狂った世界とその日常   作:電磁パルス砲

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悠也が狩りに行くようです。過去もあるよ。

※露骨な食人注意


れっつ、はんてぃんぐ

俺の世界には、鏡の中にもう一つの世界がある。

 

それは合わせ鏡をすると出てきて、文字がすべて反転していることを除くと現実とほとんど同じような世界。

恐怖心からできた怪物、通称ナイトメアがうじゃうじゃ居るような、そんな世界。

 

そこに俺は降り立った。

 

少し高い場所から落ちて着地し、周囲を見渡す。

昼間だというのに空は濃紺で、現実とは真逆の夜のような印象を覚えた。

湿った風が制服の上着を大きく揺らすと同時に、血肉に似た甘い匂いが微かに伝わる。

 

どうやら今回の着地地点はどこかの屋上のようだ。落ちる場所は毎回ランダムで、敵陣の真ん中に落とされることもあった。

落下防止のフェンスが折れたその下には、ショッキングピンクの血が大きく広がっている。

死体がないため判別できないが、誰かが飛び降りでもしたような光景だ。

とても落ち着く、俺の求めていた空気。すべてが異様な雰囲気を持つこの空間が、なぜか懐かしく感じられた。

 

 

ここに来た目的はただ一つ。それ即ち。

 

 

新しい場所に行って、新しいものを食うことである。

 

 

……正直、ナイトメアはとても美味い。人肉の代わりにも多少はなってくれる。

なので新たな食を求め、新天地へと向かうのだ。

仲間には異常が起こったから、と伝えてある。

ついて来ようとするのを止めるのは大変だったが、あいつらも薄々気づいているだろう。やけに察しのいい奴らだからな。

 

ちなみに、異常が起こっているのは本当である。

 

最近、あの独特な甘い匂いが鏡の外に漏れ出ているのだ。俺以外には物が腐った匂いに感じるらしい。

前からこんなことはなく、大体ここ一週間くらいから起きている。他にも黒い影が見えた、とも聞いた。

その調査がてら狩りをする、といった考えだ。

 

考えるよりまず行動。

 

ビルに張り巡らされていたパイプを伝い、道路に降りる。意外と耐久力があった。

この場所は高いビルが多く、戦いづらそうだ。もう少し開けた場所へ行こう。

 

空の暗さも相まって足元が見づらい。こんな時のためにと持ってきた、家にあった提灯のようなものに明かりをともし、のんびりと歩く。

こうして見てみると、廃墟になった街を歩いているようで面白い。

人なんて俺一人しかいないような。……実際そうなんだろう。こんな世界に普通の人が迷い込めば、すぐ喰われてお亡くなりになる。

 

俺はというと、もうここら辺のナイトメアに顔を覚えられているらしい。なので襲ってもこないし、むしろ逃げる。

襲ってくる奴らにとにかく突撃!お前が晩御飯!!していたらこうなっていた。

匂いが分かるから隠れても無駄だが、今日は手を出さないでおこう。新天地へ向かうからには、新しいもので腹を満たしたいのだ。満たされるかはわからないが。

 

「……ん」

 

足を止め、道を見る。

 

ここから先、道が道路から田舎っぽいあぜ道へと変わっている。

境目はハサミか何かで切り取ったみたいに真っ直ぐで、道路の方にあるビルも、縦から真っ二つになっていた。

こちら側が都会のようだったのに対し、あぜ道の方は沢山のヒマワリがこちらを見ている。

 

とても、物理的に凝視してくる。

 

ヒマワリの中心にとてもリアルな目があって、全ての花が俺を見ているのでは、と思うほどに大量のヒマワリがこちらを見ていた。

視線が好奇心か警戒かはわからないが、取りあえず初めて見るので食ってみたいと思う。

 

こちらを見るヒマワリの一輪を掴み、根っこをぶちぶちと千切りながら、芋を引っこ抜くような動きでもぎ取る。

掴んだ瞬間に周りの視線が一気に恐怖へ変わった気がしたが、まあいい。

 

「……いただきます」

 

その言葉は彼らにとって死刑宣告にでも聞こえたのだろうか、こちらを見る恐怖に満ちた視線が、一斉に明後日の方向を向いた。なんて薄情な奴らなんだろうか。

先ほどより一層びちびちと強く抵抗を続けるヒマワリに、そのままかじりつく。

……意外と普通の野菜のような味。ほうれん草の食感をかなり固くした感じで、味もそのままほうれん草だ。

 

これはもうヒマワリなどではなく、固いだけのほうれん草だ。

おひたしなんかにすれば柔らかくなるだろうか。ぐたりと動かなくなったヒマワリを見ながらそう思った。

 

さて、次は花だ。

千切った花びらを口に入れてみれば、ほのかにリンゴのような甘い味がした。口直しによさそうな味である。

しかし絶望的に茎との相性が悪い。今食べなきゃよかった。同じボディなら食い合わせもいい感じであってほしかったよ。

因みにヒマワリの種がある部分には内臓が詰まっていた。やけに塩味のきいた目が美味かった。

 

 

リンゴ風味の花びらをもっしゃもっしゃとかじりつつ、あぜ道の探索を再開する。

始めて来るところなので、念のため愛用のナイフを手に持って警戒しておく。

 

しばらくあぜ道を歩けば、脇のほうに小さな小屋が建っていた。

木造でかなり古いようだ。壁に覗けるような隙間があちこちにできている。それなのに鍵は固くかかっていて、力ずくでは開けられそうにない。

 

……これはもう見ろと言っているようなものではないか。

そっと。もし中に何かが居たとしても気づかれないように、中を覗く。

 

 

 

 

 

 

赤い、赤い目だ。

俺とお揃い。違うところをあげれば、白目がすべて、深紅に染まっているところだ。

 

たくさん、たくさん。

 

 

そんな大小さまざまな、複眼のようにぎちぎちの赤い目と目が合った。

 

 

 

 

 

 

「―――いや、気持ち悪いよ流石に」

 

『ギシャァァァアアン!?』

 

覗いていた穴にざく、と心地いい音を立ててナイフが刺さる。

白目が赤くなっていたりするだけなら、わぁ綺麗と何となく言っていただろう。しかし、いろんな大きさの眼球がひしめき合っているのは、どうにも気持ちが悪い。

なので、反射的に刺した俺はあまり悪くないと思う。

背後には木目のついた鎌が迫っていたが、目を刺したと同時に暴れだした。相当痛かったのだろう、小屋から声にならない声があふれ出ている。

 

どうやらこの小屋自体がナイトメアらしく、興味を持って覗いたやつを獲物にするようだ。

ここを通る人間なんて俺くらいしかいない。もっと言えば、その俺も人外だ。まったく、何でこいつはこんなにも非効率的な手段を選んだのだろうか。

 

動きが止まったので、壁を剝がして食ってみる。

ビスケットの様な味。ジャムが欲しくなるな。

さっきの花びらと合わせればかなりうまそうだ。

 

流石にこの大きさだと喰うのに時間がかかる。そして飽きる。

それでもきっと、この空腹は満たされないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……大物を食っている間に、一つ昔の話をしよう。

 

6歳になる年のある日、親と一緒に神社へ行った。

うるさく蝉の鳴く、じっとりとした暑い日。暗い道を屋台と提灯の光が照らしている。

親とはぐれ、ひとり下駄を鳴らしながら歩いた。

 

泣きもせず、慌てもせず。ただずっと歩いていた。

 

ふと、白い何かが足元を通り抜けた。

狐だ。

 

それがきっかけにひしめき合っていた人は皆いなくなり、俺と、近くにいた狐だけが残った。

 

 

今思えば、それは神隠しというものだったのだろう。やけに神聖な雰囲気を持った白い狐は、こちらを見ていた。

くるる、と鳴いたそれは、俺にいくつもの尾を巻き付けて言う。

 

『あなたが満たされることはない』と。

 

唐突に放たれた言葉に返す暇もなく、世界は正常に戻った。

さっきまで居た祭りなどなかったように、いつもの神社に戻っている。袋の金魚は死に、浴衣は汚れていた。

 

日に照らされ呆然としていると、誰かの叫びが聞こえてきた。

俺が居なくなって一週間が経っていたらしい。

泣いて抱きつく人もいた。大丈夫かと心配する人もいた。

 

そんなこと、もうどうでもよくなっていた。

 

心に穴が開いたような、無機物に入れ替わってしまったような。何も感じることができない。

あの狐に、心が食い尽くされたような感覚だった。

 

 

 

家に帰ったその夜。

 

腹が減った。それしか考えられなかった。

何か、何か口に入れなければ。

既に夜も深く、店もやっていない。

 

早く、早くはやくはやく、なにか、ニクを。

 

ずるずるとはい回る体は白く染まり、赤く光る眼が暗闇を舞う。

もはや人でないそれは、ただ食い物を探していた。

 

 

 

ああ、甘いにおいがする。

 

大きなものが、ひとつふたつ。あれを食ってしまおう。

 

 

 

すやすやと寝息を立てるそれへ、一歩一歩近づく。

 

ゆっくり、ゆっくりと首を絞める。

声を出させぬよう、静かに。息を止めようとするその手は、大人でもはがせないほどの力を持っていた。

やがて、こきり、と。小さな音が聞こえ、その体の生命活動は停止した。

もう一つの方も、と首を折る。もう騒いでも見つからない。邪魔されない。

 

心臓が止まれば、もう肉塊。

徐々に冷え始めたその肉へ、()はかじりついた。

 

 

 

……それからの記憶がない。

朝になって、辺りには血が飛んでいた。親は跡形もなく消えた。

それなのに、何も感じることがない。酷く当たり前のように思えるのだ。

 

自身に生えたしっぽを見る。

真っ白な、赤の映える四本の尾。血が絡みつき、所々毛が固まっていた。

 

窓から差し込む光が、やけに明るく思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……ごちそうさま」

 

手を合わせ、頭を下げる。ナイトメアとはいえ、命を奪ったことに変わりはない。でもきっと俺に食われた生物は救われてるので多分大丈夫。多分。

 

あの日以来、人を食わないと空腹が満たされなくなった。

歩いている人がどうしようもなく美味そうに見えて、日々その欲と戦っているのだ。気を抜いた瞬間に飛びかかろうとしたこともあった。

 

そんな時に出会ったのが、この世界だった。

狐を抑えきれなくなった時にここへ逃げ込めば、現実世界の被害は無くなる。ナイトメアが代替品になることを知ったのもその時だ。

人肉に似たものもあり、たまに見た目と全く違う味のものがあって面白い。

 

これまでいろいろと喰ってきたが、一番うまかったのは……

 

 

如月、つまりは“管理人”だ。

 

 

管理人、というが正体もわからないし、彼一人しか食ったことがないので詳細はわからない。しかしあの熟成されきった、最高級の肉と言っていいほどの味はこれまでにはないものだった。

部位が薄いうえ、数口分のあの量だけでも満足できるなら、すべて食い尽くせたらようやく腹が満たせるのだろう。

ああ、思い出したらまた食いたくなってきた……。

 

もう思い出すのはやめよう、と頭を振り、垂れたよだれをぬぐう。

せっかく腹が膨れたと思ったのに、台無しだ。

 

はぁ、と肩を落としていると、遠くで微かに音が聞こえた。この音は……笛?太鼓?祭囃子のような音だ。

後ろを振り返ってみれば、俺の居る道のかなり遠くの方、光が固まってこちらに近づいてきていた。

 

なにか、やばい気がする。

 

野生の勘、とでもいえばいいだろうか。あれに追いつかれたなら、生きていることも難しくなる、と直感的に思うのだ。

『死神』よりも強大な敵。正直どんな味がするか気になるが、今は逃げることが得策だと考えた。

 

地面に手をつき、足に力を込めて地を蹴る。尾が車のテールランプのように線を引き、周りの景色が後ろへと過ぎ去っていく。

やはり普通に走るより四つ足で走る方が速い。あまり人に見せられるような姿ではないが、一人の時は効率がいい。

ただ後ろのものを振り切ることしか考えず、全速力であぜ道を走った。

 

 

 

……おかしい。

後ろの祭囃子が、こちらに近づいてきている。並のナイトメアなら引き剝がせているところだが、明らかにこちらを認識して追いかけているのである。

そもそもかなりのスピードだというのに、向こうはそれを上回る速度で動いているというのだ。なにそれ怖い。

 

息が上がり、姿勢が崩れてくる。そのまま横へ倒れこむように、ぐしゃ、と音を立てて転がった。

このままでは追いつかれてしまう。そう思うも、体が動かない。

 

視界がかすみ、黒く染まっていく。

祭囃子が近づいてくる。

 

ぁ、もう、いしき、が…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……甘い、匂いがした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人の、脳の匂いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう、にがさない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がば、と起き上がれば、俺は袋のようなものに入れられている最中だった。

生暖かいそれにナイフを突き刺せば、バターのように切れた布地から黒い血が飛び散る。

 

血を目くらましに、集団で襲い掛かる影のような人型を斬る。

斬る、斬る、血が飛ぶ、少し下がって斬る。

彼らの持っていた楽器は凶器へと変貌し、手慣れた様子で振り回す。

その武器で、技術で、どれ程の人を殺してきたのだろう。甘い匂いが染みついたその体に、血で黒く染まった刃を突き立てた。

少し体を引っ張れば、みちみちと音が鳴って千切れる。興味本位で、それを口に入れてみる。

 

……あぁ、なんてまずい肉だ。

人の肉にも遠く及ばない、硬い肉。油でぎとぎとした血。口に広がる不快感。

どんな味かと期待していたが、失望した。

 

本気で消しにかかろう。

 

もう一本の、柄がピンク色のナイフを取り出す。目玉の装飾が付いたそのナイフからは、無機物なら有り得ない微かな体温と脈動が伝わってきた。

ざく、と一度影を斬り捨てれば、それが霧散する。先ほど切った時よりも刃が軽く、斬りやすい。

このナイフで敵を斬ると死体が残らないので不便だ。しかし、今はそんなことを考えなくてもいい。

 

さぁ、喰いつくしてしまおう。

 

ナイフを握りなおし、黒い波に立ち向かう。

その顔には、不自然な笑顔が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「101、102、103」

 

斬った数を数えつつ、淡々と消していく。

残りがあと少し。

 

「104、105、106、107」

 

怯えている。逃げようとする。

しかし、そんなことを許すはずがない。

人の命を奪ったのならなおさらだ。

 

「……108」

 

最後の一体に刃を突き刺し、抜く。死体はナイフが抜けたところから黒い霧となって消えた。

辺りはしん、と静かになり、先の戦いなどなかったかのようだった。

そして、体は勝手に甘いにおいのするほうへ向かう。

 

彼らが持っていた袋を開けてみれば、数人分の死体が入っていた。酷く腐敗が進んでいて、外の世界なら蛆が湧いていただろう。

濃厚な甘ったるい匂いが広がり、よだれが出る。

本当、こんなものを見て食欲がそそられるようになるとは、酷い体になってしまったものだ。

 

袋から腕だったと思われるものを取り出し、迷わず口に入れる。

甘い。どろりと口の中で溶け、感覚でいえばチョコレートのような感じだ。

骨を嚙み砕き、腐った肉を食い。俺は今、他の人にどう見えているのだろうか。この匂いもきっとひどい匂いなのだろう、とんだ異常者に見えるはずだ。

 

周りに人が居ないのをいいことに、袋に顔を突っ込む。強くなった匂いに頭がしびれ、くらくらした。

最初の目的と逸れてしまっているが、もうそんなことはどうでもいい。ただ、これを気が済むまで食い漁りたい。

自身の底から湧き上がる欲望に素直になり、ぐちゃぐちゃと甘い肉を食い続ける。

美味しい。段々と腹が満たされる感覚が、幸せで仕方がない。これが本能、というものだろうか。そう思いつつ、一心不乱に食べた。

 

気づいたころには、もうとっくに袋の中身は無くなっていた。

あれだけの量を食って、ようやく腹六分、といったところか。まだ腹は減っている。

ここはひとつ、如月のとこにでも寄っていこう。

ゆっくりとあぜ道を引き返し、鼻歌を歌いながら歩いた。

 

 

その後、腐肉浴びたまま来るな、だとかシャワー浴びて来いお前、と怒られたのはまた別の話だ。




異臭騒ぎは収まっていたようです。
ちなみにここの世界はクリア後ですが、とある理由で物語が終わっていません。
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