親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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現実世界の愛しい君へ

 

 

 

 

それは、死期を悟った人間が最期の最後に伝えたような儚さがあった。もう死んでしまう人の、最後の力を振り絞って溢れたような美しさがあった。

 

もう二度と伝えられない、伝えることができない。そんな意味合いを深く刻んだ告白だった。

 

 

「な、ん……で?」

 

 

 予想外。

 

予期していなかった愛の告白に、テンは動揺を隠すことができなかった。眼前、吐かれる熱っぽい吐息が口元にかかってしまう距離で告げられた、世界で一番優しい言葉に、再び頭の中が白く塗りつぶされる。

 

決して心構えをしていなかったわけではない。いずれは伝えて、伝えられると確信していたことだ。言われる覚悟は整えてきたし、言う覚悟も整えてきたはずだ。

 

なら、どうしてだろう。どうして自分はこんなにも切ない。どうして鼓動が信じ難いほどに静かで、どうして勝手に溢れる涙が布団に何滴も落ちる。どちらの涙かも分からないのに、どうして二人一緒の涙だと思う。

 

 ——それはきっと、それが自分の望んだ告白の形ではなかったからだ。

 

 

「なんで……? なんでいま……いや、そうじゃなくて、えっと……だから……ちがう……その……」

 

 

頭の中がぐちゃぐちゃで、様々な喜怒哀楽が告白を受けたテンの心になだれ込むと、彼は言葉を作ろうと必死になった。作っては壊し、作っては壊し、チグハグな言葉を文章として生み出そうとする。

 

何を告げるべきか、その優先順位を。何を告げないべきか、その取捨選択を。無駄な言葉を全て取り除いた文章を積み木のように重ねては、これではないと崩す。

 

そんな彼の額にレムの額が当てられたのは数秒後の出来事だった。

 

 

「愛しています、テンくん。世界で一番、誰よりもあなたのことを……愛しています」

 

「ーーーー」

 

 

 コツン、と。

 

レムは止められない愛を重ねながら自分の額を彼の額に合わせる。こうすると、もう二度とこの言葉は言えないんだなと深く思えてしまって、涙が一生止まらなくなった。

 

自分の中で何か、言葉を作り出すテンは額に当たる硬い感触に微動だにしていない。否、やっと形成できた言葉を言うために心を整えているのだ。告白の余波を飲み込み、抑え込んでいる。

 

 そうして、紡がれた。

 

 

「話を逸らさないでよ。これは夢じゃない、って何度言ったら分かってくれるのさ。つか、それを言うのは絶対に今じゃない。全部が終わって、色々と落ち着いたらちゃんとした形でーー」

 

「今、言っておかないとダメなんです。今でないと、もう二度とテンくんに言えないんです」

 

「ーーーー」

 

 

話を戻そう静かに躍起になるテンの想いはまだ伝わっていない。レムの声が彼のそれを滑らかに妨げると、決心するように「うん」と小さく頷いて彼女は動き出す。

 

彼の首に両腕を回しながら肩に顎を乗せ、耳元に唇を近づけると囁くように、

 

 

「だって、夢から覚めたレムにテンくんのことを愛する資格なんて、ないんですから。愛してるなんて言葉、言っていいはずがないんです。これ以上、レムは罪を重ねたくありませんから」

 

 

レムの胸の内。秘めてきた想いの一つ一つ。その一言一句が今、テンの心に刻み込まれていく。彼女の痛み(悲鳴)が奥深くに強く響き渡っていく。

 

一生の傷跡となるそれがレムの唇から柔らかに流れ出るのを止めようとする挙動は、テンには見られなかった。呆然とする頭でも聞くべきだと理解できた彼は、沸々と湧き上がる灼熱の感情を密かに察している。

 

 

「愛していいはずがない。レムは、テンくんを傷つけたんですから。想いを寄せる人を傷つけた罪深き人間に、その人を愛する資格はありません。そんなこと、もう分かっています」

 

 

愛してると言っても、愛する資格がないから愛せないと言い。分かっていても、けど愛していると言う。震える唇から繋がれる言葉たちが、レムの矛盾(葛藤)を激しく語っていた。

 

テンの損失が呼び寄せた、レムにとって人生で最大の罪と並ぶ罪。二つの十字架を背負う彼女はもう、限界をとうに超えていた。

 

悩んでも悩んでも、どうしたらいいか分からなくて。自分の言っていることのどれが自分の本心なのかも分からなくて。いつの間にか、自分の心すらも分からなくなった。

 

まるで、レムが『レム』という存在を見失っているかのように。自分の中にあった自分らしさが、気がついたときには既に手元から離れていた。

 

でも、それでも、その想いだけは揺るぎはしなかった。ソラノ・テンを愛する気持ち——それだけは鮮明だった。嘘偽りのない純粋な想い、それ一つは穢れなかった。

 

例え自分を見失っていても、彼のことを愛する気持ちだけは曲げることなんてできない。

 

 

「だからレムは、レムの世界のテンくんに伝えちゃいました。せめて、夢世界の愛しいあなたにくらい伝えたくて。……本当に、レムは救いようのない女ですよね。罪だと知っていても、犯してしまうんですから」

 

 

耳元でレムが笑う気配。薄く漏れた音は明らかに己に向けられたもの。自分で言って己の救えなさを再認識した彼女が嘲笑った。今更どうにかなるものでもないのに、それを語る自分が馬鹿馬鹿しい。

 

そうだ。ああ、そうだ。本当に馬鹿馬鹿しい。でも、本当の彼に聞かれていないだけマシだと思おう。だってこの彼は自分の思い通りにしか動かない人形だから。

 

ここは自分の欲望が創り出した世界。自分にとっての不都合が全て取り除かれた、言うなれば楽園のようなもの。何を言おうが現実には関係ない。

 

 何を、言おうが。

 

 

「こんなレムなんて、テンくんに嫌われてしまえばいいんです。レムは、あの人を愛することなんてしちゃいけないから、いっそ忘れられてしまえばーー」

 

「言うなーーッ!」

 

 

 忘れられてしまえばいい。

 

心が闇に閉ざされ、半ば自暴自棄になったレムの心にもない発言が飛び出す寸前、テンの咆哮がそれを蹴散らした。喉の回復が済んだと同時に叩きつけられた怒号、今度はちゃんと声の形として成り立たせることができた。

 

何度聞いても全く慣れないテンの吠えた声がレムの心を突き抜けると、本人の狙い通り彼女の声は止まる。全身をピクリと跳ねさせ、ピタリと動きを止め、それから不思議がりながら、

 

 

「どうして……ですか? だって、今のテンくんはレムの世界のテンくんであって、レムが何を言っても現実のテンくんには関係なんてないからーー」

 

「だから、それが間違ってる、ってさっきからずっと! 何回も! 何十回も! 言ってんだろうが! 大前提から間違ってんの! なんで分かってくれないかなぁ……!」

 

 

強めに舌打ちし、「ほんと、レムって自己完結しがちだよね」と苛立ち気味にテンは吐き捨てる。

 

いつまで経っても自分の世界から帰ってこようとしない彼女のことを見ていると、まるで以前の自分を見ているようで腹が立った。

 

『こうだ』と決めたことだけに縛られて、自分の中だけで完成した世界に閉じこもって、身勝手な理由一つでどこまでも沈んで、素直になることができなくて。

 

あぁ、正しく少し前の自分そのものではないか。

 

ここにきて初めて——レムと出会ってから初めて彼女に対して苛立ちの感情を宿すテンは、くっつくレムの両肩を掴んで自分の体からグイッと引き剥がすと彼女を正面に捉え、

 

 

「レム。今の俺が、レムは本当に夢だと思うの? 夢だと思いたいの? 夢だと思い込みたいの?」

 

「思い込むもなにも……、夢なんですよ。レムだけの世界に住むテンくんにしてはおかしなことを言いますね」

 

「それが、目の前にいる『テンくん』が、自分の欲望が創り出した人じゃないことを裏付けてるとは思わないわけ?」

 

「ーーーー」

 

 

言った瞬間、レムの世界が凍りついたように静まり返った。直球で投げかけられた言葉に、世界の支配者の時が止められると、世界もまた時が止まる。

 

その一言はレムにとって、それなりの衝撃を齎したものだったのだろう。何かを言いかけたレムの吸息音が浅くテンの鼓膜に届くと、以降、彼女は口を閉じた。

 

その中で、しかしテンだけは動いていた。現実世界と夢世界の狭間を往来する彼だけは、動くことを可能としていた。

 

 

「仮にここが、レムにとっての不都合が全て無くなった世界……夢の世界だとして。じゃあ、なんで俺はレムにこんなこと言ってんの? 今が夢であること、なんで俺はそれを否定してんの?」

 

「ーーーー」

 

「これが夢であることを肯定するレムにとって、それは不都合なんだろ? もし、俺がレムの欲望だけで形成された操り人形なら、レムに不利益を齎す真似なんかしないはずだ」

 

 

「だって()()()は、レムの操り人形。レムの思うがままに動く、夢に飼われた奴隷なんだから」と。言葉を畳み掛けるテンはレムの世界に生まれた矛盾を的確に射抜く。

 

自分の世界に閉じこもり、現実を夢だと信じて疑わぬ程に——表現としては最低だが、狂気の沙汰にすら匹敵してしまいかねない、衰弱しきった今の彼女を光に連れ出したくて。

 

 

「ーーーー」

 

 

レムの反応は無かった。その様は、反応に困るというよりも言葉の処理が追いついていないように見える。

 

しかし。自分と同じく頭の中が真っ白になっているのか定かではないものの、少なくとも震えているのは掴んだ肩を通じて伝わってきた。声にならない声が僅かに開いた唇から漏れているのは、聞こえた。

 

それを感じたテンは思考を高速で回転させる。自分のやれることを全て尽くして、目の前にいる男が本物であると伝えるために。

 

どうすればいい。どうすればレムを夢の世界から連れ出せる。何をすれば自分が夢の自分でないと証明することができる。夢の自分では説明がつかないことは何かないか。

 

「そうではない」と。そう言うための決定打となる何かが————、

 

 

 ーーこんなレムなんて、テンくんに嫌われてしまえばいいんです。

 

 

ふと、数秒前に自暴自棄気味に吐き捨てたレムの言葉が脳裏に過る。途端、本心であってほしくない一言がごちゃごちゃしていた考えを一まとめにしていく快音が鼓膜の内側で響いた。

 

バラバラになっていたパズルが記憶をピースとして完成していくように、自分の中で一つの答えが完成していく。それほどまでに、その言葉はテンにとって答えを見つけ出すヒントとなった。

 

激しく音を立てながら記憶の引き出しから飛び出るレムと出会ってから今までの記憶。彼女と過ごした中で数多と見落としてきた自分の許し難い罪。

 

きっと、答えはそれ。それこそが、この世界が夢ではないことを証明できる方法。テンという男が、夢の世界に飼われた奴隷でないことを裏付ける事実。

 

 ——「ふっ」と、テンは小さく笑った。

 

 

「レム。俺さ、実は少し前に、やっとレムの気持ちに気付いたんだよね」

 

「………ぇ」

 

 

唐突で、脈絡のない言葉を受け、レムは俯きかけていた顔を上げる。テンの言葉によって思考を停止させられていた彼女は突然な告白に唖然とし、不意に世界に光が宿るのを見た。

 

ゆっくりと、光が灯っていく。自分と彼の周りを照らす優しい灯火が、薄暗くぼんやりとしていた視界を明快に開き、見えなかった彼の顔が彼女の瞳に映し出された。

 

 

「やっとレムの顔、見れた。もっと早くに気付くべきだったよ。まさか、すぐそばに灯があったなんてね」

 

 

見えた表情は穏やかなものだった。陽の魔鉱石で作られた灯に触れる彼は「やらかしてたわ」と苦笑い、それから自分の顔をまじまじと見てきた。途端、やりづらさを感じて目を逸らす。

 

 が、

 

 

「ちゃんと、俺の目を見てほしい。俺から逃げないでほしい」

 

「ぁーーー」

 

 

伸ばされた手が頬に触れると顔の向きを強制的に彼の方向へと戻された。温かくて、優しい手つきで、彼のことから目を離すことができなくされた。

 

別に固定されたわけじゃないのに、もうその手は引っ込められたのに、彼と目を合わせるとそこから離したくなくなってしまった。どうしてだろう。

 

それは多分、その目がいつも以上に真っ直ぐだったからだとレムは思う。

 

 

「さて。話、もどそっか」

 

 

レムの心と視線を自分に向けさせたところで、軽く脚を伸ばして背筋を伸ばすテンが、レムを夢の世界から連れ出すための第一歩目。脈絡も文脈もない言葉に魂を注ぎ込み始める。

 

レムにそれを止める気配は見られない。未だ唖然とする彼女はその語りが始まるのを見ているだけだった。

 

すぅ、と。テンは声を作るのに必要な酸素を肺に取り込むと、

 

 

「レムは、俺に対して『好き』っていう感情を何ヶ月も前からずっと向け続けてくれた。俺と過ごした日々の中で、レムは自分が俺に贈れるありったけの愛を表現してくれていた。……今の自分になって、やっと気づいたよ」

 

 

「遅すぎるよな」と。力無く首を横に振るテンはレムがしたように己に嘲笑。しかし、彼の場合はその重みが明らかに違った。深くため息をついてしまいたくなるそれは、テンが犯してきた許されざる罪なのだから。

 

自分の世界に閉じこもり、くだらないものに縛られ続けて、誰にも相談することもなく、ひとりで考え続けては『そうだ』と自己完結——それで何が変わった。

 

何も、何も変わらなかった。自分に対して注がれ続けていたひたむきな想いに気付くことができず、その想いを蔑ろにしていた。自分のことを見るレムが何を考えているか、理解しようとしなかった。

 

今になって一つ一つ思い出せば、分かることだったのに。

 

 

「記憶を振り返って一番初めに思い当たるのは……そうねぇ……。相合い傘かなぁ。多分、一番古いものだと思うよ」

 

 

懐かしく、愛おしい記憶を呼び起こすテン。不安そうな目で自分を見つめてくるレムに、呑気そうに微笑む彼は「レムは覚えてる?」と、はにかみながら笑いを声にすると、

 

 

「俺がラムに、アーラム村に買い出しに行け、って言われて行ったものの、土砂降りになってどうしようか困ってたら、レムが大きい傘を持って迎えにきてくれたってやつ」

 

「はい。覚えています」

 

 

迷いなく首を小さく縦に振る。忘れるわけがない。だって、その時からきっと自分は彼のことを好きになっていたから。

 

その感情がまだ自分の中でハッキリしていなかったから戸惑いが生じてしまっていただけで、あのとき既に自分はソラノ・テンに奪われていた。心の全てを、奪われる真っ最中にあった。

 

 

「あれが、レムが俺に対して一番初めに表現してくれた『好き』だったのかも、とか思ったり。なんも気にしてない男を相合い傘に誘うとは考えずらいしさ。なんで気付けなかったのかなぁ、あん時の俺」

 

「……だって、テンくんは鈍感ですし」

 

 

恐らく、今は緊張した場面なのだろうとレムは思いながら、しかしいつものように返した。テンがいつものような態度で話すものだから、つい釣られてしまったのだ。

 

その後に「うぐっ……」と分かりやすく胸を押さえて布団に倒れ込まれてしまっては。更に、倒れる過程で壁に後頭部を激突させられてしまっては。レムは、おかしくて漏れ出す笑みを抑えることができなかった。

 

神妙そうな雰囲気にも関わらずいつも通りすぎるテンの接し方に「ふふっ」と、楽しそうに笑ったのだ。夢の世界に囚われて本当の意味で笑えなかったレムが、日常とも呼べる光景を前にしてやっと純粋に笑ってくれたのだ。

 

嬉しい反応を表に出してくれたレムにテンは「次はあれだよ」と後頭部をさすりつつ起き上がる。そうだ、そうなのだ、やっぱりシリアスなんて自分には似合わない。

 

これでいい。否、これがいい。

 

 

「中間試験の夜。俺が、俺はダメだなぁ、って落ち込んでたらレムが励ましてくれたやつ。満天の星空の下で男女が二人っきりという雰囲気しかない展開でレムが俺にーー」

 

「治癒魔法をかけた。ですよね」

 

「そうそう。そんで、背中に抱きつかれて俺があわあわしてるところにレムが、心が温かくなってくるんです、って。あん時の俺からすれば爆弾発言してきたお話」

 

「正確には。心が温かくなってきて、安心するんです。です」

 

 

声の調子がいつも通りに戻ってきたレムがテンの記憶に補足すると、彼女は光を顔色に灯した。同じ光景を記憶の中で覗き見る両者は、互いに別々の理由で笑みを溢す。

 

途端、思い立ったレムが布団の上で体を滑らせると伸ばされたテンの脚の間に滑り込み、彼の胸に背中を預ける。なんてことはない、ただちょっとだけ体が寒くなってきただけだ。

 

人肌が、恋しくなっただけのレム。突然の行動だがテンは「おぉ」と僅かに動揺の声を漏らすだけだ。彼女の甘えを快く受け入れると、彼はレム専用の背もたれとなる。因みに、速まった鼓動の音が聞こえるオプション付き。

 

後ろから抱きしめるのは——やめておくとして。テンは「あれが初めてかな」と、

 

 

「レムが俺に寄せる想いをあからさまに出したのってあれが初めてだよね? 俺が気付いた限りでは、そうだと思うんだけど」

 

「当たり前じゃないですか。レムがテンくんを本当の意味で好きになったのは、あの日からですし。……ご存じでしたか?」

 

「少なくとも、今の俺はご存じですね。あの時の俺が存じていたかは知らんけど」

 

 

分かりやすく惚け、「あはは」と乾いた笑い声を発するテンの目は明後日の方向へと。それを見るのは振り返ったレムのジト目。気付いてくれたからいいものの、彼女としては決して笑い事ではないのだ。

 

完全にテンの雰囲気に溶け込んだ彼女は、先ほどまでの態度がひっくり返っている。レムも気がつかないほど自然に、彼女はテンが作り出す和やかな世界の住民となった。

 

結果として、テンがジト目を向けられることになった。

 

 

「あの時に気付いてくだされば、あの後のレムが苦労することもなかったはずですよ。そんな風に誤魔化されましては困ります。……テンくん」

 

「はい。その節に関しては申し訳ございませんでした」

 

 

若干威圧気味の名前呼びにテンはジト目と目を合わせると目を伏せる。両手を軽く上げて降参の姿勢を態度として表すと、彼は言葉通りに申し訳なさそうな様子。

 

本気で自分の至らなさを悔やむ彼は誠心誠意といった具合で「ほんと、ごめんね」と言葉を付け足し。その様がレムの瞳に偽りとして映ることはなかった。

 

「ふふ」と微笑み、レムはジト目を柔らかく解く。なんだか血の夜が起こる前のような平和な会話ができているような気がして自然と笑みが溢れた。

 

もっと、もっと今のように話していたい。

 

 

「他には、ないんですか?」

 

 

テンと絡んでいると良い意味でも悪い意味でも情緒が不安定になるレム。いつも通りすぎる会話を交わしているうちに先程の儚さが心の内側に引っ込んでいる彼女はテンの声を望んだ。

 

望まれたら、それに応えてあげるのがテンだ。「あるよ。もちろんだとも」と自信満々に声の調子を良くすると、

 

 

「四人で王都に遊びに行った日、その夜に俺とレムが贈り物を渡し合ったときのこと。この首飾りをレムが俺に付けてくれた時にさ、レムが抱きついてきたことがあったよね」

 

 

言い終えたテンは胸元に手を突っ込むと何かを取り出す動作。気になったレムが振り返ると、話の中心となっている首飾りが首元、服の下から顔を出していた。

 

それは、レムが自分の感情に気付いてほしくて渡した人生で初めての贈り物。敢えてハート型の宝石がぶら下げられた物を選んで彼に渡した、遠回しの告白となった贈り物。

 

途端、その時の記憶がレムの脳裏に過る。彼が自分に腕輪を付けてくれたから、自分もお返しに首飾りを付けると言い切り、そのまま抱きついた、幸せでドキドキした瞬間。

 

 

「何度も言うようで申し訳なさすら感じてくるけど……。マジで、なんで気付けなかったんだろう。振り返ってみると自分のサイテー度合いがよく分かる」

 

「それに関してはレムも同感です。テンくんには申し訳ないですが……、どうして気付いてくれなかったんですか。レムだってそれなりに覚悟を決めて抱きついたんですよ? それなのに固まってしまうだなんて、サイテーです」

 

「レムに言われると抉られ方が凄まじいな」

 

 

淡々と、心を深々と抉ってくるレムの尖った言葉にテンは物理的な衝撃を受けたように胸に手を当てようとしたものの、そこに既にレムの頭があった。抑えられれば痛みの解消も叶ったものを、代わりにため息を一つ。

 

胸を独占しているレムは後頭部でその胸に頭突き。可愛らしい制裁をしてくる彼女にテンは苦笑いつつ、「でもやっぱり一番はアレかな」とレムの目の前に人差し指をピンと立て、

 

 

「ロズワールに半殺しにされた後、俺の体をレムが自分の体に寄りかからせてくれたことがあったでしょ。あの時の発言が、もう告白でしかなかったのかな、って思ってる」

 

「……レムがテンくんに『大切な人』と言ったことですか?」

 

 

記憶を漁るレムの確認に「そうだよ」と、テンはレムの言葉を流れるように肯定した。

 

言葉に何一つとして突っかかりがない彼はその言葉の真意に確信を持っているようにもレムには感じられ、実際に持っているのだとも思えた。彼は既に、その意味を知っている。

 

あれは、レムにとってもテンにとっても恥ずかしいものであったと言える。

 

レムを助けるために必死になった理由が『レムが大切な人だから』という発言に対して、レムがテンに『自分もテンが大切な人だ』と告げたこと。

 

比喩でも何でもない、あれは普通の告白だ。限りなく元の言葉に近い遠回しな言葉なだけであって、レムはあのとき、テンに想いを堂々と伝えることができていたのだ。

 

残念なことに、その瞬間のテンにはその言葉の真意を気付いてもらえずにこのような形になってしまったが。レムからすれば怒ってもいい一件である。

 

 

「大切な人……言葉をそのまま受け止めた俺はその意味をちゃんと解ろうとしてなかった。レムが何を思ってそう言ったのか、寄りかからせてくれた意味も含めて何もーー何も知ろうとしなかった」

 

 

その記憶を見るテンの声は、どこか苛立ちを孕んでいた。誰に向けられたそれなのか考えるまでもない、蓄積された鋭く尖る感情。

 

それが向けられる先は間違えなく『空野・天』という名前を持つ男一人。だって彼は、何一つとして解ろうとも知ろうとも察しようともしてこなかった。ずっと隣で想いを告げてくれていたにも関わらず、彼はそれを無視してきた。

 

許していいなんて思わないし、許されていいなんて甘い考え方は絶対にしない。そのせいで何度彼女の心を踏み躙り、傷付けてきたと思っている。

 

そう思うだけで、自分という人間の愚かさを無限に痛感できてしまう。好きな人のことを傷付けることなど、何があっても許していいことなんかじゃない。

 

それは、テンだって同じだ。

 

 

「ほんと……どうして気付いてあげられなかったんだろう、って心底思うよ。気付いてあげられてたら、言ってあげられた事も、してあげられた事も沢山あっただろうにさ」

 

 

腕が力無く垂れ下がり、弱い音を立てて布団に受け止められる拳が次第に震え出す。爪が皮膚にめり込んでしまいそうな程の力は、テンが過去を後悔する程度をそのまま表した。

 

後悔の念が宿る拳。それを包み込むのはレムの両手。何かしてあげたい一心の彼女は、拳の震えを察した時には既に体が動いた。頭の前に心が動く彼女は何も言わずに優しく握っている。

 

しかし、テンの後悔が止まることはない。

 

 

「ずっと、今までずっと。レムが向けてくれた想いを何一つとして気付いてあげられなかった。レムと接してきた時間の全てにそれはあったのに、俺はそれを悉く無視してきた。()()()になって一つ一つ思い返せば全部分かったのに。あん時の俺は……何も分からなかった」

 

「ーーーー」

 

「もっと早く気付くべきだった。レムが頑張って俺に想いを……、直接的な言葉じゃなくても伝えてくれてたのに。俺はお前に向けた想いを受け入れられないせいで目ぇ背けて、いつの間にか、お前が向けてくれた想いからも目を背けてた」

 

「ーーーー」

 

「クソ野郎だよな。ほんとに、どうしようもない男だよ。いつまでもくだらないものに縛られて、ダメだダメだって言い訳して、曖昧な誤魔化し方で逃げ続けて、自分が心底嫌になる」

 

「ーーーー」

 

 

止まらない独白が、テンの口からすらすらと紡がれる。それは、レムの想いに気付いた以降から、まるで堰き止めていたものがどっと押し寄せたように理解できた罪。

 

一度たりとも言葉が渋滞せずに、全てを一つの流れとして言い終えることができたのは、テンがその事実を己の中で何度も何度も繰り返していることに他ならない。

 

何度でも言ってやろう。どうして自分はレムの想いに気付けなかった。

 

何度でも刻んでやろう。お前は想いをぶつけ続けてくれたレムの心を踏み躙ってきたのだ。

 

何度でも吐き捨ててやろう。最低だ、クソ野郎だ、お前なんて嫌われてしまえばいい。

 

それだけのことを自分は数ヶ月間、それも毎日のように積み重ねてきたのだ。一つ一つの罪は浅けれど、何百にも何千にも重なれば、それは立派な重罪となる。

 

否、レムの心を傷付ける罪が浅いはずがない。一つ一つが浅けれど、なんて甘ったれた考え方は今すぐに撤回するべき。

 

一つ一つが重罪、それが当然だ。好きな人を傷付けたのだから。それが当たり前だ。

 

 だから、

 

 

「だからレム。俺は、君に伝えなくちゃならないことがある。傷付けた俺が言っていいのか分からないけど……、傷付けたからこそ、余計に言わなくちゃダメだと思ったから。傷付けた分を取り返したい……って、思っちゃダメかな」

 

 

優しい声色で語り、テンは決定的な一言を告げるための準備をひとり静かに完了させる。

 

直後、レムの肩が一度だけ跳ねた。唐突とは言い切れないが、今は予期していなかった伝えなくちゃいけないことがある宣言に、彼女は体を反転させる勢いで振り返る。

 

まさか、今までのはその言葉に繋げるための布石で、彼が本当に伝えたいことはここからなのではないのかと。

 

どうして、そう瞬時に判断できたのかは分からない。分からないけど、彼が言わんとしていることに予想がつかないレムではない。彼と違って鈍感でもない、寧ろ、割と察しのいいレムが察せないわけがない。

 

だからこそレムはテンの事しか目に映らなくなり、テンの事しか考えられなくなった。レムにとってその言葉は神様からの祝福のようなもので、ある種の奇跡なのだから。

 

 

「レムは言ったよね。今、自分がいる世界は自分が創り出した世界で、この俺は本物じゃない、って。本当の世界では、自分は眠っていて俺も眠っている。要は、これは明晰夢だと」

 

 

すぐ目の前。十センチも前に進んでしまえば唇が合わさってしまいそうな距離にいるレム。彼女にテンはそれまでの優しげな声から一転し、芯のある声で話を巻き戻す。

 

途端から忘れかけていた事が頭のど真ん中を占め、レムの青色の瞳に不安と悲哀の色が浮き始めた。やはり、どれだけ和ませてもその事を思い出すと心が闇に包まれてしまうらしい。

 

 

「なら、俺はレムを夢の世界から解き放つ言葉を君に贈るよ。夢世界の俺だと思い込んでる現実世界の俺から、夢世界の君だと思い込んでる現実世界の君へ。俺が言うべきこと……言いたいことを」

 

 

故に、テンはその言葉を告げる覚悟を決めた。

 

彼女を夢の世界から連れ出し、自分が本当の自分であると分からせるために。この温もりは、決してまやかしなどではないと教えるために。

 

その行為をするに至った理由は、もちろん、傷付けた分を取り返したい気持ちもあるし。単純にそうであるからというのもある。

 

けれど今回は——今回だけは違う。この世界の自分が夢の世界の自分でないと証明するために告げよう。本当の意味でのそれは、もっとちゃんとした形で言いたいから。

 

言うための覚悟などとっくにできている。緊張もするし頬は熱いし心臓はうるさいが、紡ぐ声だけは震えていない。深呼吸——する必要はないだろう。

 

 今しか、ない。

 

 

「レム」

 

 

 名を呼ぶ。

 

間近で潤む青色がテンのことを一心に見つめている。胸に伸ばされたレムの両手がテンの服をキュッと握りしめている。レムの全てが、ほぼゼロ距離でテンに向けられている。

 

 今しかない。言うなら今だ。

 

ずっと言えずにいた言葉。自分ではダメだと抑え込んできた感情。それもできなくなった想い。

 

 それを今、

 

 

「俺は、レムのことが好きだ」

 

 

 万感の想いと共に、伝えた。

 

好きだ、好きだとも、好きでしかないと言い切ろう、ずっと前から好きだった。レムと接していくうちに好きになって、それを必死に抑え込んできた。

 

でも、それは無理だと自覚してしまった。自覚した想いから目を逸らし続けるのは不可能で、くだらない縛りを抜け始めたらもっと不可能になった。それなら、想いを否定する選択肢はないのだ。

 

 

「勘違いしないでほしいのは。別に、レムが俺のことを好きだから俺もレムが好きなんじゃない。俺には俺なりの理由があって、レムのことが好きなんだ」

 

 

服を握りしめる両手を片方ずつ握りしめ、テンは感情の大波にもみくちゃにされるレムを見た。

 

喜怒哀楽が混ざり合った表情、様々な情が滅茶苦茶に混濁したそれに照れ臭そうに笑いかけ、

 

 

「レムの優しいところに。レムの健気なところに。レムの素直なところに。レムの無邪気なところに。レムの……レムという一人の女性が持つ全てに、俺は惚れた。惚れちゃった」

 

「ーーーー」

 

「あと、厳しいところも割と好きだよ。あの容赦のない感じが、俺のことをちゃんと見てくれてるんだな、って思えてさ。嫌いじゃない。あれね、正座させられて叱られたやつとか」

 

 

なんともくさい台詞だろうか。映画やドラマで聞いた時に、実際にそんなことなどありえるのかと疑ったことがあるが、まさか自分が体験するとは思わなかった。言ってて恥ずかしすぎる。

 

けど、事実なのだから仕方ないだろう。それだけレムが魅力的な女性でしかないのが悪い。自分は悪くない。レムが悪い。

 

 

「それに、あんなに献身的に接せられて惚れない人なんているかよ。弱った心を何度も支えられて、助けられて、励まされて。毎日のように輝かしい笑顔を見せてくれて。……レムを好きになる自分を抑えるので必死だったよ」

 

 

 ーーそれは、ダメだと思ってたから。レムの相手は、()しかいないと、そう決めつけていたから

 

 

言葉の終わりを心の中で言い繋ぎ、テンは小さく息を吐く。これまでの自分を破壊する言葉の羅列は、正直なところ話していて違和感しかないけれど、これが自分の歩んでいく道だから逃げはしない。

 

縛られるのは嫌なんだ。縛られて、自分の気持ちを縛るのは嫌なんだ。そうやって、知らないうちに彼女の想いから目を背けていたから。

 

なにより、自分はレムが好きだから。

 

 

「どうして俺が今、レムに告白したかって。そりゃもちろん、レムが好きだからだけど。これが正式な告白ならそれしかないんだけど。……今回はもう一つ、意味があるんだよ」

 

 

告白の意味を語り始めたテンが握っていた片方の手を解放し、逆にもう片方の手は指と指を絡めるように繋ぎ、握りしめる。離した片方の分を想いをもう片方に注ぎ込んだ。

 

絶対に離さない。そんな意味を込めた繋ぎ方にレムは震える唇を固く閉じた。愛の告白を聞いた以降から込み上げ続けてくる甘い感情が溢れぬように抑え、嗚咽を飲み込む。

 

それでも、瞳がじわじわと炙られていく感覚に彼女は頬を強張ばらせる。こうしていないと、きっと泣いてしまう。彼が贈ってくる愛に、情けない涙が漏れてしまう。一体、何度泣けば気が済むのか。

 

せめて告白の意味、それを聞くまで———、

 

 

「さっきレムは言ったよね。こんなレムなんて、テンくんに嫌われてしまえばいいんです。って」

 

「ーーーぁ」

 

 

レムの、何かに気がついたような息が薄く吐かれる。

 

次の瞬間、彼女はテンの意図を理解することになる。

 

一秒たりとも時間を置かず、テンは言った。

 

 

「嫌ってほしいんだろ? なら、俺はレムのことを好きになるよ。レムが嫌ってほしくても、好きだと言うよ。好きですと、伝え続けるよ」

 

 

告白したテンに戸惑いはない。好きと伝えることに躊躇することが消えた彼は何度でも伝える。

 

その世界を否定する言葉の羅列を、レムが自分の世界を否定するまで。

 

 

「本心であろうがなかろうが、レムがそう思ったことに変わりはない。なら、変えてみせろよ。この世界がレムの欲望が創り出した世界なら、簡単に変えられるでしょ? だって、夢は自分の思い通りなんだから」

 

 

まるで「やってみろ」とでも挑発するような声色のテン。他でもないレムが言ったことを彼は煽り、彼女にそうするように促してみせた。

 

それでどうにかなるなら、してほしいものだ。レムがこの世界を自分の世界だと語るなら、是非ともその欲望で自分の心を思い通りに操ってほしい。

 

 できるものなら。

 

 

「夢? 幻想? 明晰夢? 上等だよ。やっと言えた俺の想い、そんな言葉で操れるものならどうぞ操ってください。夢の世界なんだろ?」

 

 

ここぞとばかりに夢であることを肯定し始めたテンに、レムは今にも泣き出してしまいそうな顔つき。攻め口調を畳み掛けてくる彼には、指を絡め合わせた手を強く握りしめる事しかできない。

 

だって、全く自分の思い通りに動いてくれない。夢の世界は自分の世界——何もかも全てが叶う世界で、明晰夢ならば操ることだってできるはず。思うだけで、形になるはず。

 

なのに、どうして彼は自分の人形にならない。さっきまで自分が「甘えたい」と言ったら、思う存分甘えさせてくれたのに。現実の彼では絶対にしてくれないことを、してくれていたのに。

 

 のに、なのに、

 

 

「ほら。変えてみなよ。レムの世界なんだろ。お前のやりたいように俺を操ってみろよ。嫌い、って言わせてみろよ。レムの言う通り、今が夢の世界なら、なんでも叶うぜ?」

 

 

余裕そうに笑う彼を見ていると、自分の思い通りには動かないと理解してしまった。夢であるはずの世界が、夢ではないと分かってしまった。

 

自分が見ていた世界は、感じていた温もりは、包まれていた優しさは、正真正銘の本物で。

 

なら、この人は本当に自分のことが好きで、甘えさせてくれていた————。

 

 

「……うそ」

 

 

テンの言葉を頭と心が理解するレムは、まだそれを否定したがる。弱々しく、本人ですら聞こえない、米粒のような大きさの声が、ポツリと落ちる。

 

 

「本当だよ」

 

 

ありえない、ありえるはずがないとする心が必死になって薄っぺらい言葉を投げかけ、しかし刹那で否定された。

 

それでもまだレムは答えの解り切ったうそを幼子のようにつき、何度でも刹那で否定される。この胸を熱くさせる感情に自分を支配されながらもレムはテンを誤魔化し続け、何度でも刹那で否定される。

 

 

「うそです。だって、だってーー」

「嘘なんかじゃない。俺はここにいるよ」

 

「だって、テンくんは眠ってるはず」

「起きたんだ。こんな時間になっちゃったけど」

 

「今までのテンくんは、レムのことを抱きしめてくれることなんて、想いに気付いてくれることなんて、絶対になかった……!」

「変わろうと思えたんだ。レムの想いに気付いて、自分の想いを受け入れて、君に応えたいと本気で思えたんだ」

 

「うそ。うそです。うそに決まっています。だって、レムはテンくんにこんなことされる資格なんてない。こんな、レムが望んだ事をしてもらう権利なんて、レムには………!」

「なんでそんなこと思うの? 資格とか、そんなの最初(はな)から必要ないでしょ。人間関係に資格なんて関係ない。それでもまだ言うなら、俺がその資格をあげるよ」

 

「そんな、都合のいい話がーー」

「しつこいよ」

 

 

筋金入りの幼い反抗を見せるレムの声。それを止めるテンは繋いだ手を引き寄せ、彼女を胸に抱いた。

 

この短時間で何度も抱きしめた小柄な体を、テンは離さない。もう離さないと言ったから。ずっと傍にいると決めたから。

 

胸元。見上げてくるレムが努力の甲斐なく涙を止めどなく流し続けていた。溢れるそれが嬉し涙だといいなとテンは思いながら、

 

 

「レム、これは現実だよ。夢じゃない。俺は、ちゃんと、レムの前に、存在してる」

 

 

何度も告げられた事実にレムの瞳が大きく見開く。これまでとは全く違う反応を見せたのは、レムがテンの言葉を真正面から受け止めたからだ。否、受け止めさせられたからだ。

 

夢だ夢だと泣き叫ぶ自分を丸ごと包み込む彼の腕が、離れないようにと握りしめられた手が、レムが逃げることを叶えてくれない。

 

夢ではないと語る全てが、レムを現実世界へと連れ戻す。夢に囚われていたレムが、レムの英雄に救い出される。

 

 

「もう一度聞くよ、レム」

 

 

言いたいこと、言わなくちゃいけないこと。

 

想いの丈を全て伝え終えたテンが、レムの心に直接響かせるように、穏やかで、落ち着いた声を彼女の胸に投げかける。

 

 そして———、

 

 

「レム。今の俺が、レムは本当に夢だと思うの? 夢だと思いたいの? 夢だと思い込みたいの?」

 

 

 一雫。

 

目端から頬を伝う涙を拭いながら、テンは問いかけた。

 

 

 

 

 

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