こんなのでも元はまともだった。
如月さんと日向さんのお話。
暴走についていけない如月さん。
ヒナタが来て数日。
特に異常もなく、彼の恐怖心は何とか雑談できる程度には収まっていた。
作業効率も上がって頼もしい限りである。
ヒナタと話していると、彼が来てから初のアラートが鳴り響いた。
本来ならば緊急事態を知らせるものだったのに、今ではもう聞き飽きた音だ。週3回は聞く。
「き、急になんだ!?」
「緊急アラートだよ。もう聞き飽きてるけどね」
あたふたと聞いてくるヒナタに短くそう伝え、状況を確認する。
やはり慣れとは怖いもので、どうせ奏が死んだんだろうと全くの無警戒にモニターを開いた。
その目に飛び込んできたのは。
『奏……好き……何で…こんな形…しか……』
愛を囁きながら、奏の体をめった刺しにしている日向の映像だった。
音声はひどいノイズがかかって聞き取りずらいが、好き、という単語は何故かはっきりと、何度も聞こえた。
あと日向はなんでズボン脱いでるんですか?ねえ?
あまりの衝撃に俺とヒナタ、両方の体が固まる。
目の前の異常を飲み込むのに時間がかかっているのだ。
なすすべもなくフリーズしていると、画面の中の日向がこちらを振り向いた。
快感に飲まれ焦点のあっていないような眼は、ぐるぐると渦巻くような赤黒い色をしている。
一瞬瞳孔が三つに増えたりとか顔に穴が開いてたりしたけどたぶん気のせいだ。
まさか、こちらの存在を認知しているのか?
絶対やばいと思い、映像を切ろうとするが機械が反応しない。この時点で俺たちはもうパニックに陥っていた。
ばち、と一瞬グリッチが画面を覆い隠し、日向は背景を少しずつ暗転させながらゆっくりとこちらへやって来る。
「……如月、手を握っていてくれないか」
「奇遇だな、俺もそう聞こうと思っていた……うわ手冷た」
こんな会話をしていても正直冷汗が止まらない。
体を寄せ合い、暗くなっていくモニターをただ見つめる。
強制終了のコードも効かなかった為もう何もできず、俺たちは彼の動向を見守ることしかできなくなっていた。
じじっ、ばち。
浮かぶモニターも少しだが揺れ始め、ノイズが画面を覆いつくすたびに彼が近づいてくる。
ぱちっ、ばちん……ぐちゃ
少しの水音か肉を踏む音かが響き、その映像は途切れた…………かに思われた。
少しの間暗転が続き、俺たちが警戒の構えを解いたその直後。
画面にびしり、とひびが入った。
そして。
唐突に、顔面が崩れ落ちた日向が画面に張り付いた。
まるで「みいつけた」とでも言うかのように、口を三日月のように深く歪ませて。
そんなびっくりフラッシュみたいな映像がこんな緊張状態で流れるから。
「「あ”あ”あ”ああああぁぁぁぁっ!?」」
元からビビりだった俺たちは、見事な悲鳴を響かせざるをえなかった。
そのまま映像は消え、今度こそ何も起こることはなかった。
「今の……って、え、ヒナタ?」
引っ付いていたヒナタがそのままの状態でしゃがみ込み、手を引っ張られる。
「怖かった……こわかった……」
よほど怖かったのか、腰が抜けたか。
しばらく小刻みに震えながら呟いていた彼が、ふと顔を上げ、呟く。
「怖かったよなぁ、
ぞわ、と悪寒が走る。
その声はひどく冷静で、何か黒いものに飲まれかける感覚がした。
立ち上がった彼は固まっている俺の背にしがみつき、頭を擦り付ける。
「んへ、奏と同じ匂いがする……」
なんだこいつ気持ち悪い。こんなことを呟くのは一人しか思いつかない。
先の絶叫の原因でもあり、現在一番手を焼いているヤンデレ。
「お前……日向か!?」
「へへ、正解」
日向が体を離し、正面に移動する。
「こっちに来て奏に会いたい……そう思ったら来れちまった。」
に、と彼が口角を上げると、その背後でノイズが音を立てて弾けた。
――それはこれまでで一番の緊急事態。
『管理人の乗っ取り』。前例の全くない異常事態。
「……奏に、会わせて?」
その赤黒い眼をしたバグの塊は、そういってニヤリと笑った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
奏に会いたい。
異常事態を起こした彼は、確かにそう言った。
「……本当はお前に、その……お、俺のノートの事とか、問いただしたかったんだが……」
目線をそらし、言いずらそうに呟く。あれ黒歴史ノートだったのか?確かにすごい事書いてあったが。
「まあいいか、乗り移んのに成功したんだし。奏の居場所はもうわかってるからな」
まあそれは正直好きにしてもらっていい。問題はどうやって意識を乗っ取ったかだ。
バグが干渉するにも離れすぎている気がするのだが。
愛、か?まさかな……。だとしたらすっごい怖い。執着えげつなさすぎだろこいつ。
「ああ、行くならもう少し待ってくれ。復活させていなかった」
「なっ……それを先に言えよ、あと早くしろ!」
はいはい、と生返事を返しながらコードを打ち込む。日向はというと、こちらの作業を興味深そうに見ていた。今度来た時にでもやろうとか思っているのだろうか。
まあ権限がないから無理だろうが。
「ふへ……奏ぇ、血まみれの姿もきっときれいでかわいいんだろうなぁ……早く会いたい……」
後ろのほうで、サイコなヤンデレがなんか言っているが気にしないことにする。気にしたが最後、ヒナタをまともな目で見られる気がしないからだ。
そうしているうちに慣れ親しんだコードが打ち終わり、転送が始まる。
「……日向。ちょっと聞きたいんだが……お前奏に対して、具体的にどんなことしたいと思っているんだ?」
待っている間無言というのも少し気まずいので、前から気になっていた疑問を投げつけてみる。
さて、どんな反応が返ってくるか……と見ていると、日向はエラーウィンドウを出してフリーズした。おまけにてろりーん、とエラー音も鳴っている。
「あれー?日向さーん、おーい?」
声をかけてようやく動いたかと思ったら、今度は顔を真っ赤にしてぼそぼそと話し出した。
「あ、あぇ……そぉ、そんなこと……本当に話さなきゃダメ、か……?」
言いずらそうな彼に対し、無言でうなずく。無理しなくていいとも言おうかと思ったが、疑問に対してそう簡単に引き下がる俺ではない。
あと単純に虐めたい。奏に会わせる対価だ。これじゃあもう自分がMなのかSなのか分からないな。
「ぅぐ……お前はもう知ってるだろうが、あのノートに書いてあった……あの、最後の……」
「ああ、あのえげつない長文か?」
「あの時みたいに、ドロドロに汚したり、もっと《自主規制》したいっていうのもあって……ああもう奏はなんであんなにかわいいんだ?腰のラインとか《自主規制》とか《自主規制》とかもうすごいえっちで」
おおっと急に俺の精神へダイレクトアタック!!
やめてくれよ!遠回しに言ったら同一人物なんだから!!
……いやあんな自殺厨と同一人物とかちょっとやだな……。
「……その奏とおんなじ姿で、なんなら一周目の主人公である俺がいることはお気付きでしょうか日向さん」
彼が暴走するにつれてノイズがひどくなっている気がしたので、いったんストップをかける。
日向がこちらを向き、沈黙が流れる。
少したって彼が一度深く息をし、極めて冷静な顔で口を開いた。
「殺るか」
彼の手に、さっきまで奏の身体を貫いていたナイフが現れる。
これは選択肢を間違ったかもしれない。
いい、もういいんだ。覚悟はできて……
「……冗談だからな?別に『奏の姿の奴は一人だけでいい!』って切りかかるわけじゃないからな?」
「……なんでそんな噓つくの」
長い茶番を繰り広げていると、いつの間にか奏の転送が終わっていた。
ウィンドウを閉じ、日向の方から目線を外したその一瞬。
「それじゃ、少し時間をあけ、て……」
その間に、彼は忽然と姿を消した。
あいつ、奏の居場所は分かっているとか言ってたよな……?
そして今向かったのだとしたら。
「めんどくさいな……」
どうあがいても地獄絵図な絵面しか思いつかないが、俺は渋々待合室に足を運んだ。
ぴったりと耳を扉につけ、状況確認を試みる。
声は特になし。最悪の事態は免れた。
数回深呼吸し心の準備をととのえ、部屋に突入する。
そこには。
「かなでぇ……えへ、かわいいね……かわい……」
「……如月、何故こいつが居る!?」
幸せそうな顔をして倒れ伏す日向と、それに困惑する奏。
想定していた状況とは全く違う光景に啞然としてしまう。
取りあえず呆けた顔の日向に軽く蹴りを入れ、部屋から引きずり出す。いでぇ!?と声が聞こえた気がしたが知らん。
「あー、満足したぁ……」
蹴られたのにも関わらず、ほわほわとした柔らかい穏やかな表情を浮かべる彼にまた呆れる。
あのびっくりフラッシュみたいなのはどこ行った。詐欺かよ。
「はぁ……満足したんなら帰ってもらえるか?」
「……仕方ない、約束だからな」
渋々といった様子で、彼は白黒のノイズを弾けさせる。
――思えば奏見て倒れただけじゃないか。何しに来たんだお前。
「じゃ、またな」
「はは、二度と来るなバグ野郎」
そう挨拶を交わすと、日向の意思が入っていた体ががくり、と崩れ落ちた。
主導権が入れ替わったのだろう。開いた瞳は澄んだ青色で、ヒナタと入れ替わった事が分かった。
ヒナタはぼんやりとこちらを見つめ、理解できないとでも言いたげにこちらを見ていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
目が覚めれば、そこはいつもの部屋だった。
片目の視力は戻っていて、体にフィルムも生えていない。あふれる思いが見せた一種の白昼夢かと思うほどに、何も手元には残っていない。
ただ、脳裏には彼の姿が焼き付いていた。
興奮で薄く桜色に染まった肌。
むせかえるような血の匂い。
押し殺した高い喘ぎ声。
汗とまじりあって薄くなった赤色。
快楽に負けて小刻みに痙攣する体。
そのすべてが酷く倒錯的で、興奮して。
薄い布数枚に隔てられた陶器のような白い肌に、ほんの少しでも触れられたのならどれほどよかったか。
……もしそれが実現したのなら。してしまったのなら。
きっと俺は自分を抑えきれない。
ぐちゃぐちゃに意識がなくなるくらい混じり合って、その後形がなくなるほど刺し殺すかもしれない。
奏に抱く劣情と同じくらい、彼を壊してしまうかもしれないのが怖くて仕方がない。
今日は何度目の葬式か。飛び散った肉塊を、砕けた骨を見たのは何度目だったか。
自分の内にある殺人衝動が憎い。
大好きな人を失うのはもう散々だというのに。
世界がまた創られる。
辛くて流した涙も、データに還元されて消えていった。
日向
ヒナタの体を乗っ取り、ついに殴り込みを果たしたヤンデレ。
同モデルなら次元を超えて乗っ取りが可能。
愛ってすごい。
ヒナタ
登場してすぐ乗っ取られた。
如月に懐き始めている。トラウマどうした。
あの光景が出来上がるまでの出来事
部屋入る→奏(血まみれ)のソロ見る→もう可愛すぎてキャパオーバーして倒れる→それ見て奏は日向だと確信するし萎えた