どうも、一般無能ホワイトルーム生です。
綾小路の友人は分からずじまい、理事長の娘には目をつけられる……。君さぁ、やる気ないなら帰れば? と煽られても仕方のない結果だ。あの時プライドを捨てて坂柳の靴を舐めていたら良かったのだろうか?
まあいいや、人生は常に前向きに。
そもそも向こうから宣戦布告が来たんだ。どうしたって敵対は避けられなかった。挑発してヘイトを集めることで坂柳と綾小路の結託を避けることもできた。よし、満点の結果だな (自己暗示)!
坂柳とは完全敵対モードに入ったので、これからは葛城派閥でやっていくことになる。うおおおお葛城さん鬼つええ! これから逆らう奴ら全員退学させていこうぜ! 葛城最強! 葛城最強! イェイイェイ。
あと、綾小路の情報収集はもういいかな。結局ろくな情報は得られなかった。
というか綾小路、友達いないんじゃないか? ここまで聞き込みして一人も「彼が誰かと遊んでいる所を見たことがない」って言ってるって、これ情報防壁とかじゃなくないか?
どうも俺の中の綾小路の虚像が大きすぎて失敗してる気がする。第六感は「あいつ今女子の胸揉んで脅されてるよ……」とか囁いてくるが、そんなわけ無いだろ! ホワイトルームの最高傑作だぞ!?
ということでとうとう直接接触する。綾小路の連絡先は同じDクラスの櫛田という女子から聞いた。常に笑顔が嘘くさいが可愛い女子だった。
『綾小路くんへ
よっす。俺です、君の同期の一般ホワイトルーム生です。なんと、君のおかげで俺もホワイトルームから逃げ出せたぜ!! 諸々の影響で連絡が遅くなりました。今日の放課後、カフェでお待ちしてます。今後の動向を相談しましょう』
当然大嘘だが、これは友達同士なら許されるブラックジョークである。綾小路がこんなの信じるわけがない。
向こうから了承のメールが来たので、早速カフェで待機。相手の暴力に備えて、ボイレコとかカメラを仕掛けておかないと……。
「やっほ~~~~~!!!! マジで久しぶりじゃん清隆! ホワイトルームは一年停止してたし、ほぼ1年ぶり?」
指示されたカフェへ俺が行くと、騒がしい声が聞こえてきた。
人は少ないが、一応他の生徒もいるんだぞ。素早く辺りを見回すが、誰も気にしている様子はない。……聞こえていなかったのか?
「あ、周りに聞こえないかって気にしてる? 大丈夫よ、これお前にしか聞こえないように喋ってるから」
目の前の男は気にした様子もなく笑っている。人力で指向性スピーカーの真似事か。やろうと思えば俺も出来るだろうが、そもそもそんな事考えもしなかったな。昔からコイツは、プログラム外の役に立たない特技に精を出す人間だった。
「あ、あー……。こんな感じか。まだちょっと集束が甘いか?」
人と仲良くなるには、こういう下らない遊びも一緒にするものだと山内から学んだからな。目の前に手本もあるし、声帯の制御は既に学習済みだ。軽く真似してみると、相手は少し凹んだ様子だった。
「俺、それ出来るようにする為に一日かけたんだけどな……。まあいいや。改めて久しぶり、清隆!」
「ああ。久しぶりだな、楽」
ホワイトルームからやってきた刺客、
「最近元気にしてる? 見た所筋肉ちょっと落ちてるな、班目さんが見たら怒るぞ?」
「てか、何でDクラスになってんだよ。俺お前が絶対満点取ってると思ってお揃いにしたのに」
「Dクラスって今CP0なんだろ? 俺編入したから、2か月分PPもらえてんだよね。ここの支払いは俺が持つから、お前も他学年から巻き上げるとかして次は清隆が奢りな」
「というか、ここのパフェマジ美味くない? 向こうだとこういうデザートが少なかったんだよな~。ストレス値の減少に繋がるとか言ったら増やしてもらえるかね」
久々の再会だからか、普段よりテンションが高いな。
目の前に置かれた巨大なパフェを食べる九条を眺めながら、勝手に注文されたチーズケーキを口へ運ぶ。うまい。九条のチョイスだから間違いないとは思っていたが、かなり好みの味だ。
九条楽。史上最高にして最悪の教育が施されたホワイトルーム4期生の、もはや俺たち二人しかいない生き残り。
彼が、ホワイトルームを
どんな不幸に遭っても数瞬後には切り替えられる、異常なまでにタフな精神構造。どんな相手にも適応できる、ホワイトルーム出身とは思えないほど高い協調性。
ホワイトルームでは、自分の方が僅かに優れた結果を残していた。『綾小路清隆』が、ホワイトルームの最高傑作だ。だが、この実力至上主義の教室ではどうなるだろう? クラス間闘争が主軸となるこの学園は、彼にとって有利なフィールドだ。
オレは自分でも気づかぬうちに微笑を浮かべながら、この心地いい雑談を切り上げ本題に入ることにした。
「それで?」
「ん? それでって何さ。あ、チーズケーキ嫌だった? 好きだと思ったんだけど、気に入らなかったら俺食べるから他の頼んでよ」
「違う。オレを退学させたいんだろう? これからどうするつもりなんだ?」
スッと、雰囲気が切り替わる。俺の敵意を感じ取り、相手も警戒態勢に入ったのだ。
「……色々考えたよ。友達を殴るの嫌だから暴力はやめようとか、恐らく起きるであろう特別試験で退学にさせようとか。でも、俺たちは同じ釜の飯を食った仲間で、話し合う理性がある。なんとか清隆が自主退学してくれないかなって、今は思ってるよ」
「話し合い? 悪いが、ただの論弁でオレの意見を変えられるとは思えないな」
「そう言うなよ。残念なことに、お前の父親はまだ
それは、前々から考えていたことだ。日本有数の権力者である父の手から逃げることは、並大抵の方法では叶わない。敵対勢力への身売りも、脳裏をよぎることはあった。しかし、そこで手に入るのは結局『別の駒』としての人生だろう。父親に虐待された、悲劇の少年。そんなものを演じるのはごめんだった。
「……言われずとも、逃げるつもりは無いさ。学園を卒業したら、オレはあの男の下へ戻る」
「その代わり、卒業までの3年間は青春をエンジョイするってか?」
そういうと、九条は嬉しそうに目を細めた。この会話の流れを誘導し、想定通りの流れになったことを喜んでいる事が分かる。
「そこで交渉の余地があるわけよ! 色々調べたんだが、清隆。お前まだ学校に友達いないんじゃないか? 彼女も出来ない、友達もいない、部活にも入らず勉強に打ち込むわけでもない。もちろん特に趣味もない。どうしたんだ清隆! 青春を楽しむと謳った割に、今のところ完全に灰色の学生生活だぞ!」
「別に、友人くらいいる……はずだ」
「調べたって言っただろ。お前と遊びに行った人間はこの一か月間存在しなかった。あ、ちなみに俺はもう友達出来ました。カラオケにもボウリングにも行ったし、銀髪の可愛い女子に放課後呼び出されて情熱的な告白 (嘘。実際は宣戦布告)もされました。羨ましいか? んん??」
「…………」
九条の社会性の高さは、既にオレの知るところではある。先ほど班目という名前が出てきたが、あれはオレたちのメディカルチェックを担当していたホワイトルームの研究者の名前だ。ホワイトルーム生を下に見てモルモット同然の扱いをする男で、同期は九条以外の全員が奴を嫌っていた。九条は全く気にしなかったが。『モルモット扱いがどうしたよ、こんなデカい愛らしさNo.1モルモットが擦り寄ってきたら超嬉しいだろ』と臆せず話しかけ、健康維持のアドバイスを聞き出していた。九条の持つ絶対的な自己肯定感から来るふてぶてしさに、班目はかなりたじろいでいたのを思い出す。
「俺は悲しいよ、清隆。このまま3年間ほっといたら、お前は高校生活に多大なトラウマを背負って卒業することになるだろう」
「……そんなことはない。友人も恋人も、これから作っていけばいい話だ」
「それに何年かけるんだよ。そもそも、目算だって立ってないだろう」
確かにその通りだ。黙り込むオレを前に、九条は柔らかい目をして続ける。
「なあ清隆。俺は、お前の事をもう親友だと思ってる。お前は優秀だし、何よりいい奴だ。昔みたく、またこの学園でもつるもうぜ。一緒に遊びに行って、一緒に笑って、お互いの苦楽を分かち合おうじゃないか。Aクラスの友達も紹介する。みんないい奴だ、クラスの垣根なんて気にしたりしない。なんなら、途中でお前をAクラスに買い上げてもいい」
親友、という言葉に思わず胸がときめく。初めての学生生活で、オレが人間関係の構築に手間取っているのは確かだ。隣の席の堀北にも、ずっとボッチ扱いされている。友人を紹介してもらえるなら、願っても無い話だ。だが、Aクラスへの移籍には2000万PPがかかる。それだけのPPを使えば、クラスからの反発は避けられないはずだ。動揺からか? 何故か自分の舌がもつれるのを感じる。
「Aクラスへの移籍? それは、だが、そんな事できないだろう」
「
思わず、オレが理想とする学生生活を想像する。オレは放課後に人と遊んだことが無い。ゲームセンターにも、ボウリング場にも行ったことが無い。合コンなんて、コンビニで立ち読みした雑誌で見た事しかない言葉だ。それが全て九条と叶えられるとしたら、それはとても魅力的な1年になるだろう。九条は隠したかったオレの過去を全て知っているため、変に気を遣わなくてもいい。そんな友人との学生生活は、きっと素晴らしい物になるだろう。
力強い九条の言葉から、人を惹きこむ引力を感じる。強固な自信が九条の体を支え、全身から覇気を滲み出させている。傲慢なまでの自負が成立させる、カリスマの演出方法。
これは、オレの知らない技術だ。ホワイトルームで学んでいない、つまり九条も知らなかったはずのものだ。九条はこれをどこで学んだ? 俺は知っているはずだ、これは、これは―――――――
――――これは、オレの父親のやり方だ。
頭が冷える。浮かれていた考えが落ち着き、思考回路が冷徹になっていくのを感じる。オレの目的。この学園で果たすべき事。隣の席で佇む、涼しげな眼をした黒髪の少女。
オレは確かに、この学園を楽しむために入学した。しかし、堀北や須藤、平田との交流を通じて、既にオレには違う望みが出来ていたのではないか。
この実力至上主義の教室で、オレは父を否定する。堀北とDクラスを通じて、天才とは何か、平等とは何かという問いへ答えを見つけたいのだ。
「…………すまない。本当に、本当に魅力的な話だった。楽、お前と学園生活を送れたらどれほど幸せだろうと思ったよ」
未だにこやかにオレを見つめる友人へ、そう語りかける。きっとこいつに害意は無い。人から喧嘩を売られた時以外、九条は怒らない。そういう、良い奴なのだ。こいつは。
ああ、忌々しい事だが。オレにはあの男と同じ血が流れてると実感せざるを得ない。目的の為には、全てを犠牲に出来る
「いやいや、俺はむしろ嬉しいよ、清隆。この学園で初めて、やりたいことを見つけられたんだな。綾小路先生も心配してたぜ? 『うちの息子はいつまでたっても将来の夢が無くて心配だ』って言ってたぞ」
賭けてもいいが、絶対にそんな話では無かったはずだ。
「じゃあ、そろそろ行くよ。こっちはこっちで、やる事が沢山あるんだ。断られたって、こっちが諦めなきゃいけない理由なんてない。お前は絶対に退学させるし、あとそれはそれとして今度普通に遊びに行こうな」
「ああ、是非とも。俺はゲームセンターでクレーンゲームというものがしてみたい」
九条が立ち上がり、カフェの外へ向けて歩いていく。この瞬間、この学園における九条との関係は定まった。お互いに友人として相手を受け入れながら、裏では常に相手を蹴落とそうとする。どちらかが嘘で、どちらかが本当な訳じゃない。敵意と友好が両立する、矛盾したバランス。
厄介な事になったな、と一人考える。この学園で、最も手ごわい敵が一人増えてしまった。あの時九条の提案に乗ったふりでもしておけば、決裂は避けられただろうに。
だが、何度考えてもこうなる事は避けられなかったとも思う。これが、あの奇妙な親友との最も適切な関係だと考える自分もどこかにいる。そのことを、オレは何故か嬉しく感じるのだった。