-86-外伝 最後の騎兵は白銀の棺に眠る   作:ジェイソン13

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これがヒトの退化、ヒトの怠惰の始まりとならんことを

 これがヒトの退化、ヒトの怠惰の始まりとならんことを

――アルゴテック社 情報技術開発部主任

ジャン・パストゥール

『<ブックワーム> 概要』

 

 大攻勢から八日後 行政第五十区

 

「えー、みなさんに大切なお知らせがあります。我ら()()()()()()()()()に新人が入りました。ダスティン・イェーガーくんです。みんなよろしくー」

「よ、よろしくお願いします」

 

 徴収した民間倉庫内で乾いた拍手が響き渡る。騎兵隊全員が集まっているが、拍手しているのは俺だけだ。こうなることは分かっていたが、虚しい。なんとも虚しい。ミレイユの時は乗ってくれたアサギすらダスティンには怪訝な眼差しを向ける。気まずい沈黙の空気が漂う。拾ったペットを捨てきれずに戻って来て、親に叱られる子供のような気分だ。

 イライラが限界に達したのかマクサがわしゃわしゃと赤色の髪をかく。

 

「なあ。これはどういうことだ?」

 

 俺が応えようとすると遮るようにランカが大きく溜息を吐いた。

 

「どうせ何か企んで、思い通りに周囲を動かそうとしたけど失敗してこうなったって感じでしょ? いつもそうじゃん」

 

 ――はい。仰る通りです。

 

 ダスティンが合流した際、俺は作戦本部(HQ)――若手将校で構成された鮮血の女王(ブラッディレジーナ)直属の部下達――にこのことを報告した。「世にも珍しいジャガーノートを乗り回せる白系種(アルバ)ですよ。作戦本部(HQ)の直掩にいかがですか?」と珍獣売りの行商人のような謳い文句を添えたが、最終的に鮮血の女王(ブラッディレジーナ)様直々に「バルディッシュ戦隊で面倒を見て下さい」と冷たく突き返されてしまった。

 その後、作戦本部(HQ)よりダスティン用として()()()()()()()()指揮官(ハンドラー)用レイドデバイスとエイティシックス用の野戦服を宛がわれ、今に至る。

 

「で、何を企んでこうなったんだ?」

 

 ライオが青筋を立てた腕を見せつけながら詰め寄ってくる。ジャガーノートの脚より太い剛腕、アルミの装甲より分厚い胸板が迫り、俺とダスティンは固唾を飲む。返答の内容次第ではここで殴り殺されるかもしれないが、足は半歩も下がらなかった。

 

「ミレイユの小説……戦闘報告書の原文を手に入れるためだ」

 

 全員の目の色が変わった。俺とダスティンに向けられた疑いの眼差しは和らぎ、全員が溜息を吐くと同時に緊張を解す。「なんだそんなこと」とランカが独り言ちた。

 

「そいつが、何か知っていると? ただの学生だぞ」とライオが問う。

「選んでいられる状況じゃ無かったんだよ」

 

 戦闘報告書のことなら軍属に尋ねるのが一番の近道ではあった。これまでの作戦で白系種(アルバ)の軍属に関わることもあったが、この七日間の戦闘は全てが一刻を争う状況で個人的な質問をする余裕など無かった。無論いつ寝ているのか分からない鮮血の女王(ブラッディレジーナ)、彼女の補佐でこれまたいつ寝ているのか分からない作戦本部(HQ)の連中に訊くなんて以ての外だった。

 

「まぁ、学校で一番頭が良いらしいし、そこんとこ期待している」

 

 ダスティンをここまで焚きつけてしまった己の不手際をそう言って誤魔化した。

 

「いや……その、ちょっと待ってください。今の話、初めて聞かされたので自分では何が何だか……」

 

 無論ミレイユのことも彼女の戦闘報告書(小説)のこともダスティンには説明していなかった。彼は額からどっと汗が吹き出し、答えを求める騎兵隊員たちの期待を抑えるかのように広げた手のひらをこちらに向ける。

 俺はダスティンに戦闘報告書のことを話した。指揮官(ハンドラー)はろくに読まなかったこと、それでも戦隊長は律儀に報告書を提出していたこと、戦闘報告書が人工知能(AI)ブックワームによって校正と改竄が行われている可能性があること、そして、俺の目的は戦隊長の生きた証である戦闘報告書の原文を見つけて未来に残したいこと――話した内容はざっとそんなところだ。

 ミレイユが白系種(アルバ)であることは伏せた。戦ってこなかった自分というコンプレックスを抱えた彼にミレイユのことを教えるのは酷だと思ったからだ。

 

 

 

「ミレイユさんの推測は当たっている可能性があります」

 

 

 

 説明を終えた瞬間、ダスティンはそう言い切った。考える素振りすら見せず、あまりの即答に俺達はデタラメではないかと疑る。

 

「ミレイユさんの言う通り、ブックワームは大戦前から共和国の公的機関で広く利用されているAIです。文章の校正や添削に特化した機能を持ち、複雑な形式が厳格に定められている公的機関ではブックワームによる校正が義務化されていました。戦闘報告書の改竄もブックワームが用いられている可能性は高いです」

 

 八十六区という限られた環境の中で正解を推測したミレイユに皆が驚嘆する中、俺は腕を組み、険しい視線を向ける。

 

「重要なのは改竄前の原本だ。それは残っているのか?」

「おそらく……ミレイユさんの推測とは異なりますが残されている可能性があります」

「推測と異なる?」

「はい。学習用で保存されている可能性は低いです。ただ八年前にブックワームが校正の過程で文章を違う意味に変えてしまう不具合がありました。開発元であるアルゴテック社は即座に修正パッチを適用させましたが、レギオンに端を発したAIへの不信感を拭うことは出来ず、政府は公的文書原本保存法を定めてAIを通す前の原本の保存を義務付けたんです」

 

 その理屈には根拠がある。筋も通っている。それでも俺達はミレイユの推測を、ダスティンの言葉を信じきれずにいる。俺達を代表するかのようにライオが鼻で嗤った。

 

「酒飲みながら俺らの戦闘指揮をしていた連中だぞ? 律儀に保存法だか何だかを守っているのか怪しいものだな」

 

 共和国軍人たちの程度の低さを俺達エイティシックスはよく知っている。マクサも、ランカも、アサギもうんうんと首肯する。ダスティンは否定せず、苦笑いした。

 

「自分も失業者のたまり場になった軍の惨状は知っていますし、軍が保存法を遵守しているとは考えていません。可能性があるのはアルゴテック社――原本の保存を委託された民間企業です」

 

 軍の文書を民間企業が保存している――機密情報の取り扱いとか大丈夫なのかと不安になる体制だったが、白豚の心配をするなんて癪なのでその疑念は頭から振り払った。

 

「アルゴテック社はかつて国営だった経緯から公的機関における業務システムやアプリケーションの開発、文書の電子化を請け負っていた企業です。原本保存に関しても原因となったブックワームを運営していた企業ですし、いわば尻拭いのような形で原本保存業務を請け負わされていました。アルゴテックはあくまで民間企業でしたから失業者救済は行っていませんでしたし、従業員の質は担保されていました。原本を保存する事業とそれを実行するシステムも正しく運用されていた可能性は高いです」

 

 ダスティンの話は戦場しか知らないエイティシックスにとっては小難しかった。公的機関がどうとか、民間企業がどうとこか、共和国の内情や法律、政治的な話はあまり理解が及ばなかったが、とりあえず彼が何を言いたかったのかは理解した。

 

「とりあえず、そのアルゴテックってところを調べれば良い訳だよね。どこに原本があるか分かる?」

 

 ランカの問いかけにダスティンは素直に困り顔を見せる。

 

「自分も外部の人間なのでそこまでは分かりません。順当に考えればアルゴテックが保有するデータセンターですが、いずれも省庁からのアクセスを考慮して、第一区や二区、三区など行政区の中央部に偏在しています」

 

 ダスティンが挙げた区域は大攻勢時に鮮血の女王(ブラッディレジーナ)が防衛戦を繰り広げた場所だった。物量に押されて陣地は崩壊し、都市は燃え、街路は瓦礫と屍で埋め尽くされた。俺達エイティシックスはそこを見捨てて後退し、敗走した。今はレギオンの巣窟となっている場所だ。

 それほど落胆はしなかった。最初から期待はしていなかった。鮮血の女王(ブラッディレジーナ)の一兵として動く中でついでに原本探しが出来れば良いなと思っていたし、それが甘い考えであることも分かってはいた。

 

「残っているかどうかは、正直なところ記録媒体次第です」

 

 

 

 *

 

 

 

 鮮血の女王(ブラッディレジーナ)が真っ当な共和国軍人であれば、政治機能の中枢である行政中央区の奪還を最優先に考えただろう。俺の個人的な目的を考えれば好都合だったが、彼女の考えは違っていた。

 

 鮮血の女王(ブラッディレジーナ)は東部の奪還を優先した。

 

 大戦前から共和国の仮想敵国は東方のギアーデ帝国であり、歴史的背景から軍事拠点の要衝は東部に偏っていた。それらを奪還するという考えも間違ってはいない。レギオンが東方のギアーデ帝国で誕生したことを知るエイティシックス達も疑問に思わなかった。

 だが俺は違っていた。勝っても東へ、負けても東へ、部隊を東へ進める彼女の指揮に俺は別の意図を感じていた。まるで()にその先に目指すものがあるかのように……

 

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