狂った世界とその日常   作:電磁パルス砲

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いつも死ぬ人と残される人の話。

※マグロは轢死体の通称。


マグロになった日

side:奏

 

時刻は23時。

 

周りに民家もない田舎の駅だからだろうか、まあまあ設備の整ったホーム内には誰もいない。

今日は時が戻ってから三日目……死亡解禁日である。

 

「はぁ、は、っふ……」

 

これから起こることへの期待で勝手に息が上がり、体が震える。

 

この日まで、常に死ぬことばかり考えていた。

 

首を吊ろうか、ダンジョンに行ってみようか。リストカットもいいし、飛び降りもいい。薬はあまり興奮しないな……あぁそうだ、水に溺れるのもいいかもしれない。

 

これまでとは一線を画す、至高の快楽。

誰かに刺されて死んでみたい。それで感じている自分を、冷ややかな目で見られたい。

そんな歪んだ欲求。

溜まりに溜まったそれを、今日ようやく発散できるのだ。

 

自分が死んでも、どうせ誰も気にしない。

だから、こんな事をしても許される……俺的にはそう思っているが、多分他人から見れば異常者だ。

 

なかなか電車は来ず、焦らされているような気分になる。ダイヤが遅れているのだろうか?

まぁそれも自分にとっては興奮材料でしかない。散々待たされた後のご褒美はとても甘美なのである。

 

電車に轢かれると、血肉が広範囲に飛び散るという。

さながら人間花火、といったところか。自分で見られないことが悔やまれるが……如月ならなんとかできるだろうか。

 

『間もなく、4番線に……』

「ひぅっ……!」

 

来た。

アナウンスについ反応して、喘ぎに似た声が漏れる。周りに人がいなくて本当に良かった。

今にも崩れ落ちそうな体を必死に支え、少しずつホームのへりへ移動する。

 

タイミングを計り、背から落下する。

表情筋に力が入らない。今俺はどんな顔をしているのだろうか。きっととてもだらしない、気のゆるんだひどい顔だろう。

落下する浮遊感と、電車のキンキンとした音。

さて、今回の痛みを体感することにしよう……そう思い、目を閉じようとした。

 

閉じようとした、のだが。

 

 

「……みつけた」

「え」

 

 

空間が歪んで、突如上から振ってきた日向(変人)にその行動は遮られた。

 

言い返す間もなく視界が光に包まれ、衝撃が体を走る。

骨が折れ、肉の裂ける音が二人分鳴り響く。

 

意識を失う前に見た光景。

降って来た彼の口元は、不思議と上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side:日向

 

「あぅ……会いたい……寂しいよぉ……」

 

抱き枕を一層強く抱きしめ、か細く呟く。思うのは愛する彼のこと。もう二日と3時間26分13秒ほど会っていない彼、奏の事。

奏の声も姿も見ずに二日。成分が足らなくて死にそうだ。電話しようにも着信拒否されていて、かけても意味が無い。照れているんだろうか。かわいい。

 

まぁそんなものに頼らなくても、盗聴器に監視カメラ、GPSも仕込んでいるのでいつでも駆け付けられる。大好きな人を守るのだから当然のことである。

奏がどんな生活をしているか、何を食べたか、いつ寝たか。全て覚えている。

いつでも見ているのだから、成分とやらは足りているのでは?と思うやつもいるだろう。大間違いだ。

 

この目で彼の姿を見て、彼の吐いた息を吸わないと生きた心地がしない。

そう思うほどには重症だ。

 

さて、そろそろ彼が寝る時間だ。

彼の寝顔でもみて、この気持ちを少しでも抑えなければ……そう思って、監視カメラの映像にアクセスする。

したのだが。

 

……居ない。

 

自室、リビング、廊下、台所。どこにも彼の姿はない。

奏が、こんな夜中だというのに外出している。今日一のトップニュースに躍り出たその事実は、俺を焦らせるには十分だった。

 

急いで体を起こし、頭をフル回転させて考える。

 

コンビニ?いや、ああ見えて彼は結構めんどくさがりだ。何か買うなら「明日学校から帰るときに寄ろう」とか思うやつだ。絶対違う。

カメラのない別の場所に居る?……だったら、盗聴器が何かしら音を拾うだろう。そんなものは全くない。よってこれも違う。考えるとすれば、やはり家の外だろうか。

まさか……誘拐!?すぐさまGPSで居場所を調べてみれば、彼はかなり遠くの駅に向かっていた。速度からして自転車だろうか、少しずつだが進んでいる。

 

誘拐という推測は外れたが、まだ最悪の事態が残っている。

 

「自殺、か?」

 

この世界が繰り返して、彼が何度もするようになった行為。

数十、数百と見た彼の死にざま。そのすべてを覚えている……いや、忘れられないと言った方が正しいか。

 

首を吊り、虫がたかって腐り落ちた姿。

罠にかかってぐちゃぐちゃにすりつぶされた体。

真っ赤に染まった浴槽に沈み、眠っているような顔。

広がるピンク色の肉と血。

空になった薬の瓶が転がり、吐いた形跡の残る部屋。

水を吸ってふやけ、骨からずるりと滑り落ちた肉の感触。

 

何度も、何度も何度もその現場を見た。

最初はたちの悪い夢だと思っていた。それでも、何十回と繰り返されるそれを見ていれば、嫌でも現実だとわかってしまう。

 

そして迎えた59回目の奏の死。

彼は死神に頭を撃ち抜かれ、赤い赤い花を咲かせた。

 

 

そんなグロテスクな光景に、いつからか興奮するようになっていた。

 

 

その周は珍しく長い間奏が生きていた。初めて恋愛的に人を好きになった。

自覚がなかっただけで、前から彼の事が好きだったのかもしれない。

人格が歪められたことに気づいたとき、俺は心をすべて奏に奪われたような気になった。

少し離れているだけでも辛くて、もう自分の物にしてしまいたい、と思う日々。

奏が死んで、数日たった死体を持ち帰った。ようやく自分の物になったというのに、虚しくて寂しくて仕方がない。

 

奏の最期を奪いたい。

そんな思いが胸のどこかに今もあった。奏が死ぬ姿はもう見たくもないはずなのに。

俺はおかしくなってしまった。奏に染まってしまった。

 

もう、後戻りはできないのだ。

 

 

ばさ、と水色のジャージを羽織り、窓を開ける。思い浮かべるのは愛する彼の姿。

まあまあの高さがあるそこから飛び降りれば、すぐさま黒いグリッチが体を覆った。

 

彼を助けるため、自分が最期を奪うため。彼のもとへと転移する。

 

 

暗かった視界が開け、辺りが光におおわれる。

耳をつんざくようなブレーキの音が鳴り響き、一瞬が何十倍にも引き延ばされたような感覚に襲われる。

 

真下に居る彼と目が合い、口角が上がった。

そしてつかの間の幸せに埋もれながらつぶやくのだ。

 

「……みつけた」

 

啞然とした様子の彼の顔がいとおしくて仕方ない。しかし、もう終わりが迫っている。

一瞬、その名の通りに時間はすぐに過ぎ去るもので。

 

ぶつかった電車が引き起こした壮絶な痛みとともに、俺は幸せなまま意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side:奏

 

「で、二人して復活してきたと」

 

どろどろの血まみれになっている俺達を前に、どうりでいつもより疲れるわけだ、と如月が呆れたように言った。

呆れられても俺にはどうしようもない。疲れた原因は全て隣にいる馬鹿が悪いのだから、そいつに言ってくれ。……今は到底口を聞ける状態ではなさそうだが。

 

「が、……あ、ぁあ……」

 

命にかかわるようなやばいほうの痙攣をしながら、隣で日向が白目をむいて泡を吹いている。見た目も相まって明らかに死にかけだ。

幸い体が横になっているので、泡が喉に詰まることはないだろう。この状態で息ができないのはかなりつらい。

きっと彼は内臓が張り裂け潰され、肉が引きちぎられるような、そんな壮絶な痛みを感じているのだろう。死ぬことはないから大丈夫だ。ショックで記憶が飛ぶかもしれないが。

如月は必死に見て見ぬふりをしている。見たくないなら来なければいいのに。

 

まぁ、自分以外がやったらこうなるということだ。流石は一番きつい自殺方法と言われているだけある。

……痛みが増えれば、俺にとっての快感が相対的に上がることになる。こうなる痛みをすべて別の感覚に変換できる俺、すごい。

実際、この死に方は一番気持ちいい。

だが今回はそんな気持ちよさはなく、ただ呆れが勝った。珍しい理性の勝利だ。

というか、痛みが無効化されているような……?如月ってこういうのもいじれるのか?

 

結構重要そうだが、それは置いといて。

何故こいつは降って来たんだ、そんな疑問もあった。

壁をすり抜けたり、空間をゆがませたりといったことをよくしている日向にとっては、何の造作のない事なのかもしれない。こいつの存在自体がなんかやばいということは如月に聞いていたが……確かにとんだ化け物だ。

 

「何でこうなったんだ?お前は心中とかやらないと思っていたが」

「はぁ……断じて違う。事故だ」

 

茶化すように笑いながら如月が言う。その言葉に殺意が湧き、怒気をはらんだため息交じりに呟いた。

あれと心中とか、本当に悪い冗談だ。

凄く嫌い、というわけではない。正直言って消えて欲しいが。

 

そうこうしているうちに、もそ、ともう一個の血だるまが動いた。日向がなんとか意識を取り戻し始めたようだ。

虚ろだが視線は戻ってきていて、何となくこちらを見ている、ような気がする。このままずっと気絶していてもよかったんだぞ?そんな意図を込め、お返しに彼の方をなるべく冷ややかに見つめた。

 

如月が何か半透明のモニター?を触っている。なんか近未来系の映画で見たようなデザインだ。かっこいい……

子供のように目を輝かせてその姿を見ていると、彼は何かに気づいたように声をあげた。

 

「……あ、奏の痛覚切ってた……どうする?オンにするか?」

「それだけはやめろ。あの馬鹿に見られたら見当もつかない」

 

俺の返答にりょーかーい、と暢気にかえし、半透明の何かを閉じた。見た感じ、管理用のタッチパネルといったところか。

痛覚もいじれるなら日向の痛覚をいじってほしいなと思った。流石に初電車はきつすぎる。

……まぁいいか。日向だし。

 

「じゃ、いつもの部屋居るから準備が出来次第呼んでくれ」

 

そう言い残し、如月の姿がパシュン、と空気のような音を立てて消えた。

いつもの部屋というのは、彼がいつもいる『管制室』とか呼んでいるところだ。機密データの山だとか言っていたが、関係者以外を近寄らせて大丈夫なのだろうか。

準備と言っても特にないし……やることがない。何すればいいのさ。

 

とはいえすぐ向かうのも何だか申し訳ないので、日向が回復するまで見守ってみることにした。

覚えている限りで百回近く死んで来たが、誰か他人が巻き込まれたのは意外にもこれが初めてなのだ。なのでどうなるのかちょっと気になる。

自分が初めて死んだ原因は何だっただろうか。自殺ではないだろうが、記憶に靄がかかったようでいまいち思い出せない。

 

首をかしげていると、日向がゆっくりと這いずってきた。立つこともできずこうするのがやっとのようだ。

振り払おうかとも思ったが、流石に日向といえど良心が痛む。

そのまま眺めていると、彼は力なく俺の上着の裾を掴んだ。

 

彼は微かに震え、泣いていた。いつもの彼とは打って変わって、とても弱々しく見えた。

 

「…ぅえ、っぐ……こわ、かった……さびし、からっ……ひぐ、いかないで……っ」

 

引き留めるようにしがみつき、震える声でぐずぐずとつぶやき続ける。

 

自分が死んだら悲しむ人が居るんだな、と意外にも思う。自分はどうあがいても一人の人間で、ヒーローや主人公になんてなれやしない。

ただちょっと変な世界に行けるだけの一般人に過ぎなくて、俺ひとりが死んでも誰も気に留めない。むしろ幸せに思うやつもいるのかもしれない。

 

そう思っていたのに。

 

こんなのが居たらためらってしまうじゃないか。

 

俺の名前を呼び始めた日向に、ここにいるという意思表示のためにも彼の頭をゆっくりと撫でる。

触れた瞬間、驚いたようにこちらを見る。しかし撫でているのが俺だと分かって安心したのか、ぐりぐりと頭を擦り付けてきた。小動物でも撫でている気分だ。

 

……あぁ、一体俺はこれからどうすればいいのだろうか。

はぁ、とため息をつき、ただ彼が泣き止むのを待った。





自分の欲求に素直になった結果、死にまくる人。
待合室では基本的にはっちゃけているが、さすがに日常生活では抑えている。
日向の扱うバグは能力の一部だと思っている。
意外と自己評価が低い。今回の一件で死ぬ頻度を少し減らそうかと考えた。

日向
親友が死に続け、ヤンデレにならざるをえなかった優しい人。
バグの影響で元からの執着が増大し、親友を超えた感情を抱くようになった。
奏が死ぬことは何よりも辛い苦痛であり、何度も見せられた結果防衛反応で癖が歪んでよりやばくなった。
監視カメラをつけているのは奏が死なないよう見守るものだったりする。


実は日向の方がループ主人公してる。ヤンデレだけど。

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