親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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駄文になりました。展開も少し早めかもです。


本当は、こんな物語を書く予定じゃなかったんですよ。ただ普通に、オリ主とレムをくっつけるだけの物語を書きたかったんです。

シリアスなんて少しだけで終わらせるつもりだったんです。





悲劇の連鎖もまた、消えないまま。

 

 

 

 

ベアトリスは今、目の前の男が自分のよく知る道化かどうか本気で疑っている。

 

見下ろす長身は常日頃から飄々として、なにかと戯けることの多い人間のはずなのに、それら全ての要素が消えたかのように真面目だ。ふざけた態度の一切を表情の裏側に引っ込めた、道化さの欠片もない。

 

これが普段通りの様相ならば、少しはベアトリスの瞳にはロズワールの姿も道化に見えたかもしれない。が、生憎と彼は礼装に身を包み、加えて気色悪いメイクもなく。

 

そのせいで道化であるはずの人間が真っ当な人間に見えてしまう。ありえないのに。態度をひっくり返したロズワールがまともに見える。

 

普段から飄々とした人間がある時を境に、人が変わったように態度を一変させる現象——名付けの才能はさておき、その現象がロズワールに訪れたのだ。

 

その現象が周囲の人間に与える衝撃は大きい。齎される結果は千差万別だが、目の当たりにした人間の心を等しく動揺させる。

 

事実として、ベアトリスは本気で目の前の男が普段の男と同一人物なのか疑っているのだから。澄ました顔の内側で息を呑み、動揺を悟られぬようにしているのだから。

 

 

「……覚悟して聞くかしら」

「覚悟など既にできている。全て話すといい」

 

 

見下ろす長身はベアトリスを逃す気配などない。忠告されようが彼は即答し、ゆっくりと頷く頭がテンの悲劇を正面から受け止めると彼女に伝える。

 

意思を汲み取ったベアトリスが呑んだ息を小さく吐き出すと、禁書庫に繋がる扉の取っ手から手を離す。心が受信した動揺を吐息として外へ逃した彼女は、それ一つで気持ちを切り替えた。

 

自分の口からテンの容体を聞くまでロズワールはどこにも行かないつもりか。横目にした彼の表情は依然として変化はなく、話す以外に今を終える方法はないと無言ながらに話している。

 

 

「あの娘達には黙ってるかしら」

 

「毒を与え続けろと? 流石の私も判断しかねるねぇ」

 

「少なくとも心が安定するまででいいのよ」

 

「三人をまだ気遣うのか。今夜は随分と優しくなったものだねぇ。ハヤト君に影響されちゃったかなぁ?」

 

 

冗談めいた発言は無視し、ベアトリスは禁書庫が繋がる扉とは別の扉を開ける。広がっているのは禁書庫ではなく、寝台が二つほど置かれただけの部屋——テンとハヤトが治療を受けていた部屋だ。

 

何も言わずに中に入り、彼女の姿が廊下から消える。次に消えたのはロズワール。発言を無視されたことは特に触れず、促されるように中へと入っていった。

 

二人の姿が部屋に消えると、廊下に扉が閉まる音が静かに響く。話していた二人がいなくなると、廊下は途端に静まり返った。

 

それきり、廊下に続く音は何もなかった。ただ、交わしていた言葉だけが薄く反響して。テンの悲劇をロズワール邸の至る所に届けていく。

 

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

陽の魔鉱石で朧げに照らされた部屋は、部屋を中央で二つに分けた時、左半分を闇が占め、残った右半分を光が占めている——その光が占める空間にテンは眠っていた。

 

部屋の隅っこに設置された寝台の上で、彼は小さすぎる寝息を立てている。近づいてようやく分かる程にゆっくりと胸を上下させながら、深い眠りに落ちている。

 

ふと、その反対側の隅っこに視線をやると、ハヤトの眠る寝台があった。闇が占める空間で彼は、テンとは違って分かりやすく胸を上下させていた。

 

光にはテンがいて。闇にはハヤトがいる。いつもとは真逆の空間に、部屋の右の端っこと左の端っこに、二人は別々に眠っている。

 

 

「ーーーー」

 

 

部屋の中は、廊下とはまた違った静寂に満たされていた。扉を一枚超えた先にある空間は、足を踏み入れた者の心に妙な焦燥感を強制的に植え付ける。

 

先程までの静寂。夜の静けさが呼び寄せていた自然的な静寂とは毛色が違う。

 

これは、空間が静寂以外を許していない。夜の静けさ関係なく、静寂であることが当然だと空間を取り巻くものが語っている。声を発することを意図せずに躊躇してしまいそうになった。

 

この静寂は、例えるならば葬儀を行なっている真っ最中。大切な人の命を天国へと旅立たせている瞬間に訪れている静寂によく似ている。

 

空気が澱み、沈み、涙を堪える人が身体を強張らせている光景が簡単に想像できた。縁起が悪すぎる例えだが、それ以外に当てはまるものがロズワールの記憶には見当たらない。

 

 

「ベアトリス。テン君の前にハヤト君の顔を見てもいいかい」

 

「その言い方だとハヤトが死んだみたいな風に聞こえるのよ。やめるかしら。次、同じことを言ったらぶっ飛ばすのよ」

 

「それは失礼。肝に銘じておくとするよ」

 

 

不意にも噛み付いたベアトリスに口の中で笑声を鳴らし、ロズワールはハヤトの眠る寝台に足を進める。

 

彼女がハヤトの名を「ハヤト」と呼んだ事実と、彼に対する扱いが丁寧になったことに衝撃を受けなかったわけではないが。追求して煽り散らしてやりたいと思わなくもないが。

 

今は、置いておく。それなんかよりも大事な教え子が目の前にいるのだから。

 

 

「……ハヤト君」

 

 

言い。腰を下ろし、床に膝をついたロズワールは眼前のハヤトに痛ましげに顔を顰める。ハヤトの倒れる寸前を知っている彼は安眠の裏側に潜む疲労を察し、胸が痛み出した。

 

屋敷に来た時と同じ患者衣を着せられた彼は、傷こそ塞がっているものの蓄積した疲労は並のものではない。眠っている今も、その身に重くのしかかっているはずだ。

 

未だかつてこんなハヤトを見たことがあるか。否、一度だってない。

 

自分がどんなに倒しても歯を食いしばって起き上がる彼には、『意識不明』の四文字など存在しないと思っていた。倒れる事などないと、頭の中で固定概念のように決めつけていた。

 

しかし、ハヤトはちゃんと人間だった。許容範囲を超えた負荷には耐えれないし、傷を負えば血だって流すし、深傷を負えば意識だって失う。

 

その事実が、自分がそうだと思い込んでいただけだったのだとロズワールに突きつけている。お前の教え子は他と同じ人間で、これ以上先に進めば死ぬ事だってあるのだ、と。

 

 

「命があるだけでも満足するべきなんだろうねぇ」

 

 

自分の背後には命すら危ういもう一人の教え子がいるのだから。

 

そう心の中で呟き、ロズワールはいつの間にか重くなっていた腰を上げる。耳を澄まさずとも鼓膜を叩いた呼吸音に安堵しつつ、彼は「ふっ」とほのかに笑みを浮かべ、

 

 

「本当に、本当によく頑張ったね、ハヤト君」

 

 

再度、背負っていた時と同じ言葉を心に贈った。自分が想像した以上の働きを見せてくれた教え子を労わり、それを最後にロズワールは背中を向ける。

 

できればこのタイミングで部屋から退出したい。「お疲れ様、よくやったね」で今日の悲劇を終わらせたい——それができないから、自分の足はもう一つの寝台へと向かっている。

 

本命はこっち。問題はここから。

 

闇と光の境界線を踏み越え、ロズワールは光が占める空間に足を踏み入れる。既に視界に入っているもう一人の教え子の姿を見ながら、彼は椅子に座るベアトリスの横に立ち並んだ。

 

それからしばし瞑目。視界に入った時点で悲惨だと理解したが、至近距離で直視するには痛々しすぎるテンを前に一度だけ世界を閉ざした。

 

しかし、時間をかけてはいられない。ここで時間を費やせばその分だけ心の抵抗が膨らむ。故に、戸惑い、悩む事などない。受け入れる覚悟など整っている。

 

音もなく瞼を開く。瞳に眼下の光景を余すことなく映し出し、

 

 テンを見て、

 

 

「ーーーー」

 

 

 声は、出ない。

 

眼下に眠るテンの姿が脳裏に焼き付いていく中、ロズワールの喉は声に震えることはない。ハヤトの時はすんなりと出た労いの言葉すら、忘れたように出てこない。

 

息が詰まる。とは、今の自分のことを言うのだと思う。喉に詰まった酸素が状況の呑み込みを停滞させ、出てくるはずの吐息は無意識に唇を固く閉じたせいで全く出てこない。

 

呼吸が止まれば喉に詰まった息は詰まったまま。見下ろす顔に無表情を貼り付けるロズワールは、しかし覚悟としていたはずの鼓動が一度だけ大きく跳ねたのを自覚した。

 

 

「エミリア様はこれを?」

 

「知らない。知らせないように、服の下に手を突っ込んで治癒魔法をかけたかしら。見せられるもんじゃないことくらい分かるのよ」

 

「そうかい……」

 

 

意識的に唇を解き、ロズワールは僅かに開いた隙間から息をこぼす。無音に等しい吐息が詰まった息を全て外に放出すると、彼は杞憂したように眉間に皺を寄せて腕を組んだ。

 

無表情に浮かんだ皺、貼り付けていても滲み出てきた感情に「これはひどい……」とロズワールの口は言葉を漏らす。

 

分かっていた。分かってはいた。のに、いざ前にすると刻まれた傷痕が悲惨すぎて。頭では理解していたはずが、心の端っこでは受け入れ難いものがあるようで。

 

ベアトリスが嘘をついた意味が分かった気がした。あれこれ言った後に何を言うのかと自分自身で思うが、考えが変わったものは仕方ないだろう。

 

これは、見せるべきではない。見せていいものではない。

 

 

 ——肉体が、傷痕で蹂躙されている。

 

 

テンを瞳に捉えてまず最初に飛び込んできたのは彼の上半身だった。傷の説明をするために服を脱がしたのか、お陰で悲惨を軽く通り越した肉体が一瞬で目に刻まれた。

 

目も当てられない上半身を見た時、一番初めに視線がいったのは至る所に浮かぶ赤みか掛かる黒色。否、打撲したような痣。地面にバウンドでもしたのかと不意にも考えた。

 

それだけならロズワールが唸ることもなかった。それだけじゃないからロズワールは唸った。

 

打撲と同等の痕——火球でも連続で直撃したのだろう、軽度ではあるが火傷の痕が残っていた。

 

戦闘中に着用する衣服には{防護の加護}の術式を編み込んだはずだが、それを挟んでも皮膚に牙を剥いたらしい。それを挟んだからこそ、この程度で抑えられたと思うべきか。

 

 

「火傷と打撲は、もっと酷かったのよ。ベティーが診る前は赤色と黒色がはっきりと皮膚に浮かんでたかしら。これでも薄くなった方かしら」

 

 

それでもまだ「痕が残っている」と明確に分かるのだから、彼女の言うことは正しいのだろう。部屋に運ばれた直後の姿など想像に難くない。

 

 

「これ以上治すことは」

 

「できないとは言わないのよ。けど、時間が掛かるしマナも消費する。今すぐにこれ以上の治癒魔法を施す事は難しいかしら」

 

 

どうにかなるならしてやりたいと語る横顔にロズワールが言葉を紡ぐことはない。マナを大量に消費したであろう彼女に、今以上の無理をさせる気なんて一欠片もない。

 

まして、他とは少しばかり毛色が異なる精霊である彼女にマナを過度に使わせることが何を意味するのかロズワールは知っているから、尚更、言葉は紡げない。

 

至る所に打撲と火傷。たったその事実だけでテンがどれほどの地獄の中で戦い抜いたか、よく考えずとも簡単に理解できる。

 

そこに更なる事実が重なれば、頭が理解する前に心が理解して。考える必要はなくなった。

 

考える前に理解する。理解させられる。

 

 

「……ふむ」

 

 

大まかな傷痕から細かな傷痕へと視野を狭め、ロズワールは吐息。色々と目に留まった傷痕が情報として頭の中に取り込まれ、一つ一つ整理されていく彼は目を細める。

 

右目の下に走る斬撃の痕。右肩に縦長に刻まれた大きな裂傷。腹部を横に抉った塞がりきっていない切傷。話には聞いていた、右の脇腹に滲み出る紫色の、打撲と表現するには生ぬるい痕。

 

もういい。もういいだろう。彼を痛めつけて何が良いというのか。傷痕の蹂躙が重なりすぎて健全な部位がどこもない。

 

治癒魔法を施されてもこの荒れ具合。テンに魔法を掛け始めたばかりのベアトリスの瞳には彼の姿がどう映っていたのか、聞きたくもない。

 

 

「訂正しよう、ベアトリス。君の判断は間違っていなかった。これは彼女達に見せるべきではない」

 

「だから言ったかしら。覚悟して聞くかしら、と。並の心構えで受け止め切れる容体じゃない。姉妹の姉ならともかく、他の二人には絶対に見せられるもんじゃないのよ」

 

 

それらの事実が処理され、ロズワールはベアトリスの気遣いの意味を真に理解する。服の下に手を突っ込んでまでして、エミリアにテンの上半身を見せなかった意味を把握する。

 

外側に浮かぶ悲劇の悪あがきを網羅し、ロズワールは初めて目を逸らした。夜空に浮かぶ満月を見るフリをして、目の前の悲劇から逃避。

 

一度だけ心の整理をつけたい。だってまだ外側に浮かぶ悲劇の悪あがきしか見ていないのだから。まだ内側のそれを知らず、知るための余裕を心に作る必要があった。

 

 ふと、思う。

 

 

「この状態でテン君は森から屋敷に帰ってきたのかい?」

 

「そうかしら。ピクリとも動けてなかったけど、ハヤトが担いで」

 

「外部の衝撃一つで簡単に崩れそうな肉体を担ぐ? それは余りにも雑な扱いだと思うが」

 

 

心に余裕を作る間で思った。現状がこれなら、治癒魔法を施される前はもっと酷かったはずだと。

 

なのに、どうして崩れなかったのか。崩壊寸前の体は、どうして外部の衝撃に耐えることができたのか。

 

 それはきっと、

 

 

「ベティーの応急処置のお陰なのよ」

 

 

ベアトリスが何かしたから。そう考えていた矢先に本人が語った。ロズワールの考えた通りに彼女はテンの身体に細工をしていたようで、

 

 

「応急処置を施す過程で簡易的なマナの膜を身体に張ったのよ。受ける衝撃を内部に届かせないような、そんな膜を」

 

 

「今はそれも無くなったかしら」と。淡々とした様子で説明するベアトリスだが、その中でロズワールは彼女の先を見据えた対処に舌を巻いている。

 

彼が動けないと理解し、外部の衝撃で容易く崩れると把握した上で、彼女は適切な魔法を掛けた。

 

緊迫した状況で当然のように成された迅速な判断は、治癒魔法に精通する人間ならば称賛し拍手すら送る者も出るだろう。

 

現に、そうしなければテンの肉体は朽ちていた。自分の眼下で眠る男は息を引き取っていた。

 

治癒魔法を扱う存在として満点以上の働き。テンの命があるのは他でもないベアトリスのお陰だと、ロズワールは余裕の生まれた心の中で静かに賞賛を送った。

 

 

「さて、余談は結構。悲劇の導入が済んだところで、ここからは本格的な容体を専門家の口から聞こうーー余す事なく、ね」

 

 

この場合、専門家とはテンの体を診たベアトリスの事を指す。全てを知り尽くした大精霊に、彼の内側について問いかけた。

 

きっと長い話になる。ロズワールは部屋にあった椅子をベアトリスが腰掛ける椅子の隣に置き、深く腰掛ける。テンを正面にすると吐息した。

 

真面目な態度を依然として崩さない彼を横にベアトリスもまた表情を変えない。こちらも依然として澄ました顔のまま「まずは」と口を開き、

 

 

「ーーお待ちください」

 

 

不意に聞こえた声に続く言葉を遮られる。

 

二人しかいないはずの空間。扉の閉まった外の世界の隔絶した世界——たった今、その世界に外から声が流れ込んだ。

 

反射的に二人の視線が扉に向く。気付いた、視線の先に人の気配。一人ではなく複数の気配がする。否、曖昧な表現などしなくとも人数は察せられる。

 

 

「失敗したかしら」

「そのようだねぇ」

 

 

舌打ちするベアトリスにロズワールが同調を重ねるが、扉は二人の思惑を置き去りにして開き始める。止めても遅い、既に開かれてしまっている。

 

恐らく、聞かれていた。いつから聞いていたかは不明だが、扉の奥にいる存在達は自分達の話を聞いていて。出てくる機会を待っていた。

 

息を殺しながら、込み上げる感情を我慢して、完全に開いた扉の奥に見えた少女達は、誤魔化しが利かない瞬間を、

 

 

「その話。ラム達にもお聞かせ願えますか」

 

 

待っていた。

 

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 時は、ラムがレムとエミリアを連れて行ったところまで遡る。

 

 

 

 

「わわっ。ちょっと、ラム!」

 

「待ってください、姉様! せめて、テンくんの顔を見させてほしいです」

 

 

背中から聞こえてくる抗議の声を無視して、ラムは曲がり角を曲がる。見えていたロズワール達の姿が視野から消えようとも彼女の進む足は止まらない。

 

右手でレムの手首を掴み、左手でエミリアの手首を、困惑する二人とまともに取り合う気配のないラムは二人を引っ張りながら、ただ真っ直ぐに突き進む。歩く速さも『歩く』と表現するには少しばかり速い。

 

状況が呑み込めないレムはエミリアに顔を向けるが、向けられたエミリアも自分と同じだったらしく。表情は困惑に曇っている。恐らく、エミリアにも自分の曇り顔が見えているだろう。

 

 

「姉様、姉様。レムの話を聞いてください!」

 

 

テンのことを気にかけるエミリアが後ろを振り返ったのを横目に、レムは自身の姉に静止を呼びかける。が、至近距離で届いているはずの声には反応を見せず、ラムは前を向いたままだった。

 

テンが眠る部屋からどんどん離れていくことに少女二人が焦る今、しかしラムは止まらない。己の意志を押し付けるような態度を露わにした彼女は、握る両手が解かれないようにと力を込める。

 

そうなれば、されるがままの二人に抵抗の二文字は選択肢から奪われた。レムもエミリアも、双方が別々の理由で疲労していることが原因で掴まれた手を振り払えない。

 

 

「ラム、どうして? ねぇ、聞いてる?」

「姉様! 姉様!」

 

 

呼びかけに応じてくれれば意思の疎通も叶っただろうに。声に疑問符がくっつくエミリアと姉を呼び止めるレムの声はラムの鼓膜には届かない。

 

否、届いてはいるが足を止める事には繋がらず。

何が理由で今の状況になったのか本当に分からない二人は結局、ラムが足を止めるまでされるがままとなった。

 

二階の踊り場を抜けて、三階に続く階段の一段一段を淡々と登り、最後の一段を登り切って踊り場に辿り着く——そこでラムの足は不意に歩みを止めた。

 

テンの眠る部屋からだいぶ離れてしまった場所で立ち止まると、ラムは掴んでいた二人の手首を解放し、振り返る。

 

 

「やっと止まってくれた」

「姉様。突然どうされたんですか?」

 

 

声が孕んだ困惑が表情に浮き出たエミリアとレムの姿が振り返ったラムの瞳には映った。頑なに離そうとしなかった手が握っていた手首には、赤い痕がほんのりと残っている。

 

その手首を視野に入れたラムは手を揃えて腰を折る。突然の事だが、やってしまったことを把握した彼女は正面の二人に頭を下げ、

 

 

「エミリア様。まずは、突然のご無礼をお許しください。レムも。急にごめんなさい。説明をしている時間はなかったから」

 

「謝ることはない……けど。説明はしてほしかったかな。私も、テンを見て安心したかったから」

 

「姉様のことですから。何かしらの意図があっての事だと思います。少し驚きはしましたけど」

 

 

誠心誠意、謝罪の言葉を口にしたラムに怒りの感情は刺さらない。ラムのことだから何か理由があるのだろうと判断した二人の声色は、困惑は抜けてないものの、穏やかだ。

 

今度はまともに取り合ってくれたラムの頭を二人が上げる。「ありがとうございます」と、言葉を返したラムを見ると、これで意思の疎通が可能になったかと思った。

 

あまり見ないラムの姿に困惑しないわけがないが、やっと理由を聞き出せる。今の意味不明な強引な行為の、その理由を。

 

 

「それで。どうしてこんなことを?」

 

 

首を傾げ、エミリアはラムに奇怪そうに問いかける。隣のレムも小さく頷きながら同じく「教えてください」と言葉を繋げた。

 

向けられた疑問にラムは数秒間だけ視線を二人から逸らす。心のままに動いた彼女は頭の中で文章が完成しておらず、どこから話すべきか悩むように喉を唸らせた。

 

 

「レムとエミリア様は、先程の話についてどう思いますか」

 

 

逸らした視線が帰還した時、文章が完成したラムが問いかけに問いかけで返した。途端、問われたエミリアが「ん?」と傾げた首を反対側に傾げ、レムが小さく喉を鳴らす。

 

先程の話とは恐らくテンとハヤトの容体についての話だと予想できるが、その話のどこの事を指しているのかがイマイチ分からない。

 

 

「少し曖昧でしたか。ベアトリス様が「峠は越えた」と話していたことです。あれついて、二人はどう思いますか。更に補足すると、脳筋はともかくテンテンに関して「峠は越えた」と語った件について、どう思いますか」

 

 

双方の反応を受け取ったラムが問いかけを口早に補足し、レムとエミリアの表情が晴れる。ラムの言いたいことを理解した二人は「どう思う?」とでも言いたげに顔を見合わせた。

 

瞳と瞳の間でどんな意見交換が行われているのか、ラムには理解できない。が、二人としては意思疎通が完了したらしい。互いに同意見の両者は「うん」と頷き、

 

 

「ベアトリスが言ったんだもの。大丈夫に決まってると私は思ってるけど」

 

「レムもエミリア様と同意見です。心配する必要はないと仰っていましたから。大丈夫に決まってますよ」

 

 

 ーー大丈夫に決まってる。

 ーー大丈夫に決まってますよ。

 

 

その言葉を二人の口から聞いたラムの表情が正面にいる二人ですら見落としてしまう程度に曇る。

 

安心した声色で穏やかに話す彼女達は吐いた言葉を強調するように頷くが、それは曇った表情を促進させる行為でしかない。閉じた唇の内側で奥歯が人知れず噛み締められた。

 

だってラムには、

 

 

「大丈夫ですよ。はい。だってベアトリス様が診てくださったんですから。大丈夫じゃないわけがありません」

 

「私もそう思うわ。大丈夫ーー絶対の絶対に大丈夫」

 

 

その姿が、あまりにも痛々しく見えたから。

 

テンの話題が出た途端からつらつらと言葉を並べ立てては、同意する首が縦に頷く。

 

偽りの笑顔を浮かべながら己が心に言い聞かせているような悲痛な様子は、現実逃避に他ならず。

 

 

「ーーラムは、そうは思えません」

 

 

故に、ラムは現実を突きつける。

 

並べ立てられた意見を真っ向から全否定する声が二人の間を通り抜け、偽りの笑みを固まらせた。固まったのは笑みだけだろうか。違う、声も固まった。

 

今の二人に、この発言はかなり酷な話だと言った後にラムは思うが。しかし言うべきではないとは決して思わない。寧ろ、言うべきだと心の底から思える。

 

だって、それは良くないのだから。受け止めるべき事実、テンが支払った命の代償、悲劇が生んだ悲劇を知る必要が自分達にはあるのだから。

 

目の前の現実を受け入れなかったところで事態の解決にはならない。寧ろ、悪化する方向で加速していく。テンの今を知らない事が、恐怖に直結する。

 

 

「ベアトリス様は、きっとラム達に嘘をついています」

 

「ラム。何を言ってーー」

 

「あれだけ傷ついた人間の容体が「大丈夫」の一言で片付くはずがない。死ぬ事がないと言っても、傷痕が深くないとは言ってない」

 

「それはきっと、ベアトリス様の治癒魔法が卓越していてーー」

 

「現実が甘くないことくらい分かってる。そんな都合のいい話があったら、こうなる前に事の収集がついていたはずよ」

 

 

挟んでくる声を押し退け、ラムは己に言い聞かせるように言葉を畳み掛ける。現実逃避しかける二人を、現実に引き戻す。その度に、偽りの笑みがどんどん歪んでいく。

 

きっと、二人も心のどこかでは違和感に気づいているのだと言いながらラムは思う。先程の会話の中にあった明らかな不可解を裏では察しているはずだろう。

 

ではなぜ、二人はテンが大丈夫だと言ったのか。理由は単純、告げられたテンの容体が偽りのものだと知っていても、わざと知らないフリをしているのだ。

 

心を守るために、大丈夫だと言い聞かせる。自分と同じ考えを抱きそうになる瞬間に、貼り付けた笑顔で無理やり誤魔化す。

 

そうして、テンの悲劇から目を逸らした。受け入れたくないから。受け入れると、心が張り裂けそうになるから。

 

どうしてそんな事が分かるのか。愚問だ。態度を見ていれば誰でも分かるし、二人が考えそうなことくらいラムには分かる。

 

だから。だからこそ、

 

 

「テンテンの容体をベアトリス様が誤魔化したのは、誤魔化さなければならないほどに悪かったからだと。ラムは思います」

 

 

現実は非情で、事実は残酷だとラムは知っているからこそ。

 

 

「その度合いはラムには計り知れませんが。でも、目を逸らすべきではないはずです。笑顔で誤魔化していいわけがありません。それは、二人も同じです」

 

 

世界の理不尽さなど嫌というほど経験してきたからこそ。

 

 

「レム。エミリア様。二人がテンテンの事を本当に心配しているなら、現実を受け止めてください。例え、どれほど苦しいことだとしてもーー」

 

 

これが結末だと。これが結果だと。

 

 

「それが、テンテンに約束を取り付けたラム達が取るべき責任なんですから」

 

 

偽りの笑みが崩れ、裏側から今にも泣きそうな表情が顔を出した二人にラムは言い聞かせる。

 

心の中で理解しているから尚更、崩れるまでに時間は使わなかった。言葉を続けていくにつれて二人の様子が変わり、言い終わった直後に笑みは崩壊する。

 

自分達のことを気遣ったベアトリスの温情の結果がこれだとしたら、余計なお世話だと少しばかりラムは感じていたり。

 

あんな優しさを向けられてしまえば、この二人がそれに甘える事など安易に想像できたはずだ。生まれて初めて経験した『大切な人の悲劇』から目を逸らす事など分かりきったこと。

 

しかし、それはダメだ。

 

レムとエミリアにはそれを受け止めさせる必要がある。勿論、自分自身も彼の悲劇を正面から受け止めなければならない。

 

だって、自分達と交わした約束を守るために彼は傷ついたのだから。

 

命懸けで約束を果たした。なら、彼に約束を取り付けた人間にはその結果を真正面から見る責任がある。言い方を変えれば、自分達の約束が彼の心を焚きつけると同時に、追い詰めた。なら、その責任を取るのが筋。

 

目を逸らし、逃げる事など許されない。

 

 

「ですから、ラムはあの部屋に戻ります。ここに来たのは二人に今の話を伝えるためですので。伝え終わった今、留まる理由はありません」

 

 

俯き、体の強張った二人の真横を通り過ぎながらラムは告げる。階段を数段降りると、首だけ振り返った。見えるのは身体の向きをこちらに変えてきたレムとエミリアで。

 

果たして、二人が着いてくるかどうかは怪しいところだが。

 

 

「行きます」

「行く」

 

 

言い、ラムの背中に追いつくために階段を降りる。彼女の短いながらに濃い発言を受けた二人は覚悟を決めたような顔つきをしていた。

 

か弱い女の子——それだけで終わらなかった事にラムは安堵。「そう。ならいいわ」と呟き、歩き出す。その両隣を歩くのはラムに喝を入れられたエミリアとレム。

 

落ち着いた足取りで階段を降り、二階の踊り場を抜けて、来た道を戻る。途中で左右の二人が纏う雰囲気が明らかに沈み出した事を、ラムは密かに理解しながら。

 

仕方のない事だと思うが。そんな二人を見ていると、レムだけでなくエミリアまでもテンのことが好きなのではと思ってしまうラム。彼女は二人に悟られない程度でため息をこぼした。

 

 

「……本当はね、気付いてた。テンの容体が良くないって」

 

 

そんな事など知らず、二つほど声のトーンが落ちたエミリアは消えてしまいそうな声で呟いた。声に反応したレムとラムの視線を横に感じつつ彼女は言葉を紡ぎ、

 

 

「私がどんなに治癒魔法をテンに施すって言っても、ベアトリスは触らせてくれなかった。自分がやるからいいって言って、近づくことも許してくれなかった」

 

「……治癒魔法を掛けると、内側の状態も簡単に分かってしまいますからね」

 

「うん。ベアトリスもそれを知ってるから私に言い聞かせたんだと思う。私が触ると、テンの容体が悪いって私に知られちゃうから。気遣ってくれたのかな」

 

 

治癒魔法を使えないラムには分からない話だが、彼女を挟むエミリアとレムにはベアトリスの小さな気遣いが分かったようで。

 

それもまた、テンの容体が悪い事を意味していると三人は気付いた。ベアトリスの不可解が、全てテンの悲劇に繋がっている。

 

 

「だから、私はそれに甘えたの。本当はあの時に無理やりにでも知らなきゃいけなかったのにーー寸前で、怖くなった。テンの、とてもひどい姿を見るのがすごーく怖くて、怖くて。見たくなかった」

 

 

どうして目を向けなかったのか。一度でも目を逸らした自分を咎め、エミリアは両手で肩を掻き抱く。

 

首を絞める行為だと知りながら向き合うべき現実から目を逸らし、今日を終わらせようとしていた自分を自分は許せない。ラムの言葉がなければ、自分はあのまま部屋に帰っていたはずだ。

 

ラムの言葉が、なければ。

 

 

「でも、やっぱりダメよね……。ラムの言う通り、向き合わなくちゃダメだもんね。私はテンと約束したから」

 

 

言ったエミリアの視線は自分の左手首に集中していた。その場所——テンが贈ってくれた腕輪が付いていた場所。

 

生きて返せと渡してから、まだ返ってきていない。多分、まだ彼の左手首に付けられているままだ。できることなら今すぐにでも目を覚まして返してほしい。

 

皮肉にも、今の状況では直ぐには返してもらえそうにない。それはつまり、彼が目を覚ますまでは腕輪の返却はお預けという事になる。

 

焦らすのはやめてほしい。焦らさないでほしい。そんな事をされると、返してもらう時に募りに募った想いが爆発してしまうではないか。

 

爆発して、その先はどうなるか。相変わらずテンの事となると感情がぐちゃぐちゃになるせいで分からなかった。

 

 

「ここからは静かにお願いします」

 

 

考えすぎていた意識を現実世界に帰還させたエミリア。鼓膜に聞こえた声に俯く顔を上げると、ラムが人差し指を唇に当てて隠密を表す仕草を見た。

 

いつの間にか曲がり角まで戻ってきていた驚きを切り捨てるとエミリアは頷き、レムも息を殺して頷いた。

 

二人の同意を受け取りラムは足音を立てないようにゆっくり歩く。一歩一歩に静寂を纏わせながら、中から聞こえてくる会話に自分達の存在を悟らせないように。

 

 

「外部の衝撃一つで簡単に崩れそうな肉体を担ぐ? それは余りにも雑な扱いだと思うが」

 

 

三人が扉の前に来ると、中ではそのような会話が進んでいた。ロズワールとベアトリスの声が交互に聞こえてくる。

 

 

「応急処置を施す過程で簡易的なマナの膜を身体に張ったのよ。受ける衝撃を内部に届かせないような、そんな膜を」

 

 

「今はそれも無くなったかしら」と、言葉を紡いだベアトリスの声を聞いていたラムだが。不意に彼女の瞳は扉の取っ手に伸びる白く細い腕を捉えた。

 

エミリアの手だ。会話の途中で扉を開き、中へと突撃する意思を宿した彼女の手が無音で事の展開を早めようとして、

 

 

「ーーー?」

「ーーーー」

 

 

同じく音もなく伸びたラムの手が彼女の手を止める。驚いたように目を合わせてくる彼女と目が合えば、ラムは「まだです」と言う代わりに首を横に振る。

 

返された反応は肯定。首を縦に頷かせるエミリアはその手を引っ込める。

 

まだ、まだその時ではない。自分達が入るのは、あの二人がテンの容体について話し出したタイミング。その瞬間が最も適切だ。

 

誤魔化しが利かないタイミングで声をかける。そうすれば二人は自分達が話を聞いていたと解釈してくれる。なら、言い逃れするような真似はしないはず。

 

だから今は、二人の話に耳を澄ませる。盗み聞きが良くないとは知っているが、生憎と今はそんな事を言ってられる場合ではない。自分達だって知りたいのだから。

 

 そして、

 

 

「さて、余談は結構。悲劇の導入が済んだところで、ここからは本格的な容体を専門家の口から聞こうーー余す事なく、ね」

 

 

瞬間、ラムの目が訪れた機会に光る。待っていた時が思ったよりも早く来た彼女は声を出すために必要な分の酸素を大きく吸い、

 

 

「ーーお待ちください」

 

 

そして、彼女達は二人の会話に割り込む事に成功する。訪れた機会を見逃さない声が扉の外から奥へと一直線に貫通し、中の静寂へと自分達の存在を知らせる。

 

後戻りはしない。声を出した以上は先に進むのみ。扉の取っ手に手を伸ばし、何の躊躇もなく押し開く。

 

 

「失敗したかしら」

「そのようだねぇ」

 

 

舌打ちしたベアトリスにロズワールが同調の意を示しているが、知らない。

 

今は、自分達の意思を押し付けるように扉を迷いなく完全に開き切る。だって、この瞬間を待っていたのだから。

 

息を殺しながら、込み上げる感情を我慢して、完全に開いた扉の手前に居る自分達は、誤魔化しが利かない瞬間を、

 

 

「その話。ラム達にもお聞かせ願えますか」

 

 

 

待っていたのだから。

 

 

 

 

 

 







んー。心情描写が今回のは薄かったような。書きすぎて頭がパンクしてきました。使えない頭です。


前回のお話を更新した途端にお気に入りが増え、高い評価をつけて下さる方々がちらほら。更には感想欄で温かいコメントを読ませていただきました。

物語を続けようかどうか迷っていた矢先にこの事実。終わってもいいんじゃないかなぁ、と考え始めた思考回路をタコ殴りにされた気分です。

これはつまり全方位からの圧力、「続けろ」ということでしょうか。

はい。続けます。小説を書くこと自体は好きになってきたので、リゼロの二次創作の最前線を行く先輩方と、エグい勢いで伸びてるスーパールーキー達の陰でひっそりと物語を更新しますね。


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