親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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悲劇の悪あがき

 

 

 

「アイツ。好きな人だから、って言ったよな」

 

「えぇ。言ったわね」

 

 

深い眠りについたテンを抱擁するレム。そして、その光景を側で見ているハヤトとラム。

 

肩を並べて隣り合う二人は、数秒前にテンが口にした言葉が頭から離れずにいた。二人して永遠とその言葉が無限に再生されている。

 

もちろん、唐突すぎる告白である。

 

 

「聞き間違えとかじゃねぇよな」

 

「仮にそうだったら、ラムは脳筋の鼓膜をぶち破る必要があるわ」

 

 

正直なところ、かなり驚いている。態度にこそ出していないものの、心の中では自分の耳を何度も自問自答。「聞き間違えか?」「違うはずよ」と二つの意見が交互に飛び交う。

 

あれだけレムにアピールされたのにも関わらず微動だにしなかったテンが。自分の心を押さえたがりまくるテンが。自己嫌悪、自己否定、自己評価最低男のテンが。

 

 

 ーー好きな人だから。

 

 

自分達の知らない間に何があったのかと聞きたい。戦いの中で一体、どんな心境の変化があったのかとても気になる。テンが何を思ってこの瞬間に告白をしたのか知りたい。

 

残念なことに、目の前の光景を見るとそれも不可能だと理解できてしまうが。

 

 というか、

 

 

「眠る寸前に告白とか……。死亡フラグ立ちまくってんだが。勘弁しろよな、あの野郎」

 

 

今の状況で愛を語られるとテンの背後に赤色のフラグが見えて仕方ない。どデカい旗が一本、戦いに疲れた男が好きな女に告白——テンプレすぎて狙ったのではとすら思えた。

 

『俺、この戦いが終わったら結婚するんだ』と、同等のレベル。ベアトリスが焦ってない以上は万に一つもないが、できれば回収されないことを願うばかり。

 

 と、

 

 

「ーーーー」

 

 

テンの近くに寄ったベアトリスが彼の体を指差しながらハヤトを手招き。その横には完全に意識がシャットダウンしたテンの体を、どうにかして運ぼうとするレムとエミリア。

 

隣でラムが「ハッ。だらしない男ね」と、テンを見ながら嘲笑するのを横目にハヤトは察した。

 

担げ、ということだろう。恐らく、彼はこれから治癒魔法を施されるだろうから、このまま床で寝かせるわけにもいかない。ならば、部屋に運ぶ必要がある。ならばならば、ハヤトを呼ぼう。

 

 

「って感じか。いいぜ、任せな」

 

 

手招きに乗っかるハヤトが肩を回しながらテンに歩いていく。自分もそこそこに疲労しているのだが、親友のためならばと。

 

その後ろに続くのはラム。テンの刀を握りしめる彼女は、あるべき場所に戻すためにハヤトの後を追った。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「少し集中させてほしいのよ」

 

 

 

その言葉を最後に、ベアトリスはテンの眠る部屋の扉を閉める。これから内側の損傷が酷すぎる彼の体を癒すために、彼女は本格的な治癒魔法を施すのだ。

 

ベアトリスが——大精霊ベアトリスが集中しなければならないほどの損傷と聞いた途端、全員の背中に冷たいものが流れたのは言うまでもなく。

 

当然ながらにレムとエミリアも治癒魔法をかけると抗議したが、

 

 

 

「これは、お前達の領分じゃないかしら」

 

 

 

と。その一言だけで蹴られてしまい、結果として扉の前を行ったり来たりする羽目に。少なからず手伝わせてもらえると思ったのは甘い考えだった。

 

しかし、ベアトリスが集中しなければならない損傷とは。上手く想像できないが、とてつもなくヤバいことは分かるハヤト。腕を組む彼は、壁に寄りかかりながら深く息を吐いた。

 

やっと今夜の騒動も終わったのに、後味の悪い終わり方。テンの容体が表に出てこない以上は素直に喜べず、生き残った感動もまともに分かち合えない。

 

レムを助け、魔女教徒を退け、ドラゴンを倒し、誰も死ななかった。表側で見れば最高の結末——なのだが。裏側では決して無視することのできない事実が結末を悪くしている。

 

 

 

「流れた血が多すぎる……。時間はともかく、これじゃなんらかの後遺症が残っても仕方ないかしら」

 

 

 

ベアトリスはテンを触診しながらそう言っていた。触っただけでも内側の様子が分かったのか、或いは知っていたのか、衝撃的な事実を一つ。

 

更に、

 

 

 

「ゲートが歪みすぎかしら。それにオドまで使って……コイツ、どんな戦闘したのよ」

 

 

 

小さい声でそう言っていたのを聞き逃した者は誰一人としていない。彼が魂を削って戦っていた事実の発覚を、全員が知った。

 

傷跡だけでも彼の必死さが嫌というほど伝わってきたが、オドを使った時点で死に物狂いだったことが確定。劣勢だとしても決して諦めなかった彼の心の強さがよく理解できた。

 

後遺症——果たして、目を覚ましたテンの身に何が起こっているのか。ゲートの歪み——ゲートに傷が入ると魔法にも影響してしまうのではないか。

 

彼の、これからの人生に大きく関わってくるのではないか。

 

様々な不安が扉の前を彷徨くレムとエミリア、そして、壁に寄りかかるハヤトとラムの四人の脳裏に次々と浮かんでは悩みの種を植え付ける。どの不安も実現しそうな予感がして、より不安になった。

 

これが結末。受け止めるべき事実。

 

悲劇を皆で協力して乗り越え、物語はめでたしめでたしで終わる——それで終わるのならどれだけ楽になれるのだろう。ここは画面の中の物語でも、絵の中の物語でもない。

 

めでたしめでたしでお話が終わるのはその中だけであって、現実ではその先があることを忘れてはならない。悲劇のその先に、また別の悲劇が待っていることから目を背けてはいけない。

 

 それに、

 

 

「ーーあ! 村の結界!」

 

 

 

 まだ、やり残したことがある。

 

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

「んじゃ、エミリア。お前は村の結界をよろしくな。俺は住民一人一人の家を回ってくる」

 

「分かった。張り直したら、先に帰っててもいい?」

 

「おん。いいぜ」

 

 

言った直後、凄まじい初速を得たエミリアが影となってハヤトの目の前から消える。冗談抜きで消えた。「いいぜ」の声を聞いた、そのコンマ数秒後にはもういない。

 

余程テンのことが心配らしい。さっさと用事を済ませて屋敷に帰るという意志が活力を漲らせ、テンの事に一直線のエミリアはもしかしたら、彼のことが好きなのではとハヤトに思わせる。

 

 

「まぁ。そうなったら俺はアイツの顔面をぶん殴るけどよ」

 

 

今のところ、その予定はないが。仮に、もしも、エミリアがテンに想いを寄せるようになったとしたら、ハヤトはテンを逃さない。彼は純愛を通せと思う人間なのだ。

 

が、必ずしも強制するべきとは一概に言えないところもあるため、実際にそうなってみないと判断ができないのが難しい。

 

愛とは難しいものなのだ。一人だけに向ける愛もあれば、複数人に向ける愛もある。面白いことに、この世界には一夫多妻制という言葉があって。意図的にハーレムを築く男も少なからずいるらしい。

 

ハヤト的にはあまり良い顔はできない。向けるべき愛は一人だけ、それが彼の恋愛観だ。が、先ほどにもあったように、一概にも言えないのもまた事実。

 

愛とは、難しい、ものなのだ。

 

 

「哲学かよ……。考えるだけ無駄だ」

 

 

「やめやめ」と首を横に振り、ハヤトは浮上した哲学を振り払う。これ以上考えると心の中で議論が行われる気がした彼はアーラム村の門をくぐり抜けた。

 

 

 ——現在、ハヤトとエミリアはアーラム村に来ていた。

 

 

理由は簡単、村の結界を張り直すため。時間が経ちすぎた事と戦いの熾烈さで忘れかけていたが、絶対に忘れちゃいけないこと。そのまま放置していたら、また魔獣が侵入するかもしれない。

 

否、村を出てからかなりの時間が経っているため、既に何匹か侵入していることも踏まえると、一刻も早く張り直す必要がある。

 

そこで、動いたのがハヤトとエミリア。

 

エミリアは残っていたいと話していたが結界を元に戻せるのは彼女しかおらず、必然的に行くことに。ハヤトは村の安全確認と、住民に顔を見せるために。

 

レムとラムには残っててもらった。戦いで疲労した二人をわざわざ歩かせるわけもなく。結果として二人だけで村に訪れ、エミリアの態度に説明がつく。

 

そうなると、魔獣の大群、更にはドラゴンと戦ったハヤトの体が心配になるが。

 

 

「……気合だ。へこたれんな」

 

 

完全なる我慢だ。

 

早い段階からベアトリスに治癒魔法を施された事と、傷の度合いがテンより浅いことが彼が動ける理由だが、彼とて限界を何度も超えた身。

 

気を抜けば足元がおぼつかなくなり。気合を解けば意識が暗転し。膝をつけば二度と立ち上がれない。それが今のハヤト。本来ならば屋敷で眠るべきはずだが。

 

 

「村の人たちを安心させるまでがテメェの仕事だ。魔獣の確認だって済ませねぇとだしよ。まだブっ倒れてくれるなよ、俺の体」

 

 

一歩一歩。大地を踏みしめる両足に消えかかる活力を流し込み、ハヤトは歩みを進める。まだ倒れられないと強く思う彼は、ふとした拍子に左右に揺れる意識をどうにか保った。

 

村の人達には自分達が帰ってくるまで絶対に外に出るなと言った。輩を倒してくるから安心して待ってろと言った。ハヤトが彼らの心を守る役割を担った。

 

なら、最後まで全うするのが筋。まだハヤトの戦いは終わっていない。森を抜けたとしても、彼のやるべきことは残っているのだ。

 

 

「……おいおい。冗談よせよ」

 

 

そう考えていた矢先、彼の目の前に獣らしい声を唸らせながら五体のウルガルムが姿を見せる。見慣れすぎて子犬同然となった魔獣が、満身創痍のハヤトを睨んだ。

 

冗談じゃない。今の自分は半ば気力だけで立っているようなもの。背中の獲物は力衰えて震えず、ナックルを装備した拳を握る握力もない。歩くので精一杯——全く笑えない。

 

行方を阻まれて立ち止まるハヤト。睥睨する彼の先には突撃の予兆が色濃く表れる魔獣達。万全の状態なら今すぐにでも飛びかかるところだが、生憎とそんな元気はない。

 

まずい。本当にまずい。安全確認をするためとはいえ、今の状態で村に来るのは失敗だったか。

 

 否、

 

 

「ンなことねェ……! 村の人たちを守るのがテメェの役目、へばってんじゃねェよ!」

 

 

弱りかける己を叱咤し、ハヤトは胸を張って仁王立ち。戦えない事が戦わない理由になどなるものかと意志を強く持ち、鋭く睨む双眼に全霊の威圧と殺意を宿させた。

 

武器がないからなんだ、拳がないからなんだ。そんなの関係ない。牙はまだ折れていない。命がある限り、守るために戦い尽くそう。

 

 

「ーーーッ!」

 

 

ハヤトの背後から戦意という名の圧倒的な覇気が大気を伝ってウルガルム達の本能へと波紋し、人間とは思えない量の威圧と殺意が一挙に襲いかかる。

 

瞬間、数的有利を奪っているのはずのウルガルム達の目に明らかな恐怖が走った。否、その程度の事など目の前の男に対しては大した有利にもならなかったのだ。

 

四肢の震えが止まらない。狩る側になるはずがいつの間にか狩られる側に移った事実を本能的に察し、集団の中の二体が思わず尻尾を巻いて森の中へと一直線に逃げた。

 

残った三体。情けなく背を向けた二体が遠くなるのを背後に、その三体は動かない、否、動けない。目の前から波のように押し寄せる覇気に戦慄し、体が縛られた。

 

 

「この程度の傷で俺が怯むかよ……ッ。ナメてんじゃねェ」

 

 

言い、ハヤトは一歩踏み出す——瞬間、三体は共通して同じ光景を幻視した。同じタイミングで、同じように、同じものを捉えた。

 

見えたのは仲間達の山だった。無惨に殺された同胞の亡骸が男の左右にある。きっとこの男が殺してきたのだろう。数え切れない量の死体が広がっている。が、見えたのはそれだけではなかった。

 

見た。見えた。見てしまった。自分達の住む森を支配していた魔獣、ドラゴンの姿を。首と泣き別れした胴体が力無く転がり、男の背中で倒れている光景を。

 

それを最後に、三体は同じことを思った。

 

戦慄の硬直から解かれ、情けなく吠えながら逃走する三体は、周囲に潜伏する仲間に「今すぐ逃げろ」と伝えながら思ったのだ、理解したのだ。

 

 

 

 ——コイツが、森の主だと。

 

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

「ハヤト様! ご無事だったんですね」

 

「ったりめーよ。俺が死ぬわけねぇだろ」

 

「ですが、その傷は……」

 

「心配すんな。ちょっと相手が面倒だっただけ。だが、もう安心しろ。極悪非道な輩は撃退した。村の結界もエミリアが張り直した、ついでに村に潜んでた魔獣も追い払った。全部終わったぜ」

 

「それは良かった。本当に、ありがとうございます。この件のお礼は、また村にお越しになられた時にでも」

 

「いいって。お前達を守るのが俺達の役目。当然の事をしたまでだ。ありがとう、その一言だけで十分すぎる」

 

 

 

そんなやりとりを約百回程度繰り返し、ハヤトはアーラム村の門をくぐった。入村ではなく退村。何百軒もの家を一つ一つ丁寧に回った彼は、時間にして四十分を費やし、本日の役目を終えた。

 

流石に全部回るのは骨が折れた。村自体はそこまで規模のあるものではないにしても村であることに変わりはないため、一人で回るのは気力との勝負。

 

三百人もの人が住む土地を歩き回り、顔を出す。家庭訪問をする先生の苦労が疲労として身に染みた。

 

全ての家に明かりが灯っていたことも苦労の理由だろう。寝静まった子どもと違い、大人たちは律儀にハヤトの報告を待っていたのだ。彼が帰ってくる瞬間まで、起きててくれた。

 

顔を出した時の安心したような表情やたるや、頑張って良かったと心の底から思えたハヤトだった。それもまた彼が苦労した理由の一つでもあったりなかったり。

 

そんな顔をされて、辛い表情を誰が見せれるか。

 

後半からは気力との勝負、村の人達に心配をかけさせまいと『いつも通りのハヤト』を最後の最後まで演じ切った自分を自分で褒め称えたい。

 

笑顔で。元気よく。気さくに。

 

 その結果が、

 

 

「やべ……。そろそろ限界、かぁ?」

 

 

ふとした拍子に意識が左右に揺れると思っていたハヤトだったが。今まさに、『ふとした拍子』が訪れた事を彼はフラつく足取りで理解した。

 

視界がボヤけ始め、物体の輪郭が正しく捉えられなくなり、帰路を見据える瞳が何もないところを見つめ出す。意識が薄くなり出した時に起こる症状だ。

 

考えずとも感覚で分かる、間もなく自分は倒れる。アーラム村を出た直後の地点で、屋敷に帰れぬまま意識を失う。

 

当たり前だ。今のハヤトはそうなって当然の体なのだから。逆に、今までそうならなかったのが不思議に思える。

 

テンよりは軽いにしても、彼とて十分、死に至る可能性がある重傷者だ。否、テンを基準にすると全ての重傷が軽傷になるため、基準にはしない方がいい。

 

彼を基準にせず並の重傷とハヤトの重傷を比較した時、ハヤトの重傷はそれを遥かに凌駕する。出歩いていいわけがない。屋敷に帰った時点でテンと一緒に寝るべきだった。

 

 

「くそがぁ……、頑張れよ、この貧弱やろぉ」

 

 

右へ、ふらふら。左へ、ふらふら。

 

真っ直ぐ歩く事すら困難なハヤトの視界は既に帰路から外れている。俯き、柄にもなく猫背になる背筋が前へと倒れる予告を体に教えていた。

 

呼吸が続かない。一歩進むだけで乱れる。前に歩けているかどうか分からない。いつになく帰路が長く感じる。辿り着かないといけない。自分の足で帰る。帰らないといけない。

 

 のに、

 

 

「くそ……っ」

 

 

 今、ハヤトが崩れた。

 

 

最後の最後まで頑張った彼の気合いが抜け、ここまで意識を繋いできた意志の力がついに消える。流し込んだ活力は絶え、心の指示を遮断された肉体が倒れる——、

 

 

「ーーー?」

 

 

 寸前。

 

ふと、誰かにハヤトは受け止められる。傾くだけだった体が止まり、直後に背負われた。体が揺れるのは背負った人間が歩き出したからだろう。

 

誰が自分を背負ったのか。否、自分ほどの体格を背負える人間などこの辺には一人しかいない。

 

 

「ロズワールか……?」

 

「そうだよ。ハヤト君」

 

 

ダラリと垂れる四肢が揺れるのを感じながらハヤトは思いついた名を呼び、反応した声が彼に予想の的中を知らせた。どうやら、倒れる寸前でロズワールに受け止められ、背負われたらしい。

 

いつ帰ってきたのか。どうしてきたのか。

 

揺られる感覚に瞼が重くなりだしつつも、ハヤトはそんな疑問が一度に浮かんだ。

 

 

「ついさっき王都から帰ってきたんだぁよ。ここに来たのは、屋敷に帰ってきたエミリア様に言われてねぇ。まっ、ボロボロの君を迎えに来たってわけ」

 

「そうか……。手間かけたな」

 

 

「そんなことはないさ」と返すロズワールに疑問が解消され、ハヤトは息を吐く。正直、助けられた。あのままだったら確実に冷たい地面の上で意識を失っていただろうし。

 

エミリアに感謝だ。結界を張り直して一足先に帰った彼女は、テンのことで頭が埋め尽くされながらも自分の心配もしてくれていた。心優しい少女である。

 

 

「事情はレムとラムから聞いた。私が不在の中、よく頑張ってくれたね。期待以上の働きだ」

 

 

ずり落ちるハヤトを背負い直しながら話すロズワールの声色はいつにもなく真面目だった。道化の要素が抜けた声が鼓膜を震わせ、不思議と安心感を抱かせる。

 

服装も相まって完全にジェントルマンな雰囲気を纏うロズワール。そんな彼に背負われるハヤトは「へへっ」と嬉しそうに笑い、

 

 

「当たりめぇよ。俺がどんだけ頑張ってきたと思ってやがる。この程度でくたばるようじゃ、まだ三流だ。二流にはなれねぇってな」

 

「ドラゴンを相手にして生きれる者はそういない。あのベアトリスが手を貸したことも含めると、君の功績は並のものではないだろう。一流の自信を持ってもいいと私は思うよ」

 

 

やけに褒めちぎるロズワールにハヤトは「そうかよ」とだけ。否、それより先を口にする元気がない。本当は色々と言いたいことはあるが、先に体力が底を尽きた。

 

ロズワールもハヤトの状態を察したのだろう。「ゆっくり休むといい。もう眠りなさい」と、穏やかな声で語り、それ以降は声を発さない。屋敷に向かって歩くだけとなる。

 

その言葉が緊張の糸を切った。張り詰めていた糸が切れる音を聞いた瞬間、ハヤトの意識は夢の中へと沈んでいく。瞼が落ち、規則正しい呼吸音が静かに鳴り始めた。

 

 

 ーー終わった。やっと終わったんだな

 

 

沈みゆく意識の中でハヤトは、己の戦いが本当に終わった事を感じる。安心して眠れる——たったそれだけのことがとてつもなく有り難い。今夜は色々とあったせいで心身ともに疲れた。

 

多分、今日の出来事は一生忘れられないものになる。刻まれた痛みも、宿した決意も、固めた覚悟も、得られた絆も。それら全てが重要な記憶として処理され、困難に直面すれば過るはずだ。

 

 

「……なぁ、ロズワール」

 

「なんだい?」

 

 

夢うつつ。意識の大半が夢に入ったハヤトの声にロズワールが吐息するような返答。

 

彼にしては緩すぎる声を耳にしたロズワールは、何を言われるのかと思うが、

 

 

「俺は……俺たちは、お前からしたらまだ半端者か?」

 

「半端者。懐かしい響きだねぇ」

 

 

藪から棒な問いかけに、ロズワールは懐かしむ。もう遠く感じる記憶、ロズワールがテンとハヤトを魔獣の森に放り投げた日のこと。

 

魔獣の森で死ぬならば、二人の力は自分の見当違い。魔獣に遅れをとる半端者だったと。ロズワールには彼らにそう言った記憶がある。

 

尤も、それはハヤトを焚きつけるために放った言葉であって半分は冗談なのだが。彼は未だに覚えて、そして根に持っていたようで。

 

「俺はよ」と消えかける声をゆっくりと繋ぎ、

 

 

「お前にそう言われて、すげぇ悔しかったんだ。努力を否定された気がして、腹が立った。だから、ぜってぇに力を認めさせてやるって思った」

 

「なるほどねぇ」

 

「だから聞くぜ。今の俺たちは、まだ半端者か?」

 

 

声がどんどん弱くなっていくハヤト。察するに、あと数秒もすれば彼は深い眠りにつくのだろう。きっとロズワールの言葉を聞き届けたら、それが最後だ。

 

迷うことはない。ロズワールは「なら、今一度言おう」と声に少し感情を込め、

 

 

「期待以上だよ、ハヤト君もテン君も。私の想像を遥かに超える実力者に成長している。誰一人として君達を半端者だとは言わないだろう。この私、宮廷筆頭魔導師ロズワール・L・メイザースの名にかけて、君達は騎士に相応しい力があると断言する」

 

「へへっ。そりゃ……いい」

 

 

世界有数の実力者から認められた事を告げられ、ハヤトは本当に嬉しそうに声を弾ませる——それが彼の最後の言葉となった。

 

僅かに宿っていた力が消失し、ロズワールの背中にハヤトの体重が全て乗っかる。安眠そのものの様子で今、深い眠りに落ちた。

 

 

「本当によく頑張ったね。ハヤト君」

 

 

当分は目を覚さないであろうハヤトの寝息を聞き、ロズワールは労いの言葉を呟く。

 

彼の心には届いてないだろうけれど、初めて見る男らしいハヤトの疲弊し切った弱々しい姿に、何も言わずにはいられなかった。

 

勿論、この場にいないテンも労いの対象に入ることをロズワールは決して忘れない。レムとラムを守るために命を燃やし尽くした彼の功績も、目を覚ましたら褒めちぎるべきだ。

 

彼の傷跡を見れば戦いの悲惨さは想像に難くない。まして、魔女教徒を大勢相手にしたとなれば死戦であったことなんて容易く分かる。

 

そこに『たった一人で』という要素が入れば、死んでいても何ら不思議でない。生きて帰って来た彼の実力と精神力に驚愕するばかりだ。

 

 

「君達には驚かされてばかりだ。教える身でありながら、時に恐怖すら覚えるよ」

 

 

どれだけ死に追いやってもどれだけ打ち倒しても果敢に挑んでくる二人に、どれ程の恐怖を覚えただろうか。日を重ねるごとに自分の領域に着々と迫る気配に、どれ程の驚愕を覚えただろうか。

 

それも、今回の件で更に増した。

 

三大魔獣を除けば魔獣の頂点に君臨するドラゴンをベアトリスと共に倒したハヤト。世界共通の敵とされる魔女教徒を単身で迎え討ったテン。この二人の成長度合いには毎度の如く舌を巻く。

 

どれだけの努力を裏で重ねているのか、才に恵まれたロズワールには全てを理解することはできない。しかし、察することはできる。

 

その実力の大前提にあるのは二人の必死な努力。一日も鍛錬を怠ることもなく真面目に頑張ってきた積み重ねが今の結果に繋がっている、と。

 

戦っていて分かる。彼らは天才を努力で上回る人間だと。与えられた力はゲートの質の良さ——それのみで常人には無い力を保有する天才達の領域に二人は手を伸ばし続けるのだ。

 

 

「ーー恐ろしいものだ。まったく」

 

 

いつぞやの言葉を溢し、ロズワールは「ふっ」と笑う。

 

その笑みには様々な感情が含まれていたが、読み取ることができる者はいない。世界の観測者である満月すらも、笑みに混ざった感情を知ることはできない。

 

それができるのはロズワールのみ。心の中で蠢く黒い感情を表に出す彼は一人、愉しげに笑っていた。

 

 

 

 そして、悲劇に終止符が打たれる。

 

 突如として襲撃してきた魔女教徒からレムを救う戦いは、静かに終わりを迎える。

 消えることのない傷跡を残し、運命の歯車を動かして。

 

 

 ——今宵の悲劇は幕を下ろした。

 

 

 

 

 






はい。ということで、魔女教徒襲来編(今考えた)はこれにて終了となります。少しばかり長編になりましたが楽しんでもらえたでしょうか。

長すぎる戦闘描写だったり、くどすきる心理描写だったりと。読み手を大きく分けてしまいそうな物語にも関わらずここまで読んでくださった方々、本当にありがとうございます。

さて、ここからは人間関係の整理といきましょう。


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