-86-外伝 最後の騎兵は白銀の棺に眠る 作:ジェイソン13
泳げないなら、飛び越えてしまえばいい。
ハンディカメラの電源が入り、屋内を写す。どこかの家庭
『ポイントγ。到達。これより撮影を開始する』
レンズが窓へと向けられる。屋内からのぞき込むように
『
大蛇が蠢く。
白銀の鱗に覆われた巨躯は我が巣のように大要塞の屋上を這いずり、背中から伸びる大小様々な火砲を
大量の脚が規則的に動く姿を見て俺は「蛇というより百足では?」と言いたかったが、どちらでも良かったのでわざわざ口にはしなかった。
轟音と共に空気が振動する。窓ガラスがガタガタと震え、テーブルやチェアの木材が軋む音を上げる。自分達が砲撃されたと思った偵察兵たちは屈み、画面が床を映し続ける。
『気付かれたか?』
偵察兵たちはカメラを恐る恐る窓に向けた。
しかし砲撃の痕跡は残っていた。
その答えが何にせよ、迎撃砲は使用可能な状態にある。
『時間だ。撤収する』
映像はそこで途切れた。
*
「以上が偵察隊の収集した
あまりの重武装に騎兵隊と家臣団は絶句する。あんな超巨大兵器をどうやって大要塞壁群の屋上まで持って来たのか不思議に思うくらいだ。まさか自力で登って来たわけではあるまい。
「一応聞くけど……私達をビビらせるハリボテである可能性は?」とランカが恐る恐る尋ねるが、「無いですね」とミリーゼは一蹴した。
前面のスクリーンは作戦概要の説明に使用した
「一方的な砲撃が可能な
スクリーンに小ウィンドウが追加され、輸送機が映し出される。共和国軍が一年近く配置転換をサボっていたお陰でお目にするのは一年振りだ。
「最初の囮には東部要衝から接収した輸送機を使います。自動航行プログラムで無人化させた機体を
そのプランを聞いた瞬間、俺の頭上に疑問符が浮かんだ。
「砲撃の前に
そう。今の共和国の空には
共和国軍の航空戦力は他国を凌駕する精強さを誇っていた(らしい)が、レギオン大戦時にその尽くが壊滅したそうだ。――と整備班のオグリばあちゃんが言っていた。
「エンジンを破壊されても高度と速度を確保出来れば、機体形状が生み出す揚力で短時間の飛行が可能です。使い捨ての特攻機であれば十分ですし、巨体そのものが質量兵器として有効な以上、
「その隙にあたしら地上部隊が防衛ラインを突破し、物資搬入口から要塞内部へ突入する――ってことで良いのか?」
問うたのは家臣団の戦隊長だ。焼けた肌に短い赤髪、組んだ腕の上に砲弾でも詰め込んでいるのかと思うくらい豊満なバストを乗せた女だ。隻眼を見紛う濃藍色の右目と雪白色の左目から、彼女が
「いえ、突破はしないでください――と言うよりも不可能です。輸送機が囮になれるのは長く見積もって数分。これらはあくまで
戦線の後方に新たなマーカーが追加、囮の輸送機よりも大型の航空機のようだ。「
「空挺部隊には特殊仕様機の『C901/Nオラージュアダプテ』に乗ってもらいます。
敵地のど真ん中に飛び込み、たった
「わーい!!おっきいのとたたかえるー!!やったー!!」
アサギは両手を広げて大喜び、五歳児のように跳ねまわる彼女をライオが捕まえて椅子に押さえつける。
「良いんじゃねえか?
「だな。ミレイユの奴、今頃あの世で地団駄踏んでやがるせ。『きーっ!! わたくしも一緒に突撃したかったですわーっ!!』ってな」
「ミレイユ、そんな口調じゃなかったでしょ」
呆れ顔でツッコミを入れたランカが頬杖を突き、ニヤケ顔をこちらに向ける。
「とりあえず飛ぶってことで良いんだよね? 戦隊長代理」
俺はダスティンを一瞥する。彼はデスクの上で俯き、両手を強く組んでいた。額から流れる汗が手に滴り、震える手が汗をデスクにふるい落とす。
「ああ。ミレイユに祟られるのは嫌だからな。――ただその前に」
俺は真っ直ぐとミリーゼに、硬い表情の指揮官様に視線を向ける。
「
「
「そこで南部戦線――山岳地帯での戦闘経験が多い俺達に白羽の矢が立ったってことか」
南部戦線の戦場は山岳地帯、自然環境の中での戦闘が比較的多い。急峻な斜面、砂利や泥の上、森林、崩れそうな橋やダムの上での戦闘も朝飯前。そんな俺達を選ぶミリーゼの判断は妥当なものだった。
彼女から聞きたい言葉が聞けたことで俺は笑みを浮かべる。
「だったら空挺から<サギタリウス>を外しても問題ないよな。知っての通り、あいつはこの大攻勢で加わった新入りだ。地上で電卓叩かせた方がまだ使える」
俺の意図を理解したミリーゼも顔が綻ぶ。
「問題ありません。<サギタリウス>は地上部隊に編成します」
「そういうことだ。<サギタリウス>。地上からの援護、頼むぜ」
「了解……しました」
ダスティンは論理的な理由で空挺部隊から正当に外された。だが、彼の表情が晴れることはない。分かっていた。彼の手が震えているのは空挺降下への緊張でも大型レギオンへの
恐怖でもない。空挺から外されることが合理的とされる無力な自分への怒りだった。
「そこのメガネ」
背後から<キュクロプス>のハスキー声が響く。ダスティンは反射的に立ち上がり、振り向く。この数十日で軍属の慣習がすっかり身に染みたようだ。騎兵隊以外のエイティシックスに声を掛けられたことへの驚きと緊張で身体が強張る。
「
「<サギタリウス> ダスティン・イェーガーです。よろしくお願いします」
*
ブリーフィングの翌日、ジョスラン騎兵隊は奪還した空港の第四格納庫に案内された。ミリーゼが被害を抑えるように念を押した場所、それほど重要なものが置かれていたのだろうと少し期待していたが、格納庫はもぬけの殻だった。
驚きはしなかった。一時はレギオンに制圧されていた場所だ。
空っぽの格納庫で一人の共和国軍人が敬礼して出迎えた。年齢は四十代といったところか、中背で引き締まった体格、太い首回り、坊主頭と武骨な古い軍人を想わせる姿はこれまで会った共和国軍人とは一線を描いていた。階級章の模様はミリーゼより多いのでおそらく佐官だろう。
「お待たせしました。モントルイユ少佐」
「いえ、こちらもひと段落ついたところです」
坊主頭の軍人――モントルイユが俺達を一瞥する。そして驚きと、哀しみの表情を浮かべる。もう遅い。何を今更。
「彼らが……例の空挺部隊ですか」
「ええ」
モントルイユは姿勢を正し、俺達に向けて敬礼する。
「オラージュアダプテの操縦士を務めます。
本当は無視したかったが、
「南部戦線第二戦区第一防衛戦隊バルディッシュ タジク・ロウニ以下五名。よろしくお願いします」
手で敬礼はしなかった。迫害され、虐殺された記憶が未だ鮮明に残る中、ミリーゼ以外の白系種に敬礼する気は起きなかった。
「で、そのナントカって輸送機はどこにあるんだ? 」
「ステルス機なんじゃない? 見えないんだし」
「ステルスってそういう奴だっけ?」
「すてるす? なにそれ?」
子供らしく広大な格納庫をキョロキョロと見回すが、格納庫にはコンテナ一つ残されていない。とりあえずミリーゼとモントルイユに付いて行き、格納庫の奥まで足を運ぶ。
モントルイユは不慣れな手つきで
俺達が立っていた箇所の四方数メートルの床が開き、柵がせり上がる。同時に俺達が立っていた床が沈み始めた。隠しエレベーターだ。八十六区には無かった初めてのエレベーターに騎兵隊一同が胸を躍らせる。
息苦しいコンクリートの壁に囲まれて降りること数十秒、広大な地下空間が突然姿を現す。地下空間の大半を占める巨大な
「ここは大戦前から共和国の航空戦隊が利用して来た地下ドッグだ。ギアーデのスパイ対策だったんだが、レギオンにも見つからなかったのは思わぬ誤算だった」
モントルイユが地下ドッグに置かれた巨大な
正直言って、俺達は最初それが航空機だと思わなかった。これまで八十六区で見て来たものは胴体の胸と尾に翼が付いていたごく普通のものだ。だが眼下に広がる巨大航空機は違った。胴体と翼の境目が無い。その巨体の全てが胴体であり、全てが翼でもある。巨大な一枚の鉄板のようにも見えた。こんなものが本当に空を飛ぶのかと。
「あれがC901/Nオラージュアダプテ。人類最後の航空戦力だ」
補足資料「サンマグノリア共和国の航空戦力」
レギオン大戦以前の共和国軍は航空戦隊が花形とされており、成熟した航空力学から開発された戦闘機の数々、エースパイロット層の厚さ、高度なパイロット支援システムや育成プログラムから、共和国軍航空戦隊は世界最強と謳われるほどの実力を持っていた。
一方、陸上戦力においては帝国(後の連邦)、連合王国、盟約同盟と比較してフェルドレスの開発は大きく遅れを取っていたが、航空戦力で補うという判断から当時は問題視されなかった。
しかしレギオン大戦で
共和国軍の腐敗とその分析において、「日陰者」「二番手」「汚れ仕事」「豚」「虫けら」と冷遇されてきた陸戦隊が主流派になった背景は無視することが出来ない。
またレギオン大戦以前、ギアーデ帝国は共和国の航空監視網を潜り抜けるために地上数メートルを