-86-外伝 最後の騎兵は白銀の棺に眠る 作:ジェイソン13
ジョスラン騎兵隊は勇猛果敢にし恐れ知らず
私達のオフィス――サンマグノリア共和国軍本部から目的地まではそこそこの距離がある。大戦前ならバスや路面電車といった公共交通機関があったが、今の共和国にそんなものはない。おそらく
車を借りなかったのは迂闊だった。私の馬鹿。――と思っていたが、さも当然のように護衛の兵士達は車を用意していた。一部の市民による
そして今、穴ぼこだらけになった道路を走る車に揺らされながら、故郷だった場所の惨状を目に焼き付ける。砲撃で崩れた省庁、学校、図書館、博物館、etc……、回収の目途が立っていないレギオンとジャガーノートの残骸、至る所で見かける「86 White Pigs stay away! !」の落書き。キャンプでは連邦軍から食料の配給が行われているが、一部の共和国市民は「量が少ない」「不味い」「なんで子供の方が多いんだ」「肉よこせ肉」と不平不満を垂れている。
私達が乗る車も運転手が
あまりにも酷かった。幼いころの綺麗な思い出を穢されるようで目を覆いたかった。そして考えてしまう。もしミレイユが
「少し、宜しいでしょうか?」
助手席に座る中年兵士が私に語り掛ける。バックミラーに映る銀色の双眸は鏡越しに私を見ている。同じ銀色の瞳でも市民たちとは違う。不安になった私を純粋に心配している様子だった。
「大佐より『親友探しに協力せよ』と仰せつかっております。もし宜しければ、ご友人の姿やお名前を教えていただけないでしょうか? 我々の目と耳も少しは役に立ちましょう」
協力の申し出に私は「え?」と声を上げた。護衛をして貰っている中、親友探しまで依頼するのは図々しいと勝手に遠慮していたからだ。その上、あのハンクシュタイン大佐が命じたとあれば驚かずにはいられなかった。しかし数秒後、それは善意ではなく、合理性と効率に基づいた判断だと気づかされる。
「ごめんなさい。十年前の写真しか無いのですが……」
私はコートの内ポケットから写真を出し、中年兵士に渡す。色褪せないよう、破れないようラミネートで保護したその一枚をまじまじと見つめ、気まずそうにバックミラーで私の顔を見返す。
「……このびしょ濡れになって両手と口に魚を掴んでいるお嬢さんが、ご友人ですか?」
「はい……そうです」
写真は十年前、家族ぐるみの付き合いでジョスラン家の人達とレジャーに行った時写真だ。写真には私の両親とミレイユの両親、中央には釣った小魚を怯えた顔で掲げる私と、川に飛び込んで素手で捕まえた魚を握ったミレイユが映っている。
「その……元気で可愛らしい子ですね」と中年兵士は精一杯の誉め言葉を絞り出した。
「……」
実際のところ、ミレイユ・ジョスランはそんな子では無かった。
*
彼女との出会いは3歳の時だった。公園で遊び疲れ、両親と一緒に木陰で休んでいた私にミレイユは声をかけてきたのだ。数メートル上の木の枝から――
「このむし、あなたのめとおんなじいろよ!! きれいでしょ!!」
これが
ミレイユは木から飛び降りると私の目の前で着地し、満面の笑みをこちらに向けた。銀色の瞳と短く切られた銀色の髪は陽光に照らされ、キラキラと輝いていた。至るところに貼られた絆創膏は彼女がいかにわんぱくなのかを物語っている。そのためか、服装も男の子向けのものだった。
そして、ミレイユは私の手を掴み、カナブンを置いた。確かに綺麗だし私の瞳の色と似ているが、虫が大の苦手だった私は恐怖のあまり硬直してしまった。突然のことで両親も唖然としている。
「コラーッ!!ミレイユーッ!!」
唖然としている間にミレイユの両親が走って来た。二人とも銀髪銀目の
母が「え、ええ。大丈夫です」と言ったことでその場は収まった。父親はミレイユを担ぎ上げ、母親は節々にこちらに頭を下げながら退散していった。
「そういうわけで、わたしとあなたはともだちよーっ!!」
一体。何がどういう訳で私達は友達になったのか、その理屈は十九歳になった今でも分からない。
それからというもの公園に行けば毎日ミレイユと出くわすこととなった。あまり体力がなくゆっくりしたい私と常に動き回っていないと気が済まないミレイユは相性最悪だった。
「きょうはサンマグノリアいっしゅうマラソンよ!!」
「むちゃだよぉ。あと、おなまえ……」
「ハトをつかまえたわ!! チキンステーキにしましょう!!」
「かわいそうだよ……。あとなまえを――」
「レイおにいさんのいえに“じんこーちのー”っていうすごいのがあるらしいわ!! みにいきましょう!!」
「レイおにいさんってだれ? あとおなまえを――」
彼女は活発を通り越し、お転婆なんてレベルではなく、どこまでも恐れ知らずで、大人の男性ですらたじろぐ暴走機関車だった。
ちなみに、彼女の本名がミレイユ・ジョスランだと知るのは出会ってから一ヶ月も経過した後、そしてミレイユが
傍若無人でメチャクチャな子だったけど、人見知りで内向的な私の世界を広げてくれた友達だったし、彼女の冒険に付き合わされるのも正直に言うと……楽しかった。
*
「彼女のお名前は?」
「ミレイユ・ジョスランです」
「ジョスラン?」
その一瞬、中年兵士が眉をひそめた。彼だけではない。ハンドルを握る青年兵士も同じ反応を示す。
「ジョスランって、あのジョスラン騎兵隊の?」
「あ……はい。その、ジョスランです」
あのミレイユから想像出来ないが、ジョスラン家は代々軍人の家系であり、ミレイユの父も祖父もその先祖も軍人で、家系図を王政時代まで遡れば国王に東の防衛を任せられた
「私はミュージカルが趣味でしてね。『ジョスラン騎兵隊』は何度も見ました」
「自分は映画ですね。『ジョスラン―最後の突撃―』。カイゼ・ガルテンの戦いのシーンはギアーデ人ですが燃え上がりましたよ」
そう。ジョスラン騎兵隊は有名なのだ。一部の軍事・歴史オタクだけが知っているのではない。彼らはミュージカル、映画にもなっている。
今から三百年前、王政が打倒され共和制に移行した直後の混乱期を狙い、ギアーデ帝国は共和国の東、ピー・デュ・ロワ平野への侵攻を開始した。それに対抗したのは平野に領地を持つジョスラン家だった。王政側であり、反革命派として処刑されることが決定していた彼らは逃げることも帝国に寝返ることもせず、革命政府から補給を受けられない状態で兵を挙げ防衛線を敷いた。
公爵 マティアス・ジョスラン三世をはじめとしたジョスラン家の男達は自ら騎兵隊の先頭に立ち、兵達を鼓舞。突撃の
ジョスラン騎兵隊は兵力十数倍のギアーデ帝国陸軍に対し、奇襲攻撃を行った。トップから末端まで敵陣への突撃を繰り返し、その命が尽きるまで戦い続けた。フェルドレスはおろか機関銃すら無かった時代、騎馬突撃は未だ有効だったが、己の命を厭わない異常な戦いぶりに帝国の兵士たちは戦慄した。敵への恐れは士気の低下を招き、それは瞬く間に伝搬。一時的に帝国軍の足止めに成功した。
しかし、騎兵隊の活躍もそう長くは無かった。高い士気も巧妙な作戦も絶えた兵糧、軍馬と兵士の疲労、そして数の暴力で削り取られていき、奇襲開始から八日目の夜にジョスラン騎兵隊は一人残らず殲滅された。
騎兵隊と直接対峙した帝国騎士 レンヤ・ノウゼン侯はその戦いぶりを手記にこう綴っている。
“ジョスラン騎兵隊は勇猛果敢にし恐れ知らず”
ノウゼン侯はちょっとした土産話のつもりだった。しかし帝国の指揮官が想定より多くなった犠牲を問い詰められた際、言い訳として「ジョスラン騎兵隊は一騎で帝国軍一個小隊に相当する」と
その話は貴族階級から使用人を通して平民階級にも伝わっていった。当時から貴族階級への不満を抱き、貴族が追い詰められる話が大好きだった平民達は面白半分に「あと一歩でノウゼン侯の首を斬り落とせた悲運の騎士」と話を
数百年かけて旧ジョスラン領は帝国の領土として馴染んでいったこともあり、ジョスラン騎兵隊の話は小説になり、ミュージカルになり、映画になり、漫画になり、アニメになり、(全員美少女にされて)ゲームになった。
――最後のゲームを作った奴、絶対に
一方、共和国でジョスラン家とその騎兵隊は無名だった。それは当時の革命政府のプロパガンダにより「無闇矢鱈に特攻し無様に命を散らした旧王制派の軍隊」という扱いになったからだ。そして人種差別が浮き彫りになった今になると「
「着きましたよ。ジョスラン邸です」
青年兵士の声と共に車が止まる。二人がこちらを見ている。でも私は俯いていた。
もしミレイユが他の市民と同じようになっていたら、もし私の友達でなくなったら、私のことを
“思い出の中の親友で終わらせてしまった方が良いんじゃない?”
臆病な私がそう囁く。しかし、外出を許可してくれた大佐やここまで連れて来てくれた護衛の兵士たち、そして調査団に志願した私に申し訳が立たない。
意を決して顔を上げた。
「え……なに?これ……?」
確かにジョスラン邸はあった。幸い、戦火を免れたのか汚れているものの建物は原型を保っている。しかし、窓は全て割られ、外から見る分でも家財道具はごっそり無くなっており、壁はスプレーの殴り書きでいっぱいになっていた。
「裏切者」「売国奴」「恩知らず」その他諸々の筆舌に尽くしがたい罵詈雑言の数々。その中の一つを見て、
「はは……なんで?ミレイユは
数百年前の王政時代から続くジョスラン家の家系図には人種もしっかり記載されていた。私が記憶する限りミレイユは十世代以上前から続く純血の
しかし、邸宅の壁にはしっかり家名と共に殴り書きされていた。
“
ジョスラン騎兵隊は勇猛果敢に恐れ知らず。
末の一兵さえ命果つるまで
然れど、
我には分からず。
其は誇りか、
登場人物紹介
【名前】レンヤ・ノウゼン
【性別】男性 【年齢】二十三歳(カイゼ・ガルテンの戦い当時)
【人種】
【国籍】ギアーデ帝国
【所属】ノウゼン家
【経歴】
代々皇帝の護衛を輩出する武家の名門ノウゼン家の一人。四人兄弟の末っ子。
カイゼ・ガルテンの戦いで共和国に勝利し武勲を立てるもジョスラン騎兵隊に苦戦した話が広まったことで「ノウゼンの名を穢した」と一族に袋叩きにされる。それを機に以前より溜まっていた家への不満が爆発し、ノウゼン家と絶縁。名前を捨て、その後は庶民として余生を過ごした。享年六十三歳。
用語解説
ピュー・デ・ロワ(共和国名)/カイゼ・ガルテン(帝国名)
共和国と帝国(連邦)の国境線を跨ぐ平地。長年に亘り国家間で領土争いが行われてきたが、カイゼ・ガルテンの戦いを最後にギアーデ帝国が制圧。現代に至るまで帝国領となる。
余談だが、スピアヘッド戦隊は特別偵察任務とモルフォ討伐の際、この地を通過している。