狂った世界とその日常   作:電磁パルス砲

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ここからちょっとシリーズ的なものに入るかも。
猫って可愛いよね。
予定が多くて執筆する時間が減ってしまいました。悲しい。


ふみきりのくろねこ

にゃあにゃあ、と。

 

線路の上に捨てられた黒猫が鳴く。

段ボールから這いずり出す気力もなく、ただ助けを求めて鳴くことしかできない。

 

少しずつ弱くなる鳴き声。

脳裏に浮かぶのは大きな生き物の姿。

 

あいつのせいだ。

お前らのせいだ。

兄弟は皆死んだ。

もう何もここには無い。

それなのにまだ奪うというのか。

 

くだらない。

酷く愚かだ。

 

許せない。

 

許せない。

 

許せない。

 

そうだ。

お前たち人間がいなければ。

 

お前たちさえ、いなければ。

 

 

すりつぶされた肉塊は、もう何も考えることはない。

しかしただ一つ、怨念を残した。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁなぁ日向」

「……」

 

窓の外から悠也の声が聞こえる。休日の朝っぱらから最悪な気分だ。きっと今日の星座占いは最下位だろう。

兎にも角にも窓は絶対開けない。カーテンも開けないし反応もしたくない。たとえ世界が終わろうと開けてやるか。

 

「日向ー?おーい」

「あー……すまん、電話が入った」

「えぇ?早く開けてよぉ」

 

ペタペタと未練がましく窓を触っているそれを聞き流し、スマホの電源をつける。

本当に嫌だ。最近あまり眠れていないというのに寝覚め最悪じゃないか。電話をかけるふりでなんとか振り切れればいいのだが。

 

文句を言うため、そしてある件に対して言及するため、すぐに通話アプリを開いて()()()()()()()()()()()()()()

 

ワンコールが鳴り終わる前に、彼が電話に出る。 

 

『日向ごめん!封じ込めてたやつがそっち行ったかも!』

「あぁ、今まさに最悪な目に遭ってるわ馬鹿狐」

『……ほんとごめん……今そっち向かってるから絶対窓開けるなよ!あと鏡も見るな!』

「おー、窓が割れる前に来ることを祈ってるわ」

 

バンバンと窓が叩かれている中、そう言い残して電話を切った。

 

奴は招かれないと入れないようだが、そんなこと関係ないとばかりに窓を叩き割ろうとしている。入れてもらおうとペタペタ触っていたときとは段違いだ。

 

開けてあけてアけてあけテアケテアケテアケテアケテと叫ぶ悠也モドキ。声の原型はもう無く、たくさんの人の声が重なったような感じだ。

 

……鏡もだめ、か。寝癖がひどいのに髪もセットできないじゃないか。

全くとんだやつを連れてきたものだ。

 

「……早く来いよ、もう嫌なんだが」

 

正直言って、かなり怖い。

いつ破られるかわからない数ミリの厚さのガラスなど信用できないからだ。

しかし、奴らはこちらが認識した瞬間に入り込んでくる。だからなるべくいつも通りに振るまって気づかないフリを突き通すしか無い。

 

頭の中にノイズがかかる感じがして、窓の外にいるなにかのイメージが伝わってくる。

ここまで来るとすこし……いや、かなりやばいかもしれない……。

 

 

その瞬間。

 

窓の外で水風船が爆発したような音がした。

 

澄んだ鈴の音と犬の様な鳴き声。

息苦しさがすぅ、と無くなって、あいつが来てくれたことがわかった。

 

「……悠也?」

「ああ、なんとか間に合ったよ。巻き込んでごめん」

 

カーテンを開けようとして、途中で止める。

流石に無いかと思うが……念の為。

こいつにしかわからなくて、偽装しようもない答えが出る質問。

 

「一つ質問する。……あの日の俺の味ってどうだった?」

 

「日向の味かぁ、例えるならチョコレートフルーツパフェかな。内臓とか汗はそれぞれフルーツとガムシロップみたいな味がして、血はチョコソースみたいな味がしたなぁ。そうそう、お菓子ばっか食べてない?不摂生だと血の味が偏るんだよね。あと……」

「もういいお前は本物だ」

 

こんな頭のおかしい回答をする奴なんて、この広い世界で多分1人だけだろう。

 

カラカラと音を立てて窓を開ければ、朝日に照らされた白い狐が太陽に負けないほどのいい笑顔を浮かべた。

アルビノの彼がそうしていると、輪郭がぼやけて日に溶けていくような儚い幻覚を見るかもしれない。俺は本性がわかっているから絶対ならないが。

効果があるとするなら、今の気持ちが少し軽くなる程度だ。

 

夏の始まり、蝉が鳴き始めた頃。太陽が燦々と輝く屋上にて。

確か2週間ほど前だったあの日。俺はこの狐の神もどきに、いともたやすく文字通り捕食されたのだった。

 

「おはよう日向。朝日で肌が痛いから部屋に上げてくれるか?」

「なら化ければいいだろ」

 

急がなきゃって思って集中できなかったんだよう、と耳を垂らして言う彼を迎え入れる。

普通の日光でも軽く火傷する彼にはさぞ辛かっただろう。狐らしく化ければ多少陽の光に強くなるそうだが無理だったようだ。遮光カーテンを閉め、部屋の隅にある小型の冷凍庫から保冷剤を出す。

 

「これで赤くなったとこ冷やしとけ」

「ありがと……うぅ、ヒリヒリする……」

 

ハンカチで包んだ保冷剤を肌にあて、おぁー……と気の抜けた声を出す彼を横目に、自分と彼の分の茶を用意する。

 

こんな目にあったのも全部彼のせいだ。

目が夕焼けの色に染まってから、俺は霊を引き寄せやすい体質になってしまったらしい。

元々そういうものが見えてしまう体質だったから余計辛い。考えてもみてほしい、毎日毎日家の中が古今東西幽霊博覧会だ。安眠などどこかへ逃げていってしまった。しかも悠也には死者を導く役目があるとかで、彼と一緒にいる時は幽霊ホイホイの効果が倍増するとの事。最悪か。

 

そんなわけで、今俺の家はこの街一番の心霊スポットになっている。

いつ祟り殺されるかわからないこの状況。勿論死にたくは無いから、不本意ながらもこいつに守ってもらっているわけだが。

 

「でさぁ、結局相棒なるの?どうするの?」

「なるわけねーだろ、頭いかれてんのかお前!?」

 

麦茶を並々と注いだコップをダン、と勢いよく置き、抗議の意思を告げる。

ちぇー、と文句を言いたげな目をする彼は、俺のことを相棒にしたいらしい。

 

神社に住む彼は除霊業を働いているらしく、最近客が入ってこなくて経営が立ち行かないそうだ。

そんな状態で俺のような幽霊ホイホイを見つけてしまったものだから、『これは商売繁盛招き猫効果があるのでは?』と思われてしまった。

……お客じゃなくて悪霊がゾンビ映画のように押し寄せる未来しか見えない。

 

「こちとら電車でうっかり寝ようものなら謎の駅!路地裏に迷い込んだら裏世界!果ては学校に忘れ物をとりに行ったら命をかけた鬼ごっこが始まった!!目の色が変わって2週間ほどでこの有様だ!!」

「改めて聞いてもすごい体質になったもんだな」

 

呑気に返すんじゃないわボケェ!!!とありったけの恨みを込めて叫べば、はいはいすみませ〜んと明らかに舐めた返事が来て、俺は怒りのあまり床をのたうち回った。悠也は流石に引いた目をしているが、そんなことなどもはやどうでも良く思える。

 

この相棒になれという勧誘、怪異に巻き込まれるようになってから四六時中行われている。

朝会えば勧誘、昼に逃げても追いかけてきて捕まえられ、夜は俺が寝るまで部屋に居座る。こちらとしては人喰い……しかも自分を喰ったような奴の顔など見たくはないが、いつ襲われるかわからないからと何かと理由をつけて付き纏ってくるのだ。

正直ストレスだし死ぬほど嫌だが、責任は取るからと命を何度か守られているので何もいえない。

 

そうこうしてるうちにまた霊が入り込んだらしく、悠也が虚空にナイフを数度振る。切断された薄黄色のチューインガムのようなものがパラパラと落ち、拾ったそれを一つずつ丁寧に咀嚼して麦茶で流し込んでいた。

これが彼なりの除霊……らしい。

頬杖をつきながらなんとなくその様子を見ていると、いるか?と霊であったであろう駄菓子然としたかけらを差し出される。

この季節の霊はレモン風味、駄菓子のシャーベットの様ような優しい甘さでさっぱりしていて美味いとのことだが、俺は食えないしもらっても悪いことが起きる気しかしない。

 

目を逸らしながら麦茶を啜って受け取らないでいると、あ、そうだそうだと彼は俺に渡そうとしていたかけらを口の中に放り込み、自身の尻尾を探り始める。

今度はなんだと嫌々そちらの方を見れば、彼はピンクっぽい色の塊を取り出した。

結構重みがあるらしく、それが机に置かれるとごとん、と岩を置いたような音が鳴った。

 

「それ俺の念込めた岩塩。ずっと尻尾の中入れてたから効果も結構あると思う。気休め程度にでも思っておいてくれ」

 

岩塩。

そりゃ塩の塊なんだから効果はあるだろう。しかし、そこはイメージ的になんか……札とかそういうのじゃ無いのか。

とりあえず、一ヶ月ほど彼の尾の中で温められたそれを受け取っておくことにした。少しでも状況が改善してくれればいいのだが。

 

「さて……お客がきたようだから俺は行かなきゃ」

「そうか、頑張ってこいよ」

 

悠也が頭を振り、ゆっくりと立ち上がる。

一度瞬きをしたその瞬間に彼の髪は銀に染まり、生えていた狐の耳と長い四本の尾は消え去っていた。

遮光カーテンを開けても肌が赤く焼けることはなく、化けることに成功したことがわかる。微妙に赤みがかった灰色の光が日の光を映し、微妙な笑みを浮かべる。

 

「いつでも見に来ていいからな!待ってるぞ!」

 

そう言い残して彼は窓から出て行った。絶対行くものか。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

その頃。

現在この街で二番目に霊が集まる神社を1人の青年が訪れた。

顔が見えないように深くフードを被った彼の手には、一枚の萎れたチラシが握られている。

 

『幽霊、怨霊何でも食べます。お尋ねの方は下記の住所まで』

 

……太字のマジックで乱雑に書かれたその字は、どう頑張ってもそうとしか読めなかった。

怪しい。というか子供のイタズラとしか思えない。そしてもっとどうにかならなかったのかと思うほど字が汚い。

……しかし、こんなものにも頼らなければいけない理由があるのだ。

 

風が吹き、フードが脱げる。

サラサラと揺れる黒い髪。その丸いシルエットをした頭の上に。

 

不自然で、歪な三角形の猫耳が生えていた。

 

いくら切除しようと痛みとともに生える二つの肉塊。奇病の類だと診断されたものの未だ対処法は見つからない。

そこで見つけたのがこのふざけた内容のチラシだった。

確信できる材料など何もないはずなのに、不思議と信じられて引き寄せられ、気づけば手に取っていたのだ。

 

「依頼人サマ一名ご案内でーす!」

 

不意に、高い声が響き渡った。

その声にびくりと肩を跳ねさせ、脱げたフードを被り直す。

 

揺れる木の葉の音。蝉の合唱。

青い空に広がる入道雲。

 

声が聞こえた方を見れば、赤く塗られた鳥居の下に何かがいた。

形容するならば白い毛玉というのが一番合っているだろうか。まぁなんと言うか、手のひら大の毛玉が三個ほど飛び跳ねている。

きゃあきゃあと子供のように鳴く毛玉たちは幻覚ではなさそうで、手の上に載せてみれば僅かに質量があるようだった。

 

「こちらへどうぞ依頼人サマ!」

 

頭に札をつけたリーダーのような振る舞いの毛玉がそう言うと、残りの二つが同時に「サマ!」と一言だけ鳴いた。

ぽんぽんと石畳を跳ねて行く毛玉達を追いかけるように背後を見る。

 

 

「……え?」

 

視界を覆うように風が吹いた。

 

青空を覆い隠す鮮やかな緑。落ちて積み重なった蝉達の死骸。

奥へと誘うように何十にも続く血のように赤い鳥居。

 

突如眼前に広がる未知の異世界。

その光景に、遅いでスヨ!と叫ぶ高い声など聞こえないほど混乱していた。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

何度この道を歩いただろうか。

ヘッドホンの代わりに首から下げたタオルを揺らしながら、そびえ立つ石垣を見て考える。

 

岩塩をもらった後、結構でかいそれを携帯するためのケースが欲しくなったのだ。そのために外へ出て見たのだが、同じ道をぐるぐると回っているだけで終わりが見えない。また何か怪異の仕業だろうか。

家の方向に歩けば帰れたので、きっとそいつは外へ行かせたくないのだろう。容器は諦めるしかないか……正直、剥き出しのでかい岩塩の塊を持ち歩く男子高校生とかどうかと思うが、まぁ背に腹は変えられない。赤の他人のどこから来たのかもわからない幽霊に呪われて死ぬよりはマシだ。

 

肩にかけたバッグには件の岩塩が入っているものの、効果はあまり望まれないのか。はたまた命がかかったときだけ作動する身代わりのようなものなのか……。くそ、もっと説明を残していけば良いのに。

 

はぁ、とため息をつく。

もう今日は諦めよう。幸い休みはまだ明日もある。明日行けばいい。

そうだ、家に帰ったらアイスでも食べようか。確かバニラアイスが買ってあったはずだ。

 

黒いアスファルトは溜め込んだ熱を吐き出し、上からはやる気を出しすぎたかのような太陽が照りつけている。

数メートル先が揺らいで見えるほどの暑さ。まとわりつくような湿気と熱気と汗が不快でしかなくて、頭から首元へと伝う汗をタオルで乱暴に拭いながら帰路を歩く。

 

家まで帰ることはものすごく簡単で、ものの数分ほどでたどり着くことができた。

怪異は何をさせたかったのだろうか。考えるのも無駄なことなのだろうが、ほんの少しだけ気になった。

多分暇つぶしか気まぐれのようなものだろう。

 

ドアノブに手をかけたその時、スマホが甲高い着信音を鳴らした。

 

手に取ってその液晶を見れば、公衆電話から電話がかかって来ている。

ようやく帰れると思ったのに一体なんだというのだ。

 

カン、カンと踏切がなった。

 

電話からはまだ呼び出し音が鳴っている。

呼び出し音に混じり、踏切の音が鳴っていることに気がついた。

 

これ、もしかしてやばいやつでは?

 

そう思った時にはもう遅く。

俺はスマホの中から伸びた黒い影に引き摺り込まれた。

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