転生したら白い部屋だった   作:成間饅頭(旧なりまんじゅう)

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第一巻
第一話


 勝利とは何か?

 とある格闘漫画で、あるキャラは「決着の瞬間、頭がより高い位置にあった方が勝者だ」と言った。また違うキャラは「先に相手の生殺与奪を握った方が勝ちだ」と、さらに別のキャラは「最後まで生き残った方が勝者だ」と言った。

 試合の中で相手を打ち負かせば勝ちなのか? 相手に敗北感を与えれば勝利なのか? 相手より優れていれば勝ちなのか? タイトルを獲得したプロボクサーと連載が決まった漫画家、どちらが優れていてどちらの勝ちなんだ?

 

 「最後に勝っていればそれでいい」とは、いったい何をもって決めるのか?

 

 「優秀な人間」とは、一分野において誰にも負けない専門家(スペシャリスト)か? 全ての分野で才覚を発揮する万能者(ジェネラリスト)か?

 

 この禅問答に答えはなく、しかし山奥に存在する()()()()()()()では、完璧な人間、すべてに勝利する人間を育成するための研究が日夜送られているという……。

 

 

 

 

 

 2歳の頃に、自分はこのホワイトルームにやってきた。ホワイトルームは全国から子供を集め、完璧な人間にするために教育を行う施設だ。そのため授業は厳しく、結構虐待じゃね? ってことも平気でやるからビビる。孤児だった俺は孤児院から金を積まれて引き取られたらしいが、特にそれで悲しいとかは思ったりしない。

 

 ()()では親の愛情に恵まれて結構幸せな人生だったので、親の愛情には全く飢えていない。愛らしい赤ん坊(自分)を捨てるようなクソ親の下で育ったって将来に希望はないので、しっかりした施設に受け入れてもらえて正直感謝している。このホワイトルームでは高度な教育を施してくれるし、出てくるご飯も美味しい。ちょっと面倒なプログラムをこなすだけで、一流の教育と一流の食事が貰える。まったく日本という国が豊かでよかった。

 教育は国の柱、もらった分は頑張るのでこれからも俺にどんどん投資してほしい。

 

 このホワイトルームはまだ発足して間もないらしく、自分は4期生だった。風の噂で聞くところによると、この4期生の中にはこの施設の創設者、綾小路氏の息子がいるという事で、他の年よりプログラムが厳しいらしい。普通逆じゃない? 息子には甘くしたいと思うのが人情ではないだろうか。獅子は我が子を千尋の谷に云々とは言うが、随分綾小路家は昭和っぽい家庭なのだなぁと思いながら与えられた課題をこなしていく毎日。

 

 ホワイトルームでは一分野に特化した人材ではなく、全てに対して才覚を発揮する者を理想としている。その為、俺たちに課せられる課題は多岐にわたり、一般的な勉学から相手と交渉する話術、音楽や絵画と言った美術への審美眼、更には格闘術も修めなければならない。

 

 それらの授業はさすが一流の講師ぞろいで、教育学に基づいた効率の良い指導なのだと実感できるが、まだ幼い子供たちに無理やり知識を詰め込んでいくのは拷問に近い。前世を持っており他人よりも精神が成熟しているはずの自分でも時折泣きそうになったので、他の者たちはとてもではないが耐えられなかっただろう。消灯時間に泣き出した子たちを慰めたり、自分なりに精一杯励ましもしてみたが、どうも焼け石に水、プログラムがひとまず落ち着く頃には、あれだけ沢山いた4期生はもう俺含め2人になってしまっていた。

 

 泣きながら卒業していった彼らは元気にやっているだろうか。幼い頃に一流の教育を受けることは出来たが、それは心に負った傷を慰めるに足るものだろうか。少々気にかかるが、心配したってもうどうしようも無い事だ。俺は自分に出来ることを全てやったのだから、後は結果に対して胸を張るしかない。

 

 

 

 第一次、第二次成長期を迎え、どんどん苛酷になっていくプログラムに余裕をもって対応できるようになってきたころ。

 ホワイトルームに転機が訪れた。

 

 

 この施設を運営する人間、綾小路氏は日本()()の権力者である。有数。そう、決して無敵ではなく、自分と同格の敵が多数いるのだ。

 ただのホワイトルーム生である自分にはそこまで情報が降りてこないが、どうもこのホワイトルームの事が敵に嗅ぎまわられていたようだった。当然こんな児童虐待施設が周りにばれたら彼は大ダメージを受ける。すぐさま施設をいったん閉鎖することで外部を遮断し、相手へのカウンターアタックを仕掛けた。

 

 基本的に、汚職をしない権力者というものは存在しない。今のところは。相手が自分の秘密へ近づいてきていると勘づいた綾小路氏は、逆に相手の秘密を握ることで一種の冷戦状態を創ろうとしたようだった。突然停止した全てのプログラムにホワイトルーム内は混乱したが、一年たつと再開された。綾小路氏は相手の秘密を握り、「お互いにバラされたら困る秘密を握りあっている」といった膠着状態を作ることに成功したのだろう。一年()かかったと考えるべきか、たった一年()それを成したと考えるべきか。たぶん前者なのだろう。

 

 

 ただ、悪い事と言うのは連鎖して起きる。一年間、敵への対応に追われ稼働停止に追い込まれたホワイトルームは大いに混乱した。指揮系統が乱れ、正しい情報伝達が行えなくなっていた。

 その隙をつき、なんと綾小路氏の息子が脱走し、彼の手の出せない政府直下の高校へ入学したのだ。手引きしたのは綾小路氏に長らく仕えてきた松尾という執事。

 

 言うまでもなく重大な裏切りである。

 もしも松尾が他勢力と通じていたとしたら。息子に直接彼の非道を訴えさせることで、綾小路氏の失脚を狙おうとしていたのなら。それは一年かけて再び自分の計画を始動させた彼にとっては何をしてでも阻止しなければならないことだった。

 

 尋問、脅迫、背後関係の調査が徹底的に行われたらしい。ホワイトルーム内の、松尾氏を口汚く罵る研究者から聞いた話だ。

 

 

 結果的に彼は白だった。彼と他勢力には何の関わりもなく、彼は自分のみの力で綾小路清隆を脱走させたのだ。

 

 

 理由について俺は全く知らない。

 虐待同然の教育を息子に施す父親へ愛想を尽かしたのか? 哀れな子供を救おうとしたのか? (ならなぜ俺には何も言わなかったんだとは思うが)

 ともかく彼の独断であったという事で、脱走した息子への優先順位は綾小路氏の中で大きく下がった。他にも多くの敵を抱える中で、わざわざ全力を傾けるほどのものでは無くなったのだ。

 この後の彼の思考を推理すると、おおよそこの様であったと考えられる。

 

 

 ・ホワイトルームの再稼働に、最高傑作であった息子がぜひとも欲しい。

 ・だが大規模な工作を行えば、再びホワイトルームまで辿られるかもしれない。

 ・そもそも、そこまで力を割く用件ではない。

 ・安い仕事には安い駒を。例えば、息子と同期のホワイトルーム生などを。

 

 

 といった感じだろう。悲しいかな、全く期待されていない。もし自分が脱落していたら、自分の一つ下の世代が来年を待って送り込まれただろう。たまたま同世代がいたから、一年早く済むから、こっちにしとこう。その程度の考えなのだ。

   

 4月の入学には間に合わなかったので、きちんと試験を受けた上で5月に編入。既存の手続きを利用しているのだから、綾小路氏が払ったコストは恐らく微々たるものだったろう。

 

 

 兎にも角にもそのようにして、まだ空気の暖かい5月。自分は高度育成高等学校へ転入したのだった。

 人生なんでも前向きに行かねばならぬ。2回目の青春が手に入ったとして、まあぬるくやっていこうと思う。綾小路君! 一緒にホワイトルームに帰ろう! 彼女が出来たなら一緒に連れて帰ってもいいから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自室。生徒一人一人に割り当てられた寮の部屋の中で、綾小路清隆はじっと黙って考えていた。

 

 この学校に入学したのは正解だった。あの無機質な部屋の中で得られなかった青春、自由な学生生活を自分は楽しんでいる。ここなら父親の手も届かないと言ってくれた松尾には感謝しなければならない。

 

 ただ。

 

 このまま何の追手も来ないと楽観的に考えてはいられない。

 綾小路は父親にホワイトルーム最高傑作として育てられ、彼を超える逸材として期待されていたのだ。父の思考をある程度トレースすることだってできる。

 

 父は自分の計画に執着していた。権力も金も、すべてを目的の為に費やす事が出来たからこそ彼は海千山千の暗い世界で勝ち抜いてこれたのだ。たった一つの目的のために邁進する姿は、さながら精神力の怪物。そんな父が、逃げ出した自分をいつまでも放っておくとは考えにくい。

 

 (この学校にいれば3年間は安全だと松尾は言っていたが……それも怪しいものだ)

 

 父なら。あの機械のような父なら。

 間違いなく「彼」を使ってくるだろう。

 

 ホワイトルーム最高最悪の教育が施された4期生の中で、自分と同様に生き残った傑作。

 あの拷問のような教育の中で、少しも精神を損なわなかったホワイトルーム生を。

 

 彼は必ずこの高校に送り込まれ、自分を退学させるために動くだろう。悪意を持ってではない。彼は、ホワイトルームを()()()()()としか見ていない節があった。あの地獄のプログラムの中で、今日の食事が美味いことを喜んでみせる、どこか()()()()した部分があった。

 そんな彼が、自分を潰すためにやってくる。同じ時間を過ごし、同じ教育を受けた仲間。そんな同格の相手が、敵としてやってくる。

 いつ来るのか? どうやって対処するか? そんな事を考えながら、静かに綾小路はベッドの上で眠りに落ちていった。

 自分の口がわずかに弧を描いていることには、全く気付かないままに。

 

 

 

 

 

 

 

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