-86-外伝 最後の騎兵は白銀の棺に眠る 作:ジェイソン13
Not BARDICHE!! We are ■■■■
私が九歳になったある日、父に「来月、全員でギアーデに帰る」と告げられた。理由は「仕事の都合」らしく、母も二つ返事で承諾した。
「嫌だよ!!行きたくない!!」
私は珍しく声を荒げ、初めて親に反抗した。国籍は帝国だが生まれも育ちも共和国。自分が外国人というのは頭では理解していたが、意識はほとんどしていなかった。そんな私にとってギアーデ帝国は見知らぬ異国であり「故郷や人間関係を全部捨てろ」と言われるようなものだった。
大雨の中、私は家を飛び出した。何か策があった訳でもない。ただ親と一緒にいたくなかった。一緒にいれば、帝国に連れて行かれるから。行く当てのない家出のつもりだったが、馬鹿なことに私はジョスラン邸の前まで来ていた。
「どうしたの? リーン」
タイミングを見計らったかのようにミレイユが玄関ドアを開けた。インターホンを押したつもりはない。いや、もしかすると無意識に押したのかもしれない。心がぐちゃぐちゃになっていた私にはそこを思い出す余裕も、このタイミングでミレイユが出てきたことを疑問に思う余裕も無かった。
そしてミレイユも傘も差さずに泣きじゃくりながら玄関前に立つ私を見て、ただ事ではないと悟った。彼女は静かに息を吞む。
「入りなさい。そんなところじゃ風邪ひくわよ」
ミレイユは慈母と淑女が同居した九歳らしからぬ笑顔を浮かべた。
私の目と同じ色の虫を見せつけられてから七年が経った。ミレイユは女の子としての自覚も持つようになったのか、ブレーキの壊れた暴走機関車ぶりは減速していった。学校では成績優秀・文武両道の優等生と評価され、名家の淑女としての礼儀と教養も持つようになった。ジョスラン家の令嬢として振る舞うミレイユを見て、遠い存在のように思う時もあったが、二人きりの関係は変わらなかった。
ミレイユは前を走り、私がそれを追いかける。十九歳になった今でもそれは変わらない。
彼女が亡霊や幻影の類になったとしても。
「親友を冷雨に濡らしたままもてなす訳にはいかないわ」と私はバスルームへ引っ張られた。脱衣所で私はミレイユに服を脱がされ、ミレイユもすっぽんぽんになる。彼女に振り回され、共に泥だらけになる私は何度もジョスラン家の世話になった。一緒に風呂に入った回数などもう覚えておらず、服を脱がされるのも、親友の全裸を見るのも慣れていた。
成人男性が足を延ばしても余るバスタブは
ミレイユは私に問いかけない。滴る湯の音と互いの息遣いだけが時間の流れを教えてくれる閑寂の中、二つの銀瞳で明後日の方角へ反らし続ける。「リーンが話したい時まで待つ」と言っているかのように。
「私……来月ギアーデに
ミレイユが驚き、顔をこちらに向ける。瞼をいっぱいに開き、二つの綺麗な銀色の円が揺れる。初めてだった。ここまで動揺するミレイユを見るのは。
「お父さんの仕事の都合だって。嫌だよ。ギアーデなんて行ったこと無いし、知らない人ばかりだし、……ミレイユと離れたくない」
時はレギオン大戦前、電話やメール、国境を跨いで繋がる手段などいくらでもあった。でも物心ついた頃から一緒に遊んでいた、ミレイユと離れるのは人生の大半を失う気がしてならなかった。
ミレイユが突然バスタブの中で立ち上がり、水面が大きく揺れた。私がビックリして見上げると、いつもの自信と気品に溢れたミレイユの顔があった。
「上がるわよ。リーン。餞別に良い物あげる」
バスルームから出るとラシェルさんが用意してくれた服に着替え、階段を上がって二階へと向かった。行先はいつものミレイユの部屋――と見せかけて、一階で紅茶とクッキーの準備をするラシェルさんの目を盗み、物置部屋へと入っていく。
季節物の家具・家電や洋服を置いている小さな部屋だ。普段は紐を引っ張り豆電球の照明を点けるが、今日ははめごろしの窓から射す月明かりだけを頼りに部屋の奥へと進む。暗いままといい、ラシェルさんの目を盗んで入ったことといい、まるで何か悪いことをしている気分だ。
「えーっと、確かこの辺りに……あ、あった」
ミレイユが何かを探すように真っ白な壁を撫でる。数秒後には何かを見つけたようだが、暗いせいもあって何を見つけたのか分からない。彼女が壁に向けて四本指を立てるとカチッと音が鳴り、壁に出来た窪みに指が入った。
ミレイユは指を窪みに入れたまま引き、壁を――壁に擬態した扉をスライドさせた。
その先にあるのは月明かりすら届かない暗黒の部屋。
「これ……何?」
「秘密の部屋。家族以外だとリーンしか知らないわ」
「ええ!?」
私は思わず叫び、はっと両手で口を塞ぐ。
ミレイユは懐中電灯を点けて部屋の奥を照らす。部屋は思ったほど広くなく、大人一人がようやく入れる程度の広さだ。そこに年季の入った匂いと子供でも分かる“いかにも古そうなもの”が詰め込まれていた。
「リーン。上見て」
人の顔があった。私はひっと小さな悲鳴を上げるが、よくよく見ると肖像画だと分かり、ほっと胸をなでおろす。
ミレイユと同じ銀髪銀瞳の
「私の偉大なご先祖様。マティアス・ジョスラン三世よ。時は三百年前――
「それ何百回も聞いたよ」
「覚えちゃった?」
「覚えちゃった」
ジョスラン公爵、ジョスラン騎兵隊のことは耳に胼胝ができても聞かされた。(国籍上は)ギアーデ人の私にギアーデ軍を打ち破った英雄の話をするのは如何なものだろうかと思うこともあったが、生まれも育ちも共和国の私は大して気にしなかった。それ以上に好きなものを語るミレイユが眩しく見えて、それをずっと見ていたかったからというのもあった。
「これが生前の彼を描いた最後の一枚なの」
「――ってことは、この絵、三百年前の?」
「そう。ここにあるのは公爵夫人が領地から持ってきた財産よ。革命政府に見つかったら大変なことになるから、ずっとここに隠してあったの。まぁ、今も隠し続ける理由はよく分からないけど」
支配者と被支配者が入れ替わったことで革命政府による王侯貴族への制裁が繰り広げられた。地位や役職の剥奪、土地・財産の没収が主な内容だったが、酷い時は一族郎党赤子も漏らさず皆殺しにすることもあった。しかしそれも大昔の話、今ではジョスラン家を含む多くの元貴族が当時の家名を使って生活し、政府や軍の高官となっている。ここの財産も見つかったところでそれほど騒ぎにはならなかっただろう。
「そしてこれが栄光あるジョスラン騎兵隊のバッジよ」
ミレイユは金色のバッジを目の前に翳す。錆一つない煌びやかな銀の五芒星に当時の職人技が伺える繊細な彫刻、そして随所に嵌め込まれた
「うわぁ……きれい……」
私の率直な感想に気分を良くし、ミレイユがふふんと誇らしげに笑う。
「当然よ。副隊長エリク・ジョスランのものなんだから。これ、
「え!?」
この隠し部屋にあるのは公爵時代の財産、三百年に亘り守り続けて来たジョスラン家の家宝だ。いくら末裔とはいえ九歳の少女の一存で、親友への餞別の品として出していいものではない。驚きのあまり硬直する私をよそにしてミレイユは私の服にバッジを付ける。
バッジを付けられたと気付いた私は外して返そうと思ったが、バッジが抱える歴史的価値への畏れから触れられなかった。
そんな私の気も知らず、ミレイユはもう一つの、より凝った装飾のバッジを自分の胸につける。
「ミレイユ、それって……」
「勿論、隊長のバッジよ」
彼女は誇らしげに仁王立ちすると、んっと咳払いする。
「ジョスラン騎兵隊十四代目隊長ミレイユ・ジョスランが問う。汝、最期の時まで戦い抜き、己の誇りに恥じぬ生を全うするか」
透明なマントを翻すかのように大きく振り上げられた手、九歳らしからぬ荘厳な物言いに私は怖気づく。幼い頃から彼女の“騎兵隊ごっこ”に付き合い、もう慣れていた筈の私だったが、今は緊張していた。ジョスラン家以外に知られてはいけない部屋で、本物の騎兵隊の遺産に囲まれて、これは“ごっこ遊び”じゃないと悟ったからだ。
私は唾を飲み込み――――「うん」と答えた。
ミレイユが嬉しそうにふふんと鼻で笑う。
「宜しい。我が名において、リーン・ノイマンを副隊長に任命する。国が違えど、時が違えど、ゆめ、ジョスラン騎兵隊であることを忘れるな」
武器はない、馬もいない、九歳の少女二人だけの騎兵隊。それが離れ離れになる私達を、メールでも電話でもきっと満たされない私達を繋ぐものとなった。
「えーっと、離れ離れになっても私達はずっと一緒ってこと?」
「……………………うん」
ミレイユは珍しく呆れた顔をして答えた。
随分と野暮な質問をしてしまったなと今は後悔している。
*
その後、ミレイユから貰ったバッジはギアーデの革命で失くしてしまった。
革命の戦乱からも、レギオン大戦からも逃げ続けて生き延びた私に……あのバッジは相応しくなかったのかもしれない。
*
戦没者調査団のミーティングデスクに数枚の書類が広げられる。環境省の職員が持ち込んできた
「やはりか……」
職員の一人が呟いた。
私達は共和国の
二年前に保護されたエイティシックス達と彼らの口から語られた共和国の惨状は連日報道され、数百万人規模の
「副団長……これの調査、私にやらせて下さい」
私は静かに、怒りで震える手をゆっくりと挙げる。
「最後の子……私の親友なんです」
皆の注目が私に集まる。ある者は同情を、ある者は不芳を、ギュンター副団長は眉を顰め、諫めるように目を細め私に視線を突き刺す。
「ノイマン。我々の役目は調査と記録だ。それ以上のことは出来ない。サンマグノリア共和国が残っている以上、共和国で共和国人が犯した罪は
戦没者調査団はレギオン大戦やその影響による死傷者を調査し記録する
――他国の省庁や軍施設に土足で押し入り、オフィスを構え、書類や電子記録媒体を制限無く徴収している時点で法的に正しいもクソも無いだろ。と多くの調査団員が思っているが、そこまで指摘してしまえば元も子もない。
「私情が無いと言えば噓になります。むしろ、親友やその家族を豚扱いされて、腸が煮えくり返る想いです。それでも、私にやらせて下さい。親友の生き様を見届けさせてください」
ギュンター副団長は口をすぼめながら周囲を見渡す。他に手を挙げる者がいないか探すが、皆は副団長と目が合わないよう視線を明後日の方向に向けた。
覚悟するように副団長は深呼吸し、テーブルに広げた書類をまとめて私の前に突き出す。
「ノイマン君。君に任せる。ただし、君の心理状態や言動によっては私の一存で解任する。良いな?」
計らずも私は親友の歩んだ道を辿るチャンスを得る事となった。行政区外へ放逐処分ということは、少なくとも死亡が確認されていない。エイティシックスとして彼女が生きている可能性すらある。
「はい!!」
希望の光が見えてしまったせいか、普段の言動に似合わず、私は威勢良く返事をした。
「では、まず聴取を頼む。これを持ってきた環境省の職員が待っているぞ」
*
結果から言うと聴取は散々だった。虐殺の証拠を持ってきた環境省の職員はクーデター派処刑に関与しておらず、大攻勢の後に金目の物目当てで上司のデスクを漁ったら連邦軍への手土産に丁度いい書類を見つけただけの男だった。
「これで連邦に行けるんですよね?」「向こうじゃ酒が飲み放題なんだって?」「色付きが作った酒も我慢してやるよ」と目を輝かせていたが、エイティシックス以外の亡命は認めていないことを伝えると「ふざけんじゃねえぞ!!色付きが!!」と聴取室で大暴れ。兵士が彼を取り押さえ、最終的には連邦軍が徴集したホテルに入ることすら拒否したため、そのまま追い出すこととなった。
道中、多くの共和国市民が追い出される
聴取の記録係を務めてくれた職員が怒鳴り、ゴミ箱を蹴飛ばす。
「どこまで腐ってやがるんだ!!あの
彼が何を言おうとして
仕事柄、エイティシックスと関わることが多い私達は
それでも耐えた者達に待ち受けていたのは「正義の旗を掲げ悪に棍棒を振りかざす快楽」だった。差別というのはウィルスのように伝搬していく。それは加害者・被害者の区別が明確になっている共和国の迫害では尚更のことだった。
度重なる精神鑑定をパスし、偏った思想を持っていない、今後もそれらに傾倒する可能性は低いと太鼓判を押された私達も例外ではない。卑劣残虐極まりない人種差別政策を目の当たりにする戦没者調査団は共和国や
そう語る私も無自覚なまま受け入れていた。多色な人種を
――白豚が……
私は心の中で毒づき、立て直したゴミ箱をつま先で小突いた。
*
環境省職員の聴取が散々な結果に終わって数日、私は調査団が国軍本部の地下倉庫から
「リーン。時間だよ」
背後から調査団員のオスヴィンが声をかけ、肩を叩いた。男性に触れられることに免疫がない私は「びゃあああ!!」と奇怪な悲鳴を上げる。周囲の注目を集め、全身が熱くなる中、ゆっくりと振り向いた。突然の悲鳴にオスヴィンも驚いたのか、ややのけ反って私と対面した。
「エイティシックスの聴取……そろそろ時間じゃないか?」
気まずそうな顔でオスヴィンが時計を指さした。指につられて視線を向けると予定の時間直前になっていたことに気付き、心臓が跳ね上がる。
私達の通常業務の一つとして保護したエイティシックス達からの聴取がある。彼らが何者なのか、どのような仕打ちを受けたのか、どう生きのびたのか、それらを聞き取り記録する仕事だ。
私は面談予定の子のプロフィールに目を通しながらオフィスを出て、廊下を歩く。
数分足らずの間に名前や所属を覚え、これまでの聴取の経験から得たお決まりの質問事項や注意点をおさらいする。
足早に廊下を過ぎ、聴取室の扉を開けると一人の少年が私を待っていた。細身の体躯をパイプ椅子に預け、揺らしてギコギコと軋む音を一定のリズムで奏でる。
「よう。待ちくたびれたぜ」
浅黒い肌、茶褐色の刈上げ頭、亜麻色の瞳――
エイティシックスの少年、タジクは遅れた私を嗤うかのようにしたり顔をこちらに向ける。予定時間ギリギリセーフであることを理由に私は意に介することなく、椅子を引いて対面に座る。
私の顔に何か付いているのだろうか、タジクは最初の余裕と得意気に満ちた表情が消え、驚きを隠さず、私を凝視していた。
「なあアンタ、名前を聞いても良いか?」
「リーンです」
「ファミリーネームは?」
「ノイマン」
タジクは「はんっ」と笑った。それほどおかしい名前だろうか。だが、これまで聴取したエイティシックス達は一人も私の名前をおかしいと言わなかった。
「リーン・ノイマンか……」
反芻するようにタジクは私の名前を口にする。
「
顔を覆って声を抑えながら笑うタジクに私は何がなんだか分からず困惑する。同時に彼が落ち着くまでじっと見守る。これまで面談してきたエイティシックス達の中には鬱病や精神疾患を患っている子も少なくなかった。突然泣き出したり、笑いだしたりするのはいつものことであり、私を死んだ母や姉と重ねる子もいた。その対処は落ち着くまで待つ以外に無かった。
しかし私は目の前の少年が正気だと感じていた。
タジクは一頻り笑うと深呼吸した。顔から手を離し、瞳をこちらに向ける。テーブルから肘を離し、頬の支えにしていた手を額に持っていき、曲がっていた背筋を伸ばした。そして
「お会い出来て光栄です。
Not BARDICHE!! We are JOSSERAND'S CAVALRY!!