親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

12 / 171


仕事の描写だけを長々と書いていては先が果てしないので、少し時間を飛ばします。





時は流れてーー

 

 

 

 早朝、陽日の五時。

 

 

音もなく、テンは目を開けた。一番に入ってくるのは瞼を焼き尽くさんばかりに窓から差し始めた朝日の光。

 

それによって深く沈んでいた意識はじわじわと引き上げられていき、最終的にはその照り付けにより彼は無理やり意識を覚醒させられる。

 

太陽の光で目覚めるとは簡単に思いついた事を気軽に提案しただけだが、予想外にもこの部屋は朝日をダイレクトに受け入れるようで。日が差し込むのは寝台の枕元から。寝相にもよるが一番初めにテンの顔面が太陽の光を受けることになる。

 

 

「ふぁ、眠い」

 

 

布団を迫りくる眠気と一緒に蹴飛ばし、睡魔という睡魔を振り払う。それでもまだ眠気が取れないと言うのなら洗面台にて水責め。

 

溜まった冷水の中に顔を突っ込み、今度こそ眠気を吹き飛ばす。それから身支度。部屋着から制服に着替える。

 

こうして朝早くから起きるのは、前からも心掛けていた事だからそこまで苦ではないが。寝付くのが冥日の一時以降。朝日が昇るのは冥日の五時と、最長で四時間しか眠れないのは中々にキツい。

 

やろうと思えば、一時間寝ればその日は活動できるショートスリーパーをテンは可能とするが。その次の日に反動が必ずやってくる。昼を過ぎた辺りから不意に意識が沈んでいくのだ。だから睡眠時間はなるべく確保したいところ。

 

 

「よし、準備完了」

 

 

用意された寝巻きから制服に着替えたテンが鏡の前で身なりを確認。寝癖を軽く整えたら完全に朝の支度は完了となる。

 

そうしたら次は、布団を畳んで寝台の中央に見栄えが良くなるように整えて置いておく。それが済んだら部屋の澱んだ空気を入れ替えるために窓を全部開けて、ついでに部屋の扉も開ける。

 

こうすると、気持ちの良い風が肌を撫でるように外から部屋を通って廊下へと流れていき、寝起きの体には心地の良いものだ。

 

そんな、早朝に起きた者の特権を窓から顔を出しながら感じていたテン。彼は背後に生じた気配に振り返り。

 

 

 

「おはようございます、テン君」

 

「おはよ、レム」

 

 

 

朝一番に顔を覗かせてくれる、笑顔を咲かせた少女に、朝一番のおはようを言った。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 ーーテンとハヤトが屋敷に来てから実に一週間が経った。

 

 

 

初日以降、鍛錬よりも仕事に慣れることに専念した二人は今までにないくらいに努力した。

 

身体が筋肉痛に苛まれようとも、迫る眠気に負けて指をサクッと切ろうとも、風呂場で滑って冷水の中に全身ダイブしようとも、十キロもある荷物を持って一階から三階まで階段を五往復させられようとも。屋敷の清掃で屋敷中を走り回ることになろうとも。

 

とにかく、仕事に慣れるためならどんなことでも直向きに取り組んできた。

 

その日に受けた仕事の内容を自分なりにノートに参考程度に書き記しているテンは、料理以外の大凡の仕事内容は把握している所まで仕事は経験し。

 

ハヤトも書き記してなくてもテンに習って重要な点だけはメモとして書き残していたり。分からなかったらそれに頼るなどして自分なりに覚えていた。

 

その結果として、努力は無事に実を結んだ。

 

二人が共通して一人でできるようになったのは、屋敷内の清掃。庭園と中庭の剪定。野菜の皮剥き。衣類の洗濯、干し。銀食器磨き。以上だ。剪定に関しては簡単なものだけしかできないが初心者にしては十分だとレムからお言葉を頂いた。

 

それ以外に、二人別々にできるようになったことも中にはある。

 

ハヤトに関しては掃除関連で屋敷の床掃除。モップを持って「うおぉぉ!」と屋敷内を走り回る彼の声が毎日聞こえるのはロズワール邸のちょっとした名物。

 

それで綺麗になってるのがまた凄いところ。レムもレムでその気合いが何処から出てくるのかと本気で不思議がっていた。彼のお陰で掃除がだいぶ捗っていて助かるのだとか。

 

テンに関しては野菜のカット。反復作業を得意とする彼曰く「ナイフを下ろしてるだけ」なのだが、ハヤトから見ても慣れた手つきで野菜を器用に回しながら均等にカットする手捌きはこの一週間で何があったのかと聞きたくなったほど。

 

まだ完璧ではないが、この一週間で大体のことは熟せるようになった二人。最近は、二人が怪しい作業をラムが担当し、レムがその補強と残りの分を担当するという形が出来上がりつつあった。

 

そのお陰で、少しずつ。本当に少しずつだが暇な時間ができ始めてきた二人。十五分程度しかない時間だが、それがこの一週間の成果だった。

 

 

「ほんと、よく頑張った。俺も、ハヤトも」

 

「はい。テン君もハヤト君も。この一週間は本当にお疲れ様です。お仕事に慣れるために身を粉にして働く姿はとても素敵でしたよ」

 

「レムに言われると、すごい実感ある」

 

 

朝方、まだ誰も起きてない時間帯に二人は洗濯籠を持って庭園の物干し竿の設置された場所へと向かう。それから二人揃って昨日の夜に洗濯物として出された衣類の洗濯を開始。

 

この世界には洗濯機なんて物は存在しないから、籠の中のものを一つ一つ手作業で。これをして自分たちがどれだけ現代の力に頼っていたのかがよく分かった。

 

あの時は洗濯機の中に全部ぶち込み、洗剤を入れてスイッチを押すだけで濯ぎから脱水まで全部してくれるのに。この世界ではそれを手作業でしなければならない。

 

洗剤らしき物が混ざった水の中で揉み洗い、偶に洗濯機みたいにグルグル回してみたり。汚れを押し出すために押し洗いにやり方を変えたり。屋敷全員分の衣服を洗濯するのだから量も相当なものになる。

 

そこで、今の状況がある。

 

朝、太陽の光で強制的に目覚めさせられるテンが時間を有効活用できないかと考えて始めた早朝の洗濯。本来ならば、朝食の後にやる作業なのだがそれを今持ってきて、空いた分に他の仕事を入れたり休憩時間に使ったりしていた。

 

時間もハヤトを起こすまでの約一時間と、割と長い時間作業に費やせるから。焦らなくても終わる。そもそも衣類は多いが汚れがそこまでない。

 

泥んこまみれになるわけでも、汗を大量にかくわけでもないから衣類は比較的綺麗なまま。ハヤトを除いて、だが。彼は屋敷全体をモップ片手に走り回ってるから仕方ないのだ。

 

話が逸れたが、要は一時間でも余裕で洗濯は終わるということ。

 

 

「別に、レムはやらなくてもいいんだよ? 俺がやりたくてやってる事だから」

 

 

そして、そこにレムの力が加われば時間はさらに短縮される。

 

元々はテンが一人で始めたことなのだが、テンよりも早起きのレムが自分も手伝うと言ってこの時間に合わせるように、衣類の洗濯にやってくる。

 

テンが今のような言葉を掛けて、それに対するレムが毎回同じ反応をするのがちょっとした恒例でもあった。

 

 

「大丈夫です。レムもやりたくてやっている事なので、お気になさらず」

 

 

隣り合わせで籠の中に入った洗濯物を洗うテンとレム。その問いかけに対する答えと一緒に確かな笑みが返ってくるものだから、その度に心を揺さぶられるテン。

 

レムが教育係としてテンについてからというものの、ラムがハヤトに付きっきりなのと同じように、指導対象であるテンに一から十まで教えてくれる彼女は比較的テンと一緒にいることが多い。

 

現在では仕事に慣れてきたから、レムが離れていることも少しずつ増えてきたが。それでも一緒に過ごす時間は長い。

 

他にはイ文字を習得するための勉強の時間にレムが紅茶の試作品を持ってくること。勉強を見るのはそのついでだとか言っているが、紅茶を理由にずっと隣に座られるのはテンとしても精神的にキツいところだった。

 

それがこの一週間毎日続けば、自然と打ち解けてくるもので。テンの女性耐性が上昇しつつあることに加え、同僚関係としては自然な会話が弾けるくらいには仲が深まっていた。

 

ハヤトもハヤトで夜勉強をしていると偶に、「おいこら、寝てんじゃねぇ!」と静かな屋敷に彼の声が響いた次に「騒がしくしないで!」とラムの声が聞こえてきたり。二人は二人で友達関係を築けているような雰囲気だった。

 

あそこまで遠慮なく言葉を言えるのだから、仲良くないわけがないだろう。

 

 

「そういえばテン君。昨晩、試験をしたところイ文字の大凡は覚えていた様子でしたが。大丈夫そうですか?」

 

「大体は覚えたかなぁ。怪しい部分は何箇所かあるけど勉強する程ではなくなった」

 

 

一週間の成果を振り返っているテン。レムにそんな事を聞かれた彼は空を仰ぎながら返した。

 

昨晩、一週間の勉強の成果をテストするべくイ文字の書き取り試験をレムに実施してもらったが。所々詰まりながらも、結果としては全問正解と努力の証が発揮された。覚えたのはテストの一日前と結構危なかったが覚えれたのだから関係なし。

 

正直な話、この世界の文字に目が慣れてきてからは覚えるのが早かった。目に全く慣れてない時は見るのですら大変だったのに、毎晩嫌と言うほど見たせいか目が自然とそれを受け入れていた。

 

 

「だから、今日からは夜は勉強の時間を寝る直前にまで削って。それ以外の時間はやっと鍛錬に使うことができる。ロ文字とハ文字の優先度は今は低いって話だしさ」

 

「……はい、そうですね。お疲れ様でした」

 

 

初日の風呂場でハヤトに言ったこと。初日から一週間の間でイ文字を覚え、屋敷の仕事に慣れる。それがおおよそ達成できて小さくガッツポーズするテンは笑みを浮かべる。

 

レムもレムで。教育者として生徒の成長が目に見えてくるものだから満足そうな表情。

 

ただ、その満足そうな表情の裏に少し不満そうな表情を浮かべているが、空を仰ぐテンがそれに気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

時間は進んで、テンはハヤトを起こしに彼が寝ている部屋へと足を踏み入れていた。因みに、レムはラムを起こすために彼女の部屋へと。

 

一番初めにテンの目に入ってきたのは、はだけた掛け布団の中で寝息を立てているハヤト。豪快に口を開けて大の字に寝ている様子から見るに、このまま起こさなかったら昼過ぎまで余裕で寝坊する気配だ。

 

夜型のハヤトは一週間たった今でも早朝に起きるのは難しいようで。夜寝る時間が遅いのならば尚更、彼の眠りは深いものになっていく。

 

だから、テンはそうならないように太陽の光が一番に差す部屋を自室に選び、毎朝陽光に叩き起こされているのだが。呑気に寝ている彼はそんな彼の苦労など知る由もない。

 

 

「おい、ハヤト。起きろ、朝だよ」

 

 

閉められたカーテンを思いっきり開けて、太陽の光を部屋の中に招くと見事にハヤトの顔面に熱い光が降り注ぐ。

 

そうするといつも寝返りをうってそれから逃げようとするから、その前に掛け布団を思いっきり剥ぎ取り、畳み掛けるように窓と扉を開き風通しをよくする。

 

冷たい風の流れが部屋の中にでき、布団を剥がされたことでそれを直で肌に感じたハヤトが喉から溢すような唸り声を発した。

 

 

「…………おはよう、テン」

「おはようございます、ハヤト」

 

 

眠たげに身体を起こすハヤトを横目に、タンスの中から慣れた手つきで制服を取り出すテンが彼の肩を大きく揺らした。眠気を覚ますにはこうするのが一番いい。

 

「あうあうあうあう」と顔面をグラグラ揺さぶられるハヤトはそれらの連携攻撃を受けてようやく目を覚ました。因みに、これをしても目を覚さない場合は顔面に冷水をぶっかける強行手段もある。

 

立ち上がり、大きく身体を伸ばすハヤトは眠たそうにあくびをすると、

 

 

「毎日悪いな、助かるぜ」

 

「気にすんなー。でも、俺が来ない時はラムが起しに来るから覚悟しといてね」

 

「頼むから、毎日起こしてくれ」

 

 

ラムが起しにきた暁にはどんなひどい起こされ方をされるか、分かったもんじゃないと顔面を青くするハヤトを鼻で笑うテン。

 

今のところその心配はないと思うが、万が一テンが寝坊してハヤトも寝坊ーーなんてことがあればラムのドロップキック真上verが彼の土手っ腹に早朝から炸裂することか。

 

身体が頑丈なハヤトは並の揺さぶりでは起きないから、テンはあのような連携攻撃を仕掛けているから優しいものの。ラムの場合はそんな回りくどいやり方はしないで力で解決、なんて恐ろしい話だ。

 

 

「テン。お前は寝坊しないと信じてるぞ」

 

「その前に自分で起きる努力をしろ」

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「では、食事にしよう。ーー木よ、風よ、星よ、母なる大地よ」

 

 

時刻は進んで陽日の八時に差し掛かった頃、朝食の時間。食堂にて食事を開始するエミリア達を横目に使用人であるハヤト達は椅子には座らずにロズワールの背後に備えていた。

 

基本的に使用人は朝食の時間には合わせないらしく、自分達の分は厨房に用意しておいて、この後に各々が取ると言った形だ。

 

 

「ふぁ……」

 

「気の緩みは心の緩みよ、脳筋。ロズワール様の前で一瞬たりとも気を緩めることはラムが許さないわ」

 

「あくび一つでそこまで言うかよ。仕方ねぇだろ、生理現象なんだから」

 

 

ラムの隣で眠たそうにあくびしたハヤトに対するラムの反応は相変わらず。いつも通りの毒舌は毎日のように彼に投げかけられ続けていた。

 

それからは特に話すこともなく静かな空間で朝食が進んでいく、はずなのだが。今日に限ってはそこにベアトリスがいるため、ハヤトが絡みに行った。基本的に顔の出すことのない彼女が何故、今いるのかが不思議に思われる。

 

尤も、ハヤトにはそんなもの関係ない。いるのならば絡みにいく、めちゃくちゃに絡む。

 

 

「よぉ、ベアトリス。お前、今日はちゃんと食堂に来てくれたんだな。俺は嬉しいぜ。なんせ屋敷の中をお前を探すために走り回らなくて済むからな」

 

「うるさい奴が来たかしら。いま、ベティーはお前なんかと話す気分じゃないのよ」

 

「そう言うなって。それに、毎日お前の部屋に朝食運んでやってるのは、どこの誰だと思ってんだ? 少しは感謝の気持ちを持ちなさい。毎日禁書庫にひきこもりやがって。日の光を浴びろ、こら」

 

「その、ひきこもりがなんなのかは分からないけど。ベティーのことを馬鹿にしてるのは分かったのよ」

 

 

笑顔を浮かべながらベアトリスに近づいていったハヤトはそのまま流れるように隣に座る。途端にイヤな顔をしていたベアトリスだが、「退け」と言わないあたりそういうことなのだろう。

 

周知のことなのだが。ハヤトはこの一週間のうちに彼女とも仲を深めつつあったようで。何の遠慮もなしに彼はベアトリスがいる禁書庫へと足を踏み入れ、彼女と会話をするのだとか。

 

 ーーよぉ、ベアトリス。仕事が終わって暇になったから遊びにきたぞ。

 

その言葉一つで馴れ馴れしさの塊の彼は、踏み入れることすら難しい領域に楽しそうに入るのだ。その態度は壁を作るベアトリスとは反対になんの壁も作らないもので。

 

ただ、ベアトリスと話したい。その理由だけで自分の領域に図々しく入り込んでくるハヤトの心情は到底ベアトリスには理解できるものではない。しかし一週間連続で、しかも一日に複数回訪れるのだから彼女も仕方なく受け入れていた。

 

 仕方なく。ーー仕方なくだ。

 

 

「ちゃんと全部食べろよ、ベアトリス。お前みたいな背の低い奴は栄養分取らないと背が伸びなくなるぞ? あと、風呂上がりにミルクも飲め。小魚を食べてカルシウムを取れ。骨が強くなるぞ」

 

「余計なお世話かしら! 勝手に座ってきたかと思えばよく分からないことを永遠と話して、お前はベティーのなんなのよ!」

 

「んーー。兄貴?」

「ぶっとばされたいのかしら!?」

 

 

プンスカ怒るベアトリスと、その反応の良さに笑うハヤト。普段からこのようなやりとりが交わされているのだろう、何かと相性の悪くて良い二人は今日も健在のようだった。

 

そんな中、何かに気づいたテンが徐に内ポケットから櫛を飛び出すと「エミリアぁ?」と一声かけ、

 

 

「寝癖ついてんぞー。眠かったのかな?」

 

「えっ、うそ。自分でやった時は全然大丈夫だったのに」

 

「隠れたのがいたのか」

 

 

言いながら彼女の後ろへと移動するテンが、慣れた手つきで寝癖を梳かす。有無も言わさずに髪を梳かす彼に食事の手を止めるエミリアはそれを黙って受けた。

 

実を言うと、これは二回目だったりするテンである。

 

二日前、エミリアの部屋をたまたま通りかかったテンが「ちょっと手が離せなくて、お願いっ!」と彼女にそれを命じられたことがあった。普段はレムかラムにしてもらっているそうだが、あの時は二人とも手が離せなかったらしく。

 

なんてことか、と動揺するテンを他所に「今日だけお願いっ!」と頼み込んでくるものだからテンもそれを引き受けた。

 

故郷にいたときも、極偶に化粧をしている姉の後ろでその髪を梳かしていた経験のあるテン。もちろん「やれ」と言われて強制的にやらされた時給は0円のバイト。弟というのは姉に虐げられる運命なのだ。

 

その時の経験を活かして、引き受けて彼女の長い後ろ髪を寝癖と共に梳かし始めたまでは良かった。問題はその途中。

 

 その時に、ちょっとした騒動が。

 

 

「パック。お前さんが居ながらどうしてエミリアに寝癖があるの。ちゃんと見てやらないと」

 

「自慢の愛娘の愛らしい姿を見ていたら、あれよあれよという間にこんな時間に」

 

「娘の寝癖に見惚れる親バカが何処にいるか」

 

 

えへへー、と頭に手を当てながら彼女の後ろ髪から出てきたのは灰色に白の斑点模様のある手の平サイズの猫。もちろんの如くエミリアの家族である大精霊パック。

 

彼と初めて出会ったのは先ほどの髪梳かし事件の時だったりする。その時に「君が僕の娘を口説いたニンゲンだっけ?」と割と本気で殺されかけたのは恐らく一生忘れられないトラウマだ。

 

一体何をどう曲解すればそんな捻じ曲がった答えが出てくるのか。エミリアが止めてくれなければ今ごろ彼女の部屋に氷の彫刻が飾ってあっただろう。

 

 

「つか、何で俺がエミリアの髪梳かしてんだよ。こーゆーのってレムとかラムの女性が引き受けるお仕事でしょ。それを俺がやるって」

 

「テンが言ったんじゃない。確かに前のは悪かったと思ってるけど。今は、テンからでしょう」

 

 

上から優しく寝癖を抑えるテンが、しばらくそこに手を添えた。絡まった場所は解したからあとは髪の癖が勝手に直してくれるのをこうして待つ。

 

女性の髪に手を添えるなんて行動、少し前のテンだったら心臓が弾けていかもしれない。けれど、レムとの勉強が精神を屈強なものにしてくれたおかげでその心配もなく。

 

異性耐性はレムのお陰で、本人としては無意識だろうが鍛え抜かれていた。それでもまだ、落ち着かない心は存在しているけれど。

 

 

「うすぼんやり心が読めるから分かるけど、テンはこの一週間、本当にすごく大変だったんだね」

 

「分かる? 分かっちゃう? 男の子として色々な葛藤が俺の中に数多に生まれたことが。流石パック。つか、頬やめろ。絶妙に痒い」

 

 

テンの周りをふわふわ浮遊するパックが彼の頬をぐりぐりしながらそう言うものだから、テンも自分の中の葛藤を見抜かれたことよりも頬の痒みに意識が持っていかれる。

 

何故、パックに頬をぐりぐりされてるのかは知らないけど。少なくとも悪意のぐりぐりではないことは何となく分かるテンは彼の猫パンチを止めることもしない。

 

 

「……よし。整った」

 

「ありがとう、テン」

 

 

寝癖のあった場所から手を離し、「うん」と頷くテンはエミリアからのお礼に手を上げて反応を返した。

 

こうしたやりとりが自然とできるくらいにエミリアとの距離を詰めていたテンに、ベアトリスを弄りながら少し驚いた様子のハヤト。思い返せば、彼は初日から今のように話せていたような気がしなくもない。

 

どうしてだろうか、などと不思議に思わなくもないが。差し詰め、自分とベアトリスのように何かしらあの朝にあったのだろうと自己完結。「やめるかしらーー!」とわちゃわちゃしているベアトリスの頭を撫でくり回すのだった。

 

 

 その後、彼がベアトリスによって吹き飛んだのは語るまでもない。

 

 

 

 






このお話は一週間の間にあった出来事をまとめたようなものなので、二人が屋敷の中に溶け込みつつあるということが伝われば私としては満足です。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。