親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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今回は9000文字と少なめです。

いや、そもそも9000文字を少なめと捉えるのはどうなのか。10000文字を基準としてるせいで感覚がおかしくなってきました。

まぁ、内容が濃いかどうかは知りませんが。





真夜中のふかし芋

 

 

 

ラムにとってソラノ・テンという名の男は、行動の先読みが困難な存在である。『普通』という言葉が全く当てはまらない、ある意味で常識外れな人間である。

 

彼とは約三ヶ月間と少しの時間を同じ屋根の下で過ごしたけれど、未だにラムはテンの考えていることが読めない事が多く、突然の行動に戸惑いが生じることもあったり。

 

これがハヤトならば、行動の先読みは割と簡単。彼は普段から態度を一貫しているために、物事に対する対応の姿勢が同じ。つまりは、一つの出来事に対する行動理念が統一されているから行動の選択肢も決まってくるわけで。

 

故にハヤトは分かりやすい。が、今、ラムが目の前にしている男はそんな分かりやすい男ではない。寧ろ、分かりにくい男だ。

 

普段は弱々しいくせに、いざという時だけは人が変わったように頼もしくなったり。気持ちの切り替えが恐ろしく早い時もあれば、ずっと引きずる時もあったり。

 

気分次第でその日の雰囲気が百八十度変わったり。なに考えてるか表情から読み取れなかったり。普通は言わなさそうな発言を軽々としたり。

 

鈍感なくせに、感情の揺れ動きには敏感だったり。殆どが同じ意見な事柄に、全く別の意見を当然のように言ってきたり。

 

要は、『普通とは外れた人間』ということ。色々と矛盾を抱えすぎていると思う。態度が常に一貫していない事が一つの理由だろうか。

 

 そして、

 

 

「で? 何をしているのか、説明しなさい」

 

 

普通から外れた人間であるテンは、またしてもラムの予想を遥かに超えてきたのである。目覚めた直後だというのに、相変わらず過ぎる彼には一周回って感心すらしてきた。

 

なぜ夜中に起きる。時間帯を考えてほしかった。

 

百歩譲って起こされた件については見逃そう。衝撃で目覚めて、あのまま二度寝しなかった自分のせいでもあるのだから。

 

もしかしたらテンが起きたのかもしれない、と。そう考えると体が勝手に起き上がっていた。起き上がって、気がついたら彼の部屋の前に立っていた。

 

だから許しはしよう。だが、夜中に起きた件については物申したい。どうせなら朝に目覚めてほしいところだ。その時間帯に目覚めて一体、誰が分かるのか。

 

それもまたテンという男の性質——そう、無理やり納得するしか受け入れる方法がないのが面倒だと思う。

 

やはり、意外性が高い彼の動きを予測することなど不可能なのだ。

 

 更に、

 

 

「何って……。お腹すいたから」

 

「ーーーー」

 

 

致命傷を負い、八日間も寝ていた人間とはとても思えない呑気さ。「何をしているのか」と聞いたら「お腹すいたから」と返される。そんな、普通すぎるやり取りが開始一発目から交わされた。

 

心底驚くとは、このことかと聞きながらラムは思った。否、驚く通り越して呆れてくる。密かに心配していた自分の気持ちを返してほしい。

 

どうして心配したのか。だって、テンの現状は普通じゃないからだ。普通すぎるやり取りが交わされる事が、今は普通じゃない。

 

まだ完治していない傷痕が痛むはずだ。憶測でベアトリスが語っていたが、高確率で貧血に悩まされているはずだ。そもそも、八日間も寝ていれば何かしらの異常を体が起こしていても不思議ではない。

 

そんな呑気な態度で話せるわけがない。覚醒直後ならば尚更なのに、

 

 

「本当は、部屋で寝てた方が良いと思うんだけどさ。空腹には勝てなかったよね、ってこと。いま俺、久しぶりに餓鬼の状態だから」

 

 

けろりとした様子。寝ている間、自分達がどれだけ心配したかも知らない彼は、脳天気という言葉がよく似合っている。

 

いつも通りに話しかけてくる目の前のテンに、ラムは肺の中に溜まっていた不安をため息として大きく吐き出す。心配した自分が馬鹿だったと額に手を当てた。

 

行動の先読みが困難な男。常日頃から思わされる事が、今回もラムに不満を抱かせる。

 

さてこの不満、どうしてやろうか。いつか聞いたハヤトの言葉を借りるなら、

 

 

「これがテンくおりてぃ、というやつね。心配して損した。いえ、心配するだけ無駄だったということかしら。いつも通りすぎて虫唾が走る」

 

「テンクオリティ? なにそれ? ハヤトの入れ知恵?」

 

「ハッ! 今ので分からないの? それだからテンテンはテンテンにしか成り得ないのよ。今くらい無様に寝そべってればいいものを、無駄な体力を浪費して何のためになるのか。理解の概念を越えるのはやめてちょうだい」

 

「そりゃ、悪ぅござんした」

 

 

言いながら歩くラム。厨房の扉前からテンの方へと近づく彼女は、彼とは反対側の席を陣取る。机を挟んでテンと向き合うような形だ。

 

対面する形で目の前に座られたテン。彼は聞き慣れすぎてラムの毒舌を毒舌だと捉えられなくなってきた事に一瞬だけ苦笑したが、腕を組みながらこちらを見てくる彼女に「まぁ」と微笑み、

 

 

「とりあえず、心配してくれてるのは分かった。心配かけてごめんね。心配してくれてありがとう、ラム」

 

「心配かけた自覚があるなら然るべき対応をしなさい。それがテンテンにできる、心配をかけた人への配慮よ」

 

 

素直な謝罪と感謝を述べれば、それを正論で受け流される。テンとしては心配してくれたことに関して普通に嬉しかったのだが、ラムとしては嬉しくなかったらしい。

 

澄まし顔で淡々と、一直線に瞳を射抜きながら正論パンチを放つ彼女にテンはぐうの音も出ず。切れ味のある言葉に黙るしかない。

 

大方、「早く部屋に戻れ」とでも言いたいのだろう。実際にそれが正しいことをテン自身も理解しているし、己の行為が馬鹿馬鹿しい事など言われるまでもない。

 

事実として今の自分は一、二分歩くだけでも息を切らす超絶弱々人間。日常生活すら満足に送れないほどに弱っている情けない男。

 

そんな人間が出歩くなど愚行もいいところ。本来ならば部屋で寝ているのが正解だ。

 

依然として変わらぬ態度と表情を真正面から向けてくるラムを見ると、自分の考えは正しいのだろう。然るべき対応をしろという意思がこれでもかと送られてくる。

 

 

「配慮、ね。言われてみればそうかも。でもさ、ここまで来ちゃったんだから、なんなら用意もしちゃったんだから、せめて食べさせてほしい。何日間眠ってたのかは知らんけど、お腹すいて辛いんです」

 

 

そして、テンはその意思を受け止めつつも相手にしない方向に話を進ませた。遠回しに心配だと伝えてくるラムに「おねがいします」とばかりに両手を合わせ、軽く頭を下げる。

 

腹が減っては戦はできぬ。何をするにもまずは空腹を満たしてからがいい。部屋に戻るのはそれから。

 

この意思を変えるつもりはない。それに、死にそうな思いをしながら辿り着いたのに何もせずに帰るなんてことしたら、ここまで頑張った自分がアホみたいではないか。

 

そんな意味合いを込めたお願いの体勢にラムは軽く息をつくと、

 

 

「そう」

 

 

とだけ。吐息ついでに発した言葉なのか、言葉ついでに溢した吐息なのか。冗談を言ってるようには捉えられない声色と態度を受けた彼女の反応は曖昧だった。

 

何一つとして表情が変わらぬまま返されると、真面目に受け取っているのか分かりにくいテンだ。加えて、その表情のまま目の前に座られると用意したものを食べように食べれない。

 

どうしてか。無言の圧力、目は口ほどに物を言う——表現の仕方が多種多様なそれを今、テンは赤色の視線として向けられているのだ。

 

両肘を机に立て、組んだ手の上に顎を乗せる体勢。先程の自分と全く同じ格好でジッと見つめられれば、流石のテンも気押されするような表情を意図せずに浮かべてしまう。

 

食べたいのに食べれない。口内炎並みのもどかしさを感じてきたテンに、しかしラムは沈黙を貫いている。

 

依然として可愛げのある体勢のまま無言で見つめ、正面に座る男の動きを視線だけで縛り付けていた。

 

 

「ーーーー」

 

「ーーーー」

 

 

その状態が何十秒続いただろうか。正確な時間は両者とも分からないが、少なくとも厨房に満ちる静寂が、己を埋め尽くしてきたと感覚的に感じ取ることができるようになってきた頃。

 

真夜中という世界が寝静まった中。明るい部屋で澄まし顔と引き攣った顔が見つめ合うという、異様な光景に変化が訪れたのはその頃合いだった。

 

 

「……何を言っても無駄なのね」

 

 

不意にラムが呟くと、取り巻いていた静寂がその一声で払われ、満ちていた静けさが容易く割られた。

 

見つめ続けたテンの顔に何を思ったのか。痛ましげに目を細めた彼女は見つめ返される男から目を逸らすように立ち上がり、

 

 

「いいわ。なら、まずはその胃袋から満たさせてあげる。色々と話したいこともあるし」

 

「それはどうも。……ん? なにしてんの?」

 

 

数十秒間に亘った無言の格闘戦を制したテンだが、彼の表情は晴れない。許しを得た事については喜ぶべきことで、気押されから解放された彼は早々に食べるものを食べてしまいたいのだが。

 

今度は別の理由で手が止められる。食べる事よりも意識を惹きつけられる事実が目の前で淡々と動くお陰で、前者に意識を注げずにいた。

 

テンの視線が向けられる先。そこには踏み台に足を乗せながら頭上にある戸棚の中に手を伸ばすラムがいて。

 

中を漁る彼女は手に当たった感触に「あった」とテンに聞こえぬ声で言い、それを二つほど手に取ると僅かに口元が緩んだ。

 

どうして緩んだのだろうか。よく分からないが、取り敢えずテンには見せたくないと無意識に緩んだ口元をさっと引き締める。

 

そうして振り返る彼女は不思議そうに首を傾げるテンに、両手に一個ずつ持ったそれ——お芋を見せつけ、

 

 

「どうせなら、ちゃんとした物を食べなさい」

 

「え?」

 

「ラムの手料理よ。泣いて喜ぶがいいわ」

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 ——今、テンの瞳は異様な光景を捉えている。

 

 

異様、というのは些か失礼な気がしなくもないが。普段のラムを知っているテンからすればその言葉が頭の中にポンと浮かんできてしまうのも事実で。

 

それを言ったらなんと言われるだろうか。間違えなく、百倍になって毒舌込みの言葉が弾丸の如く飛んでくるだろう。それも、一発一発が致命傷の乱れ撃ち。

 

知らぬが仏、言わぬが花な絵面。しかし、どう考えても異様な光景として見てしまうテンだ。「え?」と言った以降から唖然としてその様子を見つめてしまうほどに。

 

 その光景とは、

 

 

「なに? ラムが手料理を振る舞うことがそんなに不思議? そんなアホ面で見られても困るのだけれど」

 

「不思議……ではあるけど。それよりもお前が仕事以外で調理器具の前に立つ姿が珍しいというか、なんというか」

 

「立つ機会が無いだけよ。それ以前にラムの手料理自体が希少価値のあるものだから、テンテンみたいな男に手軽に出して良いものではないの」

 

 

 ーーふかし芋如きでなに言ってやがる

 

 

とは口の中だけで言っておくとして、テンは「そうだよなぁ。ラムのだもんなぁ」と適当な返し。唖然とした態度を顔の内側に引っ込める彼は椅子の背もたれに深く腰掛けた。

 

予想外すぎる展開に追いつけぬまま早数分、そろそろ慣れてきた彼は小さく笑うような吐息。生まれて初めて振る舞われる女子からの手料理がまさかラムになるとは思わず、微妙な気持ちになった。

 

レムのはノーカンだ。あれは仕事上だけであって自分一人のためだけに振る舞われるものではない。当たり前だが、母親もノーカン。何事においても母親はノーカンなのだ。

 

そういうわけで、人生初めての女の子の手料理を意図せずに振る舞われることになったわけだが。その相手がラムと。

 

 

 ーー友達の女の子に手料理を振る舞われる感覚ってこんな感じなのかな

 

 

変なことを考えてしまうテンである。既にラムのことを異性としてではなく友達として見ている件については置いとくとして、様々な方向にくだらない思考を働かせてしまう。

 

というよりも、こうして調理台に立つラムの姿を見るのが新鮮すぎる。今の絵面は、普段ならばレムが担当する区域をラムが担当しているようなもの。

 

芋の皮剥きと銀食器しか磨かない彼女しか知らないテンにとっては、ラムが調理台に立ってる光景一つでいっそ関心すらしてくる。関心させてくる彼女もどうかと思うが。

 

少しばかり言い過ぎではないかと思わなくもない。が、普段の彼女を見ていればそう思うことが必然的で。

 

正直な話、必然的でもあってほしくなかったところはあるし。関心させないでほしかったところもある。

 

 

「一応、聞くけど。何を作るおつもりで」

 

「決まっているわ。ーーふかし芋よ」

 

「ですよね」

 

 

振り返るラムが渾身のドヤ顔を披露するのを正面にテンは肩を落とす。僅かでも別の可能性を期待していた自分が馬鹿だったとドヤ顔に悟らされた。そのドヤ顔がレムと重なって可愛いと思ってしまったのは内緒の話。

 

そのリアクションの直後、ラムの機嫌が傾く気配をテンは感覚的に感じ取る。長い付き合いで得た経験値が彼女の心境を無意識に察した。

 

恐らく、ラムにとってその反応は癪に障る反応だったのだろう。引き攣った笑みを浮かべるテンに彼女は手に携えた包丁を、まるで剣先を突き向けるように伸ばすと、

 

 

「何か不満でも?」

 

「ーーーー。ありません。作っていただけて感無量でございます」

 

「分かればよろしい」

 

 

どこかの閃光様にも引けを取らない包丁捌き。そのままソードスキルをぶっ放しそうな勢いのあるラムには否定一択のテン。向けられた包丁に紫色の輝きを幻視した彼に「不満がある」と主張する権利はない。

 

当の本人は満足げに頷いて作業に戻った。刃渡りの大凡が三十センチのそれを容赦なく向けた彼女だが、既に過去の出来事らしい。何事もなかったかのような態度だ。

 

否、彼女からすれば何事もなかったのだろうとテンは思う。これはあくまで戯れ合い、友人関係でしか成立しない彼女なりの友好的な接し方。要は、日常会話の一環のようなもの。

 

それにしては目が本気(マジ)だった気がしなくもないが、それもまたラムクオリティ。彼女なりの接し方なのだろうとテンは軽く受け流しておく。

 

 

「ーーーー」

 

「ーーーー」

 

 

一つの会話が終わると二人の間から言葉は消える。先程のやりとりが僅かに反響する中、次に続くやりとりが刻まれることはない。手料理を振る舞うべく作業するラムと、その後ろ姿を静かに見つめるテンという構図が再び完成した。

 

とても貴重な構図だ。真夜中の厨房でテンとラムが二人、それもラムが調理台に立っているというオプション付き。真夜中にラムが起きている時点でかなり衝撃的な上に、手料理を振る舞うと。

 

きっと、二度と見ることのない光景だとラムの背中を見ながらテンは思う。仕事以外では、というよりも普段から働くことを嫌がる彼女が自分の意思で家事全般をすることがなく。故に二度と見られない。

 

どうしてその行為に至ったのかは分からない。別に作る必要もない手料理——自分の手元には簡易的なサラダがあるのを知っていて作るのだから相応の理由があるのは分かるが、肝心な理由が分からない。

 

自分と同じく感情を表に出さない彼女の心境を読み取ることなどテンにはできず、読み取ろうとすれば「ジロジロ見ないで。気色悪い」と言われるのが結末。

 

結局のところ、考えるだけ無駄となる。それでも、特に見るもののないテンはラムの背中を眺め続けることに変わりはない。

 

 

「……なぁ、ラム」

 

 

ぼーっとしていたテン。彼は慣れた手つきで順調に準備を整えていくラムに言葉をかける。

 

体が振り向くことはないものの、「なに?」と言葉だけ振り返られればテンは「あのさ」と言葉を繋げ、

 

 

「俺が寝てる間のこと、教えてほしーー」

「それは後にして」

 

 

言葉を遮断するような切り返し。食い気味に言葉を割り込ませたラムにテンは口篭る。その発言自体が触れてはならないものに触れたような、途端に拒絶の色をラムは見せた。

 

察するに、色々とあったのだろう。先程も色々と話したいこともあると彼女は話していたし。そうでなくともあの悲劇の後日談となれば、何かしら問題が起こっていてもおかしくない。

 

踏み込んだことを聞いたかとテンは反省、「ごめんね」と真面目な声色で謝る。その中には聞かれたくないこともあったはずで、無神経な己を心の中で強く咎めた。

 

 

「別に謝ることじゃない。ただ、話したいことがありすぎるから落ち着いた状態で話したいだけ。作業片手間に話せることじゃないから」

 

「そんなにたくさんあるの?」

 

「ある。たくさん……沢山あるの」

 

 

そう言った瞬間、ラムの雰囲気が明らかな変化を見せる。低く、重く、沈んでいくような。彼女を取り巻く空気が悲哀にまみれ、彼女自身もそれ一色に染まっていく。

 

後ろ姿に哀愁が漂ったラムの声はどこか悲しげで。今、その脳裏には何が過っているのだろう。分からない。分からないけど、

 

 

「沢山、ね」

 

 

そんな儚い笑みで振り返られればテンは反射的に立ち上がることを止められなかった。体が勝手に動いたとでも美化しようか、ラムらしからぬ笑みを見せられて黙ってられるテンではない。

 

勢いよく立ち上がった反動で腰掛けていた椅子が音を立てて倒れ、ついでに右の脇腹が小さく疼いたが、けれど耐える。痛みを内側で押さえつける彼はこちらを見るラムを一直接に見つめた。

 

今のは嘘を言っているようには聞こえなかった。冗談や軽口で済ませるニュアンスではなく、心の声をそのまま言語化したように捉えられた。事実としてその笑みに偽りは感じられない。

 

物言わぬテンの口は、しかし「なんかあったの?」とでも言いたげ。敢えて言葉に発さずに態度で伝える彼は無言に対する返しを静かに待ち、

 

 

「……ふっ」

 

「え?」

 

 

予想とは大きく外れた返しに思わず間抜けな「え?」を溢した。哀愁の漂っていたはずの彼女に届けられたのは笑み。それも、ただ純粋に笑ったような好感の持てる笑み。

 

途端、纏っていた雰囲気がいつも通りに戻ったラム。取り巻いていた空気が四散していくように、悲哀色もまた滴り落ち、数瞬もすればいつものラムが帰ってきた。

 

そんな彼女にテンは腑抜け面を引っ込められずにいた。意図して浮かべたはずではないと思いたいが、そう思ってしまう程に切り替えの早い彼女には状況の把握が追いつかない。

 

何がどうなってそうなった。相変わらずラムの行動は先読みが困難で、考えていることが分かりにくい彼女には困らされることが多い。

 

ただ一つ。分かることがあるとすれば、

 

 

「そーゆーの見せられると、色々と心配しちゃうよ。何があったのかは知らないけど、あの出来事があっての今だしさ。……あんまり抱え込みすぎないでよね」

 

 

倒した椅子を立てながらテンは低い声で投げかける。深く吐息する彼は喉に詰まった息をゆっくり吐き出し、椅子に座り直した彼は少しばかりの疲労感を纏いながら机に突っ伏す。

 

その体勢で「心臓に悪ぃよ」と。心労したような風に口から溢せば、テンに背を向けるラムは更なる微笑を溢さぬように片手を口元に当てた。そうしなければ多分、緩んでしまう。

 

 

 ーーアイツは、お前が辛そうな面の一つでも見せたら、すぐに飛びつく。

 

 ーーラムが儚い笑みを浮かべただけで、あの男は身を投げ捨てでも死力を尽くしてくれるでしょうね。

 

 

決して試したわけではない。今更、テンにそのような行為などしなくとも彼が単純な男で、優しいことなど知っている。

 

ただ、あんな笑みを浮かべてしまいたくなるのは事実だ。ハヤトに色々と言われてから数時間、心境の変化が訪れているのは確実で、嫌になる葛藤が終わろうとしているのだから。

 

その中で言葉にできない感情が心の中を渦巻き、どうしようもなく発散したくなる。言葉では上手く表現できないから態度で。

 

今のは、その発散ついでに向けただけ。単にどうしようもない感情の捨て場所になってもらっただけの話。

 

それでも、ソラノ・テンという男はラムが期待した通りの反応を見せてくれた。僅かな乱れを即座に拾い、瞬間で飛びつく。ハヤトが語ったままの光景だった。

 

心底、単純な男だと思う。同時に、とても頼りになる男だと思う。ついでに、女の子に対しては弱すぎる男だとも思う。

 

それに救われていると思うと、毎度のことながらに無性に腹が立ってくるのはどうしてか。

 

 

「揶揄われた、とは思わないの?」

 

「思わないわけじゃないけど。そうであってもなかったとしても関係ないよ。俺にとっては、ラムが()()()を見せたっつー事実が大事なんだ」

 

 

「揶揄いで済むなら好きなだけ揶揄えばいいんだけどさ」と一言添え、テンは言葉を閉じる。手持ち無沙汰なのを誤魔化す彼は人差し指で机の木目をなぞりながら、

 

 

「俺が単純な奴だって知ってんだろ? ラムのその顔はずるすぎるんだよ。ったく、王都の時といい、森の中といい、今回といい。ラムは基本的にずるいんだ」

 

「女ってのは基本的にずるいものなのよ。まぁ、ラムのずるさは一級品だから、テンテンが悩殺されてしまうのは無理もない。安心してそのまま単純な男のままでいなさい。なに、悪いようにはしないわ」

 

 

既にラムの中で自分の捉え方が扱いやすい下僕として確立していることが発覚。前々から彼女の『ずるいなぁ』ポイントには頭を悩まされてきたテンだが、アレら全てが策略(魔性)だとすると彼女の性格の悪さが知れる。

 

ここまではっきり言われると、清々しさすら感じてくるテン。普段は傲岸不遜で毒舌な彼女がごく稀に見せる美しい笑み——アレだけには一生勝てない気がする彼は「ははは」と抑揚の欠片もない笑声で笑い、

 

 

「女の子にいいように利用される男とか、もう俺の立場完全に崩れてんじゃん。これでもエミリア陣営の騎士となる人なんですけど。ほら、なら少しは敬いがあってよくない?」

 

「騎士として必要不可欠なものの殆どが欠けておきながら、どの口が言うんだか。教養、歴史、人格その他諸々、欠けすぎて目も当てられないテンテンを敬うなら死んだ方がマシね」

 

「あーそーですかよ」

 

 

ほんの少しだけ思ったことをポロッと溢しただけでこの始末。言葉でも負かせる気がしないテンがついに投げやりになった。声色にも投げやり感のある彼は言い合い(戯れ合い)すらも投げ出し、暑さで溶けたかのように机に突っ伏す。

 

これ以上ラムと話していると、何を言われるか分かったものではない。ただでさえ一のことに対して百で返してくる彼女だ、変に言葉で対抗しようとすると容赦なく弾丸(毒舌)が飛んでくる。

 

ああ言えばこう言うとはよく言ったものだと思うが、ラムが正にそれ。負けず嫌いな性格の彼女が言い合いにおいて手を引くことなどあり得ないのだ。

 

だから、テンはこれ以上の被弾を避けるべく口を閉じる。もう既にフルボッコにされた、今までの分を含めると死体蹴りされたような気分の彼は突っ伏しのまま軽く瞼を閉じる。

 

 ただ、一つだけ、

 

 

「尤も、志と実力だけは認めてあげなくもないわ」

 

「そお? ありがと」

 

 

そんな会話が最後にあったことを、鼓膜に軽く刻み込みながら。

 

 

 

 






本題に入る前に一話分を使うという。これだからこの小説はいつまで経っても終わらないんですよ。はい。

前回の後書きに『レムとテンが絡むのは次次回あたりになるかなぁ』とか書いたバカの顔面をぶん殴ってやりたいです。



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