クラストップ同士の対立が解消され、Aクラスは再び団結を取り戻した。
俺が入手した過去問は坂柳、葛城両名の名義でクラス内に配られ、彼らの和解をクラスメイトに印象付けることとなった。
また、『1点=10万PP』で点数の購入が可能という情報はクラス全員に衝撃を与えた。『この学校内のものは全てPPで購入できる』という事実は、改めて彼らにPPの重要性を気づかせることとなった。
クラス内でPPを貯蓄し、いざ高額のPPが必要となった時に備えておくべきだと生徒の一人である橋本正義が主張し、代表として葛城が【月の収入-3万PP】をクラス一人一人から預かり保管しておくこととなった。
いくらでも着服できるこの立場に彼が選ばれたのは、やはり普段の生活から葛城が義に厚く、仲間を裏切らない男であるという事が周知されていたことが大きいだろう。同じく派閥トップであるにも関わらず、めちゃめちゃエゴイストなので金庫番を任されなかった坂柳はふてくされていた。
残高はAクラス全員が確認できるため、不正利用は出来ない。貯蓄PPの使用にも条件がある。提案者はクラス会議を開いてその価値を説明しなければならず、クラスメイト全員のうち三分の二の賛成が無ければ使用できない。
全員の協力が無ければ成立しないルールではあるが、これは今現在Aクラスである余裕が生んだものだとも言える。この先特別試験で敗北し、坂柳と葛城がクラスからの支持を失えば、このクラス一丸となった協力体制は早々に崩壊するだろう。ホワイトルームでも学んだことだが、世の中結果が全てなのだ。逆に言えば、勝ち続ける限りAクラスからPP徴収に対する不満が上がることは無いだろう。
また、今回の中間試験についても、既に問題は全て片付いたと言える。
基礎能力が高い生徒が振り分けられた我がAクラスだが、もう一つ特徴がある。幼い頃から勉学に励んでいた人間が多いため、生徒のほとんどが努力家なのだ。世の中を生き抜いていくには結局自力が一番重要であることを既に知っていて、研鑽を欠かさない生徒が多い。
そういった生徒たちが、次の試験の内容そのものを手に入れたらどうなるか? 当然隅から隅まで読み込み、全てを頭に叩き込もうとするだろう。
何度も解きなおし、解法すら暗記した問題たち。それが5教科出てくるとして、果たしてAクラスの生徒が苦戦するといった事があるだろうか? 答えは否である。恐らくだが、ほとんどの生徒が満点を獲得することとなるだろう。
Aクラスについては、これ以上述べる必要もない。クラスが団結した今、この後にある試験でも格段に勝利しやすくなったと言えるだろう。
ただ、それはそれとして。
……そろそろ俺も、自分の仕事に取り掛からなければならない。
既にテスト範囲の変更が発表され、生徒が慌ただしく動き出す試験1週間前。俺は事前準備を終え、綾小路を校舎裏に呼び出していた。
「わざわざ悪いね、清隆。 そこまで時間取らせるつもりは無いから、まあ楽にしてよ」
本日の授業が全て終了し、既に日も暮れた夜中。校舎裏の人通りは少なく、監視カメラも無い。俺は片目を閉じながら綾小路に呼びかけたが、相手の表情は何かを警戒しているかのように硬い。
「……別に構わないさ、九条。お前の頼みだからな」
嬉しい事を言ってくれる。ホワイトルーム時代の綾小路は機械じみていたが、少しは情もある男だった。この高度育成高校に入学した今ではその傾向はより強くなり、『父親を倒す』という新たな夢も見つけたようだった。親友の成長は素直に喜ばしい。まあ、それはそれとして退学はさせるが。ホワイトルームに戻った方が父親を倒しやすいと思うし。
「今回の中間試験、色々抜け道があったよな。過去問を入手すればほぼ満点間違いなしのヌルゲーになるし、そもそもPPで点数だって買える。清隆も、先輩から過去問を貰ってたらしいね」
友人同士の礼儀として、事前に説明をしておく。
「『じゃあPPがあれば点数を下げる事だって出来るんじゃないか』って思いつくのも、まあ当たり前だよな。真嶋先生に訊いてみたら、実際【1点=20万PP】で相手の点数を下げる事だってできるらしい。1点上げる為に必要なPPより高額なのは、学園なりのバランス調整なのかな?」
「……お前が、2年の南雲と接触したことは既に把握している。2年のほとんどを掌握している男らしいな。当然、蓄えてるPPはかなりの額だろう」
「お、結構内密にしたつもりだったんだけどな。そうそう、それで俺と南雲先輩は取引した。内容は秘密だが、まあ結果として俺は『300万PP』を手に入れる事が出来た。1点=20万PPだから、テストの得点15点分だ。……清隆を退学させるには、ちょっと少ないだろ? だからまあ、色々考えたんだ」
まず、Dクラスの平均点を底上げし、赤点ラインを押し上げる方法。綾小路が過去問を入手してくれて助かった。最悪の場合、同じバスケ部の須藤を通じて俺が過去問を流す予定だったからな。
真面目に勉強をしない生徒や過去問を暗記しきれない生徒の存在も考慮すると、恐らくDクラスの平均点は80点程度となるだろう。つまり、赤点ラインはおよそ40点。このままでは、綾小路が55点以上取るだけで無効化されてしまう。
では、綾小路の点数を下げる方法は他には無いのか? 俺は既に学習した。
この学園では、
「『やむを得ない事情によって試験を受けることが出来ない場合、それまでのテスト成績を元に点数が定められる』。……そしてオレは、入試でも小テストでも
綾小路をここでボコボコにして、試験を受けられない状態にする。50-15=35点。俺の予想以上にDクラスが不真面目で得点が低くても、まあ何とかなる範疇だろう。300万で点数を消し飛ばせば、赤点となって綾小路は退学となる。
「もうちょっと真面目にテスト受けろよな、清隆。事なかれ主義も良いと思うけどさ」
一緒にAクラスに入るの楽しみにしてたんだからな。そう呟きながら、茂みから準備していたブラックジャックを取り出す。
瞬間、既に綾小路がこちらへ走り出している事に気付いた。
「うおぉっと!」
勢いそのままに放たれた跳び蹴りをかわし、間髪入れずに低い体勢から放たれたこぶしをブロックする。
さすがは綾小路、攻撃がいちいち重い。危うく、せっかく取った武器が吹っ飛ばされるところだった。
後ろへ跳んで距離を取り、手にしたブラックジャックで綾小路に殴りかかる。
「ぐっ……!」
綾小路のカウンターが腹に突き刺さる。軌道をずらされた鈍器は綾小路の肩へ命中し、綾小路もまた苦悶の声を上げる。しかし、ホワイトルーム生がこの程度の痛みにひるむ訳も無い。素早く距離を詰められ、接近戦の間合いとなる。武器のアドバンテージを潰された。利用されないように素早くブラックジャックを遠くへ投げ、俺も綾小路へ殴りかかる。
お互い同じ環境、同じ教育を受けた身だ。お互いの動きは手に取るように分かる。まるで空手の演武の様にお互いの手と脚が交わされ、俺と綾小路の体に傷が増えていく。
綾小路は、ホワイトルームの最高傑作だ。俺よりほんの少し筋力があり、ほんの少し格闘のセンスがある。同じ条件で闘えば、およそ6~7割程度の確率で俺が負けるだろう。そんな不確かな賭けに、俺は乗るつもりは無かった。いかにこちらが有利な環境を整えるか。綾小路に勝つにはそれしかない。
少しずつ、少しずつ綾小路の方にダメージが蓄積していく。事前に作っておいたボディースーツが役に立っている。こちらは大した傷を負わず、相手に不利な状況を押し付けることが出来ている。
「九条、何か仕込んでいるな……!」
「もちろん。 お前と戦うのに何の準備もしないなんて、かえって失礼だろう? 心配するな、手品の種はまだまだあるぞ!」
距離を取って懐に手を入れ、中に入っていたスマホからコマンドを送信する。このあたり一帯の街灯に仕込んだ、電子装置の起動命令だ。指令に反応して街灯をショートさせる。この辺りは街灯の取り換えが進んでおらず、古い型式のものを使っていたのが功を奏した。装置を回収しさえすれば、機器の故障で押し通せる範疇だ。
周りの街灯が次々に消えていき、周囲が完全な暗闇に包まれる。こちらは既に暗闇に眼を慣らしている。綾小路が状況を把握する前に、一方的に攻めさせてもらう!
「甘いな、九条」
こちらが放った蹴りを、綾小路が的確にガードしていく。その眼はこちらを完全に捉えていて、暗闇に戸惑った様子は全くない。こいつ、周りに仕込んでいた機器に気付いていたな。相変わらず怪物じみた観察力だ。
だが!
「そっちもな!」
最後の仕込み、隠し持っていたタクティカルライトを綾小路の眼前で付ける。護身用にも使われる、強烈な光を放つ小型のライトだ。暗闇に慣れ切った眼には、焼かれるように辛いだろう。綾小路が思わず怯み、体勢が崩れる。今だ。すかさず腕を掴んで引き倒し、マウントポジションを取る。
「……街灯の異常に気付いた教職員がこっちに来るにはまだ時間がかかる。悪いけど、しばらくベッドと友達になっててくれ」
綾小路の抵抗が激しいが、このチャンスを逃すわけにはいかない。拳を握り、綾小路に向けて振り下ろす―――。
「―――そこまでだ」
後ろから伸びてきた手が、俺の腕をつかむ。
飛びのいて後ろへ振り替えると、そこにはこの学園の生徒会長、堀北学が立っていた。
「……来るのが遅いですよ、会長」
綾小路が目を擦りながら上体を起こし、不満気な表情を作って見せる。綾小路が呼んだのか? 失礼な話だが、助っ人を呼べるほど仲の良い奴がいるとは思わなかった。
「えーっと……。堀北会長、こんばんは。清隆はこう言ってますけど、もうちょっと遅れてくれてても構いませんでしたよ」
深夜に校舎裏へ呼び出されるというところからして不穏なのだ。俺の知らない人間関係を構築していた綾小路が、誰かを味方として呼び出すというのは分かる。可能性としてはかなり低いので切り捨てていたが。
その人物が生徒会長という特大の駒であるというのは、流石綾小路といったところだろう。だが、なぜ今になって現れた? 喧嘩自体を止めたければ、最初から居ればいい話だ。なぜ決着寸前になって介入してきた? そもそも、ここからどうやって状況を収めるつもりなんだ?
「堀北会長、僕、綾小路くんにいきなり殴られたんです! うっ、殴られたおなかが痛い(痛くない)……彼を僕の代わりにボコボコにしてください!」
とりあえず大嘘を言っておく。会長がどこまで事態を把握してるかも不明なのだ、ワンチャンあるかもしれない。
「分かり切った芝居はよせ。一部始終は把握している」
ですよね。
「お前たちの間にどんな因縁があったのかは知らん。俺はそこの男から頼まれてここにいるだけだ。だが、これ以上の蛮行を行うようであれば、生徒会と学園が然るべき処分を下すだろう」
『これ以上の』、と来たか。今までのあれこれは全部セーフにしてあげるからもう止めようねって事か?
……困るなぁ。
「九条、もうここまでだ。堀北会長はオレが万が一の事態に備えてお呼びした、いわゆるストッパー役だ。……まさかこんなにギリギリになるまで助けに来てくれないとは思いませんでしたがね」
そう言いながら、綾小路は服についた砂埃を払って立ち上がる。そのまま堀北先輩となにやら仲良さげに、あのタイミングが最善だった云々を言い合っている。
腕を掴まれたときに感じた体幹の強さとその佇まい。堀北会長もまた、かなりのレベルで武道を修めていることがうかがい知れる。もし俺が今襲い掛かっても、綾小路との2対1になる。さすがに勝てない。綾小路もそれが分かっているから、既に警戒を解いている。
うーむ、やはりホワイトルームの最高傑作。ここから俺が綾小路に勝つのは不可能に近い。
だが、そんなことはあきらめる理由になりはしない。人生は常に前向きに。今の状況もまだ
「悪かったね、清隆。元々酷いけがを負わせるつもりは無かったけど、まさかあそこからひっくり返されるとは」
そう言いながら準備していた塗り薬や絆創膏を取り出して、綾小路に渡す。なんか堀北会長がこちらを引いた眼で見ているが、俺と綾小路は友達なのだ。怪我の手当てくらい当然するだろう。
「ああ、ありがとう九条。……これに懲りたら、もうこういう直接攻撃は止めてくれ。堀北会長に来ていただくのも結構苦労したんだぞ」
「うーん、ここまで準備してやっと少し優勢程度だったもんなぁ……。俺も体の節々が痛いし、暫くは止めとくよ」
「老人みたいなことを言うな。そもそも、オレを呼び出す意味も無かっただろう。何も言わずに闇討ちすれば良かったんじゃないか?」
「お前、それを察して人通りの多い所しか移動してなかったくせに……。そもそも、友達を闇討ちとか倫理的にちょっとなぁ」
お互いに包帯を巻いたり、俺は額が切れていたので薬を塗り込んだりして、堀北会長へ向き直る。暴力の時間はおしまい、ここからは理性的な話し合いの時間だ。
「ところで堀北会長。『これ以上の蛮行は見過ごせない』って言ってましたけど、逆に言うと今までのあれこれは良いんですか?」
「……同じ学び舎で過ごす仲間同士、時にぶつかり合うこともあるだろう。お前たちの関係はなかなかに複雑そうだ。学園の介入は、かえって問題をこじれさせかねないと判断した」
意外と昭和な価値観なのかもな、堀北先輩。綾小路が「オレも堀北先輩と喧嘩したぞ」と言ってるし、河原で殴り合って友情に目覚めるみたいな経験があるのかもしれない。
だが、
「でも、そんなのやっぱり俺の良心が許さないです。こんな事間違ってるって、やっと分かりました。学園側に、正式に罰してもらいたいです!」
「何? だがそうすれば、お前の停学は避けられんぞ。いや、事によるとこの学園を去らなければならないかもしれん」
「構いません! なあ清隆、清隆も同じ気持ちだよな?」
まだ痛むのか眼を擦っていた綾小路の顔つきが一瞬で変わり、周囲に鋭く視線を走らせる。気づいたか。
一番最初にブラックジャックを取り出した、近くの茂み。あそこにはもう一つ、
日本の刑法において、傷害罪は殴り合いの喧嘩をした両者に対して成立する。どちらが仕掛けたとか、どちらが多く怪我を負ったという細かな条件は関係ない。道徳的価値観に照らし合わせれば納得しづらいかもしれないが、ここ日本では基本的に『喧嘩両成敗』なのだ。
もし今までの仕込みを覆して綾小路が俺に勝利した場合、このカメラの映像を学園に提出するつもりだった。綾小路が停学になれば、当然テストを受けることも出来なくなる。もちろん俺もタダでは済まないだろうが、どうせいずれ退学する身なので関係ない。
「九条、お前……!」
「自分が退学したくないから、相手も同じだと思い込む。これもまた一つの心理的盲点だなぁ、清隆」
苦い顔をした綾小路が、その裏で思考を巡らせているのが分かる。カメラを破壊しても、既にデータはクラウドに自動保存されている。今から俺を襲って口封じしようとしても、それは綾小路自身が呼んだ堀北会長が許さない。
綾小路は黙り込み、未だ状況を切り抜ける答えを出せずにいる。……長い沈黙を破ったのは、意外にも堀北会長だった。
「……俺は、この学園が造り上げた伝統を愛している。この学園は生徒に競争を促し、生徒一人一人が成長することを求める。クラス間闘争も、その一種だ」
なんだ? 訥々と話す会長だが、その内容は一見関係のないものに見える。静かな話し方だが、その言葉からは鋼鉄のような強い信念を感じさせる。
「対立することもある。互いを憎むこともある。しかしそれら全てが自らの成長に不可欠な要素であり、一度敵同士となった相手とも、いずれ分かり合うことが出来る。……この学園で2年過ごしたからこそ言える、心からの言葉だ」
言葉を切り、堀北会長は俺たちを強く見据える。
「一部始終は聞いていたと、先ほど言ったな? お前たち二人は、どちらも非凡な才を感じさせる稀有な人材だ。僅か1ヶ月でこの学園から消えてしまうには、あまりにも惜しい。……今回だけ、少し俺の我儘を受け入れてもらおう」
そう言うと堀北会長は取り出した携帯端末を操作し、無言で踵を返し去っていく。
瞬間、綾小路の端末から電子音がする。……綾小路がこちらに見せてきた画面には、堀北会長からPPが送金されたという通知が届いていた。
―――その額、100万PP。定期テストの点数10点分だ。
「……堀北会長に助けられたな」
そう綾小路が言い、懐に携帯端末をしまう。50-15+10=45点。想定赤点ラインの40点を、5点上回る。たとえ俺が学園に訴え出たとしても、綾小路を退学にすることはできない。堀北会長は、自らのPPを犠牲にすることで綾小路を救ったのだ。いくら何でもイケメン過ぎるだろ。無言で去っていくところとか、アニメの一枚絵にでもなりそうな勢いだったぞ。Get Wildが流れてそうだった。
「マジか~~~~~~~~!! うわー、超悔しい~~~~~~!!」
ともかく、これで俺の策は全て失敗に終わった。堀北会長の介入がなければ……いや、綾小路が堀北会長にここまでさせるだけの価値を示したのだ。俺の知らない所で、殴り合うなりなんなりしたのだろう。事前準備に集中して、綾小路周辺の状況を調べていなかった俺のミスだ。堀北学という超大物が現れることを想定していなかった。
「どうする? 九条。一応学園には訴え出ておくか? お前の良心が許さないらしいが」
綾小路がからかってくる。こいつ、お前一人じゃ完全に負けてたくせに……!
「やかましいわ! やる訳ないだろ。南雲先輩にPPも返しておかなきゃな……絶対なんか言われるよ」
PP返すので取引やっぱ無しで! となるわけがない。
「今日はもうやけ食いするしかないな……清隆、今から一緒にコンビニ行こうぜ。材料買い込んで、なんか旨いもの作るからさ。会長から100万貰ったんだし、当然全部清隆の奢りな!」
「お前な……九条も300万PP持ってるんだろう? 全部九条の奢りだ」
「いやいや、これ全部返済予定だから……!」
街灯、もともと古くて交換予定だったとはいえ全部ぶっ壊しちゃったな……。後で装置回収して電球も交換しておかないと、学園にバレたら超やばいかもしれん。
カメラだったり電球だったり、かなりPPが飛んでしまった。ほ、堀北会長が助けてくれますかね……? 僕にも100万PPお待ちしてます!
とか何とか下らないことを言い合いながら、俺たちはまだ開いているコンビニを目指して歩いていくのだった。