箱庭の生態系   作:彼岸花ノ丘

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セトゲヘドロサバ
セトゲヘドロサバ1


 宇宙空間に上下は存在しない。

 とはいえヒトが生活する空間である以上、キューブには重力が存在している。キューブ建造時の最先端科学により生み出されたものだ。重力がある故に、キューブには上下がある。つまり階層にも上と下があるという事。

 キューブ最下層。そう呼ばれていた領域は、大量の水を湛えていた。

 二十万年前まで、そこは巨大な水槽として使われていた。今でも四角く区切られた、一辺百五十メートルほどの正方形状の窪みの中に大量の水が入っている。二十万年の月日を経てところどころ壁が崩れ、幾つかの巨大な『湖』にようになっているが、全体的には整然とした風景を維持していた。自然ではなく人工物の様相を色濃く残しており、草原と化した居住区画や、密林状態になった公園区画とは大きく異なる。

 しかしいくら人工的な風景が残っているとはいえ、此処の水を飲んだり、或いは泳いだりしようと考えるヒトはいないだろう。何故なら水からは強烈な悪臭が漂っているからだ。挙句水は緑色に染まり、そこから発せられる臭いが最下層全体を包み込んでいる。

 美しい自然が広がる他の層と異なり、此処だけはまるで汚染された区画のよう。こんな場所に動物が生きている筈がない……多くのヒトがそう感じるだろう。

 だが、彼女達はそこで生きていた。しかも腐りきった水の中で。

 

「……コポ。コポポ」

 

 数多ある凹みの中の一つの底、水深百五十メートルの位置に彼女はいた。

 体長二十二センチ。身体は細長いものであるが、正面から見ると三角形の体型をしている。腹部分が平らであり、水底に安定して『立つ』事が出来た。尾ビレも胸ビレも小さく、大きな推進力を生むのには向いていない。背ビレには膜すらなく、棘のように並んでいた。口は下を向いており、上や正面ではなく、下側の餌を食べるのに適した構造をしている。

 体色は透明で、皮膚の下を流れる血が見えるほど。目は直径五ミリという小ささで、まるで洞窟に棲み付く生物のようだ。尤もその姿は真緑色の汚水に阻まれ、彼女達の身体を水の外に出さなければ見えやしないだろうが。腐敗臭を放つ水の中にいるが彼女は全く元気な様子で、口から水を取り込み、鰓から吐き出す事を平然と行っていた。

 汚水の中でも平然と生き抜くその姿に、ヒトは一種の嫌悪を抱くかも知れない。汚らわしい環境で生きる、汚らわしい生命だと。そこまで思わずとも、この腐敗した水に浸る彼女達を食べようとは早々思うまい。

 元々彼女達の祖先は、ヒトが食べるために連れてきたというのに。

 だがキューブの分離から年月が流れ、彼女達は新たな姿を得ている。もう、ヒトに食べられるために生きていく事もない。汚染された世界に閉じ込められた彼女達は、それ故に野生を取り戻した。

 汚れた野生の世界を生き抜く生命の暮らしぶりを、その生涯を追う事で見ていこう。

 

 

 

 

 

 真核生物ドメイン

 

 脊索動物門

 

 条鰭綱

 

 スズキ目

 

 サバ科

 

 ヘドロサバ属

 

 セトゲヘドロサバ

 

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