親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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一方その頃ーーー、ってやつです。

正直、今の段階で書くべきお話かな?とは思いましたが。敢えて今、書きました。

テンとレムとエミリア。この三人のやり取りを間近で見たからこそ、できるやりとりを軽くね。





純愛の定義

 

 

 

テンが着々とレム色に染め上げられている最中、場所は甘々な世界から変わって厨房。テンの付き添いとしてレムが不在の中でも淡々と朝食の支度を整えていく使用人二人——ハヤトとラムの空間に移る。

 

少し前までは重苦しい空気が充満し、その場にいるのも辛かった空間は今はとても落ち着いた空間となっていた。空気が重いわけでもなく、気まずいわけでもなく、まして辛いわけでもない。

 

テンとハヤトが眠りから目覚めたことで。更にはレムが本当の意味で救われ、普段通りの彼女が帰ってきてくれたことで。使用人が集結する憩いの場として成立している空間は、穏やかなものだ。

 

きっと、精神的に解放されたのだろうと二人は思う。あの重苦しさを一週間も耐え切ったラムならば尚更そう思える。悲劇が齎した悲劇、それが解決して心が軽くなったのだと。

 

 

「レムのやつ、遅ぇな」

 

 

ふと思ったように言いながら握りしめる包丁を動かすのはハヤト。長机を前に椅子に座る彼は今、朝食の献立に使用するパンを均等に切る作業に勤しんでいるところだ。

 

形としては故郷でよく見る角形食パン。だが、面倒なことに、この世界では故郷のような八枚切りやら六枚切りのものが市販では売られていなく、切り分けられる前のが一本丸々売られているため、こうして丁寧に切り落としているというわけで。

 

昔は厚さを均等に切ることができずラムに言いたい放題されていたが、今となっては慣れたもの。特に注意を注がずとも大体均等に切れる。

 

故に、ハヤトはレムの帰りが遅いことに触れた。意識の三割を手元に向ける彼は、残る意識をテンに付き添ったレムへと向けると、

 

 

アイツ(テン)を部屋に届けてくるだけ、って話だよな。かれこれ五分は経つが、それだけの割には遅くね?」

 

 

思い浮かべるのは、テンが自室へと戻るとなった時に「では、レムが付き添います!」と右手を天高く聳え立たせたレムの姿。溌剌とした様子で、自分が付き添うことを断固として譲ろうとしなかった雰囲気の少女。

 

その時、何を思ったのか、エミリアが「レムはお仕事があるでしょ? なら、私が付き添おうか?」と言った時のレムの冷めた表情は、多分、一生忘れられない。

 

「結構です。レムが付き添います。ですから、エミリア様は朝の日課を」と即答した彼女の冷え切った声は、しばらく耳から離れてくれそうにない。

 

それを受けたエミリアが悲しそうな目で「うん……分かった。邪魔して、ごめんね」と言ったのも忘れない。これは複雑な関係が築かれそうで不安だ。

 

そんな、メイドとしてあるまじき態度をエミリアに見せた彼女がテンを部屋に送り届けに行ってから、少しの時間が経つが未だに帰ってこず。厨房の扉が開かれる気配は依然としてなく。

 

なにかあったのだろうか。そんなことを思うハヤトは自分の真横に座るラムに、視線と一緒に疑問符を向ける。

 

向けた先にいる彼女は今、朝食に使う銀食器を一つ一つ丁寧に磨いているところだった。厨房にいる時、磨くか皮を剥くか机を拭く姿しか見ない彼女に少しばかりの不満を抱いたり抱かなかったり。

 

そんな不満を感じ取ったか、はたまた別の理由か。ラムは呆れるようにハヤトを鼻で笑うと、

 

 

「あの子が、ただテンテンを部屋に送り届けるだけで済ますと思っていて?」

 

「そりゃ、どういう……」

 

 

疑問符に疑問符で返され、余計に分からなくなったハヤト。ラムは何かしらの結論を見出しているようだが、残念なことに彼にはレムがテンを部屋に送り届けるというだけでは何一つとして結論は出てこない。

 

磨き終えた平皿を籠の中に入れるラムは手をつけていない皿を一つ取り出し、平然とした横顔をハヤトに見せながらその皿を磨き始め、

 

 

「テンテンはエミリア様の頭を撫でた。テンテンの服にはエミリア様の匂いが少なからず付着している。レムはテンテンに、後で話すことがある、と言った。そして今、レムはテンテンと二人だけの空間にいる」

 

 

「これらが意味することは?」と、問題を紐解くヒントを立て続けに並べたラムは、作業の手を動かし続けながら問いに問いを重ねる。

 

自分の妹ではあるが、その独占欲の強さに苦笑してしまいたくなる彼女は赤い瞳を細めた。今頃、きっとテンは大変なことになってるはずだろうと思うと彼に対して「頑張りなさい」の意味を込めた半笑いが勝手に溢れてしまう。

 

それを横目に、ハヤトは手を止めて考える。「んーー」と喉を低く唸らせる彼はラムが与えてきたヒントを軸にレムが帰ってくるのが遅い理由を結論として形作り、

 

 

「…………あ、分かった」

 

「なに?」

 

「アイツは今頃、レムに襲われてる。ってことか!」

 

 

完成した絵面に手を叩いて納得。少しばかり表現が突飛な気がしなくもないものの、曇りの晴れたハヤトとしては頭の中を駆け回るヒントが行き着く先の結論として成り立ったらしい。

 

時と場合によって捉え方の違いがハッキリする言い表し方を真横の男が導き出したことに、ラムは「こいつ、ハッキリ言いやがった」とでも言いたげに顔に手を当て、

 

 

「その言い方は姉として好ましくないけど……、極端に言えばそうなるわね。二人の絵面を限りなく極端に言えば、そう言えなくもない」

 

「いや、これが妥当だろ」

 

 

拒否の感情を含ませた弱い肯定にハヤトは自信ありげな表情で「うんうん」と頷き。その隣では、姉として思うところがあるのか、正と負の感情が混ざり合ったラムが顔を顰めている。

 

そう言いつつも完全に否定しないところ、ラムも分かっているのだろう。今現在、エミリアと必要以上に絡み合ったテンという男にレムという女が襲いかかっているのだと。

 

襲いかかっている、と。普通ならば男女逆の立場であってほしい絵面は、しかしレムとテンならば簡単に完成しそうなのが彼の情けない器をよく表している。同時に、レムの独占欲の強さも。

 

果たして、どこまでが許容範囲なのか。レムは、テンとエミリアの距離感をどの程度まで許すのか。今までは許していたそれを、彼女は認めてくれるのか。

 

場合によっては、築かれた絆に亀裂が入りかねない。

 

できれば、そこはレムの器の広さを見せて欲しいところだが。それも今は厳しいか。テンとレムはまだ、想いが通じ合ったばかりなのだから。

 

レムの立場になれば分かること。きっと彼女は、今はまだテンのことを独占していたいと強く思っている。そうに違いない。

 

 

「なぁ、ラム」

 

 

そこまで考えてハヤトはふと思い出し、ラムの名を呼ぶ。意図せず脳裏に過ぎった光景に対し、彼は憂鬱そうな顔色を薄く浮かべた。

 

「なに?」と。ラムに視線を向けぬまま簡単に返された彼は、パンを人数分に切り分ける作業を順調進めていた手を止めると、

 

 

「お前から見て、エミリアはテンのこと……どう思ってると思う? お前の素直な意見を聞きてぇ」

 

 

どこか、朧げな声のハヤトが真剣な声色でラムに問う。ラムからすれば不意なそれだが、声の調子からふざけている様子は感じられなかった。

 

事実として穏やかな気配が僅かに変化した彼に視線を向けるラムは、真っ直ぐに己の瞳を射抜いてくる黒の瞳を見た。

 

軽口も、戯れも、冗談も。それらを一切許さぬ双眼と目を合わせている。

 

 

「俺の意見としてはよ。たぶん、あいつテンのこと気にかけてるぜ。無意識に、無自覚に。それがレムと同じ想いに繋がるかは分からねぇ……なんて曖昧な言葉で誤魔化す気はねぇよ」

 

「根拠は?」

 

「アイツと接する時のエミリアの目が、レムがテンに向ける目と似てるのと。あとは単純に態度。付け加えると、あいつがテンに殴りつけた言葉からそうだと判断した」

 

 

「正直、今の状況からして言いたかねぇがな」と、億劫そうにため息を一つ。大袈裟に深々と吐くハヤトは後頭部をガシガシと指先で掻く。困った時によく見る仕草だ。

 

実際に彼は今、困っている。前々から薄々予感や予兆はあったものの、今は気にすることでもないかと素通りしていた事に改めて直面したような気がして。

 

脳裏に過ぎった光景——エミリアがテンに色々とぶちまけまくっている時のものと、頭を撫でられている時のもの。

 

それらを見てハヤトは確信した。というよりも、疑心だったものに明確な確証を得られたと表現した方が正しい。

 

ずっと前から、ハヤトはエミリアの心を察しつつあったのだから。彼女が毎晩のようにテンの鍛錬に顔を出す時点で、接し方で、理解しつつあったのだから。

 

その状態での先ほどのテンと彼女のやりとりは、もはや答え合わせのようなもの。模範解答を押しつけられた気分だ。

 

嫌でも理解できる。

 

 

「あいつ、抱きついたテンになんて言ったと思う? 『胸がズキズキしてぎゅーー!ってして』だぜ? あいつなりの言い方にしろ、少なからず伝わってくるものはある。……これで無自覚なのが面倒だよ」

 

「皆まで言わなくてもいい。全部、丸聞こえだったから。テンテンが許容しきれない想いをいつの間にか抱えて、結果としてエミリア様のご不満を買って、最後に泣きつかれる無様な光景が目に見えた。まったく、だらしない男。ダメダメ……ダメ尽くしだわ」

 

 

一枚、また一枚と銀食器を磨き進めるラムが「ハッ」と小さく嘲笑。この場に不在なソラノ・テンに向けられたそれは、自身が抱えきれない想いを意図せずに抱えてしまった彼への弱めの糾弾。

 

その様子から察するに、ラムもラムで気づいている。テンとエミリア、その二人が築き上げてきた関係性を今まで近くで見てきた彼女も、今回のやりとりを通して導き出されたものがあったようで。

 

だから返されたのは遠回しの肯定。許容しきれない想いをいつの間にか買って、と。その発言が全てを物語っていたことをハヤトは聞き逃さなかった。

 

決してテン自身がそう仕向けたわけではないものの、彼は無意識で無自覚なエミリアの想いを注がれるような存在になってしまっている、と。

 

 

「そこで始めに戻るわけだが。お前から見て、エミリアはテンのこと、どう思ってると思ってる?」

 

 

軽く意見の交換をしたところで、ハヤトは始めに立ち戻る。自分と彼女の意見は大方一致したようなものだが、改めて彼女の正直な意見を聞きたい。

 

意見を言うことに関しては良くも悪くも正直なのがラムという少女。人が隠したい痛いところを言葉の刃で平気でブッ刺してくる彼女だが、割と参考になる意見を提示してくれる。

 

観察眼と洞察力に長けた彼女のことだ。ハヤトにとって、何かしら有力な意見を容赦なく放ってくるだろう。

 

それを、ハヤトは期待している。

 

 

「なんで今、こんな時に、わざわざ、こんなことを聞いてるかってよ」

 

 

思い出したかのように作業を再開するハヤト。彼は広がったパンくずを包丁で一箇所に集めながら、

 

 

「テンとレムが恋人として本格的に歩み始めたことで、テンとエミリアの関係性が問題視されるようになっちまったからだ。問題視されると、いよいよ確定しちまったからだ」

 

 

テンとレム。その二人の関係性が発展していく裏で、密かに発展しつつある関係性。決して、知らなかったわけではないが、「今はまだいいだろう」と無視してきた問題。

 

今まではあやふやだったそれが、今日という日を境目に決して無視していい問題ではなくなる。テンとレムの二人が結ばれるということは、そういう事なのだ。単に喜ばしい話だけでは終わらないのだ。

 

 

「確かに、あの二人が結ばれたのは喜ばしいことだ。相思相愛、仲睦まじくイチャイチャすればいい。今までが今までだったからな。気付いてやれなかった分、テンはレムを甘やかせばいいさ」

 

 

「そこは問題じゃねぇからな」と、ハヤトは一纏めにしたパンくずを小皿に入れながら、

 

 

「だが、アイツはそれだけじゃねぇ。それよりも前からエミリアと仲良くなって………仲良くなりすぎてる。好きでもねぇ男に抱きつく女があるかよ。まぁ、エミリアの場合はちょっとばかし心が幼いからなんとも言えねぇが」

 

 

そこが微妙なところではあると思う。彼女は恋という感情を正しく理解できない程に心が純粋で、彼女のテンに対する言動一つ一つがそれからくるものだと断定できないのが難しい。

 

が、それでもハヤトは彼女はテンを気にかけていると踏んでいる。抱きつくなど、なんとも思っていない相手にするだろうか。

 

稀に、幼馴染という関係性で二次元にのみ許される光景——否、二人はまだ出会ってから三ヶ月とちょっとしか経っていない。幼馴染ルートは消えた。

 

なら、もう、そういう意味ではなかろうか。例えエミリア自身が理解していなくとも、行動が理解を代弁しているのではなかろうか。彼女がテンに取る行動、それが本人ですら無自覚の本心。

 

 

「なんでだ、なんでそうなる……。テンのやつ、いつからそんな男に……いや、アイツがそんなクソ野郎になるわけがねぇ。現に、アイツ自身も分かっていなかった。つまり、エミリアが一方的に?」

 

 

考えてみれば、引っかかる場面はいくつもあった。日常生活の中でレムがテンに猛アピールをする裏で、エミリアがテンの背中を追いかけるような光景。まるで、兄の背中をとてとてと追い続ける妹のような。

 

いや、それはない。絶対にない。見えなくもないが、エミリアの瞳の宿る輝きは明らかにそれではない。絶対に違う。正しかったなら別の問題が発生する。

 

鍛錬の場所に決まって顔を出し。話には聞いた『お姫様抱っこ事件』。そしてハヤトは、テンがロズワールに鍛錬で半殺しにされる場面を痛ましげに見つめる彼女の存在を知っている。

 

それに、テンがこの世界に来て初めて出会ったのはエミリアで。彼女を初めて普通の女の子として扱ったのはテンだ。もしや、それが大きかったのだろうか。

 

ここまでくればピースは揃ってるようなもの。テンが意図せずにエミリアの心を惹きつけて、惹きつけ続けてしまっている。良い事なのか悪い事なのか曖昧だが、その事実は変わらない。

 

変わらないから、もう引き返せない。惹きつけた以上、突き放すなんてこと、テンにはできないとハヤトは知っている。自分の親友とは、そういう人間だ。

 

 

「やっとレムとくっついたってのに、次はエミリアか。あんにゃろう、マジでなんでよりにもよってエミリアなんだよ。いや、そもそもアイツは一人が限界なんだって。二人はさすがに………」

 

「親友の優柔不断さに気が滅入ってるところ、水を差すようで悪いけど。ラムは別に、そこまで考えなくてもいいと思ってるわよ」

 

 

いつの間にか手を止めたハヤトが、斜め上を見上げながら思い詰めるような態度で独り言を呟く。分かってはいたが、いざ考えてみると面倒なものがあると再確認していた彼の鼓膜をラムの声が叩いたのはそんな時だった。

 

エミリアがテンを好きかもしれない。この一言だけで頭の中で感情という感情が暴れ回り、複雑な気持ちになっていたハヤト。

 

声に反応した彼が顔を声が流れてきた方向に向けると、その先にいるのはこちらを見る落ち着いた様子のラム。

 

自分と同じ結論に至りながら、しかし態度は真反対。その澄まし顔に「何を思い詰めてるの?」と言われたような気がして、ハヤトは途端に黙り込んだ。

 

 

「今すぐに結論を急ぐ問題でもないでしょう。エミリア様が本心を理解したわけでも、テンテンに表現したわけでもないし。本人が何かしら動くまではラム達が勝手に騒いでも、変に事を荒立たせるだけだわ」

 

「つまり?」

 

「つまりは静観。現状維持。なにか、決定的な変化がエミリア様に見られるまでは様子見の方が得策だとラムは判断するわ。特に変化のない今、変に追及してなんの意味があるの?」

 

 

「もっと先を見据えなさい。だから脳筋は脳筋なのよ」と。表情と態度だけで隣の男を黙らせたラムは凛とした表情を崩さぬまま語る。

 

その、いつも通りすぎる態度にハヤトは少しばかり驚いていたり。てっきり、「レムだけを見れないとか、くたばるがいいわ」なんて吐き捨てると思っていた。実際にそう言っていたし。

 

尤も、それが本心であるかどうかと聞かれれば話は変わってくるが。

 

ちゃんと考えているくせに、ラムは冗談めいた発言をすることだってある少女。つまりは、本人の口からそれが冗談であるかどうかの確認をする必要があるのだ。

 

 

「ラムはそれでもいいのか?」

 

「なにが?」

 

「もし、エミリアもテンとくっつくとして。そんなことがあったとして。レムの姉としてなんかないのか?」

 

「浅い考えね。脳筋の稚拙な物差しでラムの度量を測るのはやめてちょうだい。ラムという存在の格が下がる」

 

 

ハヤトの杞憂をそれ一つで蹴り飛ばし、ラムは鼻で笑う。ハヤトと違って作業の手を止めないところ、本当に深く思い詰めていないらしい。簡単に受け流されている感が彼女から滲み出ている。

 

決して思うところがないわけではない。独占欲の強いレムのことだから乗り越える壁の高さは明らかで、姉としては自分の妹だけに愛を注いでほしいと思わなくもない。

 

けれど、そのせいで誰かが——エミリアが悲しい思いをすることになって、それでいいのだろうか。それで、レムが、テンが、心の底から納得するのだろうか。

 

そんなわけがない。自分の知ってる二人は、そんな人間じゃない。

 

自分さえ良ければいい、なんてレムは思わない子。今はまだテンのことを独占したいと思っていても、時間が経って色々と落ち着いてくれば、エミリアへの対応も変わってくるはずだ。

 

それにテンだって。今は無理でも、彼もエミリアの想いと向き合って、レムと話し合って。それから三人で話し合って、納得のいく答えを出してくれると信じている。

 

だって、ラムはテンを信じているのだから。もう二人を悲しませたくないと、そう語ってくれたのだから。

 

 それに、

 

 

「あの子の幸せはあの子が決めるもの。お姉ちゃん(ラム)個人の意見で成り行きを左右しようとは思わないわ。……あの子の人生だもの。ラムの人生じゃない。三人で一つの輪を作るとしても、それがあの子にとって幸せに繋がるなら、それはそれよ」

 

 

懐の広さを見せ、ラムは言葉を閉じる。

 

あらかた作業を済ませた彼女はボウルの中に入った野菜を手に取るとまな板の上に乗せ、包丁を握りしめた。作業の手を止めないのは変わらず、淡々としていた。

 

そこはハヤトとは違う意見だった。テンとエミリアの関係性を問題視する彼と違い、ラムは特に気にしていない。それどころか、それもまた一つの形としてあり得る話だと認めている。

 

 

「ただ」

 

 

閉じたはずの言葉を再び開くラムが不意に手を止めると正面を見つめ出す。そこに何があるのか、視線を辿るハヤトだが何もなかった。強いて言えば調理に使用する鍋の蓋。

 

が、ラムとしてはそれ以外に見えているものがあるらしく。含ませた吐息を軽くこぼすと、

 

 

「そのせいであの子に注ぐ愛の量に違いが出るのなら、ラムは踏み込むことにする。一人であろうが二人であろうが、同じ量の愛を注げるだけの器がテンテンの中で完成していないと判断したら、指摘するわ」

 

 

「先の話になるかもだけど」と。そう言って今度こそ言葉を締めたラムは頑固たる意志を露出させ、止まった手を動かし始める。

 

三人がどのような形に落ち着くかはいいとして。テンの器が完成していない件については彼女も引っかかる気概だった。テン個人に関しては、物申すと。

 

それは、今も昔も変わらない意見。ハヤトやラムだけでなく、密かにパックも感じていること。テンが未熟者である事実は、一つの壁として立ちはだかっているのだ。

 

故に、ハヤトは指摘する。

 

 

「アイツはそんな器じゃねぇぞ。少なくとも今は」

 

「それはテンテン自身が誰よりも痛いくらい理解してる。理解して、なんとかしたいと足掻き始めてる。付き合いの長い親友なら、それくらい分かるでしょう? だからこそ、ラム達が必要以上に首を突っ込む必要はないと言っているの」

 

「レムとテンの時みたく、俺達が率先して介入することじゃねぇってか」

 

「そうね。時がくれば自ずと答えは出るもの、それを見守るものラム達の役目の一つよ。それにラム達が動かなくともあの三人が勝手に解決してくれると思うわよ。主に、テンテンを主体として」

 

 

「だって、テンテンは変わったもの」と。若干、声色が威圧気味に昂り、自分に噛み付いてくるハヤトにラムは毅然とした態度を一切崩さない。

 

だって、彼はもう前の彼ではないことをラムは知っているから。自分に向けられる気持ちと真正面から向き合って、考えて、答えを導き出せる人になろうとしていることを知っているから。

 

鈍感じゃない。彼もきっとエミリアの気持ちに薄々気付いているはず。確信は持てずとも、疑心の範囲でなら感じ取っているはず。否、感じ取っていなければならない。それは彼が寄りかからせたのだから。

 

なら、自分達がそこまで頑張る必要はない。

 

成り行きを見守る、それだけでいい。雲行きが怪しくなった時だけ口を挟む。それがちょうどいいと思う。それに、自分達の力を多く借りないと向き合えないだなんて、それはそれで困る話。

 

その問題は、あの三人が自分達の力で解決してやっと真に解決したと言えるのだ。

 

 

「まとめると。ラムの意見としては、エミリア様はテンテンのことを気にかけてると思う。けど、ラム達が余計に首を突っ込む必要性は皆無。ということよ。子どもでもないのだから、あの三人だけでなんとかしてもらわないと困る」

 

 

長ったらしく話した文章を簡潔にまとめ、ラムは一息つく。気にかけていることは同意見だが、必要以上にその事に介入するのは間違っていると、ハヤトの意見を真っ向から否定して彼女は言い終えた。

 

が、喉を低く唸らせるハヤトはあまりピンときていないらしい。納得がいかないのか、顔を顰める彼は不満を隠す事なく表情に色濃く浮かび上がらせている。

 

頑固なことだ。別に、自分達がそこまで深く介入していい問題でもないだろうに。親友に対する思いやりか、はたまた個人的な理由か、なんにしろハヤトがこの調子では先が思いやられる気がしたラム。

 

「じゃあ」と彼女は、まな板を包丁で軽く叩いて彼の注意をこちらに向けさせると、

 

 

「逆に聞くけど、脳筋は何が気に食わないの? どうしてそこまで引っかかるの? テンテンの器が未完成だから?」

 

「それもあるが……。俺は基本的に純愛を通せと思う人間なんだよ。『今まで』がそうだったし。第一、アイツがレムとエミリアを抱えるなんて絵面、想像できねぇ」

 

 

聞き、ラムはハヤトが突っかかる理由が個人的な理由であると理解した。勿論、今のテンの精神的な負担が恐ろしく重いと察したことによる思いやりも含まれているだろうが、一番は私情。

 

否、故郷で過ごした人間ならばそれが『普通』の反応と言える。男一人に対して女複数など考えられない。二股とか、日本では普通はあり得ない。そしてハヤトはその『普通』の中に生きていた人間だ。

 

一対一。それが普通の倫理。異世界に日本の倫理観を持ってくるなと言われればぐうの音も出ないが、飛ばされてからたった三ヶ月と少しの人間にそれを捨てろと言うのは酷な話。

 

恋は盲目と言うが。果たして、それだけでこれを片付けていいのか。いや、良くない。良く思えない。それに、テンも片付けられるような適当な人間じゃない。

 

変なところで律儀なのがテンという男。ああ見えて割と真面目な彼がその倫理観を捨て切れるわけがない。

 

だから彼は、三人の構図が気に食わない。

 

器が未完成なのも理由としてあるが、器なんて後から作り上げていけば良いだけの話。それよりは問題にはならない。故に、頭のド真ん中に位置するものはそれなのだ。

 

もはや、エミリアがテンを慕っていることを前提として考えているが、強ち間違ってもいないだろう。だから今、こうして悩んでいる。

 

 

「古臭い考え方に縛られるのはやめることね。今までの脳筋なんて知らないけど、少なくとも今は、その『今まで』とは違うことを理解しなさい。テンテンは理解して、殻を破って、前に進んだわよ」

 

 

そんなハヤトの悩みを軽蔑するようなラムの発言が彼の思考を貫いた。

 

包丁が一定のリズムでまな板に打ちつけられる音を立てる彼女は、パンに視線が固定されたまま未だに手の止まるハヤトを横目にすると、

 

 

「二人だとしても同じ愛を注ぐのだから、それも一つの純愛でしょう。というか、純愛の定義、その対象人数が一人という時点で古臭い。ひたむきに愛せる器があるのなら、人数なんて関係ないとは思わないの?」

 

「その器が今のアイツには()ぇからこんなこと言ってんだよなぁ。今のままだと、どっかで無理が生まれちまうんだよ」

 

「だからラムは、静観が得策と言ったのよ。現時点ではなんとも言えないから、色々と浮き出てくるまで見守るのがラム達にできることよ。まだ、始まってもいないし」

 

 

「移りゆく大局を長い目で見る。いい加減に分かりなさい」と。そう付け足して、険しい表情で食べ物と睨めっこするハヤトから視線を外す。

 

今のことしか視野に入っていないハヤトにラムはそろそろ苛立ちを覚えてきたが、なるべく表には出さない。出すと、ハヤトの面倒な部分に触れそうな予感がする。

 

そんな彼女を真横に深く吐息するハヤト。彼は今、上手いことラムに丸め込まれたような気がして、ふつふつと湧き上がりつつある赤色の感情を抑え込んでいる真っ最中。

 

そこで爆発しないのは、彼女の意見に納得してしまったからだろう。深く吐息することで、反論したがる自分を無理やり押さえつける。

 

 

「……そうだな。確かに早計だった。あんがとよ」

 

「どういたしまして。できれば、自分一人で抑えてほしかったけど………脳筋は脳筋だから無理そうね。ここまでくると、通常運転すぎて感心を通り越して安心すらしてくるわ」

 

「どういう意味だこら」

「そのままの意味よ」

 

 

落ち着き、感謝を述べ、お決まりのやりとりを交わし、ハヤトは作業を再開。頭に上った熱を全て吐き出した彼の声に尖りはない。彼女の意見を心全体で受け止め、咀嚼し、飲み込む。

 

一理ある。ラムの言っていることは最もだ。

 

こうして自分達が色々と考えようが、まだ始まったばかり——もしかすると、始まってすらない三人の関係では全てが空振りに終わる。一時の感情のみで動くのは、あまり得策とは言えない。

 

今はまだ、テンは器が未完成だし。今はまだ、レムはテンを独占したがっているし。今はまだ、エミリアは自分の想いを『違和感』程度にしか感じていないはずだし。

 

今はまだ、だ。だから今から焦っても仕方ない。外野である自分が騒いでも、本人達の意識が向かない限りは大した意味を成さない。

 

そうなると、少し思うことがある。

 

 

「テンはエミリアのこと、どう思ってんのかな」

 

「少なくとも、今は視野に入ってないでしょうね。逆に、入っている方がありえない。いえ、ありえる方がおかしい。もしそうならラムが直々に制裁を下してやるわ」

 

「そうか」

 

 

そこは姉として譲れないものがあるのか、妙なところで気合の入るラムにハヤトは適当に返して苦笑。

 

握りしめた包丁がギロリと鋭く光り、それ以上に赤色の眼光が鋭くなったのを見て更に苦笑。

 

いずれは直面する問題だが、今から思い詰めても仕方ない。気長に見守っていく方向にシフトした彼はそれらを苦笑で覆い隠し、一旦、頭の片隅に追いやるのだった。

 

 

 

 

 






純愛は一人が基本だと思うハヤトと。二人でも同じ量の愛を注げれるのならば、それもまた一つの純愛の形だと思うラム。

倫理観が問われる問題。あなたは、どっち派ですか?

次回もこんな感じで、メインはエミリアとなります。テンに抱きしめられるレムを無言で見つめ続けて、彼女は何を思うのか。この状況だからこそ、その一端を少しばかり。

例え、テンとレムが恋人なろうとする中でも事態は動き続けるもの。その中で、頭を悩ませる人たちがいることを忘れないでください。


どのタイトルが気になりますか?

  • 雷の鳴る夜に
  • (ソラノ・)レムの幸せに溢れた日々
  • お酒少女達には勝てない
  • 恋人っぽいこと
  • ありふれて、ほのぼのとした一日
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