親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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前々回、あと三話で物語が終わると言いましたね。一話追加ですよ、こんちくしょう。話が長くなる私の悪い癖が発動しましたよ、このやろう。





心臓に悪い寝起きドッキリ

 

 

 

「あ! ハヤトだ! ハヤトがあそびに来た!」

「ハヤトハヤトー!」

「テンもいる!」

「なにそれ! おれも乗らせろー!」

「ぼくも! ぼくも!」

「みんなずるい! わたしもー!」

 

 

村に到着するなり、テンとハヤトに群がってきたのは村の子どもたち。

 

村の入り口付近に集まって遊んでいたことも一つの理由としてあるのだろう。タイミングが良いのか悪いのか微妙だが、お陰様で入村直後に集られる。

 

ペトラ、ミルド、リュカといった主要メンバーを含めてぱっと見だけでも十五人。そんなに集まって何をしていたのかは分からないが、とりあえずカート台車に乗っかるテンが子どもたちによって追い出されているのはハヤトには確認できた。

 

二人に会えたのがそんなに嬉しいのか。約一週間ぶりの再会にきゃっきゃと騒ぐ子どもたちは目をキラキラと光らせ、入村してから数秒と経たずにテンとハヤトがしっちゃかめっちゃかだ。

 

理由もなしに殴られ、木登りにされ、足にしがみつかれ、テンの生命線であるカート台車が一瞬にして占領され。たった今、脇腹にクリティカルヒットした打撃にテンが苦鳴を飲み込みながら見事に膝をつく。

 

大人気と言うべきか。領主のお膝元である前に年上のお兄さん的な扱いを受ける男二人は、子どもたちからすればいい遊び相手と思われているらしい。

 

 

「お前ら。元気にしてたか?」

 

「うん、してた! ハヤトがいなくてつまんなかったけどな!」

「そーだぞ! なにしてたんだよハヤト!」

「お父さんとお母さんも心配してた!」

 

「そうか。そりゃ心配かけちまったな。だが、もう安心しろ。俺とテンはこの通りに元………元気だぜ!」

 

「おい。今、俺の姿を見て元気と言うべきか迷ったよな。たった一発の、しかも子ども程度の腹パンで膝をつく俺の貧弱さにそう言うべきか迷ったよな。そうだよ! 心は元気でも体は病気だよ!」

 

 

打撃を受けた部位に手を添えながら膝をつくテン。その背中に子どもがよじ登りつつある彼は見下ろすハヤトを睨みつけるように見上げる。自分と同じ対応を受けているにも関わらず余裕のハヤトを見ると、その差に不覚にも死にたくなった。

 

今の自分はこの程度の男なのか。子どもにすら勝てないのか。背中によじのぼった子どもを乗せて立ち上がっただけでも、少しばかりの疲労感を感じるほどに弱っているのか。

 

 

「まて、お前ら。ちょっと休ませろ。流石に出会って五秒でこれはキツい。まだ俺、病み上がりだから。いや、病み上ってすらないから」

 

 

体のどこを見ても必ず子どもの姿が映り、殴られたり引っ張られたりする今。真横で同じく遊び相手にされるハヤトと違ってテンはこんな状態、はしゃぐ子ども達にか細い声で呼びかけた。

 

しかし、残念なことに、そんなことなど知らぬ存ぜぬの子どもたちは容赦なく襲いかかってくる。子どもが保有する無限の体力と元気さが、普段の何千分の一の力しか出せない自分に笑顔で向かってくる恐ろしい光景が目の前に。

 

無邪気とは、時に凶器となる。そんな言葉が脳裏に過るテン。彼はよじ登る子ども達の体重を支えきれずついに全身から力が抜け———、

 

 

「ちょっとみんな! テンがくるしそうにしてる!」

「そうだよ! おりて!」

 

 

力が抜け、あわや子ども達共々に倒れる寸前。女の子の声帯が二つ、集団の中から上がった。男女比率が男の方に傾く中では一際目立つ大きな声が和やかな騒音を貫く。

 

声の主はテンの体を木登りにしている子を下ろそうとしているペトラと、倒れかける体を微弱ながらに支えているメイーナ。どんな時でも男性よりも女性がしっかりしていると証明する少女二人がテンの危機を察し、救った。

 

テンからすれば冗談抜きでありがたい。その声二つで降りてくれる子どもたちの素直さもありがたい。

 

 

「ほんとだ。テン、なんかつらそう」

「ご……ごめんなさい!」

「お母さんよんでくる?」

 

「大丈夫、大丈夫。謝ることないし、お母さんを呼ぶこともないよ。これは俺のせいだから。君たちがそんな顔することはないよ。大丈夫。ほんとに大丈夫だから」

 

 

テンにやりたい放題していた子たちが普段とは違う彼の様子を彼らなりに察したのか、申し訳なさを分かりやすく表に浮かばせながら頭を下げる。

 

素直に謝れるところ、彼らも悪気があってやったわけじゃないのだろう。そんなこと、接していればテンにも分かる。だから怒らず、彼は謝ってきた三人の頭を優しく撫でた。

 

それから視界に入るハヤトを指差しながら歯を見せて笑い、

 

 

「俺の代わりにハヤトが遊んでくれるってさ! ほら! アイツになら何しても平気だから、思いっきり突撃してこい!」

 

「分かったー!」

「とつげきぃー!」

「おりゃぁ!」

 

「待て待て待て! テン! テメ、このやろッ、俺を犠牲にしやが……ってーー!」

 

 

切り替えの速さは一級品。テンが怒っていないことを知ると、彼らはテン以上に集られるハヤトへと言葉通りに突撃。ものの見事に盾にされた彼は六人以上の子たちに押し倒された。

 

それで大丈夫そうなのがハヤトのすごいところだと思う。「(いて)ぇな。お前ら、怪我してねぇか?」と子どもたちを気遣う余裕すらある。相変わらず人気なようで結構なことだ。

 

 

「テン。ほんとにだいじょーぶ?」

 

「すごく、くるしそうだったけど」

 

 

子どもたちと戯れるハヤトを見ていると、服の裾を弱い力で引っ張られる感覚。つい先ほど自分の身を案じてくれたペトラとメイーナ、その二人があどけない表情で小首を傾げている。

 

癒しか。癒しだ。その状態で見上げられてしまうと理由もなしに庇護欲が爆発しそうになってしまう。そんな二人にテンは「平気だよ」と片膝をついて目線の高さを合わせながら、

 

 

「ありがとうね、ペトラちゃんもメイーナちゃんも。二人には助けられちゃったね。でも、もう大丈夫。変な心配かけてごめんね」

 

「ううん、いいの。テンは、ハヤトとこわいまじゅうさんをやっつけてくれたから」

 

「そうそう。だから、ありがとう!」

 

 

そう言い、柔らかく笑うペトラとメイーナ。なんの表裏のない純粋な好意のみによって作られたそれは、純白である彼女たちが浮かべるからこそ効果を最大限に発揮するのだ。

 

要は、少女達のそれを向けられたテンは不覚にも頬が緩んだということ。レムとはまた違ったベクトルの無邪気な笑みに、またしても庇護欲が煽られる。

 

 

 ーー守りたい、この笑顔

 

 

心の中でいつか聞いた定型文を発し、テンも釣られて微笑む。微笑むと、二人とも微笑み返してくれた。なんていい子たちなのだろうか。できれば、この美しさを保ったまま育ってほしい。

 

多分、無理な相談ではあると思う。今の自分がそうなのだから。「何歳?」と聞かれて「にちゃい」と言っていたホームビデオの中の自分が懐かしい。あの頃と比べて、随分と汚れてしまった。

 

 

「俺はもういいから。二人もハヤトのところに遊びに行っておいで。他のお友達もみんなそうしてるし」

 

「そーなの? 分かった。いってくる!」

「元気になったらおままごとしてね!」

 

「ん。元気になったらね」

 

 

手を振りながらハヤトの下へと走っていく少女二人に手を振り返し、テンは二人を見送る。その視線の先には子どもたちを一人ずつ抱き抱え、ぐるぐると振り回しているハヤトの姿。

 

絵面的に大丈夫なのだろうか。彼のことだから細心の注意を払っているだろうが、あれで子どもがきゃっきゃしていなかったら一発通報。親御さんにご報告。

 

尤も、今はその親御さんが見守っている場所でのため。何かあれば自分が動かずともハヤトに天誅が下るだろう。ハヤトならばそんなこと万に一つとしてありはしないが。

 

戦闘のことになるとバーサーカ並みに血気盛んになるハヤト。しかし、彼は子どもが相手となるとお兄ちゃんのような顔を見せるのだ。故郷では弟も妹もいるから、もしかしたら重ねているのかもしれない。

 

 というか、

 

 

「いつの間にこんなに人が……。まぁ、こんなに騒いでりゃ人も集まるか。折角なら話しかけに行けばいいのに」

 

 

恐らく、子どもたちの賑やかな声に釣られて来たのだろうと思うテン。見渡す彼が見るのは村の入り口付近に集まった村の人達。ムラオサに、若返りババアことミルデ、更には青年団の団長を務めるマキジの姿もあった。

 

どうせなら話しかけに行けばいいのに、という言葉からして彼は自分が話しかけられるとは一ミリ足りとも考えてない。

 

 

「それは難しいご相談ですよ。テン様」

 

 

そんな時、不意に綺麗なソプラノ声がかかった。声が聞こえたのは左側。地面を靴底に擦らせながら近づいてくる足音も左側。顔を向けると、視線の先にいたのはこちらに向かってくる一人の女性。

 

肩で切り揃えた赤色交りの茶髪を靡かせ、ふわりと微笑む整った顔立ちの二十代前半にも見える美形。目の大きい猫のようなエメラルドグリーンの瞳は、どこかペトラを思わせる無邪気さを孕み。それでいて、大人としての清楚な雰囲気を全身に纏っている。

 

今現在のペトラ。その無邪気さと愛嬌を保ちつつ、清楚な大人として立派に成長を遂げた女性——こちらに向かう女性を一言で表すとそれが適してるとテンは思う。

 

その女性。名を、ルーナ・レイテ。

 

つい先ほどテンの命をメイーナと共に救ったペトラの母親である。原作では全く触れられていなかった、実は美人さんだったペトラの母親である。

 

 

「ルーナさん。どうも、お邪魔してます」

 

 

自分の身の周りには美形しかいないのだろうか、なんてことを考えながらテンは一礼。子ども達によって削られた体力が燃え尽きそうな予感に、彼は不自然のないように階段の縁に腰掛ける。

 

そんな彼の隣に並んだルーナ。彼女はペトラを含めた村の子どもたちと仲良く遊ぶハヤトと、自分の真横にいるテンを交互に見ると、

 

 

「もう、お身体は大丈夫なんですか? あの夜から一度も村に来ないものですから、ひょっとしたら深刻な状況なんじゃないか、ってみんなして心配していたんですよ」

 

「それはそれは。ご心配をおかけして申し訳ございませんでした。まぁ、見ての通りですよ。ハヤト(アイツ)はあんな感じで元気ですし、俺はこんな感じです」

 

「こんな感じ、とは。クラム君にお腹を殴られただけで膝をつく程に弱っている。という認識で正しいですか?」

 

「見てたんなら止めてくださいよ」

 

 

思い出すと痛み出したテンが苦笑しながら脇腹を手でさする。腹を殴られたのにどうしてそこがじわじわと痛むのか。何気によじ登られた時に蹴られた背中やら腰が割と痛い。

 

取り敢えず。クリティカルヒットを挨拶代わりとしてくるクラム君と呼ばれるわんぱくは、後でくすぐりの刑に処すとして、

 

 

「あれから変わりないですか? なにか困った事とか、いつもと変わった事とか。結界はエミリアが直したと聞きましたけど。それから大丈夫ですか?」

 

「はい。問題なく、いつも通りの生活を送れていますよ。あの夜に、この命を救って下さった恩義、なんとお礼を申し上げたらよろしいのか」

 

「恩義なんて、そんな風に言われちゃ困りますよ。それだったら俺達だって、こんなよく分からん男二人を快く受け入れてくれたこと、感謝してるんですから。お互い様です」

 

 

わざわざテンの前に回り込んで頭を下げてくるルーナが心よりの言葉を述べるが、テンがまともに取り合う気配はない。子どもたちと鬼ごっこを開始したハヤトを彼は見ている。

 

十人以上もいる子ども全員が鬼で、ハヤト一人が逃げる側のようだ。なんというハンデキャップ。逃げるハヤトがリュカの頭の上を飛び越えている。控えめに言って危険すぎる。

 

彼女の感謝を適当にあしらっているようにも見えるが、しかしこれはテンなりの優しさだったりする。感謝するのは自分達の方だから、頭を下げる必要はない、と。下げられることをした覚えはない、と。

 

頭を上げるルーナもそれには気付いたらしい。直接的には口に出さないテンの優しさを受け取ると、彼女は翠色の瞳を柔らかく細め、

 

 

「お優しいのですね」

「うるさい」

 

 

誠心誠意。感謝の言葉を述べようとするルーナにテンは足をぶらつかせながら真面目な声色で言ったかと思えば、返されたド直球な感想に子どもじみた返し。

 

こうして静かに話していると年相応の大人びた雰囲気を纏うテンだが、このような言葉には未だに耐性がないらしく。毎度のように「うるさい」と子どものように返すのが定型になりつつあった。

 

不意なそれに思わずルーナはクスリと笑う。口元に手を添えながらされると美人度合いに拍車がかかり、「ペトラもこうなるのかなぁ」なんてことをテンは呑気に考えながら、

 

 

「なんかあったらすぐ言ってくださいね。屋敷の扉を叩いてくだされば、俺とハヤトが対応しますから。これでも騎士ですし。領地内の問題には対処するように、って言われてるんスよ」

 

 

「あの変態魔導士から」と。テンは怠そうな表情を己の内側で作りながら淡々と話す。

 

面倒な話しではあると思うが、騎士という立場である以上は領地内の問題には立ち向かうのがテンとハヤトの役目。物事の大小問わず、問題があったら動くのだ。

 

血の夜が良い例。例え、どんな化け物であろうとも領地内に侵入した不届き者がいれば、自分達のような存在が領地内の住民を守るために剣を振るう必要がある。

 

 尤も、

 

 

「ここの人たちには受け入れてくれた感謝もありますから、立場とか関係無しに力を貸しますけどね。困ったことがあれば、村を訪れたときにでもいいですし、直接屋敷に来てくれてもいいですし。相談してください」

 

 

「俺もアイツも、力になります」と、テンは言葉を終わらせて軽く笑う。その笑みはどこか強い覚悟に満ちていて、決して折れない力強さがあるとルーナには思えた。

 

自分よりもずっと若いのに。彼は、彼らは自分達のために命を危険に晒すと、そう言われたような気がして。大人としての威厳が失われそうな予感に、なんとなく申し訳なくなった。

 

右目の傷痕だって以前には無かったもの。きっと、あの夜に何かあったに違いない。自分達が家の中で身の安全だけを考えている中、この子達は自分達の安全を確保するために危険な場所に身を投じて。

 

 たくさん、怪我をして。

 

 

「テン様」

 

「なんですか?」

 

 

今、改めて。何度目かの改めて、テンとハヤトに対する感謝が胸の中から湧き上がるルーナ。ふっと真剣な表情を作る彼女は、今度は頭だけではなく腰までも折ると、

 

 

「本当に——本当にありがとうございました。あの夜、テン様とハヤト様が来て下さらなければ私たちの命はありませんでした。その上、体を張って脅威の排除まで………。改めて、感謝を申し上げます」

 

 

ハヤトと子どもたちの声がヒートアップしている中、テンを体の正面に捉えたルーナが心の底からの感謝を告げる。

 

自分達のために命を懸けてくれる人達に感謝を告げずに流せるほど、ルーナは人として堕ちていないつもりだ。言わなくていいと言われていても、伝えたいから伝えるのだ。

 

その辺に関しては、自分に謝ってきたレムと共通する部分があるかもしれない。周りがなんと言おうが、自分の気が済まないから言う。ただそれだけ。

 

ルーナの心を察したテンは腰掛けていた縁から降り。服についた土埃を軽く払いながら地に足をつけると、

 

 

「分かりました。分かりましたから頭を上げてください。感謝の気持ちは十分伝わりましたから。もうお腹いっぱいです。なんか、俺が申し訳なくなってくる」

 

 

下げた頭を無理やり上げさせ、テンは困ったような表情を浮かべる。こうして感謝の気持ちを伝えられると毎度のようにむず痒くなって、どうしたらいいか分からなくなってしまう。

 

自分とルーナの話を聞いていたのだろう、周りの人間も頭を下げていた。自分の命を、子ども達の命を守ってくれてありがとう、と。

 

困る。本当に困ってしまうテンだ。こうなるならハヤトを隣に置いておくべきだった。彼ならばこういう時に適した対応を当然のようにしてくれるのに。自分には絶対に似合わない。

 

肝心な彼は今、テンを乗せていたカート台車に子どもたちを乗せて走り回っている。控えめに言わなくても危険すぎる。どうして親御さんはニコニコしながら見ていられるのか。多分、ハヤトに対する信頼値の高さが理由だろう。

 

盾となる存在が子ども達と遊んでいるテン。彼は向けられた複数の温かな視線に、居心地が悪そうに肩をすくめると、

 

 

「そーゆーのは、ハヤトにやってください。俺には似合いません。……心臓に悪いですよ」

 

「そんなことないと思いますよ?」

 

「そんなことありますよ。ホント、あんまり揶揄わないでください」

 

「揶揄ったつもりはないのですが」

 

「目が揶揄ってます。ペトラちゃんの目にそっくり」

「当たり前です。あの子は私の娘なんですもの」

 

 

今、とてつもなく失礼なことを言った気がしなくもないものの、ルーナの反応を見るに流してくれたらしい。というよりも気にも止めていない。それどころか誇らしげに胸を張っている。

 

当然だが。こういう一面を見ると、この人はペトラの母親なんだなと思う。ペトラも彼女のように胸を張るのを見たことがあるが、お母さんそっくりだ。本当によく似てる。

 

そんな二人に聞こえてくるのは、子どもたちがきゃっきゃと騒ぐ声。ハヤトによってカート台車がアトラクションと化し、乗った子どもは共通して満面の笑みを弾けさせていた。

 

 

「微笑ましいものですね。こうして楽しそうなペトラを見ると、ハヤト様は子ども達から本当に好かれているのだと改めて思います」

 

「それだと俺が好かれてないみたいに聞こえますけど」

 

「あら。これは失言でしたわ」

 

 

 ついうっかり。

 

そう言いたげにルーナは口を閉じる。実際、どちらが多く好かれているかと聞かれればテンも彼女の意見に異論はない。軽く吐息する彼はルーナを咎める挙動は見せなかった。

 

決して、テンが好かれていないわけじゃない。ハヤトのような元気溌剌とはズレているものの、落ち着いた雰囲気が子どもたちの心を惹きつけているのもまた事実。

 

ハヤトと同様に、子ども達が「かまって!」と遊びに行けば必ず遊んでくれる優しいお兄さん的な立ち位置。彼のように子どもたちを振り回すことはないから落ち着いて見ていられる。

 

お兄ちゃん。ではなく、お兄さん。彼の場合は『さん』の方が似合っている気がする。何がどう違うのかは分からないが、感覚的にそっちの方が好ましい。

 

 

「混ざらないのですか?」

 

「そんな体力なんてないです」

 

 

カート台車に乗ったペトラ(我が子)の楽しそうな姿を微笑ましげに見守りながらルーナは言い、即答するテンが吐息。尤も、あったとしても混ざる気なんてさらさらないが。

 

あれはハヤトだからこそできる遊び方。自分がやろうものなら大惨事を招きかねない。否、ハヤトでも招きかねない。ここは一つ、早々に切り上げて屋敷に帰りたいところ。

 

事故が起きる前に帰ろう。そんな風にテンは隣に並ぶルーナよりも一歩前に出ると、

 

 

「そろそろ帰ります。今日は生存報告をしにきただけなので。あまり長居するとラム(先輩)に怒られるし」

 

「それは大変。では、またいつでも来てくださいね。ペトラも喜びますよ」

 

 

穏やかに微笑むルーナにテンは一礼。それを別れの挨拶として済ませた彼は彼女に背を向け、走り回るハヤトの方へと歩くと「ハヤトぉ! そろそろ帰るよぉ!」と声をかけた。

 

数秒して賑やかな声が近づいてくると、子ども達を乗せたカート台車を押し進めるハヤトと合流。息を切らすところから察するに、やめ時が見当たらなくて最終的に子ども達が満足するまで走らされていたらしい。

 

 

「お、おせぇ、ぞ。も、もっと早く声かけろよ。お陰でこっちゃ、ガキども、の、アトラクションにされる羽目になったんだ、ぞ」

 

「それはお前が調子に乗ったからだよ」

「せがまれ、たん、だよ。なら、やる、しかねぇ、だろ?」

 

「とりあえず呼吸を整えようか。会話が全く進まない」

 

 

突然の停止に「もうおしまい?」「もっとやってー!」と異論の声を上げる複数の声を横目にテンは久しく見た息切れ状態のハヤトに半笑い。

 

病み上がりの体で無理をするからそうなるのだ。盾にした自分に非が無いわけではないが、ハヤトとて子どもではない。自分の体調管理くらい自分でできるはずなのに。

 

しかし、子ども達に瞳を輝かせながら「やって!」なんてせがまれた彼が『自分の体調』と『子ども達の期待の眼差し』の二つを天秤にかけた時、重かったのは後者だったらしい。

 

 結果として、ハヤトが馬車馬になったと。

 

 

「整った?」

 

「おう。平気だ」

 

 

浅い呼吸を繰り返していたハヤトが深呼吸。そうして荒いだ息を整え、背筋を伸ばした彼にテンは「んじゃ」と言葉を紡ぎ、

 

 

「そろそろ帰るよ。時間的にも、体力的にも」

 

「えーー!」

「やーだぁ!」

「もっとあそびたいー!」

「ばくそくたーぼやって!」

 

 

帰ると言った途端、反応した幼い声がいくつも上がる。予想していた反応だ。こうして帰るとテンが言った時は毎回のように駄々をこねる声がテンに突き刺さる。

 

そして今、最後の方に聞き捨てならない単語が紛れていた事に反応したテンが「おい」と低い声でハヤトを軽く睨みつけ、

 

 

「変な言葉を教えてんじゃないよ。子どもってそーゆーのに敏感なんだから。発言には気をつけて」

 

「いや、ノリで」

 

「間違っても下ネタは言うんじゃねぇぞ。純白な子ども達を汚すな。絶対に」

 

 

「いいな。肝に銘じておけよ」と強く念押しするテンに、ハヤトは「分かってるってば」と手をゆらゆらと揺らして彼の尖った視線をウザそうに受け流す。

 

そんなこと言われなくとも分かっている。子どもというのは五感を通じて得た情報をスポンジのように吸収し、覚えた言葉はすぐに使いたがる。故に、発言には注意を払う必要があるのだ。

 

下ネタ、だめ、ぜったい。

 

子どもと遊ぶときは常に心がけている。尤も、子ども達を台車から丁寧に下ろす彼はテンと違ってノリと勢いで口にしてしまいそうな危うさがあるから、テンはその制御係として気が抜けない。

 

ため息。色々と疲れたテンは誰もいなくなった台車の中に乗り込むと、

 

 

「ほら、帰るよ」

 

「テンもおれたちと同じことやってる」

「なんだよ。乗りたいならそう言えばいいのに」

「大人なのにダッセェの」

 

「お前らマジで次、会ったら覚悟しておけよ」

 

「やばい。滅多に怒らないテンが怒った! お前ら逃げろ!」

 

 

冗談が九割のテンにハヤトがふざけると、ノリのいい子ども達が「わー!」「おこったおこったー!」「またあそぼーね!」と各々の声を残しながら四散。名残惜しそうにしつつも、素直に去って行く。

 

なんだかんだで聞き分けのいい子達だ。あそこで無限に駄々をこねられたら困る話だが、あの様子だとその心配もない。ご両親の教育の賜物だろう。

 

ハヤト以上に元気溌剌な十歳にも満たない声が手を振りながら離れると、その場に残されたのはカート台車に体育座りで座るテンと、遠ざかる子達に手を振るハヤトの二人。

 

 

「帰るか」

 

「ん。帰ろ。なんか、色々と疲れて眠くなってきそうな気がする。多分これ、部屋に戻ったら睡魔がどっと襲ってくるやつだ」

 

「あんだけ寝たのにか」

 

「お前、目覚めてから俺がどれだけ大変だったか知らないでしょ。ホントに色々………色々と、あったんだからね」

 

「そうか、大変だったな」

 

「屋敷に帰ったら、部屋に戻って、今夜に向けて心の整理整頓をしないと。多分、考えてるうちに寝落ちる気がする。お前に俺の苦労が分かるか、おい」

 

「お疲れ様、とだけ言わせてもらう」

 

「感情が込められてない。いいか。お前達が爆睡キメてる間にな、俺はな、十八年間の集大成とも言える場面を必死に乗り気——」

 

「はいはい分かった分かった。話は帰りながらな」

 

 

ひとしきり手を振り終えると二人は顔を見合わせ、そんな風に言葉を交わし合いながら、村の門を出て屋敷へと続く帰路に着いた。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 時間は進んで夕暮れ。世界を照らしていた太陽が地平線へと沈みゆき、月光の輝くお月様が顔を覗かせつつある時間帯。

 

 

見上げれば視界いっぱいに広がった空色は形を潜め、夜の気配が漂うそれは、空に満たされていた空色を徐々に茜色が埋め尽くしていく幻想的な光景にも見える。

 

そんな空を眺めながら、長い廊下をゆったりとした足取りで歩く少女が一人。整えられたメイド服に身を包み、ホワイトプリムを髪に飾った青髪の美少女。

 

隠すことなどない——レムだ。流れる光景に夜の訪れを感じながら彼女は今、とある場所へと向かって足を進めている。もはやその場所がどこであるかなど、否、誰の部屋であるかなど考えるまでもない。

 

 

 ーーそういや。テンのやつ、昼間に眠そうにしてたぜ。もしかしたら部屋で寝てるかもな。

 

 

きっかけは、ハヤトの些細な呟きだった。

 

自分とハヤトが夕飯の支度をしている中で、昼食の支度をしている時には存在していたテンが不在であることを自分が気にしていたとき、不意に彼がそんな言葉を言ったのだ。

 

そこからのレムの動きは早い。夕食までの予定が頭の中で即座に作られると、朝食の如く夕飯の支度を爆速で済ませ、彼女は盛り付け等の仕上げをハヤトに任せて厨房を飛び出た。

 

有無も言わさず飛び出てしまったが、きっとハヤトなら大丈夫だろう。彼ならば許してくれるはずだ。必要な準備は済ませたから、絶対に大丈夫。彼だってもういっぱしの使用人なのだから。

 

そのような経緯があり、今現在、レムはテンの部屋へと直行中。することのない彼は部屋にいるはずだからと目星をつけた彼女は、ハヤトが語った事に胸を躍らせながら部屋を目指した。

 

もしかしたら今、愛しの彼が布団の中で寝ているかもしれない。無防備で、無警戒な愛する人が寝ているかもしれない。

 

これは、チャンスだ。折角なら潜り込ませていただこう。彼を起こすためと理由付けて、彼の布団に入り込んでしまおう。

 

別にやましい気持ちなどない。そんなわけない。決してそのまま夜這いをしてしまおうだなんて考えているわけではない。当たり前だ。彼にだって準備があるはずで、それ以前にまだ自分達は恋人にすらなっていないのだ。流石に早すぎるだろう。

 

 

「そ、そうですよ。そんなことしませんよ。レムはただ、テンくんの布団の中に潜り込むだけなんですから。好きな人に添い寝したいと思うのは、女の子として普通のことなんです」

 

 

 とくとく。とくとく。

 

胸に手を当てるレムが己の恐ろしく速い鼓動を感じ、静まれ静まれと宥めながら自分自身に言い聞かせるように呟く。その呟きが大した効果を発揮しないとは理解の上。

 

今から自分はテンに添い寝する——ダメだ。考えただけで心と頭がふわふわしてくる、きゅんきゅんもしてくる。それに、彼の体温を求めて寂しさも感じてくる。

 

早く。早く彼の下へ。その寂しさが長引けば長引くほど爆発した瞬間の程度が激しくなってしまう。テンに対する愛が暴走して、きっと自分は自分を制御することが難しくなってしまう。

 

 

「それを受け止めるのがテンくんの役目、と言えなくもないですが。それを言い出してしまうとレムはレムを抑えきれなくなっちゃいます。それはダメですよ。テンくんだってまだレムと向き合えるようになったばかり。段階というものがあるのです」

 

 

少しずつ、少しずつ。そう言ったはずだ。いきなり飛躍してしまいたくなる気持ちもあるけど、それだと自分の意志だけをテンに押し付ける事になる。彼の意志を度外視した行為はレムとしては御法度。

 

ちゃんと彼のことも考えなくてはならない。独りよがりな行動はテンを傷つけてしまうかもしれない。そんなの良くないに決まっている。

 

彼のことを傷付けるなんてことは禁忌。三度目は無い。同じ罪を三度も犯せば、そのときは自分という人格が壊れてしまいそうな気がするのだ。

 

だから絶対にダメ。なるべく、自分を抑える。彼と恋人になれただけでも大きな前進だし、抱き合えるのだから今はそれで満足するべき。更には今から添い寝までするのだ、これ以上を望むなんて強欲だ。

 

 

「自制心。この言葉を心に刻まないと……」

 

 

彼の布団に潜り込むにあたっての注意事項を頭の中で確認するレムが拳を握りしめる。正直、忘れる気しかしないが、とりあえず気休め程度に強く注意喚起。

 

彼女が目的地に到着したのはその時のことだった。考えている間にも足は順調に部屋へと進み、今しがた彼女はテンの部屋、その扉の前へと到着。

 

 

「この先に寝ているテンくんが………」

 

 

もはや、寝ていることを前提として考えるレムが深呼吸。見られるわけでもないのに髪を整え、だらしなくないか服装を確認、最後にもう一度だけ深呼吸をすると「よし」と小さく頷き、

 

 

「失礼します」

 

 

声を潜め、ノックも無しに扉を開く。

 

扉の先にあったのは廊下よりもずっと暗い空間。時間が進むのと比例して薄暗さが増しつつある時間帯だ、カーテンの閉じられた部屋ならばもっと薄暗くなるのは必然。

 

静寂のみが場を支配する空間。眠気を催す人間にとってはうってつけと言える。事実として、部屋の隅っこに置かれた寝台の上には、一定の間隔で浮き沈みする物体があった。

 

十中八九、テンだ。

 

 

 ーーやっぱり、寝ていましたね

 

 

己の中で呟き。この瞬間、ハヤトに感謝するレムは早る気持ちと鼓動を抑えつつ、扉を静かに閉じる。

 

捻った取っ手をから静かに手を離し、足音を立てぬように気配すらも殺し、静かに移動。自分という存在をこの空間の静寂と一体化させるよう、動作一つ一つに静寂を宿させる。

 

静かに、静かに、静かに。そうだとも。少しでも音を立てればテンが起きて、至福の時間が失われてしまう。ここまできて、そんなのあんまりだ。

 

メイドとしてあるまじき対応だけど、テンに限っては気にしなくてもいいだろう。テン以外では許されないけど、テンにならいいだろう。

 

だって、彼は自分の恋人なんだから。

 

 

「テンくん。起きて、ますか?」

 

 

ヒソヒソ声で問い、数秒経ってもテンからの応答が返ってこない気配にレムは唇を綻ばせて小さくガッツポーズ。彼は安眠中だ。自分が吐息が聞こえるほどに近づいても、起きることはなかった。

 

つまり。これは。要するに。となれば。必然的に。

 

 ——添い寝、実行。

 

 

「お邪魔しますよ、テンくん。レムは言いましたからね。お邪魔すると、言いましたからね。今更、拒否しても遅いですからね」

 

 

寝ている人間に対してぞんざいな扱いをし、レムは昂る興奮を必死に押し込みながら口角を釣り上げる。勿論、返事が返ってこない事など知っている。

 

だからこれは、あくまで自分を納得させるためのもの。別に理由なんて必要ない。愛する人に抱きつくのに理由など要らないのと同じだが、一応、念のため。

 

薄暗くて彼の寝顔を拝むことができないのが残念極まりないけど、添い寝できるなら良しとしよう。

 

仰向けになって寝ている彼の布団を少しだけ剥ぎ、靴とホワイトプリムを脱いだ彼女は音を立てないよう、静かに静かに寝台に乗り、彼の隣に潜り込む。

 

横向きに寝て、彼の左腕に両腕を絡ませて、絡ませた手と彼の手を恋人繋ぎで繋いで、どうせなら足も絡ませてしまおうなんて考えて。身も心も極限まで密着して。

 

そうして、布団を一緒にかぶってしまったら。

 

 

「これは……もう、出れない」

 

 

 刹那で悟った。

 

もう、自分はここから出ることは不可能だと。自発的にこの布団(楽園)から脱出することは困難で、彼が目を覚ますまではずっとこのままだと。

 

目を覚ますまで、と言ってもレム自身が彼を起こすことはない。つまりは、ひょっとしたら夕食の時間にハヤトかラムが起こしに来るまでの数時間、自分はテンに添い寝することができるということで。

 

 

「……ハヤト君には、本当に感謝しなくてはなりませんね」

 

 

言い、レムは頬をふにゃりと緩ませる。改めて状況の把握を済ませた彼女は、自分にテンが眠たそうにしていた事実を教えてくれたハヤトに、多大なる恩義を感じた。

 

だって、自分は夕食の支度を既に済ませている。料理の工程を全て済ませたために、あとは盛り付けだけ。つまりは、自分が動かずともハヤトにならば任せても問題ない領分。

 

これが何を意味するか。今から、夕食のために食事の配膳をするまでの数時間、自分はとても暇ということになる。今夜、テンとお話をするということもあって、今日の分の仕事を全て済ませたことが偶然にも吉と出た。

 

本当の本当に。自分は、今、とても、暇なのだ。

 

ならば、することは一つ。

 

 

「テンくん……」

 

 

名を呼び、レムは絡めた腕に強く抱きつく。

 

何かをしなければならないという縛りから解き放たれた彼女は、この時間のことだけに意識を集中させた。一方的ではあれど、彼と触れ合うこの瞬間に心を奪われる。

 

抱きつくと、途端から彼のことしか考えられなくなってしまった。求めていた温もりを得ると、感じていた寂しさと肌寒さが癒されていく。癒されて、二度と離れられなくなった。

 

 

「あぁ……幸せ」

 

 

恍惚とした笑みを溢し、レムはうっとりと呟く。今日だけで自分の望みがいくつも叶えられて、嬉しくて本当に死んでしまいそうになりながら。

 

なんて幸せなんだろう。彼と同じ布団の中で、彼の体温を感じながら、彼と手を繋いで、彼の匂いを嗅ぎながら、こうして一緒に眠りにつく——そんな風に眠れたらどれだけ幸せなのだろうか。

 

ちょっとだけ目を瞑ってみようかな。なんて思うけど、そんなことをすれば自分は一分と経たずに眠ってしまう。それもダメだ。彼の目覚めには立ち会いたい。

 

だから、それまでの間は、ずっとこうしていよう。心ゆくまで、この至福の時間を堪能しよう。今この瞬間、ソラノ・テンは自分だけのものだ。

 

 

「テンくん……好き。好きぃ……、大好きぃ」

 

 

最愛の名を呼び、溢れ続ける愛を囁き、甘えて擦り寄り、その度に恋に落ちる。

 

彼が目を覚さない境界線ギリギリを攻め、彼女は眠りにつくテンに永遠の愛を誓い続けた。声は届いていないと思うけど、今はいい。こうして眠る彼に人知れず囁く愛も悪くないと思えてきたから。

 

それに、ちょっとだけこの状況が楽しい。起きないように彼の体と触れ合うことが、彼に悪戯をしているようで心をくすぐられる。

 

怒られてしまうだろうか。いいや、テンならば許してくれる。だって彼は甘いのだから。そんな彼の甘さに甘えている自分もまた甘いのだろうとレムは思う。

 

テンも甘く、自分も甘く、二人合わせて甘々です。

なんて言ってみたり。まずい、彼に甘々になりすぎて、いよいよこんなことを考え始めた。

 

今からこんな調子では、今夜、彼に改めて告白されてしまったら自分はどうなってしまうのだろう。どうにもなってしまうような気しかしない。

 

 

「でも、テンくんになら。テンくんにならレムを……レムのことをどうにでもしても……構いませんよ」

 

 

言うと、頬が尋常でない熱さを孕んだのが分かった。ぼふっ!と音が立ちそうな勢いで頭のてっぺんから湯気が出て、自分で言って自爆したのだと理解するのに時間はかからなかった。

 

そう思っていても、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。愛する人に身も心も奪われていても、いざ行為に及ぶとなったら、戸惑う自分がいないとは否定しきれない。

 

 でも、それでも。

 

 

「レムの初めては、テンくんがいいです。一生を捧げると誓った貴方に、レムの全てをもらってほしい。とても恥ずかしい話ではありますけど、本音です」

 

 

「レムは、テンくんを愛しているから」と。テンの鼓膜が拾わない声量でレムは囁く。拾われないからこそ言えること。逆に、本人が起きてる前で言うとなれば恥ずかしすぎる。

 

その場合は、もはや誘っているようなもの。流石にそこまで自分は淫らではない——今のところは。制御できなくなるかもしれないから、『今のところは』と保険をかけておく。自分のためにも。

 

 

「大好きです、テンくん。レムはずっと、ずっとずっと、テンくんをお慕いしています。未来永劫、この想いが揺らぐことはありません。なので……いつか、レムのこと、本当の意味でもらってくださいね」

 

 

言いながら繋いだ手を優しく握り、レムは絡みつけた両脚と両腕でテンの体に絡みつく。どうせ彼は眠っている、今なら何を言っても構わない。なら、伝えたいことを今のうちに伝えおいた。

 

いつか。いつの日か、今の言葉を面と向かって言えるようにと。そんな風に思いながら。

 

そうやって膨れ上がる愛を声にしていると、不意に脳裏に過るものがあった。

 

 

「起きたとき、テンくんはどんな反応を見せてくれるのかな」

 

 

楽しみではある。一人で寝たはずが、目を開けたら自分が真横にいる。それも、両腕と両脚を絡められた状態で、言葉そのままの意味でゼロ距離に。

 

そんな状況下にいると分かった彼は、一体どんな反応を見せてくれるのだろう。きっと、ひどく驚くに違いない。抱きしめることに関しては慣れの傾向が態度に現れ始めたが、添い寝は皆無。

 

レムの暴走による一方的な添い寝ではあれど。テンも、レムも、これが二人でする初めての添い寝だ。双方の同意はないものの、形としては添い寝だ。

 

そう思うと、楽しみで仕方ない。面白い反応を見せてくれるだろうから、驚かれたら自分はあどけない表情で「どうしましたか?」とでも言おう。

 

それか「お目覚めですか?」と言って「すごかったですよ」と言い、最後に「とても気持ち良かったです」とトドメを刺してやろうか。

 

混乱する姿が目に浮かぶ。混乱して、あたふたして、終いには時が止まったように停止——寝起き早々から自分に揶揄われて彼も大変だ。

 

 

「揶揄われるテンくんが悪いんです。揶揄いたくなるくらい、反応が良いのが悪いんです。レムは悪くないです。テンくんがレムをこんな風にしたんですからね」

 

 

行き先の不明な言い訳を呟き、レムは表情に小悪魔的な笑みを妖しく宿す。若干の罪の意識はあれど、数秒後には消えてなくなった。

 

彼を揶揄うのが楽しいと思えてしまうのは悪いことなのだろうか。そんなわけない。彼だって自分を揶揄ってくるのだからお互い様で、それだけ関係が深い証だ。

 

ならいいだろう。少し、刺激が強すぎると思わなくもないけど、ここまでしたのだから後には引かないつもりだ。

 

 

「目が覚めたとき、覚悟してくださいね」

 

 

一応、届くことのない忠告を一つ。彼と出会って随分と自分も変わったなと不意にも思いながら、彼女は幸せそうに微笑んだ。

 

そうしてレムは、悪戯心からテンに心臓に悪い寝起きドッキリを仕掛け。彼が起きるまでの間、ただひたすらに至福の時間を堪能する。

 

安眠するテンは、まさか自分が布団の中に潜り込んでいるとは思うまい。

 

起きた時の反応が実に楽しみな、小悪魔レム。彼女は無邪気な笑声を、閉じた口の中で鳴らし続けた。

 

 

 ——この後、目を覚ましたテンに返り討ちにされるとは知らずに。

 

 

 

 






原作ではあまり、というか一度も登場機会のなかったペトラの母親ことルーナ・レイテ。

単に、空を見上げたとき、そこに月があったからという理由で名が決まった彼女ですが、物語において割と重要な役割を担っていたり。

まぁ、当分先のお話になりますが。


どのタイトルが気になりますか?

  • 雷の鳴る夜に
  • (ソラノ・)レムの幸せに溢れた日々
  • お酒少女達には勝てない
  • 恋人っぽいこと
  • ありふれて、ほのぼのとした一日
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