前回の通り、今回はテンのゲートのお話。一話にぎゅっと詰め込んだので少し長めです。
始めに。
ソラノ・テンという男の——ソラノ・テンという、血の夜に死ぬはずだった男の結果。
第一に、全身に打撲と火傷を負った事実。戦いの中で何十、ともすれば何百と肉体に打ち込まれた火球によって上半身が焼け爛れる寸前まで追い込まれ、重ねるように地面をバウンドしたかのような痣。
第二に、暴走したレムによって刻まれた脇腹の傷痕。人間を超越した怪力が直撃したそれは、生半可な打撃による被害と表現するには遠すぎる。まさしく、人外によって齎された傷痕。
第三に、決して消えぬ傷痕。右目の下に一筋。研ぎ澄まされた本能が失明の危機を回避した代償として、一生残るそれ。
第四に、大量出血による貧血症状。および、疲弊した肉体への後遺症。刃による裂傷が全身に刻まれたと言っても過言でない状態で戦闘を継続した結果。止血手段のない状況下で幾度となく血を流し、吐き散らし、リミッターが外れた肉体を限界を超えて酷使したことの因果。
第五に、ゲート。質が良く、少ない量のマナで大規模な魔法を繰り出せるかつ、マナの貯蔵量が多い性質。枯渇するまでマナを使用し、加えてオドまでも乱用したことで、皮肉にも牙を剥いたそれがゲートを歪ませた。一日二日では治らない負荷が掛かり、ゲートは異常なまでに歪んだ。
以上。
これらがソラノ・テンという、死ぬことが当然の傷を負いながらも辛うじて生き残った男の結果である。
次に。
ソラノ・テンという男の——ソラノ・テンという、戦いの後遺症に体を蝕まれ続ける男の現状。
第一、第二。共に回復傾向を見せつつある。レムやエミリアに施され続けた治癒魔法の積み重ねが微弱ながらにも傷痕を着々と癒し、続けていれば恐らくほぼ完治というのが
第三。受け入れるべき事実として甘んじて納得する他にない。魔法の力すらも行き届かぬ場所に到達してしまったものはどう足掻こうが空振りに終わる。
第四。時間を掛ければ完治の見込みあり。身体的な後遺症および流血による血液不足——日常生活に支障を来す程度のため、一定の安静期間を確保した上で貧血症状の改善。更には、
第一、二、三、四。これら全ては少なく見積もっても二ヶ月以内にはほぼ完治する見込み。適切な対応と処置をした上でそれを越えれば、日常生活に支障を来さず本業である戦闘への参加が期待される。
ただ、あくまで『見込み』のため、長引くことも可能性の一つとして考えられる。しかし、短縮することはあり得ない。最低でも二ヶ月。
現状、第五のみが完治までの期間が不確定である。何ヶ月、或いは何年。損傷ではなかったことが不幸中の幸いだが、それを考慮しても治癒期間の長期化は避けられないと思われる。
大陸最高峰の治癒術師の手を借りなければ、短期によるゲートの回復は期待できない。大精霊ベアトリスの力を以ってしても、もはや手の届く領域ではない。
以上。
前述した全てが、ソラノ・テンという男の結果および現状である。
要点だけをまとめると。体は日常生活に支障を来す程にボロボロだけど時間をかければ治る。が、肝心のゲートだけがいつ治るか分からない。ということ。
故に、全員の気持ちは同じだった。
例え他陣営に借りを作ることになろうが、対価を支払うことになろうが、それでも自分達のために戦い抜いた彼のことをなんとかしてあげたい。労ってあげたい。
そう思う心は、思いの強さこそ違えど全員共通だった。
——ただ一人。当人だけを除いて。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
その瞬間、部屋の空気が一気に張り詰めたことを全員が認識した。
騒がしい男二人を中心として広がっていたほのぼのとした雰囲気が一瞬にして凍りつき、弛みに弛ませていた糸がピンと張られ、ふざけることを一切許さない空間が刹那で完成する。
意識していなくとも、背筋が勝手に伸びる緊張感。最も存在感のあるロズワールの雰囲気が『真面目』に切り替わると、釣られる面々はそれ以上の『真面目』に切り替わり。
誰もが、話を切り出した人間が話の進行を視線で促し、
「そこまで神妙になること?」
その視線を、のほほんとしたテンの声が一刀両断した。緊張した空間にいる全員の気持ちが引き締まる中でただ一人、その雰囲気に置いていかれる彼が一番始めに声を発した。
当然、静寂した空間で声を出せば視線が声の主に集まるもの。各々の感情を含ませた視線を一挙に向けられたテンは一瞬だけ肩を跳ねさせるが、平然とした態度を崩さぬまま、
「俺のゲートについて、って。アレでしょ? フェリックス・アーガイルの治癒を受けるか否か、ってやつ。なら答えは決まってます」
その一言だけでも分かるテンの呑気さ。相変わらずの態度で神妙な雰囲気を纏う全員の意志を真っ向から否定する彼は、ゆるゆると手を横に振りながら、
「必要ない。——以上です」
恐らく、長引くであろう話し合いを端的に断ち切る。最終的な決定権は自分にあると勝手に思い込む自分本位な意志の下、途端からムッとしたエミリアの圧を真横から受けながら。
しかし、それをガン無視する彼としては、それで完結したらしい。悠々と、一人だけ朝食に手を伸ばそうとしていた。依然として緊張した空気が解かれない中、当人である彼だけがその空間から一人抜けしようとしている。
ふざけた様子はない。否、それ以前の問題。決して無視してはいけない自身の深刻な問題を、まるで他人事のように扱う様は、自分自身のことをどうとも思っていないかのようで。
どうしてそんな態度ができるのか。そんな彼の価値観を疑うロズワールは、予想していた反応に肩を落とし、珍しく怠そうに深々とため息を溢した。
「君は。君自身がそうだとしても、私達が納得しないということを理解する必要があるよ。テン君」
「そう言われましてもね。俺が、要らない、と言ってるんですから、話し合いはそれで終わりです。当人がそう言う以上、続ける必要性は皆無だと思いますよ。いつまで経っても平行線ですし」
「それで事の収集がついたらラクなんだがね。残念なことに、この件に関してはそう簡単に頭を縦に振るわけにはいかないのだよ。私情的にも、陣営的にも、ね」
己の意見を意地でも押し通すつもりのテンに、ロズワールは一歩も譲らない。せっかく整えた話し合いの場から一人だけ逃げ出そうとする彼の手を無理やり掴んで、無理やり引き摺り戻した。
それはもちろん、約一週間前に保留になった事——歪んだテンのゲートをフェリックス・アーガイルの力を借りて短期間で完治させてもらおうという一つの提案。
対価という観点からテンの反感を買う予感に一時保留となったそれに決着をつける気概のロズワール。当人を含めた話し合いの場を設けた彼は、テンを逃すことなど絶対にしないのだ。
「確かにそうだとも。これは君自身の問題だ。君のゲートが異常なまでに歪み、これから先の生活に支障を来すやもしれぬが、あくまで君の体の中の問題に過ぎない。それだけならば、私達には関係のないことだ」
「なら——」
「だが、それだけで収まる問題ではないこともまた事実……いや、君自身の問題と表現する方がことさらおかしい。なんせ、もはやこれは君自身を含めたエミリア陣営全体の問題なんだぁーからね。関係ないはずがないだろう」
俺の問題だから構うな——決してそう言いたいわけではないだろうが、テンの態度から滲み出るそれにロズワールはやや強く反論。緩やかに返しながらにも、そこには緩やかさに反して強い意志が込められていた。
敢えて本人の意見を肯定して、そこから否定して突き落とすやり方にテンが僅かに顔を顰める。言葉を遮られて黙り込んだ彼は、即座に否定を返さないところから察するに心のどこかでは言葉の意味を理解しているのかもしれない。
否、理解していなければならないとロズワールは思う。彼は、『ソラノ・テン』という存在がエミリア陣営にとってどれほど大きなものなのか、大きなものになったのか、自覚していなければダメだ。
彼を慕い、好意的に接する少女達のためにも。
「テンくんのお身体は、もうテンくんだけの物ではない事をテンくん自身も理解してください。今のテンくんにはその理解が、自覚が、足りなさすぎます。ですから、そのような身勝手な発言が軽々しく口から飛び出すのですよ」
声が喉元に詰まるテンの真横。言ったレムの声が主人の発言に補足すると、エミリアとは反対側からの圧がテンに重くのしかかる。
「少しはレム達の気持ちを慮ってください」と。お仕事モードの真顔のままに語られたテンは、若干の怒気が混ざる声色に萎縮気味に肩を窄めた。
自分勝手な意見一つで自分達の想いを否定するテンの言葉を聞いて、彼の(未来の)妻であるレムが何も思わなかったわけがない。駄々をこねる様子に不本意にも苛立ちが生じてしまいそうだ。
分かってはいた。分かってはいたが、ここまで容易く断たれるとは思わなかった。自分の事になると途端に扱いが雑になる彼の性格が悪い方向で働いてしまったと思うと、頭を抱えてしまいたくなる。
「ロズワールとレムの言う通り。テンの身体は、もうテンだけの物じゃないの。みんなみんな心配してるんだから、そんな適当な態度しないで。ちゃんと、真面目に、お話を聞いて。私だって怒るときは本気で怒るんだからね」
左の圧に重なる右の圧。紫紺の瞳が鋭く尖った冷めた声のエミリアが、自分達の思いとまともに取り合わないテンを軽く咎めた。中庭での会話を経て、気持ちを素直に表現する彼女に遠慮はない。
彼に頭を撫でられて喉を甘く鳴らしていた少女達にしてはいささか厳しい態度——それだけ彼のことが心配な証拠。態度の程度こそが彼の想う気持ちの強さだ。
彼の横顔を一直線に睨むレムとエミリア。切れ味のある視線に肩を窄めるテン。
数秒前までの平然とした態度はどこに消えてしまったのか。基本的に本当の意味で怯むことのない彼は今、たった二人の少女達による威圧に怯みっぱなしだった。
ーー情けない姿ね
そんな彼を見る人間の一人、ラム。彼女は今、心の中で彼のことを鼻で笑う。
深夜に彼と話す過程で、一足先に彼の意見を聞いていた彼女は彼の否定を知っていたからどうなるかと思っていたが。黙って成り行きを見守っていればこれ。
予想通りにこちらの温情を軽く蹴っ飛ばしたテンは、ものの見事に少女二人によって鎮圧。早々に話を切り上げられる予感には自分も動こうかと脳裏に過ぎったものの、その必要もなかった。
それでいいのかソラノ・テン。否、これだからこそソラノ・テンと言える気がする。
自分よりも遥かに格上の怪物相手に真っ向から突撃する強靭な精神力を培った彼は、しかしたった二人の少女を相手にすると途端に萎む。
それがラムの知る、テンという好感の持てる人間だろう。
「テメェの言いてぇことはなんとなく分かる。性格上、お前は周りを優先する奴だからな。だが、その上でまずは俺らの意見を聞けや。お前一人で勝手に話を終わらせんな。俺らに耳を貸せ。一人で突っ走るなんざ、らしくねぇ真似すんなよ」
「一人で突っ走るのが俺らしくない、って?」
「おうよ。それはお前の仕事じゃねぇ。俺の仕事だ」
「自覚してんならやめろよ」
腕を組んで自信満々に言い放つハヤトに肩を落とし、テンは呆れるような吐息を小さくこぼす。ただ、その吐息に含まれる意味合いは、彼に対する呆れだけというわけでもなかった。
今ので、フワついていた考えが改めて固まったような気がする。
決して疑っていたわけじゃない。ゲートに関してラムから話を聞いたとき、彼女から、彼女を含めた全員の意見を間接的にではあれど聞かされたはずだ。
例え、対価を支払うことになろうともテンに治療を受けさせてあげたい、と。
でも、実際に自分の耳で聞かないと確証を得られなくて。だからこそ今、テンは自分以外の人間の意見が共通していることを実感していた。
レム、エミリア、ハヤト、更にはラム。この四人の声を肌で感じ。加えて全員が向ける視線に宿された感情が一致してることを感覚的に理解し。本当の本当に、全員は自分に治療を受けさせるつもりだと。
「………そーですか」
己の中で何かしらの結論に至ったテン。いつになく頑なで、誰一人の意見も聞き入れないつもりだった姿勢が和らぐと、彼は一人でにそう呟く。
自分のことを見逃す人間などこの中には一人としていない——それを真に理解した彼にロズワールは「いいかい、テン君」と声のトーンが数段落ちた深刻そうな声色で言葉を繋げ、
「今から話し合うことは、エミリア陣営にもそうだが、君の将来にも大きく関わることだ。君個人の意見を尊重したいのも山々だが……それが、君に決定権がある事と同義じゃぁない」
「俺だけの問題じゃないから、って?」
「そぉうだとも。言ったはずだ、もはやこれはエミリア陣営全体の問題だと。故に、まずは全員の言葉を受け止め、それから意見を言いたまえ。君とて子どもではないだろう? らしくもない行為をするのはそろそろやめた方がいい。——君には似合わない」
「……分かりました」
ふざけた口調が抜けたロズワールの子どもを叱りつけるような物言いに、テンは変に突っかかることなく引き下がる。実際、先生と教え子である関係上、そうと言えなくもない。
ロズワールはどれだけ自分のことを大人だと評価してくれているのか。過分な評価を受けたテンはそれから「ごめんなさい」と、ロズワールに向かって素直に頭を下げた。
そこで頑なにならず、正直に折れることができるのは彼が評価通りに大人な証拠だろう。
意見は変わっていないけれど、とりあえず周りの意見を聞く。色々と確信を得て、気付かされて、己の発言が子どもじみて、我儘であったことを知ったから。
どうしてこんなにもアツくなっていたのだろうか。いつもの自分ならこうはならなかったはず——今がいつもの自分なわけがない。いつも通りとはかけ離れている。
ただ、それを、絶対に、表に出さないだけ。
自分の現状を知って。情けなさを痛感して。レムと話して。エミリアと話して。想いを知って。感情という感情が許容しきれない器の中に次々になだれ込む今、別のことで気を紛らわしていないと気が滅入りそうな予感しかしないのだ。
ちゃんと時間をとって、心の整理をつける必要がある。エミリアと別れてからレムが迎えに来るまでの僅かな時間、五分十分では足りなかった。
「レムもエミリアも、ごめん。ちょっと
「そんな……、謝らないでください。レムも少し言い過ぎましたし、お相子です」
「私も、強く言っちゃってたかも。テンが、ホントにすごーく心配だったから、つい。……ごめんなさい」
レムの方を見て頭を下げ、エミリアの方を見て頭を下げ。自分を叱りつけた少女達にもテンは謝る。己の良くない部分が、半ば八つ当たりとして発せられた事実に彼は声を落ち込ませて言い、自分自身を強く咎めた。
返された反応は否定的なものではなく、寧ろその逆。あまりにもいじらしいテンの謝罪が彼を軽めに怒った彼女達の心に罪悪感を抱かせ、謝罪に至らせるという、テンの素直が伝播したような光景。
頭を上げたテン。彼は正面に座るハヤトを数秒間だけ見ると、
「話を遮ってすみませんでした。ロズワール、話し合いを始めましょう。俺も真面目に聞きます」
「あれ? 俺への、ごめんなさい、は?」
「うんっ。分かった。君が聞く気になってくれて安心したよ。正直なところ、今の不安定な君を相手にするとなると、すこぉーしばかり怪しかったからねぇ」
「無視かよ」
何事もなかったように視線を逸らしたテンにハヤトは突っかかるが、テンの鼓膜は彼の声を遮断。ロズワールにすら無視されると、彼は先程のテンのようにがっくりと肩を落とした。
この時。ロズワールの口から当然のように出た「今の不安定な君」という発言。
聞いたテンの心臓が瞬間だけ悲鳴を上げ、隣のレムが「ふあんてい……?」と困惑と疑心の声を小さく溢すが。しかしその小さな変化は誰の鼓膜にも拾われず、結局は個人だけの感傷となった。
その後、二人が誰にも悟られぬように努めるのならば尚更。
▲▽▲▽▲▽▲
「それじゃぁ、今からテン君のゲートについて話すけぇど。まず初めに、テン君自身は話の概要を知っているのかい?」
テンの説得が済み、話し合いの場が改めて整うと、自然と進行役となったロズワールが一番初めに彼に問いかける。ゲートについて話す前に、まずは大前提から入った。
それを知らなければ今からの話にはついて来れない。彼のゲートについて話すという事はその場の全員が彼の現状を知る必要があることを意味するのだ。
ロズワールの知る限りでは、テン以外の人間は彼の現状を全員知っていることくらい。だが、肝心の彼自身が知っているか否かをロズワールは知らない。
故に、問いかけた。知らなければ一から説明する必要があるため中々に面倒な手間がかかると思うが、
「大方、ラムから聞きました。ゲート以外のことも。俺の現状は大体把握してるつもりです。というよりも、実際に体験しました。階段から転げ落ちそうになった瞬間は死を悟りましたよ」
要らない情報を付け足し、テンはロズワールの僅かな懸念を破壊。淡々とした態度で語る彼はラムと目を合わせると、合わせてきた彼女と軽く口元を綻ばせながら、それ以上の軽さで頷き合う。
それだけで、二人は納得したような表情を薄く浮かべる。が、残念なことに他の面々は全く理解できていなかった。
今、二人の間で交わされた無言の意思疎通に対しての疑問が、音を立てて生じている真っ最中である。
「なんだ、お前ら。俺らが知らん間になんかあったのか?」
目の前で起こった視線のやり取りに、頭で考えていても仕方ないという結論に至ったハヤト。とりあえず聞いてみるの精神の彼は、生じてから脳内を駆け回る疑問を口にし、不思議そうに喉を低く唸らせる。
思っていた事を口にしてくれたハヤトに便乗する面々の視線を受けながら、テンとラムはまたしても目で会話すると、
「いや、なにもないよ。ただ単に、俺の現状をお前から聞かされたよね。って、確認し合ってただけ」
「えぇ、そうね。なんでもないわ。ただ単に、無知で可哀想なテンテンが間違って死なないよう、ラムが危険を回避させていただけ。ラムの危機察知、管理能力に感謝するがいいわ」
「はーい。感謝してまーす」
ハヤトとはまた違った軽口の形を軽快に広げると、二人は顔の裏側で小さく笑う。表に出さぬそれを両者ともに察すると、笑みは深まる。
言い回しに誤差はあれど、それが二人共通の返しだった。
テンとラムしか知らない二人だけの真夜中の密会——言葉だけ聞くと凄まじくいやらしいものに感じてしまうそれは、二人だけの秘密。何を聞かれても真実を話すつもりはない。
あれは、二人にとって色々な意味で他言し難い一場面と言える。誰にも打ち明けたことのない心情を打ち明け、己の在り方を見つめ直したテンも。そのテンと話す中で自分らしからぬ言動をしたラムも。
互いのことを心から信用している事の裏返しとも言えるが、流石に限度というものがあると振り返って思うのは共通のこと。テンも、ラムも、色々とやり過ぎていた。
他言無用。絶対に外には漏らさない。漏らした場合、漏らした側が漏らしていない側を道連れにする羽目になる。
「これが俗に言う、仲良死。ってやつだね」
「低俗な思考に頭を使わない。下手に疲れて、そのうちぶっ倒れるわよ。ただでさえ今のテンテンはポンコツなのに、それ以上ポンコツになって何が残るというの」
「はぁい。すいませぇん」
「その謝り方、無性に腹が立つのだけれど」
「なんでだよ」
「おいお前ら、仲良しでも仲良死でもどっちでもいいからとりあえず黙れ。話が進まん」
ラムと二人で話している最中にもあった、話が意味不明な方向に脱線する現象。真面目に話しているつもりが、いつの間にか変な方向に話題が突っ走っている不可思議な関係。
仲が良すぎることが大きな原因となるそれがこの場でも起こると、ハヤトが苦笑いしながら指摘した。多分、このまま誰からも指摘されなければあの時のように話が脱線し続けていただろう。
指摘されて口を閉じたテンと、閉じた口に軽く手を添えるラム。
「仲睦まじいことはわぁたしとしては嬉しいことなんだがね。まっ、今は控えてほしいかーぁな」
「申し訳ございませんでした、ロズワール様。このような不祥事は金輪際起こさぬよう、気を引き締めて参ります」
「以後、気をつけます」
従者二人からの謝罪を受け止め、ロズワールは「うん」と満足そうに頷く。こうした場面でも、その関係の深さが知れたのは偶然の産物だったとして、一旦それは頭の隅に追いやる。
話し合いの雰囲気を匂わせる彼は「それでは」と呟くと、机に肘を立てながら指と指を組み合わせるように手を組み、
「まずは結論から話そう。テン君、私達は君に治療を受けさせてあげたいと思っている。勿論、その際に発生しうる対価の件を考慮した上でだ。それを支払うことになろうとも、体を癒すための十分な環境を君に与えてあげたいと考えている」
「これ、全員共通だから」と、自分一人だけの意見ではないことを強調するロズワールにテンは「もう分かってますよ」とだけ。さっと周囲の目を一瞥すると、温かな視線を一身に浴びた錯覚を得た。
自分の存在が想像以上に大きなものだと伝えられた彼は、ばつが悪そうに目線を下へ落とす。あまりこのような視線に慣れていないせいで、誰とも目を合わせられない。
反抗する気配は無し。自分達の言葉に耳を傾けてくれた彼にロズワールは「主な理由としては二つ」と言葉を繋げ、
「一つは私情的なもの。もう一つは陣営的なもの。私情に関しては……既になんとなぁく察しているよねぇ?」
「はい。もちろん」
確認するロズワールの疑問にテンは迷いのない声で返す。逆に今の会話を越えた状態で迷い、「分からない」と答える方がおかしいだろう。そう言った場合、左右の二人に確実に激怒される。
ちゃんと伝えたのにまだ分からないのか、と。一つ一つを事細かく説明しないと分かってくれないのか、と。
もうその自分は卒業した。いい加減に気付くことには気付けないとダメなのだ。あのままの自分で在ることは許されない。変わると自分自身に誓った。
「私情的な理由———。固く言えば、頑張ってくれた君に対しての謝礼。柔らかく言えば、大事な教え子の痛ましい姿に心を痛めてしまった私からの温情、とでも表現しようかねーぇ」
「ロズワールが、おんじょう……?」
意味を通り越して言葉自体を理解できないテンが、「は?」とでも言いたげに顔を顰めて首を傾げる。途端から瞳が困惑色に染まり、「なにを言ってるんですか」と目で語り始めた。
少しばかり予想と外れた対応に「その疑問、詳しく聞かせてほしいかなぁ?」とロズワールの口角が興味ありげに釣り上がるが、テンの表情は微動だにしていない。
この男の辞書に『温情』という言葉が存在しているわけがないだろう。鍛錬の時に一体、どれだけ殺されかけたと思っている。お陰様で三途の川を渡りかけた回数が軽く十を超えている。
愉悦の笑みを全面的に押し出しながらボッコボコにしてくる男のどこに温情要素があるのか、できるものなら納得のいく形で説明してほしいものだ。
そんな事を考えつつ、ロズワールの追求を右から左へと受け流すテン。不意にその肩がポンと優しく叩かれる。
叩かれたのは右肩、すなわちエミリアだ。不満そうな彼女は物言いたげに詰め寄り、
「ロズワールだけの温情だと思わないでよね。私だってテンに、ちゃんとした環境でゆっくり休んでほしい、ってずっと思ってるんだから。辛そうにしてるテンは……もう、見たくないもん」
「レムも、レムも同じです。テンくんはレムと姉様の命を命懸けで守ってくれて、約束通りに生きてレムの下に帰ってきてくれました。頑張ったテンくんにはそれくらいの温情があって当然ですよ」
エミリアが思いを伝えた途端、食い気味に詰め寄るレムがテンの左肩にもたれかかり、若干ムキになったような態度を見せながら思いの丈——その一端を語る。両者に向けられる想いを知っているだけあって、挟まれたテンはこそばゆい。
外からの反応は三種三様。どこか微笑ましげに見守るラムとパックに、テンを見て目を細めるハヤト。テンの反応を愉しむロズワールに、どうでもよさそうに紅茶で喉を潤すベアトリス。
狭い世界で展開される男女関係に各々の感情を抱く中、こそばゆさゲージが振り切る前にテンは「分かった。分かったからもういい」と二人を手で押し剥がすように制し、
「私情的な理由は分かりました。その温情はありがたく受け取ります。肝心なのは次ですよ」
姿勢を整えるついでに身じろぎし、むず痒そうに首を掻く。この場所に座ったのは失敗だったかと不意にも考えた。
しかし座ってしまったものはしょうがない。今更席を変えるわけにもいかないテンは、茶を濁すつもりで紅茶を喉の中に流し込むと、
「なにがどうなって、エミリア陣営全体の問題になるんですか?」
「君、自分がエミリア陣営にとって如何なる立場であるか。まさか、忘れちゃぁいないだろぅ?」
男女関係云々はさておくテンの問いにロズワールは煽るような声色で淡々と言い放つと、テンは暫し沈黙。言葉自体の意味は理解してるが、発言の経緯に理解がいかない様子だ。
深く考え過ぎてしまうのがテンの悪い癖。偶に出るそれが発動した予感にロズワールは彼の行為そのものに対して否定の意を込め、首を小さく横に振ると、
「君は、エミリア様のなんだい?」
「俺はエミリアの騎士……に、なる予定の人です。忘れたことなんて一度もありませんよ」
「予定、じゃなくて、なる! 騎士になる人! もぅ、そこくらいは自信持ってよ。テンはハヤトと一緒に私の騎士になる人なんだから。少しくらい、ハヤトみたいに堂々としてなさい」
予定、と言ったことが癪に障ったのだろう。自分の現実的な立ち位置を細かく言い表したテンにエミリアはご立腹で、「ごめんごめんごめん」と適当に謝るテンの体をぐわんぐわん揺らす。
そこは自信持って断言してほしい。これから彼は自分だけの騎士になるのだから。他の誰にも渡さない自分だけ——彼は自分だけの
今からそんな弱気では困るのだ。謙虚な心がけは否定しないが、身内の中でくらいはハヤトのように、もっと自分を大きく魅せてもいいと思う。
「そこ、謙遜するところじゃにゃいよね。ボクとしては、娘を守護する盾としてもっと自信持って断言してほしいところだけど」
「そうだぞ。もっと自信を持てよ。同じく騎士になる俺みたいにな。その方が男としてカッコイイぜ。まぁ、お前の場合だと想像つかないが」
「そう言うお前は自信過剰すぎるかしら。そのうち、身を滅ぼすのよ」
「自信満々のテンテン………想像するだけでもゾッとするわ」
「大丈夫です! 謙虚なテンくんも、自信に満ち溢れたテンくんも、レムは愛していますよ。どちらであったとしてもレムはテンくんのことが大好きです」
たった一言でこの有り様。
会話の種を一粒でも撒けば即座に開花し、無限に成長し続けるそれらに終わりなどない。そんなエミリア陣営の人間関係には毎度のようにテンは困らされる。
真面目な雰囲気を返してほしい。と、言いたいところだが。それを言うと回り回って最終的に責任の所在が自分だと言われかねないために、結局は一言一言を受け止める他になかった。
「君も大変だねぇ」
「あなたが静かにさせないからですよ。ロズワール」
「あはぁ、そぉれはすまない。見てて面白かったものだーぁから」
「もういいです。話を進めてください」
誰一人としてまともな人間がこの場にいないことを知ったテンが疲労を含ませた吐息を一つ。
諦めた彼は「テン、テンってば」と未だに突っかかるエミリアに「悪かったよ」と一言添えながら彼女を宥めた。声色から察するに、恐らく疲れ始めている。
途端、テンが纏い始めた怠そうな雰囲気を察した面々がしんと静まり返った。一応、引き際は弁えているらしい。彼の雲行きが怪しくなった瞬間に切り替わった。
「……で? 俺が騎士である事と治療を受ける事になんの繋がりが?」
自分の態度一つで周囲の人間が静まったとは考えもしないテン。彼は、騒がしさの余韻が引くのを横目に問いかける。
周りの雰囲気に振り回されるのにそろそろ嫌気が差しそうな彼に、ロズワールは「そうだねぇ……」顎に手を当てて頭の中で言葉を選ぶように、
「今から約二ヶ月半後。何があるか、知っているかい?」
「………王選」
「おやぁ? 知っていたとは、意外」
「まぁ、そのくらいは」と言葉を紡ぐテンはチラとラムを見る。謎にドヤ顔のラムは「感謝しなさい」とでも言いたげだ。
大まかな日時に関しては、偶然にもラムと話した時に伝えられていた。偶然、本当に偶然。なんとなく気になったから聞いただけのはずが、こんな場面で意味を成すとは意外なものだ。
「お、そうなのか?」と、初めて聞いたハヤトがベアトリスに確認。返された答えに「そうなのかぁ」と適当に頷くのを視界に入れながらロズワールは人差し指をピンと立て、
「具体的には、王選開始の宣言——そのための式が開かれるんだぁーよね。もちろん、そこにはエミリア様を含めた、王選候補者の全員が出席するわけ」
「顔合わせ、つーことか?」
「そゆこと。まっ、それ以外にも色々と議論されることはあるけぇど。今この場で大事なのは、それが二ヶ月半後にある、ということ」
湧いて出たハヤトの疑問に端的に応じ。ロズワールは手首を折るように立てた人差し指をテンに向け、
「そこには当然、お付きの騎士も参列することになるわけ。……ここまで言えば、大まかな察しはつくだろう」
「私、テンには絶対に来てもらうつもりだから。忘れないでよね」
陣営的な理由、その最終的な意味をテンに導き出させるロズワールに重なるのはエミリアの熱心な声。熱心である前に随分とご執心な彼女は、テンから拒否権を奪い取る。
しかし、そこまでされなくてもロズワールの発言で理解できるテンだ。理解して、その先にある納得に行き着いてしまうそうになるテンだ。
「この
「大体、そんなところだ」
「娘の晴れ舞台なんだから、そこはちゃんとした人が来てほしいものだよね。今のテンがリアの隣に立ったところで、できる事といえば精々、弾除けくらいだし」
「そう言われても、即座に言い返せないのが今のテンテンの現状ね」
晴れ舞台であるかどうか、疑問に思わなくもないが。取り敢えず後で小言を挟んでくるラムに言い返すとして、今は無視。呑気に肉壁宣告してくるパックに適度な相槌で反応するテンは「ふぅーん」と喉を低く鳴らした。
周囲からの声に取り合わなくなったテン。話を進める方向に意識を集中させる彼にロズワールは、今度はエミリアを手で示しながら、
「エミリア様は王選を控えている。にも関わらず、エミリア様の騎士ともあろう存在がそぉーんなにボロッボロの状態でいいのかい? そんな状態で、胸を張って己がエミリア様の騎士であると言い切れるのかい?」
言うと、テンの表情が分かりやすく歪む。自分に被害が及ぶのではなくエミリアに矛先が向かうとなった途端に、彼の顔色は一変する。やはり効果絶大。
予想通りの反応に内心、気分を良くしながらロズワールは続ける。敢えて強めの口調で、それ以上に強い圧を彼に掛けながら、
「君はその形で、エミリア様の隣に立つつもりかい? それは君にとって許せることなのかなぁ?」
煽るように言い終える。テンのエミリアに対する忠誠心と、彼女のために努力してきた想いの強さを必要以上に刺激して、彼は口を閉じた。
こう言えばテンがなんと言うかなど分かりきったことだが、本人の口から言わせる必要があるのだ。そうしないと、彼が納得するはずがない。だから、疑問符を投げかけて終わらせた。
「……クソが」
しばしの沈黙を得て返されたのは、彼にしては珍しく雑な言葉。エミリアと数秒間だけ見つめ合うと荒っぽく吐き捨て、体勢を前に倒して机に突っ伏す。
置いた両腕に顔面を埋める彼は誰とも目を合わせない体勢をとると、
「それ言われちゃ、もうなんも言えねぇよ」
「君は、本当に優しい子だね」
「うるさい」
守りたいと思える人のためならば、魔女教徒の大群とだって満身創痍の状態で戦う覚悟を持ったテン。エミリアの名を出された彼はロズワールの発言に返す言葉が見つからず、素直に手詰まったことを弱々しく告げた。
確かにそうだ。今の自分がエミリアの隣に立って何ができる。何を成すことができる。もしかしたら、弾除けにすらなれないかもしれない。
それを覚悟で今回の件を断ったつもりだったが。改めて指摘された今、落ち着いて考えてみると、決して見逃していいわけがないことを頭も心も理解した。
断ってはいけないことだったのだ。自分は、自分の体を早急に治す必要がある。でないと、エミリアの支えになれない。傍にいてほしい時に、居てあげることができない。
それは——それだけはダメだ。レムと同じ悲しみをエミリアに味合わせることになる。同じ罪を、また重ねることになる。
対価を支払わせることは嫌だ。とても嫌だ。できることなら受けたくない。だけど、そうしなかった場合にもっと嫌なことが起こる可能性が否定しきれないから、受けなくちゃいけない。
「付け加えると、他陣営と比較して圧倒的に人材不足なのが
「なる……ほど」
「更に付け加えちゃうと。君は命の奪い合いをしていると言ってもいい模擬戦においてこの私、ロズワール・L・メイザースに本気を出させる程の実力者。一時的ではあれど、戦力として失うには惜しすぎる人材だ」
「なる……」
「もぉっと言うと。弱々しい君は見ていて気持ちのいいものではない。寧ろ、痛々しい姿に心苦しくなるばかりだ。ならば、ゲートと一緒に体の隅々まで治してもらってくるといい。君が懸念する対価に関しては、コッチでなんとかするつもりだーぁから」
「お分かり?」と、念に念を押すロズワールがいつになく頼り甲斐のある姿勢を際立たせる。なぜか、「お金に関しては親に任せなさい」とでも言われたような気がテンにはしていた。
自分はロズワールの子どもになった覚えなどないぞ。あくまで教え子というだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。
「別に、ハヤト君一人という事実が安心できないわけじゃない。彼は君とは真反対だぁーからね。凄まじく頼り甲斐のある存在だよ。だ——」
「おい、それだとテンが要らねぇみてぇな言い方に聞こえるぞ。今すぐ取り消しやがれ」
「早計な判断は君の悪い癖だよ、ハヤト君。話は最後まで聞きなさい」
テンのことを貶されたと早まった考えを得たハヤトが反射的にロズワールの言葉を遮って苛立ちの声を上げ、立ち上がりながら睨みつける彼をロズワールの落ち着き払った声が軽く制する。
親友思いは実に結構なことだが、時と場合は考えてほしい。誰もそんなことを言っているわけではないだろう。その程度のこと、話の流れから察することだってできるはずだ。
青と黄の瞳に一直線に射抜かれたハヤト。彼が「そりゃ、悪かった」と席に座りながら素直に謝ってくるのをロズワールは見届けると、
「だが。テン君がいると、その安心は確実なものになる。君とハヤト君がいれば、ある程度の脅威は回避できると私は君たち二人を評価しているからねぇ。私が鍛えたんだから当然と言えばそうだが」
「期待値、高すぎですよ」
「妥当な評価だな。何が来てもぶっ飛ばしてやるよ」
「君たちって、面白いくらいに反対の意見を当然のように返してくるよねぇ。……つまるところ、戦える頭数は多い方がいいに越したことはない。ということになる」
二人が真逆の存在であることに関しては置いとくとしてロズワールは「以上が、君に治療を受けさせてあげたい理由だ」と、無理やり話を戻すと長く続いた語りを終わらせる。
取り敢えず、これで全て伝えた。私情的な理由も、陣営的な理由も、彼に治療を受けさせるための話し合いに持ってきた全ては今この瞬間に残さず言い終えた。
あとは、未だに腕の中に顔を埋めながら机に突っ伏すテン次第。表情を隠す彼が今どんなことを考えているのか正直なところ読めない。が、態度からして答えは彼の中で出ているとロズワールは思う。
あの、雑な言葉こそが答えだ。何も言い返せなくなった証拠である、あの発言こそがテンの本心だ。
と、
「——分かりました」
一度、この場の全員が聞こえる程の深いため息を大袈裟につき、そう言い放つテン。
何が分かったのかと。頭の中で全員の疑問が奇しくも一致する中、彼は小さく「よし」と呟くと意を決したように立ち上がり、
「治療の件、受けたいとは思いません。自分にそれだけの価値があるとは俺自身が思ってませんし。申し訳ないですけど、それは変わりません」
「ですが」と、彼は息を継ぎ、
「ロズワールの言い分にとてつもなく納得してしまったので、受けます。意志を曲げるつもりはありませんが、確かにそうだなと思ってしまったので、素直に折れます」
「それに」と、彼はこの場にいる全員をぐるりと見渡し、
「俺がこのままだと、迷惑…かけちゃうかもですし。つーか実際に迷惑かけてますし」
「そんなこと——!」
ありません。
そう言い繋ぐはずだったのはレム。テンに献身的であることに幸福を感じる彼女としては、本心なのだろう。本当にそう思って、否定を挟もうとしたのだろう。
しかし、続けるはずの声は頭に添えられたテンの手によって止められる。物申したい彼女の唇がもごもごするが、首をゆるゆると横に振ってテンは抑え込む。
誰がどう思おうが、彼自身がそう思ったのだから、迷惑は迷惑なのだ。自分の現状を体の脆弱さとして理解した彼は、そう思わずにはいられない。
治癒を断る意志の身としてはひどく矛盾しているが、思ってしまったものは仕方ないだろう。受けたくなくても、それが受けない事とイコールになるわけではないのだから。
だから、
「治療の件、よろしくお願いします」
言い、テンはロズワールに頭を下げる。
引っかかるもの、突っかかるもの。それら全てを飲み込んだ彼は自分の意志とは反し、この場の全員の温情を素直に受け取ることにした。
テンがフェリスの治療を受ける未来が確定したことで、この先にちょっとした問題が発生したりしなかったり。
さぁ、残すところあと三話で0章(プロローグ)も終わりですね! いやぁ長かったですね。なんと、このお話で140話目ですって。
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