第八話
どうも、一般有能無能ホワイトルーム生です。
中間試験の結果も発表され、クラスには弛緩した雰囲気が流れている。今回の試験において、Aクラスは考え得る限り最高の結果を出すことが出来たからだ。
「お前たちAクラスは、歴代でも優れた生徒が集まっていると教師間でも評判だった。だがこの結果を見ると、我々はお前たちの優秀さを未だ見誤っていたのかもしれん」
というのは、テストが返却された際にAクラス担任の真嶋先生が仰っていた言葉だ。先日行われた中間試験、なんとほぼ全員が100点を取ったのだ。満点を取れなかった者も一問ケアレスミスが出た程度の事で、なんと驚くことに95点以下の生徒は存在しない。真嶋先生の台詞から察するに、歴代でも抜きんでた結果を残したと言えるだろう。
クラス内対立と中間試験、今まで頭を悩ませてきた問題が両方解決したのだ。生徒たちの顔が明るくなるのも無理もないだろう。俺が色々やっていたことは既にクラス内で知られているので、あまり話したことが無かった生徒からもお礼の言葉を貰ったり、仲の良い奴からはしばらくすれ違うたびに背中をバシバシ叩かれたりした。いや、後者は感謝の表し方が歪んでないか?
葛城からも、改めてお礼を言われた。過去問を入手していたにも関わらず何も報告していなかったことを責められるどころか、それを坂柳派閥との対立解消に使った事を感謝されてしまった。あまりにもいい奴……。
葛城と仲の良い戸塚弥彦という生徒からも、同様に感謝の言葉を貰った。葛城の事を強く慕っていたらしいので、きっと今まで坂柳には負けまいと緊張し続けていたのだろう。これからはちゃんと仲間として仲良くしていこうな。
実際の所、Aクラスの形が変わったかというとそうでもない。元々あった派閥はそのまま残っているしな。ただ、互いを無意味に敵視しあう事が無くなった。意見交流も積極的に行われるし、普通に放課後には遊びに行く。
感覚としては、同じクラスだけど違う部活とか委員会に入ってるやつくらいの感覚だろうか。元々、外敵には困らない学園だしな。内部分裂することの愚かさにAクラスの生徒達も気づいていたのだろう。
綾小路を退学させるための最短ルートは、既に堀北会長の介入によって失敗した。チャンスがあれば即座に退学を狙って動くべきだが、長期的な作戦というのもこの先必要になってくるだろう。その時、きっとこの結束したAクラスが助けてくれるはずだ。
という事で、新生Aクラスの仲はまあまあ良い。テストお疲れ様会という事で、クラスで打ち上げもしたしな。
金庫番である葛城がかかる費用を全て出し(全会一致で承認された)、楽しく遊ぶことが出来た。神室の『もう一回葛城と鬼頭のデュエットが聞きたい』というリクエストに応えてカラオケに移動して二人が再びマイクを握ったり、ボウリングで俺が前人未到のスコア450点(隣のレーンも倒した)を叩き出したり、なかなか充実した休日だった。
坂柳はこういうノリが苦手なようで、一瞬顔を出したかと思えば、卓上に置かれたスイーツを素早く回収して去っていった。やってることがぬらりひょんと同じなんだよなぁ。そういうとこだぞ。
ふと気になったんだが、Dクラスってこういう仲良しクラスみたいなことやってるんだろうか? ……なんか無理そうだな。今度綾小路と遊ぶときに聞いておくか。
「いやー、ここの料理は全部美味しいですね! 特にこの北京ダック。 恥ずかしながら、俺は初めて食べましたよ」
高級中華料理店の奥にある、誰に見られることもない奥まった個室。かなりのPPを必要とするであろうそこで、俺は南雲先輩と二度目の会談を行っていた。
北京ダック、前世でも食べた事無かったしマジで初めて食べたな……。ホワイトルームで世界の美食フェアとかやってくれないだろうか。
「さすが国が力を注いでいるプロジェクト……。施設一つ一つが一流ですねぇ」
ここは奢りだと言われてしまったので、全て最大級の感謝を捧げながら食べる。南雲先輩、自分の部下には優しいな。
300万PPと引き換えに出された条件。それは、『九条楽は南雲雅が主導する新体制に全面的に協力する』という物だった。既に生徒会副会長である南雲先輩は、この学園を更に実力至上主義に造り替えたいと考えている。今は堀北会長に止められているが、堀北会長を尊敬している彼にとってはその小競り合いも楽しいようだ。その学年間闘争における駒として、俺は南雲先輩に一種の身売りを行ったのだ。彼が生徒会会長になった際には俺も生徒会役員となり、その統治を助ける予定となっている。
全く以て、俺に得しかない取引だ。向上心の高い南雲先輩は個人として尊敬できる人物だし、掌握している2年生からPPを徴収しているため、資金を潤沢に蓄えている点も素晴らしい。本人も忠実な部下には褒美を惜しまない性格であるため、これからの対綾小路に際してまさに理想的な上司と言える。結局、争いは事前に相手より潤沢なリソースを用意することが出来た方が勝つのだ。
さらに言えば、彼が将来理想としている学園像も都合がいい。退学者が確実に増加するであろうその苛烈なシステムは、きっと俺の助けになってくれるだろう。生徒会役員としての権力もその一つだ。
「この前、堀北会長にお会いしましたよ。お話した通り、俺の標的である綾小路清隆の退学は失敗してしまったわけですが……その原因というのが会長だったわけです」
俺と綾小路の間にある敵対関係は既に話している。もちろん、ホワイトルーム関係の事は隠して。南雲先輩は敵対の理由を探っていたが、この学園は生徒の過去を徹底的に隠している。あまりにもコストに見合わない些末事だとして、程なく止めたようだった。
「へぇ、堀北会長が……! なるほどな。お前が失敗したと聞いた時は、正直高ぇ金出した買い物をミスった気分になったが……そうか、会長が……」
南雲先輩はそう言うと、口元に手を当てて考え始める。
「……俺が貸した300万PPで、お前は綾小路という敵対する生徒を退学に追い込もうとした。それも、わざわざ暴力という危険な手札を切ってまでだ。相手が防げなければそれでよく、防げても道連れに出来る上質な策だったが……それに嵌まった綾小路を、会長はわざわざ100万PPを出して助けた。」
「いやー、あの時の会長はカッコよかったですね。何も言わずに去っていく姿が絵になっていたというか」
それを聞いて、どことなく南雲先輩は嬉しそうだ。彼にとって堀北先輩とは手ごたえのある遊び相手であると同時に、尊敬する偉大な先輩だ。他人に褒められて悪い気はしないだろう。
だが、少し引っ掛かるところもあるようだ。
「その綾小路とやら……。気になるな。会長はこの学園の代表として相応しい器をお持ちだが、誰でも彼でも助ける訳じゃねぇ」
堀北会長は優しいが、決して博愛主義ではない。つまり、綾小路が堀北会長にそこまでさせる価値を示したことになる。では一体何をしたのか? 何故会長が身銭を切ってまでDクラスのゴミみたいな生徒 (南雲先輩視点)を助けたのか、それが気にかかるようだった。
「『南雲先輩に対抗するための駒にしたい』っていうのが理由じゃないですか? 会長は俺と清隆の会話を全て聞いていたらしいので、既に俺と南雲先輩が組んでいると知っています。思想的に対立している南雲先輩に対抗する為に、会長もまた一年生の駒を欲しがったというのは自然な流れだと思いますが」
「……そこじゃねぇよ。元々、堀北会長は俺より一年早く卒業しちまうからな。1年の駒を欲しがるってのは分かる」
卒業した後も俺の遊び相手を用意してくれる、本当に素晴らしい先輩だ。そう呟いた後、南雲先輩は俺を鋭い目で睨む。
「問題は、なぜその綾小路を選んだのかって所だ。お前と同じAクラスの葛城は、俺の思想に影響される恐れがあるとして生徒会入りを断られた。だが、紛れもなく1年でトップクラスに優秀な生徒だった。その葛城を選ばずに、わざわざDクラスのカスを駒にする理由はなんだ? …………そもそも、お前が綾小路を敵視する理由も不明のままだ」
「いやいや、別に普通の友達ですよ……。どうしても気になるなら、卒業した後に調べれば簡単に分かりますって」
へへっ、申し訳ないっス……(小物)。ホワイトルームの事を抜きにして俺たちの関係を説明するの、サッカーのオフサイドと同じくらい説明難しいからな。
だが、これはこれで利点がある。南雲先輩が自主的に綾小路の正体を暴こうとしてくれるのだ。
「つまり、綾小路の能力に疑問があるって事ですよね? 綾小路は掛け値なしに優秀な生徒ですが、その実力を隠す傾向にあります。他の生徒を通じて探っても、労力に見合った成果は得られませんよ」
言外に、『あなたが直接接触してみないと彼の実力は分かりませんよ』と焚きつけてみる。今のところ、南雲先輩は俺の味方ではあるが綾小路とは何の関係も無い。上司と部下という関係性である俺から動かすのも難しいので、彼が自分から綾小路と敵対してくれるのを期待しているのだ。
「なるほどな……。どちらにしろ、堀北会長が駒として認めた綾小路の実力は確かめておきたい。お前の思惑に乗るのも癪だが、良いだろう」
やったね。優しい上司だぜ、南雲副会長。
「確か今、Dクラスではクラスポイントの配布が遅れているらしいですよ? クラスの一人が暴行事件を起こして、学園が捜査に動いているらしいです」
友人の櫛田桔梗や須藤から聞いた情報だ。他クラスに友人を作っておくと、こういう時に役に立つからありがたい。
「生徒会はそういった学内の事件についても関わるんですよね? 南雲先輩も生徒会の一員です。当然そこに加えてもらう事だって出来るでしょう」
「そこで思う存分観察すれば良いってか。余りにも都合が良いな。九条、いい部下を持つと楽させてもらえてありがたいよ」
「いえいえ、ここの食事代の埋め合わせになれば嬉しいです」
本当にな。ここって一体いくらするんだ? 高校生の財力で行くところじゃないぞ。
南雲先輩は笑って、端末を取り出して操作し始める。事件の内容が記されている、生徒会のデータベースにアクセスしているのだろう。
「CクラスとDクラスの暴行事件。担当は、確か会長と橘だったか。Cクラスの小宮という生徒が、同じバスケ部の須藤に呼び出され、一方的な暴行を受けた……。そういえば、九条も同じバスケ部だったな?」
「ええ。小宮と須藤はどっちも友達です。ただ、その二人の仲は普段からかなり悪いですね」
「ふん……。どうも不自然な話だ。1年Cクラスと言えば、たしか不良がかなり多いクラスだったな。そんなクラスの一員が、仲の悪い奴からの呼び出しにノコノコついていって殴られるままか?」
そう言うと、南雲先輩は楽し気に笑って見せる。この事件がなかなかお気に召したようだ。
「ただの雑魚同士の小競り合いじゃないな。少しは面白そうじゃないか」
「出来れば、Dクラスに不利な結果になって欲しいんですけど……この学園の罰則基準も不明ですし、どうなりますかね」
「さあな。お前も査問に出るか? 将来の生徒会役員候補と言えばねじ込めるかもしれないぞ」
「いやいや……堀北会長が出るなら無理でしょう。今期の生徒会役員入りだって、南雲派である俺は断られちゃったんですから」
あの綾小路との喧嘩の後、生徒会入りを希望しに行ったら門前払いだったからな。堀北会長を慕っているらしい橘先輩というお団子が可愛らしい先輩に随分威嚇されてしまった。同じ生徒会の仲間として南雲先輩の事は信頼しているが、それとこれとは別らしい。どういう事なんだよ。
「まあ、出来そうだったら嫌がらせくらいはしますよ。何か掴んだら、また連絡します」
そういうわけで、俺たちはDクラスとCクラスの争いに首を突っ込むことにしたのだった。
南雲先輩、向上心もあるし野心家だしかなり好感が持てるな……。将来の夢とか全く知らないが、もし俺と同じく政治の道に進むなら今後も仲良くしたいものだ。