親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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このお話は、これからのお話を進める上での大切なお話となりました。

テンとハヤトがアニメの世界に飛ばされて、そこからどう生きるのか。それを確定するためのお話となりました。

いわゆる、0章の総括。まとめのお話。





空白を歩む覚悟

 

 

 

 

「俺。実はさ、ずっと前からレムのことが好きな自分の存在は薄々だけど感じてたんだ。自分がレムのことを好きなんだ、って。心の奥底では分かってたんだ」

 

 

お話の始まり。それは、レムへの恋心を心が孕み始めたと自分自身が悟り始めた頃から。

 

いつからそうなっていたのか分からない。「もう、ずっと前から」としか表現できない程に前から、自分は彼女が好きになっていたと。好きになる自分のことを察していたと。

 

そう、テンは語る。

 

 

「この世界に来て、レムとの関係が築かれ始めた瞬間から、屋敷で過ごしていく中でレムとたくさん接して、気がついたらレムに惚れそうになって」

 

 

自分の彼女の関係の始まりは、彼女が自分に紅茶の試作品を飲んでほしいと言ったことからだった。いつ思い出しても、不思議な関係から始まったものだと思う。

 

そこから部屋で話すことが増えて、お仕事を教えてもらう最中にちょっとした話を多く交わし合って、関係が少しずつ深まっていった。

 

それから色々とあった。本当に、色々と。

 

早朝に起きて、誰もが寝てる時間帯から仕事をしようと扉を開けると扉の前で待っていたり。鍛錬がお休みの日は必ず部屋に遊びにきたり。少し飛躍して相合い傘なんてしたり。

 

ある日を境に彼女が積極的になって以降。朝、起きる時には必ず彼女の存在があって。鍛錬をしていると隣に座ってくるようになって。

 

鍛錬で疲れている時は「大丈夫ですか?」「無理しないでくださいね?」と声をかけてくれて。限界まで身を削った自分を、いつも柔らかく受け止めてくれた。

 

献身的で、優しくされて、輝かしい笑顔を見せてくれて。いつしか、見慣れすぎたそれに自分の心が奪われて。彼女のことを、いつの間にか好きになって。

 

 そして、

 

 

「そうなる度に、必死にその気持ちを殺してきた」

 

「それは。自分なんかじゃ釣り合わない、レムにはもっといい相手がいる。って思ってたからか? 自分に自信が持てなかったからか?」

 

 

テンが打ち明けた今までの自分にハヤトが言葉を挟む。本当は最後まで黙っているつもりだったけど、やはり湧いた疑問を声にして口を挟みたくなってしまう。

 

なんとなく、そうじゃないかと思っていた節はある。彼はレムのことが実は好きで、その気持ちをどうにかして抑え込んでいるのではないか、と。

 

そしてそれが彼の心を縛り付ける『歪み』なのではないか、と。決められた道筋を台本通りに歩き、全てを原作の通りに進める——そんな考え方に縛られているのではないか、と。

 

その答え合わせは今だ。テンが自分に全てを打ち明けてくれようとしている今が、彼の全てだ。ならば全てを明るく照らしてもらおう。

 

だからハヤトは、わざと考えた答えとは別の答えを言い放った。敢えて間違えて、彼の口から真実を語らせる方がいい。

 

今のが真実だったらどうしようかと思うけども。

 

 

「それもあるけど。一番の理由はそれじゃない」

 

 

その発言で、ハヤトの思惑は狙った通りの結果を呼び寄せたと言える。彼の疑問を弱く肯定し、テンは深く吐息すると食器を拭く手を止め、

 

 

「ずっとね、原作の通りに事を進めなくちゃいけないんだ。って思ってたから」

 

「ーーーー」

 

「人間関係も、出来事も、未来も——『Re:ゼロから始める異世界生活』っていう物語で決められた全ては、そうあるべき道筋から脱線しちゃいけないんだ。って」

 

 

 ーーやっぱ、そうだったか

 

 

俯き、膝に乗せた手を強く握りしめるテンを見ながら、同じく手を止めたハヤトは腕を組みながら心の中で呟く。本人から直接語られた答え合わせは、自分が思った通りのものだった。描いた通りの考え方だった。

 

やはりそうだった。彼は原作という、運命とも言えるものに固執していた。原作理解者であることが一つの歪みとなって、気持ちを閉じ込めてしまっていた。

 

多分。否、絶対。レムに対する気持ちを押し込めているのもそれが理由だろう。

 

実際に彼は、レムには未来に用意された相手がいるから、そこに自分のような存在が割って入ることなど許されない、と。そう言っていた覚えがある。

 

レムの相手は変わらない。彼女は主人公に助けられ、彼のことを愛し。それがあるべき形であると。

 

原作の形は、変わることはない。変えてはいけない。そんなこと、絶対にあってはならない。

 

 

「だって……だってさ。もし、もしも、そうやって俺らがめちゃくちゃやって、原作を変えちゃったとするよ。改変しちゃったとするよ」

 

 

着用する患者衣を強く握りしめながらテンは顔を上げる。上げた顔色には、不安と焦燥の二つがひどく渦巻いていた。発せられる声には、行き場のない恐怖が混ざっていた。

 

 

「そのせいで、原作とは違う展開に物語が広がることになったらどうしよう、って思ったんだよ。そのせいで、原作よりも状況が悪くなって、みんな……みんな死んじゃったらどうしよう。って」

 

 

「パラレルワールド、ってやつだよ」と、声を必死に紡ぐテンは再び俯く。きっと、今こうして話している間にも彼なりに考えているのだろう。

 

深く考えすぎて、一生そこから抜け出せなくなるのがテンの悪いところ。そんな彼が考えて、考えて、その果てに辿り着いた一つの懸念。ハヤトが気合だけで乗り越えそうな場面で立ち止まり、彼はその地獄絵図に至った。

 

自分達が原作知識を活かして立ち回り、結果としてより悪い方向に物語が進むのではないか。悪い方向に進ませないようにして、状況を悪化させてしまうのではないか。

 

そうなれば、自分達の知識はほぼ役に立たなくなる。有って無いようなものになる。知っている世界が全く別の世界線になる。

 

 

「そう考えると。あるべき道筋は、未来は、結末は、変えちゃだめなんだ。って思っちゃってさ」

 

「だからレムのことは好きになっちゃダメだ。ってか? 相手がいるから自分が割って入る隙間なんざ無いと。彼女の未来は変わらない、って?」

 

 

言葉を継いだハヤトにテンは「うん。そうだよ」と素直に認めて小さく頷くと、

 

 

「レムのことは好きになっちゃいけないんだ、レムの相手はいるから。って自分に言い聞かせて、あの子に対する想いをずっとずっとずっと押し殺してきた。無視してきた。目ぇ逸らし続けてきた」

 

 

言った直後、予想通り過ぎて呆れてくるハヤトは一息つくふりをして大きなため息を一つ。ここまで一致していると流石の彼も言葉が出ない。言葉よりも先に、呆れてため息が吐き出される。

 

言葉そのままの意味で、全てが思った通り。思った通りであることも中々に皮肉だと思う。テンは自分の真反対で、それが一つの欠点でも弱点でもあるのだから。

 

けれど、テンはそこで終わる男ではないとハヤトは知っている。

 

 

「でもね。それじゃダメなんだ、って気付いたんだ。色々と考えて、話し合って、励まされて、それでやっと、そう思えるような自分に変われたんだ」

 

 

強く言い、テンは俯いた顔をぐいっと上げる。それは、そう思うまではずっと下を向いていた過去の自分ではなく、前を向き続ける現在の自分をハヤトに示すように。

 

それじゃダメなんだ——果たして、『それ』が意味するものはなんだろうか。原作に縛られた自分、レムの想いから目を背け続ける自分、情けない自分、色々と思いつく。

 

否、思いつくもの全部だろう。それら全ては、過去の自分がずっと抱えていたものだ。

 

 

「ハヤト。俺ね、レムのことが大好きなんだ。好きで好きで、こんなに誰かを好きになったのなんて生まれて初めてで。でも、原作は変えちゃいけないから、って……だから、頭ん中ぐちゃぐちゃしてさ。どうしようもなかったんだよ」

 

 

切実な想いを口にし、テンは悲痛に表情を歪めながら胸ぐらをくしゃりと握りしめる。何かを握りしめていないと、今この瞬間に湧き続ける感情の捨て場がなかった。

 

親友の痛ましい姿を前にハヤトは沈黙を貫いている。普通なら慰めの一つや二つ、口から出てくる彼は、しかし黙っている。

 

それは、彼の話がそこで終わらないと分かっているから。どうしようもなくなった先があると、彼は理解しているから。

 

今は、テンの話す事を粛々とした態度で聞くとき。正直、言葉をかけたいけど。込み上げるそれらを固く閉じた口の中で静かに飲み込んだ。

 

 

「でも、言われたんだ。好きの感情に余計な考えは不要。そんなくだらない縛りなんて今すぐ蹴散らしてやりなさい、って。確かに、そうだと思ったよ。その考え方が一番だと思った。だから、そうした」

 

 

ラムの言葉だ。

 

原作に縛られて、レムに対する想いと素直に向き合えない自分に贈ってくれた、自分を変えるキッカケになった言葉だ。それが無ければ自分は一生、変われないままだったと心底思う。

 

だから、もう振り返らない。もう俯かない。もう情けない自分のせいで身内に迷惑はかけたなくない。今まで、そうやってたくさん支えられてきたから。

 

主に、ラム。自分の心の揺れ動きが一番激しかった瞬間には、いつも彼女の存在が隣にあった。森の中でも、厨房でも。迷い、戸惑う心を立て直してくれたのは他でもない彼女だ。

 

 

「期待に応えたいと思ったよ。あんなに頑張ってくれたんだから、彼女の気持ちにはちゃんとした態度で返さないと、彼女に申し訳ないからね」

 

 

語るテンは何を脳裏に過らせたのか。ハヤトの瞳は、照れ臭そうに頬を緩ませながら首筋を人差し指で掻くテンの姿を映し出していた。

 

彼女とは誰なのか。名前を出さないところから察するに話す気はないのだろう。尤も、大方の予想はつくが、深く詮索するのはやめておく。本人達が話したくないのなら無理に問い詰めることはしない。

 

そのテンの脳裏に過るのは。勿論、ラム。それも、満面の笑みを咲かせた時のラム。正直な感想、めちゃくちゃに可愛かった時のラム。

 

あれは卑怯だと本当に思う。あんな笑みを向けられて、加えて全幅の信頼を寄せられて、奮い立たされない人間などいるものか。

 

 

「だから、俺はレムと向き合えた。レムの想いを知って、自分の想いに正直になって、それで……意図した形じゃなかったけど「好きだ」って言えたんだ。人生初めての告白が、あんなロマンチックになるとは思わなかったけど」

 

「なんだそりゃ。気になる」

 

「絶対に教えない」

 

 

やっと口を開いたハヤトが親友の恋バナに面白そうだと言わんばかりに反応するも、両腕を交差させてばつ印を作るテンは全否定の構え。当然の返しに「ちぇっ」とハヤトは舌打ちするも、そこに負の感情は含まれていなかった。

 

夢の世界に閉じこもるレムを助けるために、ありとあらゆる言葉を贈り、最後の最後に告白——今、思うと恥ずかしすぎる。あれしか方法が思いつかなかったとはいえ、絶対に誰にも教えたくない一場面を作ってしまった。

 

自分とレムの話はさておくテン。彼は「まぁ。それは別にいいよ」と話を戻し、

 

 

「そうやってレムに告白したらね。すごく喜んでくれたんだ」

 

「そりゃそうだろうな。好きな人からそう言われることが女の子にとってどれだけ嬉しいことか」

 

 

あの、テン大好き少女のことだ。嬉しすぎて死んでしまいそう、とでも考えているに決まっている。勢いでキスすらしてしまうのではと考えてしまうほどに。

 

ずっと前からずっと大好きで、ずっと愛しているのだから。その相手から想いを告げられたレムの気持ちなど容易に察せるし、それが当たり前であるとハヤトは思う。

 

それは、テンとて同じだ。彼だって想いを告げた瞬間のレムを誰より先に、誰よりも近くで見ていたのだから。

 

抱きついては、嬉しそうに、幸せそうに、泣き笑う、最愛の姿を。

 

 

「それを見てたら、やっぱり言われた通りだと改めて感じた。つまらないものに縛られて、自分の想いを無駄にしちゃダメなんだ。原作なんてものに拘って、我慢しちゃダメなんだ」

 

 

そう言うテンの瞳に乱れは生じていなかった。実に真っ直ぐで、素直な目をしている。何かと自分の心を押さえ込みがちな彼の目は活気に満ちている。

 

そうなるほどに、レムの笑顔はテンにとってかけがえのない宝物になった。縛りなんて蹴散らしてもう忘れてしまえと簡単に思えるほどに、レムの想いは温かいものだった。

 

 

「自分の心には、正直にならないとね」

 

 

明るい表情で語り、テンは笑みを浮かべる。そんな殻を破った彼の姿にハヤトは、込み上げる感情をぐっと堪えると湧き上がる言葉を抑えた。

 

騎士になると全員の前で誓った瞬間は、あんなにも弱々しかったのに。自信の欠片も無く、意志は弱く、レムの相手は自分じゃ似合わないと決めつけ、ハヤト自身もどうにかしてやりたいと考えた程なのに。

 

この男は、自分が知らない間にこんなにも立派に成長してくれたのか。この世界に来たばかりとは比較にならない程に男として出来上がっている。

 

なんだろう。なぜか、泣きそうになってきた。

 

 

「それにね。ここの人達と接してきて、一つだけ確信したことがあんだけどさ」

 

 

閉じた口の中で歯を食いしばるハヤトの事など知らないテン。彼は己の記憶を探り、見つけた記憶の中にいるレム達を見ながら、

 

 

「もう、この世界って、俺たちの知る原作(リゼロ)の世界じゃないよね」

 

 

今までの自分の考えを真っ向から否定する言葉を言い放つ。そう思えた時点でテンは縛りから抜け出せていると言えるが、本人が気づくことはない。

 

今、彼はこの世界に来てから記憶に刻まれた光景を脳裏に思い浮かべているところだ。自分とハヤトと接するロズワール邸の住民の姿を、一人一人、呼び起こしている。

 

流れる記憶の中の彼らは、どれも自分が知識として知らない姿。それは、原作では見たこともない一面。設定された性格とは違う表情。

 

それはつまり。自分達と深く関わったことで原作と比較して大きな変化が生じた人達が、既にこの世界にはいるということを意味している。

 

自分達が画面の中で観てきた人たちは、この中には一人としていない。原作の原型を完璧に保っている人間など、この中には一人としていない。誰もが、何かしらの変化を越えている。

 

ラムが良い例だ。果たして、あんな満面の笑みが原作で描かれただろうか。答えはノゥ。正真正銘の「初めて見た」だ。レムの笑顔と通ずるものがある。流石双子、破壊力も同じだった。

 

それらを通して、テンは確信した。

 

 

「俺達がリゼロの(この)世界に来た時点で——主要人物と関わりを持った時点で、それはもう俺達の知る世界じゃない」

 

 

「それに」と。テンは声を繋ぎ、

 

 

「俺達というイレギュラーが迷い込んでめちゃくちゃしたお陰で、原作と比較して大きく変わった人物がいることを俺は知ってる。たくさん見てきた」

 

 

「そもそもね」と、テンは止まらない。

 

 

「レムが俺のことを好きになった時点で、原作なんて言葉は通用しないことに今更ながらに気付いたよ。俺は約三ヶ月という短い間で、原作主人公のヒロインを奪っちゃったんだよ」

 

 

 ーー二人も

 

と。それだけは言葉にせずに己の中だけで言い、「だからね」と、

 

 

「俺の知っている原作は、とっくに俺の知らないものになっちゃってたんだ、って。知ってるはずの未来はとっくに空白に染まってたんだ、って………そう思いました」

 

 

感想文のように言い切り、テンは「ほぅ」と一息。感情のままに言い続けると毎度のように疲れて、息が続かなくなる。この世界に来てから自分の胸の内を話す機会が格段に増えたのに、これには慣れというものがない。

 

しかし、それが最もな意見だと聞いていたハヤトは思う。

 

自分たちがこの世界に来た時点で、もっと突っ込むならば、物語の主要人物と関係を持った時点で、もう原作とは違うのだと。現時点で、自分達の知るリゼロは変わっているのだと。

 

要は、自分たちの存在がリゼロにとって一番の原作ブレイク。当然の話だろう。原作からしたら、自分達の存在は異質なのだから。

 

故に、原作に縛られて一体何の意味がある。そんなものに拘って自分を殺すくらいなら、自分のやりたいようにやった方が有意義。

 

それがハヤトの考えであり、テンが考えた末にたどり着いた答え。やっと真反対な二人が、二人して同じ方向を向くことができた瞬間だった。

 

 

「正直な話。俺とお前の存在が物語にどう影響してくんのか俺には分からないし、予想のしようもない。でも、少なからず変化はあるんじゃないかな。って考えてる」

 

「何も変化が無い。ってのは理想論だよな」

 

「そうでしょうね。俺らは元々この世界には存在するはずのない存在で、それが原作と密接に関わるとなったら、描かれた物語になんらかの変化があるのは必然だろうさ」

 

 

「その大小の誤差はあれど」と、テンは両腕を机に乗せながら言う。背筋を伸ばし続けるのに疲れが生じると、彼は乗せた両腕に体重を軽くかけて伸びた背筋を曲げた。

 

空白に染まるだとか、知らない世界だとか、壮大に語る割にはその辺は曖昧だ。当たり前だろう。自分達の存在がこの世界にどのような影響を齎すのかなんて、分かるわけがない。

 

実際に関わって、変化が起こるまで不確定なまま。なんせ、まだ原作すら始まっていないのだから。自分達の物語は始まっていても、肝心の本編までが果てしなく遠いのだから。

 

尤も、大凡の予想をつけることはできる。変化があるという、曖昧すぎる予想ならいくらでも。

 

 

「例えばさ、俺たちが原作の知識を活かして物語の中にある最悪を回避しようと先手をとって動いたとするよ。でも、その最悪を回避した先にもっと最悪なことが待ち受けてたら? ってこと。俺が懸念してんのはそれだよ」

 

 

自分達が余計な真似をすることによって、良くない未来を招くのではないか。良くない未来とは、自分とハヤトが対応できないような出来事が道を塞いでいる状態のこと。

 

テンが懸念しているのはそれ。自分の知らない未来を歩くのがとても恐ろしい。知っているはずの展開が変わって、自分の大切な人達が死んでしまうのではないかと思うと、心臓が痛み出す。

 

原作改変とは、恐ろしいものなのだ。この『Re:ゼロから始める異世界生活』という、死に戻りを前提とした初見殺し満載の世界で物語に変化を生じさせることは、捨て身行為に等しい。

 

他と違って、生ぬるい変化では済ましてくれないはず。なにか、自分が想像もしないような変化が襲いくるかもしれない。

 

襲って、抵抗できないかもしれない。

 

 

「俺とハヤトが量産型チート主人公だったらその心配もないんだけどさ。残念なことにそんな力なんてないでショ。バケモノぶっ飛ばせる力なんてありゃしないんだから。そもそも、主人公かすらも怪しい」

 

「チートはつまらんな。ハゲ頭の最強も、圧倒的な力ってのはつまらない、って言ってたしな。極端に強すぎるのはつまんねぇよ。ギリギリの戦いが読者も俺らも面白れぇのさ」

 

「実際、俺はチートの(その)方がいいと思うけど。最強の個が一つでもあれば、誰も傷付かずに済む。大事な人達を守れるならそれでいい。チートだと色々と言われがちだけど、俺らは違うんだ。命、懸けてんだぞ。読者なんて知るか」

 

 

「俺とお前と一緒にするなよ」と、テンは呆れるようなため息を小さくこぼす。死を前提としたこの世界ならば尚更、危険を好むようなハヤトの考え方には賛同できない。

 

チートだっていいじゃないか、それ一人で全部解決できるんだもの。現に、公式公認のチート(ラインハルト)一人でこの世界はなんとかなってしまう。

 

手に汗握る展開も、感動シーンも、それらを全て断ち切り、彼は全てを終末に追い込む。いついかなる場合であれど、その安定性は危ぶまれない。

 

それでなにが悪い。それはあくまで読み手の都合だろう。元は自分もそっち側の人間だったからそう思っていたが、こっち側の人間になった今なら意見も変わってくる。

 

これまでの戦いを経験して思った。やっぱり、強大な力は保有しておいた方がいい。緊迫した物語なんて要らない。誰も悲しまず、苦しまず、全てを解決できる力があれば、それでいい。

 

レムの涙を、エミリアの涙を、テンは見たのだから。彼女達を悲しませる選択肢しか手の届く範囲にない自分の力を、あの夜にこれでもかと呪ったのだから。

 

悲劇は要らない。感動もいらない。白熱も要らない。それが、この世界で懸命に走り続けてきたテンが辿り着いた最終的な考え。

 

そうすれば、テンの懸念も塵と化す。

 

 

「でも、それは気にするだけ無駄だよな。無い物ねだりしても仕方ない。無い物は無い。これで完結させる。今ある自分の力を最大限に発揮できるように己を研磨し続ける。これが、今の俺にやれること」

 

 

チート最高、ご都合主義万歳——そんな考えなど無駄であると放棄しながら、テンは自分自身の意見を真っ向から否定。語ったのはあくまで遠い昔に捨てた幻想であって、肯定していいものではない。

 

今までと同様、地道に力をつけるしかないのだ。毎日努力して、鍛錬して、自分よりも強い相手に勝てるような手段と能力を身につける。保有する力を無限に磨き続け、この世界で許された力を我が物に。

 

幸いにも、環境は整っている。世界有数の実力者に鍛えてもらえる環境だ、これ以上はない。そのせいで何度となく半殺しにされる羽目になったけれど。

 

 それなら、

 

 

「やる前からヒヨって、自分じゃその最悪には立ち向かえない、なんて弱気になるのはやめにしたよ。原作を改変して、その先の空白になった物語を走り続ける決意を……その覚悟を俺は決めた」

 

 

人が固めた決意やら覚悟やらを容赦なくへし折りにかかるのがこの世界。きっと、自分達が想像もつかないような出来事が待ち受けているのだろう。そして、それをこの世界では初見殺しと表現する。

 

初見殺しは怖い、確かに怖い。恐ろしくて堪らない。そのせいで自分にとって失いたくない人達が死んでしまうと思うと、尚のこと。

 

でも、それでも。テンはそれと戦うと、抗い続けてみせると、今この場でハヤトに言い切る。

 

 

「前の自分から変わったから。変わろうと努力する自分に変わったから。俺に期待してくれる人達を守れるような自分になる、弱々しい自分じゃない自分になる、ってね」

 

 

「もう、二度と折れない」と。

 

そう、言葉を付け足したテンは拳を胸に強く当てる。命を懸けて生き抜く——そういった意味合いを込めて、彼は心臓部に拳を添えた。

 

ラムに誓った。前の自分を振り切って、変わって、ラム達を支えられるような自分になる。弱々しい自分も、情けない自分も、全てを終わらせる。と。

 

前の世界で生きていた『空野・天』から、この世界で生きる『ソラノ・テン』として歩みを進め、つまらないものに縛られるのはやめよう。

 

そう、自分に誓った。

 

 

「だから、もう原作には拘らないことにした。そんなもんに縛られて行動制限してたら、却って逆効果になりそうだし。臨機応戦に対応することを努力するよ」

 

 

「その方がいいよね?」と、テンは歯を見せて爽快に笑う。そう思った途端、原作なんてものを律儀に気にしていた自分がバカバカしく思えてきたのだ。

 

バカバカしい——本当にそうだと思う。この世界に来たばかりの頃は『アニメの世界』という印象が思考の手前にあるお陰で、物事を一歩引いた捉え方しかできなかったけど、それが一番の問題だと気付いた。

 

この世界はアニメの世界なんかじゃない。そうであると括るには、この屋敷の住民は原作の設定と比較して変わり過ぎてしまったから。

 

例え、人の手によって創り出された存在だとしても。ここの世界で息をする人たちには心があって。それは時間と共に全く別の方向へと変化することだってあり得る。

 

だいぶ前にそう思った覚えがあるが、正しくその通りになった。自分とハヤトの影響を受けた人達が、原作という枠組みを軽々しく超えてみせた。

 

その動かぬ証拠はレム。彼女はテンに惚れて、主人公と結ばれるはずの運命を壊した。壊して、二度と修正できぬようにした。彼女の目には、ソラノ・テン以外の男は映らない。

 

 運命が変わったのだ。原作に決められた道筋が、鬼がかった未来が、この夜に変わるのだ。

 

 

「だから——俺はもう、この世界を一つの世界として捉えるよ。アニメの世界とかじゃなくて、原作の世界とかじゃなくて………。自分が生きる世界として捉えて、生き続ける」

 

 

それが、テンが導き出した答えだ。

 

葛藤して、悩んで、迷って、最終的に頑固として定まった覚悟の形。未来を変える覚悟を、空白の物語を歩む覚悟を、彼は自分の中で確立させた。

 

例え、何が待ち受けていようが真っ向から衝突し、諸々全てを打ち倒してみせる。自分の力はそのためにあって、大切な人達を守るためなら、なんでもできる勇気が湧いてくるから。

 

 

「俺ぁ元からそう思ってるよ。そんなつまんねぇモンに拘るくらいなら、いっそ自由にやった方がいいに決まってる。ってな」

 

 

迷いのない覚悟と揺らぎのない決意に満ちたテンを前に、ハヤトは深く頷く。ようやく自分と同じ考え方に辿り着いた確信を得られた彼は、満足そうに笑いかけながらサムズアップ。

 

そうだ。それでいい。その考え方が自分達には似合っている。そんなつまらないものに心を縛られたとて、得することなんて一つもない。寧ろ、損することばかりだ。

 

だって、この物語は自分達のものだから。自分達の手で、原作とは違う道を、違う筋書きで、違う未来を歩んでいくものだから。

 

それに、原作のまま進んではいけない理由があることをハヤトは知っている。もちろん、テンだって知っているはずだ。否、知っていなければならない。

 

 

「テン。今のお前には言わなくてもいいことだが、一つ言ってもいいか?」

 

「いいよ」

 

 

その理由をテンに突きつけることにしたハヤト。疑問の許可を得た彼は「分かった」と椅子を引いて立ち上がりながら、

 

 

「お前の言う通り……原作の通りに事が進んだとしてだ。お前の思う通りに俺らが動いたとしてだ」

 

 

深刻そうな表情を作る彼は声を低くし。キッと、テンを睨みつけ、

 

 

「レムはどうなる?」

 

「どうなる、って?」

 

「原作——二期の冒頭、レムはどうなったか。まさか、忘れたとは言わせねぇぞ。お前だけは、それを忘れちゃいけねぇはずだ。変える必要があるはずだ」

 

 

 ——イタダキマスッ!

 

 

強めに突きつけられた直後。胸を一直線に貫いた衝撃と共に、思い出したくもない記憶が脳裏を過ったテンの表情が動揺に揺らぎ、聞こえた最悪の音声に凍りつく。

 

それは、作中の中でも一二を争う悲劇だった。それは、全世界のレム推しに衝撃を齎した悲劇だった。それは、原作主人公の未来を大きく左右する悲劇だった。

 

思い出しただけでも心拍数が上がるのが分かった。自分が辿ろうとしていた未来——それが何を意味するのか、決して忘れていなかったはずなのに、彼に言われるまで意識に入らなかった。

 

もし、今までの自分の考え方に従うのならばレムの未来は————。

 

 

「ダメだ……。そんなのダメだよ! ダメに決まってる! 変えなくちゃ……そんなの……、そんなのは俺が許さねぇ! 認めねぇ! なにが、なんでも、変えてやるッ!」

 

 

凍りついた表情が溶けると、声を荒げるテンが机を強く叩き、椅子を倒しながら勢いに任せて立ち上がる。脳裏に描かれた最悪の光景に感情を露わにした彼は、突発的に噴き上がる激情に駆られるがままに叫び散らした。

 

鬼気迫るテンの目は本気だ。言われて思い出し、それ以降から頭のど真ん中を陣取る地獄絵図を極限まで否定する彼の声は熱を帯びている。

 

その反応を受け取ったハヤトは「そうだよな。そう思うよな」と、予想以上の反応を見せてくれたテンに口角を釣り上げた。

 

その素直な反応が彼の心を雄弁に物語っている。穏やかな彼の口調が最も容易く荒いだのだ、その心の荒れ様など察するまでもない。

 

 

「未来は、捻じ曲げるもの。結末は、覆すもの。運命は、変えるもの。この言葉をその心に刻んどけ。テメェが何のために戦うのか、その意志を常に心の中で燃え盛らせろ。それが、原作の知識を持った俺らの誓いだ」

 

 

だからハヤトはそう言い「いいな?」とテンに拳を突き出しながら、

 

 

「俺と、お前で。最悪をひっくり返すぞ」

 

「うん。レムは絶対に助ける」

 

「レムだけじゃねぇ。みんなだ。悲劇に朽ちるはずの人達、全員を助けるぞ」

 

 

 コツン、と。

 

伸ばした拳にテンの拳が伸び、そんな音を小さく立てながら誓いが交わされる。元から覚悟を決めているハヤトと、ようやっと覚悟を決めることができたテンの二人が、決められた未来に抗うと互いに表明し合った。

 

自分達が原作に働きかけ、改変したことであるべき展開が大きく変わり、そこから先が自分達の知らない真っ白な状態——空白になろうが関係ない。

 

捻じ曲げたい未来がある。覆したい結末がある。変えたい運命がある。だから恐れはしない。空白だとしても、そこに自分達の物語を刻みながら歩んでいけばいい話。

 

運命様上等、望むところだ。筋書きなんていくらでも書き換えて、原作よりも良い状態の物語を描いてやろうじゃないか。

 

それは、この世界で歩む自分達が、自分達の手で描き続ける物語。『Re:ゼロから始める異世界生活』なんて名前の物語ではない自分達の、自分達だけの物語だ。

 

 

「そう思うと。あの腹ペコ野郎と価値観の押し付け野郎、あの二人をなんとかすることになるのか………壁は高いな」

 

「おいおい。今から弱気でどうすんだよ」

 

「違うよ。『暴食』はともかく『強欲』は、あの時点じゃ倒せないことを俺は知ってる。から、レムを助けるにはレムをあの場所に行かせないようにしないといけないんだよ」

 

 

当てた拳を下げたテンが、机に寄りかかりながら斜め上を見上げる。

 

そこに何があるわけでもないが、思い耽るような彼は「絶対にそうしないといけない」と、小さく呟き。それを拾ったハヤトが「ん?」腕を組みながら喉を低く唸らせ、

 

 

「その言い方だと、あの白髪の倒し方でも知ってそうだな」

 

「知ってるよ。知ってるから、勝てない、って言ったの。実力云々じゃなくて物理的に勝てないんだよ。『強欲』単体に挑んだところで犬死するのがオチ。だから、一つの都市だって陥落してる」

 

「なんだそりゃ。めちゃくちゃしてんな」

 

「そうだよ。めちゃくちゃなんだよ」

 

 

「本当にダルい」と、その辺の知識を曖昧ながらも覚えているテンは憂鬱そうにため息。

 

大罪司教がその身に宿す権能の大まかな概要と、その攻略法を頭の中で思い出すと、そのため息は二度三度と重なった。

 

自分は『強欲』には勝てない。どれだけ実力をつけようとも、前提条件を覆さない限りは無理ゲーもいいところ。その条件を攻略しない限りはラインハルトですら傷一つ付けられないのだから。

 

だからテンは、レムがあの悪魔達と遭遇しない方向で物事を進めていかなければと、そう思考を巡らせるが、

 

 

「………今から思い詰めても仕方ない、か。この話は追々しよう。まずは原作が始まってみないと何も見えてこないし。一旦、置いておこう」

 

 

頭の中がショートしそうな予感に、テンが軽く頭を横に振って一息。現時点では良案が思いつかない彼は、その件について今は保留とした。

 

いつか向き合うことで、立ち向かうべき相手だけど、今は考えない。考えるための時間は他に作る。その時にたくさん悩むとしよう。

 

それに、今はそれよりも優先すべきことがあることをテンもハヤトも忘れていない。

 

 

「でだ。お前が原作に拘らない覚悟は十分伝わったし、それで俺も満足だが。今のは、大事な話をするための話なんだろ? なら、本題に入れよ」

 

 

「結局、お前は何が話したいんだ?」と、ハヤトは一番初めの話に戻りながら問いかける。

 

そもそもテンがこの話をしたのは、大事な話をするために必要だからというだけであって、これが本題ではない。割と濃い内容だったためにハヤト的にはお腹いっぱいだが、まだ話は始まってもいない。

 

故に、ここらからが本題となる。彼がずっと悩んできたことを聞いた今、ハヤトは本題を聞く準備が整ったと言える。

 

今の話を超える話があるのか、と思わなくもない。原作を気にしすぎることが大きな原因でレムへの恋心を抑えていたテンの物語は、それ程までに濃いものに感じられた。

 

しかし、「あぁ、それね」と返事をするテンの声色は軽い。話した内容の濃さとは裏腹に、落ち着きを取り戻した彼は平然としている。

 

 平然とした、そのまま。

 

 

「今の話、レムに話そうと思う」

 

 

 

 






テンも成長しましたねぇ。初めの頃と比べたら、随分と逞しくなってくれたものです。

これで、過酷な運命に立ち向かうための土台は完成したと言えるかな。


どのタイトルが気になりますか?

  • 雷の鳴る夜に
  • (ソラノ・)レムの幸せに溢れた日々
  • お酒少女達には勝てない
  • 恋人っぽいこと
  • ありふれて、ほのぼのとした一日
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