-86-外伝 最後の騎兵は白銀の棺に眠る 作:ジェイソン13
本書は、無人兵器<ジャガーノート>および低知能型制御装置の運用に関する技術的指針を、管理責任を有する士官向けに編纂したものである。
数ヶ月前――
「こんっっっのポンコツプロセッサー共が!!」
バルディッシュ戦隊――改め、ジョスラン騎兵隊の整備ドッグで怒号が飛ぶ。声と共に飛んできたモンキーレンチを
「
俺達を叱責するのは鬼の整備班長ことオグリ婆さんだ。七十歳を越えて腰も曲がり、基地の誰よりも小柄な体格だが、整備班の男勢や筋肉ゴリラのライオを相手に平然と啖呵を切るクソババアだ。彼女があと二十歳若ければ、きっと素手でレギオンを滅ぼして共和国に勝利を齎していただろう。
「ですがオグリ殿。それに見合う戦果は――「お黙りっ!!ジョスランの箱入り娘が!!」
ミレイユは小さな声で「はい」と答えるとやや縮こまる。さすがの騎兵隊長殿も彼女には叶わない。気のせいか彼女の身長が数センチ縮んだ気がする。
「次ドリフト機動やったらペダルをガチガチに締めるぞ!! 覚えておけ!!」
「イエス……マム」
「タジク!! <ナイトノッカー>も真似して脚が馬鹿になってんだ!! アサギにしっかり言っときな!!」
「イエス、マム。一応言っとくけど、せめて本人も呼び出してくれよ」
「あの子、呼んだって来ないし話も理解しないだろ」
ごもっともである。最初の内はアサギもミレイユと一緒にここで叱責されていたのだが、さすがは戦場と公園の区別がついていない頭がパーな子。婆さんの話を理解していないのかニコニコと子どもみたいな笑顔で聞き、ふと目を離すと工具や機材で遊び始めたので、オグリ婆さんはアサギの指導を諦めた。
あいつは今頃、近くの森で昆虫採集にでも勤しんでいるだろう。ついでに動物か魚でも狩って夕食のおかずを増やしてくれることを祈る。
「ところでお前達、
なんだその三流シネマの安い悪役みたいな名前と思いながら俺はかぶりを振る。ミレイユも同じようだ。
「
彼女は隊舎の裏で栽培したタバコの葉巻を吸い、先端から煙が上がるそれで補給物資を積んだコンテナを指した。白豚からの定期便で補給されるもので中身は弾薬、ジャガーノートの消耗パーツ、食べられるプラスチック爆弾あたりだ。
「補給品目は『ジャガーノートの操縦マニュアル』」
「『燃えるゴミ』の間違いじゃないかしら?」
「んなもん、ケツ拭く紙にすらならねえよ」
最前線でジャガーノートを乗り回す俺達にマニュアルを送り付けるなんて随分と手の込んだ喧嘩の売り方をしてきたものだ。
いや、もしかすると隊員の半数が
まず、マニュアルと実機の乖離が酷い。これを書いた奴はジャガーノートを見た事がないのだろう。形状が違う、計器パネルの位置や数が違う、表示している数値の単位が違う、スイッチのONとOFFが逆になっている、etc……なんてのはまだ可愛いもので、極めつけは
「まぁ、落ち着きな。中身は別物だ」
オグリ婆さんは書類を束ねるクリップを外し、中身をテーブルへと広げる。表紙はかの悪名高い「M1A4<ジャガーノート> 低知能型制御装置搭載機 運用マニュアル」だったが、中身は俺の記憶と異なっていた。
「……マジかよ。正気の沙汰じゃねえぞ」
中身は共和国南部戦線の地図だった。数十ぺージに分割された地図には南部戦線の地形、大戦前の市街地の地図、基地から
エイティシックスの反乱を防ぐためか、共和国軍は俺達に地図を提供していない。部隊の再編成で空輸する際に窓を閉じ、わざと蛇行して方向感覚を狂わせるくらいには機密情報として扱っており、俺達はここが八十五区から見て東西南北のどこなのか、そしてレギオンがどの方角から来るのかしか教えてもらえない。
あろうことか、
彼女は共和国軍人なのか、それともスパイとして潜り込んだ反体制派なのか。俺は探るために地図の端や裏側に何か書かれていないか目を凝らす。地図を送った意図を読み取れないか、地図を見返りに反乱を呼び掛けたり、協力を仰いだりするような言葉が書かれていないか――しかし「
「
「もしかして、知り合いか?」
「聞いたことないわ。けど、何か引っ掛かるのよね」
ミレイユは胸を支えるように腕を組み、首を傾けてうんと唸る。
「ブラッディレジーナ、ブラッディレジーナ、ブラッディ、レジーナ、ブラッディ、レーナ……」と声に出して反芻する。俺は彼女が何か思い出すことを期待して耳を傾ける。
ミレイユの口が止まった。彼女はその答えが信じられないようで目を丸くし、口を手で覆う。顔と手の隙間からは「まさか……」「いや、でも彼女なら」といった声が漏れる。
「レーナ……ヴラディレーナ・ミリーゼ」
*
『国軍本部の人員は対人地雷の除去および
ここが最後の戦場だ。ここが辿り着いた場所だ。ここで暴れて、一機でも多く道連れにして、ここで死のう、ここで滅ぼう。そう固めた決意に
八十五区内への集結と応戦――事実上の後退だが、戦線を縮小させることで兵力が集中し密度の高い防衛陣地の構築、戦隊と物資生産拠点の距離短縮による効率的な補給線の展開が可能となる。レギオンという大規模戦力に対し、数少ない欠陥兵器で立ち向かう共和国としては常套な戦術だ。
集結するのがレギオンより先に白豚を虐殺しかねない、それをやるだけの理由がある
『全てはこの日のために、誇りを守るために、最後まで戦いましょう』
【来たる日に女王陛下の御勅命が下る。すみやかに陛下の御前へ参集せよ】と、俺達は既に告げられていたのだ。
しかし、
「これ……どうするの?」とランカが戸惑い、周囲の反応を見ようと視線が彷徨う。
「白豚の言うことなんて信じられるか。罠に決まってる」
ジュンナは唾と共に吐き捨てた。
それをライオが睨む。立ち上がり、ジュンナの前まで歩き、その筋骨隆々な巨体で相手を威圧する。ジュンナも負けじと立ち上がり、睨み返し火花を散らす。
「お前、騎兵隊長が誰だったか忘れたのか?」
「忘れてねえさ。でもあいつは別だ。あいつは私達と同じ戦場に来た、一緒に戦って、一緒に血を流した。信用するには十分さ。
「「マクサ!! お前(テメェ)はどうなんだ!?」」
二人の剣幕がマクサに向けられる。熱血の二文字が似合う彼が一瞬慄き、視線を逸らす。幼馴染の死がまだ応えているのだろう。彼らしくない反応だった。
「正直……迷ってる。あの地図を送って来たんだ。罠じゃないのかもしれない。
「アサギ!! 起きろ!! 移動だ!! 」「あう゛っ」
俺は声を張り上げ、アサギが爆睡するベンチを蹴った。既に腐っていたのか、俺が蹴った勢いでベンチの木材が雪崩のように崩れ、アサギが固い床に頭を打ち付ける。まさか、こうなるとは思わなかった。ごめん。
「タジク。お前、何やってんだ?」
八十五区へ退くか残るかの議題などすっ飛んだのか、ライオ達が驚き俺達に視線を浴びせる。俺もベンチが崩れたことには驚いたが、それを隠しつつ全員を見返す。
「何って? 後退すんだよ。もっと下がって時間を稼ぐ。そうしないとまともに
「げんき百倍!! <ナイトノッカー>!!」
「…………」
俺の発言を真っ向から否定するようにアサギは両手を大きく挙げ、元気アピールのためにぴょんぴょん跳ねまわる。編成初日の時もそうだったが、こいつは俺が何か良い事を言おうとすると邪魔してくる。もしかして俺のことが嫌いなんじゃないかと思うことがある。
「ほら見ろよ!! 疲労がヤバすぎてハイになってるぜ!!」
「「「いや、あいつはずっと前からそんな感じだったろ」」」
戦隊全員から否定されてしまったし、ぐうの音もでなかった。
全員が俺を睨みつける。そりゃそうだ。傍から見れば俺の奇行なんてレギオンにビビッて後退したがる腰抜けの言動にしか見えない。ここで最後の抵抗をしようと腹を括った団結に泥を塗っているようにしか見えない。だが、それ良かった。全員が俺を見ているのだから。
「お前、何がやりたいんだ?」とライオが詰める。
「お前らこそ何やってるんだ? 」と俺は一歩踏み出し、前へ出る。
「罠だとか白豚に嗤われるだとかで騒ぎやがって。そんなの今更の話じゃねえか。八十六区そのものが罠だった。市民権が反故にされることを知りながら、クソ真面目に戦っている俺らを白豚どもは昔からずっと嗤っていた」
これまでの
「でも、そんなの関係なかったじゃねえか。俺達は俺達の理由で、俺達の都合で、俺達の意志で選んで、戦ってきた。今までもそうだし、これからもそうだ。だから俺は後退する。十分な休息を取って、万全の態勢で迎え撃つ。地図が正しければ地雷原の手前に河川敷と堤防がある。この街ほどじゃないが、マシな防衛戦は出来るだろ」
ようやく俺の意図に気付いたのか、戦隊員たちの瞳孔が揺らぐ。口の開きが、手の力の入り様が疎かになっていく。
「
沈黙、そして静寂。ここが戦場であることを忘れてしまいそうな無音の中で時間が過ぎる。
「ああ!! 迷うなんて俺らしくねえ!!」
マクサが両手で自分の顔面を叩いた。パンッと乾いた音と共に彼は目を覚まし、立ち上がった。
「第三突撃小隊!!行くぞ!! アレン!! 付いて来い!!ユーセ!! お前もだ!!」
勢いに釣られることなく、アレンは静かに首肯すると立ち上がり、優雅な所作で荷物をまとめる。小隊長を失い、捨てられた子犬のようになっていたユーセもまたマクサの背中を追って出て行った。
「名演説だったぞ。タジク」とライオが俺の肩を叩く。
「第二も行く。俺は元々そのつもりだったからな」
「俺も行くッス!!」とガンタが威勢よく起立し、彼らもまたジャガーノートを停めていた屋外へと足を進めていった。
「あのー……なんかもうそういう流れになったっぽいんで、第六も行きます。よろしくお願いします」
意見を述べるタイミングを逸し、場の空気と化していたランカがおずおずと挙手。俺も吊られて気まずそうに「あ、うん。よろしく」と返答する。あと隊員のハレメがやや蔑むようにランカを見ていたのだが、それについては触れないことにした。
「ジュンナ。お前はどうする?」
ジュンナは立ち上がると、行き場を失った怒りをぶつけるように足元の小石を蹴飛ばした。小石は何度か地面を跳ねながら反響音を屋内に響かせ、そして影の中へと消えて行った。
「行くよ……。レギオンに襲われて、泣き喚いている白豚どもの顔が見たくなった」
「ははっ。良いね。ついでにクソマズ合成食糧を分け与えてやろうぜ」
*
俺達――ジョスラン騎兵隊はミラヴェル・グランヴォワ駅および周辺の都市部から移動。
俺達もレギオンも素通りできる共和国らしい平坦な土地を走り抜けると地平線の向こう側から黒い影が伸びてきた。それは徐々に高く、大きくなっていき、天へと延びていく。
――
徴収した
ジャガーノートの集音マイクが砲撃音を捉える。大要塞壁群の頂上にある迎撃砲が白煙を上げる。直後、要塞の手前で爆発が起こり、炎の雨が地面を蹂躙する。衝撃で地雷原の地雷が誘爆、次々と土埃の柱が上がっていく。
『あいつら何やってるんだ?』『戦闘?』『レギオンに先越された?』
いや、違う。レギオンの青白い光センサーライトが見えない。代わりに蛍光色の眩い灯りが高い位置から地面を照らす。大要塞壁群に備え付けられた警戒監視灯だろう。並んだ監視灯が一ヶ所を照らし、「エイティシックスの皆様。ようこそ」と言わんばかり道を照らす。
多数の砲弾で抉られた地面の道、その先に――開放されたゲートがあった。
大要塞壁群の砲撃はレギオンの撃退ではなく、ゲート前の地雷を誘爆させるために使われていたのだ。地雷の除去にしては随分と大雑把なやり方だ。見たところ迎撃砲の不発弾も転がっているが、埋まっていないだけ地雷よりはマシだった。
少なくとも
「それじゃあ予定通り、女王陛下のご厚意に
同調対象――
「
ああ。それと、俺達のことは<ジョスラン騎兵隊>と呼んでくれ」