親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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こーゆーのでいいんですよ。頭の中を空っぽにして書けるから。





いつもの感じ

 

 

 

話し合いが終わるとそれからの朝食は割とスムーズに進み、十分もすればロズワール邸のほのぼのが展開されていた食堂は、楽しげな声の余韻が僅かに残る静かな空間になっていた。

 

というよりも、想像していたよりも時間が過ぎてしまったために朝食をパッと済ませようというロズワールの指示の下、話し合い以降は全員が黙々と朝食を済ませたと表現する方が正しい。

 

各々が各々の予定に支障が出ないよう大急ぎで朝食を終わらせ。そして、長引いた朝食の時間は終わったと言える。

 

 

 ——そして、現在。

 

 

時間は進み、後三十分もすれば太陽が天辺を通り過ぎる時間帯。胃の中にある朝食が消化され、人間生活を営む人々が徐々に昼食の空腹感を感じてくる頃合い。

 

場所は厨房。使用人四人が唯一、同じ場所で働くことのできる空間。例の如く四人の間でとてつもなく、くだらない談笑が行われるほのぼのとした世界。

 

その場所ではいつも通り、使用人二人とメイド二人が昼食の支度を整えていた。もちろん、いつも通りのくだらない談笑を添えて。

 

 

「今の俺がどうしてこんなにひ弱か。まぁ、色々と理由はあるだろうけど、一番はやっぱり貧血だと俺は思うのですよ」

 

 

そう言ったのはテン。長机の前に置かれた椅子に座り、朝食に使用した銀食器を拭く彼は、突然のように話し出した。彼が話題を一つ出し、それに便乗する三人のいつも通りの日常の始まりだ。

 

本当ならば部屋で大人しくしているはずの彼は、しかし「流石に暇すぎる」と異論を申し立てたことで、過度な動きをしない事と必ず誰かの目が届く場所にいる事を条件として外出許可をレムから得られていた。

 

今の彼に一人で外を歩かせるのは危険すぎる。今しがた本人が語ったように、重度の貧血症状に悩まされる彼はいつ倒れても何ら不思議ではない状態なのだから。

 

仮に一人で歩かせた場合、何が起こるか分かったものじゃない。というのは全員共通の理解。つまり今のテンは、屋敷の中の誰かと常に一緒にいなければ部屋から出ることは禁止されている状態。

 

勿論、それに伴って使用人としての役割も一時的に剥奪された。まともに動けない人間が働いて余計に仕事を増やされても困る——とは、ラムなりの親切。

 

そんな中、彼が見つけたのはこの時間のこの場所。せめて何かしていないと気が済まない彼は、使用人全員が集まるこの場でならば働いても大丈夫だろうと目星をつけ、今に至った。

 

 

「血が足りねぇんだよ、今の俺は。だからこんなにひ弱なんだよ」

 

「そんな吸血鬼みたいなこと言われてもな」

 

 

そんな厨二病を拗らせた言い方をされて困るのは半笑いのハヤト。テンの隣に座る彼は今、一足先に夕食の下準備をしているところだ。

 

まな板の上に広がるのはみじん切り最中の玉ねぎ。五つあるうちの二つを切り刻み終えた彼は、次なる犠牲者へと手を伸ばしている。その近にあるボウルの中にはなんの動物かは知らないが、何かしらの挽肉。その隣には入れ物に整頓された卵が六つ。

 

この三要素だけ夕食のメインが予測できた。人数が多いだけあって食材の量も一般家庭のそれではなく、下準備をせっせと進めるハヤトも忙しそうな様子。

 

それでも、談笑する余裕はあるらしい。「また始まったか」とでも言いたげな口角の釣り上げ方で彼は笑いながら、

 

 

「仕方ねぇだろ。お前は生きてる方が奇跡なんだから。ベアトリスの治癒魔法が無けりゃ、今頃あの世行きだっただろうし。生きてただけでも満足に思えよ」

 

「脳筋の言う通りね。致命傷をいくつも負った状態で魔女教徒と戦ったんだもの、あの殺戮集団を相手に生き残った方が奇跡。むしろ、貧血程度で済んだことを喜ぶべきだわ」

 

 

玉ねぎに刺激された瞳が痛み、目を擦るハヤトの声に便乗したのはラムの澄ました声。毎度のように広げられる男二人のくだらないやりとりに、当然のように入り込む。

 

テンとハヤトの視線の先——こちらに背を向けながら話に参加した彼女は今、鍋で具材をぐつぐつ煮込むレムの隣で野菜を切り刻んでいる。テンがいつもいる場所にラムがいて、逆にラムがいつもいる場所にテンがいる形だ。

 

背中越しに割り込んだラムにテンは「それはそうだけどさぁ」と、拭き終わった銀食器を籠の中に入れ、

 

 

「ここまでひどいとは思わなかったよ。だって、五分歩くだけでもう息切れすんだよ。弱々しすぎない? 悲しい通り越して笑っちゃうんだけど。ひょっとしたら介護すら必要とするかも」

 

 

机の上に置いた山積みの皿の中から一番上の物を手に取り、テンは言葉の通りに息を溢すような笑い方で笑声を音にする。実際問題、あまりの情けなさに笑ってしまうのは事実だった。

 

弱体化というレベルではない。これはもう、そのような次元ではない。介護を必要とするレベルの弱体化だ。自分一人ではまともに動くことすらままならず、他人の力を借りてようやく生きれる。

 

なんてことか。これではレムの献身的な態度に拍車がかかってしまう。「介護すら必要とする」と言った瞬間に振り返ったレムの満面の笑みが、それを雄弁に語っている。

 

 

「これは由々しき事態。ゲートとか傷痕とかは取り敢えず後回しにするとして、なによりも先に貧血症状を改善する必要があると私は考えました」

 

「焦る必要はないとレムは思いますよ! 焦って、無理をして改善しようとしなくともテンくんにはレムがいますから! テンくんのことは、このレムに全てお任せください! はい、全てです!」

 

「全てはお任せしません。一刻も早く貧血を改善するために私は血を欲します。この脆弱な自分から抜け出すためにも」

 

 

目を輝かせながら近づいてきたレムを軽く受け流し、テンは彼女の体を優しく押し退ける。

 

献身的な心がけは本当にありがたい話で、テンとしてはその温かさに心温まるばかりだが。レムの場合だと何をされるか分かったものじゃない。仮に受け入れた場合、一生寝台の上で暮らす羽目になる予感。

 

その輝きにはどんな意味が込められているのだろう、考え出すと終わらなさそうな気がするから考えるのはやめとく。

 

そんな彼の軽めの否定にレムは「それは残念です」と、しょんぼりしながらも、しかし強めに否定されないところ、テンは自分のことを求めているのだと嬉しく思っていたり。

 

 

「ということで、三人に貧血改善のための案を募ります。じゃあ、まず初めにハヤトからいこうか」

 

「食うもん食って安静にしてろ」

 

「適当か」

 

 

定位置に戻るレムを横目に左手を上げたテンが少しでも早い状況の改善を促すべく声を大にし、名を呼んだ男に刹那で返された応答に上げた手が力無くダラリと垂れる。

 

考える時間すら無かった。というか、四つ目の玉ねぎに手を伸ばす態度からして、まともに受け答えてもらっていない感が凄まじい。

 

否、それ以前に彼は今、玉ねぎによる猛攻についに屈し、目を守るためにゴーグルを装着するという最終奥義を発動したところだ。プールを彷彿とさせるそれを装備した彼は、玉ねぎとの格闘に意識が集中していて全く相手にしていない。

 

 

「まぁ、強ち間違ってはないけどさ。もちっと相手にしてくれてもよくない?」

 

「貧血には鉄分を摂取するといい。と、ラムは聞いたことがあるわ」

 

 

「野菜如きが、調子乗んなぁ!」と声に熱を宿すハヤトがとてつもない勢いで四つ目の玉ねぎをみじん切りにしていくのを耳にしつつ、ラムは彼の提案に補足。ハヤトと同じく野菜を切っているラムだが、その温度差が天と地だった。

 

意外にも、ラムがちゃんとした返答をしてくれたことに驚くテン。彼女のことだから何かしらの軽口を投げかけてくると思ったのだが、振り返った彼女は真面目な表情をしている。

 

その様子を違和感に感じたのだろう。ほんの少しだけ露出した驚きの感情を察したラムは不服そうに目を細め、

 

 

「なに? まさか、テンテンに向けるラムの優しさが意外だった、とでも言いたいわけ?」

 

「いえ。全く。そんなわけがございません」

「ウソね。不愉快だから斬る」

 

「分かった、謝る。謝るから来ないで。ラムが誰よりも優しいのは知ってるから。たくさん助けられましたから」

「口説いてるつもり? 気色悪いから斬る」

 

「どーしても俺を斬りたいか」

 

 

ハヤトが玉ねぎと格闘し、テンが貧血改善の案を募ってから数秒後に深く考え込み始めたレム。わちゃわちゃする二人を止める二人が自分の世界に入ったことで、テンはラムに斬られかける。

 

テンはラムに斬られかける、という字面が異質すぎるのはともかく。眼前まで迫ったラムの手に握られる包丁が殺意を帯びたのを幻視したテンは、必死な様相で彼女の肩を掴みかかった。

 

尤も、これがテンと自分のいつもの感じであると理解しているラムはそれ以上することなどない。要は、これがラムの軽口であり、壁のない好意的な接し方というわけである。

 

 

「冗談よ。なにもそこまで本気になることないじゃない。ラムがテンテンを殺すわけないでしょう。殺したら殺したで処理が面倒になる」

 

「ラムの冗談は冗談に見えないし聞こえないんだよ………分かってたけど。つか、処理が面倒ってなんだよ。殺すこと自体はいいのか。おい」

 

「それくらい察せる男になりなさい」

 

「なるほど。情が湧いちゃうわけか。俺とラムは仲良しだから、ってね。殺したいのに殺したくない…なんというジレンマ。もし俺を殺すことなった時のために、頑張れ、って言っとく」

 

「やっぱり斬る。痛くするから動かないで」

 

「普通は逆なのでは? 痛くしないように動かないでの方が…………待て。ごめん。悪かった。俺が悪かったから。帰ってこないで。そのまま定位置に戻って」

 

 

現にそのようなやりとりが交わされた後、彼女は定位置に戻っていった。テンと自分の絆の深さが露骨に現れると、彼女は満足したような表情を心の裏側で浮かべながら彼に背を向ける。

 

こうして、ラムのことを自然に揶揄うことができるのは割とテンだけだったりする。そうしたところで今回のように悉く返り討ちにされるのが関の山だが、不思議とそのやりとりが心地良い。

 

テンも、ラムも、この関係がとても好ましく感じられるのだ。そうやって言葉を交わしていると、理由は分からないが気がラクになってくる。

 

 その揶揄い、ごく稀にラムの心がさざ波程度に揺れることがあるという事は彼女だけのナイショ。

 

 

「っし! どぉだテメェこの野郎! 手間かけさせやがって」

 

「お前は何と戦ってんだよ」

 

玉ねぎ(これ)に決まってんだろうが」

「そーゆー意味合いじゃねぇよ」

 

 

テンとラムがいつものような軽口を叩き終わると、ハヤトの勝ち誇った声が空間に響く。見れば、まな板の上には山盛りになったみじん切りされた玉ねぎ。

 

装備したゴーグルを外す彼は謎のガッツポーズ。他の三人ならば淡々と熟す作業を、まるで強敵と命の奪い合いをするかのような気持ちで取り組み、たった今、決着がついた。

 

調理一つでよくそこまで昂ぶれるものだなとテンは思う。ラムに至っては相手にすらしていない。彼の玉ねぎ事情なんてどうでもいい。

 

 

「そろそろ慣れてこないの?」

 

「慣れねぇな。こればっかりは慣れん」

 

「そうなんだ」

 

 

ラムと同様に、テンも相手にするのを面倒だと感じたのか適当に言葉を返すと視線を手元にある銀食器へ。玉ねぎが厨房にあるときはハヤトに任せるとして、彼も自分の作業に戻った。

 

そんなテンにハヤトは、包丁をまな板に置きながら一仕事終えた感を醸し出し、

 

 

「んで? 貧血改善だっけ?」

 

「覚えてたんだ」

 

「ったりめーよ。俺が親友の一言一句を聞き逃すわけがねぇ」

 

「こわっ」

「え?」

 

 

普通に返したつもりがドン引きされたハヤト。予想外の返しに思わず腑抜けた声が小さく開いた口から漏れ出た。

 

親友だとしても、未だにテンとの距離感には悩まされる。他の親友にもするように肩に手を回すと「触んな」と言うし、今のような発言をすれば決まってドン引かれる。

 

それは、陰の民であるテンが陽の民であるハヤトのテンションを嫌うのが最もな理由だが。ハヤト自身がそれに気付くことはない。

 

 

「そんで、何かいい案は?」

 

「食うもん食って安静にしてろ」

 

「適当か………って、これさっきもやったよ」

 

 

「同じやつを繰り返すなよ」と、テンは仕方なさそうなため息をこぼすが。ハヤトは「いや、それ以外に言えねぇしなぁ」と腕を組み、

 

 

「貧血を改善する、つっても今すぐにできることじゃねぇし。流れた分をお前の体の機能が作ってくれるように栄養をたくさん摂るしかないだろ。栄養価のあるもん食って、少し静かにしてればいいんじゃねぇの」

 

「おぉ。それっぽい」

「脳筋にしては、ね」

 

「お前ら、俺のことを馬鹿だと思ってるな?」

 

 

睨みを利かせるハヤトに、二人して首を横に振るテンとラム。息の合った二人の対応にハヤトは「そうかよ」とだけ。いちいち突っかかっていても疲れるだけということを彼は知っている。

 

しかし、安直な答えだが。割と妥当だと思うのはこの場にいる全員共通。直接的な血を摂取することができるわけでもないから、ラムとハヤトが言ったように栄養のあるものを食べるしかない。

 

一刻も早く——とは言ったものの、他の後遺症と同じように時間をかけて改善していくしかないのだろう。とても面倒な話だ。

 

 

「なんかこう、いい感じにご都合主義の力が働いて俺の体が一気に治ったりしてくれないかな。明日の朝、起きたら全快してましたーーなぁんて」

 

「無いな。今の今まで俺らにそんなことが一度でもあったかよ」

 

「無いです」

 

「つまりそういうことだ」

 

「そういうことか」

 

 

この期に及んでそんな理想論を語るつもりはないものの、胸に溜まった鬱憤を晴らすつもりで呟いた一言。ハヤトも、言ったテン自身もそんなことなど既に知っている。

 

そんなものに縋ったところで意味なんてない。戦況をひっくり返せる力があるわけでもなく、最強というわけでもなく、故に死にかけた代償が無いなんてことはない。

 

無い、無い、無い。全て無い。この世界で許された力を、周りよりも質の良さとして授かった程度で。それ以外は今のところ無い。

 

やれることを堅実に積み上げて、傷を負って負って負って負って、ようやく強敵に勝てる力だ。だからテンは今こうしてボロボロになっている。ギリギリ生き残ったから、後遺症に蝕まれ続けている。

 

 

「期待するだけ無駄かな。貧血も簡単には治らないしさ。王選が始まる前に全快すればなんでもいいや。他の傷と一緒に、のーんびり治すとするよ」

 

「さっきと言ってることが真逆なんだが」

 

「焦っても仕方ないという事に言ってて気付いた。レムの言った通りだね。まぁでも、一気に血が戻ってきたらいいなーーって思わなくはないよ。当たり前じゃん。辛いし」

 

 

余裕で生活に支障を来すレベルの後遺症のために、早く治ってほしいと思う気持ちも強いが、既に自分の体は焦ったところでどうにもならない領域に踏み入っている。なら、下手に足掻いても無駄。

 

焦って、無理して治そうとしてもしょうがない。正しくレムが言った通りの結論に至ったテンが深く吐息。それと一緒に要らない考えを全て吐き出す。

 

そうやって、テンが気持ちを切り替えようとしていた時だ。

 

 

「——分かりました!」

 

 

不意にレムが声を張り上げる。これまで深く考え込むように黙っていた彼女が、今しがたテンが発した言葉を起点に呼び覚まされたかのような勢いで思考の海から現実世界へと帰還。

 

あまりにも突然だった。予兆、予感、気配——それらの一切を周囲に悟らせずに大爆発したレムには思わず三人の肩が反射的に跳ね、視線が彼女に集まる。

 

何が分かったのかと。そう思う三人の中のテンが、徐々に喜怒哀楽のジェットコースターになりつつあるレムに「なにが?」と、困惑一色に染められた声色で問いかければ、

 

 

「その願望、レムが叶えてさしあげます!」

 

「どの願望?」

 

 

浮かび上がる疑問を意志を介さずして外に出したテン。彼女がこうなった経緯が意味不明な以上は、取り敢えず問いかけることしかできない。三人中の三人が無理解なのだから、彼女の口から詳細を聞くしかない。

 

そんな彼の視線を受けながらレムは「もちろん」と包丁を手に取り、興奮した様子を全面的に露出させながら軽やかな足取りで、嬉々とした感情を声に孕ませて詰め寄ると、

 

 

「たった今、仰られたことです! 血が足りないのでしたら、レムがなんとかします! なんとかさせてください!」

 

 

必要以上に迫りながらレムは熱論。明るく、溌剌とした態度をテンに押し付ける様は、飼い主の足元ではしゃぐ子犬のように見えなくもない。表情までもが明るいのだから、より一層のこと。

 

テンの介護の話題が出たとき以上に目を輝かせているところから察するに、深く考えていた彼女の中で名案が生まれたらしい。介護する以上の名案が。

 

それはともかく。なぜ、包丁を手にする必要があったのか。目の前で「レムにお任せください!」と包丁を強く握りしめる彼女の思考がイマイチ読めず、テンは首を傾げて、

 

 

「どうやって?」

 

 

 ——その軽率な疑問を投げかけた数秒後。テン、ハヤト、ラム。三人の心に、世界を揺るがす程の衝撃が稲妻の如く走り、厨房が混沌に包まれることになる。

 

 

「どうやって、ですか? それはですね……」

 

 

聞かれると、レムは声を潜める。昂った興奮を意図的に抑え込んでいる様にも捉えられるそれは、しかし彼女の場合は真逆。

 

包丁を持つ手を己の胸辺りにまで持ってくる彼女は確実に、昂るそれを解き放とうとしている。

 

握りしめた包丁の先端。鋭く尖った部分を包丁を握っていない方の手、その人差し指に当てながら。恥ずかしそうに頬を赤くし、けれども、とても嬉しそうな笑みを弾けさせ、

 

 

「で……、では。レムの血を!」

 

「バッカやろう! 流石にそれはやりすぎだろ!?」

「テンテン! あなた、ラムの可愛い妹に何を吹き込んだの!?」

「何も吹き込んでませんよ! これに関しちゃ、ラムの教育の問題だよ! レム、その包丁を渡しなさい! その一線は越えちゃいけない!」

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 時間は少し進んで、冥日の二時。

 

お昼時を越えた太陽が天辺を過ぎ去り、これから少しずつ夕暮れへと日が傾きつつある時間帯。

 

温かな日差しが地上に住まう人間に光を与え、浴びる陽光に見上げれば、青々とした空色の海に大小様々な雲が泳ぐのが見えた。時折、気持ちの良いそよ風が頬を撫で、心地良い感覚に意図せずにあくびが浮かぶ。

 

とても穏やかな陽気だ。平和そのものと表現してもいい。寒過ぎず、暑過ぎない晴れ模様。お散歩に出かけてもいい。

 

 

「なんか。この絵面、面白いな」

「周りから見たら異質ではあるな」

 

 

そんな陽気の下で言葉を交わす男たちが二人——当然、テンとハヤトである。昼食を終えた二人は今現在、アーラム村へと向かっている真っ最中であった。

 

主な理由としては、村の人達に自分達の無事を知らせにいくこと。一応、安全を知らせるために全てが終わった後にハヤトが全員の住宅に顔を出したが、しかしそれっきり。

 

あの悲劇の夜以降、長いこと眠りについていた自分達は恐らく心配されているであろうとハヤトが言ったのだ。顔を見せていないから、不安にさせているのではと。

 

ならば自分も行く。とは、テンの発言。心配されてるかは知らないが、無事を祈られた人間として元気な顔くらいは見せるべきだろうと思い、ハヤトに続いて手を上げた。

 

行く事自体に反対の声は上がらなかった。寧ろ、レムもラムも「不安が募らないうちに静めてこい」とのこと。一時間程度、男二人に時間を与えた。

 

しかし、テンがついていく事自体には抗議の声を上げた。そんな状態で歩けるわけがない、倒れでもしたらどうするのか、と。

 

ご最もな意見で、予想していた意見。

 

ならばと、テンは考えた。二人の頭を頷かせる方法を。要は、自分が体力を使わなければいいのだろう。自分が倒れなければいいのだろう。

 

それならば、二人も渋々ではあるが頭を縦に振ってくれるのだろう。

 

 つまり、だ。

 

 

「大丈夫? 押してて重くない?」

 

「問題ない。体を動かすのにちょうどいいくらいだ」

 

 

 ——舗装もされていないデコボコの道を、大きめな四輪のカート台車が進む。

 

大人一人が余裕を持って座れる程の広さがある鉄製の天井のない長方形、その中には胡座をかくテンの姿。

 

ただ座っている人間が一定の速度で動き続けるのは、動かす人間がいる他にない。

 

動かす人間とは、この場合だとハヤトを指す。聞いてくるテンに余裕そうな態度で返す彼は台車の持ち手を握りしめている。

 

 つまり、だ。

 

 

「まさか、台車に乗ったお前を連れてアーラム村に行くことになるとは。それは思いつかなかった」

 

「でも、これなら心配ないでしょ? まぁ、ハヤトが押してくれなきゃ意味ないけど」

 

 

カート台車に乗るテンと、それを後ろから押すハヤトという絵面が完成するわけである。

 

屁理屈な気がしなくもないが、論点はズレていないことからレムとラムも仕方なさそうにではあったものの、結局は許してくれた。

 

尤も、ハヤトがキツそうなら別の案を考えたが。当人は先の通り。眠りから目覚めてまだ一日しか経っていないというのに元気な様子。軽めの運動として引き受けてくれた。

 

 そして、今に至る。

 

 

「でも、会いに行ってもいいのか? 今のお前を見せたら心配すんじゃね?」

 

「下手に隠して余計に心配させる方が申し訳ないでしょ。とりあえず、俺は生きてるよ、ってことだけを知ってもらいに行くのさ」

 

「なるほど」

 

 

乗り心地は決して良いとは言えないが、文句を言える立場ではないテン。首だけ振り返る彼は尻に感じる痛みと振動を意識から切り離しつつ、「コレも含めてね」と右目の下にある傷痕に人差し指を添えた。

 

無事ではないが、取り敢えず自分は生存しているという事実を伝える事に意味がある。却って心配かけてしまうかもしれないが、生存を基準にすればなんてことはないと伝えた方がいい。

 

 それに、

 

 

「ちょっと日に浴びないとさ。ちゃんと光合成できないから。一日の生活リズムが崩れる。太陽の日を浴びないと夜は眠れないんだよ」

 

「約一週間も寝てた人間に言われてもなぁ。生活リズムなんざ今のお前はとっくに崩れてんだろ。あと、ちゃんと光合成できない、ってなんだよ。そもそも人間は光合成できねぇっての」

 

 

故郷に住んでいたとき。真夜中まで起きて朝に眠る後ろのハヤト(バカ)と違って、テンは規則正しい生活を送る人間であった。厳密には、夜遅くまで起きていられないから、結果としてそうなった人間であった。

 

起床時間や就寝時間には気をつけていたつもりだし、言ったように日の光を浴びることも心がけていた。

 

日を跨ぐまで鍛錬する生活を送るようになった今、その事実に信憑性があるかと言われれば渋い顔をするしかないが。

 

 

「まぁ、そんなこんなで村に行く事になったわけですが。村の人達、元気にしてるかな」

 

 

光合成やら生活リズムやらの話から話題が切り替わると、テンが空を仰ぎながら呟く。話が広がらないと思ったか、単にその話題に飽きたか。唐突な話題の転換が行われた。

 

 

「大丈夫だろ。そうじゃなくても、俺らが顔出せば元気になる」

 

 

その切り替えの早さには慣れっこのハヤト。数秒前までの話題を即座に切り捨てる彼は、さも当然であるかのように言い切った。元気でなくとも、自分達が行けば元気になると。

 

発言に引っかかったテンが視線を空から地上へと戻し、ハヤトを見る。この男の自信満々な態度は一体どこから湧いてくるのか、毎度のことながらに不思議でしかない彼はゆるゆると首を横に振り、

 

 

「どっからその自信が湧いてくるのやら。お前のそれにはホントに尊敬するよ」

 

「俺は、ガキどもから懐かれてるし。お前は、親御さんと交流あるし。もちろん、俺もな。村の奴らから好かれてんだから、元気にもなってくれるさ」

 

「その言い方だと、俺が子どもたちから好かれてないみたいに聞こえるけど」

 

「俺よりかは好かれてねぇだろ?」

 

 

即答された自分とハヤトの差に、テンは「まぁ」とだけしか返す言葉が思いつかなかった。当たり前のように言われるとイラッとしないわけでもなく、眉間に皺を寄せると前を向いた。

 

性格上、そうなるのも必然と言える。ハヤトは誰にでも気さくで、温厚で、それでいて馴れ馴れし過ぎないから好感を抱けるが。極端に真逆というわけではないにしろ、テンの場合は一歩引いた接し方を選んでしまう。

 

必要以上に近づかず、近づかせず。それ故に周りから近寄りづらいと思われる。察しの大人なら尚更、進んでテンに近づいてくる人はあまり多くない。

 

テンとハヤト。この二人が村の中で別々の場所にいた場合、人が多く集まるのは圧倒的に後者。前者の場合は通り過ぎた時に軽く会釈する程度に終わる。

 

 

「それでも、子どもたちは容赦なく近寄ってくるけどね。そんで、その接し方を見た親御さんもニコニコしながら近寄ってくる。ホント、勘弁して」

 

「お前が実は超いい奴だってことを知ってる親御さんがいる、ってことだよ。いいじゃねぇか。来る者拒まず、去る者追わずがお前の接し方なんだろ?」

 

「なんで知ってんだよ」

「見てりゃ分かる」

「え、こわ」

「だから、なんでそうなるんだよ」

 

 

見ているだけで見抜かれた他人との接し方にテンがドン引き、物理的に距離を取る彼が台車の隅っこに身を寄せ。振り返るテンに化け物を見るような目で見られたハヤトはお馴染みの反応に苦笑。

 

数時間前にも似たようなやりとりをしたなと。そう思いながらハヤトはテンの顔をまじまじと見つめ、

 

 

「お前、近寄りがたい雰囲気あるからな。整った顔立ちの上に奥二重だから目つきも尖って見えるし。その真顔のままだと普通に怖いぞ。笑顔だ、笑顔」

 

「無理だな。お前みたいに笑うのは難しい。つかさ、俺って一重と二重なんだけど、知ってる?」

 

「んーー? ……ホントだ。右目が一重で左目が二重だ」

 

「そうそう。写真撮るときに違和感が残るやつ。マジでこれ、なんとかしてほしい。顔半分しか映れんくなる」

 

「心霊写真か」

 

 

絵面を想像したハヤトが思わず吹き出し、笑いの波が思ったよりも大きかった彼は尚も笑う。その事を平然とした様子で言われたことも面白がる一つの理由だ。

 

テンとしては普通のことを言っただけなのだが、ハヤト的には面白かったらしい。自分としては全く意味が分からず、頭の上に大きな疑問符を一つ浮かべることになった。

 

解消されることのない疑問符を振り払うテン。彼は再び空を仰ぐ。妙に笑いのツボに入ったハヤトが静まるまでの間、うるさい声を鼓膜からシャットアウトしながら意識を青の海へと旅立たせた。

 

青い空。澄んだ空気。偶に頬に触れるそよ風。視界の隅に映る木々。それらからふとした拍子に連想される一つのゲームタイトル———。

 

 

「ゲームしたい。カセット型の」

 

 

なんの脈絡もない発言。

 

ハヤトが笑いの余韻から抜け出していると、不意にテンがそんな話題を呑気な声と共に持ち出した。

 

基本的に、この二人が話す時はいつもこんな感じだ。話題が転々とするために今のようになることが殆どだったりする。主に、テンが話題を勢いだけで変え続けるせいで。

 

その一言だけで、アーラム村の話題を過去のものにしたテン。彼は依然として空を仰ぎながら「風船があったらパチンコで撃ち落とすのになぁ」なんて下らないことを思いつつ、

 

 

「どうぶつがいる森に行きたいなぁ。村の住民、みんな元気にしてるかなぁ。雑草生えてねぇかなぁ。でも、条例は美しの村だから雑草は生えてないはずなんだよ。ラフレシアも大丈夫なはず」

 

「村? 今のやつって『島』じゃねぇのか? その辺はやってねぇから詳しくは知らないけどよ」

 

 

なんの話をしているのか大凡の見当をつけ、ハヤトが小首を傾げる。正直、その辺のゲームには全く手をつけたことのない彼にはテンの話についていけるか曖昧だが、それくらいは知っていた。

 

声の調子から察するに、ハヤトは笑いの余韻から抜け出せたらしい。予想できるはずもない話を振ったテンは空に漂わせていた意識をハヤトへと向けると、

 

 

「島の方もやってたけど、俺は村の方が好きかな。今までが村だったから。言っとくけど、『おいでよ』の頃から俺はずっっっっとやってんだぞ。幼稚園の頃からお世話になってんだぞ。あのゲームと共に俺は成長してんだぞ」

 

「そうなのか」

 

「図鑑完成のため村を駆け回ってはタランチュラとサソリに挑み、その度に何度となく強制帰宅させられ。「くらぁぁ!」って叫ぶモグラにボタン連打した回数を叫ばれ。挙句の果てには、二百万かけてカブを購入したのに住民の誕生日を祝うために時間を移動し、二百万を腐らせた散々な村人です」

 

「んーー。なに言ってんのか分かってやれねぇ。悪いな」

 

「別に大丈夫、気にしないで。やってる人にしか分からない話だから」

 

 

まだ語りたい話は山ほどあるが、これ以上言ってもハヤトが追いつけないだろう。気を遣ったテンはそれより先を口にすることはなかった。

 

そうなると、ハヤトが知ってそうなゲームの話題を頭の中から引っ張り出そうとするテン。彼は「そっか」と何やら納得の声を小さく溢し、

 

 

「お前って、バトル系しかやらないもんね。ほのぼの系とか、手ぇつけないもんね」

 

「そうだな」

 

「もったえないやつ。すごく面白いのに。あーゆーほのぼの系のゲーム、俺、大好きだよ」

 

「そんなに面白いのか?」

「うんうん」

 

 

そこまで直球に言われてしまうと気になるのがハヤト。異世界に飛ばされた今となってはそう思ったところで無駄ではあるが、

 

 

「なら、俺もやってみたかったな」

 

「うちの住民は誰一人として渡さないからな! 離島ガチャによる一時間の激闘の末に引き当てたネコは渡さないからな! あのね」

 

「そんな機能ねぇだろ。……ん? あのね、ってなんだ?」

 

 

体を揺らして騒ぐテンが意味不明な語尾を付け足しながら言葉を閉じると、ハヤトが楽しげに口角を釣り上げる。

 

言葉の意味自体は解らずとも、こうして親友と、超絶どうでもいい話を無限にしていると楽しくて仕方がない。

 

屋敷から村への移動時間。その数十分の間にあるこうした、何気ないほのぼのが、とても心地良かった。

 

 

 そんなこんなで、二人はアーラム村に到着したのだった。

 

 

 

 






今回は、ただ使用人達が読み手からすればどうでもいい話を繰り広げるだけの回でした。

私的にはこのようなお話を書きたくて小説を始めたので、書いてて楽しかったですけども。


どのタイトルが気になりますか?

  • 雷の鳴る夜に
  • (ソラノ・)レムの幸せに溢れた日々
  • お酒少女達には勝てない
  • 恋人っぽいこと
  • ありふれて、ほのぼのとした一日
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