転生したら白い部屋だった   作:なりまんじゅう

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第六話

 

 放課後、密談にカフェはやっぱり相応しくないよねという事で、個室のあるカラオケへ俺たちは向かった。

 前回は綾小路が暴力に訴える可能性を捨てきれなかったため人目のあるカフェにしたが、葛城と坂柳は目立つし声帯操作も出来ない。どんな横やりが来るかも分からないし、個室にしておくのが無難だろう。

 

 メンバーは俺、葛城、坂柳、鬼頭の四人だ。ちゃんと坂柳の暴力装置である鬼頭を呼ぶところに、彼女の抜け目のなさが窺える。坂柳の指示で鬼頭は外で見張りをしているが、たぶん怖くて誰も近寄らないと思う。

 

「よし、みんな何歌う? 葛城と坂柳って好きなバンドとかいるの?」

 

 マイクを取り出しながら後ろを振り返ると、二人とも俺の事を無視して睨みあっていた。ラップバトルが好きなのか……?

 

 二人を落ち着かせ、早速話し合いを始める。綾小路を退学させたいのにこんな事する必要あるのか? あるんだよなぁこれが。人間関係は勢いが肝心だ、サクサク行こう。

 

「えー、この密会の発案者にして議長の九条です。私が法です。早速ですがこちらをご覧ください」

 

 手に入れた3年分の過去問をテーブルに広げる。何とびっくり、内容がすべて同じなのだ。葛城は素早くそれに気づいて驚き、坂柳は既に仮説を立てていたのか納得の表情を浮かべている。

 

「確認していただいた通り、内容が全て同じですね。少しテスト範囲とずれてますが、そろそろ変更されます」

 

 この前、2年をほぼ掌握しているという南雲先輩と仲良くなった際に入手したものだ。Aクラスに編入試験で満点を取った男がいるという噂は、既に上級生の間で広まっていたらしい。生徒会の勧誘を兼ねてタダで渡してくれた。懐が深いものだ。ついでに色々話も出来たので、かなり有意義な接触だった。

 

「Aクラスの基礎学力も考慮すると、これを配られた者は全教科満点だって取れます。今回の試験はCPにも影響するので、CPの伸びも期待できます。これを参加料として渡すので、私の話を真剣に聞いてください」

 

 言葉を切り、二人へ視線を向ける。ここからが、この話し合いの焦点だ。

 

「俺は、二人ともAクラスを率いるに相応しい器を持っていると思う。適性も方針も真逆の二人だが、だからこそお互いの足りない部分を補い合えると信じている」

 

 これは本気の話だ。葛城はその実直な人柄から、クラスを上手く纏める内政に向いている。坂柳は頭のキレと、攻めることを躊躇わない判断力がある。クラス間闘争において力を発揮するだろう。

 

「だからこそ、二人が争いあっている今の状況はすごく悲しい。同じAクラスの味方同士で足を引っ張り合っていたら、他のクラスには絶対に勝てない」

 

「……九条、お前の言いたいことは分かる。俺も現状を良しとはしていない」

 

 穏健派の葛城はそう言ってくれると信じていた。過激派の擬人化、坂柳はちょっと戦闘狂な所があるので「は? 別に勝てますが?」みたいな表情をしている。怖い。

 

「坂柳、そんな顔しないでくれ。これは、お前が葛城を引きずり落とそうとしている理由にも関係するはずだ。今のAクラスだと動きにくいんだろう? クラス内を統一させないと、策を練りにくくて仕方が無いだろう? 葛城と坂柳、二人が揃えばAクラスはより強くなれる」

 

 両者とも反応が鈍い。これはもう理性というより感情の問題だからなぁ。具体的な例が無いと分かりにくいかもしれない。

 

「例えば、今回の中間試験についてだけど。坂柳、俺が過去問を取り出したときにそこまで驚いていなかったよな? 実はもう情報を掴んでいて、派閥内のみで共有するつもりだったか?」

 

 そう指摘すると、坂柳は不服そうな表情をしながらうなずいた。隣で葛城が驚いているのが見える。

 

「……ええ。真嶋先生の『退学を回避する方法はあると確信している』という台詞と、不自然だった小テスト。このテストに正攻法以外の攻略法があるのは明らかです。既に派閥内でPPをまとめる事は出来たので、出来る限り安く買う方法を探している所でした」

 

 葛城くんは、気づいていなかったようですけど。

 そう言うと、坂柳は葛城の顔を見て侮るような表情を浮かべて見せる。『この抜け道に気付いた自分こそがリーダーに相応しい』とでも言いたげだ。

 

 それが違うんだよ、坂柳。一人で出来る事なんて、本当はたかが知れている。だからこそ、協力することが重要なんだ。

 

「……人の事を下に見すぎだ、坂柳。葛城は葛城で、既にお前とは違う退学回避方法を発見している。そうだろう?」

 

 坂柳が、僅かに目を見開いた。葛城が重々しく語りだす。

 

「俺は、PPでテストの点を買うことが出来るのではないかと思っていた。坂柳、お前と同じように真嶋先生の言葉に俺も疑問を感じていた。そのことと、『この学園においてPPで買えないものは無い』という説明を結び付けて思いついた。先生によれば、今回の試験のみ【1点=10万PP】のレートで取引できるようだった。派閥内で一度PPをまとめさせてもらい、既に50万ほど集まっている。たかが5点分だが、これで結果が変わることもあるだろう」

 

 学力的に優位なAクラスにいて、退学の危険性をそこまで真剣に考えることは無い。石橋をたたいて渡る慎重な葛城だからこそ、退学を回避する方法を考え抜き、PP取引の可能性に気付くことが出来た。

 

「PPで、点数を買う……! それが可能であるならば、他にも色々な策が考えられます。それを他クラスへ利用するには…………。点数を売ることはできるのでしょうか? 逆に下げることはどうでしょう……?」

 

 新たなアイディアを得た坂柳は、それをフル活用する方法を考えることに夢中になっている様だった。

 

 そんな彼女の思考が落ち着くのを待って、俺は静かに話しかける。

 

「同じ状況にいて、同じ情報を持っているはずなのに、出てくる答えは人によって違う。葛城は過去問について気付かなかったし、坂柳はPPと得点の関係について考えつかなかった。これは、どっちが優れていてどっちが馬鹿だとか、そういう話なんかじゃない。それぞれが持つ視点の違い、発想力の方向性の話だ」

 

 攻撃的な坂柳と、守備的な葛城では思いつくことも違う。それぞれが重視することも、思想のベクトルも違うからだ。恐らく、綾小路は過去問もPPも両方に気付いていただろう。それは彼が2人の倍優秀なのではなく、単に主義主張的なこだわりが無いからだ。だからこそ怖いとも言えるが。

 

「お互いのアイディアを聞いてみてどうだ? 葛城も坂柳も、相手の意見を聞いて新たな発想が生まれたんじゃないか? それをもしもう一度交換してみたら、今度はまた新たな考えが出てくるだろう。そう思わないか?」

 

 坂柳も葛城も、俺の話を真剣に聞いてくれている。お互い、「相手が自分の思いもつかないことを考えていた」という事実が良い意味でのショックを与えている様だった。

 

「これが他の奴だったらどうなったと思う? 派閥同士で無意味に敵対しあって、口も利かないクラスメイトたち。彼らもまた、2人に新鮮な発想を与えてくれると思わないか?」

 

 心からの気持ちを込めながら、2人に語り掛ける。外敵の脅威と、協力し合うことのメリットを伝えた。喋り方や身振りも、相手に訴えかけやすいものにした。俺に出来ることは全てしたつもりだ。これで2人が納得してくれるといいのだが……。

 

 

 …………長い沈黙の後、まずは葛城が静かに話し始める。

 

「……坂柳。元々、俺はAクラスが割れている現状は変えるべきだと思っていた。内紛が起こったままでは勝てないとも思っていた。だが、俺は今まで特に何もしてこなかった。なぜか、自分から頭を下げることは出来なかった。きっと無意識の内に、自分の方が正しいと傲慢になっていたのだろう。坂柳、俺は認識を改める。お前の果断さ、リスクを恐れない思考のキレはきっとクラスの力になると認める。方針は違えど、俺たちは同じクラスの仲間だ。……そう思って良いだろうか」

 

 それを受けて、次は坂柳も語り始める。

 

「PP交換の発想は、私にはありませんでしたよ。……九条くんがいる以上、あなたの派閥を打ち倒すのには時間がかかるでしょう。その間に、他クラスの跳梁を許すのも気に入りません。分かりました。あなたたちが私の派閥に情報を提供するのであれば、こちらも情報を与えます。むやみにクラスを裏切るような行為もしません」

 

 なんかこっちの方が比較的素直じゃないな……。ともかく、やったぞ! Aクラスのトップ2人の和解だ!

 坂柳はだいぶ俺の事情を汲んでくれた気もするが、まあ言葉に出したという事が重要なのだ。

 

「よし、そうしたら遊ぼう! クラストップの和解祝いだ! 鬼頭ももう警備しなくて良いよ、他のクラスメイトも全員呼ぼう!」

 

 クラスのグループライン(俺がつくった)に俺たち4人で撮った写真を投稿し、『Aクラストップ、歴史的和解!』と書き込んでクラス全員に呼びかける。

 

 葛城と肩を組んでデュエットしたり、鬼頭が意外と渋い声してることに驚いたり。坂柳が旧支配者のキャロルを歌って、「まんまじゃん!」なんて大笑いしたり。

 

 暫くすると、部活とか何かで来れない奴以外、Aクラスのほとんどが来てくれた。そうなると今のカラオケ室は手狭なのでもっと広いパーティルームに行き、そこで俺がホワイトルーム仕込みの歌唱力を披露したりした。

 そのあとはボウリングに行ったり、卓球で鬼頭が意外な才能を発揮してたり。

 

 Aクラスの面々も、どこか気が楽になったような表情をしていた。そりゃそうだ。一般高校生が、派閥だリーダー争いだに巻き込まれて疲れない訳がない。クラス全員、心のどこかでこうなる事を望んでいたのだ。

 

 高校生らしくはしゃいで遊ぶ俺たちは、事情を知らない他人から見たらきっととても仲の良いクラスに見えただろう。そしてそれがそう遠くないうちに真実になる事を、俺は願ってやまないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クラスの喧騒を抜け出し、私、神室真澄は建物の外にやってきた。このクラスのトップの一人、坂柳有栖に呼び出されたからだ。

 

 外はすでに暗くなっており、街頭の下に佇む彼女はまるでこの世のものではないような妖しさを漂わせていた。

 黙ったままの坂柳に耐えられなくなって、私から話しかける。

 

「……何の用なの? 何も言わないなら、もう戻りたいんだけど」

 

 鬼頭があんなにいい声してるとは思わなかった。葛城と鬼頭のデュエットの順番がそろそろだし、早く戻って聞きたい。

 そう思っていると、坂柳がおかしそうな顔をしている事に気付く。

 

「何? なにか言いたそうな顔だけど」

 

「いえ、随分楽しんでいるようだなと思いまして。普段の神室さんなら、『もう帰りたい』と言うと思いますし、そもそもこういった催しを嫌っているはずでしたから」

 

「……別に、そうでもない。九条のやつが上手くやってるとは思うけど」

 

 Aクラスの対立を解消したのが九条だということは、全員なんとなく察しているはずだ。今も彼は輪の中心で騒ぎながら、いまだぎこちない派閥間の仲を取り持っている。

 

「そう、貴方を呼んだのはその九条くんに関することです」

 

 坂柳の表情が真剣なものに変わる。

 

「緩やかな対立に変わっただけで、未だ私と彼は敵対しています。他のクラスを片付けたのち、彼とは完璧な決着をつけておきたいのです。その為に神室さん、あなたに九条くんに対する情報収集を命じます。彼と仲良くなって、彼の好きな事や苦手な事、何でもいいので情報を手に入れてください」

 

 また面倒な指令が来た。同時に、なぜそれを私に言うのかとの疑問が生じる。残念ながら、私のコミュニケーション能力はそこまで優れているとは言えない。裏切りの危険性がある橋本に頼まないのは分かるが、こういった相手の弱点を暴きだす行為は坂柳の好みのはずだ。能力的にも向いているのだし、自分自身でやった方が効率的なはずだ。

 

「……私は出来ません。何となく気付いているかと思いますが、私は努めて九条くんと仲良くならないようにしています。何故かわかりますか?」

 

 そう言われても、分かるわけがない。まだ知り合って間もないが、九条は悪い奴ではないと思う。仲良くなりたいならまだしも、その逆になる理由は分からない。

 

「―――彼の敵になれないからですよ。少し話しただけで分かる、九条くんの異常な前向きさ。一度仲良くなってしまえば、もう何をしようが悪感情を向けてくることはありません。こちらがどんな裏切りを働いても、彼は笑って済ませるでしょう」

 

 それがどれほどまでに屈辱か。

 そう語る坂柳の表情は、街灯の陰に隠れてみることが出来ない。

 

「まあ、何も難しく考える必要はありません。気になる男子の噂話をするなんて、実に高校生らしいじゃないですか」

 

 そう言って坂柳はクスクスと笑って見せる。クラスが纏まったと聞いて、坂柳も少し丸くなったのかと思えば、まったくそんなことはない。標的を必ず仕留めようとする、勝利を求める怪物がそこにいた。

 

 九条が坂柳に何をしたか知らないが、まったく災難なものだ。この怪物が誰かに負けるなんて、少なくとも私には想像も出来ない。

 

 そう思いながら、私は少しだけ重くなった足取りでクラスメイトの喧噪へ引き返していくのだった。

 

 

 

 

 

 


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