親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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話が長くなるのが私なのでどうなるか分かりませんが。現時点の予定では、このお話を含めてあと6話で0章が終わります。

テンとハヤト。その二人がエミリア陣営に馴染むまでの過程も、もうお終いですね。それが終わったら幕間を挟んで、いよいよ原作開始です。

いよいよ、原作開始です。





全員共通の安らぎ

 

 

 

 

時間は少し進んで朝食時。

 

テンがエミリアの想いをなんとなく察している間にも他三人の使用人がせっせと朝食の支度を進めたことで、多少の誤差はあれど定刻通りの時間に支度が完了していた。

 

理由として大きいのは、レムが頑張ってくれたからだろう。テンに甘えに甘えた彼女の元気はいつもの数億倍で、昨日までの沈み様が嘘のように支度を爆速で終わらせ、ほぼ時間通りに至った。

 

彼女を見るハヤトとラムがその様にホッとしたのは言うまでもない。昨日までの彼女を見てきた二人はレムに笑顔が戻ったのだと実感できて、自分達の寝ている間に全力を尽くしてくれたテンに感謝の意を込めて苦笑いを送っておいた。

 

 

 ——そして、現在。ロズワール邸の住民が皆、着々と食堂に集合する中。今、テンの部屋の扉を優しく叩く音が廊下に響いた。

 

 

「テンくん。テンくんのレムです。朝食のご準備が整いましたのでお迎えにあがりました」

 

 

扉を叩いたのはレム。扉をノックする彼女は約束通りに朝食の準備が完了するまで部屋で(名目上では)おとなしくしていたテンを迎えに来ていた。この時間、本来ならば食卓の用意を進めるが今回は特別。

 

それは今、ハヤトとラムに任せている。というよりも、反論する余地を許さぬレムが朝食の準備をあらかた済ませた瞬間に軽く手を洗って厨房から飛び出した。

 

勿論、二人にそのつもりなどないが。それでも何か言われる前に、少しでも早くテンを迎えに行きたいという本心の下。

 

単に、彼の傍から離れている時間を一秒でも減らしたいという理由でもあるが。それはレムだけのナイショ。

 

扉の前で待機するレム。身だしなみを軽く整えていると、聞こえてきたのは扉の向こう側から近づいてくる足音。当然、テンの足音だ。逆にそれ以外なわけがない。

 

自然と胸が高鳴ってきた。彼の近くにいるだけで鼓動が速まり、抑えきれない衝動(欲情)に駆られる。満たすためには彼に発散する他にない。

 

扉が開いたら抱きついてしまおうか。そうしよう。そうするしかない。妻としてそうしないわけにはいかない。

 

そうと決めたレム。彼女は扉が開かれるのを今か今かと待ち望み、

 

 

「お前まさか。これから自分の名を名乗るとき、そうやって名乗るつもりじゃないでしょうね」

 

 

ドアノブが捻られると扉がゆっくり開き、奥から姿を現したのは苦笑いの愛人。名前の前に『テンくんの』が付け足されたことにむず痒さを感じる彼が、照れ臭そうな表情を覗かせた。

 

しかし、あどけない表情で小首を傾げるレムは何が問題なのか分かっていない。否、彼女からすれば当たり前のことなのだろう。「ダメなんですか?」と、分かりやすく疑問符を頭の上に浮かべている。

 

 

「ダメじゃないけど。なんか、恥ずい」

 

「では、『ソラノ・』レムとどちらがよろしいでしょうか?」

 

「究極の二択……いや、二つに一つ。できれば普通に名乗っていただけると——」

 

 

自分がテンのものであると語る前者か、自分がテンの妻であると語る後者か。どっちもどっち、二つに一つの選択肢に悩むテン。そんな彼の胸にレムが飛び込んだのはその時だった。

 

ぽすん、と。柔らかな感触を柔らかな感触が受け止める音が二人の間で生じると、言葉を遮ったレムの体がテンの体に収まる。流れるような両手が背中に回ると、彼女が彼を抱きしめた。

 

突然の抱擁、とは言い切れない。今のレムは「好き好き! 大好きー!」状態のレム——これだけで全ての行動に納得がいくのが彼女のすごいところだとテンは思いながら、

 

 

「急にどーしたの?」

 

「愛する人の胸に飛び込む。それに理由が必要なんですか?」

 

 

見上げ、ふにゃりと頬を緩ませるレムが全幅の愛を告げながら唇を綻ばせる。庇護欲を凄まじい程に刺激してくるそれはまさに、テンが本気で好きだと思える女性の笑み。

 

頭の中を容赦なく埋め尽くすレムの問いかけに対して言葉をテンは生まず、薄く笑みを浮かべながら吐息。それから彼女の体を抱きしめ返すことを答えとした。

 

途端、額を擦りつけるレムが無邪気に喉を鳴らし、閉じた口の中で甘ったるい笑声を溢す。うっとりするような、夢中になるような、時間が経つにつれて抱擁の度合いが増していく。

 

そんな彼女の頭をテンは撫でた。つむじからうなじにかけて穏やかな手つきで撫で下ろす。眼下、胸元で「テンくんの匂い……」と、スンスン鼻を鳴らすレムの脳内が着々とトリップしつつある中、愛を注ぐ。

 

ふとした瞬間、今はこれしかしてあげられない自分の情けなさを呪い。本当に頑張らなくてはなと、これから先も思うであろう思いを何十回目かの再認識をし。

 

 

「ーー? テンくん」

 

「なに?」

 

 

愛人に甘え、気を張っていなければ溶けそうになるレムに名を呼ばれたテン。自分がどこを見つめていたのか自分自身ながらに無理解だった彼が視線を下に向けると、目があったのは青色の瞳。

 

幸福と快楽のみが宿っているはずのそれは今、困惑と戸惑いを孕んでいた。自分を一直線に見つめるレムの双眼が、心配そうにしている。

 

咄嗟に不安がらせないように笑みを贈ったが、その二つが抜けないところから察するに、あまり効果はなかったようで。

 

 

「なにか、あったんですか?」

 

 

その一言に、テンの心臓が一度だけ大きく跳ねる。跳ねたのは彼自身が指摘されたことを隠していたかったことに他ならない。

 

ちょっと——ほんのちょっとの時間、刹那よりも短い時間だけ自分の情けなさに死にたくなりそうになっていただけなのに。心の整理をつけようとしていただけなのに。

 

自分の中だけで思っていたことのはずだ。表情には出さなかったはずだ。声も震えていなかったはずだ。鼓動は落ち着いていたはずだ——それでもレムにはバレた。

 

 

 ーーどうして分かった?

 

 

そう、心の中で思った直後、

 

 

「驚かれていますか? 当然のことですよ。レムはテンくんのことなら、なんだって分かるんですから。鼓動だってレムが指摘したら一度だけ大きく高鳴りましたし。他の誰もが見逃す些細な乱れも、レムだけは見逃しません。見逃してあげません」

 

 

「だって、レムとテンくんは運命共同体なんですから」と。そう言って言葉を閉じるレムがふわりと微笑む。その発言自体がテンの心を見透かして、もう隠し事などできないのではないかと彼に思わせた。

 

なに一つとして表に出さずとも、レムには見透かされた。以心伝心をしているわけでもないのに心の全てを丸裸にされて、嘘をつこうとすれば刹那で否定される予感しかしない。

 

本当に、この子には敵わない。物理的にも精神的にも、何事においても勝れる気がしない。

 

 

「なんでもないよ。ただね……色々と頑張ろう。って、思ってただけ」

 

 

言いながら、見上げる額を胸に押し付けたテンは吐息。

 

喉をごろごろ鳴らす彼女の色っぽく熱っぽい息が胸をじんわりと温めていくのを感じながら、不意に瞳の色を決意と覚悟に染めると、

 

 

「俺、頑張るよ。もっと強くなるし、もっと人として成長するし、もっともっともっと……たくさん頑張る。頑張ることしかできないから」

 

 

日常の中に紛れた劇的がテンの心を固める。ありふれた一場面で、彼は自分が犯した罪と向き合い、ちゃんとした形で償うことを密かに強く固める。

 

固めて固めて固めて、これ以上固める必要はないと思ったところから何十回も固めて。この先、なにがあったとしても決して折れない心を形作り続ける。

 

問題も、それに伴う課題も、今の自分には山積みで。それら一つ一つを確実に解決していかなければならないから。

 

面倒なことに、全ての問題と課題は今すぐには解決できないもの。時間をかけてじっくりと取り組まなければ解決することはできない厄介なもの。要は、全てを並行して毎日コツコツ取り組む必要がある。

 

今、こうしている間にも。

 

 

「ちょっと焦っちゃうな。今の俺には乗り越える壁が多すぎるよ。それも、一個一個が果てしなく高い」

 

「焦らなくても大丈夫ですよ。こうなれただけでもレムは幸せなんですから。焦らず、ゆっくり、自分なりの速さで頑張っていけばいいんです。大丈夫です。レムも隣にいますから」

 

 

血の夜を越え、様々な感情と向き合い、自分の在り方を今一度見つめ直したことで、様々な問題と課題が浮き彫りになったテン。分かってはいても、理解するとどうしても憂鬱な気分になる彼にレムはいつだって献身的。

 

支えると。尽くすと。生涯をかけて寄り添うと。それら全てをひっくるめて『添い遂げる』と告白した彼女の声はひどく優しげだった。焦る心を宥めるような、そんな柔らかさがあった。

 

彼は自分にこんな言葉を言われても限界を超えて頑張ってしまう人だから、自分はその安息の場になってあげよう。頑張りすぎて、心をすり減らして、倒れてしまう———そうなる前の癒しになってあげよう。

 

違う。なってあげたい。自分が彼の安息の場になってあげたい。癒しになってあげたい。自分の胸に沈み込んで、癒されてほしい。

 

そんなレムの意志とは反して、テンは「ふっ」と楽しそうに笑い、

 

 

「本音は?」

 

「とても、すごく、頑張ってください。できれば、あと数日以内にはレムを襲ってくださるくらいに成長してくださるとレムとしてもやりやすいです」

 

「素直でよろしい。なにがやりやすいのかは敢えて聞かないことにするよ」

 

 

たった一言でぽろりと溢れたレムの本音に、テンは苦笑することもできずに真顔。適当に流すつもりで笑ってみたが、言った直後のレムが妖艶な雰囲気を纏ったことで容易く崩れた。

 

そう言って当然だとも。早く成長してほしいと思わないレムがレムの中にいないわけがない。色々と我慢できなくなりそうな予感しかしないのだ、早いところ自分を襲ってくれないと困る。

 

 でも、

 

 

「焦らなくても大丈夫なのは本当ですよ。じっくり、ゆっくり、二人の歩幅で、愛を育んでいきましょう。一歩ずつ、一歩ずつ。沢山の愛を経験していきましょう」

 

 

「ね?」と、再び見上げたレムが腕の中で可愛らしく小首を僅かに傾げる。ニコッ、という文字が付属しそうな笑みが眼前で弾けると、テンもまた釣られて笑った。この天使の笑みだ、釣られないわけがない。

 

確かに、そう思わない部分がないわけではないけど。それでも焦らなくていい。それで彼に負担をかけてしまってはレム自身が罪悪感に殺される。

 

だからその辺は自分もたくさん協力するつもりだ。ここから先、自分はテンという恋人にたくさん『女』としての自分をどんどん出していくから、それを頑張って受け止めてほしい。沢山経験して、慣らしてほしい。

 

その代わり、彼も『男』としての彼を自分に出してほしかったり。自分も自分で慣らしていくから。

 

 

「沢山の愛、って。具体的には?」

 

「それを話し始めてしまうと、丸一日テンくんを拘束することになりますが。お聞きしますか?」

 

「うん、また今度にしよっかな。聞けたら聞く」

 

 

行けたら行くのノリでくっつき虫と化したレムを体から剥がし、テンは自室と廊下の境界線を越える。

 

正面。分かっていた反応に「それは残念です」と唇を尖らせながら目を落としてしょんぼりするレムに手を伸ばし、

 

 

「ほら。そろそろ行くよ。いつまで待たせてんだ、ってラムに怒られる」

 

「姉様は、そのようなことは言いませんよ」

 

「レムには、ね。レムの分の責任が俺に乗っかるから。倍になって叩きつけられる」

 

 

繋がれて、軽く握りしめられた手を引っ張られたレムが嬉しそうに声を弾ませてテンの右腕に両腕を絡ませる。そうなることが当然のように、レムはテンに身を寄せた。

 

そうして歩き出す時の体勢が瞬間的に整うと、二人は歩みを進め始める。

 

目的地は、みんなが待っている食堂だ。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

日常の舞台は変わって食堂。

 

テンとレムの二人が数分かけて部屋からの移動を済ませると、中へと続く扉が開けられる。

 

開けた直後、視界に飛び込んできたのは席に着くハヤト達の姿。どうやら二人以外の人達は既に食堂に集合していたらしい、夢中になって仲良く談笑している姿が遠くからでも確認できた。

 

身振り手振りをしなが話す笑顔のハヤト。パックをモフりながら耳を傾けるベアトリス。モフられながらも相槌を打つパック。その話を前のめりになって楽しそうに聞き入るエミリア。同じく楽しそうに聞くロズワール。呆れた表情のラム。

 

配膳が既に完了し、二人を待っている最中の彼らは相変わらずの光景。一家団欒というべき絵面。

 

ほのぼのという他に適切な表現の見当たらない空間を目の当たりにしたテンとレムは一瞬だけ顔を合わせると、

 

 

「行こっか」

「はい。行きましょう」

 

 

遠くからでも聞こえてくるハヤトの声を耳に入れながら二人は足を前に出した。

 

いつもの光景——そのありふれた光景があることの幸せを感じながら、自分たちも混ぜてもらうために。

 

 

「アイツ、ああ見えて酒にめちゃめちゃ弱いんだよ。家に友達と集まって飲んだ時によ、試しに一缶だけ飲ませたらそれだけで。あ、もうヤバいかも、って、酔いの気配を漂わせやがってな」

 

「へぇーー。そうなんだ。テンってお酒に弱いんだ。ちょっと意外かも」

 

「俺もそう思った。それ以降、一滴も飲みやがらねぇの。俺を含めて他の奴らは飲んでるくせに、アイツだけは、マジでやめろ、って、本気で拒否したよ。それ以前に、酒が出てきた途端に、帰るわ、って立ち上がったのはビビったな」

 

「おい、今年で十九歳。さらっと未成年の飲酒を暴露するなよ、この野郎。エミリアが熱心に聞いてると思ったらそーゆーことか。余計な情報を吹き込まないの」

 

 

過去を思い出すようなハヤトが「うんうん」と頷くと、横からテンの声が強めに割り込む。途端、声に反応した複数人の視線が声の主と、その腕に絡むレムに集まる。

 

立ち位置上、扉が開くのを視界に捉えていたロズワールとラムは平然としているが。それ以外の人間はその声で二人の存在に気付いたのか、話に夢中になっていた彼らからすれば突然の割り込みに、各々が別々の反応を見せていた。

 

そんな彼らを横目にテンは、ロズワールの隣へと移動する名残惜しそうなレムを腕から引き剥がし、エミリアの左隣の椅子に腰掛ける。あらかじめ朝食が配膳された席に座った形だ。

 

尤も、離れるといってもロズワールが腰を下ろすお誕生日席(上座)の右手前の席に座る都合上、彼の右手に控えるレムとの距離は大きく変わりはしない。

 

普段は左手に控えるはずのレム。しかしそこは流石のラムと言うべきか。妹の心を察した姉の気遣いが今、無音で効果を発揮している。

 

 

「そんで? さっきの話、詳しく聞こうか」

 

 

腰掛け、机に膝を立てたテンが組んだ手に顎を乗せながら詰問の雰囲気を纏い始めると、机を挟んで正面に座るハヤトに笑いかける。

 

微笑みや苦笑に属するものではない、強いて言えば怖い笑顔を向けられたハヤトは「あぁ。それなんだが」とエミリアを指差し、

 

 

「エミリアがよ。お前とレムが来るまで暇だからお前の話が聞きたい、って言ってきてな。まぁ、話しても別にいいかと思ったから真っ先に浮かんだのを話してやったんだよ」

 

「だとしてもそれを話す必要はないでしょ。つか、なんでエミリアはそんなこと聞きたがったん?」

 

 

純粋な疑問といった具合にエミリアに顔を向けるテン。瞬間的に怖い笑みがただの笑みに変化した事にハヤトの「おい、なんでエミリアに対しては優しい笑みなんだよ」抗議の声が上がるが無視。

 

暇だから自分の話が聞きたいとハヤトに申し出た意味がいまいちピンとこない彼に、エミリアは「んーー」と指を頬に立てて首を傾げると理由を探すような素振りを見せ、

 

 

「なんとなく」

 

「なんとなくか。じゃあいいや」

 

 

「いいのか」と、ハヤトの声がテンとエミリアの間を通り過ぎるが二人は気にしていない。悩んだ末に特にこれといった理由は無いという結論を導き出した彼女に、彼は軽く頷いた。

 

本当にそうかは定かではないが、語るエミリアの真っ直ぐすぎる声にこれ以上聞いても無駄な予感を感じ取ったテンはそれだけで完結させ、視線をハヤトへと戻す。

 

彼女が自分のことを聞きたがった事に関しては、さして問題にはならない。問題視するべき点は他にあるのだ。

 

 

「で? お前が俺の酒耐性についてこの場の全員に話した件について。弁明の機会を与えるよ」

 

「弁明って……そんなに深刻に捉えることもねぇだろ。別になにもねぇぞ。俺は単に、エミリアが聞きたいって言ったから話した。それだけだ」

 

 

エミリアについては特にお咎めなしのテン。笑顔を内側に引っ込めた彼の真顔が詰問するようにハヤトに向けられるが、ハヤトは全く悪びれのなさそうな態度で淡々と言葉を返す。

 

否、悪いと思っていないのだろう。目の前のハヤトは「なんか文句あるか?」とでも言ってきそうな表情を全面的に押し出している。

 

が、自分の酒耐性が極度に弱いという事実が全員——運悪く自分とレムがハヤトの声を耳にすることのできる距離にいたために、屋敷の全員に知れ渡ったことがなにを意味するのか。

 

深く言えば、レムに知られたことがなにを意味するのか。

 

自分の左側。ロズワールの右隣に立つレムの目が妖しげに光るのを察したテンは、諦めと呆れを含ませたため息を深く吐いた。

 

 

「もっと他にマシなのあったでしょ。よりにもよってなんでそれなんだよ。あれ、割と本気で嫌だったんだよ? お前達が酔ってく様を見ながら、あぁこれから俺が介護すんのかぁ、って思うの」

 

「だからお前も一緒に酔わせようとしたのによ。まだ十八だから無理だとかノリ(わり)ぃこと言ってさ。挙げ句の果てには本気で帰ろうとしやがってよ」

 

「お前のそーゆーところ、俺は嫌いだよ。お前達は酔ってたのもあるだろうけど、ちゃんと節度は守れ。制御すんの大変だったんだからな」

 

 

「あれはキツかった」と。テンが感情の入っていない声で笑いを音にし、ハヤトが「そりゃ悪かったよ」と軽く頭を下げる。この瞬間、その二人は感覚を共有し合っているが、残念なことに周りの人間は全く会話に追いつけていない。

 

二人が広げるテンポのいい会話を楽しそうに聞いているだけだ。なぜか、この二人のやりとりは聞いていて心地の良いものがある。

 

変に混ざろうとしなくても、聞いてるだけで自分自身も楽しくなってくる。親友同士だけで成立するやりとりは、屋敷の住民にとってはそのようなものだ。

 

 

「あんとき飲んだのってなんだったっけ?」

 

「5パーセント……350(ml)の缶チューハイだった気がする。なにもしないまま素の状態で一缶飲んだだけでふわふわの予感がした。匂いは………多分、大丈夫」

 

「お前まじか。ポンコツすぎだろ」

 

「ダメかよ? つか、あれなんで買ってこれたの? 年齢確認は?」

 

「親父に頼んだ。ってゆーか、緩いところなら普通に買える」

「お前さ………」

 

 

親友ながらに、その適当さに呆れ果てるテンがゆるゆると首を横に振り、今度は別の意味でため息。大学デビューでバイト先の人達と飲んでいたことは分かっていたが、この男はその辺に関しては緩すぎると心底思う。

 

尤も、自分もそれに一度だけ付き合ったことがあるが。その一度が、今さっき話した内容ということもあり、その日を境にもう二度とお酒は飲まないと固く誓ったりしたこともあったり。

 

自身の酒耐性の無さを思い知った彼は、お酒には手をつけないと決めているのだ。つけた場合、酔った時になにをするか分かったものじゃない。

 

 

「じゃ、そーゆーハヤトはどうなのさ。お酒、強いの?」

 

「日本酒が得意で、10杯はいける。今まで何十人と返り討ちにしてきたぜ」

 

「お前さ、そろそろ法律という概念を守れよ。なに平然と語ってくれてんの? 律儀に守ってる俺が馬鹿みたいに思えてくるじゃねぇか。いや、そもそも飲む気なんてさらさらないけど」

 

 

お酒についてはよく分からないが、とりあえずハヤト酒豪説が頭の中に浮上してきたテン。彼は武勇伝を語るようなハヤトの自信満々な様子に、いよいよ恐怖心すら抱いてきた。

 

缶チューハイ一本でフワつくテンと、日本酒10杯のハヤト。ハヤトが世間様の酒豪と比べて強いかどうかはさておき、ここまで真反対だと一周回って清々しい。

 

 更に、

 

 

「十八も十九も二十も似たようなもんだろ? 細けぇことは気にすんなよ。小せぇ男だな」

 

「お前が適当すぎるんだよ! もうやだこの人!」

 

 

律儀に法律を守るテンと、適当なハヤト。という構図が明らかになればテンは椅子に触ったまま大きく後ろに下がり、物理的な距離を確保しながらうんざり。お酒一つでここまで違いが出るかと密かに戦慄しつつ、元の位置に戻る。

 

そんなテンをハヤトはからからと笑って見ていた。反応が面白いのは勿論だが、一番は自分とテンの違いが明らかに出ていること。

 

流石の真反対、こうもハッキリするものなのか。

 

 

「ねぇ、テン。その、ちゅーはい、って?」

 

 

テンとハヤトの会話に混ざりたくなったか、或いは単に疑問に思ったか。テンの右隣に座るエミリアが肩をちょんちょんと人差し指でつつく可愛らしい仕草と共に、彼の意識を引きつける。

 

その無知な声で「ちゅーはい」なんて言われると可愛らしさが無邪気に大爆発し、見事なまでにテンとハヤトにぶっ刺さっているが。それをテンは振り切りながら、

 

 

「お酒の種類、その一つ。一般的なものだよ」

 

「ハッ! その一般的な酒ですら、高々一杯程度で酔いかけるとか。その辺に関しては触れてこなかったから知らなかったけど、今ので明らかになったわね。一般的——つまりは、一般以下。その言葉一つでテンテンの雑魚度合いが知れる。ラムには考えられないわ。不調法も極まったものね、本気で嘲笑する気にもならない」

 

「そんなボロクソ言うことないじゃん。人には個人差ってもんがあんだから………普通に傷つく」

 

 

話にあったチューハイ。この世界の人間にとっては聞き慣れないそれが一般的な酒だと知った途端にテンを殴りつけたのはラムの聞き慣れた毒舌。

 

たったそれだけの情報だけで彼のことを酒も飲めないクソ雑魚認定している彼女は、机に頭を打ち付けて項垂れるテンを追撃として鼻で笑った。

 

クリティカルヒットで直撃したテンが更に沈み、机に突っ伏す。もっとも、配膳された皿などをどけて、場所を確保してからのそれ。一応、周りが見えていないわけではないらしい。

 

 

「反対に、ハヤト君はだぁいぶ自信があるよぉーうだねぇ。相変わらずの真反対が健在なようでなぁんだか安心してくるよぉ。……そんなに強いのかい?」

 

「今まで大体……五十人くらいと飲み比べしてきたが、五人に負けたくらいだな。あとは返り討ちにしたり、打ち倒してやったりと、色々とやってやったぜ」

 

「ほぅ。それはそれは」

 

 

人差し指で机の上に小円を描きながら「そうですよぉ。どうせ俺は弱いですよぉ」といじけるテンがエミリアとレムに慰められている中、威風堂々としたハヤトの発言にロズワールの道化じみた面が不気味に歪む。

 

口角を不敵に釣り上げてニヤリと笑う彼の青と黄のオッドアイが意味深に細められると、言葉には出さないものの、直後から視線の中に挑戦の二文字が乗せられる。

 

自分が森で拾う前までどんな生活を送っていたかはこの際、置いておくとして。

 

 

「やる気か?」

 

「そんなに睨むことなぁいじゃない。イキがる若者を潰すというのも粋なものだぁーと、そう思っただけだよ」

 

「喧嘩なら買うぞ?」

 

「売った覚えはないがね。君がそうされたと受け取ったならば、教育の一環として相手をしないわけにはいかないというものだよねぇ」

 

「上等だ」

 

 

自分を一直線に見つめるオッドアイに睥睨し、立ち上がるハヤトは、話を静かに聞いているベアトリスの呆れたような視線を浴びながら拳を合わせる。

 

その程度の威圧など大した脅威でもないロズワールも、より好戦的な笑みを不気味に光らせた。

 

そして、圧倒的な歳上に挑む若者という構図が完成する。明らかにハヤトに分が悪い戦いの約束が今、交わされようとしている。

 

普通ならば。やめとけハヤト、と止めてくれるはずのテンは未だに「はいそーですよ、どうせ私なんて」とボソボソ言いながら少女二人に宥められている真っ最中。

 

故に、その二人を止めるものは誰も——、

 

 

「いえ、ロズワール様がお手を煩わせるまでもありません。脳筋程度、ここはラムがお相手いたします。軽く捻り潰してみせましょう」

 

 

不意に、その間にラムが割り込む。

 

両者の視線が交わり、売り言葉に買い言葉の火花が視線の中央でバチバチと散る中、二人の視線に割り込む彼女がハヤトを軽く睨みつけた。

 

友人としての戯れが紛れた紅の瞳に睨まれたハヤト。彼は「ほぅ」と腕を組みながら楽しげに喉を低く鳴らすと、

 

 

「別に俺はどっちでも構わんぞ。言っとくが、俺は強いからな。あんまり舐めてっと胃の中のモン、全部吐き出すことになるぜ?」

 

「小さい頃から、よく大人達と飲み比べたラムが負けるとは思えない。いえ、そんなことありえない。種族的にもラムという存在的にもラムは飲酒にも強いけど、脳筋がどこまで追いつけるか。見ものね」

 

「おお? いいぜ。かかってこいよ。ロズワールもそれでいいか?」

 

「別に構わないよぉ。君たち使用人の仲睦まじい光景を近くで見るのも、それはそれで悪くなぁいからねぇ」

 

 

ロズワール対ハヤトの構図がラム対ハヤトの構図に変えられたことで、今ここに二人の飲み比べ対決が決定。バチバチと火花を激しく散らし合う両者はやる気満々だ。

 

この場面、『Memory Snow』を視聴済みのテンならばすぐに身を引けとハヤトに忠告しただろうが、残念なことに彼はまだいじいじとしていた。

 

ラムに言われたことが相当なダメージを心に与えたのだろう。様々な意味合いで情けない彼のいじけボイスが永遠と鼓膜に弱く流れ込んでくる。ついでに、その彼を励ますレムとエミリアの声も聞こえる。

 

 

「そういや、このせ……ルグニカ(この国)の法律として何歳から飲めんだ?」

 

 

三人の声を環境音程度に聞き流すハヤト。ふと気になった疑問に彼は危うく「この世界」と言いかけた己の口を奇跡的に止めることに成功すると、話を聞く者達に疑問符を投げかけた。

 

お酒は20歳になってから。という言葉通りに故郷の法律ならばその年齢からだが、嬉しいことにここは異世界。

 

割と緩いのではと微かな希望を抱きながら周りの面子を見渡していると、ちょんと服の裾が引っ張られる。子どもの力、間違えなくベアトリスだ。視線を向けると目が合う。

 

わざわざ裾を引っ張ってまで意識を自分に向けさせた彼女は、その澄まし顔のまま形のいい鼻を嘲笑気味に鳴らすと、

 

 

「十四歳からかしら。そんなことくらい知ってて当然、常識中の常識なのよ。まぁ、無知なお前の場合は知らない方が当たり前と言えるかしら」

 

「妙に刺さる言い方だな。なんだ、さっきのお返しか? イジりにイジり倒された仕返しか? だとしたらあんまし意味ねぇぞ。教えてくれてありがとうな」

 

「ムカつくかしら…………って! なに普通にベティーの頭を撫でやがるかしら!」

 

「反応遅かったな。どした、気持ち良かったか?」

 

「う、うるさいかしら! いちいち聞いてくんじゃないのよ!」

 

 

皮肉混じりの嘲笑をするつもりが大して効果を生まず、逆にやり返された気がしてならないベアトリス。パックを膝に乗せた彼女が両手を暴れさせてハヤトの大きな手を振り払う。

 

ニヤニヤ笑うハヤトは、これまた悪びれのない表情。彼女とこうして言葉を交わし合うことを純粋に楽しむ彼は本当に楽しそうに笑っている。

 

そこで僅かに頬を赤らめるベアトリスも、言葉とは裏腹に満更でもなさそうな雰囲気だった。

 

 

「前々からずっと思ってたけど。ハヤトって、色々とすごい人だよね。ベティーとここまで壁なく接せる人なんていにゃいと思ってた」

 

「にーにゃ!? それは誤解かしら! 誰がこんな変な男になんか………こ、心を許した覚えはないのよ!」

 

「なんだその、浮気がバレたみたいな言い方。つか、変な男ってなんだよ」

 

「間違ってないとラムは思うけど」

「ボクもそう思う」

「ここは私も同意しておこうかなぁ」

「じゃあ俺も!」

「ではレムも!」

「なら私も!」

 

 

元から話の輪に参加していた人達に変な男認定されると、いつの間に回復したテンを筆頭にレムとエミリアが話の中に乱入。なにがなんだか分からない中でもとりあえず便乗しとけの精神で、手を上げながらハヤトを変な男認定。

 

六人の味方を一気に背中につけたベアトリス。彼女は立ち上がるハヤトを見上げると、してやったりとばかりに口角を釣り上げ、

 

 

「これが事実なのよ。ざまぁみろかしら」

 

「仲良しかよお前ら。いや、仲良しか」

 

「お前を含めてね」

 

 

全員の温かな視線を受けたハヤトが珍しくやりづらそうに苦笑い、頭に手を回してがしがしと雑に掻きながら椅子に腰を下ろした。

 

 

 

 







お酒という話題一つでここまで盛り上がるロズワール邸の食卓。彼らは普段からこんな感じです。

久々に書いたロズワール邸のほのぼの。今までがシリアスばかりだったので、腕が鈍ったような気がします。ので、今回は頭の中を空っぽにして書きました。

私の場合。ほのぼのは基本、考えて書いちゃダメなんですよね。脊髄反射で書くみたいにバーー!ってやるといいんですよ。はい。



どのタイトルが気になりますか?

  • 雷の鳴る夜に
  • (ソラノ・)レムの幸せに溢れた日々
  • お酒少女達には勝てない
  • 恋人っぽいこと
  • ありふれて、ほのぼのとした一日
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