-86-外伝 最後の騎兵は白銀の棺に眠る   作:ジェイソン13

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みなさん!!長らくお待たせしました!!更新です!!


彼らは制御装置(プロセッサー)ではなく、戦狂いでもない。

 彼らは制御装置(プロセッサー)ではなく、戦狂いでもない。

 

 リーン・ノイマン

『対レギオン戦没者調査団サンマグノリア支部 調査報告書№SM-97840』

 

 今日ほどジャガーノートにショックアブソーバーが搭載されていないことを恨む日はない。平坦な土地を走るだけでシートを揺さぶる欠陥兵器は頬と顎の痣に響き、奥歯が欠けた歯茎から血が滲み出る。今はこの身で感じる全てが鬱陶しい。

 

「あぁ~痛ぇ~」

 

『タジクうるさい』とランカから、『お前、それ何回目だよ』とジュンナから非難が飛んでくる。何も言ってこないアサギとウルシからも知覚同調(パラレイド)を通じて冷たい視線が刺さり、ただでさえ快適とは程遠いシートが針の(むしろ)になる。

 

 

 

 ミレイユと喧嘩した翌日、目覚めの瞬間から最悪の気分だった。ライオに殴られて気絶した俺は、この一晩を冷たい男子便所の床の上で過ごし、ハエに小便を当てようと必死になるカッキの声で目を覚ました。

 児戯を見られた彼はそれを無かったことにしようと必死に澄まし顔を作り、『寝坊とは良い御身分ですね』とブーツで俺を小突いた。この扱いの酷さから、戦隊内における俺の評価がどうなったのかは察することが出来た。

 一足遅く食堂に行けば、朝飯で騒がしいはずの食堂はしんと静まり返り、まるで罪人のように椅子に座らされたミレイユが平静を装いながらも俺から目を逸らす。

 好都合だった。俺も、今は彼女のことを考えたくはなかった。昨日のことを穿り返されたくなかった。お互い時間と共に忘れて、あんな恥ずかしい喧嘩のことなんか古い写真のように静かに消えてしまえば良いと思った。

 

――戦隊員たちはそれを許してくれないようだが。

 

 両肩をライオに捕まれ、俺は無理やりミレイユの向かいに座らされる。これは処刑かはたまた裁判か、全員の視線が俺達に集まる。この場での発言、一挙手一投足が再評価され、今後の部隊内での立場が変わる。最悪、戦隊長交代なんてことも起こるかもしれない。

 始まりの合図のようにランカが手を叩く。

 

「さぁ~て、昨晩の痴話喧嘩について、詳しく聞かせてもらおうじゃない」

「そんな微笑ましいもんじゃねえよ」と俺は悪態をつく。

「じゃあ何なのよ」

 

 俺は一瞬、答えに詰まる。

 

「……まぁ、その、あれだ。夜中に喉が渇いてな。ちょっと水でも飲もうと歩いていたら、そこのアホが電気つけっぱなしで()()()()()()()()書いていやがったんだよ。模範となるべき騎兵隊長様がそんなことやってたら許せないだろ?」

 

 俺達、エイティシックスの営舎には灯火管制が敷かれている。「レギオンは夜目が効かない」なんてことは無いだろうが、人口の灯りがほとんどない八十六区の夜において営舎の灯りが目立つことは確かである。管制前は夜間に基地を直接襲撃された話もあったため、俺達は灯火管制を効果的なものだと認識して、珍しく律儀に白豚が作ったルールを守っている。

 更に言えば、ジョスラン騎兵隊は哨戒エリアを削減し、防衛ラインを狭めている。レギオンに基地を捕捉されるリスクが大きい戦術を取っている以上、ミレイユの真夜中の行いは戦隊員やメカニック達に袋叩きされても仕方のないものだった。

 

「で、ミレイユと喧嘩になったと」

「まぁ、ざっくりそんなところだ」

 

 あまりにも苦し紛れな言い分に疑いの目を向けられる。だが間違ったことは言っていない。俺が夜中に起きた理由も、ミレイユが灯火管制を守っていなかったのも事実だ。

 腕を組んで黙って聞いていたランカは俺を一瞥した後、ミレイユに視線を向ける。

 

「――って、そこの気取り屋は言ってるけど、実際のとこどうなの? 」

 

()()()()()ってどういう意味だ。まるで俺が嘘を吐いているみたいじゃないか。

 

 ミレイユは瞑目する。誰も答えを急かそうとしない。固唾を飲んで言葉を待つ。規律違反を犯して、袋叩きにされたとしても、彼女は()()()()なのだ。

 瞼が上がり、銀色の双眸がこちらに向けられる。今日、初めて彼女と目が合った。

 

「そうね。タジクの言う通り。昨晩の件は全て私に非があるわ」

「この戦闘報告書のせい?」

 

 俺とミレイユの間には昨晩の元凶、戦闘報告書を送信するためのタブレット端末が放り出される。昨晩の喧嘩で俺かミレイユか、はたまたは別の誰かに踏まれたのだろう。画面はひび割れ、フレームは真ん中から真っ二つに割れ、断面から割れた基盤や千切れた配線は零れている。復旧はまず無理だ。

 エイティシックスになれない、最期まで戦うだけの存在になれない彼女が精神の均衡を保つために書いていた自伝は、俺と彼女の記憶を除いて闇へと葬り去られてしまった。

 

「戦闘報告書じゃないわ。ただの悪口よ」

 

 ミレイユはそれでも気丈に嘘を振る舞う。それでも騎兵隊長であり続ける。

 

指揮官(ハンドラー)への嫌がらせのために毎日罵詈雑言を送り付けていたの。読まれないだろうけど、ストレス発散には丁度良かったわ」

「それをタジクに見つかって喧嘩になったと……なるほどねえ」

 

 筋としては通る。結論も俺としては好ましい落としどころに行き着こうとしている。だが、ランカはまだ腑に落ちないようで俺達に疑いの目を向ける。

 

「アンタ達って、そんな熱くなるタイプだった?」

「こんなバカげたことのために夜襲されるリスクを背負わされたんだぜ。そりゃ怒りたくもなるだろ。……まぁ、俺も色々溜まってたからよ。きつい言い方してた。ごめん」

 

 俺は罪悪感から視線を反らし、頭を下げる――という演技で多少のフォローを入れる。

 

「全ての責任は私にある。然るべき罰を謹んで受けるわ」

 

 そこから、ミレイユへの罰をどうするかで騎兵隊員たちの審議が始まった。灯火管制破りの罰則を白豚もエイティシックスも規定していなかったからだ。新入り達への見せしめとして重い罰を課す、戦闘に支障を来たすような罰は避けるべきだ、整備士たちにも意見を伺うべきだ、そんな意見が飛び交っていく。

 俺は先ほどの謝罪で放免となったのか、こっそりテーブルからくすねた食べられるプラスチック爆弾(クソマズレーション)を齧りながら、蚊帳の外から審議が終わるのを待った。

 ああ、やっと終わった。あの晩のことは、もう考えたくない。

 

「これがお望みか? 良かったな」

 

 そう皮肉ったジュンナに叩かれた肩は、ライオに殴られた顔面より痛かった。

 

 

 

 *

 

 

 

 ――ライオの奴、俺を殺すつもりだっただろ。

 

 前言撤回する。やっぱりライオに殴られた顔面の方が痛かった。ジャガーノートの中で脚部の振動が直に伝わり、歩く度に腫れた頬が痛み、取れかかった永久歯の奥歯がポロリとペダルの下へと落ちていく。

 運の悪いことに今日は“広域哨戒”の日だったのだ。防衛ラインを狭めて日々の哨戒にかかる労力を削減しているジョスラン騎兵隊だが、その外側を完全に放棄という訳にはいかない。基地の目と鼻の先でレギオンに生産拠点を作られたら困るし、対戦車地雷をばら撒かれても困る。そこで週に一度は戦隊を総動員して本来のエリアを哨戒、新しいレギオンの痕跡(足跡や折れた樹木など)が無いか丸一日かけて確認することにしている。

 要するに俺は丸一日、顔面の痛みに耐えながらジャガーノートを走らせなければならないのだ。<ロシナンテ>の故障で()()()()()()()()()()()()となったミレイユが羨ましい。

 

「――ッ!!」

『どうしたの? アルファウリス(タジク)。虫歯? ちゃんと歯磨きしたの?』

 

 こうなった原因のランカがわざとらしい声で煽ってくる。他の戦隊員からもクスクスと笑いを抑えた声が聞こえてくる。

「テメェらのせいだろうが……」と俺は言い返し睨む。お互いキャノピーの中なので顔は見えないが、知覚同調(パラレイド)で俺が睨んでいることくらいは彼女に伝わるだろう。

 

『ああでもしないとアンタ達、止まらなかったでしょ』

 

 ランカの指摘にぐうの音も出なかった。

 皆の制止が無ければどうなっていたのかは想像がつく。俺の惨敗だ。拳で戦隊長の座を勝ち取ったミレイユと姑息な手段で小隊長の座を獲得した俺では実力の差がありすぎる。

 

「けどよぉ。殴るのは良いとして、便所に捨てるのは酷ぇだろ」

『俺は殴って止めるだけのつもりだったんだがな』とライオが割って入る。

『女子共がミレイユを死体蹴りした挙句、担いで便所に放り捨てたんだよ。喧嘩両成敗だ。こっちもやらない訳にはいかないだろう』

 

 ――女子って仲良いのか悪いのか分かんねえ時あるよな。

 

 気絶したところを女子隊員達に両手足を掴まれ、女子トイレに放り捨てられるミレイユを想像すると少し笑えた。喧嘩じゃ負け知らずの騎兵隊長様がだ。

 

『タジク。どうするかは、アンタ次第だからね』

 

 身体が強張り、操縦桿を握る手に力が入る。

 分かっていた。全員が俺とミレイユの言い分に納得していないことも、後の任務に差し障るから“とりあえずそういうこと”で無理やり収めてくれたことも、本当の喧嘩の理由を見透かしていたことも。

 

 でも、俺は――

「どうするって、()()()?」

 

 ――しらばっくれた。ランカ、ライオ、ジュンナ、マクサ、カッキ、俺はお前らが思っていた以上に俺は馬鹿で、意地っ張りで、感情に支配された愚か者だったみたいだ。

 

『……ごめん。勘違いだった。じゃあ、切るね。哨戒に集中したいから』

 

 ランカとの知覚同調(パラレイド)が切れる。こんな酷い返答で他の騎兵隊員からの信頼も損ねてしまうのは当然のことだろう。彼女らが敷いてくれた本当の解決のレールを蹴飛ばしてしまったのだから。これを機にジュンナ、ライオ、マクサ、カッキら小隊長各位の接続も切れた。

 

 第一小隊長タジク・ロウニを見限ったかのように。

 

 

 

 

 彼らは制御装置(プロセッサー)ではなく、戦狂いでもない。

 喧嘩して、不貞腐れて、意地を張って、感情で最適な解決策を選ばない、そんな不合理さを残した少年少女だ。

 絶死の戦場でそれらを手放さなかったことを私は人としての強さだと思いたい。

 

 リーン・ノイマン

『対レギオン戦没者調査団サンマグノリア支部 調査報告書№SM-97840』

 




ジョスラン騎兵隊のゆかいな仲間紹介

(この子達すっかり忘れてた)

【名前】ランカ・ミナモ
【性別】女性 【年齢】15歳
【人種】極東黒種(オリエンタ)
【国籍】なし(エイティシックスは人ではない為)
【所属】共和国南部戦線第二線区第一防衛戦隊“バルディッシュ”
(通称:ジョスラン騎兵隊)
【経歴】
パーソナルネーム<キタルファ>
明るくお喋り好きで世話焼きたがりだが、要領が悪く、間も悪い。
しかし悪運だけは強く、戦場では半分パニックになりながらも
なんやかんや戦果を残して生存している。
タジクとは3つ前の戦隊で一緒だった。
プロセッサーとしては「落ち着きが無くて、ちょっと心配(号持ち基準)」


【名前】ウルシ・モクレン
【性別】男性 【年齢】10歳
【人種】黒鉄種(アイゼン)
【国籍】なし(エイティシックスは人ではない為)
【所属】共和国南部戦線第二線区第一防衛戦隊“バルディッシュ”
(通称:ジョスラン騎兵隊)
【経歴】
収容所で生まれ育ち、死に損なった最後の世代の少年。
素直で若干臆病な性格。
まともな訓練も受けられず、ジャガーノートを走らせるだけで嘔吐する有様だったが、
騎兵隊での再訓練で頭数に入る程度には実力をつけた。
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