転生したら白い部屋だった   作:なりまんじゅう

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第十五話

 

 特別試験二日目の早朝。澄んだ空気が気持ちいい朝となりました。どうも、一般ホワイトルーム生の九条楽です。

 

「試験が始まってから、俺ほとんど寝てないな…」

 

 嘘です。実際には眠すぎて気持ち悪い、最悪の朝となりました。頭に靄がかかっているのを感じる。

 絶対に綾小路が夜中に何か仕掛けてくると思っていたので、ほとんど寝ずに警戒していたのだ。夜襲の可能性は十分あったし、早朝も油断できない。懐中電灯の明かりも目立ちにくく、何か行動を起こすにはうってつけと言えるからだ。

 綾小路なら他クラスに潜入してキーカードを盗み見ることもできるし、物資を燃やして相手のポイントへダメージを与えることもできる。そんなビッグチャンスを彼が逃すはずもないと、ずっと気を張っていたのだが……。

 

「……来なかったな、綾小路」

 

 良い事なんだけど、なんか釈然としないのは何故だ……?

 この見張り役、他のクラスメイトにお願いしたほうが良いかもな。一週間もこの調子でいたら死んでしまう。綾小路は三日三晩不眠不休で動けるらしいが、俺は一日寝なければ体にガタが来る。こればっかりは体質も絡むので仕方が無い。

 昨日はスポットの占有に食料調達で忙しくてそんな暇が無かったが、持ち回りで警備するよう提案させてもらおう。既に発案者がやったという事実があれば、心情的にも通りやすいだろう。

 

「ん……九条じゃん。おはよう」

「おはよう、神室。むしろ遅すぎたというか何というか……」

 

 テントが開き、中から神室が這い出してきた。今の時刻は5時54分。他の生徒たちはまだ全員寝ている時刻だ。

 

「かなり早起きだな、あまり寝れなかったのか?」

「別に。いつもこれくらいの時間に起きるってだけ。……あんたは寝れなかったの?」

「いや、そもそも寝てない。他のクラスが闇討ちを仕掛けてくる可能性があったからな」

「はあ!? 別にそんなの、適当な奴に押し付ければ良かったじゃない!」

 

 神室がかなり驚いたような顔でこちらを見てくる。彼女が坂柳にどういう扱いを受けてるのか垣間見えたな。

 

「まだ余裕だけど、限界になったら他の人に頼むさ。だけど最初は絶対に俺がやる必要があった。夜中の見張りなんてキツい仕事だ、誰もやりたがらない。でも発案者が倒れそうになるまで頑張ってから助けを求めたなら、少しくらい手助けしてやろうって気になるかもしれないだろ? 『押し付けられた』と感じるか、『助けてやった』と考えるかで心情はかなり違ってくる」

 

 リーダーが一番体を張らないと部下がついてこない。ふんぞり返って命令だけする奴なんて、下に嫌われて終わりなのだ。

 ……まあ、全部受け売りなんだけどな。ホワイトルームの教育は組織論についてもバッチリです。 

 

 神室が起きてくれたし、もう見張りはしなくていいかな。まだスポットの占有が切れるまで時間はあるが、そろそろ更新に向かった方が良いだろう。余裕をもって回れるよう更新のタイミングはずらしているが、今のコンディションだと結構ギリギリになりそうだ。

 

「じゃあ、俺はスポットの更新に行くよ。今日もお互い頑張ろうな!」

 

 ポケットの中にあるキーカードの感触を確かめながら、森に向かって一歩踏み出す。今日も仕事だ仕事。仕事をしなくて良い日なんて死んだ後にしか無いぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「九条、居るか? 他クラスの動きについて相談したい」

 

 スポットの更新を終え、俺は暫く休息を取っていた。睡眠不足だと脳の働きも鈍るからな。昼食まで少しくらい寝ても許してくれるだろう。

 クラスメイト達が心よく許可してくれたこともあり、昼食まで十分な睡眠をとることが出来た。こんな風に午前中に睡眠を確保できるなら、夜間警戒はずっと俺がやっても良いな。

 そろそろ起きるかなー、でも今から昼食の準備するのもなーとゴロゴロしていると、テントを開けて葛城が入ってきた。顔色は暗く、あまり愉快な話にはならなそうだ。

 

「どうした葛城。おかしな事でもあったのか?」

「ああ……、お前が寝ている最中、Cクラスの生徒たちが来たのだが……」

 

 そのまま葛城から話を聞く。

 どうやら俺が寝ている間に、Cクラスの生徒たちが来襲。彼らはこの試験を豪華なバカンスと割り切っているようで、ポテトチップスやコーラを片手に俺たちAクラスを煽りに煽って去っていったらしい。

 

 『こんなみすぼらしい暮らしで……ああいや、結構充実してるな……』

 『俺たちの食事は楽しい楽しいバーベキューだったぜ? お前らは……えっ、鯛の刺身とか食えんの? いいな……』

 

 煽りはあまり上手くいってなかったらしい。

 

「……なんか、あんまり問題なさそうに聞こえるんだが」

「いや、気になる点はここからだ」

 

 『あー……こ、これ以上のバカンスが楽しみたけりゃ、俺たちCクラスの所に来てみろよ!』

 『龍園さんからの伝言だ! お前らAクラスのガリベン野郎もよく聞いとけよな!』

 

 捨て台詞かどうかも怪しい何かを残してCクラスの生徒は去っていったらしいが、その言葉には一応の信憑性があった。

 目の前に来て挑発までされたのだ、最低でもその狙いを把握しておきたい。葛城たちはすぐに生徒を何人か編成し、Cクラスへの拠点へと向かったらしい。

 

「ふーん……。で、実際どうだったんだ?」

「彼らの言うとおりだった。Cクラスは試験を放棄し、全てのポイントを遊ぶことだけに費やしていた。水上バイクにビーチバレー、バーベキュー用のコンロ……。ざっと見ただけでも、交換した物資は150ポイントを超えていただろう」

 

 Cクラスの拠点である、海に面した砂浜。そこで彼らは贅の限りを尽くしたバカンスを楽しんでいた。龍園はビーチパラソルの下でふんぞり返り、真面目に試験に取り組む葛城や他クラスの生徒を馬鹿にしてきたらしい。

 

「……Cクラスの行動は、一見ただの試験放棄にしか見えない。だが九条が昨日言っていたように、物資は他クラスに移譲することが出来る。Cクラスは他クラスと契約を結び、PP獲得を狙っているのかもしれない」

 

「そこで、九条の意見が聞きたいんだ。Cクラスのトップである龍園とお前は個人的な親交があっただろう。龍園とはどういう男だ?」

 

 なるほどね。Cクラスの策を読みきるために、龍園という男のプロファイリングがしたいという訳だ。その人の性格や人となりを知らなければ、その行動を予測できるわけも無い。正直葛城もCクラスがPP契約を結んでいるとほぼ確信しているだろうが、その推測を100%にしたいのだろう。慎重な葛城らしい行動だと思う。

 

 龍園ね……。この前からよく遊ぶ仲にはなったのだが、相手を驚かせる策や常識外れのアイディアをとにかく好む男だ。物資とPPの交換という作戦にいち早く気づき、それを実行する事は十分に考えられる。

 

「うーん……まず結論から言うと、葛城の推測通りだと思うよ。Cクラスはこの試験を捨てて、他クラスからPPを巻き上げようとしていると思う。龍園は粗暴な野心家で……高いプライドを持ちながらも、躊躇なくそれを投げ捨てられるなりふり構わなさも併せ持つ奴だ。正攻法よりも奇策を好む傾向にあるし、まず間違いないと思うね」

 

「やはりそうか……。拠点を確認しないと確かなことは言えないが、恐らくCクラスはBクラスと契約を結んでいる可能性が高い。DはCと以前揉め事を起こした上に、クラスに纏まりが無いから支払い能力にも乏しい。取引相手としては不適当と見なす可能性が高いだろう」

 

「俺もそう思うよ。そもそもDクラスには確立されたリーダーがいないしね。契約しようとしたって成立しないだろう」

 

 その分ポテンシャルは高いから、軽視することは出来ないが。

 ともかく龍園が交渉相手を探す際、Bクラスをターゲットとして選んだことは間違いないだろう。CPも十分にあるし、Aクラスに上がりたいという強い動機もある。

 BとCは以前少し騒動があったが、俺の介入で早期解決できている。Bクラス内にも不満は多少溜まっているだろうが、十分に交渉の余地はあっただろう。

 

「龍園は今後、どう動くと思う」

 

 葛城がそう尋ねてくる。

 仮にPP契約を結ぶことに成功したのなら、龍園にとってこの試験の主目的は既に達成したと言えるだろう。この学園におけるPPは万能の通貨だ。他クラスの生徒を内通させる際に役立つし、学園に働きかけて試験のルールを変えることも出来るかもしれない。

 

 この試験での勝利条件を既に満たした龍園が何をするか。

 果てのない欲望と野心を持つ男だ、当然これ以上の勝利を求めて動くだろう。リーダー当てによるポイント獲得はその最たるものだ。他クラスの妨害を試みるかもしれない。既にポイントを使い切った以上、リーダー当てに失敗しようが、環境汚染でペナルティを食らおうが痛くもかゆくも無い。他クラスのポイントを削り、チャンスがあれば今以上のポイント獲得を目指すだろう。

 

「こっちの妨害をしてくるとは思う……けど、流石に材料が少なすぎる。今のところ何にも分かんないよ。探索班を3人1組にするくらいかな」

「直接的な妨害を防ぐためか。探索班に伝えておこう」

「後はBクラスだけど……どうかな、うちのポイント超えるかな?」

 

 Bは物資を全てCクラスから譲渡されることで、300ポイントをそのまま残す事ができる。こちらがリーダー当てを封じるつもりでいる以上、これが大きく減少することは無いだろう。

 

 現在推測できる限りだと、BがAを上回る可能性は十分にある。

 Aクラスは坂柳のリタイアでマイナス30ポイント。物資の交換でマイナス80ポイント。スポット占有で140ポイントの合計約330ポイント。

 対してBはリタイアも物資交換も無いのだからポイントの減少無しで300ポイント。スポットの占有数次第では十分にAのポイントを上回れるだろう。

 

「PP契約を結んでいるなら、実質的にはAクラスが勝つだろうけど……ちょっとBの様子を見ておきたいな」

「午後はBの偵察に向かうか? 既にベースキャンプらしき場所は発見しているぞ」

「お、ありがとう。じゃあ昼ご飯が終わったら行ってくるよ」

 

 午前中を睡眠に費やしたおかげで体調も戻った。Bが契約を結んでいるかどうかを見極めて、今後の動きの参考にさせてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一匹の蛇が始まりだった。

 小学校の遠足で蛇が現れた時。周りが恐れて近づかない中、俺は平然とそいつを殺した。恐怖なんてある訳がねぇ、ただ自分以下の存在を屈服させる喜びだけがあった。

 石で頭を砕かれて息絶えた蛇の死体。周囲からの恐れる様な視線。これが俺、龍園翔の原風景だ。これがきっかけとなって、俺の性格は随分と変わったように思う。いや、それとも元々こうだったのか?

 

 勝つために必要なものは、意志の強さだ。どれだけ相手が強かろうが関係ない、絶対に諦めねぇ執念深さを持つ奴が最終的に勝つ。いくら喧嘩で負けようが、集団でボコされようが俺は恐れない。どうやって復讐するか、どうやって逆転するかを常に考え続けて屈服させてきた。

 

 この考えは今も変わらねぇ。誰が相手だろうと、諦めねぇ限り最後には必ず俺が勝利する。

 

「よお、仲良しごっこにいそしんでる雑魚ども。現実から眼を逸らし続ける努力ごくろうさん。悪いがお前らと違って俺は暇じゃないんだ、さっさと一之瀬を呼んで来い。交渉がある」

 

 夏休みを利用して行われた特別試験。俺は物資とPPを交換できることを思いつき、Bクラスの元に交渉へ訪れていた。

 無人島を貸し切ってまでこんな試験を開催する学園側には恐れ入るが、わざわざご丁寧に付き合ってやる義理もねぇ。PP契約を締結すれば既にこの試験は勝ったようなものだ。この学園はルールの裏をかく事を推奨しているような気配すらある、存分に雑魚どもを利用してやるさ。

 

「……なにかな、龍園くん。私たちは、君がBクラスにしたことをまだ忘れてないんだけど?」

 

 Bの生徒を適当に挑発してやると、テントの奥から一之瀬が現れた。その隣には神崎とかいう雑魚が付き添っている。

 明らかにリーダーに向いてねぇ雑魚に、それを祭り上げて良い気になっているゴミども。

 カモにするために学園が用意してくれたのか? と思うくらい、俺にとっては都合のいいクラスだ。

 

「ククッ、何のことだかさっぱりだな。俺の部下とお前たちの間に不幸な行き違いがあった事は認めるが、それを俺が悪いかのように言われても困る」

 

 おっと、いけねぇいけねぇ。こいつらは打てば響くように反応してくれるから、ついつい馬鹿にし過ぎてしまう。今は雑魚を煽って楽しくなってる場合じゃねぇんだ。

 

「いやいや、あの時は悪かったなぁ。お詫びと言っちゃなんだが、お前らに良い話を持ってきてやったんだ」

「……龍園、お前と話すことなど何もない。俺たちは一致団結してこの試験に臨もうとしている。お前のような奴にこれ以上和を乱されるわけにはいかない」

 

 神崎が前に出てきてそう言う。後ろの一之瀬も同意見のようだ。

 

「団結ねぇ……確かにここに来るまでに、何人か生徒を見たな。なるほどなるほど、お前たちはこの試験を協力して乗り切ろうとしている訳だ」

「その通りだ、だからもう――――」

 

「―――それでAクラスに勝てると思ってんのか?」

 

「っ!」

 

 図星をつかれたように、一之瀬と神崎の顔が歪む。そりゃそうだ、傍から見たってAクラスはBの完全上位互換だ。生徒一人一人の質が違うし、団結力だって向こうの方が上だ。一人を盲信する馬鹿どもの集まりじゃねぇ、互いに支え合うチームワークがある。

 

「……Aクラスの事は、今は関係ないよね。私は、みんなAクラスに負けない仲間だと思ってるよ」

 

「そりゃお前が思ってるだけだ。Aクラスが定期試験でどんな成績取ったか知ってるか? ほぼ全員が満点だ。個々が優秀なうえ、定期的に勉強会をして全体を底上げしてる。で、てめぇらはどんな点数だったっけ?」

 

「試験の点数だけが優秀さを示すパラメーターじゃないだろう。俺たちは全員で団結して試験に挑んでいる、お前の勝手な意見など必要ない」

 

「その団結力でも負けてるって言ってんだよ。九条がAにいたのはお前らにとって不運だったなぁ。坂柳と葛城でバチバチやりあってればまだ勝ちの目があったが、あいつが現れてあっという間に解決しちまった。そもそもの実力が上で、唯一の強みである結束力も向こうが上回ってる。それで勝てると思ってるのか? 現実見ろよ、雑魚ども」

 

 煽る煽る。自分にここまで人の弱みを指摘する才能があるなんて思わなかったぜ。この雑魚どもをこき下ろす事なんて簡単だ、考えなくても言葉がすらすらと出て来る。

 一之瀬と神崎は既に怒り心頭といった様子だ。図星をつかれると怒りだすのはどいつも同じだな。まあ当然だ、耳に痛い事を好き勝手に言われちゃ腹も立つだろう。

 

「それ以上みんなを馬鹿にするのは止めてもらえるかな、龍園くん……! Aクラスは確かに強敵だけど、みんな一生懸命頑張ってるんだよ!」

 

「普通にやってりゃ負けるくせに足掻こうともしない奴を馬鹿にして何が悪い。自分の強みが何か考えたことあんのか? Aクラスに勝とうと本気で思ってるか? 俺には勝利よりぬるい仲良しごっこに浸ってるようにしか見えねぇがな」

 

「龍園、もう帰ってくれ。早く戻ろう一之瀬。Bクラスについては、俺たちでまた考えればいい」

 

「本気じゃねぇんだよお前らは。勝ち目が無いっていう現実を直視するのが怖いから、みんなで頑張ったなら仕方ないよねって言い訳を用意しようとしてんだ。頑張ったから、みんな友達だからで納得しようとしてんだよ。まだ分かんねぇのか雑魚どもが! 頑張ってりゃ勝てんのか? クラスの仲が良けりゃ負けてもハッピーか? もう諦めてんだよてめえらは、何も考えねぇで思考停止しやがって! 」

 

「そんな、そんな事ない! 私達だって、みんなで頑張って勝とうとしてる!」

 

「頑張っただけで勝てる訳ねぇだろうが! ただ闇雲に努力したフリだけして自己満足に浸ってんのを諦めてるって言うんだよ! 勝てねぇ相手には寝込み襲って人数使って、何でもやるからこそ勝てるんだぞ! お前らは現実から目を逸らして、はなから勝つのを諦めてるからここまで俺に馬鹿にされてんだろうが!」

 

「分かってるようるさいなぁ! でも、だったら、じゃあどうやったら勝てるっていうの!?」

 

 この交渉で初めて一之瀬が声を荒げた。その表情には余裕がなく、言葉は掠れるように高く途切れている。そりゃそうだ、仮にもBのリーダーが現状を把握していないはずがない。そこを徹底的に追い詰められ、貼りついていた笑顔の仮面も剥がれたようだった。

 

「……だからお前らは馬鹿だって言ってんだよ。Aクラスに勝てる見込みが無いなら、他のクラスを巻き込めば良いだろ。強みを生かせって言ったろ?」

 

「強みって、だから団結力でもAに敵わないって君が言ってたんじゃない……!」

 

「ちげぇよ。お前らの強みはそこじゃない。お前らの強みは、馬鹿みてぇに善人しかいない所だろうが。お人好しの雑魚リーダーに、それを祭り上げる馬鹿ども。……だがそんなクラスだからこそ、助けようとする奴だっているだろう」

 

 俺が合図を出すと、森の陰からCクラスの生徒たちが大量に現れる。

 

「協力してやるよ。俺達だってAクラスに勝たれるのは都合が悪い」

 

 あっけに取られる一之瀬やBクラスの生徒たちをよそに、彼らが持ってきた大量の物資が広場に積み上げられていく。ポイントにしておよそ200ポイント。この試験を十分に乗り切れるはずだ。

 

「この試験ではポイントの直接譲渡は出来ない……が、物資を移譲することで間接的にポイントを渡す事は出来る。こいつは全部、既にCクラスが所有権を放棄した物だ。お前らが好きに使え」

 

「……これだけあれば、俺たちはポイントを使わなくて済む」

「300ポイント、丸ごと残せるって事か……?」

 

 じわじわと、Bクラスの間に好意的なざわめきが広がっていく。見た目のインパクトというのは馬鹿に出来ない。積み上げられた食料やテントを自由に使っていいと言われて、この試験での勝利が近づいた気になっているのだろう。

 

「……なにボサッとしてやがる一之瀬、さっさと来い。言っとくが、タダで使えると思うなよ。この分のPPはきっちり支払ってもらうからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、龍園さんさすがっス! 鮮やかな手際でしたね!」

 

 Bクラスとの交渉を終え、物資の引き渡しを終えた後。俺は悠々とCクラスのベースキャンプに戻っていた。

 後ろで石崎が騒がしく褒め称えてくるが、悪い気はしない。雑魚を嵌めた後は気分が良いものだ。

 

「バァ~~~~カ。クク……Bの奴ら、将来マルチに嵌まらないか心配しちまうなあ。あれだけ嫌がらせをした俺たちに、今や感謝までしてやがる」

 

 あの後、一之瀬たちとの交渉は拍子抜けするほどあっという間に終わった。既にBクラスが物資を見て喜んでいたのも大きいだろうが、疑うことを知らないかのような一之瀬の間抜けっぷりには驚かされた。

 

 【Bクラスは250CP分のPP、毎月100万PPを龍園翔に振り込む。引き換えにCクラスは200ポイント分の物資およびCクラスのリーダー情報を提供する】。

 これが今回Bクラスと結んだ契約の大まかな内容だ。俺たちは200ポイント分の物資+リーダー当てで50ポイントをBクラスに提供し、その代わりに250CP分のPPを毎月もらう。

 つまり俺たちは、既に250ポイントを残して試験を終えたようなものだった。

 

「九条のアホにも感謝しとかねぇとな。付け焼刃もいい所だが、あいつの交渉術が今回は役に立った」

 

 まずは不安にさせて、その後『こうすれば安心だよ』と解決策を見せつけてやる。不安に駆られた相手は焦り、差し出された解決策に飛びつきやすくなる。絶望からの緩和が、見せかけの希望に縋りやすくさせる訳だ。

 

 今回Bクラス相手にやった事もそうだ。Aクラスに勝てないのではという不安を煽りたて、そこに物資とPPの交換という解決策を差し出した。あの時に言った事なんざ、全部口から出まかせだ。Bの強みが『善人が集まってること』って、我ながらお笑いだ。 どう考えても短所だろうが。

 あの時の会話のうち、「Aクラスに勝たれると都合が悪い」以外は全部嘘だ。落としてから上げる、基本的なテクニックだが強力だ。

 

 他にも、相手に『得をした』と思わせてやること。見た目の分かりやすさを重視すること。交渉は手早く終わらせて、相手に冷静になる時間を与えないこと。奴から教わった大小さまざまなテクニックがあの場には使われていた。

 

「……あいつ、先祖代々詐欺師の家系か?」

 

 一介の高校生が知ってる知識じゃねぇぞ。本人もどこかサイコパスな雰囲気があるし、法に規制される自営業を実家が営んでいても不思議じゃない。

 

「九条の事考えててもしょうがないっすよ! それより龍園さん、この後はどうするんですか? もし暇なら一緒にバレーしませんか!」

「やる訳ねぇだろ。この特別試験は、こっからが本番だぜ?」

 

 リーダー当てでポイント獲得を目指す。他クラスの妨害をして、ポイントを減少させる。既にCクラスのポイントは0だ、ペナルティも痛くない。どれだけスコアを伸ばせるかの戦いが今から始まるわけだ。

 

「クク、面白れぇじゃねぇか。ボーナスタイムだ、お前も気合い入れろよ」

 

 冷たい水で喉を潤しながら、俺はそう言って笑うのだった。

 

 

 





有能マルチ勧誘員龍園


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