名も!! 騎兵隊長の座も!! 捨てたら、私はリーンに顔向け出来なくなる!! 私は、あの子の前に立ってなきゃいけないのよ!!」

 

 俺達は鼻から血を滴らせ、犬歯を剥き出しにして吠えながら、互いに殴り、蹴り、物を投げる。なんとも人間らしくない獣のような暴力の応酬を続ける。

 

「二人とも何してんの!?」

 

 ようやく物音に気付いたのか、ランカをはじめ他のプロセッサー達が談話室になだれ込み、俺とミレイユを羽交い絞めにする。身体を抑えつけられても闘争心は止まらない。この時は色々と言ってはいけないことを口にしていたらしいが、もう覚えていない。

 

「ああもう!!めんどくさい!!ライオ!! 二人ともぶん殴ちゃって!!」

「応!!」

 

 その晩の最後の光景は、ライオの腕の先についた岩石()だった。

 

 

 

 

 少年よ。殴り合え。

 拳でしか届かない心がある。

 ――ハリデ・ロウニ

 小説『落陽の中で』

 




オマケ 小説「落陽の中で」

タジクの曾祖父、ハリデ・ロウニの代表作。
移民政策初期の共和国を舞台に炭鉱労働に勤しむ移民の少年達と経営者一家の白系種の少年の交流と葛藤を描いた青春小説。緻密な取材と考察により当時の生活や人々の価値観をリアルに描写しており小説としてだけでなく歴史資料としても注目されている。

――とここまで言えば真面目な小説なのだが、作者(ハリデ)が地の文でツッコミを入れたり、第四の壁を越えて物語に干渉したり、逆にキャラクターが第四の壁を意識した言動を取ったり、自分自身をキャラクターとして登場させて活躍させたりとやりたい放題に大暴れしており、その作風は賛否両論が渦巻いている(他の作品もこんな感じ)。

主要登場人物の大半が有色種(コロラータ)なので現在の共和国においては焚書の対象となっている。
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