それを逆怨みした男が、イッセーに決闘を挑む
奇妙な土地だった。
草原を挟んだ左右それぞれに、帯状に広がる森があり、それぞれの森の奥に二階建ての洋館がある。そしてその洋館はそれぞれ赤と白に外壁を塗られていた。
自然に出来たものではない。
これはレーティングゲーム用に造られた擬似空間である。
今この空間内では、赤龍帝眷属と上級悪魔シュバルト眷属との試合が行われていた。
戦いは中央の草原地帯での総力戦の様相を呈しており、圧倒的火力を誇る赤龍帝眷属相手に、シュバルト眷属は苦戦していた。
後方、赤龍帝眷属の陣地に当たる森の入り口で、アーシア・アルジェントは仲間たちの戦いを見守っていた。
だが視界の端にふと、何かが動くのを感じた。
咄嗟に振り向くが、誰もいない。
気のせいだったのだろうか?
そう思いかけた瞬間、アーシアはすぐにそれを否定した。
いる。
森の緑に紛れて、人型の陽炎とでも呼ぶべき何かが、そこに立っていた。
アーシアは咄嗟に、シスター服の内ポケットから長さ30cmの棒を取り出した。
金属製のそれは、両端が丸く膨らんでおり、アーシアが魔力を流し込むと、1メートルほどの長さの杖に変わった。
教会の錬金術で造られた武器で、魔力を流し込むと長くなり、両端の膨らみには聖なるオーラが溜め込まれており、これで叩けば聖剣ほどでなくとも悪魔にダメージを与えられる。
ファーブニルは強すぎて、ラッセーは弱すぎて、それぞれ試合で使えないアーシアの護身用にと特別に開発された武器だった。
アーシアがその『聖棍』を構えた。
護身術に杖術を習ったので、様になった構えだ。
「おや。なかなか目が良いんだな、お嬢ちゃん」
軽薄そうな声が、人型の陽炎からした。
そいつが帽子を取るような仕草をすると、陽炎が晴れて、つば広の帽子を手にした男が姿を現す。
青い軽装鎧に、後頭部で結んだ青い髪。
しかし手にしているのは全体が生き血で染めたような不気味な赤で彩られた槍だった。
「こいつは被ることで姿を消せる魔法の帽子でな。おたくの王様や聖剣使いの姉ちゃんがド派手にやってくれてるから、なおさら動きやすかったぜ──弱い奴から潰して相手の数を減らしていくのが
「甘く見ないでください、私だって戦えます!」
「戦えます、ねぇ……戦いってのはな、同じレベルの者同士でやるもんだ。俺とお前さんとじゃあ、戦いにもならねえ、よっ!」
最後の「よっ!」に合わせて赤い槍が閃き、アーシアの聖棍をあっさりと弾き飛ばした。
「詰めだ」
そして赤槍は、アーシアの腹部に突き刺さり、シスター服を突き破って貫通した。
アーシアの体が、緑色の光の粒子となって消えていく。
「安心しな、急所は外してある──って、聞こえちゃいねえか」
《赤龍帝眷属の
槍使いの呟きに被るように、アナウンスが流れた。
それを聞いて、空中で敵の王であるケーニッヒ・シュバルトと戦っていた兵藤一誠の顔色が、ヘルメットの下で変わった。
陣地の森の方を見てみると、赤い槍を持った青い鎧の男が立っている。
そして男の槍からは、血が滴っていた。
「あの野郎ぉぉおおおおっ!!!」
一誠は怒りに叫びながら、槍使い目指して飛んでいく。
槍使いが一誠に気付いて振り向き、槍を構えた。
だが、彼に出来たのはそこまで。
大切なアーシアを屠られた一誠の、怒りの鉄拳が、文字通り腹に突き刺さった。
「げぼっ!」
槍使いは口から大量の血を吐く。
その顔面に、二発目のパンチがめり込んだ。
槍使いの鼻がつぶれて、前歯が全て粉々に砕け散り、文字通りに顔面がへこんだ。
だが一誠の怒りは収まらなかった。
護身用の武器を持たせ、技も学んだとはいえ、アーシアは回復要員であり、戦う力はないに等しい。
そんなアーシアをわざわざ狙った槍使いの陰湿な行為が、男として許せなかった。
「アーシアを傷つけた報いは、こんなもんじゃすまねえぞクソ野郎ぉぉおおおおっ!!!」
槍使いの髪の毛を掴み、顔面を地面に叩きつけたまま、背中のブースターを全開にしてフィールド中を駆け回った。
地面に顔面をこすりつけられ、槍使いは悲鳴を上げる事すら出来ない。ただ自分の顔で、地面に溝を掘る事しか出来なかった。
『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!』
その間も連続倍加で一誠はパワーを高めていく。
「くたばれ、このゴミクズ野郎ぉぉぉおおおおおおおっっ!!!!!」
そして槍使いを空中高く放り投げ、そこにすべてのパワーと怒りを込めた砲撃を叩き込んだ。
槍使いは何の反撃も出来ないまま、無様に消し飛ばされた。
『シュバルト眷属の
そんなアナウンスが響いた。
見ればゼノヴィアが、一誠に向かってサムズアップしている。彼女が仕留めたようだ。
一誠もヘルメットを鎧に収納して素顔を見せると、笑ってサムズアップした。
◆◆◆
「は? 訴える?」
ゲームから数日後、一誠はサイラオーグと一緒にトレーニングをしていた時に、そう聞かされた。
「この前お前とゲームで戦ったシュバルト眷属の
「そんな……」
一誠はショックだった。
確かに少々やり過ぎたかなと思ったが、ゲームとはいえ、戦いなのだ。死んでしまう事だってあるだろう。だからゲーム中に相手を死なせてしまっても、罪には問われないようになっている。
そうでなくても、戦いに臨む以上は命を奪う事も、奪われる事も、覚悟しておかなくてはならないはずだ。
「ケーニッヒ・シュバルトにしてみれば、連勝記録を止められた腹いせと言ったところだろうな。奴はプロデビュー戦以降連戦連勝、この前の試合で勝てばちょうど二十連勝だった。眷属を失った怒りよりも、それを破られた怒りの方が強いんだろう。どちらにせよ、俺に言わせれば女々しい行為だ。俺たちはみんな命をやり取りする覚悟を持ってゲームに臨んでいる。戦場では自分の思い通りにいかない事の方が多い。そういう心構えの点では、実戦もレーティングゲームも変わらん。ケーニッヒ・シュバルトはしょせん、何の覚悟も持たずに、ただ自分の思い通りにならなかったからと子供のように喚き散らして駄々を捏ねているだけだ。お前が気に病む事など何もないさ」
サイラオーグはそう言って一誠の背中を叩いて、慰めてくれた。
大きな手だが、それ以上にその男としての器の大きさに、一誠は惚れ直すような気分だった。
「そんな事より、アーシア・アルジェントの傷の具合はどうなのだ」
「はい、幸い相手の槍は内臓を避けて刺さっていたみたいで、アーシアが意識を取り戻してから自分の《
「そうか、それは良かった……彼女のような汚れのない女性が傷つくなど、あってはならんからな」
「はい、俺も同感です……だからこそ、もっともっと強くなってアーシアを守らないと……サイラオーグさん、組み手、お願い出来ますか?」
「言われるまでもないさ。さぁ、来い!」
二人はその後も、トレーニングに励む。
ゲームの事で相手に訴えられそうだという事は、もう一誠の頭の中から消えていた。
いつまでも過去にとらわれない、この気持ちの切り替えの早さも一誠の美徳である。
◆◆◆
結局訴訟の件は、魔王アジュカ・ベルゼブブが間に入って、相手側が訴えを引っ込める形となった。
それから一ヶ月後、一誠の元に一通の手紙が届いた。
それは、果たし状だった。
《先のレーティングゲームで殺された兄の仇討ちをしたい。一対一の決闘を申し込む。〇月Х日、駒王町と知絵巣市境にある廃工場まで来られたし》
そう書かれてあった。
知絵巣市は、駒王町とは山を挟んで隣り合っており、その山の中に廃工場がある。
「ほっときなさいイッセー。こんな何の正当性もない、逆恨みからの挑戦なんて、あなたが受けてやる価値なんて全くないわ」
リアスがそう言った。
他のD×Dメンバーも同意見だ。
「──いや、俺は行くよリアス。どんな相手からだろうと、挑まれた戦いに背中を向けたりなんかしたら、俺を応援してくれている子供たちに顔向け出来ないからね」
そう答える一誠の顔は、戦士としての崇高な覚悟を宿した男らしい表情だった。
指定された日に、指定された場所へ、一誠は向かった。
リアスたちも無理を言って同行した。
一対一の決闘と言っても、相手がそれを守るという保証などないし、そもそも一人で来いとはどこにも書かれてないのだ。
だが、行ってみると、そこには緑色の槍を持った男が、一人ぼっちで待っていた。
シュバルト眷属の槍使いの弟らしいが、なるほど兄によく似た軽薄そうな顔つきだ。
兄と同様、長く伸ばした髪を後ろで結んでいるが、兄が前髪を全て上げていたのに対し、弟はお洒落のつもりなのか右半分だけを上げていた。
兄に比べると、着ている鎧も若干重装備だ。
「大勢さんでよく来たな。こっちは身体も暖まってる。そっちさえ良ければ、早速始めようじゃねえか」
槍使いの弟は片手で槍をクルクル回転させながら、そう言った。
これから燚誠の赤龍帝と戦おうというのに、ずいぶんと余裕のある態度だった。
「その前に、私から良いかしら?」
リアスが眉根を寄せた険しい顔で、前に出た。
「グレモリーのお姫様か。何っスか?」
「あなた、自分が何をやってるかわかってるの?」
「兄貴の仇討ちですが何か?」
「その件ならもう終わったはずよ。魔王ベルゼブブ様の勅命で、ケーニッヒ・シュバルトが訴えを取り下げるという形でね」
「あー、旦那様も悔し泣きしてたなぁ……俺らの親父みてぇな歳のオッサンのマジ泣き見るのは、なかなかキツいもんがあったわ……まぁ、俺はもうシュバルト眷属やめたからよ、旦那様とはもう何の関係もねえ。俺個人の自由で、殺された兄貴の仇を討つ。それだけだ」
「それが筋違いだと、何故わからないの? ゲームで相手を死なせてしまっても、罪には問われないようになっているのよ?」
「罪に問われなきゃ、何してもいいのかい?」
「少なくとも、お互いに命を落としかねない対等な条件での試合での結果は、受け止めるべきよ」
「あんたがそう思うんならそうなんだろうな。あんたの中では、な」
槍使いは後半の台詞をわざとらしくゆっくりと言った。
「どの道、貴様の兄は死んで当然の男だった!」
ゼノヴィアが割って入った。
「敵味方入り乱れての総力戦で、自分一人だけ戦線を離れて、か弱いアーシアを狙った卑劣漢、それがお前の兄だ! 一誠が殺らなかったら、私があの卑怯者を断罪していたところだ!」
「あんたがそう思うんならそうなんだろうな。あんたの中では、な」
槍使いは同じ台詞を、ゼノヴィアにも言った。
「お前等がどう思っていようが関係ねえ。兄貴を殺したそいつが許せねえ、だからぶっ殺す。それだけだ。さぁ、さっさと変身しなよ兵藤一誠。それとも、そのまんまでやるかい?」
「みんな、下がっててくれ」
一誠が前に出た。
そして、真『女王』の鎧をまとう。
「コイツは俺を憎んでいる。怨みを晴らすためなら何でもするだろう。それこそ、俺の両親や友達だって平気で狙ってくるかも知れない。だからコイツは、今ここで倒す!」
一誠は背中のブースターを噴かせて突撃した。
槍使いは自分の槍を地面に立てて、棒高跳びのようにその突撃をかわす。
だが、一誠の鎧の背中から生える尻尾の先端に、試作型アスカロンⅡが現れて、上空の槍使いを攻撃した。
「おっと!」
槍使いはその変則攻撃を槍で払いのける。
一誠は着地した槍使いに接近していく。
両手にはアスカロンとアスカロンⅡが装着されていた。
槍はリーチこそ長いが、そのリーチの長さこそが欠点だ。懐に飛び込まれると弱い。
そして、懐に飛び込むだけの機動性と突進力が、一誠にはあった。
だが、槍の射程に入った途端、槍の切っ先が眼に刺さりそうになる。
一誠は慌てて真横に跳び、眼を突かれるのを避けた。
そこへ槍使いの追い討ちが来る。
高速の突きが連続して飛んできた。
だが木場の神速の剣に比べれば、全然遅い。
一誠は迫る槍を切り落とそうとアスカロンを振るうが、その攻撃は空振りに終わった。
槍使いが物凄いスピードで、槍を引いたのだ。
そして引いたかと思った槍が再度繰り出され、一誠の鎧の隙間を突いて、腹部に刺さった。
「ぐああああっ!」
一誠の苦痛の叫びが、廃工場に響く。
ただ槍で刺されただけの痛みではなかった。
ドロドロに溶けて真っ赤に焼けた鉄を、細胞の一つ一つに注入されたかのような激痛だった。
「おっと、言い忘れてた。俺は魔法使いと契約結んでてな。そいつに頼んでこの槍に、龍殺しの属性を付与して貰ってんだ。しかもこの槍の穂先は、聖別された銀を錬金術で強化した特殊素材で出来てる。ま、ちょっとした龍殺しの聖槍って訳さ。全体を緑色で塗っといたから、わからなかったろ?」
槍使いはニヤリと笑って、説明する。
見れば槍の穂先には、何やら文字が彫られていた。
一誠は全身から力が抜けて、その場にガックリと膝をついた。
「なぶり物にする趣味はねえ。コイツで終わりにしてやるよ」
槍使いは槍を逆手に持ち、狙いを一誠の心臓に定める。
「やめなさい! もう勝負は着いたわ! それ以上は復讐でも何でもない、ただの殺人よ! そんな事をしてもあなたのお兄さんは喜ばないわ!」
「当たり前だろ」
リアスの制止に、槍使いは冷たい声で答えた。
「兄貴は死んだ。コイツが殺した。死者は喜びもしねえし悲しみもしねえ、何も言わねえ。これはあくまでも、俺がやりたいからやってる事だ!」
「いけません! イッセー様は冥界になくてはならないお方ですわ!」
「いつまでも過去にとらわれてちゃいけない! もうお兄さんの事は忘れるんだ!」
レイヴェルや木場も制止するが、槍使いは構わずとどめを刺そうと、槍を突き出した。
だが、それより一瞬早く、一誠の尻尾の剣が槍使いの胸を貫いた。
「ぐはっ!」
聖剣で刺されて、槍使いは激しく吐血した。
だが、それでもなお憎悪の槍をぶちこもうとしてくる。
「うおおおおおっ!」
一誠は最後の力を振り絞り、両手のアスカロンとアスカロンⅡを槍使いの腹に突き立てた。
更に翼の砲身を展開して、狙いを定める。
『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!』
連想倍加で高めたエネルギーが、閃光となって放出される。
槍使いは跡形もなく消し飛んだ。
戦いが終わって、仲間たちが駆け寄ってくる。
アーシアがすぐに腹の傷を《
「イッセー、たった一人でよく頑張ったわね。そして、よく勝利したわね。とても男らしかったわ」
リアスがそう言って一誠を抱き締める。
一誠はヘルメットを鎧の中に収納して、顔中でおっぱいの柔らかさを確かめた。
すぐに朱乃を始めとした他の女性陣が、我も我もと胸を押し付け始め、大騒ぎとなった。
◆◆◆
それから一週間が過ぎた。
木場とトレーニング中に、木場が言った。
「イッセーくん、この前の槍使いが言ってた魔法使いのこと、覚えてるかい?」
「ああ、確かアイツの槍に龍殺しの属性を付与したとかいう奴だっけ?」
「その後の調査で、その魔法使いは
「な、何だって!?」
「それでその魔法使いはもう逮捕されたんだけど、ケルト神話由来の魔法使いらしくてね、魔王アジュカ様がケルト神話の神々に強く抗議して、龍殺し属性を付与するルーン魔術を廃棄させたそうだよ」
「そ、そうか……」
一誠はホッとした。
今後、龍殺し属性を付与した武器が出回る事はないという事だ。
「それにしてもこの前のは何て言うか……俺ももしリアスやアーシアを殺されたら、きっとあんな風に怒り狂って復讐しようとするだろうな……そう考えると、いまいち喜べねえや。なんか、アイツが可哀想でさ」
「イッセーくん……自分を殺そうとした男をそんな風に言えるなんて、君は本当に優しくて誠実だね」
「やめろ、男に言われても嬉しくねえよ!」
「アハハ、ひどいなぁ……でも大丈夫だよ。君はアイツみたいな復讐鬼にはならないさ。それにリアス姉さんには僕が、アーシアさんにはゼノヴィアがついてるからね。そんなもしもは起こらないさ」
「それもそうか。信頼してるぜ、親友!」
イッセーはそう言って笑った。
その明るい笑顔に、木場は暖かい気持ちになれた。
(リアス姉さんだけじゃない、君の事だって僕が守るよ、イッセーくん)
口にするとまた文句を言われそうなので、心のなかで呟く木場だった。