-86-外伝 最後の騎兵は白銀の棺に眠る 作:ジェイソン13
彼らにとって八十五区は帰る場所ではなく、戦場の一つでしかなかった。
「俺達のことは<ジョスラン騎兵隊>と呼んでくれ」
『…………』
へんじがない。これでは俺が馬鹿のようだ。
『完全にスベったな』『何やってんだよ。タジク』『お前、変なところでハイになるよな』『女王陛下、呆れてるぞ』『私ら“頭のおかしい戦隊”認定されたよ』『まさか断られねえよな』
戦隊員達から非難が降り注ぎ、年少達は俺のセリフを茶化して爆笑する。顔が火照って熱くなり、目の前のスクリーンに頭をぶつけたい衝動に駆られる。数秒前までこれがカッコいいと思っていた自分をぶん殴りたい。
『
『
向こう側が静かになった。俺達と同様に全員が彼女の言葉に耳を傾ける。
『これよりレギオン大攻勢に対する
*
戦線から一番遠い南部戦線の戦隊に与えられた下令は「補給線の構築支援」「プラントの掌握」「予備の即応部隊」だった。
俺達エイティシックスを支えていた兵站線は行政区内から八十六区へ届けることを前提に敷かれていたが、戦場が八十五区内に移ったことで既存の兵站線は使えなくなってしまった。食糧、弾薬、エネルギーパックの生産拠点があっても届ける手段が無かった。
しかし、
『予備のスカベンジャーを起動します。バルディッシュ戦隊は街道を北上。空港を目指してください』
<スカベンジャー>はジャガーノートの後方支援、戦闘後の資材回収を目的とした無人機であるが、動きが単調なことからレギオンに狙い撃ちされることも少なくない。ジョスラン騎兵隊でも五機が破壊され、補給を申請する度に空輸で補充が行われて来た。最近は補給が先細りしていたが、八十六区への供給が遅れていた分、行政区内に溜め込まれている可能性は十分にあった。
『えーっ!!レギオンとたたかいたーい!!やーだーやーだー!!』
戦闘でないことを理解したアサギがガキのように駄々をこねる。それに合わせて<ナイトノッカー>も左右に首(?)を振る。お粗末な戦隊員に女王様は閉口した。
「あー、こっちのバカは気にするな。続けてくれ」
『分かりました。空港に近付いたら
乾いた雑巾から無理やり滴を絞り出すかのように「了解」と応えた。
*
八十五区の街道は祭りの後のように静まり返っていた。今日は何か祭りでもあったのだろうか、道や建物には飾り付けが施されており、二~三時間前までは往来で人々が飲み、食い、踊っていたであろう熱の余韻が残されている。
ジャガーノートの駆動音、地面から伝わる振動で住民が飛び起き、家屋の灯りが点きはじめる。ジャガーノートを見るのは初めてなのか、街中を突っ切る機甲兵器を見て寝間着姿の夫婦は硬直し、悲鳴を上げ、「うるせーんだよ!! 何時だと思ってんだ!!」と酔漢が酒瓶を投げつけてくる。
『白豚にも度胸がある奴がいるみたいだな』とライオが鼻で笑う。
「相手にするなよ」
『分かっている』
画面越しの夜空が一瞬だけ明るくなり、火の玉が地上から空へと打ち上がる。住宅街から少し離れているが、そこがどんな場所なのかは建物のせいで見えない。八十五区の土地勘が無いのだ。
『正面の広場に入って、十時の方角にある道を進んでください』
まるで天から俺達のことを見ているかのように
指示通りに街道を走ると住宅街を抜け、倉庫街に突入した。二発目の照明弾を頼りに直方体の建造物が並ぶ道を進む。どれもこれも同じ形、同じ色をしていて、方向感覚を狂わせる。加えて人っ子一人いない異様な静けさが恐怖心を煽ってくる。
正面に中型のトラック――その前には三名の男達が立っていた。当然のことながら
共和国軍の青色の軍服を纏った彼らは俺達に敬礼し、直立不動で俺達を待っていた。殺傷する能力とやる理由のある機甲兵器が迫っていながら、その表情に怯えは無かった。
急制動をかけ、彼らの前で停止。真っ白な髪と肌と目に照明を当てる。
「バルディッシュ戦隊。ミリーゼ大尉……いや、
顔が強張り、手が操縦桿を強く握る。今にもトリガーに指をかけそうな自分の衝動を食いしばって抑える。
<やり返すな>
誰かの声が頭の中で響く。俺ではない誰かの声。騎兵隊結成時から久しく聞いていなかった幻聴だ。あの時は恐怖を感じていたが今は懐かしさを感じる。しばらく会っていなかった親戚に会ったような気分だ。
<こいつらと同じにものになるな>
<私達の誇りを、ジョスラン騎兵隊の名を穢すな>
分かっている。大丈夫だ。俺達は撃たない。非武装の連中を撃つほど堕ちちゃいない。
深呼吸し、心を落ち着ける。トリガーから指を離すと幻聴は聞こえなくなってきた。
<アルファウリス>の前肢を降ろし、ハッチを開ける。軍人達は驚きのあまり目を見開いた。彼らだって分かっていたはずだ。ジャガーノートの中身が
「戦隊長代理の<アルファウリス>だ。
罵詈雑言の百や二百、浴びせられると覚悟していたのだろう。単刀直入で本題を振られてしまい、士官たちは一瞬目を白黒させる。
「あ……、ああ。この先に軍の倉庫がある。そこには行政区外に補充する予定だったM101バーレット……君達が<スカベンジャー>と呼んでいるものが保管されている」
「数は?」
「百四十機。弾薬とエネルギーパックのコンテナも一緒だ。私達の手で一斉に起動させる。君達に頼みたいのはバーレ……<スカベンジャー>を戦場までエスコートすることだ」
エスコートなどと洒落た言い回しに俺達は一瞬固まる。
「君達も知っての通り、スカベンジャーはハッキング対策で外部から入力を一切受け付けない設計になっている。人間と同じくカメラによる視覚情報、マイクによる聴覚情報、後はセンサーによる圧力検知やその他諸々の情報を頼りにAIが判断して独自に動いている」
『そのAIポンコツだけどな』とジュンナが嘲笑。それに続いて『底なし沼にハマって沈んだり』『レギオンを解体しようとして返り討ちに遭ったり』『不発弾踏んで木っ端微塵になったり』『オグリ婆ちゃんのタバコ畑踏み荒らしたり』と騎兵隊員の口からスカベンジャーのポンコツ伝説が次から次へと出てくる。
軍人達は一切反論できず、頭を抱えた。
「話を戻そう。スカベンジャーが補給を行うには親機――ジャガーノートとの紐付けが必要になる。原理は単純だ。ジャガーノートにはスカベンジャーと無線通信を行うための短距離信号が常に発せられていて、スカベンジャーはそれを受信することで自分の親機を認識している」
「ってことは、今ここで一斉に起動したら、百四十機のスカベンジャーが俺達のケツを追いかけることになるってことか」
「そういうことになる。待機状態のまま貨物列車で北部の前線へ輸送する方法もあるが、レギオンの攻撃や民衆の混乱でいつストップするか分からない。ここで起動して、君達にエスコートして貰った方が――
「隠れてろ!! オッサン!!」
軍人達の背後、トラックの向こう側で倉庫のシャッターが吹き飛んだ。俺は咄嗟にシートへ戻り、キャノピーのハッチを閉じる。スクリーン越しに数百メートル先の倉庫を凝視する。他の騎兵隊員たちも臨戦態勢だ。俺と同じように五十七ミリ滑腔砲を向ける。
レギオンである可能性を考える。北部の防衛ラインを潜り抜けたのか、もう北部の防衛ラインが崩壊したのか、いや、ここまで来た理由なんてどうでもいい。あそこにいるのは俺達が撃つべき敵か否か、一瞬でそれを見極めなければならない。
「待て。撃つな」
姿を現したのはジャガーノートだった。装甲には傷一つ無く、生まれたての小鹿のようにおぼつかない足取りで倉庫の暗闇から月下の道へと歩みを進める。なんて酷い操縦だ。少なくともエイティシックスではない。
「オッサン。あれAIか? 」とマイクに吹き込む。
『いや、ジャガーノートを動かせるAIなんて聞いたことが無い』
そうなると共和国軍か。レギオンの攻勢を受けて、慌てて兵器を引っ張り出したといったところだろう。面倒なことになってきた。
無傷のジャガーノートはゆっくりとこちらに回頭、あちらのカメラがようやく自身に向けられた複数本の滑腔砲に気付いたのか、動きが硬直する。
「こちらは南部戦線第二戦区第一防衛戦隊<バルディッシュ>だ。貴官の所属を明かせ」
差し障りが無いよう軍隊らしく問いかけてみる。八十六区ではあまり気にしなかったが、俺にも一応「中尉」という肩書がある。
無傷のキャノピーが開き、相手のプロセッサーが姿を現した。
やはりエイティシックスではなかった。戦闘向きとはいえない私服姿、インテリっぽい眼鏡をかけた
『自分は、ダスティン・イェーガー……学生です』