-86-外伝 最後の騎兵は白銀の棺に眠る 作:ジェイソン13
絶滅を約束された戦場でどんな未来を見ろと言うのか。
俺たち第一突撃小隊が担当するのは哨戒エリアの北側だった。地形効果でレギオンの侵攻が緩やかな南部戦線、その中でもとりわけ丘陵や渓谷が険しい地帯。一歩外せば滑落する崖っぷち、ジャガーノートの重さに耐えきれなさそうな大戦前の橋、そして陽光が届かず全てを飲み込む暗闇の谷底やその他諸々、他の戦線では見られない起伏に富んだ地形が命の危機を以って俺達に緊張と興奮を与えてくれる。
最後の哨戒エリアは高さ三百メートル超の超巨大ダム<アラージアジュール>の下流側だった。
「C45、異常は……無いみたいだな。ウルシ。そっちはどうだ? 」
『C46、異常なしです』
再訓練の成果があってか、ウルシはいちプロセッサーとして使い物になるくらいには成長した。誰かさんと違って素直に命令も聞いてくれるので今後も部下として大事にしたい。
「終わりだな。アサギ、帰る、ぞ?」
驚きのあまり変な口調になってしまった。<アルファウリス>のガンカメラを向けた時、アサギは<ナイトノッカー>の前肢をダムにこすりつけて蝶の絵を描いていたのだ。
『ちょっとまって。もうすこし』
「……」
彼女が遊んでいること自体はいつものことだ。戦闘以外では全く役に立たないプロセッサーなので、むしろ俺から「その辺で遊んでいろ」と指示していた。
『隊長!! どうしたんで――ええっ!?』
駆け付けたウルシも吃驚のあまり声が裏返る。ああそうだろ。そりゃ驚くだろう。たったの十数分でモルフォ蝶の壁画が、鱗粉の感触まで伝ってくる精巧な芸術作品が出来上がっていたのだから。<ナイトノッカー>の足で描いたなんて、想像できる奴がいたら、そいつは頭がおかしい。
『隊長……ジャガーノートってあんな機能ありました?』
「知らなかったのか? 元々お絵かきロボットだったんだぜ」
『僕達、お絵かきロボットで戦っていたんですね……』
「冗談だ。馬鹿」
アサギに「帰るぞ」と
『あの……どうします?』
「好きにやらせとけ。そのうち飽きる」
俺は<アルファウリス>の胴体を降ろし、待機姿勢に移行。キャノピーを開けて、数時間ぶりの外の空気、腰を延ばせる広々とした空間を堪能する。西へ傾いた夏の日差しに頬を照り付けられながら、ガンカメラの狭い視野では把握できなかった環境を五感で確認する。
ジャガーノートがダムの壁をガリガリ削る音を聞きながら、青空の中で流れる雲を眺める。風で揺れる木々の音が心地よく、ここが
――俺……なにやってんだろうな……
それでも憂鬱が晴れることはない。昨晩の喧嘩はミレイユに泥を被せ、見え見えの嘘で上辺だけの和解をして、戦隊員から白眼視される最悪の後味を残して終わったのだ。皆が俺に何を望んでいたのか理解した上で安っぽいプライドを優先して気遣いを踏み躙ったのだ。自業自得だ。ざまあみろ。
<ナイトノッカー>がガリガリとダムの外壁を削る音が思いのほか鬱陶しかった。俺は<アルファウリス>のキャノピーから飛び降り、「小便してくる」と告げて下流側に設置されていた水力発電所の陰に向かう。実際のところ尿意は無かった。とにかく今は一人で、静かな場所でゆっくりしたかった。
物陰に入ると遺体があった。大戦前に最後の務めを果たしたのか、果たそうとしたのか、このダムの職員と思しき亡骸だった。獣に食い荒らされて服は破れ、血肉も貪り尽くされ、今は砕けた骨だけが転がっている。
死人ですら自分を一人にさせてくれない。そのイライラを俺は転がっていた頭蓋骨を蹴飛ばすことで八つ当たりする。
中身も既に空っぽなのだろう。カランコロンと子気味の良い音を立てて、日陰の奥へと消えていく。
日陰の奥から一点の青白い光がこちらを
――自走地雷!!
けたたましい駆動音を立てて、爆弾の詰まったブリキ人形が接近。俺は反射的にライフルを構えて引き金を絞る。射出された弾丸はブリキ人形の胴体に幾つか穴を空けるが足が止まる気配はない。
だが焦りは禁物だ。まだ距離はある。このまま撃ち続ければ――ライフルが硬直した。フルオートで射出された弾丸の雨は止まり、トリガーも固くなる。
射撃が止まった一瞬の隙に自走地雷が迫る。頭部に見立てた鉄板に最低限のカメラとセンサーを備え、爆弾の詰まった鉄の箱に棒のような手足をつけただけのレギオン製兵器。世辞でも立派とは言えない、ハッキリと言ってダサい姿の敵を前に、俺の脳裏に“死”が過る。
ジャガーノートを駆って、
――こんなところで終わりたくねえ。ふざけんな……ふざけんな!! チクショウ!!
俺はライフルを投げ捨て、ブリキ人形に背を向けて走る。自走地雷は時速五十キロで走り、疲労することがない。数刻もあれば追い付かれるし、仮に追い付かれなくても一定の距離まで近づけば自爆による炎と破片で俺を殺すことができる。
勝算なんて無かった。敵に背を向けて情けなく逃げることしか出来なかった。だが無情にもブリキ人形の駆動音が近づいてくる。
「……ッ!!助けてくれ!!自走地雷だ!!」
死を前にして、俺は安っぽいプライドをかなぐり捨てた。
角を曲がり、建物の表へと飛び出す。今のカーブで曲がり切れなかったブリキ人形は脚を滑らせて転倒するが、ジャガーノートのように両手足で這い、俺の尻を追いかける。二足歩行の時よりも速い。
『隊長!!伏せて!!』
一か八か、俺はウルシの言葉を信じた。地面にダイブし、両手で頭を隠し、耳を塞いで伏せる。視界はコンクリートの地面でいっぱいになる。自分の命を彼に預けた。
背後で何が起きたのかは音でしか分からない。十二.七ミリ重機関銃の掃射、地面に落ちていく空薬莢、止んだ駆動音、爆発、そして俺の身に熱波と破片が降り注いだ。
「やったか……?」
俺は恐る恐る頭を上げる。見えたのは銃口から硝煙を上げるウルシのジャガーノートだった。彼がやってくれた。ミレイユが始めた数ヶ月の再訓練は、機体を走らせるだけで吐いていたようなガキを戦友に変えてくれたのだ。
身を転がして上体を上げ、爆散した自走地雷の破片を視野に入れることでようやく胸をなでおろす。
*
あれから数分後、スミリヤ画伯はダムのモルフォ蝶に満足したようで俺達の帰投命令にようやく応じた。
日が傾き、空と大地が赤く染まる中、俺達は基地に向けてジャガーノートを走らせる。自走地雷に殺されかけたことで高まっていた脈拍と呼吸はまだ収まらない。傍目では落ち着いたように見えただろうが、その内はずっと熱が籠っていた。
三者三様に黙ってアルミの棺桶で揺さぶられる中、俺が口を開く。
「ウルシ……ちょっと良いか?」
『あ、はい。どうしました?』
「もし死に方を選べるとしたら、どう死にたい?」
『――ごめんなさい。思いつかないです』
何の脈絡もない、あまりに唐突な質問にウルシは戸惑った。
『ただ……死ぬなら、白豚に見つからないところで死にたいです。あいつらに蹴飛ばされて弄ばれるのは
俺達の世代にはまだ
『隊長はあるんですか? 死に方の希望』
「因縁の宿敵と一騎討の果てに、相討ちで死にたい」
昔、八十六区の廃墟で拾ったコミックがそういう話だった。ろくな娯楽を知らない十一歳の俺はえらく感動して、その戦隊にいる間はずっと隠し持っていた。
『いるんですか? 因縁の宿敵』
「いねえよ……ただ、そういう死に方したら、
俺の言っている意味が分からず、ウルシは困惑する。それもそうだ。記録に残らず、いずれ全滅して記憶からも消える俺達に死後の評価を気にする奴なんていない。遂に俺の気が触れたと思っているのかもしれない。
死後の世界なんて期待しちゃいないし、導いてくれる<死神>もいない。
けど、この隊には未来に残してくれる
今更になって、俺はそれに気付いたんだ。
「悪い。みんな付き合ってくれないか。俺の一世一代の大懺悔に」
素直に「ごめんなさい」と言う決心がつくまでに2話かかる男 タジク・ロウニ