-86-外伝 最後の騎兵は白銀の棺に眠る 作:ジェイソン13
お待たせした分、今回は少し長めです。よろしくお願いいたします。
ジョスランの名を辿る者のために
「悪い。みんな付き合ってくれないか。俺の一世一代の大懺悔に」
繋がる直前、俺はそう独り言ちた。
同調対象 ジョスラン騎兵隊 全プロセッサー
アサギ、ウルシとだけ繋がっていた
俺が戦隊員全員を繋いだことに文句を言う奴はいなかった。顔を見ていなくても各々がどう思っているかは伝わってくる。ライオ、マクサ、カッキは「待ってました」と言わんばかりに目を輝かせ、ランカは反省に丸一日かかった俺に呆れて溜息を吐いている。ジュンナは聞こえるように「チッ」と舌打ちするが嫌悪感はそれほど伝わってこなかった。
罵倒の百や二百は覚悟していたが、俺は俺が思っているほど見限られていなかったようだ。
皆は口を閉ざし、聴衆に徹する。
「八十六区に舞い降りた銀灰の
『〈ロシナンテ〉、了解。ご苦労だったわ』
ミレイユの声が届く。灯火管制破りの罰でトイレ掃除中の身だというのに皆の前で勇ましい騎兵隊長様として振る舞う。
「楽しいピクニックだったぜ。<ロシナンテ>も気が利かねえよな」
本来は総員出動の広域哨戒だが、今回ミレイユはお留守番だった。
理由は先述の通り、ミレイユのジャガーノート<ロシナンテ>の故障である。戦闘中の急加速と急制動で貧弱な足回りを酷使する彼女の戦法ではよくあることだが、運の悪いことに交換部品の枯渇が重なった。
ジャガーノートの部品は基本的に行政八十五区から補給されている。以前は過剰とも言える供給が常態化していたため、部品の枯渇なんてことはまず起こらなかったが、ここ最近は白豚からの補給が滞るようになり、プロセッサーの目からも分かるくらいに基地の資材は減少していった。レギオンの
『お陰で罰のトイレ掃除は捗ったわ。みんなも寝られるようにピッカピカにしておいたから』
「ははっ。今晩、女子はトイレでお泊り会だな」
『それじゃあ、男子は男子トイレね。そっちは掃除してないから』
「俺は1回寝たからパスで。………………」
言葉が詰まる。喉から出て来ない。洒落たトークで場を温めて、機を見て謝ろう。覚悟を決めて、戦隊全員を巻き込んで、それでも小細工を弄する自分の姑息さに苛立つ。
気が付くと俺は自分の顔面を殴っていた。
ミレイユも戦隊員達もただならぬ音で戸惑う中、俺は薄っぺらいプライドを振り払い、ちっぽけな勇気を振り絞り、言いたかったことを吐き出す。
「ミレイユ。――俺が悪かった。あれは全部、俺の八つ当たりだ」
ああ。ようやく言うことが出来た。モヤモヤしていた頭がスッキリする。
「俺は収容所に入る前のことを覚えていない。家族の顔も名前も、好きだった絵本も、将来の夢も全部忘れた。エイティシックスになるために、この八十六区で生きるために
エイティシックスが生きるために捨て去ったものが心の奥底から湧いてくる。一切濾過されること無く、言葉として口からあふれ出してくる。こんな弱音を――本音を誰かに吐き出すなんて思わなかった。生の感情をぶつけられたミレイユも驚いて硬直している。
『妬まし……かった……?』
「ああ。妬ましかった。けど俺はそれを認めることが出来なかったし、嫉妬なんて甚だしいと思うくらいお前は強くて優秀だった。だから『俺と違う世界で生きている存在』だと、そう思うことで、俺はこの感情に決着をつけるつもりだった。
けど、昨晩の
そうしたら、怒りが湧いてきやがった。
俺と同じガキなら、お前との差は何なんだ? 何もかも捨てて来た俺と全部抱えてここまで来たお前との差は何だ? 俺が弱かったからか? 俺が馬鹿だったからか?
何も捨てずにここまで来ることが出来たなら、
八十六区に負けた俺が、
あまりにも惨めじゃないか。
だから俺は、お前を墜としたかった。穢したかった。過去も未来も捨てて、ただ
だから……、昨晩のあれは俺の嫉妬と八つ当たりだ。お前に勝手に期待して、勝手に裏切られたと思い込んだ俺の暴走だ。お前は、何も悪くない」
いつの間にか視界が滲んでいた。視線は大腿へと下がり、戦隊服には水滴の沁み込んだ跡が残っていた。いつの間にかジャガーノートは脚を止めていた。声も変だ。鼻を啜る音が止まらない。
自分の気持ちを整理するので手一杯だ。戦隊全員に醜態を晒していることを恥ずかしがる余裕も、俺の気色悪い心中をぶつけられたミレイユがどう受け取っているかなんて考える余裕もない。
ただ――、彼女の深く息を吸う音が、霧を裂く風の如く響いた。
『タジク。貴方は惨めじゃないし、
彼女の言葉は重く、強かった。ずんと、鳩尾に拳サイズの鉛を叩き込まれたような感覚に襲われる。泣いている部下を前にしてミレイユは聖女のように諭すことはない。
『まだ戦っているから苦しんでいる。まだ戦っているから、傷が増えるし、痛みも増える。だから、貴方はまだ負けていないし、膝を折らない限りは負けじゃない。それでも――』
一瞬の戸惑いで言葉が途切れる。彼女が今どんな表情をしているのか、
『それでも、もし一人で負けそうになるなら、私が背中を蹴飛ばす。
過去も未来も取り戻すことが出来ないなら、私が
数百年続く騎兵達が積み上げた歴史と、後世に語り継ぐ栄光を背負わせてあげる。
だから、それらに恥じないよう誇りなさい。
ジョスラン騎兵隊第一突撃小隊長 タジク・ロウニ
タジクだけじゃない。ここにいる全員を、もう旅立ってしまった者達も、私は書き残す。あの小説はもう自己満足のために書かない。誰も
「連れて行くって、……どこに?」
『未来に。歴史好きの誰かがジョスランの名を辿って、私達を見つけてくれる未来に』
それは数十年後の話だろうか、数百年後か、千年後か。全人類がレギオンに敗北すれば、永遠に忘却の彼方かもしれない。それでも
「ああ、良いな。それ」
満たされていく。過去を失い、未来を失い、戦友でも、仲間でも、戦場でも埋められなかった、空っぽだった自分の中身が熱い何かで満たされていく。アルミの棺桶の
俺だけじゃない。戦隊全員に繋いでいた
『あー、ところで聞きたいことがあるんだけどさ。小説って何?』
聞き手に徹していたランカが水を差すように問う。挙手もしているだろう。
『書いてたの戦闘報告書じゃねえのか?』とジュンナも疑問に続く。
ミレイユの自伝小説は本人と偶然見つけた俺だけの秘密だった。戦隊員たちが仲裁しに来た頃にはタブレットはどちらかに踏まれたことで故障しており、中身を見る事は出来なかった。翌朝の反省会ではお互いに口裏を合わせて「戦闘報告書を書いていた」と言ったので、俺は懺悔すると同時に彼女の秘密を戦隊全員にバラしたことになる。懺悔ってなんだっけ?
ミレイユは口を噤むが、黙っていても仕方ない。とりあえず俺からバラすことにした。
「あー、実を言うとな。戦闘報告書用のタブレットで小説を書いていたんだよ。自伝小説って言うのかな? 俺達のことも書いてあったぜ」
『面白かった?』
「ノンフィクションだからエンターテインメント性には欠けるが、文章は上手かったな。さすがお嬢様。良い教育を受けてらっしゃる」
『それ読みたいんだけど』『俺達のことどう書かれているのか気になるしな』『ぼくも読んでみたいです』『むずかしい文字あったらどうしよう』『そもそも文学少女ってイメージじゃねえ~』
『あ、ああ、うぅぅぅぅ……』
ミレイユが呻き声を上げている。
バラした俺に言う資格は無いんだろうけど、お前ら、そろそろやめてやれ。あいつ今すっげえ恥ずかしがってるぞ。
『だから、隠していたのにぃぃぃぃぃ……』
先ほどまでの威風堂々とした態度はどこへ飛んでいってしまったのか。半泣きでしおらしいミレイユの声という超稀少なものを聴くことが出来た。ついでにその姿を見られないのがなんとも残念だ。
『ランカ・ミナモちゃんは絶世の美少女って書いてね。ミレイユ』
『私は参謀でお願いします。神機妙算の智将カッキ・ユリシャ。うん。最高ですね』
『俺のことは素手で
『ジュンナもリクエストしなよ』
『え? えっ? えーっと、じゃあ私は頭が三つあって、腕が六本あって、角と牙があって火を吹いて……』
『僕は翼があって空を飛べて』『ぼくは伝説の剣に選ばれて』『私は悪魔と契約し闇の力で』『私は銀河航行戦艦を守る魔法少女で――』
『お前ら!! ウチをモンスター軍団にすんじゃねえ!!』
マクサが一喝。そこから連鎖して全員の笑いが一気に盛り上がる。俺の大懺悔なんてもうどこかに吹き飛んでしまったようだ。
「あ、ミレイユ。俺の肩書は副長で――『駄目よ』
場の流れに乗じてさり気なく頼んでみたが、明瞭な意思で、凛冽な声でキッパリと拒否された。絶世の美少女とかバカ智将とか素手でレギオン倒すゴリラとかは良いのかよ。
「
意表を突かれ、ミレイユが一瞬固まった。
「俺と殴り合ってた時に言ってただろ。『リーンに顔向けできなくなる』って」
ミレイユから羞恥心が一気になだれ込むが、彼女はすぐに冷静さを取り戻して、諦めて、ふぅと息を吐く。張り詰めていた彼女の緊張が解れた。もう何も隠す必要が無くなったのか、ようやく素のミレイユ・ジョスランが見えてきた気がした。
『御明察の通り、リーンが<不在の副長>よ。名前はリーン・ノイマン。
レギオン支配域の、境界線の向こう側――すなわちギアーデ帝国のことだ。レギオンを生み出し、レギオンに滅ぼされた亡国の民。共和国より、エイティシックスより、生存は絶望的だ。
「まだ、生きていると思うか?」
『私の無茶ぶりに八年近く付き合えたもの。国が滅んだって生きてるわ』
「そりゃとんでもねえ傑物だ。俺なんかじゃ務まらねえな」
『それに……死んでいたとしても副長の座はリーンのものよ。リーンがそこにいる限り、私は騎兵隊総長でいられる。
ミレイユがどうして「ジョスラン騎兵隊総長」なんて道化を演じられたのか、どうして過去も未来も捨てずに
リーン・ノイマンという<不在の副長>――彼女がミレイユを支え、手を引き、時には背中を蹴飛ばし、彼女をここまで連れて来たのだ。
最初から俺には無かったものをミレイユは持っていた。諦めるには十分な答えを得られて、俺はようやく肩の荷が下りた。これで諦められる。これでミレイユに嫉妬せずに済む。
「騎兵隊長ごっこをやりながら
『えっと……前々から聞きたいと思っていたけど、その
まさかの質問に俺は固まる。
「
『ごめん。知らない』
再度、訊き直してもミレイユの回答は変わらなかった。仕方ない。
『あの、僕も知らないので教えてください』とウルシが声を上げ、彼に続いて他の新入り達も『僕も』『私も』と声を上げていく。
『これだから最近のガキは……マジで<アンダーテイカー>を知らねえのかよ』
『仕方ないでしょう。もう死んだ人なのですから』
『メカニックから聞いたことあるけど、そんな人本当にいたのか疑問だなぁ』
「それでも教えてやろうぜ。実在するかしないかは大した問題じゃねえ。そいつの存在を信じていることに意味がある。神様って大概そういうもんだろ?」
パーソナルネーム <アンダーテイカー>
別名『東部戦線の死神』
だが、同時にそいつには不吉なジンクスがあった。
<アンダーテイカー>がいる部隊は全滅する。
死神に責任は無かった。別に逃げ回っていた訳でも足を引っ張っていた訳でもない。むしろ、その撃破数で部隊員の寿命を延ばし、
だが<アンダーテイカー>は強すぎた。蝋で出来たイカロスの翼が太陽に溶かされたように、彼が所属する戦隊は通常の数倍規模のレギオン部隊が向けられ、徹底的に潰された。何度も何度も全滅させられたが、同期が死のうと、新人が死のうと、戦隊長が死のうと、<アンダーテイカー>だけは生きて帰って来た。
そして今から二年ほど前、<アンダーテイカー>は
「メカニックから聞いた話だと、そいつは格闘用アームに高周波ブレードをつけてレギオンをぶった切っていたらしいし、パーソナルマークも『スコップを担いだ首の無い骸骨』と悪趣味なものだったらしい。頭のネジが何本か抜けていたんだろうな」
『確かに
まるで自分が使ったことあるかのような言いぶりだ。念のため「使ったことあるのか?」と問いかけてみる。
『昔の戦隊で整備班に嫌がらせで装着させられたわ。『白豚のお嬢様。在庫処分にご協力ください』ってね』
想像以上に酷い経緯だったし、彼女がそうされる理由にも(当人に全く非が無いとはいえ)納得してしまう。そこまで嫌悪されながら、よくここまで生きて来られたものだなと素直に感心する。
『確かに接近すれば強力なんだけど、ブレードの角度調節がマニュアル操作で少しでも角度を誤るとすぐに折れるクソ兵装だったわ。二度と使いたくないし、考えた奴をぶん殴りたいわ』
「おうおう。その調子だ。殴るついでに居住性の向上も訴えといてくれ。シート固いしペダルもレバーも人間工学を全く考慮してないしキャノピーは虫が入るくらい隙間があるし」
『で、私のどこが死神ごっこな訳?』
趣味の悪いパーソナルネームとマークを持つ頭のネジが外れたプロセッサーと同類と評され、ミレイユお嬢様は少しご機嫌斜めのようだ。
「俺達を連れて行ってくれるからさ。二年前、<アンダーテイカー>も死んだ仲間の破片を拾い集めて、全部背負って、その魂をどこかに連れて行ってくれたらしい」
『……』
ミレイユがこれから為そうとすること、<アンダーテイカー>が二年前に成し遂げたこと、二人は計らずしも同じ道を辿ろうとしている。激戦区・東部戦線のトップエースが歩んだ道、そして変えられなかった死の運命は、まるでミレイユの未来を暗示しているかのようだった。
「そういえば、<アンダーテイカー>の名前も教えてもらってたな。なんだっけ? えーっと、シン……シンレイ・アーメン。いや、なんか違うような……」
『それって、もしかして、シンエイ・ノウ―――――――――
*
「それがミレイユとの最後の会話だった」
連邦軍が接収した共和国軍本部の一室、そこで俺は戦没者調査団の女から取り調べを受けている。
<不在の副長>リーン・ノイマン。ミレイユの言った通り、
「大攻勢の直前、俺達の基地はレギオンの長距離砲でぶっ飛ばされたんだ。とっくの昔に位置を特定されていたんだろうな。あいつは哨戒エリアを狭めたツケを払う羽目になったんだ」
視線はやや下を向いている。テーブルの上で組んでいた手は震え、それを抑え付けようと指が強く絡まる。副隊長様と言っても連邦のいち市民だ。親友の死はさぞ堪えただろう。
「俺の話はこれで終わりだ。悪いな。副長殿。良い報せが出来なくて」
「そう……
「いや、これで終わりだって」
「まだ終わりじゃない」
翠緑種《ジェイド》の瞳が俺を真っすぐと見据える。親友の死という現実を受け止めても尚、彼女は揺らがない。政情が崩壊している共和国にまで来て求めたものが残酷な結末であっても飲み込み、毅然とした態度で俺に対峙する。
内心一般人と見くびっていたことを見透かされたのか、俺は彼女の双眸に怯え、竦む。
「ミレイユが私を副長と言ってくれるなら、貴方達がそれを認めてくれるなら、私にはまだ副長としての義務が残っている」
ジョスラン騎兵隊副隊長リーン・ノイマン。彼女もまたミレイユに背負わされたのだろう。騎兵達が積み上げた数百年の歴史を、後世に栄光を語る義務を。レギオン大戦の間、境界線の向こう側で一人、その重みに耐えた彼女の言葉の迫力は前線に立つミレイユに劣らなかった。
「話して。貴方達の――ジョスラン騎兵隊の
狂奔を共にした同志達よ。
血の縁も、地の縁も、夢も、未来も失った同志たちよ。
ただ敵を屠る一振りの刃となった同志達よ。
お前達の名を、生き様を、死に様を、ここに記そう。
ジョスランの名を辿る者のために。
――女王陛下のお通りだ。道を開けるぞ。騎兵隊。
次回