親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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レムとラムについては、原作でも完全で完璧な心理描写は描写されてなく、描写されている部分から自分なりに解釈してくしかないので心理描写も考えるのが大変……。

だれかぁ、考察できる人ぉ、私に力を貸してくださぁい。

教えて、Yahoo!知恵袋ぉ。





見てて安心できる後ろ姿

 

 

 

朝日が空高く昇り始め、窓から差す陽光が眩しくなりつつある廊下に二つの足音が響いていた。一つの足音と並走する足音が、同じテンポで音を発している。

 

一つはハヤトの足音。もう一つはラムの足音。

 

隣り合って歩くのはこれで何千回目。自然と互いの歩幅を感覚的に理解している両者は、無意識にゆったりとした速度で温かい光を浴びながら廊下を歩いていた。

 

両者の間で交わされるのは取り止めのない会話。ハヤトが適当に話せば、ラムの適当な返しが毒舌込みで返され。ラムが適当に話せば、ハヤトの適当な返しが即座に返ってくる。

 

そうして、二人は取り止めのない日常を繰り広げていく。ここにテンとレムが加わるといつも通りの日常が完成するのだが、残念なことに今は二人ともいない。

 

 

 ——現在。テンの部屋から退出した二人は、厨房に向かっているところだ。

 

 

目的を果たしたならば次はレムと。意気込むハヤトが厨房へと向かうべく体を押し進め、彼の後を追いかけるラムが並走してきた次第。

 

テンの事を聞く過程でレムが精神的に追い詰められている事実を知った彼に迷いはない。苦しむ少女に伝えたい事を伝える気概の彼のやる気は十全に整っているようにもラムには見えていた。

 

 

「さてさて。テンのことも終わったし、ついでに俺のことも終わったし。次だな」

 

「レムと話すの?」

「当然だ」

 

 

友人同士の会話を一旦断つハヤトが力強く頷く。即答した声に乱れはなく、正面だけを見て真っ直ぐ突き進む彼の瞳は頷きと同等か、それ以上の力強さを宿していた。

 

レムと話す——それが何を意味するのか。分からないラムではないし、当然ながらにハヤトも分かっている。

 

愛する人を傷つけた。果たして、レムにとってこれ以上に辛いことなどあるだろうか。一つだけ思い当たる節があるが、その事とテンを傷つけた罪を比較しても大した差は生じず。

 

つまりは、その罪はレムにとって一二を争う程に辛い事だということ。そうじゃないわけがないだろう。人一倍責任感の強いレムが、自責の念に駆られていないわけがないだろう。

 

今からハヤトはその心に触れるのだ。その結果が招く事態を想像することは簡単。

 

彼女の感情を爆発させてしまうかもしれない、もしかしたら嫌われてしまうかもしれない。決して安易に触れて良いものではないはずだ。

 

分かっている。そんなことなどハヤトは十分に理解している。

 

けれど、ハヤトは踏み込もうとしている。例え嫌われることになったとしても、自分の意思は何がなんでも伝える。それがハヤトという男なのだから。

 

 それに、

 

 

「アイツを傷つけた事に責任を感じる必要なんてねぇしな。そもそもの話、レムを助けるために受けた傷に良いも悪いもあるかよ。傷つく事を前提とした救出に責任を感じるのは違ぇと思う」

 

 

確かにレムはテンを傷つけた。その事実は変えられようがない。けれど、責任の所在はレムが自分の背中で背負うことはないとハヤトは思う。ハヤトだけではない、誰もが思っている。

 

傷つくことが前提条件。レムに立ち向かったテンもそれは理解していたはずだ。自分の至らなさを誰よりも知っている彼がそれを考慮していないわけがない。

 

それでも立ち向かったのは、テンが傷つくことを覚悟していたからに他ならない。傷を負ってでもレムを助けたかったから彼は命を賭した。その行動に是非を問い、助けられた本人が責任を感じるのは筋違いだ。

 

責任を感じる出来事があったとしても、だ。

 

 

「傷ついてでも助けてくれてありがとう。その言葉で終わらせられたら良かったんだが……」

 

「レムの性格上、難しいでしょうね。じゃなかったらこんなに悩むこともないもの」

 

 

自分の言葉を続けたラムに、ハヤトは「そうだよな」とため息。それができたらレムは苦しい思いをせず、テンが目覚めるのを信じて待つだけになっていたのだが。

 

レムの性格上、難しい。

 

この言葉だけで全てがひっくり返る。彼女の性格が大きな原因となって、彼女自身を苦しめ続けているのだ。助けてくれたテンの想いの介入を阻むそれは、価値観の問題と表現してもいい。

 

自己否定、自己嫌悪、自己評価最低。テン以上に自己評価が地の底のレムはテンを傷つけた責任を少しでも感じれば、その瞬間からなによりも先にその責任が先行してしまう。

 

テンがレムに贈ってくれた言葉、想い、温もり。自分が寝ている間、レムが苦しまないようにと思って届けた全てを責任感が蹴散らすせいで、正面から受け止められない——それが今のレム。

 

 

「レムのやつ、テンに言われただろうが。お前は悪くない、って。俺自身にも非はある、って。なんでその言葉を正面から受け止められねぇんだよ」

 

「レムもそれは知ってるし、受け止めてる。テンテンが自分を許して、罪の意識に縛られる必要がないこともね。でも、他が許しても、あの子自身があの子を許せないから」

 

「結局はレム自身の問題ってわけか」

 

 

自分が悪い。自分のせいで。自分がダメだったから。自分が、自分が、自分が——。レムの心を埋め尽くすのは自分のことばかりだろうか。周りの言葉を無視して自己完結し、一人で思い悩む。

 

誰に何を言われようともレム自身に問題があるから、どうにもできない。自分を許すことができないから、何を考えても行き詰まる。

 

つまるところ、レムを苦しめているのはレム自身。心の奥底に根付いた固定概念にも近い価値観が、レムにレムを許すことを拒ませている。

 

なら、彼女を呪縛から解き放つにはそれを壊すしか方法はないのだが。

 

 

「そりゃ、少しばかり面倒だな……。俺の言葉じゃ解決できねぇ気がするぞ」

 

 

なんとなく把握したレムの現状にハヤトが珍しく弱気な態度を一欠片だけ見せる。後頭部に両手を重ねた彼は吐息混じりに「どうするか……」と呟いた。

 

呪縛となると、彼女の過去のことも絡んでくるはずだ。否、絡んでくるに決まっている。過去に起こった出来事が今の彼女を形成しているのだから。解き放つには過去の縛りからの解放も絶対条件。

 

果たして、自分なんぞの言葉で彼女を解き放つことができるのか。テンの言葉ですら蹴散らす今のレムに、自分の言葉が届くのか————。

 

 否、

 

 

「んなこと関係あるかよ」

 

 

刹那だけ過ぎった弱々しい思考回路をブッ飛ばすハヤトが頬をパチンと叩く。突然の奇行に隣のラムの肩が僅かに跳ねる中、瞬間でもその思考を継続しようとした己を強く咎めた。

 

確かにそうだ。脳裏に過ぎった弱音の通り、自分は独りよがりな考え方をするレムを助けることができないかもしれない。自分の声など今の彼女には到底届きはしないかもしれない。

 

けれど、それが何もしない事とイコールにはならないことをハヤトは知っている。無意味な行動が本当に無意味だったかなど、後々の結果次第でどうにでもなる。

 

それ以前に、友人が一人で辛い思いをしているのを放っておけるほどハヤトは情に薄い人間ではない。例え届かなかったとしても伝えたいことは伝える、それがハヤト。

 

 

「解決できない事と、何もしない事はイコールじゃねぇよ。解決できなくたって伝えることは伝えるし、言いたいことは言う。それが俺だろうが。てめぇ(自分)らしさを忘れるな」

 

 

二階から一階へと降りる中、己に言い聞かせるようにハヤトは続けた。心の隙間から顔を覗かせた自分らしくない自分をフルボッコにして、揺らぎそうになるのをすぐさま叩き直す。

 

弱音を吐いている場合ではない。こうしている間にもレムの精神は削られているのだから。ひょっとしたら削られ切っているかもしれないと思うと、より一層のこと弱音をボコボコにした。

 

ごちゃごちゃ考えるなんて自分らしくない。レムが自分を許せないだとか、人生をかけて根付いた価値観が問題だとか、過去の縛りだとか、面倒な事を考えるから頭はこんがらがる。

 

こんがらがると、言いたい言葉も分からなくなる。考えすぎると、思考の渦に呑み込まれそうになる。呑み込まれれば、抜け出すのは難しい。

 

だからいつも通り、単純に考えることにした。

 

言いたい事を言う。伝えたい事を伝える。これだけでいい。レムは悪くない、責任を背負う必要はない。そう思う気持ちを素直にぶつければいい。

 

 

「言うこと自体に意味があんだよ。まともに受け止められなかったとしても、自分の意思を知ってもらうことが大切なんだ。思った事を遠慮なしに言え。でなきゃ伝わるもんも伝わらねぇぞ」

 

 

 ーー少なくとも、言いたい事を遠慮なしに言える関係にはなれているはずだからよ

 

と。

 

自分を励ます言葉を心の中で終わらせたハヤトは一度だけ深呼吸。吐く息で頭の中を混乱させる考えを諸々全て吐き出し、吸う息で頭の中をクリアに。

 

単純。そう、単純に考える。自分がレムに伝えることは、ただの感情論なのだから。

 

特別なことはなにもしない、ただの優しさの押し付け、「お前は悪くない」「罪に思うことはない」と、その二つを一方的に伝えたいだけなのだから。

 

感情論には理屈も論理も要らない。故に、難しく考える必要もない。過去に何があったかとか、レムがレムを許せないだとか、そんなレムの考えなど知ったことか。

 

心配だから伝える。放っておけないから伝える。

 

難しく考えるから、単純な感情に気付けない。難しく捉えるから、一番大切な想いが余計なものに押し潰される。難しく思うから、素直な言葉は出てこない。

 

 

「そうだよ。難しく考えるから分からなくなんだよ。テンが反面教師だろうが。アイツと同じ轍は踏むな。簡単に、単純に考えろ。てめぇが何をしたいか、それを忘れるな」

 

 

胸を叩き、物理的に喝を入れる。いつもとやることは変わらない。今までと同じように、自分は自分らしくレムに言葉を贈るだけ。そこにごちゃごちゃした考えは全くの不要。

 

喝を入れて気持ちが入ったか。「うし!」と一人で気合を入れるハヤトが拳を握りしめてガッツポーズ。要らない考えを遥か彼方に捨て去った彼は感情のままに言葉を発することを覚悟した。

 

そうしてやる気を新たにしていると、

 

 

「脳筋のそういうところ、少し羨ましい」

 

 

ハヤトが自分自身を鼓舞する声を黙って聞いていたラムが不意に声を溢す。隣を歩く彼女の声はどこか弱々しく、いつもの覇気が少しばかり薄れているような気配をハヤトに感じさせた。

 

決して存在を忘れていたわけではないが、自分一人の世界に入りかけていたハヤト。彼が「ん? なにがだ?」と首を傾ければ、

 

 

「遠慮なしに言いたいことを言える事。難しいこととか全部無視して、感情のままに言葉を相手にぶつけることができる事。物事を単純に捉えることができる事」

 

「羨ましがることか? 俺のやり方は、相手の事とか全部無視して言いたいことだけ言う自分勝手なやり方だから、相手と衝突することも多々ある。割と危険な橋だぜ」

 

「それでも、お互いの気持ちを吐き出せずに終わるよりはマシだと思うけどね。……本当に、本当に羨ましい」

 

 

そう言い、正面を向いたままラムは「ふっ」と笑う。笑みにはどのような感情が込められたか、ラムを見つめるハヤトはこの瞬間、その横顔にラムらしからぬラムを見た。

 

どうしてだろうか。思わず息が詰まり、順調に歩数を増やしていた足が止まりかけ、考えていたレムのことが笑みで覆い隠されそうになったのは、どうしてだろうか。

 

 ——それはきっと、その笑みがあまりにも悲しげなものだったからだ。

 

途端、ラムがレムの傍にいてやらなかった理由の一端が頭の中に浮かび上がる。突然、ポンと小さく音を立てながら静かにハヤトを納得させた。

 

きっと、自分が寝ている間に彼女なりの葛藤があったのだろう。レムの姉である彼女はレムが壊れていく様を誰よりも近くで見続け、様々な想いが心の中で衝突したはずだ。

 

それら全てが彼女を混乱させ、レムにどうしてあげたら良いか分からなくなった。自分のことが羨ましいと感じたのはそのせいだと思う。

 

モヤモヤした気持ちを素直にぶつける事ができないから。なにか、拭い切れない不安要素が頭のド真ん中に陣取っているから。そのようなものを自分の中から取り除けるハヤトが羨ましい、と。

 

さしずめ、彼女も難しく考えてしまっている。だから、単純に、そして簡単に考えられる自分がラクそうに見えて羨ましい、と。

 

 

「ラム」

 

 

足を止め、ハヤトはラムの名を呼ぶ。予兆もなく止まった彼に「なに?」と言いながらラムは振り返り、

 

 

「お前はレムに、何をしてあげたいんだ?」

 

「ーーーー」

 

 

声のトーンがひとつ下がった真剣な物言いが胸を貫き、藪から棒な問いかけが心の中に居座わった感覚に即座に言葉を返すことはできなかった。

 

物言いと同等の面構えがラムのことを一直線に見ている。ラムの心と直向きに向き合う姿勢を表に出しているハヤトが彼女のこと以外を意識から外して、

 

 

「羨ましいっつーことはよ。俺みたいに考えられたら、って思ったってことなんだろ? 頭ん中ごちゃごちゃして、どうしたらいいか分からねぇんだろ? じゃなきゃ、こんな単純にしか考えられねぇ頭をお前が羨ましがるわけがねぇ」

 

「ーーーー」

 

「お前が何を考えてんのか全部は知らねぇし、分からねぇ。だが、レムの現状に自分のやるべきことが分からなくなってることくらいは、今ので分かった」

 

 

己の中で導き出した答えを語り、ハヤトはラムとの間に開いた距離を一歩だけ詰める。二人の空間は歩数にして僅か五歩程度でゼロ距離にできる程に狭く、距離を詰めるには数秒も要らない。

 

にも関わらず、ハヤトはゆっくりと詰める。一歩一歩を強く踏みしめ、一言一言をラムの鼓膜に刻み込むようにしながら、彼女の心に慎重に入り込むように。

 

 一歩——、

 

 

「ラム。俺はーー」

 

「姉様、ハヤト君?」

 

 

不意に、ハヤトとラムしか存在していなかった世界にレムの声が飛び込む。雰囲気が雰囲気だったために、名を呼ばれた両者は別々の反応を示しながら声の方向——ラムの背後に視線を向けた。

 

向けた先にあったのはレムの姿。朝食が乗せられた台車を押す彼女は、向かい合うハヤトとラムのことを不思議そうな顔持ちで見ている。

 

 

 ーータイミング悪ぃな、ちくしょう

 

 

頑張って笑みを作るハヤトは内心、レムには申し訳ないと思いながら舌打ち。

 

ラムの中にあるぐちゃぐちゃしたものを聞き出せそうな場面はごく稀で、普段から心を見せない彼女にとっては貴重だったのだが。あわよくば全部吐き出させてやろうと考えていたのだが。

 

皮肉にも悩みの種がそれを破壊した。ラムの心を軽くしてやろうと思った心を無視したレムの声が世界を容易く崩壊させてきた。

 

恐らく本人としては無意識、否、二人を見かけたから声をかけただけ。しかし、ハヤトにとってはタイミングが悪すぎる声かけだ。

 

 

「ちょうどよかったです。朝食の準備が済みましたので、厨房の中にある台車を運んで下さい。時間もあまりないので、レムは先に行ってますね」

 

 

当の本人は知らぬ存ぜぬ。感情の入っていない声で話をパッと済ませると二人の横を通り過ぎ、食堂へと向かう背中はあっという間に小さくなっていった。

 

必要最低限の言葉しか交わさなかったレムの背中がどんどん小さくなるのを眺めながら、ハヤトは吐息。意識が落ちる前との差がありすぎる彼女に色々と思うところはあったが。

 

 率直な感想としては、

 

 

「レムって、化粧なんて普段からしてたか?」

 

「ーーーー。今ので分かったの?」

 

 

ラムの声色が、驚いた、とでも言いたげに変化するのを背中にハヤトは「当たり前だろ」と指をならし、

 

 

「森で俺が言ったことを忘れたか? 俺の観察眼をナメるなよ。その程度の変化なんざ一瞬で気づける男だぜ。女の子の変化には敏感なんだ」

 

 

この時、さも当然のように話すハヤトにラムは内心、少しばかり驚いた。目の前で「なんで化粧なんかしてんだ?」と頭上に疑問符を浮かべている男は見かけによらず鋭かったようで。

 

レムの顔を見たのはほんの一瞬。一秒にも満たない時間で彼はレムの化粧を見抜くとは。自分で言うだけはあると変に感心してしまう。

 

 

「んーー。まぁ、追々だな」

 

 

背中でラムに感心されていることなど知る由もないハヤト。彼はクルリと身を回すと足先をラムに向けて歩き出す。

 

そのまま、先程とは違った淡々とした様子でラムに近づくと、

 

 

「お前のこともだからな。朝飯が終わったらさっきの言葉の続きを言わせてもらうぜ」

 

「今ここで済ませなさい、と言ったら?」

 

「短時間で済むことだったらいいんだけどな。生憎と、お前に伝えたい言葉は沢山あるんだよ。憔悴した妹を前に迷ってる姉ちゃんに、友人として喝を入れてやらなくちゃいけねぇし」

 

 

 ポン、と。

 

過ぎ去りざまに肩を優しく叩きながらハヤトはラムの隣を横切る。やんわりとした笑みを見せた彼は楽しげで、普段とは違う自分らしくない姿を見たとしても普段通りの接し方だった。

 

否、ハヤトは今の自分を自分らしくないと思ってないのだとラムは思う。どんなラムだとしても、それをラムだと受け入れ、不信感を抱かずに真正面から向き合ってくる。

 

 

「ーーーー」

 

 

「腹減ったぁ。一週間ぶりの飯だぁ」と呑気に歌いながらのんびり歩く後ろ姿を見ながら、ラムは軽く叩かれた肩になんとなく手を添えてみる。

 

まだほのかに衝撃の漂う肩は、けれど少しだけ先程よりも軽くなったような気がする。違う、肩ではなく体の方だろうか。錯覚なのかは曖昧で、よく分からない。

 

 でも、思うことはあった。

 あの背中を見て、感じたことはあった。

 

 

「あだっ!? 急に何すんだよ」

 

「無性にムカついたから」

 

「なんだそりゃ!?」

 

 

歩いていたハヤトの背中に乾いた音を伴う小さな衝撃。背中を追いかけてきたラムが、追いつくと同時に軽めの平手打ちを叩き込んでいた。

 

ハヤトからすれば特に理由の見当たらない理不尽な一撃だが、言い返された言葉の方が更に理不尽だったことに彼は苦笑いしながら声高らかに驚く。

 

ムカついたから平手打ち。なるほど、ベアトリス然り、屋敷の女の子は腹が立つと攻撃を仕掛けてくるらしい。尤も、本心から怒っているかどうかは言うまでもない。

 

 

「あのよ。これでも病人なんだが。少しは労ってくれてもよくね? ほら、なんかこう、いい感じによ」

 

「語彙力の欠片もない話し方はやめてちょうだい。馬鹿が移る」

 

「馬鹿って移るもんなのか?」

 

 

「移るわね」と端的に返したラムにハヤトも「そうかよ」と端的に返し、そこで二人の会話は途切れる。会話の余韻がかすかに響く中、ポケットに手を突っ込んだ彼は疲れたように息を吐いた。

 

一息ついたハヤトの横でラムも吐息。浮かびかけた笑みを頭を軽く左右に振って振り落とし、思った事と感じた事が顔に出る寸前で閉じ込める。

 

吐息しながら思った。この男の背中は相変わらず頼り甲斐のある背中で、自信に満ち溢れた声に励まされると、無性にムカついてくる。

 

頭を振りながら感じた。この男の後ろ姿を見ていると変に安心してくる。隣にいてくれるだけで心が落ち着いて、重かった体がやはり軽くなった気がする。

 

テンとはまた違った安心感。彼の場合は、隣で寄り添って、優しく肩に手を添えてくれるような安心感。対してハヤトは、弱る心を前に前にと力強く鼓舞してくれるような安心感。

 

この男がいれば自分の迷いも無くしてくれるのではないかと無意識に思わされる。躊躇する背中を強く押し出してくれると思うことができる。

 

これがハヤトの美点か。常に自信に満ち溢れた彼の励ましは聞く人達に安堵を抱かせ、心の中にある不安を軽くする。迷いのない真っ直ぐな性格だからこそ、それは効果を増して。

 

だから、自分も安心している。態度には絶対に出してやらない。言葉にも出してやらない。流石に気付かれると自分らしさが完全に崩壊する予感しかしない。

 

今の自分がいつもと違うことは自分が一番理解している。ハヤトの発言に対して上手く言い返せずに暴力に頼ったのが証拠だ。

 

ここまできたのなら全部ぶちまけてしまおうかと思わないわけではない。自分はハヤトを信頼して、ハヤトも自分のことを信頼しているのだから、ぶつけてもいいはずだ。

 

けれど、それは今ではない。まだ解き放つべきではないと、ラムは迫り上がる思いを飲み込む。自分勝手な爆発は不幸しか生まず、故に、今は抑えるべきだと。

 

その代わり、時が来たら全部ぶちまけることにする。具体的には、彼が喝を入れてくれるそうだからその時にでもぶつけさせてもらおう。

 

 

「その時はよろしくね、脳筋」

 

「なにがだ?」

 

「ラムの溜まりに溜まった感情の捨て場になりなさい。容赦しないから、そのつもりで」

 

 

言葉を伝えたラムが歩く速度を少し上げるとハヤトよりも前に出た。たどり着いた厨房の扉を押し開く彼女は早足で、言葉を返される前に中へと入っていった。

 

その時とは、果たしてどの時か。まるで、心の中で続いていた言葉を言われたような文脈の無さにハヤトは数秒間だけ沈黙。何がどうなってそうなったかを理解しようとしたが、結局は叶わない。

 

ならば、言葉の意味をそのまま受け止めるのがハヤトのやり方。厨房の押し開く彼は、二つあるうちの片方の台車を押そうとしているラムに太陽の笑みと拳を向け、

 

 

「おうよ! 思う存分、吐き出すといいぜ! その方がスッキリするしな! 俺も言いたいことは全部言わせてもらうから、そのつもりでな!」

 

「ラムに暴力を振るうつもりなら殺すわ」

 

「なんでそうなるんだよ。女に手ぇ出すバカな真似はしねぇって」

 

 

ラムとの正面衝突を宣言したところで出鼻をくじかれ、突き出した拳が力無く垂れるハヤト。個人的には良いことを言ったつもりなのだが、ラムの調子にはいつも狂わされる。

 

見事にハヤトの笑みを引き攣らせたラムは右手で手刀を構えていた。澄まし顔の彼女は、その内側にいたずらっ子みたいな笑みを浮かべて。

 

森の中でテンに同じことをした記憶が不意に過ぎったことで今のハヤトと重なり、面白おかしくて「ふっ」と思わず笑いそうになったのは内緒の話。

 

 

 ーー久しぶりに笑った気がする

 

 

そんな感傷を抱き、ラムは「冗談よ」と適当に返しながら台車を押して厨房を出た。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「レムの……化粧の話だけど」

 

 

厨房に用意されていた台車を食堂に運ぶまでの道のり。

 

時間にして二、三分程度の僅かな間では談笑をする他にない——と、ハヤトは勝手に思っていたのだが。ラムが言いにづらそうにそれを口にしたことで談笑の時間は塗り替えられる。

 

薄々だが気にかけていたこと。色々な意味で女性経験が豊富な己の観察眼が見抜いたレムの化粧。「男は女の変化には敏感であるべきだ!」と主張するハヤトには簡単に分かった事。

 

 

「珍しいとは思う。勿論、自分を魅せるために付けることもあるだろうから、行動自体に違和感はねぇが。なんつーか、付けすぎというか、なんか隠してるような……考えすぎか?」

 

 

脳裏に、先ほどすれちがったレムの顔を画像として呼び起こしながら話すハヤトの視線は斜め上。等間隔で流れる陽の魔鉱石を光源とした照明に向けられている。特に見るものがない彼は、視線のやり場を天井に預けた。

 

視界に移り込む光を見つつハヤトは考える。思考の先にあるのはレムのこと。彼女が化粧をする理由の見当を自分なりにつけようとした。

 

化粧をする女の子の心理を深く考えたことはないから安直な考えしか出てこないが。恐らく、今より自分を綺麗に見せるため。

 

女の子は普段から好きな人や、気になってる人にどれだけ可愛いと思ってくれるか考えてるから、そういった部分も含めて化粧をする。自分を魅せるためと言ってもいいだろう。

 

勿論、これ以外にも理由はあるだろうが挙げれば挙げるほど絞り込みが面倒になるため、今回は一つだけに。

 

果たして、そんな甘い考えがレムに当てはまるかは正直なところ微妙。考えていて思った、仮にそれが当てはまるなら今やる理由が意味不明。テンが寝ている今、どうして化粧をする必要があるのか。

 

常に可愛い自分を見てほしい。いつ起きてもいいように。という思いからその行動に行き着いたと考えられなくもないが、それは違う気がする。

 

見当違い。考えた事が「それは違う気がする」の一言で簡単に砕ける音を聞き、ハヤトの思考は振り出しに逆戻り。

 

こうなると、できればお姉ちゃんであるラムの意見を参考にしたいところ。話を持ちかけてきたのだから、何かしら知っているはず。

 

そんな希望を持ちながらハヤトは天井に漂わせていた視線を真横にいるラムに移し、

 

 

「んで? お前はなんか知ってんのか?」

 

「知ってる。というより、感じてる。と言った方が正しいかしら」

 

 

感じてるとは。いつぞやの共感覚の話が頭の中で再生されるハヤトが「感じてる?」とオウム返し。疑問符を含んだ声色の彼にラムは小さく頷くと、

 

 

「あの子はあの日からずっと……悪夢に魘され続けてる。テンテンを傷つけた瞬間の記憶が眠るあの子を……、苦しめ続けてるの」

 

「ーーーぁ」

 

 

聞いた瞬間、化粧の見当をどうにかしてつけようとしていた脳内が一気に晴れる。様々な思考が霧が晴れたように消え去り、クリアになった。

 

極小の声が口から漏れたのは、不本意ながらにその感覚に爽快感を感じてしまったからだ。そうか、そういうことだったのか。とまではいかないものの、納得してしまったからだ。

 

だって自分はそれを知っている。今までに何度か、()()()()に化粧をしている女の子を見てきたこともあるし、実際に相談に乗ったこともある。

 

あの日からずっととなれば一週間もの間、彼女は悪夢に魘され続けているはずだと自然と思えるし、彼女からすれば死んだ方がマシだと思いたい地獄が永遠と続いていることもなんとなく分かる。

 

それが原因で飛び起きていることなど、一々考えなくとも察することは容易。

 

心臓に悪い悪夢をみれば恐怖で眠りから強制的に覚醒することだってあるはずで、その度に心が削られる彼女の負担は底知れない。

 

つまり。レムが化粧をしている理由は、

 

 

 

「寝不足で憔悴した顔色を俺たちに見せないため……」

 

「ラムもそう思ってる。ラム達に悟られないように、迷惑をかけないように、ね」

 

 

 

 

 







やっぱり、ハヤトはいいですね。

うちのハヤトは周りや自分が追い詰められた時ほど光り輝く王道系な主人公。コイツが一人いるだけで安心感と安定感が尋常じゃない。

彼が折れるとしたら、テンが死んだときくらいですかね。


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