綾小路がDクラスだった。満点を取ってたのは知らん銀髪の人だった。
あとこの学校はクラスごとに争い合っているので他クラスへの介入は難しいらしい。
この事実を知った時はそれはもうショックだったが、しばらくして立ち直った。どんな時も前向きでいるのが人生をハッピーに生きるコツだ。
考え直そう。事実を元に、今の予想を修正していく。
なぜ綾小路は受験で全力を出さなかったのか? 不合格が怖くなかったのか?
違う。あいつは恐らく、その高い能力を持って合格の最低ラインを推定したのだ。そしてそこを確実に超えるよう、しかし点数が高くなりすぎないように自身の点数を調節した。ホワイトルームで見せた彼の能力からして、不可能ではないはずだ。その結果としてDクラスになった。狙ってDクラスになったかどうかはまだ分からないが、あいつならあり得るから困る。
そしてこの事から推察する限り、綾小路は自分の実力を発揮することを避けている。恐らく、他の者に気付かれるのも嫌っているのだろう。
それは何故だ?
高い実力は嫉妬を招き、円滑な友人関係に支障が出ると考えたのか? いや違う。ホワイトルームで人心掌握を学んでいるなら、その嫉妬を尊敬へ持っていくことなど容易いはずだ。
敵に実力を悟らせず、油断を誘おうとしているのか? これも違う。もしそうだとしたら、今の彼の仮想敵はホワイトルーム関係者だ。実力なんて隠す意味がない。
……そこまでしてただの高校生として振舞いたかったのか? 綾小路が持つ凡人への憧れは、そんなにも強烈なのだろうか。
「……少し悲しいなぁ」
だってそうだとしたら、綾小路は今の優秀な自分が本当に嫌いなはずだ。自分の出自も、父も、施された教育も全て否定したくて仕方が無いってことになる。
俺は自分の事が好きだ。周りから愛されていると本気で思っている。そう思えるのは前世で受け取った両親からの愛が自分の核にあるからで、それがあるから俺は前向きに生きていけるのだ。
ホワイトルームの事も好きだ。ご飯は美味しいし、研究者の人たちも話してみれば意外と面白い。山奥だから周りに何も無くて、教育が厳しいのが不満だが、まあ我慢できる範疇だ。
……綾小路もそうだと思ってたんだが。
「いや、考えすぎだな」
ナイーブになりすぎた。人生は常に前向きに、推測に推測を重ねすぎるのは俺の悪い癖だな。綾小路が自分の事を嫌いなんて本人から聞いたわけじゃ無い。変身願望は誰にでもある、ひょっとしたら『普段は平凡だけど、本気を出すと凄いオレ』っていうラノベによくあるやつをやりたかったのかもしれない。
さっさと退学にさせて、ついでに俺も学園生活を楽しませてもらおう。こっちに来てから漫画もゲームも知らないやつばっかりなんだ。友達とカラオケとかも久々に行ってみたいな。
この学園において最も重要な物はクラスポイント(CP)であるらしい。
生徒の素行と定期テストなどによって増減し、クラスポイント×100のプライベートポイント(PP)が自由に使えるマネーとして支給される。クラス番号はこのCPの値によって変動し、卒業した時に最もCPの高いクラス、すなわちAクラスが進路を自由に選択できるという通称Aクラス特権を手に入れることができる。
以上の説明を親切なクラスメイトからして頂いた。人間関係が円滑にスタートできそうで何よりだ。
転入生というのはどうも今まででかなり珍しいらしく、最初の頃は珍奇の目で見られたりもした。しかしこのAクラスにはさすが優秀な人材がそろっているので、転入2日目にはもうクラスメイトと遊びに行くことが出来た。俺コミュ強かもしれん(うぬぼれ)。
ただ、クラスポイントにもAクラス特権にもそこまで興味を抱けないというのが正直なところだ。
PPは欲しいが部活で活躍すれば貰えるらしいし、Aクラス特権にはなおの事興味が無い。
ホワイトルーム生の将来というのは実のところもう決まっていて、綾小路パパの駒に内定している。
綾小路の父はホワイトルームで優秀な人材を育成し、それを政界や財界へ投入することで影響力を得ている。彼の教え子は日本各地のいたるところに存在するのだ。
かくいう俺も将来は官僚として霞が関へ行き、バッタバッタと敵をなぎ倒す予定である。これは綾小路パッパから直接聞いたのでまず間違いない。
平凡な人生は前世で十分楽しんだので、正直強くてニューゲームしてるみたいでワクワクしている。
官僚ってモテるのかな。合コンとか行ったらチヤホヤされるんだろうか……!
なので俺にとって重要なのは『退学要件』の方だ。これ次第で今後の動きが決まる。
まず、いじめや傷害行為、その他反社会的な言動は厳しく罰せられるらしい。これは普通の高校の校則って感じだ。
だが、他学年を観察してみたところC,Dクラスはやけに人数が少なかった。彼らの倫理観が終わっててクラス単位でマッドマックス怒りのデスロードやってると考えるより、学校によって退学させられたと考えるべきだろう。
つまり俺たちにも将来、退学を強制されるような試験がやってくるという事だ。例えば定期テストで平均点の半分以下だったやつは退学らしいし、退学人数から見て他にも退学条件があるのだろう。
つまりこちらは退学を回避できるよう気を付けつつ、Dクラスを徹底的に攻撃して綾小路を退学させるという事だ。 特に退学処置は300CPと2000万PPで取り消せるらしいので、DクラスのCPは絶対に300以上にさせない。なんだ、結局ふつうのクラス闘争だな!
それで言うと、うちのAクラスの状況は少々よろしくない。
坂柳有栖 (理事長の娘)と葛城康平 (スキンヘッド)の二人がそれぞれリーダーに名乗りをあげ、お互いの派閥同士でバチバチにやりあっているのだ。古今東西、敵勢を前に内紛している国は滅ぶのみである。さっさとどちらかがリーダーを譲ればいいものを。
これではDクラスへの攻撃も夢のまた夢なので、さっさと和解させるか退学させるかしないといけないな。負けた方はホワイトルームにご招待すればまあプラマイでプラスだろう。
つまり俺の今後の動きとして
・Dクラス在籍綾小路清隆くんの情報収集
・Aクラスの内紛解決
の二つが急務なわけだな。
特に綾小路の情報収集は全く進んでいない。誰に話を聞いても、友人関係についての情報が出てこないのだ。既に情報防壁を張っているのか……? これ以上進展しない場合、俺が直接偵察に行かなければならないかもしれない。
「ちょっとあんた」
そろそろDクラスの様子を見に行こう、ついでに綾小路に挨拶しに行こうかなと思っていると、クラスの女子から声をかけられた。神室っていう目つきのキツい女子だ。なんだ、ナンパか?
「あんたと話したいってやつがいる。ついてきて」
告白の仲介役だったか。
言われるがままついていく。でも神室の態度のキツさはちょっとだけ怖かった。道中雑談を振ってもずっと無視されたもん。一般女子高生はお喋り大好きだと思っていたのだが、違うのだろうか。
「ここ。さっさと入って」
連れられた先は特別棟の空き教室だった。もう放課後
なので人気はなく、ついでにここは監視カメラの配置が少ない。秘密の話にはもってこいだ。
なるほどね。やはり告白かな。
悪いが俺はあと数ヶ月で退学予定の身。うまい断りかたを考えながら扉を開くと、そこには杖を持つ銀髪の少女、坂柳有栖がいた。
「来てくださってありがとうございます。神室さん、もう下がってくれて構いませんよ」
なんか雰囲気が怖くない? 言われるがまま、神室が教室の外へ出ていく。でもまだ外に神室以外の気配がするな。これ出口塞がれてないか?
「いやいや全然。何かただ事じゃない雰囲気だけど、どうしたの?」
「ふふふ……ええ、あなたに挨拶さしあげようかと思いまして」
マジで何? 挨拶って、転入したときに自己紹介したじゃん。
いや、そういえば坂柳理事長って綾小路父の教え子なんだっけ。ということは、その娘である彼女もホワイトルーム関係者なのか?
「先生からお聞きしましたよ? 編入試験では全て満点、面接の受け答えも見事なものだったとか。情報を集めるのに時間がかかり、挨拶が遅れて申し訳ありませんでした」
「あー……ひょっとして、俺のこと知ってる感じかな? 前会ったことある?」
なんか俺の方がナンパっぽくなってるな。
「ええ! 8年と94日ぶりですね、ホワイトルーム生さん」
こっちはこっちでヤンデレっぽいしね。
なるほどね〜、理事長経由で情報が伝わってるのか。マジでホワイトルームって大した秘密じゃないんだな。
敵対派閥にもほんのりバレてて、でもお互いの弱みを握り合ってるから暴露できないって感じなのか? 案外他の派閥も同じようなことやったりしてな。ブラックルームとかがあっても俺は驚かないぞ。
とか考えてる間にも坂柳は持論を語っていく。
天才とはDNAで全て決定されていて、その絶対的な差は決して覆らない。人間の優劣は生まれたときに全て決まり、そして凡人が天才になることも、まして勝つこともあり得ない……。
福沢諭吉先生が聞いたらブチギレそうな思想だな。よくまあここまで選民思想を拗らせたものだと素直に思う。こいつ将来クローン技術に傾倒してそう(偏見)。
生まれ持った才能ですべてが決まるというのもかなりネガティブで後ろ向きな意見だ。最高に効率のいい努力の積み重ねで完璧な人間になろう! という熱意あるホワイトルームの皆様方を見習ってほしい。
あ、ってことは俺と彼女って思想的に敵対してないか?
「つまらない学園にも、少しは楽しみができました。偽りの天才を葬る役目は、私にこそふさわしい」
く、くだんね〜〜〜〜〜〜〜〜。別に天才を自称したつもりもない。ちょっといい教育を受けただけの凡人だ俺は。謎の敵意を向けてくるのは勘弁してくれませんか……。
それに、どうもこいつは気に入らない。
こいつはずっと、『勝利』について思い違いをしている。この世界で勝敗を決めるのは、生まれ持った才能でも刻まれたDNAでもない。
「あっそ……。別に、そうしたいならそうすればいいんじゃないの? そんなことは俺の『勝利』とも『幸福』とも関係がない」
勝者の条件とは、意志の強さだ。綾小路の父を見てみろ。俺は、彼が何かを楽しんでいるところを見たことがない。ゲームで遊んだり、マンガで笑ったりしたのを見たことがない。だから彼は今まで勝利してきたのだ。
勝利のためには、どこまででも犠牲にできる。
娯楽のない、無機質な生活にも耐えられる。人間としての幸せを、日々の安らぎをすべて捨てられる。
勝者に必要な条件はそれだけだ。実力なんて後からついて来る。
「俺は自分を天才なんて思ったこともない。あんたを天才だとも思わない。才能の有る無しなんて下らない。あんたの思想なんて、ちょっと頭が良いやつが悟った気になってるだけだ」
思いっきり挑発して、踵を返す。……ちょっと言い過ぎたかな。でももう敵対は避けられないだろうし、いうだけ言ってストレス発散したくて。
坂柳の怒りを後ろから感じる。かかってこいよ。勘違いした秀才野郎が。
俺はどうせ中途退学するから勝ち逃げさせてもらうぜ。
坂柳の強い視線を背後に受けながら、俺は空き教室を後にしたのだった。
あと、こいつに綾小路のこと伝えた方がいいかな〜〜〜。ホワイトルームを思い出した以上、いずれは必ず気づくだろう。もし一緒に葬ってくれるなら手間も省けて万々歳だ。
でも問題があって、俺より微妙に綾小路のほうが実力上なんだよね。最悪の最悪、綾小路とタッグを組んで「先にこちらの雑魚を片付けましょう」となる可能性もある。
マジで早めに綾小路と接触しよう……。
二人同時に相手するのはヤバすぎる。現地協力者も作っていかないとな……。