-86-外伝 最後の騎兵は白銀の棺に眠る 作:ジェイソン13
騎兵戦線異状アリ
騎兵戦線異状アリ
戦隊はエイティシックス同士が結託し共和国に反抗できないよう半年ごとに再編成されていたが、エイティシックスが死に過ぎたのか、白豚が再編制すら面倒くさがったのか、半年に一度だった再編成の周期は延期に延期を繰り返し、遂には一年に一度となってしまった。
青い布に包まれた豚に舌打ちされながら俺達は輸送機に乗り、次の死に場所へ向かった。そこが共和国南部戦線第二戦区第一防衛戦隊バルディッシュだ。
面倒くさがり屋の白豚どもが考えた再編成というのは例外もなく雑なものだ。壊滅した部隊の生き残りを近隣の部隊に組み込むだけだったり(※壊滅した部隊の防衛戦は近隣の部隊が担当)、再編成したら部隊員の9割以上が前の部隊員の据え置きだったり、顔見知りだったり、正直なところ何の面白さも真新しさも無かった。――が、今回ばかりはそうでもなかった。
「うわ。この部隊ハズレだ」
そう思った理由の一つ目、戦隊員が幼過ぎることだ。半数が俺より年下、十歳かそこらの子供もいる。
そしてもう一つの理由、それは空気の悪さだ。衛生環境が劣悪なのはいつものことなので血や汗やカビや小動物の糞尿死骸の臭いには慣れているが、生憎とそういう物理的なものではない。精神的なものだ。
集められた戦隊員たちの視線は一ヶ所に集まっている。憎悪、嫌悪、侮蔑、憤怒、苛立ちが混ざり昂り、格納庫は舌打ちと貧乏ゆすりとテーブルを指で突く音が絶えない。今にも誰かが怒号を上げてナイフや拳銃を抜き、流血沙汰が起きても驚かないだろう。
そこに
それは輸送機のパイロットやお飾りのアサルトライフルを振り回す横柄な軍人でもない。俺達と同じ野戦服を着て、俺達と同じようにマグショットを撮られて、さも「私もエイティシックスです」と言わんばかりの態度でいる
注目を浴びている理由をどこか勘違いしているのか、彼女は格納庫入口のそばにあったベンチを独り占めし、堂々と四肢を広げて自分という存在を見せつけている。
戦場生活もそう短くはないのだろう。白い顔や手の肌は傷だらけ、腰までかかる銀色の髪も戦火で煤け、体格はアルミの棺桶を扱い続けたせいか男にも引けを取らない筋肉質なものに仕上がっている。
「今晩までに戦隊長決めとけよ。エイティシックスども」
白豚の兵士は面倒くさそうに告げると俺達に向けて唾を吐き捨て、空っぽの輸送機と共に俺達の前から去っていった。
さて、ここからは戦隊再編成の恒例行事、戦隊長決めのデスマッチだ。
自分が戦隊長になれるか否か、誰が戦隊長になるかは文字通り死活問題であり、レギオンを前にして同族争いという愚を犯さない俺達でもこの時だけは別問題だ。
しかし今回はそう荒れることはないだろう。号持ちは隊の半分ほど、更に
「戦隊長はもちろん!! この私!! <ロシナンテ> ミレイユ・ジョスランよ!!」
「すっこんでろ!!白豚!!」「八十五区に帰れ!!」「さっさと死ね!!」「無駄にでけえおっぱいぶら下げやがって!!」
予想通りの大ブーイングが吹き荒れ、小石や工具が投げつけられる。俺は集団の後ろで静観していたが正直気持ちは同じだった。白豚の戦隊長なんざ御免だ。
「ぎゃあぎゃあ喚いてんじゃねえよ。ガキども」
格納庫の日陰から銅鑼声が腹の底まで響く。ブーイングしていた少年少女は一斉に黙り、声の主へ振り向く。
男は寝ていたのだろう。大欠伸をした後、立ち上がる。
「そんなに嫌なら自分がなりやがれ」
大男は他者を跳ね除けるように大股で歩き、丸太のような腕で少年達を押しのけ、腰に手を当てて仁王立ちするミレイユの前に立ち塞がる。眉間にしわを寄せ、唸り声をあげて威嚇する姿はまるで熊のようだ。
「<ブラッドヘッド> ライオ・クリストだ」
「あら。自己紹介感謝するわ」
「戦隊長は俺がやる。痛い目見たくねえなら下がれ」
ライオは握り拳を作り、血管の浮き出た腕をミレイユに見せつける。彼女も肩幅の広い体躯から女性にしては鍛えている方だがライオとの対格差は歴然だ。
「親切なのね。それとも――女は殴れないかしら?」
見せつけた腕が裏拳となり風を切る。ミレイユは身を引いて間一髪頭蓋骨粉砕を免れると二、三歩ステップを踏んだ後、ライオの顔面めがけてハイキックをお見舞いする――が、こちらも腕でガードされる。
戦隊長決めデスマッチの火蓋が切って落とされた。ミレイユ、ライオに続いて戦隊長になりたい号持ち達が鉄火場に飛びこんでいく。
<ペルーダ> ジュンナ・ヒマチは飛び込むと同時にミレイユの顔面にドロップキックをかまし、<ファイアブレイク> マクサ・シュウヒはライオの鳩尾に拳を叩き込む。<キタルファ> ランカ・ミナモは自分が出遅れたことに気付き慌てて乱闘へ飛び込もうとするが、中々タイミングが掴めず周りをウロチョロしている。<シュヴァリエ> カッキ・ユリシャは紳士的に平和的解決を呼び掛けるが、誰も相手にしなかったことに怒り乱闘メンバーの仲間入りを果たす。
その他数名の隊員達もデスマッチに飛び込んでいった。
――今回はクセのある奴多いなぁ……
俺は幼い隊員らとともに乱闘を遠巻きに見ていた。戦隊長の座に興味は無い。そんなお飾りの肩書を手に入れなくても隊の実権を握る手段はいくらでもある。
「あれー?タジクぅ? タジクじゃーん」
細身の少女が紅樺色の髪を揺らし、その隙間から大きな
この<バルディッシュ>が最低最悪の戦隊ランキングトップに躍り出ることを確信した。
<ナイトノッカー> アサギ・スミリヤ
彼女と同じ隊になるのはこれで2度目だ。頭の中がジャガーノートのキャノピー並みに空っぽで、脳味噌は
「お前は戦隊長にならないのか?」
なられたらそれはそれで困るが、なんとなく聞いてみる。
「ほーこくしょとかめんどくさいしー。バカだからかけないしー。そもそもじがよめないしー」
こいつがいた収容所は教育すら許さなかったのか、それともこいつが単純にバカなのか、十四歳になった今でも彼女は字の読み書きが出来ず、思考レベルも実年齢マイナス十歳ぐらいで、隊のルールも隊長命令も簡単なものしか理解できない。マニュアルも読めないのにジャガーノートの動かし方が分かるのはひとえに言って天賦の才だろう。
彼女目を輝かせ身体を左右に揺らし、戦隊長デスマッチを観戦する。
「だれがかつかなー? とりあえず、わたしをころそうとしないひとだったらいいなー」
これは後から聞いた話だが、前の隊で彼女は他のエイティシックス達に鬱陶しく思われており、レギオンの囮にして戦死させられそうになったり、寝ているところを殺されそうになったりしたらしい。
戦隊長決めのデスマッチは十五分続いた。死屍累々の中でミレイユとライオが拳を構え、相手を見据える。2人は肺の中の空気を一気に吐き出し、身体を捻じり、拳を引く。
次の一手だ。それで決着がつく。
先に出たのはライオだった。その体躯から考えられない俊敏さで間合いを詰め、拳がミレイユの眼前に迫る。反応が遅れたのかミレイユの拳はまだ動かない。
拳が届く瞬前、ミレイユの首が動いた。ライオのストレートを間一髪で躱した彼女は拳を振り上げ、顎にアッパーカットを叩き込んだ。顔が吹き飛ぶ勢いでライオの首が上に曲がった。
「勝った!!」
痣だらけの酷い顔でミレイユは拳を掲げ、勝ち誇る。きっと頭の中では拍手喝采、祝福のファンファーレが響いているのだろう。
しかし現実は違う。白豚の戦隊長を歓迎する者はいない。幼年の隊員達は変わらず憎悪の視線を向け、何も理解していないアサギだけが「わー」と間の抜けた声を上げて拍手する。一人だけというのがむしろ虚しい。
「俺は……認めない」「そうだそうだ」「辞退しろ白豚」
最初に声を上げた誰かを皮切りにシュプレヒコールが格納庫に響く。白豚がエイティシックスを認めないようにエイティシックスもまた白豚を認めない。エイティシックス流儀に則り力を示してもなお彼女は認められない。
想定通りの展開になって、俺は内心笑みを浮かべた。
俺はベンチから立つと最初に声を上げた隊員の背中を蹴り飛ばし、全員の前に突き出した。ガキは足を捌きバランスを保とうとしたが、俺は容赦なく低い位置にあった顔面を蹴飛ばし、地面に突っ伏したところを踏みつける。
「おい。ガキども。戦場は初めてか?」
「はい。よねんめです」
アサギが手を上げて元気に返事をする。お前は黙ってろ。
対して幼い隊員たちが押し黙る。肯定も否定もしない。あの劣悪な収容所で育った最後の世代だ。首を縦に振る素直な子はまず絶滅しただろう。
「なら教えてやる。ここは強さが正義だ。強い奴が生き残って弱い奴が死ぬ。そこに男も女も白豚もエイティシックスも関係ねえ。レギオンは全部平等にブチ殺しに来る」
俺が踏んでいる少年は反抗的な目を向けるので更に体重をかけて胸を圧迫する。
「俺は五年目で号持ちだ。テメエらよりは確実に強い。レギオンなんざ数えきれないほど倒した。
年齢、身長、体重、経験、戦歴、あらゆる差で上回る俺の叱声に新入り達は怖気づき、身体が強張った。
それでも彼らの目は負けず俺を睨みつける。心は負けていないつもりらしい。何を言いたいのかは口にされなくても分かる。「白豚を認めるなんて」「白豚に従うなんて」「収容所を忘れたのか」「お前も同じエイティシックスだろ」と。
この中にはジャガーノートで白豚を嬲り殺す夢を見ながら夜を過ごした奴がいるかもしれない。収容所を出て、地雷原を突破して、大要塞の壁をぶっ壊して、その先にあるぼんやりとすら想像できない街を壊して、自分達がされてきたことを全部やり返す。
そんな夢はさっさと捨ててしまえ。
俺達の敵はレギオンだ。世界最強の無人戦闘兵器だ。
檻の中に閉じこもって文句しか言わない豚じゃない。
「最後のチャンスをくれてやる。戦隊長は誰だ?」
少年達は俺に怨色を隠さないまま、一人、また一人とミレイユに指をさしていく。全員が指をさすまで俺は黙って待つ。まだ指を伸ばさない奴、違う奴を指そうとする奴に睨みを利かせる。
全員が戦隊長を認めるまで一分とかからなかった。
ようやく場がまとまったところで倒れていた号持ちが起き上がる。タイミングが良すぎるが、おそらく俺が新人達をどう纏め上げるのか様子見していたのだろう。まだ意識を失ったままの奴もいるが、他の号持ちが頭を蹴って起こす。
全員の視線がミレイユに集まる。彼女が戦隊長と認められた証拠だ。彼らも心の底ではまだ納得していないが、自分達が決めたルールに則って選んだ戦隊長だ。都合が悪くなったらルールを変えて結果をひっくり返すような真似は自分自身が許さない。
それをやってしまったら、白豚と同じところに
ミレイユが毅然と俺達の前に立つ。痣だらけで鼻血の跡が残る顔は不敵な笑みを浮かべていた。
滑走路と空の境界線に日が半分落ち、灰かぶりの銀髪が夕日に照らされて輝く。通り抜ける風に乗って踊る髪が、風に巻き上げられ浮いたそれが、白銀獅子の
その場にいた全員が彼女に食われた。
ヒトとしての
「期待しろ」
「信頼しろ」
「信用しろ」
「願いを託せ」「祈りを託せ」
「背中を追いかけろ」「共に歩め」「大丈夫だ」「彼女ならやってくれる」
「連れて行ってくれる」「導いてくれる」
「彼女の為に生きろ」「彼女の為に死ね」「命を捧げろ」
「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「シタガエ」「シタガエ」「シタガエ」「シタガエ」「シタガエ」「シタガエ」「シタガエ」「シタガエ」「シタガエ」「シタガエ」「シタガエ」「シタガエ」「シタガエ」「シタガエ」「シタガエ」「シタガエ」
もう目が離せない。口を開けない。耳を塞げない。
カリスマに囚われた俺達は、ただ静かに女帝の下知を待つ。
「戦隊各位。これより最初の戦隊長命令を下す」
雰囲気が変わった。誰かを演じているように彼女は男のような口調で語り、振る舞う。
「現時刻を以って戦隊名<バルディッシュ>を
我が隊の名を<ジョスラン騎兵隊>とする!!」
彼女は両腕を大きく広げ、自信満々に、鼻を高々にして最初の戦隊長命令を告げた。
滑走路で風がびゅうびゅうと吹き、足元を枯れ葉が転がっていく。
今日は寒いなあ。晩御飯なんだろう? いつもプラスチック爆弾だけど。
「おい。マジでどうすんだよ」「戦隊長あれで大丈夫なのか?」「レギオンの怪電波とか受信してそう」「特攻とか玉砕命令とか出すんじゃね?」「胸を揉ませてくれたら認めてやろう」「黙ってろ。セクハラ野郎」「もう一回バトる?」「もうやだ。痛いし」「ブシドーとは死ぬ事と見つけたりとか言いそう」「ブシドーってなに?」「知らん」
誰もがミレイユを疑い始める。戦隊長としての素質があるのか、ジャガーノートの腕前はどうなのか、もしかして自分達はとんでもない馬鹿を戦隊長にしてしまったのではないかと考える。
無論、俺もその一人だった。
騎兵戦線異状アリ。
我、戦隊長ノ交代ヲ要望ス。